日本歴史時代作家協会 公式ブログ

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『映画に溺れて』第71回 猿の惑星

第71回 猿の惑星

昭和四十三年六月(1968)
大阪 上本町 上六映劇

 

 中学生の半ばまでは、映画館には父か祖母に連れられて行っていたのだが、中学三年生のとき、『猿の惑星』が公開され、父も祖母も子供だましと言って、観たがらない。どうしても観たい私は初めて友人二人を誘い、子供だけで観に行ったのだ。
 六十歳を過ぎて、大阪で中学校の同窓会があり、Ⅿ君と再会した。いっしょに『猿の惑星』を観た友人だ。もうひとりのY君は、亡くなったとのこと。あれから五十年以上、十代の少年は六十代の老人になっていた。
 チャールトン・ヘストン扮する宇宙飛行士テイラーが仲間と宇宙探索の旅の末、地球とそっくりの惑星に降り立つ。人工冬眠機の故障で女性隊員がミイラになっているというショッキングな始まり。宇宙船の中で飛行士たちは長期間眠り続けていたのだ。
 その星は大気も気温も地球と変わらない。人間そっくりの原始人たちが木の実を食べている。彼らが唯一の知的住民なら、俺たちで簡単に征服できる。
 そこへ馬に乗った兵士の一団が現れ、原始人たちは逃げ惑う。兵士の顔がアップされると、それはゴリラだった。テイラーたちも逃げる。が、原始人とともに捕縛され、喉を傷めて声が出ない。テイラーは獣医のもとへ。この医者がチンパンジーなのだ。
 未知の惑星のはずなのに、服を着た猿たちが英語をしゃべり、彼らが使う文字もなぜか英語。ゴリラの兵士たちは地球と同じ馬に乗っている。そこは猿が支配する世界で、人間は言葉を持たない下等動物である。
 喉が回復したテイラーは、自分はこの星の人間とは違い、別の惑星から来た知的人類であると説明するのだが、猿たちはしゃべる人間を恐れ拒絶する。
 チンパンジーの科学者夫婦を説得して、禁断地区へと逃れると、そこには古代人の遺跡が。そしてラストシーンはあまりに有名で、砂浜に埋もれた自由の女神。ここは未知の惑星ではなく、はるか未来、人類が退化した地球であった。だから猿が英語をしゃべっていたのか。

 

猿の惑星/Planet of the Apes
1968 アメリカ/公開1968
監督:フランクリン・J・シャフナー 原作:ピエール・ブール
出演:チャールトン・ヘストンロディ・マクドウォール、キム・ハンター、モーリス・エバンス

『映画に溺れて』第70回 輪舞

第70回 輪舞

平成七年五月(1995)
銀座 シャンゼリゼ

 

 ロジェ・ヴァディムの作品は六十年代のものが多いので、なかなか映画館で観る機会がない。シャンゼリゼは銀座の東映の地下の劇場で、後に丸の内TOEI②と名を変えた。
『輪舞』は映画より先に銀座セゾン劇場で木村光一演出の舞台を観ている。セックスコメディとでもいおうか。そのセゾン劇場も今はもうない。
 映画版はロジェ・ヴァディムなので美女が次々と現れてうれしい。アルツール・シュニッツラーの原作戯曲をフランスの劇作家ジャン・アヌイがシナリオ化したものらしい。
 マリー・デュボアの人の好さそうな娼婦が軽薄で冷淡な兵隊クロード・ジローと関係する。
 この不誠実な不良兵士が宿舎を抜け出して町のダンスホールで御屋敷奉公の女中アンナ・カリーナと出会い空き家の庭で関係する。
 アンナ・カリーナは御屋敷の坊ちゃんジャン=クロード・ブリアリに主人夫婦の留守中、食堂で誘惑される。
 ブリアリはアパートを借りて、良家の奥方ジェーン・フォンダを誘って密会する。
 フォンダは家で夫モーリス・ロネと同衾する。
 ロネは道で出会った少女カトリーヌ・スパークを誘惑する。
 スパークは劇作家ベルナール・ノエルに口説かれ、劇作家はかつての恋人であった大女優フランシーヌ・ベルジェと再び関係する。
 大女優はファンの伯爵ジャン・ソレルと関係し、伯爵は町で酔っぱらって、娼婦マリー・デュボアの部屋で目を覚ます。
 このセックスの輪が閉じられるというアイディアだけの話なのだが、会話が洒落ているので見ていて楽しい。

