日本歴史時代作家協会 公式ブログ

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『映画に溺れて』第457回 赤ちゃん教育

第457回 赤ちゃん教育

平成十二年一月(2000)
京橋 フィルムセンター大ホール

 

 ケーリー・グラントキャサリン・ヘプバーン、いずれもハリウッドの大スターであり、美男美女である。このふたりがドタバタ喜劇を演じるのだから面白い。
 若き古生物学者デヴィッド・ハクスリー教授は同僚アリスとの結婚式を翌日に控え、四年がかりで組み立てた恐竜標本を完成させるための最後の一片が届くのを待つばかりで、彼の研究所に百万ドルを寄付してくれる予定の貴婦人ランダム夫人の弁護士と接待ゴルフの最中である。
 そのゴルフ場で、デヴィッドのボールを間違って打ちながら、知らん顔でプレイを続ける若い女性。デヴィッドが抗議しても嘲笑うだけ。この金持ちの令嬢スーザンと出会ったために、彼の予定は次々と狂ってしまう。
 自動車を壊され、レストランでは弁護士に会えず、泥棒と間違えられたり、スーザンにあちこち連れまわされて悪夢の一日が過ぎる。
 翌朝、恐竜の骨が届き、ほっとしているとスーザンから電話で呼び出され、結婚式の当日だというのに、ベイビーという名の豹とともにコネチカットの別荘に連れて行かれ、次々にトラブルが続く。
 別荘の女主人であるスーザンの伯母が、研究所の出資者ランダム夫人であったり、大人しいペットのベイビーとは別にサーカスから逃げ出した狂暴な豹が庭に紛れ込んだり、ランダム夫人の飼い犬がデヴィッドの大切に持ち歩いていた恐竜の骨をくわえてどこかへ行ったり、間抜けな警察署長の誤解からみんなが留置場に入れられたり。こんなひどい目に遇いながらも、ふたりの間に恋が芽生えて、予想通りのラストシーンとなる。
 映画がサイレントからトーキーへと移り変わった時代に数多く作られたスクリューボールコメディの一本、一九七〇年代に『ラスト・ショー』のピーター・ボグダノビッチ監督がバーブラ・ストライサンドライアン・オニールで作った『おかしなおかしな大追跡』はこの『赤ちゃん教育』に想を得たものである。

赤ちゃん教育/Bringing Up Baby
1937 アメリカ/公開1938
監督:ハワード・ホークス
出演:キャサリン・ヘプバーンケーリー・グラント、バリー・フィッツジェラルド、フリッツ・フェルド、バージニア・ウォーカー

 

『映画に溺れて』第456回 愛しのローズマリー

第456回 愛しのローズマリー

平成十四年六月(2002)
日比谷 日比谷映画

 

 ともかく、美女が次々とたくさん出てくる映画である。
 外見の美しい女性と心の美しい女性と、どちらがいいだろう。ジャック・ブラックふんするハル・ラーソンは女性の外見にしか興味がなく、モデル並みの美女ばかりを追いかけているが、全然相手にされない。美男には程遠く、言動は軽薄そのもの。もてないのは望みが高すぎるからだと同僚から忠告される。
 ある日、ひょんなことから自己啓発家のアンソニー・ロビンズと知り合い、女性の美しさは外見ではなく、内面の美しさを見ることが大切だとの暗示を受ける。その日から、彼には心の美しい女性が外見には関係なく、そのまま美女に見えてしまうのだ。
 偶然、道で見かけた女性があまりに美しくて、一目惚れして声をかけ、仲良くなるのだが、親友のマウリシオは驚く。ハルには絶世の美女に見えているローズマリー、現実には百数十キロ以上の巨漢で、レストランで椅子が壊れるほど。
 このローズマリーがハルの勤める会社の社長令嬢だとわかり、ハルは目をかけられて昇進する。同僚は出世のために巨漢を口説いたハルを軽蔑するが、なにを言われようと彼にはローズマリーが美女にしか見えないので、幸せいっぱいなのだ。
 やがてマウリシオが自己啓発のいきさつを知り、アンソニーから暗示を解くキーワードを聞き出してハルに電話する。とたんに現実しか見えなくなり、ハルは目の前の巨漢がローズマリーだと気がつかず、破局を迎える。彼女はハルの心変わりに傷つき、海外での救援活動に出ることになるが、それを知ったハルは今さらながら、外見に関係なく彼女を愛していたことに気づくのだった。
 ハルの目に映るローズマリーを演じるのが細身で長身美女のグウィネス・パルトロー。暗示から覚めたハルが目にする体重百三十キロを超えるローズマリーもパルトロー本人が特殊メイクによって変身している。

 

愛しのローズマリー/Shallow Hal
2001 アメリカ/公開2002
監督:ピーター・ファレリー、ボビー・ファレリー
出演:ジャック・ブラックグウィネス・パルトロー、ジェイソン・アレクサンダー、スーザン・ウォード、レネ・カービー、ジョー・ヴィテレリ、アンソニー・ロビンズ、ジル・クリスティーン・フィッツジェラルドブルース・マッギル

 

大河ドラマウォッチ「青天を衝け」 第33回 論語と算盤(そろばん)

 渋沢栄一吉沢亮)は、大隈重信大倉孝二)の邸宅を訪ねていました。大隈が部屋に入ってくると、栄一は立ち上がります。

「大隈さん、あんまりではありませんか」

「なんじゃい。いきなり」

 大隈はすでにけんか腰です。

「小野組や三井組にいきなり、政府の預け金、全額の担保を申しつけたことです。元来、小野組や三井組に政府が無担保で金を貸し付けていたのは、彼らが御一新の際に貢献したからだ。それを急に全額の担保を差し出せとは。三井や小野を取り潰してしまうおつもりですか」

 大隈は鼻を鳴らします。

「おい一人で決めたことではなか。そいに、そがんこって潰れるようなとこに、政府ん金ば預くっことの方が危なかじゃなかか。大蔵省としては、今んうちに、担保ば押さえておくことは道理たい」

