日本歴史時代作家協会 公式ブログ

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大河ドラマウォッチ「青天を衝け」 第16回 恩人暗殺

 慶喜(草彅剛)は朝廷から禁裏御守衛総督を申しつけられ、京のまつりごとの中心につきます。政治的基盤を固めるため、水戸藩へ人材の援助を要請するのでした。

 一橋家に仕える人選御用の命を受けた篤太夫吉沢亮)と成一郎(高良健吾)は、関東に向けて出発しようとします。二人は平岡円四郎(堤真一)に呼び止められます。平岡は二人を見送りにやって来てくれたのでした。平岡たちと篤太夫たちは茶を飲んでくつろぎます。平岡は妻の、やす(木村佳乃)に自分が息災なことを伝えてくれるように頼むのです。平岡はいいます。

「いい働き手、集めてくれよ。おぬしらもそうだが、攘夷か否かなんて上っ面は、今さらどうでもいい。要は、一途に国のことを考えているかどうか。全うに、正直に生きているか。それだけだ」平岡は篤太夫に、もとは武士でなかったことも忘れないようにしろと注意します。「侍は、米も金も生むことができねえ。この先の、日の本やご公儀は、もう武張った石頭だけじゃ、成り立たねえのかも知れねえ。だから渋沢、おめえは、おめえのまま生き抜け。必ずだ。いいな」

 篤太夫は、はっきりと返事をするのでした。

 血洗島にある篤太夫の生家に、千代(橋本愛)が知らせに走ってきます。千代の兄の惇忠(田辺誠一)に対して、篤太夫が手紙を書いてきたのです。栄一(篤太夫)と喜作(成一郎)が、京の一橋家で働いていることを知って皆は驚きます。篤太夫の伯父である宗助(平泉成)がいいます。

「どういうことだ。あいつら攘夷だとか、幕府を倒すだとかいってたんじゃねえのか」

 千代がいいます。

「文(ふみ)には、近くお役目で関東にいらっしゃると書いてあります。もしかしたら、故郷にも寄れるかもと」

 しかし、二人の思いを阻んだのは、水戸の騒乱でした。尊皇攘夷の実行を目指し、藤田小四郎率いる水戸天狗党が決起したのです。水戸藩徳川慶篤天狗党の討伐を命じます。

 天狗党筑波山に本陣を構えます。血洗島の惇忠のもとにも使いがやって来ました。使いは惇忠に軍用金を要求します。惇忠は気乗りがしません。水戸の藩主も承知でない、そして大義名分が明確でないからです。わずかな金を渡して、惇忠は使いの者を追い返します。

 惇忠はその後、岡部の陣屋に呼び出されたまま帰って来ません。そして尾高家は岡部の役人たちに取り調べを受けるのです。水戸の騒動との関わりが疑われているというのがその理由でした。末弟の平九郎までが連れてゆかれます。

 そしてその夜は、京でもまた、尊皇攘夷の志士の取り締まりが行われていました。池田屋と書かれた宿に、新撰組が入り込みます。二階で話し合う男たちのいる部屋に踏み込むと、一人を斬ってから言い放ちます。

「神妙にしろ。御用改めだ」

 尊皇攘夷の志士たちは、次々に斬られていきます。

 この池田屋事件新撰組を仕向けたのは、禁裏御守衛総督一橋慶喜であるとの噂が流れます。水戸藩士の二人は信じられません。このようなことを慶喜がするはずがないというのです。

「烈公のお子ともあろうお方がなんで」

 興奮する一人に、もう一人が言い聞かせるようにいいます。

「平岡だ。やはり佞臣(ねいしん)平岡は、水戸の手で除かねばならぬ」

 江戸では篤太夫と成一郎が、平岡の妻の、やす、を訪ねていました。京での平岡の活躍を報告します。やすは二人に礼をいうのです。

「ありがとね。約束通り、あの人のために尽くしてくれて」

 篤太夫たちは、関東にある一橋家の所領を手広く回り、儒学者や剣術家、才のある農民まで様々な人材を探しました。

 そして二人は大橋訥庵の主催していた、思誠塾跡地にやってくるのです。横浜焼き討ち事件にも参加してくれようとした真田範之助を訪ねるためです。そこにいた者たちは、武器の運び出し準備をするなどして、殺気立っていました。筑波山に向かい、水戸天狗党と合流しようとしていたのでした。真田と対面し、成一郎は自分たちが一橋家に仕官したことを伝えます。篤太夫は共に働かないかと誘います。篤太夫は回りの者たちにも呼びかけます。

「おぬしらも、俺たちと共に来ねえか」

「ふざけるな」と真田は叫びます。「何のたわごとだ。半年前まで、徳川を倒すと放言していたおぬしが、一橋の禄(ろく)を食(は)んでいるだと」真田は激昂します。「恥ずかしくはないのか」

 成一郎が真田にいいます。

「訥庵先生や天誅組の失敗を見ても分かるとおり、攘夷は、半端な挙兵では叶わねえ」

「半端だと」

 真田は成一郎の方に踏み出します。穏やかに篤太夫がいいます。

「喜作(成一郎)のいうとおりだ」篤太夫はまわりを見回します。「皆も聞いてくれ。俺たちが考えていたより、この世はずっと広い。攘夷のためにも、この国をより良くするためにも、挙兵より、俺たちと共に、一橋で働いた方がよほど見込みがある。一橋様のもとで、共に新しい国をつくるべ」

 篤大夫は言い終わらないうちに、真田に突き飛ばされます。皆が剣を抜いて篤太夫に突きつけます。真田がいいます。

「今すぐ失せろ。死にたいか」

 篤太夫はひるみません。

「俺はおめえにむざむざと死んでほしくねえ」

 真田は泣き笑いの表情を見せます。

「お前も、死ぬのが怖くなったのか。俺は」真田は成一郎も振り返り、叫びます。「お前らを、心底見損なったぞ」真田は仲間たちにいいます。「こんな奴ら、斬る値うちもない」

 宿で成一郎は名簿を見ていました。四十二人を数えます。

「おう、なかなか集まったぞ」

 と、篤太夫に声をかけます。篤太夫は天井を見上げたままです。そこに飛脚からの文(ふみ)が届くのです。篤太夫の父親である市郎右衛門からでした。惇忠が牢につながれたことなどが書かれています。

「故郷に立ち寄ることは、まず見合わせろ」

 と、市郎右衛門は結んでいます。二人は深く失望するのでした。

 水戸城では、軍備が整えられていました。

「水戸の恥は、水戸の手でそそがなければならん」

 というわけです。天狗党を討ちに出発します。

 京の屋敷では、慶喜と平岡が書面に目を通していました。

「水戸の内乱には困ったもんですな」

 と、嘆くように平岡がいいます。

「ひとつ、変なことを申すが許せ」慶喜は真面目に話します。「私は輝きが過ぎるのだ。親の光か家の光か何かはわからん」

 その輝きゆえ、多くの人々を引き付けることになった。慶喜は平岡を振り返ります。

「しかし、そんな輝きは本来ない。全くだ。全くない。おのれで確かめようと鏡を見ても、フォトグラフを見ても分からん。写っているのは、ただつまらなそうにこちらを見るだけの、実に凡庸な男だ。父も誰もかれも幻を見ている。そなたもだ。そしてこの幻の輝きが、実に多くの者の命運を狂わせた。私はただ徳川の一人として、謹厳実直に天子様や徳川をお守りしたいのだ」