 

輪舞/La Ronde
1964 フランス・イタリア/公開1964
監督:ロジェ・ヴァディム
出演:マリー・デュボア、アンナ・カリーナジェーン・フォンダ、カトリーヌ・スパーク、ジャン=クロード・ブリアリモーリス・ロネ

 

『映画に溺れて』第69回 課外教授

第69回 課外教授

昭和四十六年九月(1971)
大阪 難波 なんば大劇場

 

 高校生になると、ひとりで映画館に行くようになる。ロジェ・ヴァディム監督の『課外教授』を観たのは高校三年で、私はまだ十七歳だった。
 ヴァディムといえば、芸術とセックスを融合させた耽美的フランス映画のイメージが強いが、当時の私はそんなことは知らない。
『課外教授』は気軽なアメリカのセックスコメディとして観た。きわどいシーンもたくさんあって、どきどきわくわくだったが、ポルノではないから年齢制限もなく、十七歳でも大丈夫だったのだ。
 ロック・ハドソン扮する高校教師、スポーツ万能で男子に人気があり、精力絶倫で女子にも好かれている。つまり、放課後に美人の女生徒を学内の自室で個別に指導するのだ。七十年代の初めだから、女生徒は全員が超ミニスカートだった。
 年増の美人教師アンジー・ディッキンソンも純情な男子生徒を自宅に招き、あられもない姿で相手をする。
 学園で殺人事件が起こり、テリー・サバラスの刑事が乗り込んでくる。サバラスはこのあと、TVで刑事コジャックの主役になった。事件そのものは単純で、怪しいのはロック・ハドソン先生。おろおろする校長がロディ・マクドゥール。
 それにしても、アメリカの高校はいいなあ。羨ましかった。
 ロック・ハドソンの口髭がかっこよくて、私が後年、髭を生やしたのはこの映画の影響かもしれない。
 ロジェ・ヴァディムブリジット・バルドーカトリーヌ・ドヌーブジェーン・フォンダらと浮名を流していると知ったのは、もっと後の話である。

 

課外教授/Pretty Maids all in a Row
1971 アメリカ/公開1971
監督:ロジェ・ヴァディム
出演:ロック・ハドソン、アンジー・ディッキンソン、テリー・サバラス、ジョン・デイヴィッド・カーソン、ロディ・マクドウォール、キーナン・ウィン

 

頼迅庵の歴史エッセイ8 柳生久通のキャリア(2)

8 柳生久通のキャリア(2)

 久通は安永9年11月5日に西の丸小十人頭から西の丸目付へ異動し、11月にはそのまま本丸目付となります。一橋家の豊千代(後の徳川家斉)は、まだ後嗣と決定されていないため、西の丸に人数を置く必要がなくなったのでしょう。

 一般的に目付とは、若年寄の下で旗本、御家人を監察する役職といわれています。しかしながら、単に非違曲直を正すだけでなく、日常の職務はかなり広範囲だったようです。


 ・規則、礼式の監察や諸士への布令
 ・用部屋から廻されてくる願書、伺書、建議書への意見具申
 ・殿中の巡視
 ・評定所への列席
 ・火事場へ出ての消防諸役の活動監視


 などあらゆる政務に干渉したそうで、多いときで24人、享保以降は10人で、下僚の徒目付、小人目付を指揮しました。さらに目付は、自分の意見を直接将軍や老中に申し立てることができました。(『三田村鳶魚江戸武家事典』(稲垣史生編、青蛙房))

 職務を読んだだけでは、なかなか具体的にイメージできなかったのですが、先日観たWOWOWドラマの『黒書院の六兵衛』(主演:吉川晃司、原作:浅田次郎)に、敵役として目付が登場していました。この作品を見て、目付とは、今日でいえば、総務課長、経営課長、企画課長、監査課長を併せたような役職なのかなと思いました。中間管理職の要の存在といえるかもしれません。