「三井や小野が、わが第一国立銀行の大株主であることは、もちろんご存じのはず。銀行まで今、潰れれば、この先日本の経済は……」

「ないが日本の経済じゃ。勝手に大蔵省を去ったくせに。佐賀いくさや、台湾や、なんもかんも金のかかる中、おいは一人、寂しか懐で、どがんじゃやりくりばしとるばい」

 感情的になった大隈とは話になりません。

 第一国立銀行で栄一は、小野組番頭の小野善右衛門(小倉久寛)の泣き言を聞きます。

「いや、小野組が潰れてもこの銀行を潰すわけにはいかない」と、栄一は言い放ちます。「政府よりも先に、当銀行へ、貸し付けた分の担保を差し出していただきたい」

「そんな殺生な」

「私はこの銀行を守らねばならないんだ。ここが潰れれば、日本に銀行をつくるなど絵空事(えそらごと)だと思われる。育てねばならねえ、産業も商業もますます遅れ、今、崖っぷちの日本の経済そのものが崩れ去るんだ」

 それまで黙っていた、小野組番頭、古河市兵衛が口を開きます。

「渋沢様」

 古河は風呂敷に包んでいた大量の証券を机の上に乗せるのです。渋沢は自分を信用して無担保で貸してくれた。その恩に報いるために、出せるものはすべて差し出す。抗議をする小野に古河はいってのけます。

「頭取(とうどり)。もうどうやっても小野は助かりません。どうせなら、一方的に見捨てようとする政府より、信用して下さった渋沢様や、市井(しせい)のお客様にお返ししましょう」

「いやや。御一新を乗り越えて、ようやくここまで来たんに」

 小野は証券を抱えて泣き崩れるのでした。

 栄一は、小野組の犠牲で、この危機を乗り切りました。

 栄一に、三井から文(ふみ)が届きます。

「なんだこれは」

 栄一は三井組番頭の三野村利左衛門(イッセー尾形)に会いに行きます。文を三野村の前に叩きつけます。

第一国立銀行を、三井組に取り込むおつもりか。あなたは、はじめから三井のみの銀行をつくりたがっていた」

 と、栄一はつぶやくようにいいます。

「大蔵省にいるあなた様に止められました。まあ、今、思えば、最初からそうすべきだったんだ。あなたもねえ、官を辞めたとき、三井に入ってればようござんした。やあ、まあ、遠回りしましたが、こうなるのが成り行きでござんしょう」

第一国立銀行は、あくまで合本(がっぽん)銀行だ。多くの人々が力を合わせ、よどみない大河の流れをつくるのが目的だ。それを、株はすべて、三井が譲り受けるだと。配当金の人員も。混乱に乗じて、そんな横暴をいいだすとは。承服しかねる」栄一は椅子に座ります。「私は、三井の一支配人になるつもりはない。株もいらねえ。どうしても乗っ取るというのなら、こっちにも覚悟があります」

「覚悟」

「大蔵省に洗いざらい調べてもらい、銀行のあり方としてどちらの方が正しいのか、判断を仰ぐんです」

 三野村はあざ笑ってみせるのでした。

 大蔵省は、第一国立銀行にアラン・シャンドを派遣し、日本で初めての本格的銀行検査を行いました。三野村もその場に立ち会います。大隈が結論を延べます。

「シャンドの報告では、小野組の破綻により、抵当もなく回収できない貸し付けが、七十一万円にも達していた。しかし、様々な努力により、結果、損失は、一万九千円におさえられとる。こいは、評価すべきことだ。そいよりも問題は、大口の貸し付けば、三井組のみにしとることや。ひとつん所にかたよるんは、合本銀行として、不健全であっとであーる」大隈は立ち上がります。「非常の試適により、大蔵省は第一国立銀行に、三井組への、特権のはく奪ば命ず。さらに、渋沢の総監役ば廃し、頭取(とおどり)に任ずる」大隈は去り際に栄一にいいます。「わいが始めたんじゃい。しっかり立て直せ」

 敗北した三野村は、段差でつまずき、部下たちに支えられて出ていきます。

 ろうそくの明かりの下で、大隈と岩崎弥太郎中村芝翫)が話しています。

「けんどこれは、大隈様の筋書き通りなかでは」岩崎は大隈に酒を注ぎます。「生意気な古い豪商らを潰し、政府に必要な銀行だけは、灸を据えながらも、どうにか生かすとは」

「そがん、人ば、悪者にすな。おいも必死たい」

「悪者。まさか」岩崎は笑い声をたてます。「三菱は大隈様のおかげで、三井の郵便蒸気船会社をしのぐほどの利をあげておりますきに。大隈様は神様や」

 仕事が少し落ち着いた栄一は、静岡の徳川慶喜邸を訪れました。慶喜(草彅剛)はかつての家臣にはほとんど会わないということでした。しかし栄一と会うことは楽しみにしていたというのです。栄一は慶喜に会うために廊下を渡っているときに声をかけられます。猟銃を持ち、洋装した慶喜がそこにいたのです。部屋に入って栄一は東京の様子を語りますが、慶喜は興味がないようなのです。

「私も男の子が生まれました」

 と、栄一がいうと、慶喜は初めて笑顔を見せます。

 栄一は、慶喜の妻、美賀子と話します。

「平岡円四郎殿の奥方が来たのや」

 円四郎の妻の、やす(木村佳乃)は、美賀子にまくし立てました。平岡は、慶喜がきっと新しい日本をつくるといっていた。しかし慶喜は旗本八万騎を見捨て、尻尾を巻いて逃げ出した。そのせいで、たくさんの人たちが死んだ。世の中もめちゃくちゃになった。街には職にあぶれた侍や、病人や、親のない子があふれかえっている。こんな世にするために、みんな死んでいったのか。許せない。何もかも自分のせいだというのに、何もなかったような顔をして隠居暮らしをしている。美賀子は栄一にいいます。