 平岡が声を出します。

「ほかの誰にもいえねえ、突飛な、色男のような台詞でございまする」

「やはりいうべきではなかった」

 慶喜は立ち去ろうとします。平岡は追います。

「しかしその輝きは、この先も、決して消えることはありますまい」

 平岡は居ずまいを正します。この先もどこまでも、お供つかまつります、と深く頭を下げるのでした。

 雨の降る日でした。平岡は上機嫌で街を歩いています。二人の侍に斬りかかられるのでした。護衛の川村恵十郎(波岡一喜)によって、刺客たちは斬り殺されます。平岡はつぶやきます。

「死にたくねえな」

 平岡はうめき「殿」と天に手を伸ばします。そして最後に妻の、やす、の名を呼ぶのでした。平岡の手が落ちていきます。

 屋敷で慶喜は平岡の死を知らされます。賊は水戸の者でした。慶喜は渡り廊下を走ります。戸板に乗せられて運び込まれる平岡の骸(むくろ)と対面します。慶喜は雨に濡れるのも構わず、平岡の体に触れ、嘆きの声を放つのでした。

 

『映画に溺れて』第412回 バス停留所

第412回 バス停留所

平成四年八月(1992)
銀座 銀座文化

 

 昔の映画というのは、どうしてこうも面白いのだろう。
 粗暴なカウボーイのボウ・デッカーがアリゾナの都会にやって来る。ロディオの大会があるからだ。彼はそこで安酒場の女給シェリーと出会う。歌手志望の彼女はハリウッドに憧れ、田舎から出てきて、今はこの町の酒場で働いている。
 純情で単純なボウはたまたま歌っているシェリーに一目ぼれし、男の客に色目を使って売り上げを伸ばす女給の手管を自分に惚れていると思い込み、結婚を迫る。
 驚いた年上の相棒バージルはあんな安酒場の女なんか、おまえにふさわしくないと反対するが、ロディオで優勝したボウはシェリーを無理やりバスに乗せて故郷のモンタナへ連れて帰ろうとする。
 彼女はこんな田舎者との結婚なんて、考えたこともない。隙を見て逃げ出そうとしている。
 バスは大雪のため、停留所を兼ねたドライブインで動けなくなる。
 自分のことしか頭になく、シェリーの話を一言も聞こうとしないボウにバージルは言う。おまえこそ、彼女にふさわしくない。
 バージルに説教され、運転手に殴られ、ボウは反省する。反省したボウが謝ると、シェリーも彼が好きになり、いっしょに牧場に帰ることとなる。めでたし、めでたし。
 シェリー役のマリリン・モンローはこの前年の『七年目の浮気』同様、セクシーなコメディエンヌぶりを発揮している。
 ボウ役のドン・マレーはその後、TV西部劇『二匹の流れ者』で元南軍将校の賞金稼ぎ、映画『猿の惑星征服』では、悪役の独裁者を演じている。
 原作はウィリアム・インジの舞台劇で、日本ではシェリーの役を越路吹雪が演じたとのこと。

 

バス停留所/Bus Stop
1956 アメリカ/公開1956
監督:ジョシュア・ローガン
出演:マリリン・モンロー、ドン・マレー、アーサー・オコンネル、ベティ・フィールド、アイリーン・ヘッカート、ロバート・ブレイ、ホープ・ラング

 

大河ドラマウォッチ「青天を衝け」 第15回 篤太夫、薩摩潜入

 栄一(吉沢亮)と喜作(高良健吾)は一橋(ひとつばし)家から、初めての俸禄(給料)をもらいます。平岡円四郎(堤真一)は二人の故郷の領主であった、岡部に話を通してくれていました。これで栄一と喜作は、正真正銘の武士となったのでした。平岡は二人に武士らしい名も与えます。栄一は篤太夫、喜作は成一郎となったのでした。

 京の一橋邸(若洲屋敷)で働く栄一、もとい篤太夫はしだいに同僚たちと打ち解けていきます。そうして一橋邸で働く者たちの多くが、様々な所から地位にもこだわらず集められたことを知ります。古くからの一橋家の家臣はむしろ少なかったのです。一橋家には身分の別がないことを篤太夫は知ります。関守だろうが農民だろうが、有能な者が集められていたのでした。

 ある日、篤太夫はひとり平岡に呼び出されます。

「おぬしに頼みたいのは、いわば隠密だ」

 公儀は天子の膝元である大阪湾を、異国の船から守らなければならないと思っている。そこで台場を築くことになり、対岸防備にくわしいと評判の、折田要蔵という者が抜擢された。折田は薩摩人だ。篤太夫にその人物を調べて来て欲しい。江戸のまつりごとは将軍に任せ、慶喜(草彅剛)は禁裏(京)を守ることに専念してもらいたい。そのため、もし折田の評判が本当であれば薩摩から引き抜きたい。折田は今、大阪にいる。篤太夫はそこに入り込み、どんな人物であるか探ってきて欲しい。平岡は篤太夫を脅かします。

「向こうはなんかあれば即、斬っちまうような、血の気の多い薩摩隼人だ。ひょっとすると、やられちまうかもしんねえが」

 栄一は即座にいいます。

「そう易々とはやられません。日の本の役に立ちてえと、幼い頃から鍛錬して参りました」

 こうして篤太夫は大阪の折田要蔵のもとにやって来ます。篤太夫が一橋の家臣と知って、怪しむ二人の薩摩藩士がいました。篤太夫は折田に、掃除や写本を申しつけられます。

 折田のもとには、薩摩藩はもちろん、幕府の役人や、会津、備中、土佐など、台場造りを学ぶ多くの武士が出入りしていました。二人の武士が篤太夫にこぼします。

折田先生の話、よく分かんねえ」

 篤太夫は折田の鹿児島弁を解説してみせるのです。感心する二人の武士。

「なまりのせいだけじゃね。折田先生は話も大風呂敷広げてるばあで、あんま信用できん」

 と、一人の武士が言います。折田の評判は良くありません。

「大変だ。喧嘩が始まってしもうた」

 と、飛び込んでくる者がいます。行ってみると、折田が首を押さえられていました。その相手こそ西郷吉之助(博多華丸)だったのです。

 夜になり、折田と西郷は酒を酌み交わして談笑します。その場に篤太夫もいました。篤太夫は西郷に気に入られるのでした。

 それから篤太夫は折田の使い走りをしたり、書類や絵図を書いたりと、数週間真面目に働いて休みの日に、一旦、京へと戻ってきました。平岡に会い、折田がたいした人物ではないことを伝えます。

「よくやった」と、平岡は立ち去ろうとします。「荷物をまとめて帰ってこい」

 それを篤太夫が建言したいことがある、といって引き止めます。篤太夫はいいます。

「この一橋家は、すでに我々のごとき、草莽(そうもう)の者をお召し抱えになっております。もし、少しでもそれがしがお役に立ったとお考えであれば、この先、さらに広く、天下の志士を抱えられてはいかがかと存じます」

「それってえのは、お前の昔の仲間のことか」

「はい。関東の仲間には相当な者がなっからおります。大阪から戻りましたら、その者たちの人選のため、それがしと喜作、成一郎を関東へと差し遣わせてはいただけませんでしょうか」

「いや、実はこっちも、優秀な家臣や兵を増やさねばと、常々思っている。しっかし、金がねえ。さほど高い録や、高い身分を望まずに、一橋家に仕えてやろうという了見の者がいると思うか」

