日本歴史時代作家協会 公式ブログ

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『映画に溺れて』第422回 シカゴ

第422回 シカゴ

平成十五年五月(2003)
錦糸町 楽天地シネマ3

 

 ブロードウェイのヒットミュージカルの映画化。歌って踊るレニー・ゼルウィガーキャサリン・ゼタ・ジョーンズ、そしてリチャード・ギアも歌う。普段は地味な脇役のジョン・C・ライリーまでが歌うから楽しい。
 時代は退廃と悪徳にまみれた禁酒法時代のシカゴ。スターを夢見る人妻ロキシー・ハートは、ナイトクラブのマネージャーに紹介してやるといった愛人の約束が嘘だとわかり、衝動的に射殺する。人の良い夫エイモスは妻を庇い続けるが、彼女は刑務所に服役。
 そこには以前殺人で逮捕された歌手、ロキシーが憧れるヴェルマ・ケリーがいて、囚人でありながら女王のようにふるまっていた。
 ロキシーはヴェルマを出し抜き、看守長ママ・モートンの手配でやり手の悪徳弁護士フリンを雇う。金さえ出せば、どんな汚い手を使ってでも悪人を無罪にするフリン。ロキシーはフリンの働きで、刑務所にいながら名を売り、女の魅力を最大限に発揮して無罪を勝ち取るが、移り気な世間はすでに次の事件を追っている。
 人殺しの女が歌い踊ってもたいして話題にもならない。だが、それが二人なら。ロキシーは出所してきたヴェルマと手を組み、人殺し女コンビとして、売れっ子スターとなるのだった。
 きらめくステージのシーンが刑務所内のロキシーの幻想として展開する。曲も踊りも申し分なし。
 ふと思ったのだが、ラース・フォン・トリアー監督の『ダンサー・イン・ザ・ダーク』はこのミュージカル『シカゴ』をひっくり返したものではなかったか。貧しい東欧移民の女が逮捕され、頭の中で描くミュージカルシーン。が、まともに弁護もされないまま、女は処刑される。『シカゴ』には無罪を主張する東欧系移民のバレリーナが絞首刑になる場面があった。映画化は『ダンサー・イン・ザ・ダーク』が先だが、ブロードウェイのミュージカル『シカゴ』は七十年代からのロングランなのである。

 

シカゴ/Chicago
2002 アメリカ/公開2003
監督:ロブ・マーシャル
出演:レニー・ゼルウィガーキャサリン・ゼタ・ジョーンズリチャード・ギアクイーン・ラティファ、ジョン・C・ライリー、ルーシー・リュー

 

『映画に溺れて』第421回 隣のヒットマン

第421回 隣のヒットマン

平成十三年十一月(2001)
新橋 新橋文化

 

 ブルース・ウィリスがクールな殺し屋を演じた『隣のヒットマン』は伏線の効いた緻密なコメディで、オチもよく痛快である。
 歯科医のオズは底抜けのお人好しで、借金の山と悪妻ソフィに悩まされている。歯科医院の共同経営者だった妻の父がギャンブルで莫大な借金を残して自殺、それを背負い込まされ、シカゴにいられなくなって、今はカナダで細々と開業している。ソフィと姑はオズを働かせて、遊んで暮らしている。
 ある日、隣に引っ越してきた男を見てオズは驚く。シカゴの伝説の殺し屋ジミー・チューリップだったのだ。
 それを知ったソフィは、ジミーが親分を裏切り、五年の刑期を終えて出所し、今、マフィアから懸賞金がつけられていることを探り出し、オズにシカゴへ密告に行かせる。と同時に夫に多額の保険金をかけて、ジミーを雇おうとする。ジミーになんとなく友情を感じたオズは、シカゴからカナダに電話し、状況を説明して謝る。
 これにハンガリアンマフィア、ジミーの妻のシンシア、オズの歯科医院助手で殺し屋に憧れるジル、マフィアの手先の巨漢フランキーが入り乱れ、二転三転の楽しい展開。顔色ひとつ変えず平気で人を殺す冷酷な殺し屋なのに、なぜか憎めないジミー・チューリップ、コメディ出身のブルース・ウィリスならではの持ち味が発揮される。
 女優陣がみな魅力的。昔は可憐だったロザンナ・アークエットの中年になっての毒婦ぶりは見事。シンシアのナターシャ・ヘンストリッジは『スピーシーズ』のときからさらに美しくなって、ぞくぞくする。ジルのアマンダ・ピートは大胆なシーンを熱演。
 それはそうと、カナダのハンバーガーにはマヨネーズが入っているらしく、マヨネーズ抜きを注文したのにやっぱり入っていて、怒り狂う場面が笑える。
 オズ役のマシュー・ペリー、幕末に日本にやって来た黒船の司令官と同姓同名。たまたまだろうか。

 

隣のヒットマン/The Whole Nine Yards
2000 アメリカ/公開2001
監督:ジョナサン・リン
出演:ブルース・ウィリスマシュー・ペリーロザンナ・アークエット、ケヴィン・ポラック、ナターシャ・ヘンストリッジアマンダ・ピートマイケル・クラーク・ダンカン

 

書評『一休破戒帖 女賊始末』

書 名  『一休破戒帖 女賊始末』
著 者   平野 純
発行所   芸術新聞社
発行年月日 2021年6月1日
定 価    ¥Ⅰ700E

 

 

 「頓智一休さん」で親しまれる一休宗純(1394~1481)を主人公とした小説である。みずからを「狂雲子」と称した一休の実像はあまりにもわかりにくい。小説に立ち入る前に、その複雑な生涯の前半生を〈略歴〉としていささかたどってみたい。

