日本歴史時代作家協会 公式ブログ

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大河ドラマウォッチ「青天を衝け」 第18回 一橋の懐

 武田耕雲斎津田寛治)を首領と治した天狗党千人あまりが、慶喜(草彅剛)を頼り、京へと向かっていました。しかし慶喜は家臣にいいます。

「京を守るのが私の役目だ。天狗ども京に入れるわけにはいかぬ。私の手で、天狗党を討伐する」

 篤太夫吉沢亮)や成一郎(高良健吾)などの一橋の家臣たちに、出兵が伝えられます。篤太夫は集めた兵を連れることを命じられ、成一郎には別の任務が与えられます。

 元治元年十二月、一橋慶喜と弟昭徳(あきのり)の軍勢は、天狗党討伐のために、京を出発しました。篤太夫も鎧に身をかためています。

 成一郎は一人、越前の敦賀にやって来ていました。慶喜の密命を受け、天狗党の陣営に使者として遣わされたのです。幕府追討軍との戦い疲れ果てた天狗党の兵たちを成一郎は目撃します。成一郎は慶喜からの密書を耕雲斎に渡します。それは上洛をあきらめ、国元へ帰るようにと書かれていました。

「さもなくば追討の軍を指揮せねばならず、戦場で相まみえることとなろう」

 と、慶喜は結びます。これを読んだ天狗党結成者の藤田小四郎(藤原季節)は嘆きます。

「一橋様は、烈公のご意思を踏みにじるのか。烈公のご子息でありながら、国を思うわれらを切り捨て、身の安泰(あんたい)を図るとは、何という日和見(ひよりみ)の不孝者」

「ちがう」武田耕雲斎が声をしぼりだします。「わからんのか。われらが、これほどまでに一橋様を、追いつめてしまったことを」耕雲斎は首を振ります。「もはやこれまでじゃ」

 翌日、武田耕雲斎は使者である成一郎と落ち着いて話しをします。

「ご公儀に下られるとのこと、承(うけたまわ)りました」

 と、成一郎は耕雲斎に頭を下げます。耕雲斎は力なくいいます。

「主君とも等(ひと)しき一橋様や、昭徳様に敵することは、決して望まぬ」

 横から小四郎が口を出します。

「そんなことどうでもいい。俺たちは、ただ負けたんだ」

 うつむく耕雲斎。成一郎が小四郎に対します。

「一橋様も、原市之進様も、他の国による討伐だけは避けたいと、案じておられた」

 陣にいる篤太夫は兵を下げることを命じられます。京の情勢もいまだに不穏なため、慶喜は戻らなければならないのです。篤太夫の初陣(ういじん)は、戦うことなく終わったのでした。

 京に帰った慶喜は、天狗党討伐総督である田沼意尊に述べます。

天狗党の反乱は、いわは水戸の身内の戦い。武田耕雲斎らは、できればこちらで引き受けたい」

「天下の公論もございますゆえ、それはできかねます。こちらで引き取り、公儀にて公平な処置をいたしますゆえ、どうかお任せいただきたい」

 慶喜は田沼のその言葉を信じます。

 しかし武田耕雲斎や藤田小四郎をはじめとする三百五十二人は首をはねられたのでした。

 成一郎が篤太夫にこのことを話します。

「なぜだ。なぜそんなむごいことになった。いくさは終わったでねえか」

 篤太夫が言い終わらないうちに、成一郎が大声を出します。

「幕府にあなどられたんだ」成一郎は座り込みます。「一橋家は今、満足な兵もいねえ。しかし天狗党を生かしておけば、いずれ殿がそれを取り込み、幕府を潰す火種になると考え、皆殺しにしたんだ」

「そんなことのために、国を思う者を無駄死にさせるとは」

「俺は見たんだ。あの誇り高きはずの水戸の兵が、飢えて痩(や)せ細り、寒さにガタガタと震えておった。あれが、俺たちの信じた攘夷のなれの果てだ。俺は」成一郎は立ち上がります。「攘夷などどうでもいい。この先は殿を、一橋を守るために生きる。おめえはどうする」

 篤太夫は答えることができませんでした。

 江戸城では将軍家茂(磯村勇斗)が、勘定奉行小栗忠順(上野介)(武田真治)と会っていました。小栗はフランスと組んで幕府を強化しようとしていました。フランス本国から陸軍教師を招き、幕府軍を西洋のように変革することも進言します。

「ぜひとも頼みたい」

 将軍家茂はうなずいていうのでした。しかし金が、と老中の阿部正外がいいます。そのことも小栗はいます。幕府を富ませるため、フランスとコンパニー設立の策を練っているというのです。

「二百五十年あまり、代々ご公儀のご恩をこうむってきたそれがしには、その恩も忘れ暴れ回る長州や薩摩、また京の朝廷が許せません。その者どもの動き、封じてしまいましょう」

 その頃、篤太夫慶喜に提言していました。

「先日、関東より兵を連れ戻りましたが、平岡様のお望みだった、殿に十分なお役目を果たしていただくための数には、まだ、到底満たぬと思われます。新たな歩兵の組み立てと、その兵を集める御用を、なにとぞ、それがしに仰せ付けいただけぬでしょうか」篤太夫は顔を上げます。「薩摩や、ご公儀にもあなどられぬ歩兵隊をおつくりいたしたいのです」

 慶喜は答えます。

「わかった。そなたを軍制御用掛、歩兵取り立て御用掛に任命する」

 篤太夫は、まず備中にある一橋領へ向かいました。

 篤太夫は一橋陣屋に集まった庄屋たちに語りかけます。領内の村々の次男、三男で志(こころざし)ある者を召し連れて欲しい。代官が返事をします。

「しからばこの庄屋どもに村々の子弟を呼び出すよう、申しつけまする」

 集まった男たちに、篤太夫は張り切って話しかけます。

「もはやこの日の本に、武士と百姓の別はない。民も一丸となり、国のために尽くす、千載一遇の好機である」

 しかし男たちは篤太夫の話を聞いていないのです。あくびをしたり、うつろな目で宙を見ていたりします。翌日は気さくな調子に変えてみます。集まった者たちの態度は同じです。さらに違う日には、下に降りて、必死な様子で訴えてみます。希望する者は一人も現れませんでした。