「さもありなん。御一新で没落した者からすれば、恨みをぶつける相手は、わが御前しかおらん。御前も、それは、分かっておられる」

 東京の邸宅に戻ってきて、栄一は「論語」を読みます。やって来た千代(橋本愛)に栄一は話します。パリにいた頃、フランス軍人の婦人から文が届いたことがあった。パリの貧民たちのために慈善会を開くので何か買ってくれと書かれていた。

東京府でも、貧民や、親のいない子を集める、養育院というのができたんだ。しかし、年々人数が増え、費用に困っているらしい。俺は、その養育院を預かろうと思うんだ。大事なのは民だ。今のような世のままでは、先に命を落とした者たちに、胸を張れねえ」

 第一国立銀行にいる栄一のもとに、金(きん)がどんどん引き換えられている、との知らせが入ります。円の価値が下がり、機械や綿織物の輸入がおびただしく増え、銀貨や金貨が大量に外国に流れているとのことです。次から次の難題に加え、喜作(高良健吾)も栄一のもとにやって来ます。

「栄一。わりいが横浜の異人もどうにかしてくれ。夏から蚕卵紙(さんらんし)(蚕の卵をつけた紙)を売っているが、一つも買い入れる外国商館がねえ」

 外国商人が結託して買え控え、値が崩れるのを待っているようなのです。

 政府も、伊藤(山崎育三郎)、大久保(石丸幹二)、大隈らが、輸入超過について頭を悩ませていました。政府が動くしかないと考える大久保に、伊藤がいいます。

「駄目じゃ。政府が手を下しゃあ、通商条約を盾に、外国から苦情が来るに決まっちょる。こりゃあくまで、民が解決せにゃならん」

 栄一は大久保に呼び出されます。

「正直にいう。おいは、経済のこつは、いっちょもわからん。じゃっで、おいを助けるとじゃなか。国を助けると思うて」大久保は栄一を振り返ります。「味方になってくれんか」

 栄一はしばし間を置いた後、うなずきます。栄一は政府が持つ、蚕卵紙を売り上げた代金を使わせてほしいとの条件を出します。去って行く栄一に、大久保が声をかけます。

「渋沢。頼んだど」

「おかしれえ。やってやりましょう」

 と、栄一は答えるのでした。

 横浜の喜作の会社に、蚕卵紙が積み上げられています。栄一がいいます。

「ここにいる横浜の商人が手を組み、売れずに困っている蚕卵紙を、すべて買い上げてもらいたい」

「しかし、買い上げる金は」

 と、惇忠(田辺誠一)が質問します。

「金は内々に、政府に用意してもらった」栄一は鞄に入った紙幣を見せます。「しかしあくまで表向きは、民の力のみで解決したい」

「それでどうする」

 と、喜作が聞きます。

「買い上げた蚕卵紙は、すべて燃やす」皆がざわめく中、栄一は続けます。「そうだい。外国商人が音(ね)を上げて、向こうから取引きを申し入れてくるまで、焼き続けるんだ」

「買え控えを逆手に取り、売り控えるのか」

 と、惇忠がいいます。栄一はうなずきます。

「そしてその旨を、新聞に載せ、世間に広く知らせる」

 そこへパリで幕府の一行に参加していた、栗本鋤雲が現れます。

「徳川はパリで、新聞に泣かされた。しかし新聞には、世論を動かす力があり、その世論には、政府をも動かす力もあることを知った。今度は外国を見返すのだ」

 栗本は新聞社を主催していたのでした。

「焼き討ちだい」と、喜作がつぶやくようにいいます。「十年越しの俺たちの横浜焼き討ちだい」

「おお」

 と、惇忠もうなずきます。

 蚕卵紙が集められ、積み上げられます。外国人が抗議しようとしますが、押しとどめられます。蚕卵紙に油がかけられ、点火されます。炎が上がると、喜作がいいます。

「見てるか、真田、長七郎、平九郎」

 明治九年(1876)の一月となります。栄一宅を三野村が訪れます。三野村は栄一の子どもたちと、仲良く遊び出すのです。

 夜、男たちが牛鍋を囲んで酒を飲みます。五代才助(ディーン・フジオカ)の姿もあります。喜作が栄一の文机から「論語」を見つけます。栄一はいいます。

「今までの俺の働きは、まあなんやかんやで、一橋や公儀や、政府に守られていた。しかし今や、俺が頭取だい。これからは俺みずからが、多くの者の命運を引き受け、でっけえ海を渡るんだと考えたら、急にぞっとしたんだい。それでこの論語だ。論語には、おのれを修(おさ)め、人に交わる常日頃(つねひごろ)の教えが説いてある。俺は、この論語を胸に、商いの世を戦いてえ」

 栄一は懐(ふところ)に論語を差し込むのでした。三野村は栄一たちから離れ、千代と話していました。栄一がやって来ていいます。

三井銀行開業、おめでとうございます」

「いや、三井もようやく、日本初の私立銀行をこさえまして、ええ、私もこれで、悔いなく死ねまさあ」

「またそんなことを」栄一は笑います。「しかし、小栗様が今の世をご覧になったら、どうお思いでしょうな」

「ああ、小栗様。カンパニーも、紙幣も、バンクも、小栗様は十年前につくろうとなさっていらした。今さらつくったのかと、お笑いになってるやもしれませんね」

 栄一は笑います。

「そうかもしれませんな」

「だだ怖いのはね、渋沢様。あまりにも金(かね)中心の世の中になってきたってことですよ。金を卑(いや)しむ武士の世が終わり、今や誰も金を、崇拝し始めちまっている」三野村は拝むまねをします。「こりゃあ、あたしら、開けてはならぬドビラを開けてしまったかもしれませんぜ」

 栄一は論語を懐に考えにふけります。

 翌年、三野村利左衛門は、病(やまい)で亡くなりました。

 明治十年(1877)の西南戦争の記事を、栄一は読みます。「西郷隆盛死す」の文字を見つけるのでした。

「なんと馬鹿らしい」

 栄一は嘆きます。明治十年の税収は4800万円。戦費は4200万円でした。

 郵便汽船三菱会社では、岩崎弥太郎が大声を上げていました。

「戦争とは、なんと多くの金が動くことか。ああ、巨万の利を得た上に、大久保や大隈からの信頼は……」

 そこへ岩崎の弟である岩崎弥之助忍成修吾)が飛び込んできます。大久保利通が殺されたというのです。

 

