日本歴史時代作家協会 公式ブログ

歴史時代小説を書く作家、時代物イラストレーター、時代物記事を書くライター、研究者などが集う会です。Welcome to Japan Historical Writers' Association! Don't hesitate to contact us!

『映画に溺れて』第396回 ナイトメア・ビフォア・クリスマス

 第396回 ナイトメア・ビフォア・クリスマス

平成六年十二月(1994)
日比谷 日比谷映画

 ティム・バートン原案、ストップモーションアニメの名作だが、子供向きというよりは大人が楽しめる内容になっている。
 祝日の森の中にあるハロウィンタウン。不気味で恐ろしいオバケたちの世界。カボチャの王ジャックは、このところなんだか虚しさで胸がいっぱいになっている。年に一度のハロウィンが終わると、翌日からさっそく、次のハロウィンの準備に取りかかるのだ。それがこの町の宿命である。
 ジャックは町を抜け出し、祝日の森までやってくる。一本の木の扉に誘われるように入って行くと、そこは一年中雪におおわれたしあわせそうな町。みんなが明るく楽しげに笑い、おもちゃやお菓子で溢れている。ジャックは生まれて初めての変な気分に感動さえする。その町の名はクリスマスタウン。
 ハロウィンタウンに戻ったジャックはさっそく新しい計画を練りはじめる。今度はハロウィンではなく、自分たちでクリスマスを実行しよう。ハロウィンタウンの住人たちもジャックの提案を喜んで受け入れ、クリスマスの準備を始める。彼らの奏でるジングルベルは哀調を帯びた薄気味悪い音楽。彼らの作るプレゼントは人を怖がらせる生首や怪物やびっくり箱。マッドサイエンティストが骸骨のトナカイを用意し、棺桶のソリがつながれる。
 仕上げはクリスマスを支配する人物、トナカイを鞭で打ちつける真っ赤な巨人サンディ・クローズを誘拐し、ジャックがその代わりを務めることだ。
 サンタクロースはハロウィンの三人小僧に連れ去られ、ジャックがハロウィン感覚でクリスマスをやるので、世界中がパニックとなり、贋のサンタクロースを追い払うために警察や軍隊が出動する。大切なクリスマスをだいなしにした傷心のジャックに立ち直るチャンスはあるのか。
 マッドサイエンティストフィンケルスタイン博士に作られたつぎはぎだらけの女の子サリーは、フランケンシュタインの花嫁か。
 ミュージカルとしても、すばらしい出来栄え。

 

ナイトメア・ビフォア・クリスマス/The Nightmare Before Christmas
1993 アメリカ/公開1994
監督:ヘンリー・セリック
アニメーション

 

大河ドラマウォッチ「麒麟がくる」 第二十九回 摂津晴門の計略

永禄十二年(1569年)。将軍足利義昭(遠藤賢一)の御座所、二条城の築城が、着々と進んでいました。織田信長染谷将太)は、近隣の国々から、人や物をかき集めた。京のめぼしい屋敷や、寺社からも庭石や、調度品などを差し出させ、みずから陣頭に立ち工事を進めました。

 明智光秀十兵衛(長谷川博己)は、細川藤孝眞島秀和)と共に、届けられた品々を調べていました。藤孝がいいます。

「見たことのあるふすま絵だと思うたら、我が館の隣の寺の物だ。驚き入った」

 光秀は答えます。

「仕方がありますまい。四月までにこの城を作り上げるとなると、出来合いのものを使うほかありません」

「しかしいささかやり過ぎなような気もする」藤孝は光秀に近づきます。「幕府の中には、信長様は将軍の名を借りて、京中の金目の物をかすめ取っていると、陰口を叩く者もいるそうだ」

「いいたい者にはいわせておけばよろしいのです。将軍をお守りする城を造ろうとしなかった者たちが、あれこれ申すことなどもってのほか」

「それはそうだが」

「幕府の中には、寺や神社と、深く関わり、寺社が営む金貸しに食い込んで、利を得ている者もいます。調べれば調べるほど、幕府の内は醜い。今日も、これらの物を持ち出された寺の者が集まり、幕府に返納を迫るつもりだと聞き及んでおります。政所(まんどころ)の摂津殿が、どう裁かれるか、よく見る必要があります」

 足利義昭は駒(門脇麦)を呼んでいました。医療施設のある、貧しい者のための館を造ろうとしていたのです。しかし金がないと義昭は嘆きます。少しずつでも造ったどうかと提案する駒。それでも一千貫はいる、と義昭はいいます。