「おります。必ずおります」

 平岡はこの案を慶喜に建言することを約束するのでした。

 薩摩は、朝廷と深く関わり、政治の表舞台に再び立とうと目論みました。そのため禁裏、つまり京都御所を警護する、禁裏御守衛総督の座を手に入れようとしました。

 それを慶喜たちは知ります。平岡がいいます。

「もしそうなれば、薩摩が正式に朝廷を取り込み、京でまつりごとを始めることになる。つまりこの日の本に、薩摩七十七万石の、もう一つの政府ができると同じ」

 冷静な表情で、慶喜がいいます。

「そのはかりごとは、何としても止めねばならぬ。もとはといえば、私を担ぎ出したのも天子様を担ぎ出したのも薩摩ではあるが、今、天子様に信が厚いのは、ご公儀と、京を守っている会津殿と、そして私だ」

 平岡は公家方を回り、禁裏御守衛総督慶喜に仰せつけられたしと運動するつもりだと述べます。

 三月二十五日、慶喜将軍後見職を免じられ、それと同時に朝廷から、禁裏御守衛総督に任命されました。

 島津久光は大久保一蔵から、国に戻るよう勧められます。国に戻って兵を整え、将来のいくさに備えるのだと諭されます。久光は西郷たちを藩邸に残し、側役の大久保一蔵らと京を去ることになりました。そしてこの時から、薩摩藩の方針は、打倒徳川へと向かい始めたのでした。

 その頃、水戸では藤田小四郎以下六十二人が、攘夷を唱え、筑波山にて挙兵しました。

 大阪では篤太夫が折田要蔵の屋敷を後にしようとしていました。篤太夫は各国の者たちの間に入って話をまとめたるなどして、皆の信望を得ていました。篤太夫は西郷に誘われ、二人で話をすることになります。西郷は篤太夫に問います。

「おはんはこん先、こん世はどげんなるちゅう思う」

 篤太夫は考えながら述べます。

「それがしは、そのうち幕府が倒れ、どこかしらの強い豪族による、豪族政治が始まると思います。幕府には、はあもう力がねえし、天子様のおわす朝廷には兵力がありません。徳川の代わりに、誰かが治めるべきです。それには、一橋様がよろしいのではないかと考えます」

 西郷は酒を取りに立ち上がります。そしてつぶやくようにいうのです。

「薩摩が治めっとじゃいけもはんか」

 栄一ははっきりといいます。

「薩摩の今のお殿様には、その徳がおありですか」

 西郷は答えることができません。栄一は西郷を振り返ります。

「おありなら、それも良いと思います。それがしは、徳ある方に、才ある者をもちいて、この国を一つにまとめてもらいてえ。しかし、一橋の殿もああ見えてなかなかのお方で」

 二人は豚肉を食いながら飲み直します。その中で西郷は平岡について述べるのです。

「あまい先んこつが見えすぎる人間は、往々にして非業の最期を遂げてしまうとじゃ」

 平岡は家老並に昇進していました。篤太夫の建白は聞き届けられ、成一郎と共に、関東に人を集めるための出張を命じられるのでした。

 

 

『映画に溺れて』第411回 グッバイガール

第411回 グッバイガール

平成元年六月(1989)
池袋 文芸坐

 

 ブロードウェイの巨匠でありコメディの名手でもあるニール・サイモンが、夫人のマーシャ・メイスンのために映画シナリオを書いた。監督はベテランのハーバート・ロス。『グッバイガール』はリチャード・ドレイファス出世作となった。
 ポーラは三十過ぎのダンサーだが、現役から遠ざかり、幼い娘のルーシーと恋人トニーと三人でニューヨークのアパートで暮らしていた。が、映画の仕事が入ったとのことで、俳優のトニーが置手紙一枚でポーラをあっさりと捨て、しかもアパートの権利をシカゴの知人エリオットに売り渡して姿を消したのだ。
 雨の中、事情を知らないエリオットがアパートに到着するも、ポーラに追い返される。明日からオフオフブロードウェイの舞台リハーサル、エリオットは新解釈の『リチャード三世』で主役に抜擢され、意気揚々とニューヨークにやって来たのに。
 鍵と契約書を持っているエリオット、すでに二か月分の家賃を払って娘と暮らしているポーラ、そこからふたりの言葉による一騎打ちが開始される。
 エリオットが俳優と知ってポーラは逆上する。自分を捨てた最初の夫も恋人トニーも俳優だったので、それだけで身の毛がよだつ。エリオットは役者だけあって饒舌で、とうとうとまくしたて、結局妥協案が出て、同居することになる。
 同居しても、四六時中とげとげしい態度を続けるポーラだが、幼いルーシーはエリオットのエキセントリックなユーモアセンスに惹かれて、なついていく。
 喧嘩腰のふたりが、やがて仲良くなるのはラブコメディの定石だが、ダンサーと俳優という舞台人の組み合わせなので、随所に演劇ネタも盛り込まれている。
 それにしてもオフオフブロードウェイの新解釈『リチャード三世』の悲惨な舞台、俳優が俳優を演じるのはかなり難しいと思うが、リチャード・ドレイファスは実に無理なく自然、まさに二重の名優ぶりで、アカデミー賞の主演男優賞に輝いたのも納得できる。
 タイトルの『グッバイガール』は男にすぐ捨てられる女性のこと。

 

グッバイガール/The Goodbye Girl
1977 アメリカ/公開1978
監督:ハーバート・ロス
出演:リチャード・ドレイファス、マーシャ・メイスン、クィン・カミングス、ポール・ベネディクト、バーバラ・ローズ、テレサ・メリット、マリリン・ソコル

 

大河ドラマウォッチ「青天を衝け」 第14回 栄一と運命の主君

 栄一(吉沢亮)と喜作(高良健吾)は、平岡円四郎(堤真一)からいわれます。

「一橋(ひとつばし)の家来になれ」

 二人は顔を見合わせます。そして栄一はいうのです。

「いやしくも我々には志(こころざし)が……」

 あきれ声を出す平岡。

「断る気か。仕えるのか、とっ捕まるのか、どっちかしかねえんだぞ」

「このような中、そのようなご厚情をいただき、まことにありがたいことではございますが」

 喜作が続けます。

「いやしくも我々の志に関することゆえ、軽率には返答いたしかねます」

「二人で、とくと相談した上、否か応かお返事いたしたく」

 栄一と喜作は帰っていきます。

「本当の馬鹿だぜ」

 と、平岡はうめきます。

 宿に帰った喜作は、憤慨して歩き回ります。

「ありえねえ話だい。昨日まで幕府を潰すといっておきながら、今日になって徳川方の一橋に志願するなんて、命が惜しくなって志を曲げたと、後ろ指をさされるに決まってる」

「その通りだい。いっそここで命を絶つか」つぶやくように栄一はいいます。「まごまごしてるうちに縛られて獄につながれるより、その方がきっと、志を貫いた潔い男といわれる」

 喜作は座り込み、力なく答えます。

「おう。俺たちは草莽の志士として……」

「いわれるかも知れねえが、俺はごめんだ」栄一は宙を見すえます。「いっくら潔いとか志があるとかいわれようが、気位だけ高くて、少しも世の役に立たねえうちに一身(いっしん)を終えるなんて、俺は決してそんなことはしたくねえ。世のために利を出さねばなんにもならねえ」栄一は立ち上がります。「生きてさえいれば、今、卑怯といわれようが、志を曲げたと後ろ指をさされようが、この先のおのれのやることで、いっくらでも真(まこと)の心を示すことができる」