『映画に溺れて』第455回 2番めのキス

第455回 2番めのキス

平成十八年十月(2006)
飯田橋  ギンレイホール

 

 ファレリー兄弟のラブコメディ『2番目のキス』に描かれたレッドソックスのファンというのは、日本でいえば、さしずめ大阪の阪神タイガースファンなのだと思う。
 ベンは三十過ぎで独身の数学教師。過剰なユーモアのセンスがあり、常に口からジョークが飛び出し、生徒には人気がある。これもまた、大阪人に近い。そんな彼が恋したのが大企業に勤める上昇志向のビジネスウーマン、リンジー・ミークス。そして意外やふたりの恋はうまくいくのだ。
 両親に紹介したいと復活祭に実家に誘うリンジーに、ベンは先約があると断る。その日はレッドソックスのトレーニング試合があってフロリダに行くからと。
 関係者なのかと聞かれてベンは告白する。そうならうれしいが、子供の頃からレッドソックスファンで、あまりに熱狂的すぎて、女性には相手にされず、ずっと独身だったのだと。リンジーは納得するが、ベンは彼女の想像以上のフリークだった。
 リンジーは仕事に熱中し昇進する。商用でパリに行くことになり、いっしょに行こうとベンを誘うが、どうしても見逃せない試合があるからと断られる。パリよりも試合が大事なのか。そしてふたりの仲は気まずくなり、結局別れることになる。
 いいんだ。自分にはレッドソックスがある。それを聞いた生徒が言う。先生は間違ってるよ。先生がいくらレッドソックスを愛しても、レッドソックスは先生を愛してくれるの。
 ベンは初めて気づく。自分が愛し、相手も愛してくれる。それはリンジーだけだと。そして野球の試合を見ないで、彼女とパーティに行く。野球がなくても、彼女といれば幸せなのだ。だが、彼が初めて試合を見に行かなかったその日、レッドソックスは野球史上まれな逆転勝利をおさめる。そして彼は幸せ気分の彼女に試合を見られなかった不満をぶちまけ、取り返しのつかない破局を迎える。
 ふたりの間に奇跡的な逆転ホームランはあるのか。
 野球のことなど、ほとんど知らない私が、こんなに楽しめた野球映画、ほんとに幸せな気分になれる一本である。

 

2番めのキス/Fever Pitch
2005 アメリカ/公開2006
監督:ピーター・ファレリー、ボビー・ファレリー
出演:ドリュー・バリモア、ジミー・ファロン

 

大河ドラマウォッチ「青天を衝け」 第32回 栄一、銀行を作る

 渋沢栄一吉沢亮)は、銀行という仕組みを民間に根付かせるため、三年半勤めた政府を、辞める決意を固めました。

 同時期に井上馨も政府を辞職します。

 政府を去ろうとする栄一を引き止めようと、三条実実(金井勇太)らはいいます。

「おぬしは、おぬしのその才識を、卑しい金儲けのために使うつもりか」

 栄一は振り返ります。

「お言葉ですが、私はその考えこそなくしたい。お役人が偉くて、商人が卑しいとは、江戸の身分制度といささかも変りませぬが、これは実におかしい。だいたい、民で産業が育たなければ、政府がいかに金が入り用でも、国に金は生まれません。いや、しかし」栄一は声を落とします。「商人も悪い。お上に頭を、へいへいと下げつつ、後ろを振り向けば『馬鹿め。俺たちに頼るしかねえくせに』と、舌を出す。そういういじけた根性ではなく、そう」栄一は声に力を込めます。「商人こそ志(こころざし)が必要だ。両方あってこそ国がうまく回る。その民の先駆けとなることが、今の私の志望でございます」

 栄一は三条らに頭を下げるのでした。

 ある日、栄一が邸宅に戻ってみると、三井組番頭の三野村利左衛門(イッセー尾形)が訪ねてきていました。三野村は栄一が三井に入ると決めてしまっていました。三野村は三井組を引退するつもりだったゆえ、後任に推薦したというのです。

「私は三井に入る気は、これっぽっちもありません」栄一はいいきります。「私は銀行を作りたいんだ。今のまんまじゃ、日本の銀行は良くならない。私は、辞めたからにはこの手で、日本の規範となる、合本(がっぽん)銀行を作りたいんです」

「お言葉ですが、三井の総理事の座ですよ」

「三井ひとつを富ますことに興味はない。私がやりたいのはあくまで合本、合本なんです」

 三野村は腕を組みます。

「仕方ない。ならばこの先は、商売敵(がたき)ですな」

 明治六年。民間資本による、日本初の銀行「第一国立銀行」が開業しました。

 栄一は皆に西洋式の帳面のつけ方、すなわち「簿記」を身につけさせます。

 栄一は五代友厚ディーン・フジオカ)に語ります。

「開業はしたものの、まだまだぐちゃぐちゃです。そもそもまだ多くのもんが、銀行というものを根本(こんぽん)では分かっていない。株主はもちろん、貸出先も三井や小野に関するところばかり。三井と小野の金をぐるぐる回してるようなもんだ。しかも、三井も小野も張り合ってばかり。頭取も双方から一人づつ。合本も楽じゃありません」

 五代がいいます。

「そいで、渋沢君が総監役となったわけか」

 栄一は笑い声をたてます。

「相撲(すもう)の行司のようなもんです。パリを思い出す。あの頃も、水戸侍と外国奉行やパリ人の仲介ばかりでした」

「そげんして、手を結ばすコツが、まさにカンパニーじゃ。おいも、西へ同志を集め、鉱山の商(あきな)いをするカンパニーを起こしもした」

「おお、とうとうカンパニーを」

「おいは大阪、おはんは東京で商いをすっこつんなる。ま、ちっと早う、来るかち思うちょったけどもな」

「あなたの変わり身が早すぎるんです。私は、あなたが途中で投げ出したあの政府で、やれるだけのことはすべてやったという自負があります」

「おお、なかなかいうじゃなかか。ほいなら、先に官から民へ下ったもんとして、ひとつアドバイスをせんといかん。政府は、やっかいな獣の集まりじゃったが、商いの方はまさに、バケモン、魑魅魍魎(ちみもうりょう)が、跋扈(ばっこ)しておる」

