日本歴史時代作家協会 公式ブログ

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『映画に溺れて』第182回 血を吸う薔薇

第182回 血を吸う薔薇

平成二年五月(1990)
大井 大井武蔵野館

 山本迪夫監督の血を吸うシリーズを三本続けて観たのが大井武蔵野館だった。『血を吸う人形 幽霊屋敷の恐怖』『血を吸う眼 呪いの館』『血を吸う薔薇』である。
 このうち『血を吸う眼』と『血を吸う薔薇』が岸田森主演の吸血鬼映画で、ドラキュラの日本版といってもいい。ふたつの作品にはつながりはないが、どちらも過去のドラキュラ映画のような黒づくめ、黒いマントで岸田森が女を襲って生き血をすするのだ。
 特に『血を吸う薔薇』が古風な怪談で、私は好きである。
 田舎町の女子大に若い教師が赴任してくる。その夜、彼は死んだはずの学長夫人を夢に見て襲われそうになる。町の医者が民話の収集家で、この地に伝わる食人鬼伝説を話して聞かせる。
 春休みになり、寮に残った女子学生が何者かに襲われるが、この正体が学長であり、吸血鬼というわけだ。
 鎖国時代、港に流れ着き村人たちから虐殺された白人宣教師が鬼となり、村人の生き血を吸い、若い肉体に取りついて生き続けている。この女子大の初代学長も、今の岸田森も吸血鬼の成れの果てで、次の新しい肉体に選ばれたのが黒沢年男の新任教師だった。
 吸血鬼役の岸田森はもう、ほんとの吸血鬼かと思うほどの鬼気迫る熱演。品があって知的で、しかも病的なイメージ。特異な個性の持ち主だったが、四十代で亡くなったのは、なんとも惜しい。
 当時、大井武蔵野館はこの手の変な映画を次々に上映しており、もう一本、ここで和製ドラキュラ映画を私は観ている。天知茂が主演の『女吸血鬼』で、島原の乱の時代、天草四郎の下で戦った切支丹武将が神を呪って吸血鬼となり、現代まで生き続けて人を襲うというもの。こちらの監督は中川信夫だった。

 

血を吸う薔薇
1974
監督:山本迪夫
出演:岸田森黒沢年男、望月真理子、太田美緒、田中邦衛

 

『映画に溺れて』第181回 ドラキュラ‘72

第181回 ドラキュラ‘72

昭和四十七年八月(1972)
大阪 難波 なんばロキシー

 以前、東中野のミニシアターで有名なベラ・ルゴシの『魔人ドラキュラ』を観たのだが、これが期待したほど面白くなかった。映画そのものはよくできている。ただ、私にとって、ドラキュラはやっぱりクリストファー・リーなのだ。
 私が子供の頃からTVでドラキュラ映画は放送されていて、棺桶からすっと立ち上がるクリストファー・リーのドラキュラ、かっこよかった。化け物でありながら、気品がある。なにしろ、トランシルバニアの貴族、伯爵なのである。
 私が最初に映画館で観たドラキュラは英国ハマープロのシリーズ中でも異色作の『ドラキュラ‘72』だった。
 最初の導入部、十九世紀末、ドラキュラとヴァン・ヘルシング教授の死闘。ドラキュラはついに倒され燃え尽きる。ドラキュラの従僕がその灰をそっと拾いあげ、空を見上げると、飛行機が飛んでいる。
 場面は百年後の一九七二年に移る。オカルトマニアのヒッピーたちが、廃屋で黒魔術に興じている。そこにかつてのドラキュラの従僕だった男が現れ、血の儀式に手を貸すふりをして、ご主人様を甦らせる。
 若い女性を襲う猟奇殺人が起こり、スコットランドヤードが捜査に乗り出す。
 百年ぶりに甦ったドラキュラと対決するのがヴァン・ヘルシング教授の孫で吸血鬼研究家の老教授、これがやはりピーター・カッシング。ドラキュラは老教授の孫娘を襲い吸血鬼にすることで復讐を果たそうとする。
 クリストファー・リーはドラキュラが当たり役だが、他にフランケンシュタインの怪物もミイラ男も演じている。さらにシャーロックの兄のマイクロフト・ホームズも。
 現代に甦るドラキュラはその後、ジェラルド・バトラー主演の『ドラキュリア』(原題ドラキュラ2000)が、ほぼ同様の内容。こちらのヴァン・ヘルシング教授はクリストファー・プラマーだった。