「こんな大事な御用を任せていただいたというのに」

 と、篤太夫は血洗島の作男であった伝蔵(萩原護)に嘆きます。

 その頃、江戸城では、将軍家茂が、再び小栗忠順と会っていました。その場で長州がイギリスに近づいているとの話を耳にします。家茂はこぼすようにいいます。

「今までさんざん攘夷といっていた長州が、なぜみずから異国に近づくのだ。まさか」

 目付の栗本鋤雲がいいます。

「公儀にたてつく企てでございましょう」

 小栗が声を張ります。

「こうなれば、完膚なきまで打ち潰すしかありますまい」

 幕府は二度目の長州征伐へと向かうこととなるのでした。

 篤太夫は備中の寺戸村にて、漢学者の阪谷朗慮の塾にいました。他の塾生と共に阪谷の言葉を繰り返します。夜、篤太夫は阪谷と話します。自分は百姓の出身であり、ここより小さな塾で、論語朱子学、また水戸の攘夷の心を学んでいた。「攘夷」の言葉に阪谷は反応します。

「それは異なことを。一橋のご家臣でありながら攘夷を語るとは、感心できませぬな」

 篤太夫は怪訝な表情をします。

「拙者の塾のみならず、江戸や京の名だたる漢学者は皆、攘夷を教えていました」

「私は、港は開くべきと教えています」栄一の怪訝な表情に構わず、阪谷は話します。「今日、異国が通商を望むのも、異国の魂を広めるためではなく、互いの利のため。それをわが日本は、盗賊に対するようにむげに払おうというのは、人の道に外れるのみならず、世界の流れとも相反することになる」

「なるほど」篤太夫は感心します。「拙者は今もってなお、攘夷の心構えではありますが、先生のお話は、まことにおかしれえ」

 阪谷も篤太夫を常の役人ではないと認めます。二人は笑い合います。

 篤太夫は何日も通い詰め、塾生たちと交流を深めます。剣術の立ち会いなどもしてみせるのです。そんな中、塾生たちの一部が、篤太夫に自分たちも京に連れて行って欲しいと申し出るのでした。

 篤太夫は庄屋たちだけを集めて語ります。

「どっかで何者かがあれこれと邪魔立てし、志願したい者がおっても、できぬようにしておるのではないか」

 庄屋の代表がついに打ち明けます。

「お代官様が内々におっしゃったんです。このたびの一橋の役人は、成り上がりで、従来、お家にはねえことをいろいろ思いつき、面倒をいうてきとるが、今度の歩兵取り立てのことも、嫌でござる、ひとりも志願する者はおらんといやあ、それですむと」

 篤太夫は代官と二人で話します。

「拙者は、かように重大な役目ではるばる来たからには、御用を果たせぬとあれば、生きては戻れぬ」篤太夫は扇子を代官の首に当てます。「貴殿も拙者と同罪でございまする」

 代官は目をむきます。

 翌日、代官が再び庄屋たちに話を持ちかけると、多数の男たちが篤太夫のもとを訪れるようになります。篤太夫は吐き捨てるようにいいます。

「どこの国も、代官というのはやっかいだのう」

 京に帰って来た篤太夫は、慶喜に褒美の金子を渡されます。

「大役をし遂げ、大儀であった。褒美だ。取っておけ」

 礼を述べるものの、篤太夫に満足な様子は見られません。

「しかし、兵が増えるのは喜ばしい事ですが、その分、兵をまかなう金も、入り用になると存じます」篤太夫は頭を上げます。「武士とて、金は入り用。それがしは、水戸天狗党があのような結果になったのも、それをおこたったからだと存じます。いかに高尚な忠義を掲げようが、いくさにでれば腹は減る。腹が減り、食い物や金を奪えばそらあ盗賊だ。小四郎様たちは、忠義だけを尊(たっと)び、懐を整えることをおこたった」篤太夫慶喜に訴えます。「両方無ければ駄目なのです。それゆえそれがしは、一橋の懐具合を整えたいのでございます」

 利を得る道として、篤太夫は三つの例を挙げて見せます。一つは摂津や播磨の良質な米。二つには木綿。三つ目に硝石。篤太夫は打ち明け話をします。一橋に入ったのは公儀に代わって攘夷を果たしてもらえないかと、いわば様子見の、腰掛けで仕官した。

「しかし今、改めて、この壊れかけた日の本を再びまとめ、お守りいただけるのは、殿しかおらぬと。そのために、この一橋のお家を、もっと強くしたい」篤太夫はそろばんを取り出して慶喜の前に置きます。「懐を豊かにし、その土台を頑丈にする。軍事よりはむしろそのようなご用こそ、おのれの長所でございます」

「円四郎め。まことに不思議な者を押しつけよった」慶喜は篤太夫の前に立ちます。「渋沢よ。もはや腰掛けではあるまいな。ならばやってみよ。そこまで申したのだ。おぬしの腕を見せてみよ」

 

 

『映画に溺れて』第416回 インクレディブル・ハルク

第416回 インクレディブル・ハルク

平成二十一年一月(2009)
新橋 新橋文化

 

 エドワード・ノートンウィリアム・ハートティム・ロス。文芸大作に主演しそうな渋い三人でマーベルコミック『超人ハルク』の映画化。
 米軍が極秘で開発中のスーパーソルジャー計画は兵士の肉体を改造し、無敵の戦士を生み出す試みだった。科学者ブルース・バナーが自ら実験台となり、事故でガンマ線を浴びて怪物化し、同僚で恋人のベティを負傷させ、周囲を破壊し、軍の施設から逃亡する。と、ここまでがオープニング映像、せりふなしで簡単に紹介される。
 本編が始まると、そこはブラジルの都会である。米軍から身を隠し、密かに治療法を研究するブルース。怒りや興奮の感情によって緑色の巨大な怪物に変身するので、腕に心拍計をつけ、心を平穏に保ちながら、飲料水の工場で労働者として働いている。
 が、ささいなことから、米軍に身元を探知され、スーパーソルジャー計画の責任者ロス将軍率いる特殊部隊に襲撃され、逃げ回るうち、怪物に変身し、町を破壊して逃亡する。
 部隊に参加した有能な兵士ブロンスキーはロス将軍から怪物ハルクの秘密を聞き出し、自らスーパーソルジャー計画の実験台となって、肉体を強化する。
 恋人ベティと再会し、大学の研究室に細胞学者サミュエル・スターンズを訪ね、その協力で中和に成功するブルースだったが、巨大な怪物となったブロンスキーが立ちはだかる。
 怪物化したブロンスキーとハルクが戦う場面は東宝の怪獣映画『フランケンシュタインの怪物 サンダ対ガイラ』を思わせる。
 ハルクに逃げられ、スーパーソルジャー計画に挫折したロス将軍が酒場で酔いしれていると、ひとりの男が現れる。強い戦士を作る方法、それは生身の肉体よりも鉄ですよ。
 アイアンマン、ハルク、マイティ・ソーキャプテン・アメリカスパイダーマン、次々と映画化が続くマーベルコミックのヒーローたち。彼らがやがて集結するスペースオペラの前触れである。