 駒は治療院に帰ってきて、今まで貯めてきていたお金を確かめます。二百貫あることが分かりました。

 光秀は城普請の指揮をとっていました。そこに子供が結んだ紙を押しつけてくるのです。それは伊呂波太夫尾野真千子)からの手紙でした。

 光秀は伊呂波太夫をたずねます。会わせたい人がいるとのことでした。その人物は関白の近衛前久本郷奏多)でした。大夫がいいます。

「三好の一党とのつながりを疑われて、公方様のご上洛以来、都から追われ、姿を消しておられましたが、密かにお戻りになられているのです」

 その場で鼓(つづみ)を打っていた者が頭巾を外します。近衛前久その人でした。近衛は光秀に打ち明けます。

「私は摂津たちから追われている。三好たちと、先の将軍足利義輝の暗殺に関わったという理由じゃ。それをいいふらしたのは、近衛家を毛嫌いする二条春良じゃ。春良は、足利義昭が将軍になったのをいいことに、摂津と幕府を味方につけ、私を都から追いはろうた。目当てははっきりしておる。近衛の領地を奪い、摂津たちと、我が物にするということだ。以前、越後の上杉輝虎と話したことがある。立派な武将じゃ。その上杉がいうた。今の幕府は、おのれの利しか頭にない。天下をにらみ、天下のために働く者がおらん。それゆえ、いつまでも世は治まらぬと。私は今、それができるのは織田信長かと思うておる。あの上洛ぶりを見てそう思うた。今、幕府を変えられるのは信長じゃ。それをそなたに申しておきたかった」

「なにゆえわたくしに」

「将軍の側に居て、信長にもはばかりなく物申せるのは、明智十兵衛と聞いた。摂津を嫌っているという噂も耳にした」

 近衛は立ち去ろうとします。太夫が問いかけます。

「もっとお話しがおありだったのでは」

 振り返らずに近衛はいいます。

「命乞いまでしたくはない」

 近衛が出て行くと大夫がいいます。

「本当は(近衛)前久様は、こういうこともおっしゃりたかったのです。この都には、公家や、武家や、私のような街衆がいて、そして、帝(みかど)がおいでだと。帝もご領地を奪われ、たいそうお困りと聞きます。今の帝のひいおじい様は、崩御されてもお弔(とむら)いの費用がなく、二月(ふたつき)、放っておかれたと申します。それを助けるべき幕府は、手も差し伸べず、見て見ぬ振りをした。御所をご覧になればよく分かります。帝がどれほどお困りか」

 光秀は妙覚寺の信長の寝所をたずねます。

「その幕府ですが」

 と光秀が言いかけると、

「腐り果てているのであろう」

 と、信長が言葉を継ぎます。

「良くお分かりで」

「皆、口をそろえて幕府の非道を攻め、わしに何とかしろという。しかし、わしは将軍ではない。幕府のやることにいちいち口出しはせん」

 光秀はいいます。

「口をお出しになるべきかと存じまする。城だけ造れば都は安泰という訳ではありません。四月に、岐阜へお帰りになるとうかがいましたが、その前に幕府の方々をすべて入れ替えるべきと存じます」

「それは、将軍のおそばにおる、そなたの役目であろう。越前の朝倉義景のもとに、三好の一党が出入りし、わしの留守の間に美濃を攻めようと企てているとの知らせが届いた。美濃を失えば、この京も危ない。帰っていくさ支度をせねばならぬ。そのために、そなたや、権六や、藤吉郎を京の奉行にするよう幕府に飲ませたのだ。やり方は任せる」

 信長は立ち去ろうとします。しかし歩みを止め、いいます。

「昔、幼い頃、父にたずねたことがある」信長は振り返ります。「この世で一番えらいのは誰かと。それはお日様じゃといわれた。その次にえらいのは、とたずねると、都におわす天子様、帝(みかど)じゃ、と申された。わしには帝というものが分からなかったが、その次はとたずねると、帝をお守りする将軍様じゃと」信長は笑い出します。「なんだ、将軍は帝の門番かと思うたが、我らはその門番をお守りするため、城を造っておるのだが」

 数日後、光秀のいる本国寺に、藤孝がやってきます。光秀が横領の罪で訴えられているというのです。それは妻子と共に住むようにと、将軍義昭にもらった土地でした。光秀は摂津晴門片岡鶴太郎)のもとに向かいます。

