日本歴史時代作家協会 公式ブログ

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大河ドラマウォッチ「青天を衝け」 第9回 栄一と桜田門外の変

 大老井伊直弼(掃部頭【かもんのかみ】)(岸谷五朗)は名簿に朱で線を引いていきます。次々と尊皇攘夷派の者たちを処罰していたのです。すでに登城停止となっていた一橋慶喜(草彅剛)には、隠居、謹慎が申しつけられました。さらに謹慎中だった徳川斉昭(竹中直人)は、国元での永蟄居、つまり生涯、出仕や外出をせず、水戸にこもることが命じられたのでした。

 江戸屋敷を出る斉昭を家臣たちが声をあげて見送ります。斉昭も駕籠の中で声をあげて泣きます。若い家臣がいいます。どんな手を使っても、井伊を引きずり落とさなければ。

「ご老公の望みは」

 そういって若い家臣たちはうなずきあうのでした。

 血洗島では、祝言から一夜明けた栄一(吉沢亮)と千代(橋本愛)が、共に農作業を行っていました。時折二人は見つめあい、微笑みあいます。そこへ笠をかぶった男が近づいてきます。侍のような格好をした尾高長七郎でした。再会を喜ぶ栄一と千代。

「このたびは誠におめでとうございます」

 と、長七郎は栄一の父の市郎右衛門(小林薫)と、その妻のゑい(和久井映見)にあいさつするのでした。長七郎はすぐに江戸に戻らねばならぬといい、栄一にあとで家に来るように告げるのです。

 栄一がやって来てみると、長七郎の回りには、多くの仲間がすでに集まってきています。そこには喜作(高良健吾)の姿もありました。長七郎は語ります。

「今、江戸の街はむちゃくちゃだ。異人の運び入れたコロリのせいだ」

「コロリ」

 喜作が聞き返します。

「朝には元気だった者が、突然吐き気をもよおし、夕方には死んでしまう恐ろしい妖術だ。男もおなごも、若いのも年寄りも死ぬ。何百もの棺桶が焼き場に運ばれ、いちいち焼くのも間に合わねえ。ごろごろ転がってる」

 長七郎の兄の尾高惇忠(田辺誠一)がいいます。

「これもすべて、井伊大老が、異人の入るのを許したせいだ」

 市郎右衛門が作業をしているところに、栄一が戻ってきます。作業を行いながら栄一はしゃべります。

「えらくためんなる話が聞けた。今な、江戸の公儀には、井伊掃部頭っつうとんでもねえ大老がいてな、その大老がわりいことばっかりしてる。天子様のお言葉を退けて、自分のいうこと聞かねえ奴を次々と血祭りにあげてるっつう話だ」

「そんな話してたか」

 市郎右衛門は作業の手を止めて栄一を見ます。

「ああ、いまのままじゃ、日の本が危ねえ」

 市郎右衛門の様子に気付かず、栄一はいいます。

「そんなこと、わしら百姓には何の関わりもねえ。ご公儀がどうのこうの。百姓の分際で、あれこれ物申すのはとんでもねえ間違いだ。長七郎の奴、お武家様にでもなったつもりか」

 市郎右衛門の様子に栄一は驚き、むっとした表情のまま黙り込みます。

 その夜、栄一は千代にいうのです。

「承服できねえな」

「久しぶりに聞きました。栄一さんのその言葉。昔、お代官様がいらしたときに」

「ああ」栄一は笑い声をたてます。「あの時はとっさまがひでえ目にあって、腹が立ったな。しかし俺はあのあとも、あのお代官を殴りつけてやりたくなったことがある。でも、あとになって気がついた。あのお代官は、岡部のお殿様の命(めい)を、俺たち百姓にそのまま伝えてただけだ。俺たちから御用金をとれなければ、おのれがお殿様から罰をくらう。だからあんなにも威張って百姓を脅すんだ。あんなもんいっちまえばただのお使いだ」

「お代官様がただのお使い」

「そう、あやつを殴ったとしても、ま、一瞬スキッとはするかもしれねえが、根本は何も変わりやしねえ。だったら、俺はいったい誰を倒せばいいんだ。岡部のお殿様か。いや、駄目だ。お代官を倒しても、お殿様をとっちめても、また別の武士がやって来て俺ら百姓に命令する。その仕組みは永遠に変わらねえ。とっさまには、あの時も叱られた。でも俺は別に、金を出すことに腹が立ったわけじゃねえ。馬鹿馬鹿しくなったんだ。お代官やお殿様は、人の上に立つ人間だっていうのに、民のことを何も考えちゃいねえ。そんなもんのために俺らは、手を青く染め、雨や日照りと戦い土を起こし、汗を流して働いてんのか。俺らは生きてる限り、そのように生きねばならねえのか。つまり、百姓だからって、こんなにも軽く見られっちまうのか。兄ぃのいうとおり、この世自体がおかしいのかもしれねえ」

「この世」

「お武家様とか百姓とか、生まれつきそういう身分があるこの世自体が、つまり、幕府が、おかしいのかもしれねえ。だとしたら、俺はどうすればいい。幕府を変えるには。この世を変えるには」

 千代は困惑してうつむきます。栄一は笑い出します。

「なんだか、胸がぐるぐるしてきたで」栄一は布団に身を投げ出します。「お千代に話したらすっきりした。お前を嫁にもらった俺は百人力だ。今夜はよーく寝れそうだで」

 千代はその姿を見て微笑むのでした。

 江戸城の一橋邸では、慶喜の謹慎処分が三ヶ月にも及ぼうとしていました。昼でも雨戸を閉じ、風呂にも入らずに部屋に閉じこもっていました。

「身に覚えなく罪をかぶった者の意地でござりましょう」慶喜の妻、美賀姫(川栄李奈)が、徳信院(美村理江)と平岡円四郎(堤真一)にいいます。「わが殿には、そのような途方もない強情っ張りなとこがあらしゃられまするゆえ」

 円四郎がいいます。

「強情っ張りか。まことにそうでございまするなあ」

「そもそも、ご老公はともかく、わが殿には何の落ち度もなかったはず。それが隠居までさせられるとは。平岡。その方(ほう)のせいぞ。越前殿やご老公や、その方たちが勝手に殿を慕い、勝手に殿をまつりあげるゆえ、かようなことになったのじゃ」

「美賀君、お言葉が過ぎまする」
 徳信院がそういうのも聞かず、美賀姫は円四郎をなじります。

「かようなお歳で謹慎とは、命を奪われたも同じぞ。わらわはそなたらを決して許さぬ」

 円四郎は慶喜の閉ざされた部屋の前で声をあげます。

「命により、本日より甲府へ勤番となりましたゆえ、最後のごあいさつに参りました」円四郎は慶喜の気持ちも考えず、突っ走ってしまった自分を責めます。「俺は生き延び伸ますぜ。いつか、いつかきっとまた、あなたの家臣になるために」

 慶喜から声がかかります。

「そうか。それならば、少し酒は控えろ。長命の秘訣は乾いておることじゃ。濡れる湿るは万病の元、目の病は口で含んだ水で洗い、常に肛門を中指にて打てば、一生、痔を患うこともない」慶喜は、斉昭より教えられた健康法を話します。「息災を祈っておる」

 後に安政の大獄と呼ばれる、井伊直弼の弾圧政策は、公卿や大名など百人以上を処罰。橋本左内吉田松陰など、多くの志士を死に追いやり、日本中に暗い影を落としました。

 幕府が朝廷への不敬を繰り返したことで、尊皇攘夷の志士たちが過激化します。イギリス公使館通訳殺害事件や、オランダ人船長が斬殺されるなど、外国人を狙った襲撃事件が、次々と起りました。

 井伊の仕事場に、将軍家茂が訪れます。

「良くない噂を聞いた。近頃、水戸家中の多くが浪士となって江戸に入り、そなたを狙っておるとのこと」

「誰がそのようなことを上様に」

「私は若輩ではあるが、このような立場になったからには、世の事を知りたいと思うておる。そなたは一度、大老の職を退き、ほとぼりのさめるまでおとなしくしていてはどうか」

「なんの。案じることはございません」井伊は立ち上がります。「井伊家は藩祖直政公以来、井伊の赤備(あかぞな)えとして、大将みずからお家の先鋒をお勤め申しております。憎まれごとはこの直弼が甘んじて受けましょう」井伊は座ります。「そして、上様がご成長あそばされれば、すらりとお役御免を仰せつかる。それで十分でございまする」