 薄暗い部屋で男たちを従えた者がいます。

「いくら西洋風に改革を急いでも、形ばっかりで、民の意識が変らなければ、国は弱くなるばかり、民に喜びを、か」

 新聞を読んで笑い出します。そこは三菱商会でした。笑っていたのは、その創立者岩崎弥太郎中村芝翫)です。

「井上と渋沢が辞めて、大蔵省は今後、誰がやるがじゃろうか。大隈さんか」岩崎は外出の用意をします。「さあ、この弥太郎が行っちゃるき」

 岩崎は高笑いをするのでした。

 栄一の母の、ゑい、が東京の渋沢邸にやって来ます。ゑいと共に来た、栄一の姉の、なか(村上絵梨)が栄一に話します。

「寒くなり始めてから、調子が悪くなってね、おてい、も今、身重(みおも)なもんで、ウチも旦那の商いがあって、満足に世話ができねえし」

 栄一がいいます。

「こっちで面倒みらい。東京の良い医者にも診てもらうべえ。お千代も、世話をしてえっていってたんでえ」

「そう。ありがとうね。でも」なか、は栄一の尻を叩きます。「何やってんだい、あんたは」

 なか、は栄一の妾(めかけ)である、くに(仁村紗和)のことをいっていたのです。

「しかし、おくに、もほっとくわけにもいかねえ。子は、多くいたほうが良い。お千代も分かってくれてる」

「分かるしかねえから飲み込んでるだけだに。んなことも分かんねえんかい。かっさまだって、なっから心を痛めてんだから。にしめて孝行するんだかんな。お千代にもだで」

「はい」

 と、栄一は小さく返事をします。再び尻を叩いて、なか、は去って行きます。

 喜作(高良健吾)がイタリアから帰ってきます。銀行で栄一を見つけるなり、その後頭部を叩きます。

「なんなんでえ。大蔵省に行けばおめえはもういねえ。おめえの変わり身の早さにはついてゆけぬ」

 栄一は喜作の肩を叩きます。

「なんの。攘夷から一橋に入ったことにくらべりゃ、なんてことはねえや。とはいえ、申しわけねえ」

 と、栄一は頭を下げます。

「そうだい」喜作栄一に促されて、椅子に座ります。「今、政府は、西郷さんと江藤さんが喧嘩してみんな出ていっちまって、大久保さんと岩倉様の天下だ。俺だけ残されたらたまらねえ。俺も辞める」

「おっ、辞めて手伝ってくれるか。今なあ、大阪や鹿児島の士族も、銀行をつくりてえ……」

「いいや。俺は横浜で生糸(きいと)の商いをする。イタリアでも見てきたが、これからは、おかいこさま、だい」

「んん、そうか」

 富岡製糸場で作った生糸は、万国博覧会で高い評価を受けていました。工女の数も増え、各地から、製糸場で地元の産業を興したいと、視察の者が集まっていました。栄一は静岡に行って、慶喜に近況を報告したい、と述べます。廃藩となり、静岡県や、御宗家の懐も気になる。共に来い、と栄一は喜作を誘います。

「いや、俺はとてもお会いできぬ。先様は、俺たちが戦うことを望んでいなかった。それなのに俺は最後まで戦い、あげく多くの御直参を死なせてしまった。合わせる顔がねえ」

 栄一宅では、医者が、ゑい、を診ていました。

「ご家族はおそろいで」

 と、医者はいいます。姉様や、おていも向かっているのか、と、栄一はたずねます。

「栄一」

 と、すっかり弱り切った、ゑい、は呼びます。栄一はその手を握ります。

「かっさま、俺はここだい」

「栄一、寒くねえかい。ご飯は、食べたかい」

「何いってんだい」栄一は微笑みます。「俺は大丈夫だい」

「そうかい。よかったいね」

 ゑいは千代を呼びます。千代は栄一から、ゑい、の手を受け取ります。

「ありがとね」

 そういって、ゑい、は目を閉じます。

「ご臨終(りんじゅう)です」

 と、医者がいいます。

 栄一は一人椅子に座り、子供の頃、ゑい、に言われた言葉を思い出していました。ゑい、は自分の胸に手を当てます。

「ここに聞きな。それがほんとに正しいか、正しくないか。あんたがうれしいだけじゃなくて、みんながうれしいのが一番なんだで」

 その年は、岩倉具視山内圭哉)暗殺未遂事件や、江藤新平による佐賀の乱など、不平士族たちが、不穏な動きを見せていました。不満をそらすために、大久保利通石丸幹二)は、台湾の出兵を計画していました。その輸送を、政府は三菱に命じるのです。

「国あっての三菱。むろん、お引き受けいたします」

 と、岩崎弥太郎は、大隈重信(大倉考二)に頭を下げます。夜になって約定(やくじょう)に判を押したあと、岩崎は大隈にいいます。

「三井、小野が、それほど政府のいうことを聞かんなら、少し、灸(きゅう)をすえたらどうですやろ」

 井上が銀行を訪れ、栄一に小野組が危ないと告げます。小野組に対して銀行は、莫大な貸付金があったのです。

「その貸付金を取りはぐれたら」

 と、井上がいいます。栄一は目を見開きます。

「巻き添えで、第一国立銀行は破産する」

 