 喜作は驚きます。

「冗談じゃねえ。兄ぃたちになんという」

「いや、今、仕官すれば、俺たちはもうただの逃げ回る百姓じゃねえ。幕府からの嫌疑は消え、あるいは長七郎を救い出す手立てが見つかるかも知れねえ。ただ生き延びるだけじゃねえ。平岡様が開いてくれたこの仕官の道は、ようく考えれば、一挙両得の上策だと俺は思うんだ」

 あきれたように喜作が話しかけます。

「おめえ、なんかわくわくしてねえか」

「いや、わくわくなどしてねえ。ただ」栄一は自分の胸を押さえます。「ぐるぐるドクドクして、そう、あの方の言葉を借りれば、おかしれえ。おかしれえって気持ちだい」

 栄一と喜作は、平岡のもとに再びやって来ます。喜作がいいます。

「このような窮地にある我らに、仕官の道をお開き下さるというご沙汰は、実に思いもかけねえご厚意であります」

「ああそうだ」平岡は分かってくれたか、というように声を出します。「そうだろうよ」

「しかしながらわたくしどもは百姓の出ではございますものの、一人の志士であることをみずから任じております」

 栄一の言葉に、平岡はあきれ声を出します。

「あー、もうそれは分かったから。で、どうすんだい」

「一橋様に、愚説ではございますが、我々の考えた意見を建白いたしたいのです」

 栄一の発言に平岡は仰天します。

「殿に建白だと」

「もし天下に事あらば、主君として、我々を役立てたいとそう思し召しいただけるのであれば、ぜひとも、お召し抱えいただきたい」

 栄一は書状を差し出します。その内容を聞こうとする平岡ですが、内容が長そうなので、懐に書状をしまい

「これを殿にご覧に入れるよう努力しよう」

 と、立ち去ろうとします。慌てて呼び止める栄一と喜作。

「ぜひ一度拝謁(はいえつ)を。一橋様にぜひこれを直にお耳に入れたいのです」

 驚きの声をあげる平岡。

「おめえら殿に、直に口を利きてえってのか」

 頭を下げる二人。

「いや、それは無理な話だ。ったくまあ」

 平岡はため息をつきます。

 この頃、慶喜(草彅剛)は追いつめられていました。幕府に変わって「朝議参与」がまつりごとを取り仕切ろうとします。参与の一員でありながら、幕府の将軍後見職慶喜は、その板挟みになっていたのです。幕府は朝議参与の中心である薩摩の意向に従いたくないとの理由から、横浜鎖港を決断していました。

 参与たちはこの決断を知ると、あなどったような態度を取ります。薩摩の島津久光池田成志)は笑い声をたてます。

「だいたい、今んご公儀の方針は、できもせんことを朝廷に来に入らるっため、舌先三寸でうそぶくだけの、まさに姑息にご処置」

「姑息」慶喜はつぶやくようにいいます。「半年前までは、攘夷といっていた、姑息な男はいったい誰であったか」

 島津久光は笑顔を凍り付かせます。

 栄一と喜作は平岡に再び面会します。

「やっぱり無理だ」

 平岡はいいます。肩を落とす二人。

「いや、しかし、こうなれば俺も意地だ。どうにかこうにか、拝謁の工夫をつけてやる」平岡は考えます。「見ず知らずじゃいけねえってんなら、そう、一度でいい、遠くからでも姿をお見せして、おのれがなにがしでござると、とにもかくにも知っていただくような工夫をするんだ」平岡は膝を打ちます。「幸い明日、松ヶ崎でお乗り切りがある。おめえらはその途中で出てきて、どうにか顔をお見かけしてもらえ」

 栄一と喜作は草むらに隠れていました。慶喜の一行を見ると飛び出します。

渋沢栄一でございます」

 騎馬の一行は止まる様子がありません。危うく栄一は踏み殺されるところでした。栄一たちは平岡にいわれていました。

「だからおめえら、馬に負けねえよう、駆けろ。走って走って、どうにか姿をお見せして、名を名乗れ」 

 栄一たちはいわれた通りにしました。名前を叫びながら走って馬を追います。

「すでに、今すでに、徳川のお命は尽きてございます。いかに取り繕うとも、すでにお命は」

 そこまで叫んだところで、栄一は転倒してしまうのです。顔を上げると、慶喜一行は馬を止めていました。栄一の側に寄ります。栄一たちは地面にひれ伏します。一行に中の者が馬を降り、刀を振り上げます。

「そなた今、何と申した」

 慶喜が問います。栄一は顔も上げずにいいます。

「すでに、徳川のお命は尽きてございます。あなた様は、賢明なる水戸列侯のお子。もし、天下に事のあったとき、あなた様がその大事なお役目を果たされたいとお思いならどうか、どうか、この渋沢を、お取り立て下さいませ」

「おもてをあげよ」

 慶喜のその言葉に、栄一は顔を上げます。

「いいたいことはそれだけか」

 と聞く慶喜に、栄一は

「否、まだ山ほどございます」

 と、答えます。それを聞いて吹き出す平岡。

「円四郎」と、慶喜は平岡の方を振り返ります。「そなたの仕業か」

「はっ」

 と、返事をする平岡。

「この者たちを明日、屋敷へ呼べ。これ以上、馬の邪魔をされては困る」

 そういって慶喜は去って行くのです。

 そしてこの数日後、栄一と喜作は若洲屋敷にて、一橋慶喜に拝謁を許されました。栄一は慶喜に述べます。

「先日も申し上げました通り、幕府の命は、もはや積み重ねた卵のように危(あや)うく、いつ崩れたっておかしくねえ有様です。ですから、一橋様におかれましては、なまじそんな幕府を取り繕ろうとはお考えにならねえ方が良いと存じます。なぜなら、今のまんまじゃ幕府がつぶれりゃ、御三卿であるこの一橋のお家もろともつぶれちまうからです」

 家臣の一人が慌てて声をあげます。それを制する慶喜。喜作が続けます。

「それゆえ、わたくしどもが建白いたしたいのは、まずは、この一橋家そのものの勢いを盛り上げることです」

 栄一が言葉を継ぎます。

「そのためには我々のような天下の志士を広くお集めになることが第一の急務。国を治める手綱が緩めば、天下を乱そうとする者が続々と出て参りますが、いっそ、その乱そうとするほど力の有り余った者をことごとく家臣に召しましたならば、もうほかに乱す者はいねえ。天下の志士が集まれば、この一橋が生き生きするに違いねえ。しかしその一方、幕府や大名たちからは、一橋は何をしていると疑われ、一橋を成敗だ、なんて話も生まれちまうかも知れません。万が一そうなったら、やむを得ねえ、やっちまいましょう。いくさはあえて好むことではございませぬが、国のためなら仕方ねえ。それにもし、幕府を倒すことになったとしても、いっそこの、衰えちまった日の本を盛り上げるいいきっかけになるかも知れません。そうだよ、これだよ」栄一は完全に興奮しています。「その時こそ、この一橋が天下を治めるのです」