 

インクレディブル・ハルク/The Incredible Hulk
2008 アメリカ/公開2008
監督:ルイ・リテリエ
出演:エドワード・ノートンリヴ・タイラーティム・ロスウィリアム・ハート、ティム・ブレイク・ネルソン

『映画に溺れて』第415回 スパイダーマン

第415回 スパイダーマン

平成十四年五月(2002)
渋谷 渋東シネタワー2

 

 ヒーローコミックが低予算のTVシリーズとなり、やがてスターを起用した大作映画に生まれ変わるのは、今はなきクリストファー・リーヴ主演の『スーパーマン』あたりからか。
 そして、ティム・バートン監督の大人向き『バットマン』が出て、次がサム・ライミ監督の青春映画風『スパイダーマン』である。
 主人公のピーター・パーカーは地味でぱっとしない高校生で、隣に住む同級生のMJワトソンに密かに恋心を抱いているが、彼女には見向きもされない。
 理科の課外授業で大学の研究室を見学した際、容器から抜け出した遺伝子操作のスーパースパイダーに噛まれ、その夜から特殊能力の持ち主となるのだ。
 並外れた身体能力と手から飛び出す蜘蛛の糸を操り、ビルの谷間を跳び回る。そして、悪人退治のスーパーヒーローに。
 同じ頃、友人ハリーの父親で軍事産業に従事するオズボーン博士が軍の要請で自ら筋力強化剤の実験台となり、特殊能力を身につける。が。同時に心の中の邪悪さも増強される。
 内気な高校生がヒーローとなり、やり手の科学者が怪物になる。善のスパイダーマンと悪のグリーンゴブリンの対決。
 博士役のウィレム・デフォーは、筋力強化剤の力を借りずとも、もともと悪役そのものの顔。だから、ジキルとハイドのように二つに別れた自分の人格で苦しむ場面は多少白々しくもある。
 それにしても、大学の研究室でピーターを噛んだ蜘蛛はどこへ逃げたのだろう。この蜘蛛に噛まれたら、みんなスパイダーマンになってしまうのだろうか。おそらく続編は、この蜘蛛に噛まれた不良少年が悪のスパイダーマンとなってピーターの前に立ちふさがるのでは、と思ったが、そうはならなかった。
 サム・ライミ監督のスパイダーマンは三作続き、その後、アメイジングスパイダーマンが二作、さらに若返ってアベンジャーズにつながる。

 

スパイダーマン/Spider-Man
2002 アメリカ/公開2002
監督:サム・ライミ
出演:トビー・マグワイアウィレム・デフォーキルスティン・ダンストジェームズ・フランコクリフ・ロバートソンローズマリー・ハリスJ・K・シモンズ

 

大河ドラマウォッチ「青天を衝け」 第17回 篤太夫、涙の帰京

 元治元年(1864)六月。篤太夫吉沢亮)と成一郎(高良健吾)は、一橋家のために集めた人々を連れて、江戸に向かっていました。そこへ中の家(なかんち)の作男である伝蔵(萩原守)がやって来ます。伝蔵は惇忠(田辺誠一)が放免になったことを二人に伝えます。

 京では慶喜(草彅剛)のもとへ、長州兵が大挙して押し寄せてきたとの知らせが入ります。長州の目的は、天子をさらうことでした。

 薩摩はこの機に乗じて、京での主導権を取り戻そうと動き始めました。西郷吉之助(博多華丸)が慶喜のもとを訪れます。

「長州は、潰してしまいもうそう」西郷は慶喜にいいます。「わが薩摩は、天子様のためならと、よう調練された兵をかき集めておりもす。禁裏御守衛総督様は、どげんなさるっとでございもすか」

 慶喜は答えません。

 江戸城にある一橋邸で、篤太夫と成一郎は、京にいるはずの一橋家家臣の猪飼勝三郎(遠山俊也)と出会います。猪飼の口から、二人は平岡円四郎(堤真一)が賊に命を奪われたことを聞かされます。衝撃のあまり篤太夫はその場に座り込んでしまいます。

 長州軍が京に入り込んできます。慶喜は御所に向かい、天子に勅命を請います。孝明天皇ははっきりと命を下します。

「長州を討て」

 慶喜は頭を下げます。

「これよりこの臣(しん)慶喜、ご叡慮(えいりょ)に従い、長州を征伐(せいばつ)いたします」

 慶喜は鎧に身をかため、馬上、兵たちの前に出ます。

 元治元年七月十九日、帝への影響力を一気に強めようと目論む長州は、御所に突入します。蛤御門の周辺で、激闘が展開されます。江戸幕府開府以来初めて、京を舞台にした大きな内戦「禁門の変」が始まります。。