 

ドラキュラ‘72/Dracula A.D. 1972
1972 イギリス/公開1972
監督:アラン・ギブソン
出演:クリストファー・リーピーター・カッシング、ステファニー・ビーチャム

 

新書専門書ブックレビュー7

新書専門書ブックレビュー7

『「ひとり」の哲学』(山折哲雄、新潮選書)

 

「ひとり」の哲学 (新潮選書)

「ひとり」の哲学 (新潮選書)

 

 

 本年9月15日に総務省が発表した「統計トピックスNo.121」(統計からみた我が国の高齢者)によると、65歳以上の高齢者は3,588万人で、前年より32万人増加し、過去最多となりました。総人口に占める高齢者の割合は28.8%と、前年(28.1%)に比べ0.3ポイント上昇し、過去最高となりました。
 男女別にみると、男性は1560万人(男性人口の25.4%)、女性は2028万人(女性人口の31.3%)と、女性が男性より468万人多くなっています。
 高齢者の総人口に占める割合を比較すると、日本(28.4%)は世界で最も高く、次いでイタリア(23.0%)、ポルトガル(22.4%)、フィンランド(22.1%)などとなっています。
 人口に占める高齢者の割合が21%を超えると「超高齢社会」(WHO(世界保健機関)の定義)ということですので、日本は確実に「超高齢社会」ということができます。
 ちなみに、こちらは内閣府ですが、「平成29年版高齢社会白書」によれば、65歳以上の一人暮らし高齢者の増加は男女ともに顕著だそうです。昭和55(1980)年には男性約19万人、女性約69万人、高齢者人口に占める割合は男性4.3%、女性11.2%でしたが、平成27(2015)年には男性約192万人、女性約400万人、高齢者人口に占める割合は男性13.3%、女性21.1%だそうです。

 ところで、「日本の男性を蝕む『孤独という病』の深刻度」(注1)という記事によれば、我が国は「非婚化が進み、生涯未婚率は2020年には男性が26.0%、女性は17.4%、2030年には男性が29.5%、女性は22.5%まで上昇するとみられ、男性の約3人に1人、女性の4人に1人は生涯独身という時代を迎えようとして」おり、「過度な一人ぼっち信仰が、結果的に、日本人を「孤独」へと駆り立てているところがあるような気がしてならない」と述べて、世界で最も恐れられている「伝染病」は、「孤独」であり、「社会的孤立が私たちを死に追いやる」「慢性的な孤独は現代の伝染病」等々、欧米のメディアにはこうした見出しが連日のように踊っているといいます。(注2)
 定年退職年齢は、60歳から65歳になりつつありますが、それでも定年退職後の有り余る時間を私たちは「孤独」とどう向き合えば良いのでしょうか。
 その解の一つになりそうなのが、本作『「ひとり」の哲学』なのです。

 

本作は、まず、「孤独」と「ひとり」の違いを明確にすることから始めます。
戦後の高度経済成長によって日本は豊かになりました。しかしながら、そのことにより「ひとりで生きるという意識が、われわれのあいだからしだいに消え失せていった」(8ページ)のではないかというのです。
 世間では、孤立死孤独死など、あたかも「孤独」が悪いことのように言われることが多いのですが、「超高齢社会」になれば、ひとりで生きるほかない領域が、空間的にも時間的にも広がってきているはずなのです。(12ページ)

 ところで、「ひとり」という大和ことばは、すでに『万葉集』や『源氏物語』以来、千年の歴史をもっています。(13ページ)
 ということは、「ひとり」についての考え方も千年の歴史があるということになります。その歴史の中で画期となったのが13世紀であり、親鸞道元日蓮法然、一遍という鎌倉新仏教の創始者のそれぞれの「ひとり」の考え方を紹介し、当時のこうした思想が、「ひとり」の「存在を核とする人間観の誕生を準備し、その世界観の転換を促した」(201ページ)というのです。

 しかしながら、明治維新後の近代個人主義の受容、あるいは近代的な自我確立の試み、さらには、戦後の「個」の自立と「個性の尊重」という掛け声のもとに広まっていくイデオロギーによってヨコの人間関係だけを意識しつづけることとなり、タテの関係を忘失した結果、横並び平等主義とともに身近な第三者と自分を比較する癖がついてしまいました。その結果、自己愛の個が蔓延し、孤独な個の暴走する姿が巷にあふれるようになり、「いつのまにか、個の自立、個性の尊重という観念を空洞化させて」「人間関係の網の目をズタズタに引き裂いてしまった」のです((206~214ページ)。