「話は終わったようだ」

 慶喜は落ち着いています。栄一たちの前から去って行きます。慶喜は廊下で平岡にいいます。

「特に聞くべき目新しい意見もなかった」

「それでは、あの者たちは」

 と、平岡が聞きます。

 平岡が栄一たちの前に戻ってきます。深くため息をつきます。

「俺の知っている限り、わかりやすく話をしてやる。天子様は今、三条や長州らが京から消え、心から、安堵されてる。そして、従来通り任せねば、治まらぬと、再び徳川へまつりごとをお任せになった。ご公儀はその命に従い、今、異国に、横浜港を閉じるのを許可して欲しいと談判する使節を送っている」

「いやしかし、敵に尾(お)っぽを振るようなまねを」

 栄一が口を挟もうとします。

「いや、まあ聞け」平岡は打ち解けた口調になります。「俺だってはじめは攘夷だったぜ。しかし、俺が思うに、もう古くせえ攘夷って考えは、この世から消える。これからは、異国を追い払うんじゃねえ。我が日本も、国を国として、きっちり談判するんだ。ま、おれの目から見りゃ、攘夷、攘夷と異人を殺したり、勝手やった奴らの尻拭いをしながら、必死に国を守ろうとしてんのが、おめえらが憎んでるご公儀だ。徳川の直参、なめんなよこの野郎。我が殿も、臆病風が吹くどころか、朝廷や、公方様や、老中、薩摩や越前、毎日一切合切を相手にしながら、一歩も後に引かねえ強情もんだ。力を持ちすぎると疑われ、今じゃ身動きも取れねえ。どうだい、ちったあこの世のことがわかったかい」

 栄一と喜作はいつの間にか姿勢を正していました。二人の前に脇差しが運ばれてくるのです。

「分かったなら、この先は、一橋のために、きっちり働けよ」

 こうして栄一と喜作は、一橋家で働き始めることとなりました。もちろん重要な仕事など任されません。墨をすったり、書物を書庫に片付ける雑用をいいつけられます。与えられた住居も粗末な長屋でした。ここで自炊をして暮らすのです。金を使い果たしていた二人は、一枚の布団で共に寝るのでした。

 薩摩は、天皇の信頼の厚い中川宮(なかがわのみや)に金銭などを渡し、取り入ることで、朝廷への影響力を強めようと画策していました。そして薩摩の思惑通り、参与諸侯は天皇から、幕府のまつりごとへ参加を認められましたが、慶喜は薩摩への不信を強めていました。

 参与たちが集まっているところで島津久光慶喜にいいます。幕府が横浜の港を閉めることを朝廷が疑っていたが、中川宮に聞いて話しだが、その疑いは撤回することになった。松平春獄要潤)が口を添えます。朝廷はもはや、必ずや港を閉じよ、とは思っていないということだ。慶喜は穏やかな口調でいいます。

「島津殿、そうおっしゃったのは中川の宮様で間違いございませぬな」慶喜は立ち上がります。「どのような朝議により、突然そのようなことをいい出したのか、了解しかねる。直に話を聞いて参ります」

 慶喜は中川宮の前にいました。中川宮はしどろもどろになっています。島津久光もその場にいましたが、助け船を出すこともできません。慶喜は刀を中川宮の前に置きます。

「今や薩摩の関係は天下の知るところ。お返事によっては、ご一命を頂戴し、私自身も腹を切る覚悟で参りました。朝廷の意見が薩摩の工作ごときでこうもころころと変化し、人をあざむくのであれば、もう誰が朝廷のいうことなど聞くものか。公儀は、横浜の鎖港を断固やる。港は断固閉じる」慶喜は杯を持って歩き回ります。「宮様はなぜこのような者を信用されるのか。ああ、島津殿に台所を任せておられるからか。ならば、明日から私がお世話しますゆえ、私にお味方いただきたい。天下の後見職が、大愚物のように見られては困る。私の申し上げたことが心得違いと申されるなら、明日からは参内いたしませぬ。もし心得違いでないならば、先ほどいった横浜の議を、ぜひ天子様に斡旋(あっせん)していただきたい」

 慶喜は帰りの廊下で笑い出します。ともに歩く平岡も笑います。

「とうとうやっちまいましたね」

 追ってきた松平春獄慶喜はいいます。

「私はようやく決心がつきましたぞ。私はあくまで徳川を、公方様をお守りします。二百余年もの間、日本を守った徳川に、政権の返上など決してさせませぬ」

 慶喜は屋敷に家臣たちを集めます。

「今宵は痛快の至り。とうとう薩摩に一泡吹かせてやった」

 と、述べ、皆に酒を振る舞います。家臣の一人が涙を流し、水戸列侯の魂が乗り移ったようだとつぶやきます。そして慶喜は乾杯に父のよくいっていた言葉を叫ぶのです。

「快なり」

 家臣たちは歓声を上げるのでした。

 この日をきっかけに、参与たちによる会議は消滅することとなり、京での政治主導権は幕府の手に戻ったのでした。

 

 

大河ドラマウォッチ「青天を衝け」 第13回 栄一、京の都へ

 栄一(吉沢亮)たちが企てていた、横浜焼き討ち計画は、長七郎(満島真之介)の必死の説得により、中止となりました。

 栄一と喜作(高良健吾)は、新たな攘夷の道を探るため、血洗島を後にしました。二人は、江戸で偶然会った平岡円四郎(堤真一)を頼って、江戸に行くつもりでした。

 江戸に来てみたところ、平岡円四郎は留守でした。徳川慶喜(草彅剛)の共で京に行ってしまっていたのでした。しかし円四郎は、栄一と喜作のことを、妻の、やすに話していたのです。やすは円四郎から書状を預かっていました。もし二人が来て、何か困っていたら、自分に会いに来いと。その書状は、二人が確かに円四郎の家臣であることを示すものでした。栄一はそれを受け取ろうとします。やすは念を押します。

「これを受け取るからには、あんたたち、きっちり、うちの人の家臣になるんだろうね。家臣になり、一橋に忠誠を尽くして働き、あんたたちの殿、うちの人を、ちゃーんと守ってくれるんだろうね」

 考え込む二人でしたが、栄一はあっさりと

「はい、忠誠を尽くします」

 と、いってしまうのです。

 栄一と喜作は、一橋家の家臣に見えるよう、侍の身なりを整えます。はしゃいで京に向かうのでした。

 京にやってきた二人はその華やかさに興奮します。そして浪人が新選組に追われている場面を目撃するのです。

 二人は夜の京を歩きながら話します。

「俺たちは攘夷の志士だい。徳川一門の一橋の威光にすがるなんて、あってはならるえことだ」

 と、喜作。栄一はいいます。

「いや、俺たちは一橋にすがったんじゃねえ。あの平岡様ってお方に、男と男の約束で、個々に助けてもらっただけだい。よし、きちんと礼をいって、それで終わりにすんだ」

 翌日、二人は慶喜の宿舎(若洲屋敷)を訪ねます。平岡はいないとのこと。出てきた者に、京に着いたとあいさつに来た、というと、そんなことなら伝えようといわれます。二人は建物を後にし、礼は尽くしたと確認しあうのでした。

 栄一と喜作は、揺れ動いている京の情勢を調べるため、攘夷の志士たちを訪ね歩くことにしました。当然話を聞くとなれば酒が入り、女が呼ばれます。栄一が市郎右衛門に渡された銭もすぐに少なくなっていったのでした。

 文久四年(1864)になっていました。まつりごとの中心は、江戸から京へと大きく変わっています。時の帝、公明天皇は、一橋慶喜松平春嶽(要潤)会津藩主、松平容保らを、朝議参与に任命し、参与会議を開かせました。その中心にいたのは、武力に勝る薩摩でした。慶喜松平春嶽と話します。