 慶喜は馬上、兵を叱咤します。長州の鉄砲が慶喜の周辺の武士たちを倒していきます。

「御所に筒先を向けるとは、何が尊皇だ」

 慶喜の闘志は衰えません。

「玉(ぎょく)(天皇)を探せ」

 と、長州の侍たちは叫んでいます。

「そろそろ行きもんそか」

 と、西郷がいいます。西郷は、幕府方が窮地に至るまで、様子を見ていたのです。薩摩の大砲が火を噴きます。

 薩摩軍が参戦すると、圧倒的な打撃を受けて長州は壊滅。禁門の変は、幕府軍の勝利で終結しました。

 西郷は通り過ぎる慶喜にあいさつします。慶喜が行ってしまうと

「しばらく、仲ようしちょた方がよさそうじゃのう」

 と、家臣にいうのでした。

 数日後にはイギリスら四か国の軍艦も、長州軍の砲台を打ちのめし、長州はようやく攘夷をあきらめます。

 江戸城では、将軍徳川家茂(磯村勇斗)が、勝利の祝いの言葉を家臣たちから受けていました。家臣たちが去った後、家重は天璋院(上白石萌音)にいうのです。

「早く港を開けと脅すばかりのエゲレスと違い、フランスはこの先、公儀が国をまとめる手助けを申し出ているとのこと」

 天璋院は驚きます。

「夷狄が公儀を助けると申すのか」

「いえ、フランスの公使はまことに物腰柔らかで品があると聞きました。公儀は、この話に乗ってみようと思っておりまする」

 篤太夫は京の戦いの様子の描かれた瓦版を読んでいました。成一郎がいいます。

「長州まで逆賊となると、前に平岡様がおっしゃっていた通り、もう攘夷は終わりなんだな」」

 二人の前に猪狩勝三郎がやって来ます。慶喜が天子を守ったことを誇らしげに語ります。

「われらの兵は間に合いませんでした」

 という成一郎に猪狩はいいます。

「いよいよ公方様も(長州の)征討に出られるかも知れぬ。おぬしらも兵を連れ、急ぎ京に戻れとの命だ。天狗党の件もある」

 筑波山天狗党本陣では、藤田小四郎(藤原季節)が水戸藩執政である武田耕雲斎津田寛治)に訴えていました。

「一部の隊の暴発のせいで、我らはまんまと凶悪な賊の汚名を着せられてしまいました。長州も京で破れ朝敵となり、今や真に尊攘の志(こころざし)を抱く者は、われらしか残っておりませぬ。そのわれらまでもこのままでは、いかにも無念」

 天狗党の面々は武田耕雲斎の前に膝を突き、深く頭を下げるのでした。藤田がいいます。

「耕雲斎様、お願いです。どうかわが軍の大将となり、われらをお導きください」

 篤太夫と成一郎は、集めた兵を率いて中山道を京へと向かっていました。一行は岡部藩の深谷宿までやって来ます。成一郎はいいます。

「ここから血洗島まで、たった一里というのに、家のもんに会えねえとはなあ」

 そこに隠れるようにしていた惇忠に声をかけられるのです。

「役人の目もあるので長居はできぬが、どうしてもお前たちの話が聞きたかった」

 二人は惇忠の口から、それぞれの妻が近くの宿に向かっていることを聞かされます。

 その夜、篤太夫と成一郎は、妻たちのいる宿にやって来ます。再会を喜ぶ二組の夫婦。それぞれの子供も連れられてきています。篤太夫は千代と部屋で話します。

「俺に道を開いてくれた恩人を亡くしちまった。兄ぃたちにも迷惑をかけ、かつての仲間が、筑波山で幕府と戦ってる。俺は、俺の信じた道は」

 そこまでいって篤太夫は黙り込むのでした。千代は篤太夫の手を取ります。

「大丈夫。千代はどんなに離れていても、お前様の選んだ道を信じております」千代は篤太夫の手をその胸に持っていきます。「お前様が、この胸に聞いて選んだ道を」

 篤太夫はうなずきます。

「そうだ。平岡様にいただいた務めを果たすことが、俺の今の為すべき事だ」篤太夫は千代を見つめます。「落ち着いたら、共に暮らしたいと思っておる。それまで信じて待っていてくれ」

 そして翌日。篤太夫たちは深谷宿を出て、岡部の領内を抜けようとしていました。その行く手を役人たちがさえぎります。岡部代官の利根吉春がいいます。

「このご同勢の中に、もとは当領分の百姓がおります。この者ども、渋沢と申します。疑うこと多きゆえ、なにとぞ一度お戻しいただきませぬか」

 篤太夫は世間の理不尽を、この利根を通して知ったのでした。利根の方も、反抗的だった篤太夫を良く思っていなかったに違いありません。進み出ようとした篤太夫でしたが、猪狩勝三郎が利根の前に立ちふさがります。

「お頼みのおもむきは申し伝えますが、今、ここで急に渋沢両人に村方に帰られては、一同が困りまする。両人は縁あって当家には入り、今となってはかけがえのなき家中の者。一橋家としては到底承服しかねることゆえ」猪狩は利根を見すえます。「お断りいたす」

 利根は猪狩の方へ踏み出しますが、一行が迫る勢いでいるのを見て、後退します。

「しからば、しからばどうぞご通行ください。道中、どうかご無事で」

 篤太夫の目は涙で濡れていました。利根の脇を通り過ぎます。涙を流しながら篤太夫は成一郎に話します。

「この気持ちを、平岡様にもお伝えしたかった。なにもかも、平岡様のおかげだ」

 篤太夫たちは京に戻り、慶喜に拝謁します。慶喜は篤太夫と成一郎に声をかけます。

「ご苦労であった。円四郎は、そなたたちがきっと無事に兵を連れて戻ると私に申しておった」慶喜は考え込むようにいいます。「円四郎は、父が私に遣わせたのだ。それがなぜ水戸の者に殺されねばならんのか、そなたたちに分かるか」

「いえ。それがしには分かりかねます」

 と、篤太夫はいいます。

「私には分かる。円四郎は、私の身代わりとなったのだ」皆が黙り込みます。「尊皇攘夷か。まこと呪いの言葉に成り果てた」

 慶喜は席を立ち、篤太夫らの前から去って行きました。

 天狗党は、耕雲斎が首領となり、勢いを取り戻しましたが、度重なる幕府の追討軍や、水戸軍との戦いにより、しだいにその人数を減らしていきました。武田耕雲斎は皆にいいます。

「京へ向かわぬか。こうして水戸で血を流し続けたところで攘夷など到底果たせぬ。ならば上洛し、天子様にその真心を知っていただくべきではないか」耕雲斎は天狗党の旗印を見上げます。「烈公の尊皇攘夷のお心を朝廷にお見せするための上洛じゃ。京にはそのお心を一番良く知る一橋様がいらっしゃる。決してわれらのことを見殺しにはいたすまい」

 天狗党が京に向かうことを知った慶喜は、家臣にいいます。

「私が少しでも天狗どもを擁護すれば、公儀に歯向かうことになろう。京を守るのが私の役目だ。天狗どもを京に入れる訳にはいかぬ」慶喜は家臣を振り返ります。「私の手で、天狗どもを討伐する」

 

 