 久通は目付在任中に、田沼意知の刃傷事件に遭遇します。意知は田沼意次の嫡男で、このとき若年寄でした。意次が老中ですから、親子で幕政に参画していたことになります。あるいは老中職の世襲を企んでいたのでしょうか。
 この事件は『営中刃傷記』(『新燕石十種』第4巻、中央公論社)の「新衛佐野善左衛門参政田沼山城守を討果候一件」で詳しく知ることができます。それによると事件が起きたのは、天明4年3月24日のことです。

 老中に続き、若年寄田沼意知が、昼9ツ時頃に殿中を退出しようとしたとき、突然、新番組士佐野善左衛門正言(まさのぶ)から、「山城殿、覚えがあろう」と声を掛けられ、斬りつけられます。初太刀で意知は、肩先三寸、深さ七分ばかりの疵を負い、さらに両股、手首に傷を負い、桔梗の間廊下脇の暗がりへ逃げ込みます。

 意知を見失った善左衛門を、大目付松平対馬守忠郷が走り出て取り押さえ、さらに大勢が駆けつけたことから、観念したのか善左衛門は久通に脇差を差し出します。その後、善左衛門は徒目付の監視の下、町奉行曲淵甲斐守配下の与力、同心に渡され揚座敷に移されます。(これは町奉行の管轄になったというより、揚座敷へ移すための措置と思われます。)

 一方、疵を負った意知は、父意次の神田橋の邸で治療を受けますが、26日未明亡くなってしまいます。これにより、善左衛門は切腹と決まり、4月3日大目付大屋遠江守、町奉行曲淵甲斐守、目付山川下総守の立会いのもと臆することもなく切腹します。

 以上が事件の概要ですが、善左衛門を取り押さえるとき、久通が善左衛門の脇差をもぎ取ったという噂が流れたそうです。柳生新陰流の達人ということからでしょうが、事実は善左衛門が渡したということのようです。

 では、なぜ意知が深手を負うまで、誰も止めに入らなかったのでしょうか。同じ殿中でも、かつて吉良上野介は、軽傷で済んでいます。殿中では帯刀が許されず、脇差のみなのですから。これを泰平の世に慣れて官僚化した武士の軟弱化、とばっちりを恐れた保身と考えることもできるかもしれません。山本博文氏もその著書(注)で「18世紀後半の幕府役人の情けなさがよくわかる」(注)と嘆いておられます。

 久通も突然の出来事を前に躊躇し、止めに入れなかったのでしょうか。もしそうであれば、久通の柳生新陰流もしょせんは泰平の世の剣術だったということになります。
しかしながら、襲われた人物が田沼意知であったことから、例えば赤羽根龍夫氏は「あまり早く後ろから取り押さえてしまったためにかすり傷しか負わせられなかった浅野内匠守の場合と比較して興味深い」(『徳川将軍と柳生新陰流』)とし、わざと様子を見たのではないかという視点を提起しています。

 わたしは久通が、世嗣家基に近侍していたこと、その家基の不慮の死、その後の田沼意次と意知を巡る様々な流説等を考慮して、敢えて止めに入らなかったのではないかと推察します。
 大目付松平忠郷も佐野善左衛門が、田沼意知を見失ったため、それ以上の猶予はならず、やむなく止めに入ったと思いたいですね。目付である久通も他の同僚とともに出て行かざるを得なくなってしまった。目付などに取り囲まれた善左衛門は、そこに久通の姿を見て、抵抗しても無駄だと観念して脇差を渡したのではないでしょうか。
あるいは、久通がこっそりと、
「山城守意知殿の疵は深いぞ」
 とささやき、その意を覚った善左衛門が、久通に自ら脇差しを差し出した。と考えることも出来るかも知れません。
 いずれにしろ意知は死亡し、善左衛門は志を果たしたのです。

(注)『営中刃傷記』は、書き下し文とはいえなかなか読みにくいです。興味のある方には、山本博文氏の『江戸の雑記帖』(双葉社)の「田沼意知刃傷事件」が、その『営中刃傷記』をもとに書かれていて分かりやすいので、お薦めです。

 

『映画におぼれて』第68回 仮面の男

第68回 仮面の男

平成十年八月(1998)
日比谷 日比谷映画

 

