大河ドラマウォッチ「青天を衝け」 第34回 栄一と伝説の商人
明治十年(1877年)。鹿児島の西郷軍と、明治政府との戦争が勃発。西南戦争です。政府の税収の九割近くが、戦費に費やされました。
西郷、大久保なき後、日本の財政を動かしていたのは、大隈重信(大倉孝二)でした。渋沢栄一(吉沢亮)は大隈を待ち構え、いいます。
「大隈さん。この紙幣はなんですか。不換紙幣(ふかんしへい)は回収するはずだったじゃないですか。それを大量にばらまくとは」
「しょんなかたい。鹿児島戦争にがばい金のかかった。それに、貨幣増えれば金ん流れがようなる。金ば回して利子ば取っとる銀行にも悪か話じゃなかはずじゃ」
「私は金儲けのために銀行をつくったんじゃない。国を守るため、国を強くするためにつくったんだ。大久保さんにもいいましたがね、この世におとぎ話の打ち出の小槌(こづち)はない。紙幣を刷って増やしたところで、信用が落ちれば価値が下がる。さすれば物価が上がり、民(たみ)が苦しむ」
「せくるしか。まだ官にたてつく気か」
大久保は去って行こうとします。
「八百万(やおよろず)の神で国をつくるとおっしゃっていたあなたが、見損ないましたよ」
大隈による積極財政景気は一時的に良くなり、この機に乗じて銀行をつくりたいと願う人々が、栄一のもとに集まるようになりました。皆はいいます。
「渋沢様にあやかって、銀行で儲けたいものです」
栄一は机を叩いて立ち上がり、集まった者たちにいいます。
「銀行は設ける手段ではない。あくまで国益のためにつくるんです。おのれの利のためではない」
その頃、岩崎弥太郎(中村芝翫)が新聞を見ながらいっています。
「銀行か。ぜひ三菱もつくってみたいやでや」
内務少輔の前島密がいいます。
「いや、三菱には海運業に専念してもらわぬと。日本の郵便も運輸も、海外に並び立つことはできぬ」
「けんどすぐ、三井に乗っ取られると思うちょった第一国立銀行が、合本(がっぽん)とやらで成り立ったとは驚きや。確か、頭取も元は官吏のはずやけんど」
「渋沢は、官に入る前から静岡で商人を集め、合本の商いをしておった。私ほどではないが、なかなかのやり手です」
大隈と伊藤博文(山崎育三郎)は、イギリス公使のハリー・パークスを迎えて交渉を行っていました。不平等条約の改正をすることが目的です。
「条約改正は我が国の世論です」
と、伊藤は英語で話します。
「パプリック」その言葉にパークスは反応します。「そのパブリックとは、誰のことだ」
「パブリックは民(たみ)のことだ。日本のすべての民のことだ」
「すべての民」と、聞き返したのは通辞のアーネスト・サトウです。「日本は、見かけが多少変っただけで、いまだ議会も、民を代表する集まりすらない」
パークスがいいます。
「君たちがどうやって、世論を知る。馬鹿げている」
これにより、伊藤は栄一をはじめとする商人たちを集めます。
「欧米にはチェンバー・オブ・コマースという商人の集まりがある。そこでの意見が民の声とされるそうじゃ。日本政府も文明国の第一歩として、ぜひ民の声を、世論を集め、そんで君らに、民の代表として、商人の会議所をつくってほしい」
集まった商人たちは困惑します。その中で栄一はいいます。
「いや、おかしれえ。伊藤さん。いい機会だ。会議所をつくりましょう」
話し合いが終わると、栄一は問われます。
「どうしてあんな話を受けるんだ」
「確かに政府は、まことに民の声を聞きたいわけじゃねえ。しかし、ほれ」と、栄一は喜作(高良健吾)に呼びかけます。「横浜の蚕卵紙(さんらんし)の一件。あの時も、外国商館の商人たちが集まりをつくっていただろう」
「確かに」と、喜作が答えます。「そこで買い控えの話し合いをしたり、政府に苦情を言ったりしていた」
「そう。俺はずっとあんな風に、商人が手を組み、知恵を出し合う仕組みがぜひとも必要だと思ってたんだい」
「いやしかし、商人どうしが手を組むかどうか」
「いいや、今こそ力を合わせる時だ。この仕組みができれば、我らは、官ではなく民であっても、日本の代表として堂々と声をあげることができる。これは、民の知恵を高める好機だ」
こうして栄一は、商人たちが業種を越えて手を組むための組織「東京商法会議所」をつくりました。
栄一は商人たちを集め、冊子をくばります。それには、栄一が役割を推挙したいと思う人物が記されていました。その席に岩崎弥太郎は来ていません。栄一はいいます。
「岩崎さんには、ぜひとも協力してもらいたい」
「三菱ねえ」益井がいいます。「大隈さんを後ろ盾に、まるでおのれが参議かのような横暴なふるまいをしているとの悪評もありますよ」
「いいや」栄一は机を叩きます。「岩崎さんは、この先の日本を引っ張っていく商人だ。外国に負けぬ商売をするためにも、力のあるお方と手を組みたい」
その時、岩崎弥太郎は、五代才助(ディーン・フジオカ)と話していました。五代は岩崎から、栄一の東京商法会議所のことを聞き、悔しがります。
「やられてしもうた。最初に噂をきいたときから、ただもんではなかち、思うちょったが、とうとう先を越さるっとは。こん五代も、大阪に一刻も早う、商法会議所をつくらなならん」
「会議所というがは、それほど必要なものながか」
「商人どうし、手をきびって大きくならんと、欧米に負けんような商売はできん」
夜、栄一は寝室で妻と千代(橋本愛)と話します。
「今の政府は、貧しい者は、おのれの努力が足りぬのだから、政府は一切関わりないといっている。助けたい者が、おのおの助ければ良いと。しかし、貧しい者が多いのは政治のせいだ。それを救う場がないのが、今の世の欠けているところだ」
千代は「養育院」について栄一にたずねます。栄一は話します。
「行く度に、風通しを良くしろとか、清潔にしろといって、少しは改善されてはいるが」
栄一は子どもたちが、運んでいた食事を、落としてしまった現場に出くわしました。養育院の職員がひどく𠮟るのです。栄一は見かねて職員に近づきます。