『映画に溺れて』第414回 シラノ・ド・ベルジュラックに会いたい

第414回 シラノ・ド・ベルジュラックに会いたい

令和二年十二月(2020)
有楽町 ヒューマントラストシネマ

 

 十九世紀末のパリ、若き詩人エドモン・ロスタンは二年前にサラ・ベルナールのために書いた詩劇が失敗に終わり、次の仕事がなく困窮していた。
 そこへ突如、ベルナールの紹介で人気喜劇俳優コンスタン・コクランのための喜劇を書くことになる。
 ぱっと思いついた主人公は三銃士と同時代の実在人物シラノ・ド・ベルジュラック。だが、三週間後に初日というのに、まだ一行も書けていない。
 衣装係ジャンヌに惚れた親友の俳優レオのために、ロマンチックな言葉を指南し、恋文を代筆して、劇中のシラノとクリスチャンとロクサーヌの関係を思いつく。
 レオそっちのけで、代筆の恋文を書き続け、ジャンヌからの返事に戯曲の着想を次々と得ていく。作家にはミューズが必要なのだ。
 そして、ロスタンの周囲で起きたことが、そのまま『シラノ・ド・ベルジュラック』の戯曲として肉付けされる。
 パリの娼館でロスタンと出会うロシア人アントンの一言がラストシーンの閃きとなったり。このロシア人、友人からチェーホフと呼ばれていた。
 短期間での執筆はなかなか進まず、借金まみれのコクランは劇場から追い立てを食らっており、敵役に抜擢されたコクランの息子は素人以下の大根役者。これでほんとうに初日の幕が開くのだろうか。
 もちろん、エドモン・ロスタンの『シラノ・ド・ベルジュラック』は演劇史に残る傑作として、今なお上演され続け、何度も映画化されている。同時代の喜劇作家ジョルジュ・フェドーも絶賛するほどに。
 エンドロールにコクラン、ジャン・マレーホセ・フェラー、ドパルデューなど歴代のシラノ映画名場面が流れるので、途中退出はもったいない。

 

シラノ・ド・ベルジュラックに会いたい/Edmond
2018 フランス・ベルギー/公開2020
監督:アレクシス・ミシャリク
出演:トマ・ソリベレ、オリビエ・グルメ、マティルド・セニエ、トム・レーブ、リュシー・ブジュナー、アリス・ド・ランクザン、イゴール・ゴッテスマン、クレマンティーヌ・セラリエ、ドミニク・ピノン、シモン・アブカリアン

 

『映画に溺れて』第413回 メリーに首ったけ

第413回 メリーに首ったけ

平成十一年二月(1999)
新宿歌舞伎町 新宿グランドオデヲン

 

 ここまでやるかというぐらいに悪乗りの下ネタ満載、大いなる悪ふざけではあるが、微妙なところで下品になりすぎない。というか、下品さがさほど不快に感じられない。そこはベン・スティラーマット・ディロンといったベテランスターの格、演技力によるのかもしれない。
 そして、キャメロン・ディアスの魅力。セクシーで可憐な女性には男はみんな参ってしまうのだ。
 高校生のテッドは内気で不器用で見た目もぱっとしない冴えないタイプ。みんなが憧れる美女メリーとひょんなきっかけで知り合い、プロムに誘って承諾してもらう。純情青年、がんばれと応援したくなる出だし。ところが、有頂天で彼女の家に行くと、不運にも人生最大の悲劇となり、その後、二度と彼女に会えないで今に至る。
 三十過ぎてトラウマをいつまでも引きずる彼に友人が助言する。マイアミに引っ越したらしい彼女の行方を探偵を雇って調べてはどうか。この探偵が胡散臭いチンピラ詐欺師。違法な手口でメリーを探し当て、自分が彼女に一目ぼれして、テッドに嘘を報告する。今のメリーは醜い肥満女で子だくさん、男たちに捨てられ生活苦にあえいでいると。
 実際のメリーは学生時代以上に若々しく美しく、しかも独身だった。探偵は盗聴からメリーの理想のタイプを調べあげ、それになりすまし、偶然を装って近づくという展開。そこへメリーの友人で身障者の建築家が立ちふさがり、探偵の嘘を暴く。
 テッドはメリーが忘れられず、苦労しているなら力になりたいとマイアミへ。さらにメリーの昔のボーイフレンドの変態男が。
 メリーの周りを取り巻く男たちが全員、クズばかり。変な男にしか愛されない美女の悲劇という風に見ても面白い。最終的には純情男が数々の不運を乗り越えるロマンチックコメディとなるのだが。

 

メリーに首ったけ/There's Something About Mary
1998 アメリカ/公開1999
監督: ボビー・ファレリー、ピーター・ファレリー
出演:キャメロン・ディアスベン・スティラーマット・ディロン、リー・エバンス、クリス・エリオット、W・アール・ブラウン、リン・シェイ、ジェフリー・タンバー、リチャード・タイソン、リチャード・ジェンキンス

 

大河ドラマウォッチ「青天を衝け」 第16回 恩人暗殺

 慶喜(草彅剛)は朝廷から禁裏御守衛総督を申しつけられ、京のまつりごとの中心につきます。政治的基盤を固めるため、水戸藩へ人材の援助を要請するのでした。

 一橋家に仕える人選御用の命を受けた篤太夫吉沢亮)と成一郎(高良健吾)は、関東に向けて出発しようとします。二人は平岡円四郎(堤真一)に呼び止められます。平岡は二人を見送りにやって来てくれたのでした。平岡たちと篤太夫たちは茶を飲んでくつろぎます。平岡は妻の、やす(木村佳乃)に自分が息災なことを伝えてくれるように頼むのです。平岡はいいます。

「いい働き手、集めてくれよ。おぬしらもそうだが、攘夷か否かなんて上っ面は、今さらどうでもいい。要は、一途に国のことを考えているかどうか。全うに、正直に生きているか。それだけだ」平岡は篤太夫に、もとは武士でなかったことも忘れないようにしろと注意します。「侍は、米も金も生むことができねえ。この先の、日の本やご公儀は、もう武張った石頭だけじゃ、成り立たねえのかも知れねえ。だから渋沢、おめえは、おめえのまま生き抜け。必ずだ。いいな」