 一休は応永元年(1394)元旦、洛西・嵯峨の民家に生まれた。6歳で母と別れ、臨済五山派の安国寺で授戒し、「周建」と呼ばれる。応永17年(1410)17歳、西金寺の謙翁宗為(けんおうそうい)の弟子となり戒名を「宗純」と改める。応永21年(1414)21歳、師の謙翁宗為を失い、深い挫折と絶望に陥り、石山寺近くの瀬田川に身を投げるも、母の使者に救われる。応永22年(1415)22歳、近江堅田の華叟宗曇(けそうそうどん)の門に入り、改めて修行僧になる。華叟から「一休」の号を与えられる。

 応永27年(1420)27歳、初夏の夜、湖岸の漁船に打坐(坐禅)し、鴉の鳴き声を聞いて大悟を得る。華叟は印可の証を与えるも、一休は受け取らず辞退。
正長元年(1428)35歳、華叟遷化。一休は和泉、摂津、大和などを遊歴し、女犯、淫酒、風狂三昧にあけくれたとされる。

 前置きが長くなったが、本作のあらすじを紹介したい。
 永享3年(1431)、「都が下剋上の危機に見舞われた室町の乱世」が時代背景で、京の都は「人間の生き血を吸う魑魅魍魎どもの棲家」と化していた。
 破戒坊主になり果てた「八条院町の呑んだくれ出家」こと一休は38歳、17年ぶりにお冴(さえ)を抱く。多感な青春時代、21歳の一休はお冴を抱いていた。
 父とも慕った謙翁宗為を失った一休が瀬田の唐橋から琵琶湖に飛び込んだことは〈略歴〉でふれた通りだが、一休は「母の使い」ではなく、ゆきずりの近江女のお冴に救われ、やがて二人は大津の納屋で結ばれた。その時まで女を知らなかった一休にとってお冴はまさに観音様であった。「その後、一休は自分でももてあますほどの女好きになった」。

 一休と「女」と言えば、老境の一休がひたすらに愛した盲目の美女、森侍者(しんじしゃ)がいる。二人の出会いは一休77歳、森侍者30歳前後であったとされる。
一休の詩集『狂雲集』には一休と森侍者の赤裸々な愛欲讃歌の詩もある。
 禅僧一休に迫る上で、彼の性欲に対する問題をいかに解釈するかは避けて通れない。若いころの一休は、性欲は抑えるべきものだという戒律を守ろうとしていたが、壮年期を過ぎてからは酒場や遊女屋での風狂ぶりがめだってくる。

 物語に戻る。17年ぶりに一休と一夜を過ごしたお冴は姿を消す。お冴は四条大路で一二を争う高利貸・山城屋吉兵衛の情婦になっていた。一休はこの都のどこかにいるはずのお冴を捜している。が、お冴の行方は杳として知れない。
 越中と加賀をまたぐ北陸道の要衝・倶利伽羅峠(くりからとうげ)で、堺(さかい)の貿易商蓬莱(ほうらい)屋の荷駄が何者かに襲われた。警護の侍、人夫全員が殺され、奥州から運ばれる途中の砂金4万両が行方知らずになっている。
 七条河原の乞食たちを一手に牛耳り、都の最底辺に睨みを利かせる乞食の元締に孫八(まごはち)なる人物がいる。裏社会のしきたりなどには無頓着な一休と孫八の付き合いは3年前からだが、その筋から、一休はその一件にお冴がかかわっていると知る。やがて、お冴の「板書き」(人捜し用の似顔絵が書かれた板)が京の悪党のあいだに出回る。倶利伽羅峠で蓬莱屋の荷駄の列を襲ったのは大道(だいどう)豪安(ごうあん)の指示を受けた一蔵(いちぞう)と二蔵(にぞう)の兄弟、宗哲(そうてつ)と日顕(にっけん)と小弓(こゆみ)の5人がであった。
 上御霊社の裏に屋敷を持つ大道豪安は医師の立場を利用し、足利将軍家に深く食い込むなど都の政界を舞台裏で操る怪人物。山伏の一蔵、二蔵は親の代から豪安に仕える双子の兄弟。16年前の秋、兄弟は捨て子の小弓を拾う。小弓は豪安に玩ばれて育ち、やがて豪安の愛妾となり、一人前の女間諜に仕込まれる。お冴が山城屋吉兵衛の元から離れ自由になりたいとすると同じく、一蔵、二蔵の兄弟も、小弓も豪安の支配から逃れたいと思っている。
 7年ぶりに再会した禅僧の宗哲(そうてつ)、日顕(にっけん)は昔、西金寺(今は廃寺)で一緒だった一休の修行仲間である。三人は師謙翁なきあと抜け殻のようになり、一休は近江、円忍(のちの宗哲)は越前へ、日顕は摂津へと、三人はそれぞれの道を歩んでいた。
 が、皆どこかで道を間違えてしまったと一休……。
 日の本を統べる京の都は荒れ果てた。ことに寺の堕落が激しかった。臨済の若き僧侶であった彼らであるがゆえに三人はみな、京にいると息が詰まると思っていたのだろう。

 主な登場人物の造形でわかるように、複雑に込み入り、全く異なった筋のできごとが絡み合って物語は進行する。自由でありたい、人としてありたいと思う人々の願望と欲望。敵と味方がいつの間にか入れ替わり、予想もしない裏切者が登場するのである。
ラストシーンで、業を持つ人間の一人としての一休は大津の納屋の出来事がもたらした帰結の全てを知ることになる。
 21歳の時の自殺未遂事件が、この小説の「核」となっている。