「まだ、薩摩を疑っておられるのですか」

 と、春嶽。慶喜はいいます。

「まつりごとは公儀(幕府)のもの。それをなぜ京で、まつりごとのごとき真似をするのかと」

「今の国難は、公儀の職務を越えております。今までの古臭い考えを捨て、まったく新しい世にせねば、まぬがれません」

 横から円四郎が口を出します。

「いや、しかし、天子様は今、公方様をことのほか、ご信頼のご様子」

「いや」春嶽はさえぎります。「公儀が公儀のみで国を守るのはもう無理だ。朝廷がこの先も、横浜の港を閉じよ、などと無理難題を押し付けるなら、徳川はもう、まつりごとの委任を返上したほうがよい」

 栄一と喜作は金がなくなるどころか、借金まみれになっていました。もっと安い宿に移ることにします。

「京に来て分かったのは、攘夷の連中は、幕府の不満をべらべらいってるだけで、ちっとも動かねえってことだ」

 二人は長七郎のことを思い出します。長七郎も京に出てくるようにとの文(ふみ)を出します。

 血洗島にいる長七郎は、文を受け取ると、喜び勇んで出発します。そして道中、長七郎は狐が嫁入りする幻影を見るのです。狐を斬ろうとした長七郎でしたが、実際には飛脚を斬っていました。

 京にいる栄一と喜作は、宿屋の窓から、怪しい人影を見ます。そして惇忠からの文を受け取るのです。文には長七郎が捕まったことが書いてありました。栄一たちが出した文も、お上の手に渡ってしまったのです。そこには横浜焼き討ちの件などを記していました。

「俺たちも確実に捕まる」

 と、慌てる二人。進退窮まったと嘆きます。そこに宿の者が、客が来たと知らせに来ます。逃げようと荷物を抱える二人。侍が部屋に入ってきます。その者は円四郎と共にいた、目つきの鋭い男でした。

「平岡様がお呼びだ」

 と、告げます。

 栄一と喜作は円四郎の前にいました。

「単刀直入に聞く」円四郎にいつもの気さくな様子は見られません。「江戸で何か企てたことはあるか。これまでに何か企てたことがあるなら、包まずに語れ」

「いえ、何も企ててはおりません」

 と、嘘をつく喜作。

「そうか、おぬしらのことについて、江戸のご公儀から、一橋に掛け合いが来た」円四郎は立ち上がります。「なんでも、おぬしら捕えるための取り締まりが、もう京まで追って来てるそうだ。ところが、おぬしらが京へ上るに際して、平岡の家来と名乗ったというので、一橋に掛け合ってきた。おぬしらには仕官を断られているゆえ、私も白々しく、ああ我が家来です、いつわりを答える訳にもいかねえ」円四郎はひれ伏す二人の回りを歩き回ります。「だからといってありのままに、平岡の家来ではございませぬと答えてしまえば、おぬしらがただちに捕縛されるのも、分かりきっている。で、返答に困っているという次第だ」

「まことにご迷惑をかけ、申し訳ございません」

 ひれ伏しながら栄一がいいます。平岡は打ち解けた様子になります。

「俺はな、いまさらおめえらに謝ってもらいてえわけでも、おべっかいわれてえわけでもねえんだ。おめえらとは知らぬ仲じゃねえ。おめえらの気質も多少は知ってる。悪く計ろうとは思っちゃいねえ。だから、包まずに話せ」

 二人は顔を上げます。喜作がいいます。

「実は、わたしくどもの仲間が、何かしらの罪を犯し、捕えられ、獄につながれたという文が届きました。その者に、我々からも文を出しておりました」

「内容は」

 と、問われ、栄一が話します。

「元来わたくしどもは、幕府はまつりごとをおこたっており、今のままじゃ日の本は成り立たねえ。一刻も早く、幕府を転覆せねばと悲憤慷慨(ひふんこうがい)しております。ですので、その持論を文に書き、そのままに送りました」

 あきれる円四郎。

「そんなこったろうと思ったてぜ」

 と、座り込みます。円四郎は二人に人殺しや盗みなどしていないだろうな、と、問いただします。

「ま、確かに、斬ってやりてえ、国を滅ぼす奸物を捨て置けねえとは考えましたが、あいにく、まだ手を下せる機会に恵まれておりません」

 と、話す栄一に、笑いも出ない円四郎。

「だったらそろそろ、腹を決めろい」円四郎は再び立ち上がります。「おめえらがたとえ、幕府を駄目だと思っていても、一橋が同じとは限らねえ。それによ、あの前途有為の君公に仕えるなら、草履取りをしたって、役に立つってもんだい」円四郎は二人の前にしゃがみます。「いたずらに幕府を倒すために命を投げ出したところで、それが本当に国のためになるのかどうか、おめえたちはまだ、そこんとこを分かっちゃいねえ。ま、俺はよ、まつりごとや、おのれの立場に関わりなく、おめえたちを気に入ってる。悪運が強えところも好きだ。そんだけ無鉄砲で、いつ死んでたっておかしかねえのに、こうして二人そろってもう一度顔を見せてくれた。どうだ、一橋の家来になれ」

 

 

『映画に溺れて』第410回 パリの調香師 しあわせの香りを探して

第410回 パリの調香師 しあわせの香りを探して

令和三年四月(2021)
飯田橋 ギンレイホール

 

 香水といえばパリ。縁のない私でもディオールやシャネルの名前ぐらいは知っている。そもそもフランスで香水が発達したのは、悪臭がひどかったから。それもまた有名な話だ。トイレが完備されず、入浴の習慣もほとんどなかったらしい。香水は悪臭緩和の必需品だった。
 それはともかく、今や世界に誇るパリの最高級の香水。香料や薬品の組み合わせで、調香する専門家が調香師。人並すぐれた嗅覚がなければ務まらない。これは調香師という珍しい職業の女性と、彼女にかかわった運転手の交流を描いたコメディである。
 ギヨームは派遣ハイヤーの運転手をしている。離婚した妻のもとにいる十歳の娘とたまに会うのが何よりも楽しみだが、交通違反で失業寸前。泣きついて仕事をもらったはいいが、女性客アンヌが気難しく、禁煙を命じられ、ホテルのシーツが洗剤臭いといっては交換させられ、仕事先ではメモまでとらされる。
 不愛想で人使いの荒いアンヌに腹をたて、彼女の家の前の路上に荷物を置いたまま喧嘩腰で立ち去るギヨーム。苦情でクビになったらどうしようと心配していると、次にも指名される。気に入られたようなのだ。
 アンヌの仕事が調香師で、かつてディオールで華々しくデビューし、次々に新作の香水を発表したが、一時的に嗅覚をなくし、一線を退き、嗅覚回復後も香水の世界には戻れず、企業などの依頼で洞窟の匂いを再現したり、高級鞄のなめし革の悪臭を消したりしている。
 送迎を繰り返すうち、お互いに少しずつ心を開いて、悩みなども打ち明ける。娘と過ごす時間を大切にしたいギヨーム。再び新作の香水を作りたいアンヌ。
 ところが、なかなかすんなりとはいかない。大事な仕事の前につい酒を過ごして、鼻が利かなくなるアンヌ。スピード違反で職を失うギヨーム。
 最初にいがみ合った男女がだんだん仲良くなるのはラブコメディの定石だが、フランス映画なのに、そうはならず。そこがまた洒落ている。