 篤太夫は、はっきりと返事をするのでした。

 血洗島にある篤太夫の生家に、千代(橋本愛)が知らせに走ってきます。千代の兄の惇忠(田辺誠一)に対して、篤太夫が手紙を書いてきたのです。栄一(篤太夫)と喜作(成一郎)が、京の一橋家で働いていることを知って皆は驚きます。篤太夫の伯父である宗助(平泉成)がいいます。

「どういうことだ。あいつら攘夷だとか、幕府を倒すだとかいってたんじゃねえのか」

 千代がいいます。

「文(ふみ)には、近くお役目で関東にいらっしゃると書いてあります。もしかしたら、故郷にも寄れるかもと」

 しかし、二人の思いを阻んだのは、水戸の騒乱でした。尊皇攘夷の実行を目指し、藤田小四郎率いる水戸天狗党が決起したのです。水戸藩徳川慶篤天狗党の討伐を命じます。

 天狗党筑波山に本陣を構えます。血洗島の惇忠のもとにも使いがやって来ました。使いは惇忠に軍用金を要求します。惇忠は気乗りがしません。水戸の藩主も承知でない、そして大義名分が明確でないからです。わずかな金を渡して、惇忠は使いの者を追い返します。

 惇忠はその後、岡部の陣屋に呼び出されたまま帰って来ません。そして尾高家は岡部の役人たちに取り調べを受けるのです。水戸の騒動との関わりが疑われているというのがその理由でした。末弟の平九郎までが連れてゆかれます。

 そしてその夜は、京でもまた、尊皇攘夷の志士の取り締まりが行われていました。池田屋と書かれた宿に、新撰組が入り込みます。二階で話し合う男たちのいる部屋に踏み込むと、一人を斬ってから言い放ちます。

「神妙にしろ。御用改めだ」

 尊皇攘夷の志士たちは、次々に斬られていきます。

 この池田屋事件新撰組を仕向けたのは、禁裏御守衛総督一橋慶喜であるとの噂が流れます。水戸藩士の二人は信じられません。このようなことを慶喜がするはずがないというのです。

「烈公のお子ともあろうお方がなんで」

 興奮する一人に、もう一人が言い聞かせるようにいいます。

「平岡だ。やはり佞臣(ねいしん)平岡は、水戸の手で除かねばならぬ」

 江戸では篤太夫と成一郎が、平岡の妻の、やす、を訪ねていました。京での平岡の活躍を報告します。やすは二人に礼をいうのです。

「ありがとね。約束通り、あの人のために尽くしてくれて」

 篤太夫たちは、関東にある一橋家の所領を手広く回り、儒学者や剣術家、才のある農民まで様々な人材を探しました。

 そして二人は大橋訥庵の主催していた、思誠塾跡地にやってくるのです。横浜焼き討ち事件にも参加してくれようとした真田範之助を訪ねるためです。そこにいた者たちは、武器の運び出し準備をするなどして、殺気立っていました。筑波山に向かい、水戸天狗党と合流しようとしていたのでした。真田と対面し、成一郎は自分たちが一橋家に仕官したことを伝えます。篤太夫は共に働かないかと誘います。篤太夫は回りの者たちにも呼びかけます。

「おぬしらも、俺たちと共に来ねえか」

「ふざけるな」と真田は叫びます。「何のたわごとだ。半年前まで、徳川を倒すと放言していたおぬしが、一橋の禄(ろく)を食(は)んでいるだと」真田は激昂します。「恥ずかしくはないのか」

 成一郎が真田にいいます。

「訥庵先生や天誅組の失敗を見ても分かるとおり、攘夷は、半端な挙兵では叶わねえ」

「半端だと」

 真田は成一郎の方に踏み出します。穏やかに篤太夫がいいます。

「喜作(成一郎)のいうとおりだ」篤太夫はまわりを見回します。「皆も聞いてくれ。俺たちが考えていたより、この世はずっと広い。攘夷のためにも、この国をより良くするためにも、挙兵より、俺たちと共に、一橋で働いた方がよほど見込みがある。一橋様のもとで、共に新しい国をつくるべ」

 篤大夫は言い終わらないうちに、真田に突き飛ばされます。皆が剣を抜いて篤太夫に突きつけます。真田がいいます。

「今すぐ失せろ。死にたいか」

 篤太夫はひるみません。

「俺はおめえにむざむざと死んでほしくねえ」

 真田は泣き笑いの表情を見せます。

「お前も、死ぬのが怖くなったのか。俺は」真田は成一郎も振り返り、叫びます。「お前らを、心底見損なったぞ」真田は仲間たちにいいます。「こんな奴ら、斬る値うちもない」

 宿で成一郎は名簿を見ていました。四十二人を数えます。

「おう、なかなか集まったぞ」

 と、篤太夫に声をかけます。篤太夫は天井を見上げたままです。そこに飛脚からの文(ふみ)が届くのです。篤太夫の父親である市郎右衛門からでした。惇忠が牢につながれたことなどが書かれています。

「故郷に立ち寄ることは、まず見合わせろ」

 と、市郎右衛門は結んでいます。二人は深く失望するのでした。

 水戸城では、軍備が整えられていました。

「水戸の恥は、水戸の手でそそがなければならん」

 というわけです。天狗党を討ちに出発します。

 京の屋敷では、慶喜と平岡が書面に目を通していました。

「水戸の内乱には困ったもんですな」

 と、嘆くように平岡がいいます。

「ひとつ、変なことを申すが許せ」慶喜は真面目に話します。「私は輝きが過ぎるのだ。親の光か家の光か何かはわからん」

 その輝きゆえ、多くの人々を引き付けることになった。慶喜は平岡を振り返ります。

「しかし、そんな輝きは本来ない。全くだ。全くない。おのれで確かめようと鏡を見ても、フォトグラフを見ても分からん。写っているのは、ただつまらなそうにこちらを見るだけの、実に凡庸な男だ。父も誰もかれも幻を見ている。そなたもだ。そしてこの幻の輝きが、実に多くの者の命運を狂わせた。私はただ徳川の一人として、謹厳実直に天子様や徳川をお守りしたいのだ」

 平岡が声を出します。

「ほかの誰にもいえねえ、突飛な、色男のような台詞でございまする」

「やはりいうべきではなかった」

 慶喜は立ち去ろうとします。平岡は追います。

「しかしその輝きは、この先も、決して消えることはありますまい」

 平岡は居ずまいを正します。この先もどこまでも、お供つかまつります、と深く頭を下げるのでした。

 雨の降る日でした。平岡は上機嫌で街を歩いています。二人の侍に斬りかかられるのでした。護衛の川村恵十郎(波岡一喜)によって、刺客たちは斬り殺されます。平岡はつぶやきます。