『映画に溺れて』第454回 エバー・アフター

第454回 エバー・アフター

平成十一年七月(1999)
飯田橋 ギンレイホール

 十九世紀、グリム兄弟が貴婦人の元へ呼ばれると、彼女はガラスの靴を見せ、例の「灰かぶり」の物語は本当にあった話だと語る。
 十六世紀前半のフランス。実際にはヴァロア朝だが、一応架空の話。妻に先立たれた裕福な農園主が男爵夫人を後妻に迎える。ところが、その日のうちに急死。その後十年間、先妻の子ダニエルは女中としてこきつかわれている。
 スペイン王室との縁談に気乗りのしない皇太子ヘンリーがダニエルと知り合い、貴族の娘と思って恋する。実の娘を皇太子妃にしたい男爵夫人は、皇太子が継子に気があると知るや、これを妨害。ダニエルはフランスに滞在中のレオナルド・ダヴィンチと仲良くなり、その手助けでようやく王家の舞踏会に出るが、男爵夫人はこれを身分詐称で非難する。皇太子は失望し、スペインとの縁談を進める。ダニエルは男爵夫人の手で悪徳商人に売られるが、自力で脱出。そこへ皇太子ヘンリーが救出に駆けつけ、ダニエルはめでたく結ばれる。
 魔法の要素を取り除き、お伽話を現実的に解釈しているが、もちろん、ここにあるのは実際の暗い中世ではなく、ハリウッド風のお城と王子様と現代娘の恋であり、それがまた面白い。
 映画の国王フランシスは時代背景的にはフランソワ一世、息子のヘンリー皇太子は、後の国王アンリ二世であろう。余談だが、アンリ二世の妃はシンデレラのダニエルではなく、フィレンツェメディチ家から嫁いできたカトリーヌ・ド・メディシス。アンリ二世とカトリーヌの間に生まれた子供たちが成人して醜く争い、カトリーヌが毒を振りまき、大虐殺の果て、王家の血筋が絶えるのを描いたのが『王妃マルゴ』だった。
 ダニエルは架空の人物だが、アンリ二世の愛人ディアーヌ・ド・ポワチエあたりがモデルではなかろうか。

エバー・アフター/Ever After
1998 アメリカ/公開1999
監督:アンディ・テナント 
出演:ドリュー・バリモアアンジェリカ・ヒューストンダグレイ・スコット、パトリック・ゴドフリー、ミーガン・ドッズ、メラニー・リンスキー、ティモシー・ウェスト、ジュディ・パーフィット、ジェローン・クラッベ、ジャンヌ・モロー

 

会員・亀和夫さんからの連絡です。メール内容は多少編集して掲載しております。

また、添付pdfはブログ内に張り付けられませんでした。そのかわりにリンク先をご覧ください。

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添付のチラシの舞台をします。ご案内が遅くなり、すいません。
「マリアの首」です。
もし、よろしければ、協会員に皆様にご案内いただければ幸いです。ご検討くださいませ。
なお、日本歴史時代作家協会といっていただければ、5000円のところ、アンダー25扱いで3000円でご入場できます。当日、急に来ていただいても大丈夫ですが、来られる日が決まりましたら、
亀和夫にショートメールしていただければ、よりスムーズに入場できます。

ちなみに「マリアの首」を原作にした映画「祈り-幻に長崎を想う刻-」は、先日、
ハリウッドのロサンゼルス・ジャパン・フィルム・フェスティバルで大林宣彦賞を受賞しました。アメリカで原爆をモチーフにした映画が上映されたことが何より斗思っています。私が映画・舞台ともにプロデューサーなので、この映画のホームページに舞台の予告編を張り付けております。予告編だけでも見て頂ければ、幸いです。舞台のほうは著名人は出ていませんが、かなり良い仕上がりになっております。


ameblo.jp

『映画に溺れて』第453回 ロック・ユー!

第453回 ロック・ユー!

平成十四年三月(2002)
新橋 新橋文化

 ヒース・レジャー主演の中世騎士物語。詩人のチョーサーやエドワード黒太子が登場するので、十四世紀のヨーロッパが背景である。
 ウィリアムはイングランドの庶民出身で、騎士エクター卿の従者として諸国を遍歴していたが、槍試合に出る直前にエクター卿が急死する。もともと武芸が得意のウィリアムは鎧兜に身分を隠し、主人の代わりに試合に出て優勝の賞金を手にする。
 仲間のふたりの従者と金を山分けし別れようとしたが、ここに野心が目覚める。この先も身分を偽りながら、武芸試合に出場し続けたい。いつか本物の騎士になることが彼の子供の頃からの叶わぬ夢だった。
 武芸試合の出場資格は騎士以上の貴族にしかなく、身分がばれたら罰せられるが、ふたりの仲間もウィリアムの熱意と先々の賞金につられて皮算用で協力する。旅の途中で出会った賭事好きの詩人ジェフリー・チョーサーを仲間に入れ、ものものしい貴族の経歴と立派な名前を捏造させ、試合に出場。鎧の修理が得意な女鍛冶屋も仲間に加わる。
 競技場の場面、流れるのがクイーンの『ウイ・ウィル・ロック・ユー』なのだ。観衆はクイーンの曲に合わせて、まるで現代のスポーツ大会のごとき熱狂ぶり。
 ウィリアムは貴族の娘ジョスリンと出会い、彼女のためにも試合に勝ち続け、やがて恋仲となる。エドワード黒太子が身分を隠して試合に出ているのを、他の騎士たちは遠慮して棄権するが、ウィリアムだけは堂々と一戦を交え引き分けとなる。
 とうとう生まれ故郷ロンドンでの決勝戦。相手役の伯爵は腹黒い卑劣漢で、ウィリアムの出自を嗅ぎつける。試合に出れば身分詐称で捕縛される。ジョスリンも仲間たちもこの場から逃亡することを勧めるが、ウィリアムは名誉を重んじ、競技場に向かうのだった。
 ヒース・レジャーの早すぎた死が惜しまれる。

 

ロック・ユー!/A Knight's Tale
2001 アメリカ/公開2001
監督:ブライアン・ヘルゲランド
出演:ヒース・レジャールーファス・シーウェル、シャニン・ソサモン、マーク・アディ、アラン・テュディック、ポール・ベタニー、ローラ・フレイザーベレニス・ベジョ、クリストファー・カザノフ、ジェームズ・ピュアフォイ

 