 応仁・文明の乱が終わって4年後の文明13年(1481)11月21日、一休は波乱に富んだ88歳の生涯を終える。
 室町時代は正長(1428~)から文明(1469~)に至るまでの40年間に、12度の改元があったように、我が国でもつとも混乱期といわれる地獄の世相の中にあった。また室町時代は一休の生き方でも知れるように、自由な精神の羽ばたける世界を残していたともいえる。
 ところで、一休の出自は確かではなく、皇胤説がある。父は後小松天皇で、母は宮廷から身を退いた官女であった。また母方の祖父は楠木正成の孫の正澄であるともいう。生まれながらにして稀有な運命を負っていたというべきであろうが、平野純の本作『一休破戒帖 女賊始末』では、皇胤説の影は薄い。
 一休ははたして自らを皇胤であると自覚して生きたのだろうか。そうであるかないかによって、一休の意図した「破戒」の意味は大きく変わろう。

                   (令和3年6月28日 雨宮由希夫記)

大河ドラマウォッチ「青天を衝け」 第20回 篤太夫、青天の霹靂(へきれき)

 篤太夫吉沢亮)は一橋家の財政建て直しに、自分の居場所を見つけていました。

 長州攻めの指揮をとっていた将軍家茂(磯村勇斗)が、大阪城にて倒れてしまいます。慶喜(草彅剛)は家茂を見舞います。

「私はまだ死ねんのじゃ。今の徳川を残して死んでは、先の上様、またあの時、命をかけて私を立てた井伊に面目が立たん」

 家茂は床から這い出ようとします。慶喜はそれを押しとどめようとしますが、家茂は慶喜をつかみ、体を起こそうとします。慶喜が家茂を抱き留める格好になりました。家茂は慶喜に訴えます。

「それだけではない。私は天子様の妹君を御代にいただきながら攘夷が果たせなかった。だからこそ、天子様の憎む長州だけは倒さねばならんのだ。あなたにその覚悟はあるか」

 慶喜は家茂の体を支えます。

「先の上様や掃部頭(かもんのかみ)殿のお目は確かであった。ですから、必ずや、ご本復ののち、徳川をお守り下さい」

「私はずっと、あなたとこうして腹を割って話してみたかった」

 家茂は危険な呼吸を始めます。医者が駆けつけ、家茂を床に戻します。この三日後、第十四代将軍徳川家茂は亡くなりました。

 京の一橋邸に知らせがやって来ます。猪狩勝三郎(遠山俊也)

「何、上様がみまかられた」

 と、つい声をあげてしまうのです。篤太夫は小声で猪狩に聞きます。

「公方様はいまたお若く、お世継ぎもおられなかったはず。これから先、将軍家はどうなるのですか」

 猪狩は篤太夫を見つめます。

「ひょっとすると、いや、ひょっとなどせずともほかに人はおらぬ。わが殿が、将軍になるやも知れぬ」

 篤太夫は廊下を渡る慶喜に大声で呼びかけます。

「殿、建白を」

 猪狩たちがそれを止めようとします。篤太夫は叫びましす。

「殿、将軍家をお継ぎになってはなりませぬ。今の公儀は、いくら賢明な殿が一、二の修正を加えようが、倒壊を免れることはできませぬ」篤太夫は猪狩らを払いのけて、慶喜の前にひれ伏します。「そしてそうなれば、非難は必ずや殿のご一身に集まりましょう。かつてのそれがしのような、血の気の多いものが国中から集まり、殿を倒せ、倒せと立ち上がるに決まっておる。かように危ねえと分かっている道を、あえて進まれる理(ことわり)がどこにございましょうか」

 慶喜は篤太夫に向かって踏み出します。

「いいたいことはそれだけか」

 慶喜は去って行くのでした。

 江戸城では、和宮(かずのみや)(深川麻衣)天璋院(上白石萌音)と話していました。

慶喜が継げばよい、将軍など。将軍にさえならなければ、上様があれほどお苦しみになることはあらしゃれませなんだ。次は、次は慶喜が苦しめば良いのです」

 慶喜のもとへ、幕府の老中たちが訪れていました。

「急ぎ、一橋様には、将軍ご相続の、ご決断をいただけねはなりません」

 慶喜は穏やかにいいます。

「徳川の世は、もはや滅亡するよりないのかもしれぬ」

 幕府の者たちは驚いて口々に声をたてます。老中の板倉勝静が前に出て慶喜にいいます。

「上様は病のなか、おっしゃられた。この先、政務を一橋様に委任し、ご自分は養生に専念したいと」

「もしその言がまことであるならば、私はこの先、私の思うように徳川に大鉈(おおなた)を振るうやもしれぬが、それでかまわんのだな」

 慶喜の言葉に皆が頭を下げます。

 数日後、慶喜が、徳川宗家を相続。次の将軍となることが事実上決まりました。

 一橋家で働く者たちは、慶喜が将軍になることを知って浮かれていました。そこに原市之進(尾上寛之)がやって来て叱りつけます。

「おい、騒いでいる場合ではないぞ」原は皆の前に立ちます。「殿が御宗家を継いだからには、先の公方様に代わり、長州を征討するのもこのお家ということになる。われらはただちに大阪城に入り、長州を討つ」

 原は各自の出陣の部署を決めてきていました。それを張り出します。成一郎(高良健吾)は俗事役と定められていました。戦う兵の世話をする係です。篤太夫は御用人手附となり、本営に入ります。大出世ではないか、と声をかけられます。

 しかし、北九州で善戦していた幕府軍が、小倉城を失って逃げ出す事態となり、幕府の敗北は決定的となります。

 大阪城でこの知らせを聞いた慶喜は吐き捨てます。

「もはやここまでだ。引き際であろう」

 家臣たちは歩き去る慶喜を引き止めようとします。しかし慶喜はいうのです。

「いまや天子様以外、誰もこのいくさを望んでおらんのだ。天子様にもお分かりいただけねばならぬ」

 慶喜は和睦の勅命をもらうために、関白に取りなしを頼むよう命じます。長州に密書を送ることにします。

 御所では孝明天皇が嘆いていました。

「しかし何も思うようにならぬ。国を閉ざすことも叶わず、長州を倒すこともできず」そして孝明天皇は、岩倉具視(山内圭哉)のことを思い出すのです。「岩倉には、朝廷を想うまことの心があった。後醍醐帝以来の力を取り戻すには、公儀を取り込むが良い、と教えてくれたのも岩倉じゃ」