「まさか横領した土地とは思いもしませんでした」光秀は摂津を問い詰めます。「この手はずをつけたのは、政所(まんどころ)ではありませんか」

「それで」

 摂津に悪びれた様子は見られません。

「誰が横領した土地で、政所がいかにして手に入れたのか、教えていただきたいのです」

 光秀が迫ると、いちいち覚えていないなどと摂津はとぼけます。光秀は摂津の耳元に口を寄せていいます。

「そうやって帝の丹波のご領地も、お仲間の武家に与えられたのか」

 さすがの摂津も取り乱します。光秀はさらに追求します。

「誰が横領したのか、幕府内に不正があるならそれを正し、処断するのが私の務めです」光秀は摂津に訴えの文書を押しつけます。「この訴え、見逃すわけにはいきません」

 光秀が立ち去ると摂津は一人いいます。

「困ったお方じゃ。世の仕組みを教えて差し上げたのじゃが」

 摂津は訴えの文書を引き裂くのでした。

 光秀は伊呂波太夫をたずねます。

「帝の御所を拝見いたそうかと」

 と、光秀はいいます。

 太夫の案内で光秀は御所にやってきます。大きく塀が崩れています。子供が入り込んでいたずらすることもあると大夫は話します。

 四月になりました。信長が総力をあげた二条城は、約束に違わず、二ヶ月あまりで完成しました。各地の大名たちに、織田信長の底力を示す出来事でした。

 二条城に入った足利義昭は感激し、信長に

「かたじけない」

 と、繰り返します。義昭が室内に入ると、信長は光秀に浅井長政を紹介します。浅井が去ると、信長は光秀にいいます。

「二、三日でよい。わしの後から、美濃へ戻って参れ。越前の、朝倉義景の件で、そなたの話を聞いておきたい」

 

『映画に溺れて』第395回 モンテーニュ通りのカフェ

第395回 モンテーニュ通りのカフェ

平成二十一年五月(2009)
飯田橋 ギンレイホール

 

 パリの賑やかな大通りの喫茶店で、ささやかながらもゆったりとすごす時間。そんな贅沢な気分が味わえる映画である。
 田舎からパリに出てきた若い女ジェシカがモンテーニュ通りでカフェの給仕の仕事につく。短髪のセシール・ド・フランスのギャルソン姿はなかなかキュート。
 ジェシカはこのカフェに出入りする三人の人物とかかわることに。コンサートを目前に控えた一流ピアニスト。舞台初日を目前に控えたTVの人気女優。生涯かけて集めた美術品のオークションを目前に控えた老コレクター。
 ピアニストは地位や名声よりも、音楽会に来ないような広く一般の人たちに音楽のすばらしさを伝えたいと願い、有能なマネージャー役の妻と不和。
 人気女優はハリウッドから新作「サルトルボーボワール」のキャスティングに来ている巨匠の前で自分を売り込もうとして失言ばかり。巨匠役がなんとシドニー・ポラック
 老コレクターは妻の死後、若い愛人を作って、息子との仲がぎくしゃくしている。
 ピアニストに朝食を配達に行ったジェシカはだれでも知っている「きらきら星」の作曲がモーツァルトだと知って驚く。
 ハリウッドの巨匠の前では女優のTVドラマを褒める。
 そして親しくなったコレクターの息子にはこんなことを言う。
「世の中には二種類の人がいる。電話が掛かってくると、チクショウ、だれだと悪態をつく人と、だれからかしらと胸ときめかせる人と」
 そして、コンサートと舞台初日とオークションが同じ日に重なり、カフェは大賑わい。
 音楽にも演劇にも美術にも疎い田舎出の彼女がみんなを幸福にし、観ている観客もいい気分になれるおしゃれなフランスコメディである。

 

モンテーニュ通りのカフェ/Fauteuils d'orchestre
2006 フランス/公開2008
監督:ダニエル・トンプソン
出演:セシール・ド・フランス、ヴァレリー・ルメルシエ、アルベール・デュポンテルクロード・ブラッスールクリストファー・トンプソン、ダニ、ラウラ・モランテシドニー・ポラックシュザンヌ・フロン

 

会員・喜安幸夫さんの新刊です。

 読者の皆様よろしくお願い致します!