 井伊は家茂に、自分が作った狂言の話をします。家茂にも見て欲しいといいます。

 その日は雪が降っていました。井伊は駕籠の中で狂言の台本を確認しています。書面を掲げた侍が井伊の行列を妨げます。その者は書面を投げ捨てると素早く腰の刀を抜き放ち、警護の者に斬りかかります。井伊の駕籠に向かって短銃が撃ち放たれます。井伊の持つ脚本が血に染まります。ぼんやりと井伊は外の斬り合いをながめていました。やがて井伊は駕籠から引きずり出され、とどめを受けるのです。

 水戸では斉昭が、妻の吉子に告げます。

「今、江戸より、急報が入った。外桜田門にて、井伊掃部頭が襲撃された。下手人は恐らく、わが家中を出た者たち」

「なんてこと」

 吉子は動揺します。

「これで水戸は、かたき討ちになってしまった」

 血洗島では栄一が仲間たちに確認します。

「井伊大老が討たれた」

「長七郎が見たそうだ」

 と、惇忠が説明します。喜作が憧れのまなざしでしゃべります。

「命を失ったとはいえ、大老を血祭りに上げるとはあっぱれだいなあ」

 喜助は長七郎の手紙から、その時の様子を皆に語って聞かせます。そして栄一は喜作が江戸に行くことを聞くのです。

 水戸では宴が行われていました。しかしその場は陰気に静まりかえっています。斉昭が厠に立ちます。廊下で苦しみ始めるのです。斉昭は妻にいいます。

「案ずるは、このわしではない。案ずるべきは、この水戸ぞ」そして斉昭はいいます。「吉子、ありがとう」

 斉昭は妻の膝の上に伏すのでした。

 江戸の慶喜は徳信院から斉昭の死を知らされます。

「謹慎というのは親の見舞いどころか、死に顔も見られんのか」慶喜は泣き声をたてます。「私は何という親不孝者だ」

 血洗島では栄一が市郎左衛門に訴えていました。

「春の一時(いっとき)でいい。俺を、江戸に行かせて欲しい」

 

 

大河ドラマウォッチ「青天を衝け」 第8回 栄一の祝言

 栄一(吉沢亮)は、神社に来ていた千代(橋本愛)に声をかけます。

「俺は、お前が欲しい」

 という栄一。千代はうつむいたまま答えません。

「ごめんなさい」と泣き出してしまいます。「いや、悲しいんではなくて、ずっと、嫌われたかと思ってたもんだから。ほっとして」

「なあ、もうちっとしゃべってもいいか。お千代に話したかったことが、いっぺえあるんだ」

 と、栄一。千代は微笑んでうなずきます。

 二人は距離を置いて座ります。

「お千代にも見せてやりたかったなあ。あの靑」

「靑」

 と、千代は聞き返します。

「険しい山道だったのよ。俺も兄ぃも商いに行ったってのに、詩が読みたくて寄り道して、どんどんどんどん山ん中、進んでった。ずーっと上まで登って気がついたら、岩だらけの場所を這いつくばるようにして登っててよ、後悔した」栄一は笑います。「でもそこにはな、その苦労をしねえと、見れねえ景色があった。ぐるりと俺を中心に、回りすべてが見渡す限りの美しさだった。この世にこんな景色があんのかって、特にそう、空一面の青だ。藍の青さとも、谷の水の青さともちげえ。すっげー靑が広がってた。俺は、おのれの力で立っている。そして、青い天に拳を突き上げている。霧が晴れて、道が開かれた気がした。俺の道だ」

「栄一さんの道」

「お千代もいってたよな。人は弱えばっかりじゃねえ。強えばっかりでもねえ。どっちもある。藍を作って、百姓といえども大いに戦って、俺は、この世を変えたい。その道を、お千代と共に歩み……」

「ほんとになっからしゃべる男だのう、おめえは」

 栄一の言葉をさえぎったのは喜作(高良健吾)でした。喜作はいいます。

「俺がもらった長七郎からの手紙にはこうあった。お千代を嫁に欲しいなら、俺とではなく、栄一と勝負しろとな」

 二人は道場で試合をすることになります。二人は互角に戦いますが、道場にやって来た謎の女性が

「喜作さん、きばって」

 と、声を掛けます。戦いは続きますが、お千代が声をあげます。

「栄一さん、きばって」

 なおも試合は続きます。二人はほぼ同時に撃ち合い、倒れ込みます。

「そこまで」

 と、声を掛けたのは、お千代の兄でもある尾高惇忠(田辺誠一)でした。事情を知らぬ惇忠は、喜作の勝ちを宣言します。喜作は千代に近づきます。

「お千代、あいつは俺の弟分だ。見ての通り、実にまだまだの男だ。そのくせ、この世を変えたいなどと、でかいことをいいだす。あいつには、おめえのようなしっかり者の嫁がいたほうが良い。悪いがこの先、あいつの面倒を見てやってくれ」喜作は今度は栄一の前にしゃがみます。「幸せにしろよ」

 と、喜作は立ち去るのでした。事態がまだ飲み込めない惇忠に栄一は頭を下げます。

「お千代を俺の嫁に下さい」

 千代も栄一の隣で頭を下げるのでした。

 こうして、栄一と千代は祝言を挙げることになるのでした。

 道を歩く喜作に、先ほどの謎の女性が追いついてきます。

「よし、は喜作さんに惚れ直しました」

 彼女は、気が強くて喜作が嫌がっていた、結婚を勧められた娘の、よし、だったのです。

 江戸城では、将軍家定(渡辺大和)から井伊直弼掃部頭【かもんのかみ】)(岸谷五朗)が、大老の職を申しつけられていました。驚く一同。家定は宣言します。

掃部頭と一致同心の上、皆、一層励むように。

 井伊の大老就任は誰も予想しなかった、突然の抜擢でした。井伊は廊下で老中たちが話しているのを聞いてしまいます。

掃部頭様は、大老の器ではございません。この異国との一大事に、西洋諸国のことも何一つ知らず、掃部頭様が大老で天下が治まるはずがない」老中の者は臣下にもいいます。「掃部頭など、政(まつりごと)に関しては子供同然の男ではないか」

 井伊はつぶやきます。

「まあよい。自分でも、柄でないのは分かっておる」

 江戸城の庭園で茶会を行われていました。家定は井伊にこぼします。

「阿部はわしに何も話そうとしなかった。将軍とは名ばかりで、政(まつりごと)はすべて蚊帳(かや)の外。誰もわしのことなど見ておらぬ。父上はどうであったかのう。父上が見ていたものは……。そもそも家臣どもが世継ぎに口を出すこと自体が、不届きなのじゃ。わしはもう、誰にも思うようにはさせぬ。慶喜を世継ぎにするのは嫌じゃ。何としても許さん」

 井伊は姿勢を正して家定に近づき、ひれ伏します。

「承知、つかまつりました。お世継ぎは上様がお決めになられるのがごもっとも。上様に血筋の近い、紀州様こそふさわしいと存じます」

 家定は感激して、井伊の前にしゃがみます。

「そうじゃ。そうよのう」

 井伊は改めて家定に頭を下げるのでした。

 井伊は老中の者たちに言い放ちます。

「将軍お世継ぎには、紀州様を推()したいと思う」

 ざわめく老中たち。反対意見を井伊は一喝します。

「我らは臣として、君(きみ)の命に背くことがあってはならぬ」

 老中たちは、次々に賛同していきます。

 井伊大老による一橋派への弾圧が始まり、一橋慶喜を将軍にと建白した川路聖謨(平田満)らは閑職に回されました。

 安政五年(1858)六月十九日、ハリスと交渉を重ねていた岩瀬忠震らは「日米修好通商条約」に調印してしまいます。これは天皇や朝廷の意見に背いた、明らかな罪「違勅」になります。

 井伊は調印の事実を知らされ驚きます。

 慶喜は天子への条約調印の知らせを「宿継奉書」という書面で知らせようとしていることを知ります。そのような軽々しい扱いをしてはならぬと慶喜は怒ります。そして井伊と会う手はずを整えるのです。

 慶喜は井伊を怒鳴りつけ、老中の一人が京に弁解に行くことを承知させます。

「私に謝ることではない」慶喜は井伊に優しく声を掛けます。「すべて徳川のためじゃ。お世継ぎの件はどうなったのだ」

「恐れ入り奉ります」

「そうか、いよいよ紀州殿に決まったのだな」慶喜は明るい表情になります。「それは大慶至極ではないか。私もなんやかんやといわれ、案じていたが安心した。紀州殿は先ほどお姿を見たが、心穏やかで背丈も年齢の割に大きくご立派だ。幼いとの声もあるようだが、そこもとが大老として補佐すれば、何の不足があろうか」