 その岩倉具視は、あばら屋で暮らしていました。そこに薩摩の大久保一蔵が訪ねてきています。岩倉はいいます。

「あいにくお上は、あんたんとこの国父様とちごうて、兵も金もなんにも持ってない。わしは、公儀をお上の踏み台にして、お上にそれに似合うお力をつけてさしあげたかった」

 大久保が姿勢を正していいます。

「わが薩摩は、いや、長州もすでに幕府を捨て、天子様をいただく世をつくりたかち考えちょります」

 岩倉は驚いて大久保の前に座ります。

「そうか。よういうてくだされた。今こそこの長いこと続いた武家の世を終わらせて、お上が王政復古を果たすのじゃ」

 慶喜が徳川宗家を継いだことで、一橋家家臣の一部は、将軍家に召し抱えられる運びとなり、篤太夫や成一郎らは、一橋家を離れることになりました。

 大阪の幕府陸軍奉行所に篤太夫と成一郎はいました。この書記官として働き始めたのです。

 ここに謀反人の話が持ち込まれます。大沢というものが兵器鉄砲を多く整えているというのです。この大沢を捕縛するため、奉行の名代(みょうだい)を探し始めます。それに篤太夫が選ばれるのです。新撰組がその護衛にやって来ます。副長の土方歳三(町田啓太)の顔もありました。篤太夫は気圧されまいと腕を組んで見せます。土方は篤太夫に背中を見せて座ります。

「大沢が戻ればすぐに踏み込み、われらが引っ捕らえるゆえ、その上にてご自分のご使命を達せられよ」

「そりゃあいかん」篤太夫は土方に近づきます。「まずは先に、私が大沢に奉行の命(めい)を伝えるのが筋であろう。まだ罪があるかどうかも分からぬ者を、有無もいわさず縛り上げるは道理に外れておる。さような卑怯な振る舞いはできませぬ」

 新撰組の一人があざけるような笑い声をたてます。土方は篤太夫を見上げます。

「立派なお説ではあるが、向こうが剣を振り上げてきたら何とされる」

「それならば、この渋沢にも腕はある」篤太夫は土方を見すえます。「さほどのこともお分かりにならねえなら、護衛などいらん。一人で出向きまする」

 夜、篤太夫新撰組と共に大沢の所にやって来ます。篤太夫は一人で門をくぐり、声をかけます。

「拙者、陸軍奉行支配調役、渋沢篤太夫と申す者。大沢殿とご面会いたしたい」

 大沢が現れます。不審の筋があるゆえ、捕縛し糾問いたす、と篤太夫は宣言します。大沢は奥に下がります。それを追う篤太夫は、殺気だった多くの侍に囲まれることになるのです。侍たちは篤太夫に襲いかかります。一人奮戦する篤太夫。しかし多勢に無勢で、篤太夫は部屋の隅に追いつめられてしまいます。そこに新撰組が踏み込んでくるのです。土方は襲い来る侍たちを次々に斬り捨てていきます。大沢は捕縛され、連行されていきます。

「結局、働かせていただくことになりましたなあ」

 という土方。

「もうちっと早く来るかと思ったぞ」

「早く来る」

 強がるように篤太夫はいいます。

「おぬしらのお役目は、俺を守ることだい。俺が斬られでもすりゃあ、天下に轟(とどろ)新撰組の面目が丸つぶれだ」

 土方は篤太夫をほめるのです。

「しかし、先ほどの貴殿のお覚悟は、武士としてまことにごもっとものお説。この土方、心服いたした」

 篤太夫は自分が武州の農民だったことを打ち明けます。自分は武家など合ってなかったのかもしれないとこぼします。土方は笑い、篤太夫の隣に腰を下ろします。そして自分も武州の薬売りだったことを白状するのです。二人は意気投合します。土方はいいます。

「武士となって国のために戦うのが目当てだった。おぬしと違って、後悔は少しもない。日の本のために、潔く命を捨てるその日まで、ひたすら前を向くのみだ」

 二人は再会を約束して分かれるのでした。

 江戸城では、小栗忠順(上野介)(武田真治)が、慶喜が将軍になることを嘆いていました。

「かくなる上は、われらは公儀を守るのみ。あの男を盾に、お家を守るしかなかろう」

 そこへ入ってくる者がいて、パリの博覧会はどうする、と小栗にたずねます。

「仕方あるまい。一橋、いや、上様になられるお方に相談してみよう」

 小栗からの文(ふみ)が、慶喜のもとに届きます。

「渋沢はどうしておる」

 と、慶喜は家臣にたずねるのでした。

 

第10回日本歴史時代作家協会賞 候補作発表‼

第10回日本歴史時代作家協会賞 各賞候補作(2021年度)

●文庫書き下ろし新人賞

(デビューから3年以内の作家で、2020年6月から2021年5月刊行までの文庫書き下ろし作品が対象)

[候補作]

櫻部由美子『くら姫 出直し神社たね銭貸し』 ハルキ文庫21年4月
鷹山 悠 『隠れ町飛脚 三十日屋』 ポプラ文庫20年10月

●新人賞

(デビューから3年以内の作家で、2020年6月から2021年5月刊行までの四六判作品が対象)

[候補作]

亀泉きょう『へんぶつ侍、江戸を走る』 小学館20年8月
渋谷雅一 『質草女房』 角川春樹事務所20年10月
蝉谷めぐ実『化け者心中』 角川書店20年10月
谷 治宇 『へんこつ』 角川春樹事務所21年5月