「おい。子どもたちは、幼い頃より親から離され、甘えることを知らねえんだ。おびえさせるのではなく、もっと優しく接してくれ」
職員は反論します。
「優しくすれば、わがままになるのみ。無駄飯食らいを、怠惰に育てるわけには参りません」
栄一は悲しげな目で、職員を見上げるのでした。
「そうですか。子どもたちが」千代は話を聞いていいます。「お前様。今度、私も連れて行っていただけませんか」
ある日、栄一はうれしそうに出かけ行きます。誘われたんだよ、といって。
栄一が誘われた相手は、岩崎弥太郎でした。
「前から、おまさんとは、ゆっくり話してみたかったきに」
岩崎にそういわれ、栄一は応じます。
「私もです」
岩崎も農家同様の出身のため、二人は意気投合した、かに見えました。国を豊かにすることに話が及んで、二人の意見の違いが見えてきました。岩崎が西南戦争について語ります。
「政府は無策で、無茶ばかりいうてきて難儀したけんど、そのかわり、膨大な輸送費をもろうちゃったぜよ」岩崎は大声で笑います。「これからは、金の世ぜよ。そこで聞きたい。これからの実業は、どうあるべきやと思う」
「どうあるべきとは」
「おまはんはやたら、合本(がっぽん)、合本いうけんど、わしが思うに、合本法やと、商いは成立せんがではないか。強い人物が上に立ち、その意見で人々を動かしてこそ、正しい商いができる。多くのもんが、元手を握ったち……」
栄一は岩崎の話をさえぎります。
「いいえ。むろん合本です。多くの民から金を集めて、大きな流れを作り、得た利で、また多くの民に返し、多くをうるおす。日本でも、この制度を大いに広めねばなりません」
「いや、それはまどろっこしい。船頭が多くては船は進まん。事業は、一人の経済の才覚ある人物が、おのれの考えだけで動かしていくがが最善や」
「いいえ、才覚ある人物に、経営を委託することはあってしかるべきですが、その人物一人が、商いのやり方や、利益を独り占めするようなことがあってはならない。皆ででっかくなる」
「いや、おまさんのいうことは、理想は高うとも、所詮はおとぎ話じゃ。なにがなくとも、わしらがわーっと儲けて、税を納めんと、明日にも、日本は、破産するがじゃないか。おまさんのまわりの商人は、みんな、おのれの利ばっかり考えいうはずじゃ。ああ、ああ、それでええがよ。欲は罪はない。欲のあるき、人間が前進する。おのれが儲けること、嬉しゅうて嬉しゅうてたまらんき、全力を尽くすがよ」岩崎は笑います。「経済は勝つもんと負けるもんがある。この先の世は、経済の才覚があるかどうかで、大きゅう差がつくろう。貧乏人は貧乏人で、勝手にがんばったらええけんど、わしらはそうはいかんやろう。いっそ、わしと手を組まんか」岩崎は栄一に向き直ります。「わしら、才覚のあるもんどうしで、この国を動かすがじゃき。おまさんとわしとで、固く手を握りおうて商いをしたら、日本の実業は、わしらの、思う通りになるがじゃき」
「いや、事業は」栄一の声はうわずっています。「国利民福を目指すべき」
「いや、才覚あるもんが、強うあってこそ、国利じゃあ」
岩崎は最後には絶叫します。
「いいや、お断りする。」栄一は立ち上がり、叫びます。「違う。断じて違う。私は、おのれのみ強くなることに、望みはありません。皆で変らなければ、意味がないんだ。私とあなたは、考えが根本から違う」
話し合いは決裂したのでした。これが栄一と岩崎との、はげしい戦いの幕開けだったのです。
栄一は千代と共に東京養育院にやって来ます。千代は栄一と別れ、女の子たちのいる部屋に行きます。そして裁縫を教えるのでした。栄一は、毎月、子どもたちを見に来ようと千代に提案します。
その後、千代は頻繁に養育院を訪れるようになるのでした。
一方、栄一は、ガスや電気など、人々の暮らし役立つ事業を、発展させていきました。
そんな中、栄一たちは政府に呼ばれます。伊藤と共に、岩倉具視(山内圭哉)の姿もありました。
「アメリカのグラント将軍が来日することになった」
と、伊藤がいいます。グラント将軍は元大統領で、南北戦争の英雄でした。岩倉がいいます。
「これは日本が、一等国として認められる好機。また、二十年来の不平等条約改正の糸口を見つける千載一遇の好機でもある」
伊藤が言葉を継ぎます。
「ちゅうことで、政府は国の威信をかけ、大いにもてなすつもりじゃ。じゃが欧米では、国の賓客を迎えるとき、王室や政府のほかに、その土地の市民の歓迎がなけんにゃならん」伊藤は立ち上がります。「そこでじゃ。おぬしらも、民の代表として、グラント将軍を盛大にもてなしてくれ」
喜作たちはあきれます。また政府の無理難題か、といったりします。しかし栄一の態度は違ったのです。
「いいや、陛下や政府がいかに立派でも、民も相応に立派でなければ、日本は世界から一等国と認められない。ですが」栄一も立ち上がります。「官と民がひとつになって、前大統領を歓迎することができれば、必ずや、認められる。新しい日本の力を、外国に示しましょう」
栄一は家に帰ってきます。
「えっ、私たちがもてなす」
と、千代は驚きます。
「ああそうだい」栄一は気さくに話します。「一等国では男と女が、表と奥で別れたりしてねえ。公の場に、夫人を同伴すんのは、あったりめえなんだい」
喜作も妻の、よし(成海璃子)にいいます。
「おめえたちおなごも、国の代表として、将軍一家をもてなしてもらいてえんだ」
よし、は抗議します。
「そんなの無理だに。異人なんて見たことねえし」
千代がいいます。
「およしちゃん、がんばんべ。おなごの私たちが、大事な仕事をいただいたんだい」
男にとっても、女にとっても、そして日本にとっても、大きなイベントが始まろうとしていました。
『映画に溺れて』第458回 ニノチカ
第458回 ニノチカ
平成八年十月(1996)
銀座 銀座文化