「それでは一橋様は、紀州様でよろしいと」

「さもありなん」

 井伊は大きくため息をつくのでした。

 こうして将軍世継ぎ問題は、紀州藩主、徳川慶福に決定しました。

 家定の体調が悪化します。床に伏す家定に井伊が寄り添います。家定は井伊の襟を力強く握ります。

「よいか井伊。水戸や越前、みな処分せよ。慶喜もじゃ。頼むぞ。頼む。わしの願いを叶えよ」

 それだけいうと家定は倒れ込むのでした。

 井伊は決然たる意思で皆にいいます。徳川斉昭(竹中直人)を謹慎。松平慶永(要潤)は隠居。徳川慶喜を登城禁止に処す。この翌日、第十三代将軍、徳川家定は逝去しました。これが後にいわれる「安政の大獄」の始まりだったのです。

 水戸の斉昭らを処罰した井伊直弼の噂は、攘夷の志士たちの間にもすぐに広がりました。

 冬になり、血洗島では、栄一と千代の祝言が行われました。喜作はすでに結婚した、まさ、と共に皆を回ります。そして祝いの歌をうたうのでした。

 その栄一の家に、下駄を履いた長七郎が静かに向かっていました。

 

 

 

 

大河ドラマウォッチ「青天を衝け」 第7回 青天の栄一

 血洗島では、江戸へと旅立つことになった長七郎(満島真之介)の送別会が行われていました。兄の尾高惇忠(田辺誠一)が、長七郎に詩を贈ります。名を高め、世に知れ渡る偉大なる仕事をするのがお前の役目だ。慎(つつ)ましく暮らし、母や家を養うのは俺が引き受けた。

 長七郎が旅立った後、惇忠と喜作(高良健吾)が話します。惇忠にお見合いの話があったというのです。相手の方が喜作を見初めて、嫁に来たいと頼み込んできたということでした。

それは意気盛んな姉様だ、と感心する惇忠。

「このままじゃあその話が勝手に進んじまう。そんで、その前に俺はおのれで嫁を決めてえと思ったんだに」

 という喜作。

「それでお千代(橋本愛)を」

 惇忠に反対する様子は見られません。話しを聞いていた栄一(吉沢亮)が振り返ります。

「喜作、お前は」栄一は言葉を考えます。「お前は、いい男だ。お前はなんてえか、こう、男気がある。負けじ魂がある。それに、心根があったけえ」栄一は顔をそらします。「しかし、夫となるとどうだんべな。お前はこう、目立つことは好きだが、骨を折って真面目にコツコツと働くことが苦手だんべ。うかつなところもある。ちっとんべ新しいもんをめっけると、おっ、これはいいとすぐ流される軽薄なところがある。お千代の夫となるとなあ」

「どういう意味だ」

 喜作は立ち上がります。

「お前と一緒になったらきっと苦労する」

「なんだとこの野郎」

 喜作は栄一につかみかかります。栄一はひるみません。

「お前には、お前の尻をバンバン叩いてくれるような、意気盛んなおなごの方があってるに」

 そこに栄一の姉の、なか(村川絵梨)が通りかかります。栄一に乗りかかっている喜助の首を絞めあげます。

「全く、あんたたちは相変わらずの子どもだいね」と二人の耳をつかんで引きずり回します。「嫁の話なんて十年はええんだよ」

 江戸では、老中首座の阿部正弘(伊勢守)(大谷亮平)が亡くなりました。今まであらゆる仕事を一手に仕切っていた阿部の喪失は、幕府に大きな混乱を招くことが予想されました。

 亡くなった阿部に代わって権力の座についたのは開国派の老中、堀田正睦佐戸井けん太)でした。強硬に通商を求めるハリスに対し、幕府は、重い扉を開こうとしていました。

 徳川斉昭竹中直人)は、またしても朝廷に、幕府を非難する手紙を送りました。それをとがめに、川路聖謨平田満)らが訪れます。しかし新しい老中筆頭の備中守(堀田)は腹を切るべき、と斉昭は吠えます。そしてハリスの首をはねろというのです。

 席を立った後、斉昭は側近の武田耕雲斎津田寛治)にいいます。

「私とて、分かっておる。もう私の役目は終わったということぐらい、分かっておるのだ」

 斉昭のもとを、徳川慶喜も訪れます。

「京の高司家に対し、ご公儀の方針とは異なる意見を文(ふみ)にて申し立てたとのこと。京の都は今、攘夷、攘夷と、お父上の論を伝聞して、過激な行動を為すものが多くなり、公儀の諸役人は皆、困り果てております。また、そのことで天子様をまどわせたとしたら、父上のなされること本当に忠義にかなっておられるのでしょうか」

 沈黙の後、斉昭はいいます。

「わかった。もうせん」

「それでは、今後は京への文は一切書かぬとの一筆を(老中筆頭の)備中守にあてて書いていただきたい」

 そんなもの書けるか、と怒鳴る斉昭でしたが、妻の吉子(原日出子)もいいます。

慶喜殿のおっしゃることが理にかなっております。どうかご公儀にお詫びなされませ」

 血洗島では、栄一の姉なかが、同じ村の家に嫁いで行きました。

 栄一は高尾家の前に通りかかります。外で作業をする千代と話をします。

「なあ、お千代。おめえ、喜作と一緒になるのか」

「ああ、そういうお話しがあるみたいで」

「おめえはそれで」

「へえ、ありがてえお話です。ウチは、今、兄様たちが、あんなで。ちっとんべお金に困ってるもんだから、きっと、どこか遠くの商売人に嫁ぐことなると、覚悟してたんだに。それが、喜作さんとこなら安心だ。ちいせえ頃からよく知ってるし、ウチからも近えし、こんなありがてえお話しはねえ。喜作さんは優しいし、栄一さんとも、中の家(なかんち)の方々とも、ずっとこうしてお近くにいられるんだから」

「そうだいな」と、栄一はいってしまうのです。「良かった」

 外国に揺らぐ幕府を立て直すべく、慶喜を次期将軍に推す声が再燃。平岡円四郎(堤真一)が慶喜についてまとめた手記が書物にまとめられ、松平慶永(春獄)(要潤)は世継ぎを一橋慶喜に定めるよう、幕府に建白します。

 なぜそのように急いで世継ぎを決めなくてはならないのかと、将軍家定(渡辺大和)は不満です。

慶喜のような年寄り息子などいらぬわ」

 と、言い放ちます。家定の乳母の歌橋(峯村リエ)が告げます。

「それだけではありませんよ、上様。越前様はメリケンのハルリスとやらの拝謁を、上様の代わりに、一橋様に受けさせてはどうかと申しておるのです」歌橋はうつむきます。「一橋様なら、日の本の代表として、異人に会わせるのに恥ずかしくないお方だと」

「何、慶喜なら恥ずかしくなくて、わしでは恥ずかしいと申すか」家定は決意します。「ハルリスにはわしが会う。わしは、越前も、慶喜も好かん」

 ハリスが江戸城に向かう行列を、長七郎が見ていました。これに怒る長七郎に、剣術家の真田範之助(板橋俊也)はいいます。

「おぬしを連れて行きたいところがある」

 そこは思誠塾といい、多くの若い侍たちが話を聞いていました。

「すなわち夷狄の民は、禽獣(きんじゅう)のごとき、人にあらず」

「人にあらず」

 若い侍たちが唱和します。話していたのは大橋訥庵(山崎銀之丞)といい、早くから尊皇攘夷を唱える人物でした。大橋は話し続けます。

「狼というも、過言ではない。ゆえに払わねばならぬのである」

 長七郎はもっと良く話を聞こうと、前に進み出ます。しかし侍たちに妨げられるのです。

「百姓が。お前のようなもんが出入りする場所じゃなか」

 長七郎はあらがい、若い侍たちは刀を抜き放ちます。

「待ちなさい」長一郎のところへ大橋がやってくるのです。「実に良い目をしておる」

 血洗島に長七郎からの文が届きました。江戸では今、尊皇攘夷の志士があまた集まっていると書かれています。惇忠へのものとは別に、栄一と喜作にも長七郎は文を書いていました。栄一は家に帰って読みます。長一郎は述べていました。

「栄一、お前の欲しいものは何だ。お前の志(こころざし)は何だ。本当にお前は、このままでいいのか。いま一度、その胸によく聞いてみろ」

 栄一は惇忠と共に出発しようとします。父の市郎右衛門にいわれます。

「栄一、それでは商いに行くというより、まるで風流人の格好じゃねえか。くれぐれも道中、本を読んだり、詩を書いたりに明け暮れて、大事な商いを忘れるじゃねえで」

 栄一は惇忠と出かけたこの時の旅を、詩にしたためました。

 一巻の書を肩に、険しい峰をよじ登り、やがて、谷を歩くも、峰をよじ登るも、ますます深く険しくなり、見たこともないような大きな岩や石が横たわっている。私は、青天を衝く勢いで、白雲を突き抜けるほどの勢いで進む。