 それはなぜかというと、個とか個性という言葉が、「西欧近代社会がつくりだした新しい理念」(214ページ)であり、その理念を「日本の伝統的な『ひとり』の価値観と照らしあわせ、それこそ真剣に比較してみる作業をほとんど完全に怠ってしまったから」(同)だといいます。
 わが国では「ひとり」という「大和ことばが、まさに『個』にあたる固有の場所に鎮座して」(215ページ)いました。「『個』として自立することと、『ひとり』で生きていく覚悟はけっして矛盾するものではなかった」(231ページ)のです。

 ひとりで立つのは、「けっして孤立したまま群衆の中にまぎれこむことではない、無量の同胞の中で、その体熱に包まれて生きる」ことであり、「太古から伝わるこの国の風土、その山河の中で、深く呼吸して生きる」のであり、「垂直に広がる天地の軸を背景に、その中心におのれの魂を刻み込んで生きる」のであり、「混沌の深みから秩序の世界を見渡し、ひるがえって秩序の高みから混沌の闇に突入する気概をもって生きる」ことであり、「その終わりのない『こころ』のたたかいの中から、『ひとり』の哲学はおのずから蘇ってくるはず」であり、「そのときはじめて、われわれ人間同士の本質的な関係が回復されるにちがいない」と結びます。(233ページ)
 本作を読むと、わが国では、古来より、孤独に生きるのではなく、「ひとり」で生きるのが当たり前のことのように思えてきます。ここに「孤独病」を克服する哲学がありそうな気がするのですが、「哲学」だけあってその内容はかなり難しいです。
とはいいながらも、親鸞道元日蓮法然、一遍という鎌倉新仏教の創始者の作者流の紹介を読むだけだけでもけっこう面白いです。

(注1) 東洋経済ONLINE(9月26日版)https://toyokeizai.net/articles/-/203862
(注2) 上記は、岡本純子さんの記事で、最後に「定年後の長い時間に必要なのは『終わるための活動』ではなく『元気にはつらつと生きていくための活動』であるはず」で、そのためには、「『一人』を楽しみながらも、『孤独』を過剰にロマン視したり、畏怖するのではなく、適度に怖れる必要があるのではないか。また、40代、50代の内から、将来的な『孤独』について考え、その対策をしておくことも大切だろう」とし、『世界一孤独な日本のオジサン』(角川新書、岡本純子)を紹介しています。
(注3) 本作は、親鸞道元日蓮法然、一遍という鎌倉新仏教の創始者の紹介でもあります。そのため、本ブログで取り上げました。
(注4) 括弧の数字は、本作のページ数を表します。

 

『映画に溺れて』第180回 ライオン・キング

第180回 ライオン・キング

令和元年八月(2019)
新所沢 レッツシネパーク

 

 一九九四年のディズニーアニメーション『ライオン・キング』が公開されたとき、手塚治虫の『ジャングル大帝』との類似が話題になった。たしかに似ている。
 それはさておき、昨今のCGの進歩は著しい。
 ディズニーはかつての自社アニメーションの名作を有名俳優を使って次々と実写リメイクしており、『ライオン・キング』もかと思った。が、人間の俳優は登場しない。すべてが動物である。生の動物をいくら調教しても、あれだけのドラマは演技できないし、大量の野生動物、ライオン、ハイエナ、象、キリン、ヌーの暴走、空飛ぶ鳥を集めるのも不可能である。つまり『ライオン・キング』の実写リメイクは、実写と見紛うCGで動物たちを描いて、本物のように見せているのだ。
 ドラマそのものは前回のアニメと同じである。ライオン王の息子が叔父の悪だくみで父を殺され、放浪し、やがて国に戻って叔父と対決する。『ハムレット』の動物版である。
 すごいのは、すべてアフリカにいる野生のライオンやその他の動物たちの自然な動きを再現していること。本物以上に本物なのだ。まるでドキュメンタリーの『野生の王国』や『ネイチャー』を見るようなリアルさ。これには心底参った。
 かつて『ジュラシックパーク』の恐竜の群れに驚いたものだが、CG技術がこれだけ進歩すれば、SFやファンタジーだけでなく、ごく普通の日常ドラマの場面さえ、本物そっくりに作れるだろう。風景のロケもいらず、室内のセットもいらず、衣裳や小道具もいらず、やがては高いギャラの俳優もいらないということになりかねない。
 ジョン・ファブロー監督は『アイアンマン』では監督しながらハッピーの役で出演。その流れで『アベンジャーズ』や『スパイダーマン』などにも同じハッピー役で出ている。そういえば、『アベンジャーズ エンドゲーム』はマーベルキャラクターを演じるスター俳優が総出演、人間以外の場面はほとんどCGだった。ひょっとして人間の俳優も何人かはCGかも、と思わせるような時代になってしまった。