中国崩壊 (ヴィクトリー・ノベルス)

中国崩壊 (ヴィクトリー・ノベルス)

  • 作者:喜安 幸夫
  • 発売日: 2020/10/17
  • メディア: 新書
 

 

『映画に溺れて』第394回 メルシィ!人生

第394回 メルシィ!人生

平成十五年三月(2003)
飯田橋 ギンレイホール

 

 シリアスからコメディ、恋愛ものから犯罪アクションまでなんでもこなす芸達者ダニエル・オートゥイユ主演の『メルシィ!人生』、大好きな一本である。
 大手避妊具メーカーの経理部社員フランソワは真面目なだけが取り柄、透明人間のように目立たない。離婚した妻に未練たっぷりだが、妻は気力のない元夫を軽蔑しきっており、妻が引き取った高校生の息子も母親の影響で父をバカにしている。
 勤続二十年、目立たずこつこつやってきたのに、ある日突然、人員削減で解雇を言い渡される。フランソワならいてもいなくても同じだからという理由で。
 失意のうちにアパートの窓から飛び降りようとすると、隣の老人が声をかける。
 彼の話を聞いた老人が言う。クビにならない方法を伝授しよう。ゲイのふりをするんだ。
 私、ゲイじゃありませんけど。
 いいんだよ。会社は社員をゲイだという理由では解雇できない。勤め先が避妊具メーカーなら、なおのこと、エイズ対策でゲイの顧客も多いだろう。
 なるほど。
 フランソワがゲイであるという噂はたちまち社内に広がり、クビは撤回される。
 隣の老人がどうしてこんなアイディアを思いついたのか。フランソワのクビが撤回されたまさにその理由で、老人はかつて、会社を辞めさせられていたのだ。時代は変わった。
 ジェラール・ドパルデューふんする意地悪な人事部長。スポーツマンタイプでゲイ嫌い。ところが社長の側近から、あからさまなゲイ差別は出世にひびくと忠告され、無理してフランソワと仲良くつきあい、ほんとうに仲良くなってしまう。
 父親がゲイであることを知った息子は父を見直し、美人の女上司はフランソワのゲイを嘘だと見抜いて、彼への好意に気づく。
 ラストシーン。レストランでシャンパンを注文し、彼はなにに祝杯をあげるのか。後味のいい、美酒のような佳作である。

 

メルシィ!人生/Le Placard
2000 フランス/公開2002
監督:フランシス・ヴェベール
出演:ダニエル・オートゥイユジェラール・ドパルデュー、ティエリー・レルミット、ミシェル・オーモン、ジャン・ロシュフォールミシェール・ラロック

 

大河ドラマウォッチ「麒麟がくる」 第二十八回 新しき幕府

 永禄十一年(1568年)。九月。足利義昭(滝藤賢一)が、織田信長(染谷将太)と共に、ついに上洛を果たしました。

 京を支配していた三好勢は、織田軍の勢いに押され、摂津や大和などの国々へ退却しました。三好勢が頼りにしていた十四代将軍足利義栄は、摂津で病死しました。

 信長は三好勢を機内から一掃するため、その拠点である摂津に流れ込み、戦いに勝利します。これにより、権力者と認められた義昭や信長のもとへ、多くの武将が献上品を持って、芥川城に集っていました。

 献上品を見回す松永久秀(吉田鋼太郎)のもとへ、明智光秀十兵衛(長谷川博己)が訪れます。光秀は義昭の奉公衆になることになっていました。松永は光秀にいいます。

「わしは京で織田殿にお会いして以来、ただ者ではないとにらんでおった。それゆえ迷うことなく織田方に味方し、大和にはびこる三好と戦こうたのじゃ」

 松永は信長に献上品を持ってきていました。直接渡したいという松永に、今は評定(ひょうじょう)の最中だと光秀はいいます。光秀もその一員で、松永のために抜け出してきていたのです。評定に戻ろうとする光秀を松永は呼び止めます。

「わしが三好方に通じているという噂があるやに聞いておる。まさかわしも詮議さているのではあるまいな」

 光秀は不自然に目をそらし

「ご案じになることはないかと」

 といいます。

 実はまさに評定で、松永久弘についての話し合いが行われていたのです。強硬派は三淵藤英(谷原章介)でした。前将軍の義輝殺害に松永が一枚噛んでいたかもしれないというのです。評定は果てしなく続きました。足利義昭が信長に目配せします。笑みを返す信長。義輝は話し始めます。

「おのおの、議は尽くしたと思うが、いかがであろう。皆、思うところはあろうが、こたびの上洛城を果たせたこと、三好の根城たる、この芥川城を押さえたことは、これすべて、織田信長殿の力があったればこそじゃ。ほかの大名の多くが名乗りを上げようとせぬ中、みずから出陣、わしを助けて下された。このことは生涯忘れぬ。織田殿こそが、兄とも、父ともと思うておる。改めて礼を申し上げる」

 信長は頭を下げて言葉を返します。

「身に余るお言葉。かたじけのう存じまする」

 義輝はある人物を皆の前に呼び出します。代々足利家に仕えていた摂津晴門(片岡鶴太郎)でした。この者を以前と変わりなく、政所(まんどころ)頭人として働かせたいというのです。