 

パリの調香師 しあわせの香りを探して/Les Parfums
2019 フランス/公開2021
監督:グレゴリー・マーニュ
出演:エマニュエル・ドゥボス、グレゴリー・モンテル、セルジ・ロペス、ギュスタブ・ケルベン、ゼリー・リクソン、ポリーヌ・ムーレン

 

『映画に溺れて』第409回 魔法にかけられて

第409回 魔法にかけられて

平成二十年二月(2008)
有楽町 よみうりホール

 

 型通りの古典的なディズニーアニメーションで物語が始まる。おとぎの国の森に住む乙女ジゼルは王子様との出会いを夢に見て、動物たちと歌って暮らしている。そこへ白馬の王子エドワードが唐突に現れ、ふたりは一目で運命の恋に落ちる。王子の継母の女王ナリッサが邪悪な魔女で、ふたりの結婚を阻止するため、ジゼルを「永遠の愛など存在しない世界」へと突き落とす。
 自動車が行きかう夜の町のマンホールから顔を出すジゼル。彼女が迷い込んだ愛のない恐ろしい世界こそ、現代のニューヨークだった。ここから映画は俳優による実写となる。
 妻に去られて幼い娘と二人暮らしのロバートは離婚専門弁護士で、たまたま町をさまようジゼルに出会い、これを助ける。単純であどけないおとぎの国から抜け出した乙女と、ぎすぎすした現代都市ニューヨークのミスマッチ。
 ジゼルを追って、やはりニューヨークに現れたエドワード王子の道化ぶり。女王に命じられジゼルを毒りんごで殺害しようと企む従僕ナサニエル
 言葉が急に歌になったり、動物たちと会話したり、この変な女性にとまどいながらも、現実主義のロバートの心が不思議にときめき、世知辛いニューヨークがほんの少しだけ、夢のある世界に変わっていく。そして、王子との永遠の愛を夢見ていた単純なジゼルの心にも変化が。これはファンタジックなラブコメディであり、ディズニーによるディズニーのセルフパロディでもあるのだ。
 それにしても、ジゼルのエイミー・アダムス、王子のジェームズ・マースデン、従僕のティモシー・スポールなどディズニーアニメから抜け出てきたようなキャスティングの妙。そして、現実世界に現れた女王の実写がスーザン・サランドンとは、実に見事。その後の『シンデレラ』『マレフィセント』『アラジン』などの実写化は、この『魔法にかけられて』がきっかけかもしれない。

 

魔法にかけられて/Enchanted
2007 アメリカ/公開2008
監督:ケヴィン・リマ
出演:エイミー・アダムスパトリック・デンプシージェームズ・マースデンスーザン・サランドンティモシー・スポールイディナ・メンゼル

 

大河ドラマウォッチ「青天を衝け」 第12回 栄一の旅立ち

 栄一(吉沢亮)が家を出て行くことについて、女たちがしゃべっています。栄一の母のゑい(和久井映見)が、夫の市郎右衛門(小林薫)も侍になりたがっていたことを話し始めます。本ばかり読み、武芸を学んで、いつか武家になるとずっといっていた。婿に入ってからは、百姓に専念をした。ゑいは市郎右衛門に聞いたことがあった。お武家様にならなくて良かったのか、と。市郎右衛門はいった。

「運良く、お武家様の端くれに加わったとしても、才覚で出世ができるわけでもねえ。その点、百姓は、この腕で勝負ができる。こっちのほうがよほどやりがいがあらあ」

 栄一の姉のなか(村上絵梨)がいいます。

「とっささまは百姓の仕事に誇りを持ってるんだねえ」

 栄一の妹のてい(藤野涼子)もいいます。

「まっこと、男の中の男、百姓の中の百姓だに」

 だから市郎右衛門も、根の部分で、栄一の気持ちが分かってしまったのかも知れない、とゑいは結びました。

 寝ようとする栄一に、妻の千代(橋本愛)がいいます。

「お前様。一つだけ、お願いがございます。うたを抱いてやっていただけませんか。うたが生まれてから、お前様はまだ一度もうたを抱いておりません。あなたの子です。どうか旅立たれる前に、一度でも、お前様のぬくもりを」

 しかし栄一は千代と、うたに背を向けて、黙って横になってしまうのでした。

 栄一と喜作は、再び江戸に来ていました。どうも街の人々の視線がおかしいのです。侍の二人組が、物陰から二人を見ています。物売りの様子もどこか変です。栄一と喜作は武具屋に入りませんでした。しかし何人かの者が二人を取り押さえようと迫って来ます。二人は別々に逃げます。逃げる栄一の進路を、立派な着物の男がふさぎます。栄一を家の中に押し込むのです。家の中にいたのは、平岡円四郎(堤真一)でした。栄一は円四郎にいうのです。

「俺は百姓ではありますが、ある志(こころざし)を抱き、命をかけ戦うつもりでおります。それを邪魔されるわけにはいかねえ。だから恥ずかしながら逃げたんです」

「ほほう。百姓が命をかけて戦うってか」

「はい。そうです」栄一は円四郎に向き直ります。「俺は百姓の志が、お武家様のそれより下とは思っておりません。俺たちは、普段は鍬(くわ)をふるい、藍を売り、その合間に儲けた金で、日の本のために戦う支度をしております。百姓だろうが、商い人だろうが、立派な志を持つ者はいくらでもいる。それが、生まれつきの身分だけで、ものもいえねえのがこの世なら、俺はやっぱり、この世をぶっ潰さねばならねえ」

「なるほど。こりゃおかしいや」

 しかし円四郎に笑う様子は見られません。満足そうにうなずきます。そこに喜作も連れてこられるのです。円四郎は真面目に話します。

「そんなでっけえ志があるってんなら、おめえらいっそ、俺のもとに仕えてみてはどうだ。今、ちょうど、家臣を探してたとこなんでえ。おめえらの狙いが何かは知らねえが、おめえが思うよりずっと、世の中は大きく動いている。だがお前のいうとおり、百姓の身分では、もとよりそれを見ることも、知ることもできぬだろう。でっけえことしてえんなら、まっ、文句はあるだろうが、武士になっちまった方がいい。それにもし万が一、おめえらがぶっつぶしてえってのがご公儀だというなら、わが殿がいるところが、江戸のお城のど真ん中だ。手っ取り早くぶっ潰しにいくにゃあ、もってこいの場所だぜ。どうだい。どうせでっけえ事をしてみてえなら、俺んとこ来なよ」

 信用しきれない栄一と喜作は、田舎に仲間もいるし、などと断ります。円四郎は去って行くとき、自分の身分を明かします。二人は一橋家の名を聞いて驚くのでした。

 栄一たちの攘夷決行の日が近づいてきます。血判状には多くの人名が記されました。そこに長七郎(満島真之介)が帰ってくるのです。惇忠(田辺誠一)がいいます。

「知っての通り、来月十二日。死を覚悟した我ら六十九人で高崎城を乗っ取り、横浜へ向かい、焼き討ちして異人を斬り殺す」

 栄一が続けます。

「武器も不足なくそろった。道場には、刀が七十振りと、槍が……」

「これは暴挙だ」栄一をさえぎって長七郎がいいます。「兄ぃのはかりごとは間違っている。俺は同意できぬ。七十やそこらの烏合の衆が立ち上がったところで何ができる。幕府を倒す口火どころか、百姓一揆にもならねえ」