グレタ・ガルボ。一九〇五年にスウェーデンで生まれ、二十歳でハリウッドに移り、サイレント全盛時代からトーキー初期に活躍し、三十五歳で引退、一九九〇年に八十四歳で亡くなった。私が映画館で観たガルボ主演作はルビッチが一九三九年に撮ったコメディ『ニノチカ』一本のみである。
一九三〇年代のパリ。革命時に大公家から没収した宝石類を、ソ連商務省の三人の役人がパリまで売りに来る。ロシアの食料危機を改善するための資金作りである。それを知ったパリ在住の大公女が宝石を取り戻そうと、愛人の伯爵レオン・ダルグーに相談する。
レオンは三人の役人に近づき、贅沢の味を覚えさせ、宝石を手に入れようと画策する。いつまで経っても宝石が売れないことで業を煮やしたソ連幹部が、新たに特別全権使節を派遣する。これがグレタ・ガルボのニノチカ。
がちがちの共産党員ニノチカは独自にパリを視察中、たまたまレオンと出会い、お互い惹かれあうが、同時にお互いの立場を知って驚く。宝石の交渉を口実にデートを重ね、恋で自己改革したニノチカはパリのファッションを身に着け、レオンはマルクスを読み始める。というわかりやすい展開。
だが、大公女の策略で、ニノチカはレオンに別れも告げず、三人の役人とともに急遽ソ連へ帰国する。モスクワに戻ったニノチカは質素な生活を送り、パリでの出来事は夢だったと思うことにしている。レオンから届いた手紙は検閲でほとんど塗りつぶされている。
そんなとき、ニノチカは上司に呼ばれ、再び特別全権使節としてトルコへの出張を命じられる。イスタンブールに絨毯を売りに行った例の三人組が戻って来なくなったのだ。さて、そこで待っていたのは。
モスクワの上司を演じるのは『魔人ドラキュラ』のベラ・ルゴシだった。
ニノチカ/Ninotchka
1939 アメリカ/公開1949
監督:エルンスト・ルビッチ
出演:グレタ・ガルボ、メルヴィン・ダグラス、アイナ・クレア、シグ・ルーマン、フェリックス・ブレサート、アレクサンダー・グラナック、ベラ・ルゴシ
『映画に溺れて』第457回 赤ちゃん教育
第457回 赤ちゃん教育
平成十二年一月(2000)
京橋 フィルムセンター大ホール
ケーリー・グラント、キャサリン・ヘプバーン、いずれもハリウッドの大スターであり、美男美女である。このふたりがドタバタ喜劇を演じるのだから面白い。
若き古生物学者デヴィッド・ハクスリー教授は同僚アリスとの結婚式を翌日に控え、四年がかりで組み立てた恐竜標本を完成させるための最後の一片が届くのを待つばかりで、彼の研究所に百万ドルを寄付してくれる予定の貴婦人ランダム夫人の弁護士と接待ゴルフの最中である。
そのゴルフ場で、デヴィッドのボールを間違って打ちながら、知らん顔でプレイを続ける若い女性。デヴィッドが抗議しても嘲笑うだけ。この金持ちの令嬢スーザンと出会ったために、彼の予定は次々と狂ってしまう。
自動車を壊され、レストランでは弁護士に会えず、泥棒と間違えられたり、スーザンにあちこち連れまわされて悪夢の一日が過ぎる。
翌朝、恐竜の骨が届き、ほっとしているとスーザンから電話で呼び出され、結婚式の当日だというのに、ベイビーという名の豹とともにコネチカットの別荘に連れて行かれ、次々にトラブルが続く。
別荘の女主人であるスーザンの伯母が、研究所の出資者ランダム夫人であったり、大人しいペットのベイビーとは別にサーカスから逃げ出した狂暴な豹が庭に紛れ込んだり、ランダム夫人の飼い犬がデヴィッドの大切に持ち歩いていた恐竜の骨をくわえてどこかへ行ったり、間抜けな警察署長の誤解からみんなが留置場に入れられたり。こんなひどい目に遇いながらも、ふたりの間に恋が芽生えて、予想通りのラストシーンとなる。
映画がサイレントからトーキーへと移り変わった時代に数多く作られたスクリューボールコメディの一本、一九七〇年代に『ラスト・ショー』のピーター・ボグダノビッチ監督がバーブラ・ストライサンドとライアン・オニールで作った『おかしなおかしな大追跡』はこの『赤ちゃん教育』に想を得たものである。
赤ちゃん教育/Bringing Up Baby
1937 アメリカ/公開1938
監督:ハワード・ホークス
出演:キャサリン・ヘプバーン、ケーリー・グラント、バリー・フィッツジェラルド、フリッツ・フェルド、バージニア・ウォーカー
『映画に溺れて』第456回 愛しのローズマリー
第456回 愛しのローズマリー
平成十四年六月(2002)
日比谷 日比谷映画
ともかく、美女が次々とたくさん出てくる映画である。
外見の美しい女性と心の美しい女性と、どちらがいいだろう。ジャック・ブラックふんするハル・ラーソンは女性の外見にしか興味がなく、モデル並みの美女ばかりを追いかけているが、全然相手にされない。美男には程遠く、言動は軽薄そのもの。もてないのは望みが高すぎるからだと同僚から忠告される。
ある日、ひょんなことから自己啓発家のアンソニー・ロビンズと知り合い、女性の美しさは外見ではなく、内面の美しさを見ることが大切だとの暗示を受ける。その日から、彼には心の美しい女性が外見には関係なく、そのまま美女に見えてしまうのだ。
偶然、道で見かけた女性があまりに美しくて、一目惚れして声をかけ、仲良くなるのだが、親友のマウリシオは驚く。ハルには絶世の美女に見えているローズマリー、現実には百数十キロ以上の巨漢で、レストランで椅子が壊れるほど。
このローズマリーがハルの勤める会社の社長令嬢だとわかり、ハルは目をかけられて昇進する。同僚は出世のために巨漢を口説いたハルを軽蔑するが、なにを言われようと彼にはローズマリーが美女にしか見えないので、幸せいっぱいなのだ。
やがてマウリシオが自己啓発のいきさつを知り、アンソニーから暗示を解くキーワードを聞き出してハルに電話する。とたんに現実しか見えなくなり、ハルは目の前の巨漢がローズマリーだと気がつかず、破局を迎える。彼女はハルの心変わりに傷つき、海外での救援活動に出ることになるが、それを知ったハルは今さらながら、外見に関係なく彼女を愛していたことに気づくのだった。