「よろしいかと」

 と、信長は返事をします。

 評定の後、光秀は細川藤孝(眞島秀和)と話をします。

摂津晴門殿に幕府を任せるという話、どう思われます」と細川は聞いてきます。「摂津殿は、義輝様の頃と、ほぼ同じ顔ぶれの役人達で、幕府内を仕切りたいそうです。その方が早く動き出せると」

「まあ当面はやむを得ますまい。ただ、その顔ぶれで、義輝様をお助けできなかった。それゆえ義輝様はあのようなお最後を」

 細川はうなずきます。

「その通り」

「幕府の中は、一度洗い直すべきかと存じまする。一新せねば」

 細川と別れたあと、今度は松永に光秀は呼び止められます。松永は打ち明け話をするように光秀にいいます。

「越前の朝倉義景(ユースケ・サンタマリア)だがな、ここに来て動きが怪しい。わしの乱波(らっぱ)が調べてきたのだが、朝倉は三好、六角と手を結び、織田殿に狙いをつけているという話だ。皆、成り上がりの織田家などに従えるかと思うておるのだ」

 光秀は越前にいた頃、朝倉義景松永久秀から手紙をもらったことを聞いていました。それには義景に、信長と共に義昭を担いで上洛すればよいと書いてあったのです。

 足利義昭は朝廷より、正式に十五代将軍の地位を与えられました。信長は、義昭の将軍就任を見届けると、一部の家臣を京に残し、慌ただしく、岐阜に戻っていきました。

 永禄十二年(1569年)。正月のことです。本国寺の将軍御座所を三好の軍勢が襲撃したのです。光秀は義輝を地下の避難所に逃がします。

 三好の軍勢は、幕府方の固い守りを攻めあぐねていました。すると、足利方の大軍が畿内各地より、京へ向かったという知らせが入ります。二日間の攻防の末、三好勢は形勢不利と見て、退却しました。

 戦闘の後、光秀は多くの書類に目を通していました。そこに細川藤孝がやってきます。藤孝はいいます。

「どうにも解(げ)せぬ。襲撃のあった前夜、将軍山から三好の大軍が下ってきたという。幕府のものが誰も気付かなかったというのが。京へ入るにはあちこちに関所もある。この本国寺に降ってわいたわけではござらぬ」

 光秀は顔を上げます。

「しかし、敵はいきなり現れた」

「我らが戻ってこねば、危ないところであった」

 光秀は藤孝に書類を見せます。それは役人達の不正の証拠でした。今回の騒ぎに乗じて、光秀はそれを手に入れたのでした。幕府内に三好と組んでいた者もいるようでした。藤高がいいます。

「そうか、幕府の中には、三好に戻ってきてもらいたい一味がおるということだ」

 本国寺の事件から数日後、岐阜から信長か駆けつけます。

 信長は摂津を問い詰めます。

「なにゆえ知らせを遅らせた」

 細川藤孝などには摂津は、先に知らせていたのです。

「幕府にとって織田信長とはその程度のしろものか」

 信長は激怒し、扇子を投げつけます。信長は摂津の前にしゃがみ込みます。

「摂津、こたびのことで、わしは二つ学んだ。その方たちだけでは、公方様をお守りすることはできぬということ。もう一つ、この寺を、公方様の御座所として、安心していたわしは愚かであったということ」信長は立ち上がります。「以後、京には、わしの信用する者たちを名代(名代)として置き、新たな城をつくる。そこを将軍家御座所として、公方様にご動座願うこととする」信長は摂津を怒鳴りつけます。「わかったか」

 信長はその城を二ヶ月で完成させるように命じるのでした。

 将軍の新しい御座所、二条城の築城が始まりました。幕府と、信長の呼びかけに応じた、近隣の国々から資材が運び込まれ、大工や鍛冶職人などが集められました。

 光秀も城の普請のために働きます。その現場で信長と出会いました。

「やればやれるのだ」

 という信長に対し

「すべて、信長様のお力です」

 という光秀。

「いや、わし一人が何をいうたとて、誰もここまで力は貸さん。やはり、公方様のお名前には不思議な力がある。そなたの申す通り、大きな世を作るには欠かせぬお方じゃ。難しいのは、摂津たちじゃ。公方様はああいうお方ゆえ、あやつらに都合良く操られるのは怖い」信長は光秀に向き直ります。「そうじゃ。松永から聞いたであろう。越前の、朝倉義景のことを。朝倉と三好が手を握れば、我らは挟み撃ちになる。早めに手を打とうと思うが、どうじゃ」