 

●シリーズ賞(非公開審査)

●作品賞

(2020年6月から2021年5月刊行までの刊行作品が対象)

[候補作]

奥山景布子『浄土双六』 文藝春秋20年11月
河治和香 『ニッポンチ! 国芳一門明治浮世絵草紙』 小学館20年10月
志川節子 『博覧男爵』 祥伝社21年5月
武川 佑 『千里をゆけ くじ引き将軍と隻腕女』 文藝春秋21年3月
幡 大介 『シャムのサムライ 山田長政』 実業之日本社21年5月

 

●功労賞(非公開審査)


※選考会は8月9日、午後4時からZOOMにて行います。受賞作が決定しましたら担当編集者にお知らせします。

 選考委員長 三田誠広
 選考委員  菊池 仁  雨宮由希夫  加藤 淳

『映画に溺れて』第420回 ダイ・ハード

第420回 ダイ・ハード

平成元年三月(1989)
新宿歌舞伎町 新宿プラザ

 

 不死身でもなく特殊能力もない生身のヒーローがたまたま凶悪事件に巻き込まれ、ひとりで敵に立ち向かう『ダイ・ハード』は、なんといっても画期的だった。
 ニューヨークの刑事ジョン・マクレーンは別居中の妻子に会うため、クリスマスにロサンゼルスへやってくる。すれ違う美人を見ると、西海岸だぜと独り言をつぶやく。妻が重役を勤める日系企業ナカトミビルではクリスマスパーティの最中。妻のオフィスで靴を脱いで一休みしていると、いきなり銃声と悲鳴が。
 テロリストの一味が金庫に保管された債券を奪うため、ビルを占拠し社員を人質に立てこもったのだ。とっさに身を隠し、マクレーンは裸足のまま考える。当時はまだ携帯電話が普及しておらず、外に知らせる方法がない。そこで、火災報知器を作動させるが、消防車は誤報との連絡を受け引き返す。マクレーンはビルのあちこちを逃げまわり、探りにきたテロリストを殺害して銃と無線機を奪い、孤立無援で敵をひとりひとり片付けていく。ぶつぶつと独り言をつぶやきながら。
 それまで軽いコメディに出ていたブルース・ウィリスは、ジョン・マクレーン役が大当たりし、一躍大スターとなった。
 そして冷酷で卑劣なテロリストのリーダーを演じたアラン・リックマンもまた、癖のある脇役や悪役として名を売ることになる。
ダイ・ハード』の大ヒットですぐに続編『ダイ・ハード2』が作られたが、それとは別に、主人公がテロリストと戦う類似作品が雨後の筍のように続々と出現した。
 その中でも一番私が驚いたのがハリソン・フォード主演の『エアフォース・ワン』だ。これはナカトミビルを大統領専用機に、ニューヨークの刑事を大統領本人に置き換えただけで、大統領が機内を占拠したテロリストたちと戦うというストーリー。かなり細かい展開までが『ダイ・ハード』にそっくりだった。ちなみにこのときテロリストを演じたのがアラン・リックマンならぬゲイリー・オールドマンである。

 

ダイ・ハード/Die Hard
1988 アメリカ/公開1989
監督:ジョン・マクティアナン
出演:ブルース・ウィリスボニー・ベデリア、レジナルド・ベルジョンソン、ウィリアム・アザートンアラン・リックマン、アレクサンダー・ゴドノフ

 

『映画に溺れて』第419回 Mr.インクレディブル

第419回 Mr.インクレディブル

平成十七年一月(2005)
新宿 新宿ピカデリー

 

 スーパーヒーロー同士が結婚し、生まれた子供たちにも特殊能力があるというのは『スカイ・ハイ』と同じ趣向だが、公開の時期はこちらの『Mr.インクレディブル』が少し早い。そして、アニメーションならではの面白さである。
 かつて、スーパーヒーローたちが人々を犯罪や災害から守っていたが、その活躍があまりに派手すぎて、公共物が破壊されたり、一般市民が巻き込まれて被害に遇ったりすることで、政府はヒーロー活動を禁じる法案を通過させる。
 十五年後、怪力のMr.インクレディブルことロバート・パーは保険会社の社員、伸縮自在のイラスティガールことヘレンはその妻で専業主婦、透明になる能力を持つ高校生の娘ヴァイオレット、猛スピードで走る小学生の息子ダッシュ、そして能力不明の赤ちゃん、みなスーパーパワーを決して発揮せず、平凡な一家としてささやかに暮らしている。
 だが、スーパーヒーローが一般市民として生活することは生易しいことではない。不満が募る中、ロバートはとうとう横柄なパワハラ上司に怒りをぶつけ、会社をクビになる。が、妻のヘレンにそのことを言い出せず、会社に行くふり。
 そんな彼に謎の組織から依頼がくる。孤島の研究所で開発中のロボットが制御不能で暴れているのを取り押さえてほしいと。
 妻に内緒でMr.インクレディブルとなり、孤島に向かうロバート。待ち受けているのは様々な発明で大富豪となったマッドサイエンティストのシンドローム。スーパーヒーローに憧れながらも特殊能力を持たず、スーパーヒーローたちを憎んでいた。
 夫の浮気を疑い、彼が会社をクビになったことを知ったヘレンもまたイラスティガールとなって孤島に向かう。ふたりの子供も密かに同行し、やがてそれぞれのスーパーパワーを合わせて悪に立ち向かう。ホームドラマとヒーローの組み合わせの妙。
『Mr.インクレディブル』の続編『インクレディブル・ファミリー』は第一作から十四年後に作られたが、前回の三か月後の設定になっているので年齢など変化なし。

 