大河ドラマウォッチ「青天を衝け」 第31回 栄一、最後の変身

 栄一(吉沢亮)の父である、市郎右衛門が亡くなってから初七日が過ぎ、栄一の妹の、てい(藤野涼子)、と夫婦(めおと)になる須永才三郎が中の家(なかんち)にあいさつにやって来ました。才三郎は皆にあいさつします。

「お父上より、渋沢市郎を名乗るよう仰せつかりました。どうぞ、よろしくお願いいたします」

 栄一はいいます。

「どうか、この家を、おてい、や、かっさまを、よろしく頼んます」

 栄一に郵便が届きます。目を見開き、栄一は大阪の料亭で出会った、給仕の女性を思い出すのです。栄一は意を決して立ち上がります。妻の千代(橋本愛)に告げます。

「お千代。折り入って、話をせねばならんことがある」

 栄一たち家族は、血洗島から東京の渋沢邸に戻ってきます。

 栄一は大阪の女性を千代に紹介しようとします。くに、というその女性はすでに身ごもっていました。

「奥様どすか」くには地面に膝をつきます。「堪忍どす。迷惑かけるよって、一人で大阪で産むつもりやったんどす」

 栄一が声を出します。

「すまねえ。腹の子は、俺の子なんでえ。くには、大阪で俺の世話をしてくれていたが、身寄りがいねえ。ほっとくわけにもいかねえ。だから……」

「そうでしたか」力なく千代がいいます。「そうですか。お前様のお子が。おくにさん」千代は、くにを見すえます。「おくにさん、お腹のお子も、ここで共に暮らせば良いではありませんか」

「お千代」

 信じられないという顔つきで、栄一と、くには千代を見ます。

「お前様のお子です。共に育てましょ」

 一人で廊下を行く千代は、深いため息をつくのでした。

 函館で戦い、牢にとらわれていた渋沢成一郎高良健吾)が二年半ぶりに釈放されます。頭髪を短くした成一郎は、栄一宅にいました。成一郎は縁側に腰をかけて、庭を見ていましす。

「本や金子の差し入れ、感謝している」

 成一郎、いや喜作は栄一にそういったきり黙り込みます。栄一はあぐらをかいて座ります。

「共に村を出た時は、おめえと、こんなに道をたがえるとは思わなかった。よくもまあ、互いに生き延びたもんだ」

「死ねと文(ふみ)をよこしたではないか」喜作は栄一を振り返ります。「いいご身分だのう。俺は、おめえがいなくなった分も、命をかけて奉公したんだい。それを薩長の政府などに勤め、わざわざ獄にむかいを出すとは、なんの嫌みだい」

「なんでい」栄一はつぶやくようにいいます。「しょげてるかと思えば、威勢がいいじゃねえかよ。だったらいってやるよ」栄一は向き直ります。「なぜあんなことをした。なにが彰義隊だい。なにが振武軍だ、なにが函館軍だ」

「うるせえ」喜作は栄一に迫り、その襟首をつかみます。「おめえに、俺の気持ちが分かってたまるか。俺は、おめえとは違う」

 栄一を放し、喜作は語ります。たくさんの死を見た。わけの分からないうちに果てた者も、みずから死を選ぶ者も。砲弾で手足が吹っ飛び、頭蓋骨を砕かれた仲間の姿が、今も頭から消えない。喜作は泣きます。栄一も涙を浮かべます。

「平九郎のことも。いっそ、死ねばよかったんだ」

 泣き崩れる喜作に栄一はいいます。

「よかったい。死なねえでよかった。生きてればこうして文句もいいあえる」栄一は喜作の背中を叩いて叫びます。「よかったい」

「うるせえ」

 と、喜作がいい、二人は抱き合うのでした。

 喜作は栄一の推薦で、大蔵省で働くことになるのでした。

 栄一は、経済の新しい仕組みを作ろうとしていました。

 大久保や岩倉は、この頃、外遊をしています。政府中枢の会議で、井上馨(副士誠治)がいいます。

「鬼の居ぬ間になんとやらじゃ。今のうちに経済と税制を見違えるようにしちゃる」

「なんばいうか」というのは司法卿の江藤新平です。「おぬしらにそうさせんために、大久保さんは旅立つ時に、わざわざこがん約定(やくじょう)に判ば押させたとばい」

 国内のことは一応、任せるが、使節団派遣の間は、新規の改正はしてはならない。廃藩置県に関する処理のみ行い、その他はなにもしてはならない。大久保はそう約束させて旅立ったのでした。書記をしていた栄一は出席者にいいます。

「しかしこれは、裏を返せば、廃藩置県後の処理であれば、大いにやれということでございますか」

 そんな屁理屈、と江藤はいいますが、井上は大いに同意します。栄一は「バンク」という言葉を口にします。バンクは「円」を国中に広め、政府の税収を安定させる。のみならず、新しい商売を始める者を後押しし、日本の商業を盛り上げ、国や民を富ませることができる。

 バンクの呼び名は「銀行」と決まります。

 栄一は三井と小野の商人たちを集め、両者合同で、銀行設立の支度にかかってほしい、と呼びかけます。しかし三井組番頭の三野村利左衛門(イッセー尾形)は、三井単独でやらせてほしいといいます。小野組番頭の小野善右衛門(小倉久寛)も婉曲に断ります。

「やむを得ん。大蔵省は、三井組、小野組の「官金(政府の金)」取り扱いを取りやめる」

 栄一は立ち去ろうとします。それを追って、三野村も小野も栄一にひれ伏すのです。

「政府様がそこまでお急ぎとは、失礼いたしました」と、三野村がいいます。「しからば三井、万障繰り合わせ、明日にでも小野組と、合同の銀行をつくることを、その手はずを整えまする」

 群馬の富岡では工場の建設が進んでいました。喜作は大蔵省から派遣され、製糸場の開業準備を手伝うことになりました。惇忠(田辺誠一)が中心となって事業をすすめています。喜作は惇忠と話します。