ハルの目に映るローズマリーを演じるのが細身で長身美女のグウィネス・パルトロー。暗示から覚めたハルが目にする体重百三十キロを超えるローズマリーもパルトロー本人が特殊メイクによって変身している。
愛しのローズマリー/Shallow Hal
2001 アメリカ/公開2002
監督:ピーター・ファレリー、ボビー・ファレリー
出演:ジャック・ブラック、グウィネス・パルトロー、ジェイソン・アレクサンダー、スーザン・ウォード、レネ・カービー、ジョー・ヴィテレリ、アンソニー・ロビンズ、ジル・クリスティーン・フィッツジェラルド、ブルース・マッギル
大河ドラマウォッチ「青天を衝け」 第33回 論語と算盤(そろばん)
渋沢栄一(吉沢亮)は、大隈重信(大倉孝二)の邸宅を訪ねていました。大隈が部屋に入ってくると、栄一は立ち上がります。
「大隈さん、あんまりではありませんか」
「なんじゃい。いきなり」
大隈はすでにけんか腰です。
「小野組や三井組にいきなり、政府の預け金、全額の担保を申しつけたことです。元来、小野組や三井組に政府が無担保で金を貸し付けていたのは、彼らが御一新の際に貢献したからだ。それを急に全額の担保を差し出せとは。三井や小野を取り潰してしまうおつもりですか」
大隈は鼻を鳴らします。
「おい一人で決めたことではなか。そいに、そがんこって潰れるようなとこに、政府ん金ば預くっことの方が危なかじゃなかか。大蔵省としては、今んうちに、担保ば押さえておくことは道理たい」
「三井や小野が、わが第一国立銀行の大株主であることは、もちろんご存じのはず。銀行まで今、潰れれば、この先日本の経済は……」
「ないが日本の経済じゃ。勝手に大蔵省を去ったくせに。佐賀いくさや、台湾や、なんもかんも金のかかる中、おいは一人、寂しか懐で、どがんじゃやりくりばしとるばい」
感情的になった大隈とは話になりません。
第一国立銀行で栄一は、小野組番頭の小野善右衛門(小倉久寛)の泣き言を聞きます。
「いや、小野組が潰れてもこの銀行を潰すわけにはいかない」と、栄一は言い放ちます。「政府よりも先に、当銀行へ、貸し付けた分の担保を差し出していただきたい」
「そんな殺生な」
「私はこの銀行を守らねばならないんだ。ここが潰れれば、日本に銀行をつくるなど絵空事(えそらごと)だと思われる。育てねばならねえ、産業も商業もますます遅れ、今、崖っぷちの日本の経済そのものが崩れ去るんだ」
それまで黙っていた、小野組番頭、古河市兵衛が口を開きます。
「渋沢様」
古河は風呂敷に包んでいた大量の証券を机の上に乗せるのです。渋沢は自分を信用して無担保で貸してくれた。その恩に報いるために、出せるものはすべて差し出す。抗議をする小野に古河はいってのけます。
「頭取(とうどり)。もうどうやっても小野は助かりません。どうせなら、一方的に見捨てようとする政府より、信用して下さった渋沢様や、市井(しせい)のお客様にお返ししましょう」
「いやや。御一新を乗り越えて、ようやくここまで来たんに」
小野は証券を抱えて泣き崩れるのでした。
栄一は、小野組の犠牲で、この危機を乗り切りました。
栄一に、三井から文(ふみ)が届きます。
「なんだこれは」
栄一は三井組番頭の三野村利左衛門(イッセー尾形)に会いに行きます。文を三野村の前に叩きつけます。
「第一国立銀行を、三井組に取り込むおつもりか。あなたは、はじめから三井のみの銀行をつくりたがっていた」
と、栄一はつぶやくようにいいます。
「大蔵省にいるあなた様に止められました。まあ、今、思えば、最初からそうすべきだったんだ。あなたもねえ、官を辞めたとき、三井に入ってればようござんした。やあ、まあ、遠回りしましたが、こうなるのが成り行きでござんしょう」
「第一国立銀行は、あくまで合本(がっぽん)銀行だ。多くの人々が力を合わせ、よどみない大河の流れをつくるのが目的だ。それを、株はすべて、三井が譲り受けるだと。配当金の人員も。混乱に乗じて、そんな横暴をいいだすとは。承服しかねる」栄一は椅子に座ります。「私は、三井の一支配人になるつもりはない。株もいらねえ。どうしても乗っ取るというのなら、こっちにも覚悟があります」
「覚悟」
「大蔵省に洗いざらい調べてもらい、銀行のあり方としてどちらの方が正しいのか、判断を仰ぐんです」
三野村はあざ笑ってみせるのでした。
大蔵省は、第一国立銀行にアラン・シャンドを派遣し、日本で初めての本格的銀行検査を行いました。三野村もその場に立ち会います。大隈が結論を延べます。
「シャンドの報告では、小野組の破綻により、抵当もなく回収できない貸し付けが、七十一万円にも達していた。しかし、様々な努力により、結果、損失は、一万九千円におさえられとる。こいは、評価すべきことだ。そいよりも問題は、大口の貸し付けば、三井組のみにしとることや。ひとつん所にかたよるんは、合本銀行として、不健全であっとであーる」大隈は立ち上がります。「非常の試適により、大蔵省は第一国立銀行に、三井組への、特権のはく奪ば命ず。さらに、渋沢の総監役ば廃し、頭取(とおどり)に任ずる」大隈は去り際に栄一にいいます。「わいが始めたんじゃい。しっかり立て直せ」
敗北した三野村は、段差でつまずき、部下たちに支えられて出ていきます。
ろうそくの明かりの下で、大隈と岩崎弥太郎(中村芝翫)が話しています。
「けんどこれは、大隈様の筋書き通りなかでは」岩崎は大隈に酒を注ぎます。「生意気な古い豪商らを潰し、政府に必要な銀行だけは、灸を据えながらも、どうにか生かすとは」
「そがん、人ば、悪者にすな。おいも必死たい」
「悪者。まさか」岩崎は笑い声をたてます。「三菱は大隈様のおかげで、三井の郵便蒸気船会社をしのぐほどの利をあげておりますきに。大隈様は神様や」