Mr.インクレディブル/The Incredibles
2004 アメリカ/公開2004
監督:ブラッド・バード
アニメーション(声)クレイグ・T・ネルソンホリー・ハンター、スペンサー・フォックス、サラ・ボーウェル、サミュエル・L・ジャクソンジェイソン・リー

大河ドラマウォッチ「青天を衝け」 第19回 勘定組頭 渋沢篤太夫

 篤太夫吉沢亮)は一橋家の懐を豊かにするために動き始めました。良質の米を高く売り、火薬の製造を始めます。

 そして幕府にも、懐を豊かにしようとする男がいました。小栗忠順(上野介)(武田真治)です。

「フランスから軍艦を買うか。さすれば長州など一気に潰せる。時宜(じぎ)に応じて、薩摩も討ってしまえば、公儀に歯向かう大名はもうおるまい。日の本は、上様を王とする、一つの国となる」

 小栗の言葉に、トレビアン(すばらしい)と答える男がいます。目付の栗本鋤雲(池内満作)でした。

「今の上様はまさに王と呼ばれるにふさわしいお方。して、このフランスの誘い、どうなさる」

 栗本は小栗にフランス語で書かれた書類を差し出します。

「二年後のパリの博覧会か。むろん参加だ。今、公儀の懐は火の車。貿易によって利を得るため、世界に我が国の優れた産物を見せつけねばならぬ」

「されば、兵庫の港も急ぎ開きたいものですな」

「そのためにもコンパニーじゃ。横浜の港の失敗でようくわかった。交易で異国にいいようにされぬためには、公儀もコンパニーを持つのが肝要」

 ベルギーの地に薩摩藩士の五代才助(ディーンフジオカ)はいました。ベルギー国と、カンパニーの約定を結んだと上役に語ります。

「こいで薩摩の富国強兵はうまくいきもんそ。次は国父様に願い出て、再来年のパリん万国博覧会に、薩摩ん良か品をたくさん出そうちょ思っておりもす」五代はワインを口にします。「ほして、薩摩が幕府の先んゆくとじゃ」

 三者がそれぞれの政府を富まそうと懸命に励んでいくのでした。

 篤太夫は木綿の売買に苦戦していました。播磨の農村を訪ね、男たちに説明します。姫路の木綿は倍の値段で売られている。なぜなら姫路では領地でできた木綿を、一度城下に集め、そこでまとめて晒(さらし)にしたものを「姫路の木綿」として特産として売っているからだ。

「そこでだ」篤太夫は皆に呼びかけます。「俺は、一橋家で皆の木綿をまとめて買い入れようと思っておる」

 そして一橋家の木綿として、大仕掛けで売り出す。

「俺らが儲かるってことか」

 男の一人が聞きます。

「そうだ」

 と返答する篤太夫。男たちは大喜びです。

「一橋家が、今よりずっと高い値で買い付ける」

 と、篤太夫は声を張り上げます。ところが年かさの農夫が、皆の前に立ちふさがるのです。

「こないな口車に乗ったらあかん。お役人が、わしら百姓を儲けさせようなんて、思うはずあるかいな。そやろ」農夫は篤太夫に向き直ります。「どうせ百姓から絞れるだけ絞って、お家だけ儲けさせようとしてんのや」

 場は騒然とし、「信じてくれ」という篤太夫の言葉も通りません。

 その頃、海の上のイギリス船では、イギリス公使のパークスが、修好通商条約の実がないことにいらだっていました。

「日本との貿易で利益を出さねばならぬ。イギリス帝国の名にかけて」パークスはアーネスト・サトウらに命じます。「七日以内に帝(みかど)に条約を認めさせろ」

 将軍家茂(磯村勇斗)は大阪城にて、報告を受けていました。

「パークスは勅許(ちょっきょ)が取れねば公儀を無視して、じかに朝廷と話をすると申しております」

「しかし」家茂は苦しげにいいます。「天子様が今さら勅許などなさるはずがない」

「フランスはかばってくれんのか」

 と聞く者がいます。それに対して栗本鋤雲が答えます。

「申しはしましたが、エゲレスの新しい公使、パークスがまことに強硬なため、これ以上は守れぬと」栗本はここで声を張ります。「しかし僭越(せんえつ)ながら、まことに勅許など、入り用でしょうか。日の本を東照大権現様の御代(みよ)より長らく守ってきたのは公儀でございます。国の差配は公儀がするもの」

 それに老中の松前崇広と阿部正外も同意します。

「たわけたことを申されるな」

 と、いって入ってきたのは、一橋家の慶喜(草彅剛)でした。慶喜松前と阿倍の前に立って語ります。

「このように大きな事柄は、朝廷の勅許があってこそ治まる。その前提を無視されれば、国の根源が崩れますぞ」

 しかし一同に納得する様子は見られませんでした。

 慶喜は京の御所に来ていました。御簾(みす)の向こうの天子が慶喜に話しかけます。

慶喜よ。公儀が、朕の許しもなしに、港を開くつもりであるというのはまことか」

 慶喜は黙って頭を下げます。天子は嘆きます。

「お上を侮辱するとは許せん」というのは正親町(おおぎまち)三条実愛です。「勅許をいらぬというた老中の阿部、松前両名は、罷免させなはれ」

 慶喜は抗議しようとしますが、

「なんじゃ、不服と申すか」

 と三条ににらまれるのでした。

 大阪城ではこのことが報告されていました。松前、阿部を罷免するように朝廷からいってきている。将軍家茂は驚きます。

「これはすべて私の責。そなたらは私を助け、まことによくやってくれた。私の力が足りず」

「否(いな)」と声をあげたのは栗本鋤雲でした。「上様ゆえに、ここまでこられたのでございます。朝廷や一橋様がこうした挙に出るならば、ご先祖様への面目もなし」栗本は立ち上がって前に出ます。「かくなる上はすみやかに、征夷大将軍の大任を辞してはいかがでしょうか」皆が騒ぎます。「もし上様がお辞めになるならば、朝廷などどうせなにもできますまい。京だけで日の本を回せると思うなら、やってみたらいいのだ」