 ひとりの俳優が性格の違う双子を演じるというのも、よくある。三銃士の後日談を描いたアレキサンドル・デュマの『鉄仮面』をレオナルド・ディカプリオが主演。
 十七世紀、ブルボン王朝、後に太陽王と称賛されるルイ十四世の時代。三銃士が大活躍したルイ十三世の時代は終わり、ダルタニアンは王宮の近衛隊長、三銃士たちはアラミスは司祭、ポルトスは飲んだくれ、アトスは息子の成長だけが楽しみの父親と、それぞれ出世と無縁なしょぼくれ中年である。
 ルイ十四世はわがまま放題の暴君で、戦争を好み、民衆を圧迫している。色好みの王はアトスの息子ラウルの恋人クリスティーヌに目をつける。王の命令でラウルを最前線に送り込み、大砲の前に立たせて、戦死させる。クリスティーヌは淫乱な王の側室となり、後に自害。
 卑劣な仕業を知ったアトスは息子の仇として王を狙い、それを阻止するのがかつての友であった近衛隊長のダルタニアン。
 暴君に反逆を試みるイエズス会のリーダーが実はアラミスであり、彼はかつての三銃士とともに、陰謀を計画。
 王によって鉄仮面を被せられ牢獄に幽閉されている双子の弟フィリップ殿下を救い出し、これを暴君とすりかえようというのだ。
 ディカプリオの二役はじめ、ダルタニアンにガブリエル・バーン、アトスにジョン・マルコヴィッチ、アラミスにジェレミー・アイアンズポルトスにジェラール・ドパルデュー。大スターの競演は見ものであった。

 

仮面の男/The Man in the Iron Mask
1998 アメリカ/公開・1998
監督:ランダル・ウォレス
出演:レオナルド・ディカプリオガブリエル・バーンジェレミー・アイアンズジョン・マルコヴィッチジェラール・ドパルデューアンヌ・パリロー

 

『映画に溺れて』第67回 デーヴ

第67回 デーヴ 

平成六年一月(1994)
池袋 文芸坐

 

 主人公のデーヴは大統領と瓜二つなところから、アルバイトでそっくりショーの余興などしている。それを見込まれシークレットサービスの要請で、大統領の代役を依頼される。
 多忙な大統領の代わりにセレモニーでお決まりの挨拶をするだけの簡単な仕事だったが、ちょうどその時、女性秘書官と浮気中の本物が発作を起こして昏睡状態に陥る。
 腹黒い補佐官はこの機会を利用し、自分を副大統領に指名させるため、替え玉のデーヴにそのまま大統領役を続けさせる。替え玉の存在を知っているのは、病院関係以外では、補佐官と広報官とシークレットサービス警護官の三人だけ。
 本物の大統領は実は冷酷で陰険で人を見下す嫌なやつだった。ところが、替え玉は気さくで温厚な善人。その人柄がにじみ出て、周囲は急に大統領の性格が変わったと驚くのだ。
 補佐官の悪だくみは果たして成功するのか。それとも。といった展開の心温まるコメディである。
 今でも覚えている好きな場面。デーヴが本物のファーストレディとミュージカル『アニー』の主題歌を歌うところ。
 それと、もうひとつ。ヴィング・レイムズの警護官が替え玉の善良な人柄に惹かれて、とうとう「あなたのためなら死ねる」と心から言ってしまう場面。
 大統領とデーヴをケヴィン・クラインが二役。大統領夫人がシガーニー・ウィーバー、腹黒補佐官がフランク・ランジェラ
 トランプ大統領にもこんな替え玉がいればなあ。

 

デーヴ/Dave
1993 アメリカ/公開1993
監督:アイヴァン・ライトマン
出演:ケヴィン・クライン、シガーニー・ウィーバーフランク・ランジェラ

 