 栄一はついに山の頂上にたどり着きます。そして空に手を伸ばし、拳を握るのです。

 栄一は家に帰り着くと、荷物を置いて駆け出します。尾高の家を訪れて千代が神社に行っていることを聞くと、再び走り出すのです。栄一は神社で千代に出会います。

「お千代」と呼びかけます。「俺はお前が欲しい」

 江戸城では盛大な茶会が催されていました。家定が、自分を支える良い重臣はいないのかと嘆いています。そこへやって来たのは、井伊直弼岸谷五朗)でした。家定は井伊に菓子をやろうとします。手を差し出す井伊。しかし家定は、井伊の口に直接菓子を押し込もうとするのです。それを受ける井伊。菓子を頬張ります。

「井伊か」

 と、家定はその名を呼ぶのでした。

 

大河ドラマウォッチ「青天を衝け」 第6回 栄一、胸騒ぎ

 尾高の家の千代(橋本愛)が渋沢栄一吉沢亮)のいる中の家(なかんち)に手伝いにやって来ていました。栄一は道場でしごかれて帰って来ます。荷物を運んで二人きりになったとき、栄一は千代にいいます。

「剣筋はいいといわれたに。今日だって伝蔵に一発、食らわしたし。でも、長七郎(真島真之介)なんかはこう『叩き斬ってきってやる』っていう気迫がすげえ。どうも俺のは『よいしょ』。土掘ってる気合いになっちまうんだいなあ」

 それを聞いて千代が笑うのです。栄一は慌てていいます。

「いや違うで。俺とてその場になれば、人なんて叩き斬って」

「いえ、違うんです」千代は立ち上がります。「千代はそんな栄一さんをお慕い申しておるんだに」

 いってしまってから恥ずかしくなって、千代は逃げていくのでした。

 江戸の水戸藩邸では、徳川斉昭竹中直人)が妻の吉子(原日出子)に呼びかけられます。息子の徳川慶喜(草彅剛)が結婚することになったのです。

 その慶喜は小姓の平岡円四郎(堤真一)に髪を結わせていました。

「私は徳川の飾り物ゆえ、見栄えも大事だ」

 と、慶喜は述べます。円四郎はいいます。あなた様は飾り物には向かない。馬の扱いも弓も一級で、銃や大筒にも詳しい。自分は慶喜をこの時代に潜む、武士のモグラと見ている。

「水戸のご老公のみならず、この日の本の皆の憂いが消え、お亡くなりになった東湖先生の御霊(みたま)も喜ぶ方法が、一つだけございます」円史郎はもったいぶります。「あなた様が次の公方様になっちまうことです」

「お前までそんなことを」

「まあ小姓の戯言(ざれごと)、お聞き流しを。あたしはあなた様にほれ込んでますんで」

 数日後、先の将軍や、父の斉昭のすすめで、慶喜の嫁に迎えられたのは、公家の姫である美香君(みかぎみ)(川栄李奈)でした。

「勤めがあるのでこれで」

 と、対面が終わると、慶喜はすぐに席を立ってしまうのでした。

 江戸の薩摩藩邸には、もう一人の姫がやってきます。篤君(上白石萌音)、後の天璋院です。松平慶栄(要潤)がいいます。

「篤君が嫁がれる公方様は、御歳三十を越えても体か弱く、お世継ぎをこしらえるどころか、城の畑でとれた芋やカボチャで、菓子をおこしえになっておられる」

 篤君は公方様や徳川のためにも、丈夫な世継ぎを産んで見せる、といいます。

「いや、それよりも」と松平慶永は話します。「国のためなら一刻も早く、一橋様が公方様のお世継ぎになることが肝要じゃ」

 薩摩藩主の島津斉彬もいいます。

「そうだ篤。そしてわれら薩摩や、日の本中の諸侯が、その一橋様の政(まつりごと)を支えるのだ。篤には大奥からその後押しをしてほしい」

 篤君は驚きますが、

「承知いたしました」

 と、返事をするのです。

 福井藩士の橋本佐内(小池徹平)が円四郎と話をします。慶喜がどれほど将軍にふさわしいか、身の回りのことを教えてほしいというのです。

 嫁入りしたばかりの美賀君は、一橋家の未亡人である徳信院(美村里江)慶喜との恋仲を疑っていました。慶喜に食って掛かります。

 港を開いた下田では、アメリカ合衆国の代表として、タウンゼント・ハリスがやってきます。通商の条約を結ぶまで、下田に居座るつもりのようでした。

 江戸城では勘定奉行川路聖謨(としあき)(平田満)が、老中の阿部正弘(伊勢守)(大谷亮兵)と話していました。通商は損ばかりではなく、我が国を富ませる見込みがあると主張します。

「あいわかった」と、阿部は返事をします。「その時が来たのかもしれぬ」

 しかし阿部が斉昭にそれを話すと、

「ならん」と怒鳴りつけられます。「断じてこれ以上、国を開いてはならん」

 阿部が発言しようとしても、斉昭は受け付けません。即刻、朝廷に報告しなければならないといいます。

「今こそ天子様のお力で、我が国を一つにまとめ、断固戦うのみ」

 血洗島に戻ってきた栄一は、道場破りがやってきたことを聞きます。栄一は急いで駆けつけます。来ていたのは北辰一刀流の門人である真田範之助(板橋駿谷)という者でした。まず範之助に挑んだのは、栄一のいとこの喜作(高良健吾)でした。しかし一撃で突き飛ばされます。次に栄一が挑みます。木刀を捨てて体当たりを仕掛けますが、柔術の技で投げ飛ばされ、腕を極められます。最後に尾高家の長七郎(満島真之介)が進み出ます。範之助は長七郎の名を知っていました。

「北武蔵野天狗とは、お前のことか」

 長七郎はうなずき、構えを取ります。戦いは互角でしたが、長七郎が相手の木刀をたたき折る技を見せます。夜、範之助を囲んで、一同は酒を飲みます。

「こんな素晴らしい男たちが、この地におったとはのう」

 と、範之助も上機嫌です。そして栄一たちは範之助から、日の本の神を仰ぎ、夷狄を討つという意味の「尊皇攘夷」という言葉を聞くのでした。そこに千代が酒を持ってやって来ます。範之助が千代に見とれるのです。尾高惇忠(田辺誠一)がいいます。

「お千代は、俺ら尾高の大事な妹だね。長七郎に剣で勝った者にしか、やれねえな」

 年が明け、安政四年(1857)となります。斉昭は慶喜とその兄の慶篤に庭を見せます。

「天子様のおあす京はあちらだ」

 斉昭がその方向に手を合わせ、息子二人も同様にします。斉昭は語ります。

「これは、義光(徳川光圀)以来、代々引き継ぐ、我が水戸家の掟である。我らは三家、御三卿として、徳川の政(まつりごと)を助けるのは当然のこと。しかし、もし万が一、何かが起り、朝廷と徳川が敵対することがあったときに、徳川宗家に背くことはあっても、決して、決して、天子様に向かって弓を引くようなことはあってはならん。ゆめゆめ忘れることのなきよう」

 兄弟は斉昭に向かって頭を下げるのでした。

 慶喜阿部正弘と話します。

「父は老いました。近頃は胸の痛みもひどいようです。もし辞職願が出されましたら、お受けいただきたくお願い申し上げます」慶喜は気がつきます。「伊勢守殿も、お顔の色が優れませんな」

「ハリスの出府を認めたゆえ、その応対に追われております。そんな中、薩摩殿や越前殿からは、誰か様を一刻も早く将軍の後継にと矢の催促です」

「阿呆らしい。その誰か様は、全く威厳などありません。たいしたお勤めもなく、近いうちに遠くまで馬でも走らせようかと考えております」

「私は誰か様と共に一度、ご公儀で働いてみたかった気もします」阿部は庭をながめます。「この国は変わろうとしている。お父君や我らの世が終わり、新しい世が始まろうとしているのです」

 血洗村では、長七郎が江戸に出ようとしていました。先日来た範之助に、その腕は田舎で眠らせるのはもったいないと、武者修行を勧められたのでした。喜作が長七郎に話しかけていました。

「江戸から戻ったら俺と勝負してくれ。江戸から戻ればお前はきっと、もっと強くなってるだんべ。それでも俺は、お前に勝たなきゃなんねえんだ。お前に勝って、お千代を嫁にもらいてえ」

 そこに通りかかった栄一は声をあげるのでした。

 栄一は商売のために山道を歩いていました。立ちションを始めるのです。そこへ慶喜の一行が馬で通りかかります。お付きの者が慌てますが、慶喜

「構わぬ」

 と、馬を降ります。栄一の隣で小便を始めるのでした。

 その頃江戸城では、阿部正弘が心労のために倒れていました。

 