「朝倉様を」

「討つ」

 そういって信長は去って行こうとします。そこへ足利義昭が通りかかるのでした。

「信長殿」義輝は信長の手を取ります。「この都を美くしゅう保てるのはそなたしかおらん。もう岐阜へなどへは戻ってはくれるな」

 その頃、摂津晴門は書庫で話していました。

「三好の片割れが越前へ入って、朝倉義景に何かと入れ知恵をしているというが、まことか」

「間違いございません」

 と、役人が答えます。

「よーし、面白い。織田信長。成り上がりの分際で」摂津は扇子を引きちぎります。「満座でわしに恥をかかせよった。いまにみておれ。一泡吹かせてみせようぞ」

 

合評会のお知らせ

■この度日本歴史時代作家協会では、ホームページに掲載された短編小説についての「zoom合評会」を開催することとなりました。会員の皆様、奮って参加をよろしくお願い致します。

■日時とzoomでの参加方法については後日、事務局よりメールにて連絡申し上げます。

■合評の対象となる小説一覧はこちらです。よろしくお願い致します。

 

rekishijidai.com

『映画に溺れて』第393回 流れ者

第393回 流れ者

昭和四十九年八月(1974)
大阪 中之島 フェスティバルホール

 

 泡抜きのビールを好む男が主人公の『流れ者』、クロード・ルルーシュ監督、主演がジャン=ルイ・トランティニャン、おしゃれな犯罪映画である。
 いきなりミュージカルの場面で始まる。もちろん曲はフランシス・レイ。これが実は映画館で上映されているミュージカル映画の一場面だとわかる。映画館に逃げ込んだ犯罪者。それを追う警察。
 そしてこの男がかつて企てた完全犯罪の回想。
 ある銀行員の家に電話がかかってくる。自動車会社からで、車が当選した。発表は今日、これからオランピア劇場でショーのあとに行うという。銀行員夫妻と幼い息子は喜んで劇場に駆けつける。自動車会社の担当者からチケットを渡され、夫妻は客席へ。が、いつまでたっても発表はなく、ショーは終わり、子供がいなくなる。
 自動車当選を装った子供の誘拐事件だったのだ。銀行員は金持ちではないが、身代金は彼の勤めている銀行に要求される。世論の手前、銀行は莫大な身代金を支払い、子供は無事に戻る。
 この誘拐事件を仕組んだのが元弁護士のシモン。時計のように正確な男といわれ、スイスのシモンとあだ名されている。が。裏切りがあって逮捕され、二十年の刑。そこを五年で脱獄した彼が、どのように金を取り戻すか。
 誘拐された子供の親ではなく、勤め先が身代金を支払うというアイディアは黒澤明監督の『天国と地獄』でも使われていた。
 ビールをすすめられたシモンが「泡抜きで」と注文をつける場面、これが不思議とかっこよく、しばらく私も泡抜きのビールを飲んでいた。

 

流れ者/Le Voyou
1970 フランス/公開1971
監督:クロード・ルルーシュ
出演:ジャン=ルイ・トランティニャン、クリスチーヌ・ルルーシュ、シャルル・ジェラール、シャルル・デンネ、ダニエル・ドロルム

 

明治一五一年 第17回

明治一五一年 第17回

 

いくつかの記録の狭間に落ちていく

人の声を拾いながら

慶応三年の陸奥の背の

すでに一五一年の影たち

が燃える静かな刻限が近づき

明治二八年の大陸への貧しき傷の

北上する足と南下する足の吃音

の重なりは届かぬ野だと

明治三八年の波立ちの

いつまでも消えない朽ちかけた

無数の影たちに呼ばれ

大正七年の崩れ行く体の

失われ続ける一瞬の目の内側の萌す

あわい光の粒を包む

大正八年の蔓延する病の

いくつかの記録の淀む

彼方に呼ばれる指の動きに沿う

大正一二年の燃え続ける人たちの

ならば一つずつの脆い思い出

は誰かの内の地平の輝きへ

昭和五年の浮遊する足首たちの

一五一年はまだ終わらずに色褪せ

永らえる人の息こそ

昭和二〇年の目の裏の発光の

啄まれていく皮下出血に

なりもう消えた唇の畔に留まる

平成二三年の還らない水の絡まりの

薄れる背中の連なりを追いながら

揮発する爪の陥没だ

令和二年の新しい死者たちの

 

大河ドラマウォッチ「麒麟がくる」 第二十七回 宗久の約束

 永禄十一年(1568年)。七月。足利義昭(よしあき)(滝藤賢一)の一行は、美濃の立政寺に到着しました。その中には明智光秀十兵衛(長谷川博己)の姿もあります。織田信長染谷将太)は、ひれ伏して義昭の到着を待っていました。足利義昭は、信長の前に回り、立ったまま話しかけます。