 

ライオン・キング/The Lion King
2019 アメリカ/公開2019
監督:ジョン・ファブロー
CG(声)ドナルド・グローヴァーセス・ローゲンキウェテル・イジョフォー、ビリー・アイクナー、ビヨンセ・ノウルズ=カーター、ジェームズ・アール・ジョーンズ

『映画に溺れて』第179回 アラジン

第179回 アラジン

令和元年六月(2019)
新所沢 レッツシネパーク

 

 ディズニー映画がかつてのアニメーションを次々と有名スターで実写化している。
 私の記憶では、最初は『101匹わんちゃん大行進』の実写版だったろうか。アニメ版は小学生のときで、祖母に連れられて観たのだった。それが三十年以上を経て実写版『101』となり、今度は私が自分の子供たちと映画館で観ることになる。悪役はグレン・クローズ。この女優、どんな映画に出ていても相当に人相が悪い。
『眠れる森の美女』を大胆に改変して、悪役が主役になった『マリフィセント』や『くまのプーさん』の後日談『プーと大人になった僕』、象よりも人間が主体の『ダンボ』、いろいろ出そろったが、『アラジン』は『美女と野獣』同様、ほぼオリジナルのままの実写リメイクである。
 コンピュータグラフィックスの進歩で、魔法や異世界などアニメならではのファンタジー映像が違和感なくリアルに再現できるようになったのも、実写化が相次ぐ要因であろう。
 アラビアンナイトの「アラジンと魔法のランプ」が題材。貧しい青年アラジンが街でお忍びの王女ジャスミンと出会い、お互い惹かれあう。が、王女は将来の王となるべき王子を婿に迎えなければならない。叶わぬ恋である。
 そこで、三つの願いの叶うランプを手に入れたアラジンは魔人ジーニーの力で王子になろうとする。
 一方、ジャスミンは王女が王子としか結婚できない国法に疑問を持つ。もしも女性が国主になれるのなら国を平和に治めるのにと。
 そして、ランプの力で全世界を支配しようと企む悪大臣。
 ディズニーなので、ミュージカルとしても完成度が高く、アラジンが魔法の絨毯で王女ジャスミンと空を飛びながら歌う「ホール・ニュー・ワールド」、魔神ジーニーが歌う「フレンド・ライク・ミー」など名曲ぞろいである。

アラジン/Aladdin
2019 アメリカ/公開2019
監督:ガイ・リッチー
出演:ウィル・スミス、メナ・マスード、ナオミ・スコット、マーワン・ケンザリ、ナビド・ネガーバン、ナシム・ペドラド

 