仕事が少し落ち着いた栄一は、静岡の徳川慶喜邸を訪れました。慶喜(草彅剛)はかつての家臣にはほとんど会わないということでした。しかし栄一と会うことは楽しみにしていたというのです。栄一は慶喜に会うために廊下を渡っているときに声をかけられます。猟銃を持ち、洋装した慶喜がそこにいたのです。部屋に入って栄一は東京の様子を語りますが、慶喜は興味がないようなのです。
「私も男の子が生まれました」
と、栄一がいうと、慶喜は初めて笑顔を見せます。
栄一は、慶喜の妻、美賀子と話します。
「平岡円四郎殿の奥方が来たのや」
円四郎の妻の、やす(木村佳乃)は、美賀子にまくし立てました。平岡は、慶喜がきっと新しい日本をつくるといっていた。しかし慶喜は旗本八万騎を見捨て、尻尾を巻いて逃げ出した。そのせいで、たくさんの人たちが死んだ。世の中もめちゃくちゃになった。街には職にあぶれた侍や、病人や、親のない子があふれかえっている。こんな世にするために、みんな死んでいったのか。許せない。何もかも自分のせいだというのに、何もなかったような顔をして隠居暮らしをしている。美賀子は栄一にいいます。
「さもありなん。御一新で没落した者からすれば、恨みをぶつける相手は、わが御前しかおらん。御前も、それは、分かっておられる」
東京の邸宅に戻ってきて、栄一は「論語」を読みます。やって来た千代(橋本愛)に栄一は話します。パリにいた頃、フランス軍人の婦人から文が届いたことがあった。パリの貧民たちのために慈善会を開くので何か買ってくれと書かれていた。
「東京府でも、貧民や、親のいない子を集める、養育院というのができたんだ。しかし、年々人数が増え、費用に困っているらしい。俺は、その養育院を預かろうと思うんだ。大事なのは民だ。今のような世のままでは、先に命を落とした者たちに、胸を張れねえ」
第一国立銀行にいる栄一のもとに、金(きん)がどんどん引き換えられている、との知らせが入ります。円の価値が下がり、機械や綿織物の輸入がおびただしく増え、銀貨や金貨が大量に外国に流れているとのことです。次から次の難題に加え、喜作(高良健吾)も栄一のもとにやって来ます。
「栄一。わりいが横浜の異人もどうにかしてくれ。夏から蚕卵紙(さんらんし)(蚕の卵をつけた紙)を売っているが、一つも買い入れる外国商館がねえ」
外国商人が結託して買え控え、値が崩れるのを待っているようなのです。
政府も、伊藤(山崎育三郎)、大久保(石丸幹二)、大隈らが、輸入超過について頭を悩ませていました。政府が動くしかないと考える大久保に、伊藤がいいます。
「駄目じゃ。政府が手を下しゃあ、通商条約を盾に、外国から苦情が来るに決まっちょる。こりゃあくまで、民が解決せにゃならん」
栄一は大久保に呼び出されます。
「正直にいう。おいは、経済のこつは、いっちょもわからん。じゃっで、おいを助けるとじゃなか。国を助けると思うて」大久保は栄一を振り返ります。「味方になってくれんか」
栄一はしばし間を置いた後、うなずきます。栄一は政府が持つ、蚕卵紙を売り上げた代金を使わせてほしいとの条件を出します。去って行く栄一に、大久保が声をかけます。
「渋沢。頼んだど」
「おかしれえ。やってやりましょう」
と、栄一は答えるのでした。
横浜の喜作の会社に、蚕卵紙が積み上げられています。栄一がいいます。
「ここにいる横浜の商人が手を組み、売れずに困っている蚕卵紙を、すべて買い上げてもらいたい」
「しかし、買い上げる金は」
と、惇忠(田辺誠一)が質問します。
「金は内々に、政府に用意してもらった」栄一は鞄に入った紙幣を見せます。「しかしあくまで表向きは、民の力のみで解決したい」
「それでどうする」
と、喜作が聞きます。
「買い上げた蚕卵紙は、すべて燃やす」皆がざわめく中、栄一は続けます。「そうだい。外国商人が音(ね)を上げて、向こうから取引きを申し入れてくるまで、焼き続けるんだ」
「買え控えを逆手に取り、売り控えるのか」
と、惇忠がいいます。栄一はうなずきます。
「そしてその旨を、新聞に載せ、世間に広く知らせる」
そこへパリで幕府の一行に参加していた、栗本鋤雲が現れます。
「徳川はパリで、新聞に泣かされた。しかし新聞には、世論を動かす力があり、その世論には、政府をも動かす力もあることを知った。今度は外国を見返すのだ」
栗本は新聞社を主催していたのでした。
「焼き討ちだい」と、喜作がつぶやくようにいいます。「十年越しの俺たちの横浜焼き討ちだい」
「おお」
と、惇忠もうなずきます。
蚕卵紙が集められ、積み上げられます。外国人が抗議しようとしますが、押しとどめられます。蚕卵紙に油がかけられ、点火されます。炎が上がると、喜作がいいます。
「見てるか、真田、長七郎、平九郎」
明治九年(1876)の一月となります。栄一宅を三野村が訪れます。三野村は栄一の子どもたちと、仲良く遊び出すのです。
夜、男たちが牛鍋を囲んで酒を飲みます。五代才助(ディーン・フジオカ)の姿もあります。喜作が栄一の文机から「論語」を見つけます。栄一はいいます。
「今までの俺の働きは、まあなんやかんやで、一橋や公儀や、政府に守られていた。しかし今や、俺が頭取だい。これからは俺みずからが、多くの者の命運を引き受け、でっけえ海を渡るんだと考えたら、急にぞっとしたんだい。それでこの論語だ。論語には、おのれを修(おさ)め、人に交わる常日頃(つねひごろ)の教えが説いてある。俺は、この論語を胸に、商いの世を戦いてえ」
栄一は懐(ふところ)に論語を差し込むのでした。三野村は栄一たちから離れ、千代と話していました。栄一がやって来ていいます。
「三井銀行開業、おめでとうございます」
「いや、三井もようやく、日本初の私立銀行をこさえまして、ええ、私もこれで、悔いなく死ねまさあ」
「またそんなことを」栄一は笑います。「しかし、小栗様が今の世をご覧になったら、どうお思いでしょうな」