「死にたくねえな」

 平岡はうめき「殿」と天に手を伸ばします。そして最後に妻の、やす、の名を呼ぶのでした。平岡の手が落ちていきます。

 屋敷で慶喜は平岡の死を知らされます。賊は水戸の者でした。慶喜は渡り廊下を走ります。戸板に乗せられて運び込まれる平岡の骸(むくろ)と対面します。慶喜は雨に濡れるのも構わず、平岡の体に触れ、嘆きの声を放つのでした。

 

『映画に溺れて』第412回 バス停留所

第412回 バス停留所

平成四年八月(1992)
銀座 銀座文化

 

 昔の映画というのは、どうしてこうも面白いのだろう。
 粗暴なカウボーイのボウ・デッカーがアリゾナの都会にやって来る。ロディオの大会があるからだ。彼はそこで安酒場の女給シェリーと出会う。歌手志望の彼女はハリウッドに憧れ、田舎から出てきて、今はこの町の酒場で働いている。
 純情で単純なボウはたまたま歌っているシェリーに一目ぼれし、男の客に色目を使って売り上げを伸ばす女給の手管を自分に惚れていると思い込み、結婚を迫る。
 驚いた年上の相棒バージルはあんな安酒場の女なんか、おまえにふさわしくないと反対するが、ロディオで優勝したボウはシェリーを無理やりバスに乗せて故郷のモンタナへ連れて帰ろうとする。
 彼女はこんな田舎者との結婚なんて、考えたこともない。隙を見て逃げ出そうとしている。
 バスは大雪のため、停留所を兼ねたドライブインで動けなくなる。
 自分のことしか頭になく、シェリーの話を一言も聞こうとしないボウにバージルは言う。おまえこそ、彼女にふさわしくない。
 バージルに説教され、運転手に殴られ、ボウは反省する。反省したボウが謝ると、シェリーも彼が好きになり、いっしょに牧場に帰ることとなる。めでたし、めでたし。
 シェリー役のマリリン・モンローはこの前年の『七年目の浮気』同様、セクシーなコメディエンヌぶりを発揮している。
 ボウ役のドン・マレーはその後、TV西部劇『二匹の流れ者』で元南軍将校の賞金稼ぎ、映画『猿の惑星征服』では、悪役の独裁者を演じている。
 原作はウィリアム・インジの舞台劇で、日本ではシェリーの役を越路吹雪が演じたとのこと。

 

バス停留所/Bus Stop
1956 アメリカ/公開1956
監督:ジョシュア・ローガン
出演:マリリン・モンロー、ドン・マレー、アーサー・オコンネル、ベティ・フィールド、アイリーン・ヘッカート、ロバート・ブレイ、ホープ・ラング

 

大河ドラマウォッチ「青天を衝け」 第15回 篤太夫、薩摩潜入

 栄一(吉沢亮)と喜作(高良健吾)は一橋(ひとつばし)家から、初めての俸禄(給料)をもらいます。平岡円四郎(堤真一)は二人の故郷の領主であった、岡部に話を通してくれていました。これで栄一と喜作は、正真正銘の武士となったのでした。平岡は二人に武士らしい名も与えます。栄一は篤太夫、喜作は成一郎となったのでした。

 京の一橋邸(若洲屋敷)で働く栄一、もとい篤太夫はしだいに同僚たちと打ち解けていきます。そうして一橋邸で働く者たちの多くが、様々な所から地位にもこだわらず集められたことを知ります。古くからの一橋家の家臣はむしろ少なかったのです。一橋家には身分の別がないことを篤太夫は知ります。関守だろうが農民だろうが、有能な者が集められていたのでした。

 ある日、篤太夫はひとり平岡に呼び出されます。

「おぬしに頼みたいのは、いわば隠密だ」

 公儀は天子の膝元である大阪湾を、異国の船から守らなければならないと思っている。そこで台場を築くことになり、対岸防備にくわしいと評判の、折田要蔵という者が抜擢された。折田は薩摩人だ。篤太夫にその人物を調べて来て欲しい。江戸のまつりごとは将軍に任せ、慶喜(草彅剛)は禁裏(京)を守ることに専念してもらいたい。そのため、もし折田の評判が本当であれば薩摩から引き抜きたい。折田は今、大阪にいる。篤太夫はそこに入り込み、どんな人物であるか探ってきて欲しい。平岡は篤太夫を脅かします。

「向こうはなんかあれば即、斬っちまうような、血の気の多い薩摩隼人だ。ひょっとすると、やられちまうかもしんねえが」

 栄一は即座にいいます。

「そう易々とはやられません。日の本の役に立ちてえと、幼い頃から鍛錬して参りました」

 こうして篤太夫は大阪の折田要蔵のもとにやって来ます。篤太夫が一橋の家臣と知って、怪しむ二人の薩摩藩士がいました。篤太夫は折田に、掃除や写本を申しつけられます。

 折田のもとには、薩摩藩はもちろん、幕府の役人や、会津、備中、土佐など、台場造りを学ぶ多くの武士が出入りしていました。二人の武士が篤太夫にこぼします。

折田先生の話、よく分かんねえ」

 篤太夫は折田の鹿児島弁を解説してみせるのです。感心する二人の武士。

「なまりのせいだけじゃね。折田先生は話も大風呂敷広げてるばあで、あんま信用できん」

 と、一人の武士が言います。折田の評判は良くありません。

「大変だ。喧嘩が始まってしもうた」

 と、飛び込んでくる者がいます。行ってみると、折田が首を押さえられていました。その相手こそ西郷吉之助(博多華丸)だったのです。

 夜になり、折田と西郷は酒を酌み交わして談笑します。その場に篤太夫もいました。篤太夫は西郷に気に入られるのでした。

 それから篤太夫は折田の使い走りをしたり、書類や絵図を書いたりと、数週間真面目に働いて休みの日に、一旦、京へと戻ってきました。平岡に会い、折田がたいした人物ではないことを伝えます。