「わざわざの出迎え、大儀であった」

 信長は伏したまま述べます。

「本日ただ今より、公方様に末永うお仕えする覚悟で、お待ちしておりました」

 信長は義昭に贈り物を用意していました。屏風を動かすと、金の粒や鎧などが置かれています。義昭は思わずいうのです。

「これだけあれば、一万の貧しき民が一月(ひとつき)は過ごせよう」

 岐阜城にて、信長は光秀と話します。

「あの銭は、貧しい者に施すための銭ではない。いくさは何かと金がかかるゆえ、その備えとして差し上げたのじゃ。まるで分かっておられぬ。刀を抜いてご覧になったときのお顔を見たか。鼠が蛇ににらまれたように、仰天したような目であったぞ。そなたから聞いていたゆえ、さほどに驚きはせぬが、あれが武家の統領ではな」

 光秀はいいます。

「わずか六歳で興福寺一条院にお入りあそばされ、爾来二十三年、二十九歳になるまで、僧侶としてお暮らしになられたのです。武士として育てられたことは一度もございません。突如、刀を持たされ、いくさへ行けと申されても、体が動かず、心も動きますまい。よくぞいくさの修羅場をむかえるお覚悟をなされたと、私は感じ入ってございます。しかしそうは申しても、あのお方を生かすも殺すも、信長様しだいでございます。この先、どうなされますか」

「何も変わりはない」信長は立ち上がります。「そなたと話した通りにやる。都へ出、幕府を立て直す。将軍のもと、諸国をまとめ、大きな世をつくる。大きな世だ。それで良かろう」

 光秀は頭を下げるのでした。信長は座に戻って光秀を振り返ります。

「そなたには頼みたいことがある。京へ上り、三好一族の兵数を調べてもらいたい。あと一つ、朝廷が、三好達をどう見ているか。三好たちと手を切って、我らに乗り換えるつもりが誠にあるのかどうかを探ってもらいたい。できるか」

 難しい顔をしていた光秀でしたが、

「やってみましょう」

 と、答えるのでした。京にはすでに木下藤吉郎佐々木蔵之介)をもぐりこませてある、と信長はいいます。

 京では、木下藤吉郎が魚屋に化けていました。山伏に変装した光秀が声を掛けます。木下は山の庵(いおり)に光秀を案内します。庵の中で木下は小声でいいます。

「もはや京では、織田様が足利義昭様を擁(よう)して、攻め上ってくるとの噂が広まっております」木下は光秀に近づきます。「もっとも、その噂を広めたのは、それがしですが」

 木下は大声で笑うのです。そのほかにも木下は、織田は十万の兵でくるなどと言いふらすように命じられていました。木下は打ち明け話をします。自分は子供の頃、家が貧しくて親に市場で針を売って来いといわれた。みんな売り尽くしたなら、麦飯を腹一杯食わせてやると。しかし一度も食わしてもらったことはなかった。それに比べると、信長は必ず約束を守ってくれる。

 光秀は望月東庵(堺正章)の家を訪ねます。そこで駒(門脇麦)と再会するのです。光秀は東庵にいいます。

「私は駒殿に聞きたいことがあって参ったのです」

 やがて光秀と駒は二人きりになります。

「私に何をお聞きになりたいのですか」

 と問う駒。

足利義昭様の上洛を朝廷がどう受け止めるか知りたい。(伊呂波)太夫は関白殿下の近衛様とは親しいはず。太夫に会って、話を聞いてみたい」

「十兵衛様は、織田様と足利様の上洛を」

「そのために来た」

「京で三好様といくさをなさるのですか」

 光秀は駒から離れて、壁際を歩きます。

「いくさは避けたいが」

 といいかける光秀に駒はいいます。

「でも、いくさになる。この京がまた火に包まれる。多くの人が家を焼かれ、巻き添えになる」駒は光秀を振り返ります。「そうですね」

「やむを得んのだ。この乱世を治めるには。いくさのない世にするには。幕府を立て直さねばならん」

 駒は声を荒げます。

「皆、そう申していくさをしてきたのです。もし十兵衛様が昔と変わらぬ十兵衛様なら、足利様に申し上げてください。上洛をなさるのなら、刀を抜かずにおいで下さいと。織田様に申して下さい。私たちの家に、火をつけないで下さいと」