「ああ、小栗様。カンパニーも、紙幣も、バンクも、小栗様は十年前につくろうとなさっていらした。今さらつくったのかと、お笑いになってるやもしれませんね」
栄一は笑います。
「そうかもしれませんな」
「だだ怖いのはね、渋沢様。あまりにも金(かね)中心の世の中になってきたってことですよ。金を卑(いや)しむ武士の世が終わり、今や誰も金を、崇拝し始めちまっている」三野村は拝むまねをします。「こりゃあ、あたしら、開けてはならぬドビラを開けてしまったかもしれませんぜ」
栄一は論語を懐に考えにふけります。
翌年、三野村利左衛門は、病(やまい)で亡くなりました。
明治十年(1877)の西南戦争の記事を、栄一は読みます。「西郷隆盛死す」の文字を見つけるのでした。
「なんと馬鹿らしい」
栄一は嘆きます。明治十年の税収は4800万円。戦費は4200万円でした。
郵便汽船三菱会社では、岩崎弥太郎が大声を上げていました。
「戦争とは、なんと多くの金が動くことか。ああ、巨万の利を得た上に、大久保や大隈からの信頼は……」
そこへ岩崎の弟である岩崎弥之助(忍成修吾)が飛び込んできます。大久保利通が殺されたというのです。
『映画に溺れて』第455回 2番めのキス
第455回 2番めのキス
ファレリー兄弟のラブコメディ『2番目のキス』に描かれたレッドソックスのファンというのは、日本でいえば、さしずめ大阪の阪神タイガースファンなのだと思う。
ベンは三十過ぎで独身の数学教師。過剰なユーモアのセンスがあり、常に口からジョークが飛び出し、生徒には人気がある。これもまた、大阪人に近い。そんな彼が恋したのが大企業に勤める上昇志向のビジネスウーマン、リンジー・ミークス。そして意外やふたりの恋はうまくいくのだ。
両親に紹介したいと復活祭に実家に誘うリンジーに、ベンは先約があると断る。その日はレッドソックスのトレーニング試合があってフロリダに行くからと。
関係者なのかと聞かれてベンは告白する。そうならうれしいが、子供の頃からレッドソックスファンで、あまりに熱狂的すぎて、女性には相手にされず、ずっと独身だったのだと。リンジーは納得するが、ベンは彼女の想像以上のフリークだった。
リンジーは仕事に熱中し昇進する。商用でパリに行くことになり、いっしょに行こうとベンを誘うが、どうしても見逃せない試合があるからと断られる。パリよりも試合が大事なのか。そしてふたりの仲は気まずくなり、結局別れることになる。
いいんだ。自分にはレッドソックスがある。それを聞いた生徒が言う。先生は間違ってるよ。先生がいくらレッドソックスを愛しても、レッドソックスは先生を愛してくれるの。
ベンは初めて気づく。自分が愛し、相手も愛してくれる。それはリンジーだけだと。そして野球の試合を見ないで、彼女とパーティに行く。野球がなくても、彼女といれば幸せなのだ。だが、彼が初めて試合を見に行かなかったその日、レッドソックスは野球史上まれな逆転勝利をおさめる。そして彼は幸せ気分の彼女に試合を見られなかった不満をぶちまけ、取り返しのつかない破局を迎える。
ふたりの間に奇跡的な逆転ホームランはあるのか。
野球のことなど、ほとんど知らない私が、こんなに楽しめた野球映画、ほんとに幸せな気分になれる一本である。
2番めのキス/Fever Pitch
2005 アメリカ/公開2006
監督:ピーター・ファレリー、ボビー・ファレリー
出演:ドリュー・バリモア、ジミー・ファロン
大河ドラマウォッチ「青天を衝け」 第32回 栄一、銀行を作る
渋沢栄一(吉沢亮)は、銀行という仕組みを民間に根付かせるため、三年半勤めた政府を、辞める決意を固めました。
同時期に井上馨も政府を辞職します。
政府を去ろうとする栄一を引き止めようと、三条実実(金井勇太)らはいいます。
「おぬしは、おぬしのその才識を、卑しい金儲けのために使うつもりか」
栄一は振り返ります。
「お言葉ですが、私はその考えこそなくしたい。お役人が偉くて、商人が卑しいとは、江戸の身分制度といささかも変りませぬが、これは実におかしい。だいたい、民で産業が育たなければ、政府がいかに金が入り用でも、国に金は生まれません。いや、しかし」栄一は声を落とします。「商人も悪い。お上に頭を、へいへいと下げつつ、後ろを振り向けば『馬鹿め。俺たちに頼るしかねえくせに』と、舌を出す。そういういじけた根性ではなく、そう」栄一は声に力を込めます。「商人こそ志(こころざし)が必要だ。両方あってこそ国がうまく回る。その民の先駆けとなることが、今の私の志望でございます」
栄一は三条らに頭を下げるのでした。
ある日、栄一が邸宅に戻ってみると、三井組番頭の三野村利左衛門(イッセー尾形)が訪ねてきていました。三野村は栄一が三井に入ると決めてしまっていました。三野村は三井組を引退するつもりだったゆえ、後任に推薦したというのです。
「私は三井に入る気は、これっぽっちもありません」栄一はいいきります。「私は銀行を作りたいんだ。今のまんまじゃ、日本の銀行は良くならない。私は、辞めたからにはこの手で、日本の規範となる、合本(がっぽん)銀行を作りたいんです」
「お言葉ですが、三井の総理事の座ですよ」
「三井ひとつを富ますことに興味はない。私がやりたいのはあくまで合本、合本なんです」
三野村は腕を組みます。
「仕方ない。ならばこの先は、商売敵(がたき)ですな」
明治六年。民間資本による、日本初の銀行「第一国立銀行」が開業しました。
栄一は皆に西洋式の帳面のつけ方、すなわち「簿記」を身につけさせます。
「開業はしたものの、まだまだぐちゃぐちゃです。そもそもまだ多くのもんが、銀行というものを根本(こんぽん)では分かっていない。株主はもちろん、貸出先も三井や小野に関するところばかり。三井と小野の金をぐるぐる回してるようなもんだ。しかも、三井も小野も張り合ってばかり。頭取も双方から一人づつ。合本も楽じゃありません」