 

大河ドラマウォッチ「青天を衝け」 第5回 栄一、揺れる。

「承服できん」

 と、つぶやきながら渋沢栄一(吉沢亮)は農道を歩いていました。代官に銭を届けに行った帰りです。その理不尽さに、栄一は怒っていたのでした。

「どうした栄一」

 と、声を掛けてきたのは栄一のいとこの尾高惇忠(田辺誠一)でした。

「話を聞こうか」

 と、惇忠は栄一にいってくれます。栄一はいきさつを話します。

「胸ん中がむべむべして、それが腹にくだって」栄一駆け出します。「どうにも情けなくておさまんねえ。俺はいまちっとのとこで、あのお代官を殴りつけてやるとこだった」

 栄一の怒りはおさまりません。

「そうか、お前もまさに悲憤慷慨(ひふんこうがい)だな」惇忠はいいます。「慷慨とは、正義の気持ちを持ち、世の不正に憤(いきどお)り、嘆くことをいうんだ。今この世には、お前のように悲憤慷慨する者が多く生まれている。俺もそうだ」

「兄ぃは何に憤って嘆いておられるんだ」

 と、問う栄一。惇忠は答えます。

「この世だ」惇忠はあたり光景を見回します。「この世の中そのものだ」惇忠は栄一に本を差し出します。「お前も一度、これを読んでみるといい。このままではわが日の本も、この清国のように、夷狄(いてき)に踏みにじられる」

 その本にはイギリス人に襲われる清国人の絵が印刷されていました。

 その夜、栄一の父の渋沢市郎右衛門(小林薫)は、心配して妻のゑい(和久井映見)にたずねます。

「栄一はどうしている」

「変わりねえですよ。陣屋から戻ってきたら繭(まゆ)を出すのを手伝ってくれて、今はまた、尾高から借りた本を夢中になって読んでいます」

「そうか」

「でもやっぱり、あの強情っぱりは困りもんだいね。お上(かみ)に歯向かうなんて。あたしが甘やかしたんかいね」

「いや、あいつの理屈にはもっともなとこもある。だけんど、どんなに理屈が通っても、治める者と治められる者の塩梅(あんばい)が崩れれば、どんな目にあうか分からねえ。それに、他の者へ迷惑がかかる。理屈だけじゃいかねえんだ」

 栄一は剣道場に来ていました。いとこの渋沢喜作(高良健吾)に話します。

「まっことにたまげた。この本には、俺が生まれた頃の清国とエゲレスのいくさのことが書いてある」

「あの、なっからでけえはずの清国がどうしてエゲレスに破れちまったんだい」

「それがな」栄一は本のページをめくります。「まあいろいろあるが、まずは交易だ。エゲレスはまず、アヘンという人から精気を奪うおっかねえ毒を、清国にいっぺえ持ち込んで、清国人の魂を奪ったんだ」

「なんと」

「魂が奪われんのか」

 道場の他の者たちも寄ってきます。

「そうよ」栄一は答えます。「そしてふぬけになったところを軍艦で襲い、無理矢理に国を開かせたんだ」

「この日の本も危ないぞ」といったのは惇忠の弟の長七郎(真島真之介)でした。「メリケンはもう、日の本に足を踏み入れている」

メリケン人はもう入って来てんのか」

 と、栄一。嘆くように喜作がいいます。

「はあ、なんてこった。それじゃあいつ、メリケンの連中が俺たちの魂を奪おうとするか、わかんねえに」

 皆が喜作の言葉に同意の声をあげます。長七郎は木刀を構えます。

「おれはとうとう、生きる道を見つけた。なぜ俺たちが剣を学ぶか。それは」長七郎は兜をかぶせた案山子(かかし)に打ち掛かります。「敵を斬るためだ」

 栄一が家に戻ってみると、伯父の宗助(平泉成)とその妻のまさ(朝霞真由美)が市郎右衛門夫婦と話をしていました。姉のなか(村川絵梨)の縁談のことです。まさが断るようにいっています。栄一がたずねてみると、縁談の相手の家が、憑()きもの筋だと宗助がいうのです。

「そんなのただの言い伝えじゃないか」

 と、市郎右衛門は相手にしません。しかし宗助はいうのです。憑きもの筋の家と結ばれると、憑きものに縁のない家まで狐が憑いてくる。栄一もそれを笑い飛ばします。しかし宗助夫婦はあくまでも反対するというのです。

 そして栄一の姉のなかの様子が、明らかにおかしいのです。奇妙な行動が目撃されます。まさがいいます。

「もうこれは、狐のたたりをお祓(はら)いする、拝み屋を呼んだ方がいい」

 馬鹿な、と市郎右衛門はいいます。その一同の前を、なかが不自然な様子で歩いて行くのです。市郎右衛門は栄一に、なかのあとをついていくように命じます。栄一は渋々ながら従います。なかに話しかけますが、返事は帰って来ません。なかは川までやって来て滝を見つめます。栄一の見ている前でなかは川に入ろうとします。

「ねえさま、危ねえって」

 栄一が止めようとします。振り向いたなかは、思い詰めたような顔をしていました。

 その後、なかの縁談は破談となりました。

 その頃、江戸では、黒船の来航と時を同じくして、多くの疫病が流行していました。様々な迷信が信じられるようになります。

 江戸の水戸藩邸では、徳川斉昭(竹中直人)がこの現状を嘆いていました。流言飛語の類(たぐ)いが、人心を惑わしている。アメリカ船が下田へ、イギリス船が長崎に来たため、夷狄の毒が深くなってきている。

 斉昭は老中の阿部正弘(大谷亮平)を叱りつけます。

「何と無様(ぶざま)な。メリケンの次は、エゲレスと和親を結び、今度はヲロシアもと申すか。この事態、天子様はご存じなのか」斉昭は避けようとする阿部を追います。「今は、天子様を、我が国の要(かなめ)と為しまつり、この日の本の精神を、統一ならしめることこそ肝要。その前に、安易に国を開けば、たちまち清国のような、隷属(れいぞく)国となるぞ」

 阿部は立ち止まって斉昭にいいます。万が一今、異国より戦端を切られたとして、このままの防備で日の本が無事で済むと本気でお思いか。その場を斉昭の側近である藤田東湖(渡辺いっけい)が取りなします。

「伊勢守(いせのかみ)(阿部)のご苦労は、ご老公も承知のこと、ただ、伊勢守様のために何か出来ぬかと思い、励んでおるのでございます」

 そこへ知らせが入ります。下田に大地震が発生したというのです。その後、大津波が湾を襲い、和親の交渉中のロシア船が転覆したとのことでした。斉昭は喜びの声をあげます。

「下田に神風が吹いたのだ。五百人のヲロシア人どもを、ひと思いに皆殺しにせよ」

 阿部がいいます。

「天災に遭う者を不意打ちとは、人の道を外れたこと。これを機に殺戮を行えば、我が国に悪しき評判が立ち、ヲロシアはもちろん、異国が皆、絶好の口実を得て攻め寄せることでしょう」

 水戸の藩邸に帰って来た斉昭に、藤田東湖がいいます。

「異国人とて、国には親や友がありましょう。ましてや、かのヲロシア人どもは、敵ながら、国の使命を果たすため、何ヶ月も船に揺られやって来た、いわば忠臣。どうかお気をお鎮(しず)め下さい」

 

「夷狄の親や友の事など、知るか」

「しかし誰しも、かけがえのなき者を天災で失うは耐えがたきこと。また、今となっては夷狄を打ち払うよりも、いかにして日の本の誇りを守るかが肝要でございます。三千万の精神を凝結一致(ぎょうけついっち)ならしめれば、必ずや富国強兵につながり、さすれば国を開いたとしても必ずや我が国は異国に敬(うやま)われることとなるでしょう」

 そんなことは分かっておる、と斉昭は立ち去ります。

 下田ではロシア人たちの救出作業が行われていました。指揮をとるのは川路聖謨(平田満)です。炊き出しをしたり、遺体を収容したりします。このように時に、と抗議する家臣に川路はいいきります。

「このような時に異国も何もあるか」

 血洗村では、栄一が姉のなかのあとをついて回っていました。川でなかを見張る栄一のところへ、千代(橋本愛)がやって来ます。栄一は話します。

「俺は狐が憑いたなんて思っちゃいねえ。とっさまもだ。お祓いなんてするも気もねえ。でもなあ、どうやったらねえさまの気が晴れんのかわかんねえんだ」

「縁談のお相手を、好いておられたのでしょうか」千代がいいます。「縁談が決まられてから、おなかさんはどんどん美しくなられて。嫁入りとは、それほど心華(はな)やぐことかと、うらやましく思っておりましたゆえ」