 いきり立つ仲間を押さえて栄一が聞きます。

「ならば、百人集まればいいのか。それとも千人か。ならば大丈夫だ。俺たちは、六十九人だけじゃねえ。立ち上がれば、俺たちの意気に応じて、あまたの兵が……」

「いいや、集まらねえ。こんな子供だましの愚かなはかりごとは、即刻やめるべきだといっているんだ」

「なぜそう思う、長七郎」惇忠が穏やかにたずねます。「長州や薩摩は、エゲレスやフランスと立派にたたかったというではないか」

「立派? 立派どころか、薩摩はエゲレスの軍艦に撃ち込まれ、もう攘夷を捨てた。それだけじゃねえ。八月には大和で、千人以上もの手練れの同志が挙兵したが、あっという間に敗れた。主だった者は皆、無残に死んだ。長州も攘夷派の公家衆も皆、京から追い出され、雨の中、逃げ落ちたんだ。しかも、その命を下したのは天子様だという。天子様は攘夷の志士よりも幕府を選んだ。なぜだ。天子様のための義挙が、なぜこんなことに。こんな時勢で誰が俺たちに加勢する。兄ぃのはかりごとは、訥庵先生に劣らず、乱暴千万だ」

「命が惜しくなったのか、長七郎」栄一が声を上げます。「日の本は幕府のもんでも、公家や大名のもんでもねえ。百姓や、町人やみんなのもんだ。だから俺たちはそれを救うために、世間の笑いものになろうが愚かといわれようが、例え死んでも、一矢報いてやろうと覚悟したんでねえか」

 長七郎は立ち上がります。

「俺の命は惜しくはない。裏切り者と恨むのなら、甘んじてお前たちの刃(やいば)で死んでやる」長七郎は座り込みます。「お前たちが暴挙でそろって打ち首になるよりはましだ。俺は命を捨てでも、お前たちを思いとどまらせる」長七郎は取り乱したように涙を流します。「俺は今、ただもう、お前たちの尊い命を、犬死にで終わらせたくねえんだ。なぜそれが分からねえ」

 そして長七郎は駄々っ子のように泣きわめくのでした。

 焼き討ちは取りやめになりました。

 栄一は中の家(なかんち)に帰って来ます。うたを抱いた千代と話します。

「話していてすぐに気がついたんだ。長七郎の方が正しいと。すぐには飲み込めなかった。でも間違ってた。浅はかだった。俺は間違ってたんだ。自分の信じた道が間違っていたなんて」栄一は千代に向き直ります。「それだけじゃねえ。俺はとんだ臆病者だ。俺は、うたの顔をまともに見ることができなかった。怖かった。このちっちぇえ、あったけえのをこの手に抱いて、穴が開くほど見つめて、慈(いつく)しんで慈しんで。それを」栄一の目に涙が浮かびます。「市太郎の時みてえに失うのが怖かった。あんな思い二度としたくなかった。その上、父親の役目も果たそうとせず、命を投げだそうとしたんだ。うたにあわせる顔がねえ。でも、かあいいな」栄一は千代に抱かれた娘を見つめます。「うた。お前、なんてかあいいんだ」

 千代は栄一にうたを抱かせます。栄一はうたに語りかけます。

「許してくれ、うた。お前のとっさまは臆病者だ。臆病者の愚かでみっともねえ、口ばっかりのとっさまだ」栄一は嗚咽(おえつ)します。「死なねえで良かった」

 千代は微笑み、栄一を慰めます。栄一は決意の表情になります。

「もう、うたを抱いたからには、俺は、みずから死ぬなんて二度といわねえ。どんなに間違えても、みっともなくても、生きてみせる」

 その栄一の背中を、千代は優しく、さすります。そして涙を流し、栄一の肩にもたれかかるのでした。

 栄一は横浜焼き討ち計画のことを市郎右衛門に打ち明けます。長七郎の助言もあって、その企(くわだ)ては取りやめになった。市郎右衛門には謝らなければならないことがある。商いの金をごまかした。その金で刀を買ったりした。そして気をつけてはいたが、八州回りに目をつけられた。企ては取りやめても、このままこの村にいたら迷惑をかける。

「喜作とこの村を出て、京に向かおうと思う。今、まつりごとは江戸から京に移ってる。京でもう一度、俺たちが天下のために何ができるのか、探ってみてえんだ」

 市郎右衛門はあきれたようにいいます。

「お前は、はあ、百姓じゃねえ。俺はもう、お前のすることに是非はいわねえ。それでこの先、名を上げるか、身を滅ぼすか、俺の知るところではねえ。ただし」市郎右衛門は栄一に向かって座り直します。「ものの道理だけは踏み外すなよ。あくまで、道理は踏み外さず、真(まこと)を貫いたと、胸張って生きたなら、俺はそれが、幸か不幸か、死ぬか生きるかにかかわらず、満足することにすべえ」

 そして市郎右衛門は、栄一の前に銭の袋を置くのでした。

 徳川慶喜(草彅剛)は、京に向かい、天子の補佐をすることになります。

 

『映画に溺れて』第408回 プリシラ

第408回 プリシラ

平成八年一月(1996)
池袋 文芸坐

 

 ドラッグクイーンが主人公の映画といえば、やはり真っ先に思い浮かぶがのが三人組がオーストラリアの砂漠を行く『プリシラ』である。
 渋い初老の敵役テレンス・スタンプが演じる女装の麗人を目にするだけでも価値のある佳作。あとのふたりも、この映画の後、『マトリックス』の悪役や『ロード・オブ・ザ・リング』の妖精王で名をあげるヒューゴ・ウィーヴィングと、やはりこの映画の後に『L.A.コンフィデンシャル』の警官役で有名になるガイ・ピアース。この三人がゲイの役、今思うとすごいキャスティングである。
 中でもテレンス・スタンプは品のいいクイーンぶりで、立ち居振る舞いは往年の美人スターを思わせる。
 最初の場面。自由に生きる女性の心情を歌った『愛はかげろうのように』の曲、口だけぱくぱくで歌っているように見せる厚化粧のヒューゴ・ウィービング。このステージのシーンで思わず引き込まれる。
 オーストラリアの都会でゲイバーに出演している三人のドラッグクイーン。恋人に死なれて失意の初老バーナデット、妻も子もある中年ミッチ、筋肉質の若いフェリシア
 この三人が地方のホテルのショーに出演するため、チャーターしたバスで砂漠を越える。バスにつけられた名前がプリシラ号。
 途中で立ち寄る田舎町では、どこも蔑視と好奇心の入り交じった差別ばかり。タフで図々しいつもりの目立ちたがり三人組も、やはり傷つく。
 妻子と再会し、息子と心を通わすミッチ。旅先で新しい恋を見つけるバーナデット。コメディだが、ゲイを茶化した悪ふざけではなく、心温まる人間ドラマになっている。
 それにしてもこの三人が歌に合わせて踊る場面のなんと楽しいことか。

 

プリシラ/The Adventures of Priscilla, Queen of the Desert
1994 オーストラリア/公開1995
監督:ステファン・エリオット
出演:テレンス・スタンプヒューゴ・ウィーヴィングガイ・ピアース、ビル・ハンター、サラ・チャドウィック、マーク・ホルムズ、ジュリア・コルテス、ケン・ラドレイ