五代がいいます。
「そいで、渋沢君が総監役となったわけか」
栄一は笑い声をたてます。
「相撲(すもう)の行司のようなもんです。パリを思い出す。あの頃も、水戸侍と外国奉行やパリ人の仲介ばかりでした」
「そげんして、手を結ばすコツが、まさにカンパニーじゃ。おいも、西へ同志を集め、鉱山の商(あきな)いをするカンパニーを起こしもした」
「おお、とうとうカンパニーを」
「おいは大阪、おはんは東京で商いをすっこつんなる。ま、ちっと早う、来るかち思うちょったけどもな」
「あなたの変わり身が早すぎるんです。私は、あなたが途中で投げ出したあの政府で、やれるだけのことはすべてやったという自負があります」
「おお、なかなかいうじゃなかか。ほいなら、先に官から民へ下ったもんとして、ひとつアドバイスをせんといかん。政府は、やっかいな獣の集まりじゃったが、商いの方はまさに、バケモン、魑魅魍魎(ちみもうりょう)が、跋扈(ばっこ)しておる」
薄暗い部屋で男たちを従えた者がいます。
「いくら西洋風に改革を急いでも、形ばっかりで、民の意識が変らなければ、国は弱くなるばかり、民に喜びを、か」
新聞を読んで笑い出します。そこは三菱商会でした。笑っていたのは、その創立者の岩崎弥太郎(中村芝翫)です。
「井上と渋沢が辞めて、大蔵省は今後、誰がやるがじゃろうか。大隈さんか」岩崎は外出の用意をします。「さあ、この弥太郎が行っちゃるき」
岩崎は高笑いをするのでした。
栄一の母の、ゑい、が東京の渋沢邸にやって来ます。ゑいと共に来た、栄一の姉の、なか(村上絵梨)が栄一に話します。
「寒くなり始めてから、調子が悪くなってね、おてい、も今、身重(みおも)なもんで、ウチも旦那の商いがあって、満足に世話ができねえし」
栄一がいいます。
「こっちで面倒みらい。東京の良い医者にも診てもらうべえ。お千代も、世話をしてえっていってたんでえ」
「そう。ありがとうね。でも」なか、は栄一の尻を叩きます。「何やってんだい、あんたは」
なか、は栄一の妾(めかけ)である、くに(仁村紗和)のことをいっていたのです。
「しかし、おくに、もほっとくわけにもいかねえ。子は、多くいたほうが良い。お千代も分かってくれてる」
「分かるしかねえから飲み込んでるだけだに。んなことも分かんねえんかい。かっさまだって、なっから心を痛めてんだから。にしめて孝行するんだかんな。お千代にもだで」
「はい」
と、栄一は小さく返事をします。再び尻を叩いて、なか、は去って行きます。
喜作(高良健吾)がイタリアから帰ってきます。銀行で栄一を見つけるなり、その後頭部を叩きます。
「なんなんでえ。大蔵省に行けばおめえはもういねえ。おめえの変わり身の早さにはついてゆけぬ」
栄一は喜作の肩を叩きます。
「なんの。攘夷から一橋に入ったことにくらべりゃ、なんてことはねえや。とはいえ、申しわけねえ」
と、栄一は頭を下げます。
「そうだい」喜作栄一に促されて、椅子に座ります。「今、政府は、西郷さんと江藤さんが喧嘩してみんな出ていっちまって、大久保さんと岩倉様の天下だ。俺だけ残されたらたまらねえ。俺も辞める」
「おっ、辞めて手伝ってくれるか。今なあ、大阪や鹿児島の士族も、銀行をつくりてえ……」
「いいや。俺は横浜で生糸(きいと)の商いをする。イタリアでも見てきたが、これからは、おかいこさま、だい」
「んん、そうか」
富岡製糸場で作った生糸は、万国博覧会で高い評価を受けていました。工女の数も増え、各地から、製糸場で地元の産業を興したいと、視察の者が集まっていました。栄一は静岡に行って、慶喜に近況を報告したい、と述べます。廃藩となり、静岡県や、御宗家の懐も気になる。共に来い、と栄一は喜作を誘います。
「いや、俺はとてもお会いできぬ。先様は、俺たちが戦うことを望んでいなかった。それなのに俺は最後まで戦い、あげく多くの御直参を死なせてしまった。合わせる顔がねえ」
栄一宅では、医者が、ゑい、を診ていました。
「ご家族はおそろいで」
と、医者はいいます。姉様や、おていも向かっているのか、と、栄一はたずねます。
「栄一」
と、すっかり弱り切った、ゑい、は呼びます。栄一はその手を握ります。
「かっさま、俺はここだい」
「栄一、寒くねえかい。ご飯は、食べたかい」
「何いってんだい」栄一は微笑みます。「俺は大丈夫だい」
「そうかい。よかったいね」
ゑいは千代を呼びます。千代は栄一から、ゑい、の手を受け取ります。
「ありがとね」
そういって、ゑい、は目を閉じます。
「ご臨終(りんじゅう)です」
と、医者がいいます。
栄一は一人椅子に座り、子供の頃、ゑい、に言われた言葉を思い出していました。ゑい、は自分の胸に手を当てます。
「ここに聞きな。それがほんとに正しいか、正しくないか。あんたがうれしいだけじゃなくて、みんながうれしいのが一番なんだで」
その年は、岩倉具視(山内圭哉)暗殺未遂事件や、江藤新平による佐賀の乱など、不平士族たちが、不穏な動きを見せていました。不満をそらすために、大久保利通(石丸幹二)は、台湾の出兵を計画していました。その輸送を、政府は三菱に命じるのです。
「国あっての三菱。むろん、お引き受けいたします」
と、岩崎弥太郎は、大隈重信(大倉考二)に頭を下げます。夜になって約定(やくじょう)に判を押したあと、岩崎は大隈にいいます。
「三井、小野が、それほど政府のいうことを聞かんなら、少し、灸(きゅう)をすえたらどうですやろ」
井上が銀行を訪れ、栄一に小野組が危ないと告げます。小野組に対して銀行は、莫大な貸付金があったのです。
「その貸付金を取りはぐれたら」
と、井上がいいます。栄一は目を見開きます。
「巻き添えで、第一国立銀行は破産する」
『映画に溺れて』第454回 エバー・アフター
第454回 エバー・アフター