「生き残った以上、俺たちも、前に進まぬわけにはいかね」

 喜作はその惇忠の言葉にうなずくのでした。

 東京では三井組が新しい建物を完成させます。それを井上は銀行にすると宣言するのです。

 三野村は栄一のところに抗議に訪れます。しかし栄一は聞き入れません。三野村はいいます。

「ハウスを提供するか、政府御用から一切手を引くかってことですか」

 栄一は答えません。三野村は建物の提供を受け入れるのです。しかし去り際に三野村はいいうのです。

「しかし渋沢様も、やはりお上(かみ)の、お役人様でございますな。あれほど商人の力、商人の力とおっしゃっていても、しょせん私たちとは、立ってる場所が違う」

 栄一は椅子から立ち上がります。

「いや、違う。私は、皆さんと力を合わせたいと」

「これだけは分かる。私ら商人が、手を組んで、力をつけるどころか、これから先も、地面に這いつくばったまま、あなた方、お上の顔色をうかがうのみ。徳川の世となにも変わりませんな」

 三野村は去って行きます。

 惇忠は血洗島の尾高の家に帰ってきます。娘の、ゆう、に、富岡の工場で働いてくれるように頼むのです。生き血をとられるなどの悪い噂が流れ、人が集まらないのです。

 官営富岡製糸場が操業を開始します。ゆう、の決心がきっかけとなり、多くの工女が集まりました。翌年には工女は五百人を超え、富岡製糸場は、女性の社会進出の先駆けの場となったのでした。

 富岡製糸工場を視察に訪れた栄一に、喜作は、イタリアに行くことを宣言します。

「俺も、いっちょ異国で学んでくらあ」

 この頃、政府では、予算を握る大蔵省と、各省との間で、対立が深刻になっていました。

 栄一が邸宅に戻ってみると、夜遅くにもかかわらず、客が来ていました。それは西郷隆盛でした。栄一と西郷は二人で酒を飲みます。

「近頃思うとじゃ。左内殿や平岡殿と、慶喜公を将軍にとはたらいちょったあん頃が、一番よかったっち」西郷は栄一の注いだ酒を飲み干します。「おいが動けば、こん国はきっともっとよか国になっち、信じちょった。じゃっどん、廃藩もなったどん、こん先、ないもよかこっがなか気がしてならん。おいのしてきた事は、ほんのこて正しかったんじゃろかい。いつか平岡殿に𠮟られるっとじゃなかかち」

「お察しします。私も。私も偉くなりたかったわけではありません。静岡を離れ、政府に入ったのは、新しい日本をつくりたかったから。なのに」栄一は酒を飲み干します。「高いところから、ものいうだけのおのれが、どうも、心地が悪い。おかしろくねえ」

「あん頃の慶喜からしてみたら、なんてことがなかとか。慶喜公など、あげな時分に将軍となって、そいでもそん重荷をものともせず、徳川を立て直した。まっこてバケモンのようじゃった。おいも一蔵どんも恐ろしくなって、必死で潰した」西郷は外に降る雨を見つめます。「今のままでは慶喜公にも申し訳が立たん。おはんは、おいとはちごう。まーだ、いろんな道が開いちょう。おはんも、後悔せんようにな」

 西郷が帰り、栄一は千代と話します。

「お千代。俺は、大蔵省を辞める。過ちて改めざる、これを過ちという。とはいえ、まことに何度も何度もたがえて、すまねえ。しかし、やはり俺の道は、官ではない。一人の民なんだい」

「へい」

 と、千代は微笑みます。

「今度こそ最後の、最後の変身だ」

 

『映画に溺れて』第452回 グッドナイト&グッドラック

第452回 グッドナイト&グッドラック

平成十八年十月(2006)
新橋 新橋文化

 

 一九五〇年代、ジョセフ・マッカーシー上院議員による赤狩りは最初、多くのアメリカ国民の支持を得る。背景には冷戦状態にあるソビエト連邦の脅威があった。マッカーシーによる共産主義者の告発は軍隊、メディア、映画界に及び、共産主義者やそのシンパと疑わしい者たちを次々に摘発した。マッカーシーは過激さを増し、赤狩りに異を唱える者は根拠がなくても共産主義者と見なし、国家の敵として攻撃した。狂信的な反共の名の下に自由と民主主義が弾圧され統制されようとしている。
 戦後、報道の中心はラジオからTVに移っていた。マッカーシーを批判すれば潰される。マスコミは権力に逆らわない。TVは楽しい娯楽番組を作って視聴者とスポンサーに喜んでもらえば、それでいい。
 そんな風潮の中で、赤狩りにまっこうから反撃したのが、CBSの人気キャスター、エドワード・R・マローである。彼は共産主義と無縁な中立であり、むしろ保守的だったが、疑わしいというだけで人を失業や自殺に追い込む赤狩り、反対者をすべて共産主義に仕立てるマッカーシーに黙っていられなくなったのだ。
 彼と番組スタッフはいかに権力者マッカーシーと戦うのか。
 当時新進のメディアであったTVを最大限に利用し、報道番組でマッカーシーの不正を暴くというのがTVマンたちの戦法である。そしてマッカーシーは見事に失脚する。
 どんな理想も良識を失うと、恐ろしい世の中を生みかねない。そういう危険はいつの時代にも、どこの国にもある。歪んだ正義が暴走すると、反対するのは難しい。
 そして逆に言えば、マッカーシーを倒すほどの力を持つマスコミは、大衆を悪い方向にも操作できるという危険をも孕んでいる。
 マローを演じたデヴィッド・ストラザーンをはじめ、ジョージ・クルーニー、ロバート・ダウニーJr、フランク・ランジェラジェフ・ダニエルズなど個性的なベテランが当時のTVマンたちにふんし、クルーニーが監督も兼ねる。

 

グッドナイト&グッドラック/Good Night, and Good Luck
2005 アメリカ/公開2006
監督:ジョージ・クルーニー
出演:デヴィッド・ストラザーンジョージ・クルーニーロバート・ダウニー・Jrパトリシア・クラークソンジェフ・ダニエルズフランク・ランジェラ