大河ドラマウォッチ「いだてん 東京オリムピック噺」 第37回 最後の晩餐

 元は朝日新聞記者で今は議員の河野一郎桐谷健太)が、国会で発言していました。
「一触即発の日中関係と平和の祭典。国防費のためにと、国民に我慢と緊張を求める一方で、オリンピックというお祭りを開催するという。この相反する二つに対して、国民に説明できないのであれば、この国でオリンピックを開催する資格はない」
 1937年7月7日。北京、盧溝橋で起きた日本軍と中国軍の衝突をきっかけに、日本と中国の全面戦争が始まりました。
 戦争が始まってもオリンピック開催の準備は進められたのですが、東京大会組織委員会は紛糾していました。
 田畑政治阿部サダヲ)は河野一郎とバーで飲んでいました。河野はいいます。
「陸軍次官や文部次官を組織委員に招いたのは嘉納(役所広司)さんだっていうじゃないか。どうしちゃったんだいあの人は。オリンピックを利用しようとしているんじゃないのか。ヒトラーがヘルリンでやったように」
 田畑は怒って河野に酒をかけます。
ヒトラーなどと比べて語るんじゃないよ、加納さんを」田畑は河野に向き直ります。「ちゃんとわかっているんだよ、あの人は。今、この日本でオリンピックをやるには、軍や政府を巻き込まなくちゃ駄目だって」
 場面は、金栗四三中村勘九郎)が東京の街に立っているところに変わります。金栗は熊本から妻子がやってくるのを待っていたのです。日の丸を持った行列に驚く金栗の妻のスヤ。東京オリンピックの前祝いなのかと問います。金栗は答えます。
「いや、志那事変の祝賀行進ばい」
 日本の勝利を信じて疑わない人々は、出征していく兵士を、万歳で送り出します。この時はすぐに片がつくと、誰もが思っていたのです。しかし八月になっても、戦火は終息するどころか、拡大する一方でした。
 IOC委員の福島道正(塚本晋也)は独断で、近衛文麿首相にオリンピック開催の危機を訴えます。
「政府が本気で大会を支持してくださるなら、補助金として、五百万円を上乗せしていただきたい。それが不可能なら、大会中止。すなわち、返上もやむを得ません」
 しかしこの話し合いが新聞記事になってしまったのです。
「福島氏が返上を示唆」
 嘉納治五郎は当然、激怒します。しかし福島は組織委員会で発言するのです。
「無理なら無理と早期に判断し、お返しする。せっぱつまって返上ということになれば、どの国でも開催は困難になり、日本は、永久にオリンピックに参加できなくなる」福島は立ち上がります。「今こそ、名誉ある撤退を」
 しかし嘉納はそれを認めません。
 田畑は水泳選手たちが練習するプールを訪れました。選手たちに気合い手を入れるはずの田畑。少しよろしいでしょうか、と、若手選手に話しかけられます。宮崎康二(西山 潤)がいいます。
「田畑さん。僕たちは、泳いでいていいのでしょうか」
 小池礼三(前田旺志郎)もいいます。
「いとこが出征しました。たいして歳も変わらないのに。それ以来、練習しててもなんだか後ろめたくて」
 皆が田畑の言葉を待ちます。本当にオリンピックは来るのかと、疑う気持ちが選手たちに芽生えていたのでした。田畑は叫びます。
「来るよオリンピックは」田畑はプールの端に立ちます。「そのオリンピックで、全種目制覇してメダル取るんだよ、お前たちは。泳げほら」
 しかし選手たちは練習に身が入らないのです。
 河野一郎が国会で発言しています。
「万歳の声を背中に聞きながら、中国へ多くの若者が出征していく。一方において、派手なユニフォームを着て、跳んで回っている青年がいる。何が精神総動員か。オリンピックなど一刻も早く返上すべきです」
 田畑が朝日新聞社に帰ってみると、金栗四三が押しかけていました。河野一郎を探します。河野はとっくに社をやめています、と金栗に話しかける田畑。金栗は振り返っていいます。
「田畑さん。東京オリンピックやらんとですか」
 田畑は答えます。
「そういう声が、国内外で出ているのは事実です」田畑は慌てて続けます。「だが安心してください。絶対やります。やりますとも。返上など嘉納先生の目の黒いうちは……」
 田畑の言葉をさえぎって金栗はしゃべります。ストックホルムの次のベルリンの大会。自分は絶好調だった。世界記録を出して、メダルも期待されていた。しかし嘉納に告げられた。
「オリンピックは中止だ」
 金栗は話し続けます。
「今度の戦争。日本は当事者ばい。ドンパチやってる国で平和の祭典。矛盾しとる」
「記者の私も矛盾を感じております」田畑は話し始めます。「返上、反対、絶望。大陸の地図を見て、中国に何千何百の兵を送り込んだという記事を書くかたわら、同じ地図を見て、聖火リレーのコースを考えておる。夢と現実が入り交じって、こらもー。矛盾」
 金栗は自分が選手を育成していることをいいます。