「よくやった」と、平岡は立ち去ろうとします。「荷物をまとめて帰ってこい」

 それを篤太夫が建言したいことがある、といって引き止めます。篤太夫はいいます。

「この一橋家は、すでに我々のごとき、草莽(そうもう)の者をお召し抱えになっております。もし、少しでもそれがしがお役に立ったとお考えであれば、この先、さらに広く、天下の志士を抱えられてはいかがかと存じます」

「それってえのは、お前の昔の仲間のことか」

「はい。関東の仲間には相当な者がなっからおります。大阪から戻りましたら、その者たちの人選のため、それがしと喜作、成一郎を関東へと差し遣わせてはいただけませんでしょうか」

「いや、実はこっちも、優秀な家臣や兵を増やさねばと、常々思っている。しっかし、金がねえ。さほど高い録や、高い身分を望まずに、一橋家に仕えてやろうという了見の者がいると思うか」

「おります。必ずおります」

 平岡はこの案を慶喜に建言することを約束するのでした。

 薩摩は、朝廷と深く関わり、政治の表舞台に再び立とうと目論みました。そのため禁裏、つまり京都御所を警護する、禁裏御守衛総督の座を手に入れようとしました。

 それを慶喜たちは知ります。平岡がいいます。

「もしそうなれば、薩摩が正式に朝廷を取り込み、京でまつりごとを始めることになる。つまりこの日の本に、薩摩七十七万石の、もう一つの政府ができると同じ」

 冷静な表情で、慶喜がいいます。

「そのはかりごとは、何としても止めねばならぬ。もとはといえば、私を担ぎ出したのも天子様を担ぎ出したのも薩摩ではあるが、今、天子様に信が厚いのは、ご公儀と、京を守っている会津殿と、そして私だ」

 平岡は公家方を回り、禁裏御守衛総督慶喜に仰せつけられたしと運動するつもりだと述べます。

 三月二十五日、慶喜将軍後見職を免じられ、それと同時に朝廷から、禁裏御守衛総督に任命されました。

 島津久光は大久保一蔵から、国に戻るよう勧められます。国に戻って兵を整え、将来のいくさに備えるのだと諭されます。久光は西郷たちを藩邸に残し、側役の大久保一蔵らと京を去ることになりました。そしてこの時から、薩摩藩の方針は、打倒徳川へと向かい始めたのでした。

 その頃、水戸では藤田小四郎以下六十二人が、攘夷を唱え、筑波山にて挙兵しました。

 大阪では篤太夫が折田要蔵の屋敷を後にしようとしていました。篤太夫は各国の者たちの間に入って話をまとめたるなどして、皆の信望を得ていました。篤太夫は西郷に誘われ、二人で話をすることになります。西郷は篤太夫に問います。

「おはんはこん先、こん世はどげんなるちゅう思う」

 篤太夫は考えながら述べます。

「それがしは、そのうち幕府が倒れ、どこかしらの強い豪族による、豪族政治が始まると思います。幕府には、はあもう力がねえし、天子様のおわす朝廷には兵力がありません。徳川の代わりに、誰かが治めるべきです。それには、一橋様がよろしいのではないかと考えます」

 西郷は酒を取りに立ち上がります。そしてつぶやくようにいうのです。

「薩摩が治めっとじゃいけもはんか」

 栄一ははっきりといいます。

「薩摩の今のお殿様には、その徳がおありですか」

 西郷は答えることができません。栄一は西郷を振り返ります。

「おありなら、それも良いと思います。それがしは、徳ある方に、才ある者をもちいて、この国を一つにまとめてもらいてえ。しかし、一橋の殿もああ見えてなかなかのお方で」

 二人は豚肉を食いながら飲み直します。その中で西郷は平岡について述べるのです。

「あまい先んこつが見えすぎる人間は、往々にして非業の最期を遂げてしまうとじゃ」

 平岡は家老並に昇進していました。篤太夫の建白は聞き届けられ、成一郎と共に、関東に人を集めるための出張を命じられるのでした。

 

 

『映画に溺れて』第411回 グッバイガール

第411回 グッバイガール

平成元年六月(1989)
池袋 文芸坐

 

 ブロードウェイの巨匠でありコメディの名手でもあるニール・サイモンが、夫人のマーシャ・メイスンのために映画シナリオを書いた。監督はベテランのハーバート・ロス。『グッバイガール』はリチャード・ドレイファス出世作となった。
 ポーラは三十過ぎのダンサーだが、現役から遠ざかり、幼い娘のルーシーと恋人トニーと三人でニューヨークのアパートで暮らしていた。が、映画の仕事が入ったとのことで、俳優のトニーが置手紙一枚でポーラをあっさりと捨て、しかもアパートの権利をシカゴの知人エリオットに売り渡して姿を消したのだ。
 雨の中、事情を知らないエリオットがアパートに到着するも、ポーラに追い返される。明日からオフオフブロードウェイの舞台リハーサル、エリオットは新解釈の『リチャード三世』で主役に抜擢され、意気揚々とニューヨークにやって来たのに。
 鍵と契約書を持っているエリオット、すでに二か月分の家賃を払って娘と暮らしているポーラ、そこからふたりの言葉による一騎打ちが開始される。
 エリオットが俳優と知ってポーラは逆上する。自分を捨てた最初の夫も恋人トニーも俳優だったので、それだけで身の毛がよだつ。エリオットは役者だけあって饒舌で、とうとうとまくしたて、結局妥協案が出て、同居することになる。
 同居しても、四六時中とげとげしい態度を続けるポーラだが、幼いルーシーはエリオットのエキセントリックなユーモアセンスに惹かれて、なついていく。
 喧嘩腰のふたりが、やがて仲良くなるのはラブコメディの定石だが、ダンサーと俳優という舞台人の組み合わせなので、随所に演劇ネタも盛り込まれている。
 それにしてもオフオフブロードウェイの新解釈『リチャード三世』の悲惨な舞台、俳優が俳優を演じるのはかなり難しいと思うが、リチャード・ドレイファスは実に無理なく自然、まさに二重の名優ぶりで、アカデミー賞の主演男優賞に輝いたのも納得できる。
 タイトルの『グッバイガール』は男にすぐ捨てられる女性のこと。

 

グッバイガール/The Goodbye Girl
1977 アメリカ/公開1978
監督:ハーバート・ロス
出演:リチャード・ドレイファス、マーシャ・メイスン、クィン・カミングス、ポール・ベネディクト、バーバラ・ローズ、テレサ・メリット、マリリン・ソコル