「いや」ため息をつくように家茂はいいます。「あるいは、一橋殿ならできるのかも知れぬ」皆の間に怒声が飛び交います。「もうよい。私はこれより、将軍職を一橋慶喜殿に譲り、江戸に戻る」

 このことを知った慶喜は家茂のもとに駆けつけます。深く頭を下げて慶喜はいいます。

「お待ち下され。勅許は、私が命をかけていただいて参りまする。それゆえ、どうか将軍職辞職は、思いとどまり下さい。今、旗本八万騎の臣下を動かしておられるのは、上様でございます。上様あってこそ臣下は懸命に励むのです。私が将軍になったところで、誰もついては来ぬ。国は滅びましょう」慶喜は顔を上げます。「将軍は、あなた様でなくてはならんのです」

 慶喜は御所に上がり、天子に言上します。

「公儀が調印いたした、条約の勅許をお願いいたしまする。勅許をいただけねば、兵隊は天子様もはばからず、京に入ることとなりましょう」

 公家の一人があきれたようにいいます。

「夷狄が御所に。そんなことがあってはならん」

 三条がいいます。

「何としてもお上は勅許いたしませぬ。こうなった責任を取り、将軍は辞職しなはれ」

 慶喜は三条に語りかけます。

「仕様軍を辞職されよとは、どなたのご意見か。それがしは、あなたのもとに薩摩の者どもが出入りしていることを存じておる。これほどの大事を誰かにそそのかされたとあっては」三条をにらみつけます。「そのままでは済ませぬぞ」慶喜は正面に向き直ります。「なるほど、これほど申し上げてもお許しがないのであれば、それがしは責を取り切腹いたす以外にございませぬ」慶喜は公家たちを脅します。「それがしも不肖ながら多少の兵を持っております。腹を切った後に家臣どもが、おのおの方にいかなることをしでかすかは、責めを負いかねますゆえ、ご覚悟を」

「人払いを」

 と、天子が声を出します。部屋から公家たちが下がっていきます。

「朕は、決して家茂や公儀を憎んではいない」天子は慶喜に語ります。「憎きは長州じゃ。いまだ降参せぬとはなにごとぞ。外国のことは、慶喜がそこまでいうのであれば、朕は、慶喜のいうことを、信じよう」

 幕府は、七年越しに修好通商条約の勅許を得ることができました。

 篤太夫は、疲れのあまり寝込んでしまった慶喜の代わりに、同僚の猪狩勝三郎(遠山俊也)に物産所の構想について語ります。農民から木綿をできるだけ高く買い取り、それをできるだけ安く売る。高く買い上げれば、農民たちはもっとよいものを作ろうとする。よい品が安いとなれば、必ずよく売れる。

「いったい何がいいたいのだ」

 と、猪狩は悲鳴にも似た声を出します。

「仁をもって得た利でなくては、意味をなさねえ。上に立つ者だけが儲けるなら、御用金を取り立てりゃ早い話です。しかし、それじゃあどん詰まりだ。誰かが苦しみ不平を持てば、そこで流れがよどんじまう」

 寝込んでいたはずの慶喜が通りかかり、篤太夫の話を聞いていました。話の続きを聞かせろというのです。

 篤太夫は、藩札の見本を慶喜に見せます。売り買いの流れをよくするために、これを作りたいのだと訴えます。

「信用」と篤太夫はいいます。「銀札をただの紙切れではなく、きちんと銭と思ってもらうのに入り用なのは信用だ。しかるに、一橋が責任を持ってこれを作り、これで木綿の売り買いをさせ、真心を持って、きちんと値うち通りの銀を支払えば、きっと商人も百姓も、これを信用し、大いに役立てるように」

 篤太夫は我に返ります。慶喜が理解していない気がしたのです。その通り、慶喜半分も話を聞いていませんでした。しかし篤太夫の顔を見て、少しばかり気鬱が直ったといいます。

「仁をもって為す、か」慶喜は藩札の見本を手に取って見つめます。「おぬしがまことに信用のできる札を作り、民をも喜ばせることができるというならば、ぜひ見てみたいものだ」

「必ずや、やって見せます」

 篤太夫は張り切っていうのでした。

 こうして篤太夫は、半年をかけて銀札引換所を設立。以前、口車に乗ったらあかん、といっていた年かさの農夫も、交換にやってきました。

「悪かったの。ひどいこというて」

 と、篤太夫に謝ります。

「これからも頼む、頼りにしてんだからな」

 と、篤太夫は気さくに農夫に肩を叩きます。

「おう、任せとけ」

 という農夫。

 一橋家は、額面通りの銀と引き換えたことで、広く信用を得ました。そして篤太夫は一橋家の勘定組頭に抜擢されました。慶喜からも言葉を賜ります。

「またたく間に一橋の懐が安定したと、京のみならず、江戸の家中も驚き、喜んでおる」

「これからが、腕の見せ所でございます」

 と、篤太夫は見得を切るのでした。

 成一郎(高良健吾)は、軍制所調役組頭に昇進していました。篤太夫と成一郎は、別々の場所で暮らすことになります。

「身分が上がったとはいえ、勘定方とはな」同情するように成一郎は篤太夫に話しかけます。「断れなかったのかい。せっかく武士になったというのに勘定もあるめえ。百姓や商人相手に金のことばかりこつこつやるんでは、村にいた頃と変わらねえ」