「田畑さん。はしごば外される選手の気持ち、わかりますか。明日の目標ば失った選手の悲しみ。田畑さんならわかるでしょう」
 田畑は金栗の手を握ります。
「スポーツに矛盾はつきものだよ。なぜ走る。なぜ泳ぐ」田畑は朝日新聞社の皆にも訴えます。「答えられん。でもそれしかないじゃんねー」田畑は金栗を見ます。「あんたも俺もオリンピックしかないじゃんねー。戦争で勝ちたいんじゃない。マラソンで勝ちたい。水泳で勝ちたいんだ」
 12月。日本軍が南京を占領。さらに戦争に突き進む日本は、世界から非難を浴び、孤立を深めていきます。
 オリンピック東京開催を疑問視する声が世界中で高まる中、嘉納はエジプトのカイロで開かれるIOC総会に出席しようとしていました。神宮競技場を見回しています。そこに田畑がやってきました。嘉納は田畑にいいます。
「必ず開催できるという信念のもと、正々堂々、押し切ってみせる」
 田畑は嘉納に土下座して訴えるのです。
「この通りです。加納さん、返上してください」田畑は首を振ります。「駄目だ。こんな国でオリンピックやっちゃ、オリンピックに失礼です。わかります。この期に及んでこれほどみっともないことはない。しかし、それができるのは加納さん、あなたしかいません」
「オリンピックはやる」
と、嘉納は言い切ります。田畑は立ち上がります。
「今の日本は、あなたが世界に見せたい日本ですか」
 田畑は説明します。嘉納が引き下がる潔さを見せれば、戦争が収まった後、もう一度オリンピックを招致できる。田畑は涙を流します。
 嘉納はカイロのIOC総会に来ていました。各国に責められます。国際連盟が認めていない国を参加させるのか。いつまで戦争を続けるんだ。競技場はどうなった。聖火は。補助金は。嘉納は何も答えられませんでした。嘉納は立ち上がり、委員たちに英語で話しかけます。
「返す言葉もありません。全く情けない限りですが、30年、IOC委員である私を、信じていただきたい。オリンピックと政治は無関係。証明して見せます。東京で。信じてください」嘉納は親指で自分を指していいます。「ジゴロー・カノー」
 委員たちは静まりかえります。嘉納はIOC総長に深く頭を下げるのです。
 こうしてオリンピックの東京開催があらためて承認されることとなったのでした。
 カイロから嘉納は帰国の途につこうとしていました。カナダのバンクーバーから船に乗ります。その嘉納に話しかける者がいました。外交官の平沢和重(星野 源)です。平沢は嘉納と同じ船に乗ることになります。
 船に乗り込んで数日後、嘉納は風邪をひいてしまいます。疲れが出たのか、ずいぶんと弱ってしまいます。
 少し回復した可能は、船長にお茶会に招待されます。嘉納は上機嫌で皆に話しかけます。人生で一番面白かったことを、話し合おうというのです。嘉納は平沢に自分のことを話し始めます。やはりオリンピックに関することばかりでした。最初にオリンピックに参加しようとしたとき、羽田で予選をやったときのこと。ストックホルム・オリンピックの開会式で行進したこと。ロサンゼルス・オリンピックで日の丸が連日のように揚がるのを見たこと。しかしどれも一番ではないというのです。
「一番は、東京オリンピックではないですか」
と、平沢がいいます。嘉納は思わず平沢を指さします。
「そこだよ、そこ。これから、一番面白いことをやるんだ。東京で。本当に出来るのかって眉をひそめてぬかしよった西洋人どもを、あっといわせるような」加納は咳をします。「みんなが驚く。みんなが面白い。そんなオリンピックを、見事にやってのける。うん。これこそ一番」
 そして加納治五郎は、太平洋上で帰らぬ人となったのです。享年七十七。
 横浜港に、加納の遺体が帰ってきます。駆けつける田畑。田畑は平沢から、加納からとストップウォッチを渡されるのです。
 加納の棺はオリンピックの旗に包まれるのでした。

 

明治一五一年 第5回

明治一五一年 第5回

       森川 雅美

 

波が立っている延々と
繰り返し波が立っている
アメリカ東部ノーフォーク
から出港した黒船の
甲板に立つ一人の水夫
が闇に光る灯りを見詰め
琉球の文書が波間に
沈んでいき伸ばす手もなく
より遠い海上に歪みいく
風の行方を聞きながら
海原とは誰かの眼のふちの
一瞬の輝きなのだと
波が立っている見渡す限り
続く波が立っている
いくつもの船の残骸と
ともに数えきれない人の
骨がサイパンガダルカナル
硫黄島と記憶を留め
よわく光る海底は簒奪され
訪れる言葉すらなく
少しずつ流れいく記述
されぬ形に晒されながら
海原とは遠くまでつながる
開かれた道といえるかと
波が立っているもはや
戻らない波が立っている
万年も癒されぬ底なし
の無数の切り傷の循環の
流れに閉ざされたまま
繰り返す生の営みを縮め
プルトニウムセシウム
ストロンチウム切りなく
広がりつづける一世紀半の
連鎖に問われながら
波が立っているただ波が