 駒は光秀を伊呂波太夫尾野真千子)のところへ案内するのでした。

 茶屋で伊呂波太夫と光秀は話し和します。

「三好様が勝つか、織田様が勝つか、朝廷は息を潜めて見ています。織田様が勝てば、すぐ義昭様を将軍に任ずる。それは間違いありません」大夫はため息をつきます。「ただ、三好様はお強いですよ。あまたの鉄砲を持ち、いざとなれば兵も京のまわりから、手当たりしだい集めてくる。お金があるから、何でもできる」

 光秀は聞きます。

「それほど金があるのか」

「堺の会合(えごう)衆がついていますからね。お金はいくらでも都合してくれる」

 そこへ今まで距離を置いて座っていた駒が話しかけてきます。

「薬のことで、二条のお寺へ行ったとき、私が作った丸薬に興味があると声を掛けて来られた方がおりました。今井宗久と名乗られました」

 宗久は堺にいる、大物の商人です。駒は太夫にたずねます。

会合衆が三好様から離れると、三好様はいくさをするのが難しくなるのですね」

「いくさはお金で動くものだからね」

 と、大夫は答えます。駒は光秀に宗久と会うように勧めるのでした。

 茶を点てる宗久の前に、駒は座っています。宗久から茶を受け取ると、駒は一気に飲み干します。

「うまいか」

 とたずねる宗久。

「喉、乾いていたようで」

 駒のその答えに、宗久は笑い出します。

「それほどの大事を持ち込んだのだ。喉も渇くであろうな」

 駒は座り直します。

「私が申したのは、もう京でいくさは見たくないから、ですから」

 駒は宗久が自分の薬を売っても構わないと決めてきていました。駒ははっきりといいます。

「そのかわり、いくさの手助けはやめていただきたいのです」

 宗久はいいます。

「三好様と手を切ったとて、織田信長様が三好以上に堺を守り、我らの商いを支えて下さるかどう分からんのです。分からぬことに踏み込む訳には参らぬ」

 隣の間に光秀はいました。宗久はふすまを引き開けます。茶の用意をしながら宗久は光秀に語ります。

「堺の商人(あきんど)は、私もそうだが、異国との商いで生きております。それが守られるなら、三好様、織田様、どちらがお勝ちになっても良いと思うております。実は私は、こたびは、織田様が有利とみております。織田様は、次の将軍足利義昭という大きな旗印をお持ちになり、三好様が担がれた旗印は、摂津で倒れてしまわれた。それゆえ、まとまりに欠ける。商人は、融通した金が戻らぬ者に、金は出しません。鉄砲は売りません。私は三好様から離れても良いと思うておるのです」宗久は光秀を振り返ります。「ただ、織田様にはお約束願いたい。私が好きなこの京の街に、火は掛けぬ。そして堺は守る。その証(あかし)に、上洛の折に、鎧兜を召されたままおいでにならぬこと。それをお飲みいただけるのであれば、手を打ちましょう」

 宗久は駒に、光秀に茶を運ぶように合図します。そしていうのです。

「それでお駒さんもご納得かな」

 光秀は宗久の点てた茶を飲み干すのでした。

 光秀は信長の元に戻ってきました。家臣団が居並んでいます。その一人の柴田勝家がいいます。

「鎧兜を身につけずに上洛せよ。これは三好方の罠じゃ」柴田は信長に話します。「さような商人のたわごとに耳を傾けてはなりませぬぞ。我々は正々堂々といくさにのぞみ、近江で六角を倒し、京になだれ込むまで」

 光秀も黙っていません。

「並のいくさならそれでよろしい。しかしこたびは、足利義昭様をいただき、京へ上り、将軍になるまでの見守り役を我らは負うておるのです。いくさに勝つだけでなく、京の騒ぎと人心を鎮め、新たな将軍が穏やかな世をつくるであろうと皆が胸をなで下ろすよう、気を配ることも肝要かと存じます。そのためにも鎧は脱いで入京すべきだと申しておるのです」

 座は紛糾します。信長の一言で皆は鎮まります。信長は義昭にたずねて決めることを皆に宣言します。

 信長と光秀が会いに行くと、鎧兜を着けずに入京する案に義昭は大喜びでした。

 その帰りの廊下で信長は光秀に問うのです。

「十兵衛。そなたは、義昭様のおそばに仕えるのか。それとも、わしの家臣となるか。今、それを決めよ」

 光秀は表情を動かしません。

「私の心は決まっております。将軍のおそばに参ります」

 九月の末、織田信長は、武装することなく、足利義昭を奉じて、京へ入ります。三好勢はすでに京から去り、京が戦渦に巻き込まれることはありませんでした。