「そうか。もしそうなら、ねえさまみてえな気の強えおなごまでこんなことになっちまうとは、恋心とはおっかねえもんだな」

 千代は複雑な表情を浮かべます。

「そうですか」姉を追って立ち去ろうとする栄一に千代はいいます。「強く見える者ほど、弱き者です。弱き者とて、強いところもある。人は一面ではございません」

 家に帰っても、なかは心ここにあらずの状態です。そのなかを、市郎右衛門は、一緒に出かけようと誘うのです。

 翌日、市郎右衛門は、藍玉の集金回りになかを連れて行きました。その留守の間に、栄一の伯母のまさが、修験者(修験者)たちを連れてくるのです。修験者たちは家に上がりこみます。村人たちも見物に集まってきました。修験者たちの中にいた女性が、神の声を伝えます。この家に無縁仏がいて、祟(たた)っているというのです。まさには心当たりがありました。昔、お伊勢参りに出かけ、帰ってこなかった者がいたのです。

「一つおうかがいしたい」栄一が声をあげます。「先ほど、無縁仏と申されたが、その無縁仏が出たのはおよそ何年前のことでございましょうか」

 六十年ほど前だと女性はいいます。その頃の年号は、と栄一は問います。天保三年との答え。

天保三年は二十三年前だで。えれえ神様が無縁仏のありなしは知ってて、年号を知らねえなんてことあるはずねえ。だってそうだに。人にまつられるはずの神様がこんなこともお分かりにならねえとは」栄一は結界にまたぎ入ります。「しょせんたいした神様じゃねえだんべ」

 村人たちが、栄一のいうことももっともだ、と言い始めます。修験者は怒っていいます。

「神をも恐れぬ不届き者め。お前にはいずれ、偉大なる神の、大きな罰がくだるであろう」

 栄一はひるみません。

「俺は人の弱みにつけこむ神様なんてこれっぽっちも怖かねえ。うちのねえさまだって、そんなに弱かねえぞ。こんな得体の知れねえもんで一家をまどわすのは金輪際(こんりんざい)御免こうむる。とっとと帰(けえ)れ」

 修験者たちは逃げるように立ち去るのでした。それを市郎右衛門となかが見ていました。市郎右衛門は笑って言います。

「栄一のおしゃべりもたまには役に立つ」

 なかもかすかな笑みを浮かべるのでした。

 朝、畑に水をやる栄一になかが呼びかけます。すっかり元気な様子です。

「とっさまと山ん中、歩いてるうちに気分も晴れたわ」

 栄一がからかい、二人はじゃれ合うのでした。

「栄一、ありがとね」

 と、なかはいうのでした。

 その年の秋、安政江戸地震が起ります。水戸藩邸の被害は大きく、藤田東湖が亡くなりました。斉昭は

「わしはかけがえのなき友をなくしてしまった」

 と、嘆くのでした。

 

 

『映画に溺れて』第405回 キンキーブーツ

第405回 キンキーブーツ

平成十九年一月(2007)
飯田橋 ギンレイホール

 

 英語のKinkyには性的変態という意味があるそうで、近畿大学は英語表記「KINIKI UNIVERSITY」を「KINDAI UNIVERSITY」に改めたとのこと。
 二〇〇五年製作の映画『キンキーブーツ』は二〇一三年にブロードウェイミュージカルとなって大ヒットし、二〇一六年には三浦春馬など日本人キャストによる舞台が上演され、さらにロンドンキャストでのライブ版が二〇二一年に劇場上映された。
 近畿大学の英語表記変更は、おそらくこのブロードウェイ発ミュージカルのロングランと世界的ヒットによるものと思われる。
 オリジナルの映画は実話をもとにしたコメディで、イギリスの田舎町が舞台。
 老舗の靴工場の社長が亡くなり、憧れのロンドン暮らしを始めたばかりの息子チャーリーが戻って来て、心ならずも会社を引き継ぐ。が、紳士靴は全然売れず、赤字続きで会社は倒産寸前だった。
 在庫処分の商談にロンドンを訪れたチャーリーが酔っぱらって偶然に出会ったのが、大柄な黒人の人気ドラッグクイーン、ローラ。ステージで歌い踊るのに、女性用のハイヒールはすぐに踵が折れてしまうとこぼす。
 そこでチャーリーはひらめく。ローラをデザイナーに起用し、女装男性専用の頑丈でしかもおもいきりセクシーなハイヒールのブーツを作ろうと。
 従業員の反発、ゲイに対する偏見、婚約者との不和などの試練を乗り越え、はたして男性用ハイヒールブーツは完成するのか。
 オリジナル版でローラを演じたキウェテル・イジョフォーは、どう見てもこの役にぴったりだったが、『堕天使のパスポート』ではアフリカから亡命した正義感の強い不遇の黒人医師、『それでも夜は明ける』では南部の奴隷農場に売られるミュージシャン、『ライオンキング』では声優、マラウイを舞台にした『風をつかまえた少年』では監督兼主人公の父親役。コメディ、SF、アクション、アニメ、社会派となんでもこなす才人である。

 

キンキーブーツ/Kinky Boots
2005 イギリス・アメリカ/公開2006
監督:ジュリアン・ジャロルド
出演: ジョエル・エドガートンキウェテル・イジョフォー、サラ=ジェーン・ポッツ、ジェミマ・ルーパー、リンダ・バセット、ニック・フロスト、ロバート・ピュー

 

大河ドラマウォッチ「青天を衝け」 第4回 栄一、怒る

 後に、近代日本経済の父と呼ばれる渋沢栄一。藍葉の不作という危機から、血洗島を救った栄一(吉沢亮)は、今日もよく働いておりました。

 栄一は従兄弟の尾高惇忠(田辺誠一)を訪ねていました。その蔵書を読みふけっています。

「しかし承服できん」

 と、栄一は惇忠にいいます。かつては多くの者が外国で活躍していた。どうして日の本は国を閉ざしているのか。

「良い質問だ、栄一」と、惇忠は栄一の前に腰を下ろします。「今から三百年ほど前、いくさで荒れ果てた日の本に、大勢の異人が入ってきた。奴らはバテレンだ。奴らは異国の神を広め、日の本を、魂から乗っ取ろうとした」

「魂を乗っ取る」

「そうだ。水戸の本にもあるように、日の本が古来持つ、誇りや尊厳は決して奪われてはならねえのだ」

 惇忠の影響で、栄一の好奇心はどこまでも広がり、時を忘れ、夜通し語り合うこともしばしばでした。

 中の家(なかんち)では、栄一の父の市郎右衛門(小林薫)と祖父の宗助(平泉成)が話していました。宗助がいいます。

「よし、暮れには得意先の百姓衆を集めるか」

 市郎右衛門もいいます。

「ああ、今年は大いにごちそうしなくちゃなんねえ」

 その会話を聞いていた栄一が割り込んでくるのです。

「おいちゃん、とっさま。その寄り合いだけんど、俺に仕切らしてくんねえか。思いついたことがあるんだ」

 江戸城では、すでに亡くなった前将軍の息子、徳川家定が第十三代征夷大将軍に就任してしましたが、執務を仕切っていたのは、老中首座の阿部正弘(大谷亮平)と、新しく海防参与となった徳川斉昭竹中直人)でした。

 江戸の長屋に住んでいる平岡円四郎(堤真一)は、徳川慶喜(草彅剛)の小姓になることに気がすすみません。妻のやす(木村佳乃)にどやしつけられてようやく出かける始末でした。円四郎は慶喜に拝謁します。

「私はお前に、私の諍臣(そうしん)になって欲しいと思っておる」慶喜はいきなり切り出します。「私に少しでも傲(おご)りや過(あやま)ちがあれば、必ず諫(いさ)めて欲しい。よしなに頼む」

 円四郎は慶喜の食事の給仕を命じられます。しかし円四郎はご飯の盛り付け方も知らないのです。慶喜はていねいに円四郎に、給仕の仕方を教えます。さらに髪の結い方なども指導します。平岡円四郎は慶喜の小姓として、一橋家に入り、働くことになったのでした。ある日、慶喜のもとを徳川斉昭夫婦が訪ねてきます。それに従っていた藤田東湖渡辺いっけい)から、円四郎は慶喜が将軍になるかもしれないことを聞くのでした。長屋に帰ってきた円四郎は、ご飯の盛り付け方を練習しながら、ひとりいいます。

