大河ドラマウォッチ「いだてん 東京オリムピック噺」 第13回 復活
日本に金栗四三(中村勘九郎)が敗退した知らせが電信で届けられます。棄権したと。
四三は意識を失い、気がついたときには宿のベッドに寝ていたのです。
北欧のストックホルムも、マラソン当日は暑く、日陰でも30度。灼熱地獄とも言え、マラソン選手の68人中34人が途中棄権していました。
四三はガイドのダニエルと共に、自分が走ったはずの道をたどっていました。折り返し地点に着きました。ここで四三は友人でもありライバルでもある、ポルトガル代表のラザロを追い抜いたことを思い出します。ダニエルが言うには、多くの選手が棄権するなか、四三はぐんぐんスピードをあげ、30位、いや、20位にまでには食い込んでいたそうです。
四三はレース中、雨が降ったように記憶していました。羽田の予選レースと混同していたのです。
運命の分かれ道にたどり着きます。四三はここで間違ったコースを取ります。ラザロは四三に声をかけ、正しいコースを行きます。ダニエルにそれを指摘され、四三はつぶやきます。
「どおりでラザロは追いかけてこんかったばい」。
四三は深い森をさまよったことを思い出しました。道もありません。ようやく道にたどり着いたところ、その先に民家が見えてきます。そこでは野外にテーブルと椅子を出して、その家の人たちがおやつを食べていました。
優雅におやつを食べる家族の前に、四三は現れます。そして四三についてきた五人ほどのマラソン選手。家族はこちらがコースではないことを大声で知らせます。四三についてきた選手たちは引き返していきます。しかし四三はふらつく足取りで、庭の奥へと進んでいきます。
四三はついに倒れ込みます。介抱する人々。
四三はダニエルたちに発見され、駅まで連れて行かれます。汽車に乗って宿まで戻りました。
翌日になり、マラソンレースのことが地元の新聞に書かれていました。そして友人のラザロが日射病により死んだことを四三は知るのです。あの分かれ道で、間違った道を行っていなかったら自分も……と四三は考えます。
その頃、日本に、四三が書いた手紙が届いていました。手紙がストックホルムから届くのには二週間かかります。二週間前の四三の心境が記されています。
「いずれ優勝メダルを手土産に、ご挨拶にうかがう所存です。四三はやります。必ずやり遂げます。」
と、無邪気に書かれていました。
その頃、浅草にいる孝蔵(山本未來)は、初高座の日を迎えようとしていました。酒を飲んでいないか心配する友人の清さん。
「飲みたくても銭がねえよ」
という孝蔵。清さんは孝蔵に着物をプレゼントします。ありがてえなあ、としみじみ思う孝蔵。
「持つべきものは友だな」
と考えます。
清さんたちは寄席に孝蔵を見に行きます。しかし孝蔵は出てきません。実は孝蔵は清さんにもらった着物を質に入れて、その金で酒を飲んでしまっていたのです。
高座に上がる孝蔵。全くのへべれけでした。懸命につとめようとしますが、結局途中までしかやりきることはできませんでした。
一方、ストックホルム。四三は体操服に着替え、再び走り始めます。石畳の町を抜け、草原に入ります。そこでは各国のマラソン選手たちが、一所に集まっていました。ラザロの墓でした。四三もそれに手を合わせます。
IOCの総会が開かれていました。それに出席する嘉納治五郎(役所広司)。死者を出したマラソン競技は、廃止されるのではないかという噂が流れていました。ラザロの母国、ポルトガルの代表者が述べます。ラザロは祖国のために、息絶えるまで走り続けました。ここで彼は人生を最大限生きました。スポーツ発展のために、特にマラソンのために。彼の死を無駄にしないで欲しい。誰がなんと言おうと、今後もマラソン競技を続けて欲しい。
そして総会にて、四年後もオリンピックが開催されることが決定しました。
四三はストックホルムの街を走りながら考えます。
「死は易く、生は難く。粉骨砕身してマラソンの技を磨き、もって皇国の威をあげん」