十九世紀、グリム兄弟が貴婦人の元へ呼ばれると、彼女はガラスの靴を見せ、例の「灰かぶり」の物語は本当にあった話だと語る。
十六世紀前半のフランス。実際にはヴァロア朝だが、一応架空の話。妻に先立たれた裕福な農園主が男爵夫人を後妻に迎える。ところが、その日のうちに急死。その後十年間、先妻の子ダニエルは女中としてこきつかわれている。
スペイン王室との縁談に気乗りのしない皇太子ヘンリーがダニエルと知り合い、貴族の娘と思って恋する。実の娘を皇太子妃にしたい男爵夫人は、皇太子が継子に気があると知るや、これを妨害。ダニエルはフランスに滞在中のレオナルド・ダヴィンチと仲良くなり、その手助けでようやく王家の舞踏会に出るが、男爵夫人はこれを身分詐称で非難する。皇太子は失望し、スペインとの縁談を進める。ダニエルは男爵夫人の手で悪徳商人に売られるが、自力で脱出。そこへ皇太子ヘンリーが救出に駆けつけ、ダニエルはめでたく結ばれる。
魔法の要素を取り除き、お伽話を現実的に解釈しているが、もちろん、ここにあるのは実際の暗い中世ではなく、ハリウッド風のお城と王子様と現代娘の恋であり、それがまた面白い。
映画の国王フランシスは時代背景的にはフランソワ一世、息子のヘンリー皇太子は、後の国王アンリ二世であろう。余談だが、アンリ二世の妃はシンデレラのダニエルではなく、フィレンツェのメディチ家から嫁いできたカトリーヌ・ド・メディシス。アンリ二世とカトリーヌの間に生まれた子供たちが成人して醜く争い、カトリーヌが毒を振りまき、大虐殺の果て、王家の血筋が絶えるのを描いたのが『王妃マルゴ』だった。
ダニエルは架空の人物だが、アンリ二世の愛人ディアーヌ・ド・ポワチエあたりがモデルではなかろうか。
エバー・アフター/Ever After
1998 アメリカ/公開1999
監督:アンディ・テナント
出演:ドリュー・バリモア、アンジェリカ・ヒューストン、ダグレイ・スコット、パトリック・ゴドフリー、ミーガン・ドッズ、メラニー・リンスキー、ティモシー・ウェスト、ジュディ・パーフィット、ジェローン・クラッベ、ジャンヌ・モロー
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会員・亀和夫さんからの連絡です。メール内容は多少編集して掲載しております。
また、添付pdfはブログ内に張り付けられませんでした。そのかわりにリンク先をご覧ください。
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添付のチラシの舞台をします。ご案内が遅くなり、すいません。
「マリアの首」です。
もし、よろしければ、協会員に皆様にご案内いただければ幸いです。ご検討くださいませ。
なお、日本歴史時代作家協会といっていただければ、5000円のところ、アンダー25扱いで3000円でご入場できます。当日、急に来ていただいても大丈夫ですが、来られる日が決まりましたら、
亀和夫にショートメールしていただければ、よりスムーズに入場できます。
ちなみに「マリアの首」を原作にした映画「祈り-幻に長崎を想う刻-」は、先日、
ハリウッドのロサンゼルス・ジャパン・フィルム・フェスティバルで大林宣彦賞を受賞しました。アメリカで原爆をモチーフにした映画が上映されたことが何より斗思っています。私が映画・舞台ともにプロデューサーなので、この映画のホームページに舞台の予告編を張り付けております。予告編だけでも見て頂ければ、幸いです。舞台のほうは著名人は出ていませんが、かなり良い仕上がりになっております。
『映画に溺れて』第453回 ロック・ユー!
第453回 ロック・ユー!
平成十四年三月(2002)
新橋 新橋文化
ヒース・レジャー主演の中世騎士物語。詩人のチョーサーやエドワード黒太子が登場するので、十四世紀のヨーロッパが背景である。
ウィリアムはイングランドの庶民出身で、騎士エクター卿の従者として諸国を遍歴していたが、槍試合に出る直前にエクター卿が急死する。もともと武芸が得意のウィリアムは鎧兜に身分を隠し、主人の代わりに試合に出て優勝の賞金を手にする。
仲間のふたりの従者と金を山分けし別れようとしたが、ここに野心が目覚める。この先も身分を偽りながら、武芸試合に出場し続けたい。いつか本物の騎士になることが彼の子供の頃からの叶わぬ夢だった。
武芸試合の出場資格は騎士以上の貴族にしかなく、身分がばれたら罰せられるが、ふたりの仲間もウィリアムの熱意と先々の賞金につられて皮算用で協力する。旅の途中で出会った賭事好きの詩人ジェフリー・チョーサーを仲間に入れ、ものものしい貴族の経歴と立派な名前を捏造させ、試合に出場。鎧の修理が得意な女鍛冶屋も仲間に加わる。
競技場の場面、流れるのがクイーンの『ウイ・ウィル・ロック・ユー』なのだ。観衆はクイーンの曲に合わせて、まるで現代のスポーツ大会のごとき熱狂ぶり。
ウィリアムは貴族の娘ジョスリンと出会い、彼女のためにも試合に勝ち続け、やがて恋仲となる。エドワード黒太子が身分を隠して試合に出ているのを、他の騎士たちは遠慮して棄権するが、ウィリアムだけは堂々と一戦を交え引き分けとなる。
とうとう生まれ故郷ロンドンでの決勝戦。相手役の伯爵は腹黒い卑劣漢で、ウィリアムの出自を嗅ぎつける。試合に出れば身分詐称で捕縛される。ジョスリンも仲間たちもこの場から逃亡することを勧めるが、ウィリアムは名誉を重んじ、競技場に向かうのだった。
ヒース・レジャーの早すぎた死が惜しまれる。
ロック・ユー!/A Knight's Tale
2001 アメリカ/公開2001
監督:ブライアン・ヘルゲランド
出演:ヒース・レジャー、ルーファス・シーウェル、シャニン・ソサモン、マーク・アディ、アラン・テュディック、ポール・ベタニー、ローラ・フレイザー、ベレニス・ベジョ、クリストファー・カザノフ、ジェームズ・ピュアフォイ