「将軍かあ。ま、将軍てえのは参ったが」円四郎は笑い声をたてます。「いや、分からねえことはねえ。ま、さすが、俺の惚れ込んだお方だぜ」

 それを聞きつけた妻のやすに、浮気と勘違いされ、円四郎ホウキで打ち掛かられることになるのです。

 血洗島では、藍農家をねぎらう宴会が行われようとしていました。栄一が仕切りを任されています。栄一は各自を座席に案内してゆきます。古顔の覚兵衛が末席に座らされ、若い権兵衛が最も上座に置かれます。宴が始まります。最初に宗助が発言します。

「みんな、今年もご苦労さんだった。いや、雨が降らなかったときには、どうなることかと思ったが、みんな、丹念に育ててくれたっけなあ」

 続いて市郎右衛門が述べます。

「そうだ。紺屋もこれは良い藍玉だとたまげていた」

 すると栄一がいい出すのです。

「とっさまの腕だけじゃねえ。この権兵衛さんの藍が、なっからいい出来だったのよ。あんなに張りがあって、上から下まで美しい藍葉は、よほど常日頃、様子見て世話してねえと出来るもんじゃねえだんべ」栄一は立ち上がります。「そこで俺は、今日は権兵衛さんに大関の席に座ってもらいてえと思ったのよ」

 栄一は、大関、関脇、小結、前頭と順に座席を決めていたのでした。番付表も栄一のいとこの喜作(高良健吾)が作ってきていました。

「わしが前頭とはなんだいな」

 古顔の覚兵衛が不満の声を出します。勝手なことをして、と宗助が叫びます。栄一はひるみません。あと一つだけしゃべらせてくれと頼みます。

「このとっさまは、前々からこの土地の武州藍を日本一にしようとたくらんでいる。だから、ここのみんなでまた来年も高めあって、いい藍をつくり、武州藍を大いに盛り上げてえと思ってんだ。どうか、来年もよろしくたのんます」

 栄一は深く頭を下げるのでした。こんな下らん番付、と宗助は番付表を破り捨てます。ここで覚兵衛が声をあげます。権兵衛に近づいてゆくのです。どこで肥料を買ったのか教えろといいます。

「来年こそはわしがいっそう良い藍をつくって」覚兵衛は皆に向かって叫びます。「番付の大関になってみせるんべ」

 一同は歓声を上げます。

「栄一、おもしれえじゃねえか」

 とも覚兵衛はいいます。ここで食事と酒が運ばれてくるのです。皆で陽気に歌って、宴会は盛り上がってゆくのでした。栄一は喜作にいいます。

「いやしかし、おのれでやってみると商いはまっさかおもしれえな。どうやったらここの百姓たちが今より儲けて、この家も儲けて、そんでもって阿波に負けねえ藍玉が作れねえもんかと、そればっかり考げえてみてるんだが」

 そして年が明け、ペリーが再び日本にやって来ます。江戸城では、老中の阿部正弘が皆から責め立てられていました。国を開こう、との意見が出る中、徳川斉昭が大声を出します。

「長きにわたりこの日の本で、前例無きこと。半年から一年で返答するなど、もってのほかだ」

 そこに大砲の音が響き渡ってくるのです。何事かと立ち上がる一同。井伊直弼岸谷五朗)がいいます。

メリケンがいくさを仕掛けきよったか」

 阿部正弘が、これは礼砲だと否定します。ワシントンの生誕の祝いとして、砲を撃つことが報告されていたのでした。斉昭は吠えます。

「何が生誕の祝いじゃ。こざかしいわ」

 井伊直弼はおびえた様子です。

「いいや、こうなればいくさになるより、国を開いた方がまし」

 斉昭は打ち払うことを主張します。いくさはなりませぬと、懸命に井伊直弼はいいます。

 阿部は迷った末、とうとう日米和親条約を締結してしまうのです。

 血洗島の高尾家では、栄一のいとこである長一郎が、惇忠に瓦版を見せていました。

「ペルリの勢いに負け、港を開くことになったそうだ。今、下田には黒船が」

 惇忠は興奮していいます。

「夷狄は打ち払わねばならねえんだ。我が国にとってこれでは、黒船に責められ、強引に国を開かされたと同意。われら百姓とて、決してこのままじゃなんねえ。水戸の教えを学び、何が出来るか思案するのじゃ」

 中の家では、陣屋からの呼び出しについて話されていました。栄一が行けと宗助がいいます。

「お代官様の話を、へい、へい、と聞き、へい、へい、と頭を下げるのみのこと」

 市郎右衛門も同意します。

「おう、お前もこの家の後継だで。一度行ってみろい」

 こうして栄一は岡部藩の陣屋にやって来ました。他の農家と共に、白州にひかえます。

「このたび物入りのため、その方どもに御用金を申しつける」

 と、代官はいい、それぞれの金額を述べてゆきます。栄一の家は五百両でした。

「承知いたしました」

 と、宗助が代表していい、皆も頭を下げます。しかし栄一は頭を下げながらも発言するのです。

「私は父の名代で参りましたゆえ、御用の高は確かにうかがいました。家に戻りまして、父に申し伝えた上、またお受けにまかり出ます」

 行こうとしていた代官が戻ってきます。

「おぬし、お上の御用をなんと心得る。これしきのことが即答できんで親の名代と申せるか」

 栄一は冷静に声を出します。

「名代には名代の務めがございます。即答できず、誠に恐縮ではございますが、父に申し伝えた上、お持ちいたします」

 代官は怒ります。

「たわけた事を。三百両や五百両など、何でもないことを。素直に殿様の御用を聞き置けば立派な大人となり、世間からも認められるようになるというもの。それを、父に申してからなどと。そのような手ぬるは承知せぬ。今すぐじゃ。今すぐ承知したと申せ」

 栄一は引き下がりません。

「はい、なれども自分は、ただ御用をうかがいに来た」

「まだいうか」

 と怒る代官。

「御用をうかがいに来たのみゆえ、やはりお受けすることは出来ません」

「下郎め。承知といえ」代官は白州に降りてきます。「いわぬとただではおかぬぞ」

 と刀に手をかけます。栄一は代官をにらみつけます。

「言え、栄一」

 と、宗助が無理に頭を下げさせるのです。

「申し訳ありません」宗助が代官にいいます。「私めから、厳しく、いいわたします」

 家に帰った栄一が作業していると、市郎右衛門に話しかけられます。

「なぜすぐに払うといわなかった」

 黙っていた栄一でしたが、やがて話し始めます。

「俺たちは、藍葉を百姓衆からカゴひとつだいたい三十文で買ってる。藍の百姓はその金で食っていき、俺たちはその葉を使って多くのもんを雇って藍玉にし、それを一つ一両ちょっとで紺屋に売る。かあさまやねえさまが育てているお蚕様は、一月寝ずに繭をとって、ひとつかみでせいぜい一文だ。それを、安易に五百両とは。五百両という金は、決して名代の俺が、へい、へい、と軽々しく返事をしていいような額じゃねえ。俺はそう思う」栄一は振り返ります。「とっさまはどう思う。百姓は自分たちを守ってくれるお武家様に尽くすのが道理だ。それはわかってる。しかし今、岡部の領主は百姓から年貢を取り立てておきながら、その上、人を見下し、まるで、貸したものを取り返すかのごとく、ひっきりなしに御用金を出せと命じてくる。その道理はいったいどっから生じたもんなんだい。それにあのお役人は、言葉といい振る舞いといい、決してとっさまや惇忠兄ぃみてえな知恵のある……」

 栄一の言葉を市郎右衛門がさえぎります。

「いかに道理を尽くそうが、仕方のないこと。それがすなわち、泣く子と地頭だ。明日すぐに行って、そのまま払ってくるが良い」

 市郎右衛門は立ち去ります。

 翌日は雨でした。栄一は市郎右衛門が用意した金を代官に差し出します。

「五百両、持って参りました」

 と、頭を下げます。

「そうか、下がれ」

 と、代官。栄一は立ち去りません。

「恐れながら」と叫びます。「それが我々百姓の銭にございます。朝から晩まで働き、その小さな銭が……」

 そこまでいって栄一が顔を上げたところ、代官の姿はすでにありませんでした。

 

 

大河ドラマウォッチ「青天を衝け」 第3回 栄一、仕事はじめ

 血洗島の渋沢家には、大勢の職人が集まっていました。藍の「すくも」」作りが始まったのです。乾燥させた藍の葉を、水を打ちながら混ぜ合わせ、発酵させます。これを何度も繰り返します。発酵を初めておよそ百日。「すくも」ができあがります。この「すくも」を液状にすると、美しい青を出す染料になるのです。