大河ドラマウォッチ「いだてん 東京オリムピック噺」 第22回 ヴィーナスの誕生

 物語は後の古今亭志ん生美濃部孝蔵(山本未來)から始まります。孝蔵に真打ち昇格の話が持ち込まれます。さらに清さんと小梅(橋本愛)から見合いを進められます。小梅が言います。孝蔵がしょうがないのは独り身のせいだ。
「所帯持ったらそうはいかない。自然と腹がすわるもんなの」
 話がうますぎる。まとまるわけはないという孝蔵。ところがとんとん拍子に話が進み、孝蔵はりん(夏帆)と結婚してしまうのです。しかし結婚したその日うちに孝蔵は出かけていきます。目的は賭け事と遊郭です。
 一方、東京府立第二高等女子校(通称・竹早)に赴任した金栗四三。女子体育を普及する理想に燃えていました。当初は四三を毛嫌いしていた女子生徒も、四三の情熱に動かされ、体育に熱中していきます。
 村田富江(黒島結菜)と梶原(北香那)はテニスウェアを自作し、熱狂的な支持を受けます。各地のテニス大会に招かれ、運動界のアイドルになりました。
 富江たちは雑誌の取材を受け、四三を以前はオリンピック先生、今では「パパ」と呼んでいる、と話します。
 富江たちはミルクホールでどうしたらシャン(美人)になるかを話しています。そういえば陸上選手の足ってシャンよね、と一人が言い出します。富江たちは四三の下宿に押しかけます。四三に足を見せてくれるように要求するのです。やはり陸上をやると足がシャンになると確認する富江たち。四三に走り方を教えてくれるように頼むのです。
 四三が生徒たちと街を走る頃、四三の下宿ではスヤ(綾瀬はるか)とシマ(杉咲花)が話していました。シマは妊娠したことをスヤに打ち明けます。しかしシマは浮かない顔です。
「結局あたし、何も成し遂げていない」
 教員としてもランナーとしてもこれからなのに。四三は喜んでくれるかと心配します。怖い顔で帰ってくる四三。
「でかした」
 と、シマを抱きしめるのです。
 シマは恩師の二階堂トクヨ(寺島しのぶ)にも妊娠を報告します。
「いよいよ私は、女子体育と心中する覚悟を決めたのです」
 というトクヨ。トクヨは、わたしがやらねばいけない、と女子体育の学校を創設することを決意するのでした。二階堂体操塾、現在の日本女子体育大学です。
 さて、竹早の村田富江と梶原は岡山の高等女子学校に招かれていました。そこで二人のテニスの相手をしたのが、人見絹枝(菅原小春)でした。絹枝は
「男みてえじゃ」
 とはやし立てられます。
 なぜか絹枝は一人で竹早のペアと対戦します。恐ろしいほどのパワーで富江たちを圧倒する絹枝。
 絹枝を教室で見かけたシマは、声をかけます。勝ちたいと思うことがねえんです、と絹枝は言います。
「勝つとばつさいじゃとかぼっけえ男じゃとかばけもんじゃとかいわれるけん。勝っても嬉しゅうね」
 シマは四三に、絹枝が陸上をやったら大成するのではないか、といいます。四三は絹枝が陸上向きかどうか足を触ってみます。あまりのことに四三蹴り飛ばす絹枝。
「本が好きじゃけん、文学部に進むつもりです」
 と言い捨てて絹枝は去って行きます。
 さて、翌年、四三の妻のスヤは雅子を出産。このあともスヤは東京に出てきては子を授かり、熊本に帰るをくりかえし、最終的に一男五女をもうけることになります。シマも女の子を出産していました。
 四三は女子の陸上大会を企画します。オリンピック出場の夢の第一歩です。
 女子陸上大会は盛況のうちに行われました。元天狗倶楽部の吉岡(真島真之介)は
「体育の普及は、女性美を破壊するものだと思っていたが、違うね。じつにすがすがしい」
 と言います。
 村田富江がハードル競技を走る番になります。シューズがうまく靴にはまりません。富江は靴下を脱ぎ捨て、素足にてシューズを履きます。色めき立つ取材陣たち。この大会で村田富江は、五十メートル、百メートル、五十メートル障害の三つに出場し、全種目で優勝しました。
 しかし村田富江の父親が学校に乗り込んでくる事件が起こるのです。富江の父親、村田大作は、富江の走る写真を机にたたきつけ、こう叫びます。
「大切な娘を竹早に入れたのは、人前で足をさらけ出すような、おてんばにするためではありません」
 自分の意思で脱いだんです、と父に抗弁すると富江。しかし大作は富江を連れ出そうとします。
「何を考えとるんだ富江。おなごが人前で足を丸出しにするなんて、もう嫁にはいけんぞ」
 それをとめる四三。おなごが足を出して何が悪い。
「好奇の目にさらされるからだ。娘の体が」
 と大作。
「それは男が悪か。女子には何の非もなか。女子が靴下ばはくのではなく、男が目隠しばしたらどぎゃんですか」四三は続けます。「脱いだ方がスピードが出っとです。脱いだおかげで、娘さんは日本一になったとですよ。なしてそこばほめてやらん」
 最後に四三は押しかけてきた男たちに言います。
「あんたらがそぎゃんだけん、女子スポーツはいっちょう普及せん。いつまっでんヨーロッパには勝つてんとです」
 しかしこれで引き下がる大作ではありませんでした。大作は四三を免職にする署名を集めていたのでした。
 それを知り、富江をはじめとする四三の教え子たちは、教室に立てこもります。金栗先生は絶対に辞めさせないわよ、と誓い合います。
 富江たちの立てこもる教室の前に、四三がやってきます。
「村田(富江)、梶原」と両名の名を叫びます。