 篤太夫は笑い顔を見せます。

「まあ、俺もそうも思ったが、俺にはこっちの方が合ってるのかも知れねえ」

 成一郎は篤太夫に理解を示しません。

「俺は、命をかけて殿のために戦う」

「しかし死んじまったら何にもならねえ」

 二人は決裂します。成一郎が荷物を持って去ったあと、篤太夫は一人つぶやきます。

「道はたがえるが、互いに身締めて、一橋を良くすんべえ」

 この頃、薩摩は、朝敵である長州と、薩長同盟を締結しました。そして幕府は、いよいよ二度目の長州征討を始めました。しかし各地で幕府軍は苦戦を強いられたのでした。薩摩と長州が裏で手を組んでいるのかも知れない。そう結論づけた将軍家茂は、衝撃のあまり家臣たちの前で倒れ伏すのでした。

 

『映画に溺れて』第418回 バットマン リターンズ

第418回 バットマン リターンズ

平成四年八月(1992)
大阪 梅田 梅田東映パラス

 

 ティム・バートン監督の『バットマン』に続く『バットマン リターンズ』は、さらにバートン色の強い遊び心満載で、乳母車ごと捨てられた赤ん坊が川をどこまでも流れていくオープニングから引き付けられる。
 バートン監督の『バットマン』シリーズは残念ながら二作のみで、このあとに続く『バットマン フォーエバー』以後、私はどれもさほどいいと思わなかった。ジム・キャリーシュワルツェネッガーは好きだが、彼らの演じる薄っぺらな悪役には全然魅力が感じられなかったし、ジョージ・クルーニーも好きだが、あのバットマンもどうかと思う。強いて言うならバートン以後、唯一よかったのは番外編のホアキン『ジョーカー』だろうか。
 それはさておき、『バットマン リターンズ』には、コミック版の有名な悪役がふたり登場する。
 ダニー・デビート演じるペンギン。生まれてすぐ、その醜さから両親に嫌われ、川に捨てられ下水で育ったが、悪のサーカス団を率いてゴッサムシティに現れ、市長に立候補する。
 ミシェル・ファイファー演じるキャットウーマン。悪徳企業の社長秘書だったが、社長の悪事に気付いたため、ビルの窓から突き落とされ、生還して復讐鬼となる。
 そして、このふたりに絡むもうひとりの悪役、金儲けのために不要な原子力発電を推進しようとする悪徳企業の社長がクリストファー・ウォーケン
 ティム・バートンが描くバットマンは一般の正義の味方のような単細胞ヒーローではない。大富豪と怪人の二つの顔を使い分けてはいるが、かなり屈折したものだ。両親の死というトラウマを抱えたバットマンは二重人格者であり、一歩間違えれば、ハイド氏になりかねない。犯罪者ペンギンやキャットウーマンにより近い立場にあるのだ。
 マイケル・キートンが暗い影のあるバットマンを演じたのは、結局ティム・バートン監督の二作で終わる。その後、二十年の時を経て、俳優キートンは彼自身を当て書きにしたような『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』によって蘇る。

 

バットマン リターンズBatman Returns
1992 アメリカ/公開1992
監督:ティム・バートン
出演:マイケル・キートンダニー・デビートミシェル・ファイファークリストファー・ウォーケン

 

『映画に溺れて』第417回 ワンダーウーマン

第417回 ワンダーウーマン

平成二十九年七月(2017)
西新橋 ワーナーブラザース試写室

 

 マーベルがアベンジャーズを結成したのに対し、DCコミックスもまたスーパーマンバットマンたちをジャスティスリーグで集結させた。その中の紅一点がワンダーウーマンである。
 ベースはギリシア神話の英雄譚であろう。かつて神話のヘラクレスペルセウスは神々の王ゼウスが人間の王族の娘と交わって生まれた半神半人のヒーローだったのだ。
 ゼウスの息子である悪神アレスが父に背いて人間に争いの心を芽生えさせ堕落させる。ゼウスは人間界から隔絶した異界にアマゾネスの島セミッシラを創造し、アレスに対抗する。女王ヒッポリタの娘ダイアナは最強の戦闘能力を持つ戦士として成長した。
 ある日、ひとりの男がセミッシラに不時着する。異界の外は第一次世界大戦の最中であり、男は米軍スパイのトレバーだった。ドイツ軍の追跡をかわし偶然にも境界を飛び越えてしまったのだ。それを追って島に押し寄せるドイツ軍。アマゾネスとドイツ軍との壮絶な戦闘が繰り広げられる。多くの犠牲を出しながらも女たちは上陸したドイツ軍を全滅させる。
 外の人間界が戦争状態であるのは戦いの神アレスが力をふるっているからだ。ダイアナはトレバーとともにセミッシラをあとにし、海を渡ってロンドンへ赴き、第一次世界大戦を終息させようとする。休戦に反対のドイツ軍総監ルーベンドルフは強力な毒ガス兵器を開発し、一気に敵方ばかりか世界をも滅ぼそうと企てる。このルーベンドルフこそが、悪神アレスだと確信したダイアナはワンダーウーマンとなり、宝剣ゴッドキラーを手に、国境の塹壕を乗り越えて、最前線のドイツ陣営に迫る。
 第一次世界大戦塹壕を扱った映画は『西部戦線異状なし』から最近の『1917』までたくさんあるが、実際にスーパーヒーローが戦争に関われば、味方された側が勝利するに違いない。
 それにしても、ダイアナを演じる長身のガル・ガドット。セクシーな衣装と鍛え抜かれた肉体美の魅力にうっとりするばかり。

 

ワンダーウーマン/Wonder Woman
2017 アメリカ/公開2017
監督:パティ・ジェンキンス
出演: ガル・ガドットクリス・パインロビン・ライトダニー・ヒューストンデヴィッド・シューリスコニー・ニールセンエレナ・アナヤ