 渋沢栄一吉沢亮)は、いとこの渋沢喜作(高良健吾)と話します。

「うちのとっつぁまはなあ、この武州で作る藍を、阿波の藍に負けねえ品にしようと思っている」

 そして栄一は、もうすぐ父に江戸に連れて行ってもらうことを話すのです。

 アヘン戦争で清国が攻められる様子を描いた書物を、栄一のいとこである尾高惇忠(田辺誠一)が読んでいました。これは当時の日本人に強い危機感を与えました。

 栄一は父の市郎右衛門と共に、江戸に到着していました。

「とっさま、江戸は京が祭りか」

 と問う栄一。市郎右衛門は笑って答えます。

「何をいう。江戸ではこれが常だ」

 この頃、江戸は世界最大級の都市。百万人近くい人口を抱えていました。栄一は驚き、はしゃぎ、江戸の通りを走り抜けるのでした。栄一は市郎右衛門にいいます。

「とっさま、俺は嬉しい。この街は、商いでできてる。ものを作るもんも、運ぶもんも、売るもんも、それを買ってるもんも皆が皆つながって、生き生きとしとる。見ない。お武家様がまるで脇役だ」

「しっ、声が大きい」

「こんな誉(ほま)れはねえ。この江戸の街は、とっさまみてえな商(あきな)い人が造ってるんだいな」

 一人の侍が栄一に近づいてきます。

「おっと、聞き捨てならねえな、そこの小僧。聞こえたぜ。イナカッペの声がよ。この江戸の街は商人(あきんど)が造ってるとかなんとかぬかしやがって」

 父に促され、栄一たちは逃げ出します。侍は追おうとしますが、妻に引き止められます。ホントのことじゃないか、とさえいわれます。

「商人ばかりが景気が良くって、お前さんみたいなお武家様がすっからかん。おかげさまで一緒になったあたしまでこんななりになっちまってさ。あーあ、いつになったらまた、きれいなおべべが着られるようになるのやら」

「ちげえねえ」

 と侍はあっさり認め、笑い出すのです。この侍は平岡円四郎(堤真一)といい、やがて栄一と徳川慶喜を結びつけることになるのです。

 栄一親子は神田の紺屋町にやって来ました。ここが藍の商いの中心地です。市郎右衛門が藍に染められた布を見て栄一にいいます。

「どれも一級品だ。ここに来りゃあ、染め物の、はやりすたりがひとめで分からい」

 父と子は建物に入っていきます。市郎右衛門は店の番頭に紙に染めた見本を見せます。

「これはいい色だね」

 と番頭は声を出しますが、大店(おおだな)は阿波の藍しか買わないとも語ります。

「これからは、武州藍もどうかひとつ、頼まいね」

 と、市郎左衛門は頭を下げるのでした。

 その頃、江戸城では、寝たきりになった将軍徳川家慶(いえよし)(吉幾三)徳川慶喜(草彅剛)が見舞っていました。家慶は無理に起き上がります。

「世の中には、私よりも、そなたの父が優れた君主だと陰口をたたく者もおった。それゆえ私は、斉昭(なりあき)が嫌いだった。だが今、こうしてそなたの顔を見ていると、悪い男ではなかったのかもしれぬと思えてくるから不思議じゃ」

 その三ヶ月後、血洗村に瓦版売りがやって来ます。そこにはペリーの黒船がやって来た様子が描かれていたのです。喜作はそれを持って剣のけいこをしているや栄一たちもとにやって来ます。瓦版は尾高惇忠に渡されます。

「水戸様が案じていたとおり、やはり日の本は太平の夢をむさぼっていることなどできなかったのだ」惇忠は弟の長七郎に本を渡します。「これを読め。清国が夷狄に乗っ取られたさまがつぶさに書かれておる」

「日の本も、清国のようになんのか」

「それはならねえ。今こそ、人心を一つにして戦わねえと」

 江戸の街を大砲の列が進みます。これは徳川斉昭(竹中直人)が幕府に献上した大砲でした。斉昭は、外国船を打ち払うことを強硬に主張していました。

 幕府老中の阿部正弘(大谷亮平)が語ります。

「黒船におびえていた江戸の庶民は、さすがは水戸様と狂喜乱舞しておりまする」

 横になっている将軍家慶がいいます。

「斉昭と協議すべし。この国難。水戸の斉昭に力を借りるのじゃ。慶喜

「はい、ここに」

 家慶が布団から手を出します。慶喜はそれを握ります。

「徳川を、頼む」

 しかし家慶のその言葉に、慶喜が応えることはありませんでした。

 その十日後、将軍徳川家慶は亡くなります。幕府では、将軍の後継ぎである家祥(いえさち)のもと、次にペリーが来た時にどう対応すべきか、大名や、幕府有志にまで登城を命じ、広く意見を求めました。

 幕府は、徳川斉昭の隠居処分を解き「海防参与」という役目を与えました。

 こうした攘夷の動きは、栄一が住む武蔵国(むさしのくに)にも及びました。砲術家高島秋帆(玉木宏)が牢から出されたのです。栄一は姿を整え、騎乗した秋帆を目撃します。栄一は思わず秋帆に駆け寄るのです。

「確か前に、この国は終わると。誰かが国を守らねばって」

「そうか、お前か」

 と、秋帆は馬を降ります。

「私はあの夜、お前の言葉に力をもらった」

 幼い栄一は、牢にいる秋帆にいっていたのです。

「俺が守ってやんべえ。この国を」

 秋帆は栄一の前にかがみます。

「そしてどうにかここまで生き延びた。私はこの先、残された時をすべてこの日の本のために尽くし、励みたいと思っている。お前も励め。必ず励め。頼んだぞ」

 幕府の保守派によって冤罪をこうむり、投獄されていた長崎の砲術家高島秋帆は、釈放されたのでした。

 栄一は畑で騒ぎが起っている様子を聞きつけます。藍の葉の多くが虫にやられていたのです。市郎右衛門は冷静に指示を出します。

「とにかく急いで、無事な藍葉を刈り取れ。少しでも早く残ったものを刈り集めんだ」

 栄一はこれからどうするのかと市郎右衛門に質問します。

「信州や上州へ行って買ってくるしかねえが、今から行って、どんだけ買えるもんか」

「だったら俺も行くべ。二人がかりで行けば」

「馬鹿もん。目え利くもんが、いい藍葉買ってきねえと、意味がねえ。子供の使いでできるこっちゃねえ」

 市郎右衛門は雨の中、一人で出かけていくのでした。

 一方、徳川慶喜は父の斉昭に話していました。

「当てにされても困るのです。私にはこの先、将軍になる望みはございません」慶喜は続けます。「父上は私を傀儡(かいらい)とし、ご自身が将軍になられたいのでありましょう」

 慶喜は斉昭の前から去るのでした。

「誰か、あやつを側(そば)で支える、直言(ちょくげん)の臣(しん)はおらんのか」

 と、斉昭はつぶやきます。

 栄一は母のゑい(和久井映見)に頭を下げていました。

「頼む、かっさま。俺を信州に行かせてくれ。俺が藍葉を買い付けてくる」栄一は顔を上げます。「俺にも藍の善し悪しは分かる。ちいせえ頃から、とっさまの買い付けをずっとこの目で見てきた。藍を買ってる時のとっさまは、まっさか立派で、俺もいつかああなりてえってずうっと思って側で見てきたんだ。俺はとっさまの役に立ちてえんだ。とっさまのために、この村のために励んでみてえんだ」

 ゑいは部屋の奥に姿を消します。やがて銭の入った漆の箱を持ってくるのです。ゑいは栄一に巾着袋を渡していいます。

「行っといで。このかっさまの胸ん中が、お前を行かせてみろ、行かせてみろ、っていうてるに。行っといで。決して無駄にしたらいけねえよ」

 こうして栄一は信州の村にやってくるのです。最初は相手にもされない栄一でしたが、その確かな目利きに村人は気付き始めます。栄一のいる場所に藍葉を持って人々が集まってくるのです。そろばんをはじき、的確な判断で栄一は藍葉を買い取っていきます。しかし厳しい評価ばかりではありません。来年に肥料を買って、もっと良いものを作るとの期待のもと、高い値をつける場合もありました。

 栄一が藍葉を買って帰ってきます。市郎右衛門は難しい顔で栄一の藍を確かめます。そしていうのです。

「よくやった」

 そして栄一に、明日から、一緒に買い付けに行くことを確認するのです。喜びのあまり栄一は大声を上げて走り出します。

 江戸の平岡円四郎のもとを、斉昭の家臣が訪れていました。慶喜の小姓になれというのです。円四郎は断ります。家臣は怒り出すのです。

「わしもそう申し上げた。かように無礼で粗野な男に、小姓など務まるものかと。しかし、それをご承知でなお、水戸のご老公はおぬしが良いと仰せじゃ。一度拝謁いたしてみるがよい」