 

『映画に溺れて』第66回 エロ将軍と二十一人の愛妾

第66回 エロ将軍と二十一人の愛妾

平成三年三月(1991)
大井 大井武蔵野館

 

 八代将軍吉宗の孫が十代徳川家治、その治世は田沼意次が権勢をほしいままにし、田沼時代と呼ばれた。
 家治の世継の家基が不審な急死をとげ、次の世継に田沼がごり押ししたのが一橋家の豊千代。これが後の十一代家斉だが、家斉は将軍に就いたとたんに田沼を失脚させてしまう。
 史実では家斉には二十数人の側室がいて、子供の数は五十人以上、その養子先、嫁ぎ先に選ばれた各大名は苦慮した。
 東映の『エロ将軍と二十一人の愛妾』、とんでもないタイトル。田沼が迎えた一橋家の養子の真相をコメディタッチで描いた異色時代劇である。
 世継の家基が急死し、田沼が一橋家から迎える養子の豊千代が、吉原で馬鹿馬鹿しい事故に遭う。それで、治療が終わるまで、替え玉が必要となり、湯屋で三助をしている瓜二つの角助が世継に仕立てられ、西の丸に迎えられる。ところが将軍家治が急死し、今度は角助が十一代将軍となってしまい、大奥で女たちに次から次へと手をつけて、好き勝手をするというポルノ仕立て。
 怒った田沼は回復した本物と偽者の角助を入れ替えようとするが、女鼠小僧の策略で、本物の行方はわからなくなり、とうとう権力の味を覚えた偽将軍の手で田沼は失脚。最後はもうめちゃくちゃ。大奥での大混乱。側室たちはもとより、京から来た正室の子まで、すべて角助の子であったというオチ。
 東映なので時代劇としては本格的、内容は七十年代の日活ロマンポルノに対抗したピンク路線である。
 田沼が安部徹、用人が名和宏と渋く、池玲子杉本美樹といった当時のセクシー女優がたくさん出ており、コメディなので由利徹田中小実昌も見られる。

 

エロ将軍と二十一人の愛妾
1972
監督:鈴木則文
出演:池玲子杉本美樹渡辺やよい、安部徹、名和宏、林真一郎、由利徹

 

『映画に溺れて』第64回王子と乞食

第65回 王子と乞食

平成二十年七月(2008)
東京 某公民館

 

 ヘンリー八世の治世。皇太子のエドワードが乞食の少年トムと瓜二つで、ひょんなことから入れ替わり、王子は宮殿の外へたたき出され、乞食のトムは王子の格好をさせられて宮殿から出られないというマーク・トウェインの名作の映画化。
 トムの父親は稼ぎが少ないといってエドワード王子を殴りつけ、行きずりの旅の剣士マイルズ・ヘンドンがこれを助ける。エドワードは自分が皇太子だと主張しても、汚い格好を見て、当然ながら、だれも相手にせず、あざ笑うだけ。
 いっぽう王宮ではトムも自分が王子ではないと言い張るが、もちろん、王をはじめ、貴族たちはだれも信じない。
 映画はほぼ原作に忠実ながら、映画的な洒落っ気で、いろいろと遊びがある。
 ヘンリー八世が死去し、宮廷では偽者のトムが即位寸前。マイルズは自分を新王と言い張る頭のおかしな少年を哀れに思い、長年留守にしていた領地に連れ帰るが、弟のヒューが今は新領主となり、兄の許婚と結婚している。ヒューは現れたマイルズを兄の名を騙る偽者として、さらしものにし、とめに入ったエドワードを鞭で打とうとする。エドワードの身代わりとなって鞭打たれるマイルズ。偽物扱いされ傷ついたマイルズにエドワードは語りかける。正しいことを言ってもだれも信じてくれない。私も同じだ。このとき、マイルズははじめて少年が本物の王であると確信し、ひざまずくのだ。マイルズの肩に剣を置き、騎士の叙勲を行うエドワード。
 エドワードとトムの二役を子役スターのマーク・レスターが演じ、マイルズのオリヴァー・リード、ヘンリー八世のチャールトン・ヘストン、マイルズの許婚のラクエル・ウェルチ、トムの父親アーネスト・ボーグナイン、老獪な貴族レックス・ハリソン、盗賊の首領ジョージ・C・スコットなど。実に豪華な配役の歴史絵巻だった。
 史実では、王になったエドワード六世は早死にし、その後、メアリ、エリザベスと血で血を争う女王の時代が続く。

 

王子と乞食/The Prince & The Pauper
1977 アメリ
監督:リチャード・フライシャー
出演:マーク・レスターオリヴァー・リードラクエル・ウェルチチャールトン・ヘストンアーネスト・ボーグナイン、レックス・ハリソン、ジョージ・C・スコット

『映画に溺れて』第64回 江戸っ子繁昌記

第64回 江戸っ子繁昌記

令和元年五月(2019)
阿佐ヶ谷 ラピュタ阿佐ヶ谷

 

 落語の『芝浜』と怪談の『番町皿屋敷』を組み合わせ、中村錦之助が魚屋勝五郎と旗本青山播磨の二役。それだけでわくわくし、観たくなる。
 勝五郎の妹のお菊が青山播磨に見初められて、お屋敷で妾奉公。ところがある夜、勝五郎は妹が無残にも手討ちになる夢を見て、うなされ飛び起きる。
 酒好きで怠け者の勝五郎が早起きしたので、女房は喜んで、今日こそ魚河岸へ行くよう催促する。が、外は暗く、魚河岸へ着いても店はどこも閉まっている。女房が時の鐘を間違えたため、早く家を出過ぎたのだ。酔い覚ましに海の水で顔を洗っていると、足に引っかかったのが革財布、中には大金が。と、落語のままの芝浜が展開。
 勝五郎は喜んで長屋の連中と飲んで騒いで、とうとう喧嘩までして、酔い潰れる。で、女房に財布を拾ったのは夢で、飲んで騒いだのは本当だと言われ、改心して酒を断ち、働き者になるという前半。錦之助のコメディ演技、大いに笑わせる。
 後半はシリアスな皿屋敷。いつもはお屋敷から便りのあるお菊だが、ずっと音沙汰がなく心配していると、お盆になって、お菊が戻ってくる。と思ったら、目の前で姿が消える。勝五郎はお菊の身を案じるが、そうこうするうち、大事な皿を割ったので手討ちにしたとの知らせが屋敷から届く。
 水野十郎左衛門率いる旗本奴白柄組が幕閣からにらまれ、次々とお取り潰しとなっているが、青山播磨もそのひとり。将軍家より拝領の皿が最初から割れており、これを咎めてお家断絶に追い込もうという幕閣の罠。播磨と相思相愛のお菊がその罪を自ら被って手討ちになるというひねった筋立て。
 勝五郎の妹をお菊にしたのは、河竹黙阿弥の『魚屋宗五郎』で、酒を断っていた宗五郎が泥酔してお屋敷に乗り込むのと同じ趣向。
 錦之助一心太助シリーズでも徳川家光と魚屋の太助を演じ分けているので、殿様と魚屋の二役はお手の物である。

 

江戸っ子繁昌記
1961
監督:マキノ雅弘
出演:萬屋錦之介、小林千登勢、長谷川裕見子千秋実桂小金治、高橋とよ、坂本武、柳永二郎平幹二朗毛利菊枝