日本歴史時代作家協会 公式ブログ

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大河ドラマウォッチ「いだてん 東京オリムピック噺」 第21回 櫻の園

 大正九年(1920)、アントワープオリンピックにてメダルを逃した金栗四三(中村勘九郎)は、失意のうちにヨーロッパをさまよっていました。オリンピックが幻に終わったベルリンを訪れると、女性たちがスポーツを行っていました。大いに刺激を受ける四三。
 日本に帰国した四三は、ミルクホールで働くシマ(杉咲花)にベルリンの女子たちの姿を語ります。そして
「おなごの体育ば、俺はやる」
 と宣言します。そこへ男がやってきます。シマのお見合い相手の増野(柄本佑)でした。四三と増野は握手を交わします。
 播磨屋の二階の下宿に帰ってきた四三は、妻のスヤ(綾瀬はるか)と息子の正明に会います。スヤは四三の帰りを待っていたのでした。
 部屋で四三とスヤは話します。
「悔いはなかですか」
 と問うスヤ。四三は現役を引退するというのです。では熊本に帰りましょうというスヤ。しかし四三は女子へのスポーツの普及を次の目標に決めていました。すでに嘉納治五郎には相談していました。
「女子の体育の普及は、国力増進への近道と考えます」
 女子が体育に関心を持ち、実践すると、体の丈夫な子が生まれる。人は健康に、国は豊かになる。四三は嘉納に東京府立第二高等女子校(通称・竹早)の赴任を命じられました。
「そんなら、熊本には帰らんとね」
 と、スヤに問い詰められる四三。四三は謝ることしかできません。
「熊本にはそのうち帰るけん。ばってん、それは今じゃなか」
 と、つい怒鳴る四三。スヤは荷物をまとめて出て行こうとします。
「おってくれ」
 四三はそう言ってスヤを抱きしめます。東京で一緒に暮らそうとスヤに言います。
「はい」
 と返事をし、スヤは涙を流すのでした。
 一方、後の古今亭志ん生である美濃部孝蔵(山本未來)は浜松から東京に帰って来ました。清さんと小梅(橋本愛)が所帯を持って、店を開いていることを知ります。驚く孝蔵。孝蔵は再び東京で落語修業を始めるのです。
 四三は竹早に赴任します。竹早と言えば、当時、御茶ノ水と並ぶ名門女学校です。女学生は良い嫁、賢い母になるために厳しくしつけられました。あいさつは「ごきげんよう」。シマは東京女子高等師範学校を卒業し、竹早の教師となっていました。
 四三は女の園に圧倒されます。しかし負けじと張りきって生徒たちに語りかけます。強健な肉体、それこそが最高の美である、と説きます。しかし女学生たちは反発します。「あぶさん(アブノーマル=変わり者)」「田紳(田舎紳士=野暮くさい先生)」「すこどん(少しどんくさい)」などの言葉で評価します。耐えきれなくなった女生徒の村田富江(黒島結菜)が、友人たちを連れ、四三に忠告に訪れます。
「もうおやめになってください。みっともない」
 と富江はいいます。竹早は他校からシャンナイスクールと呼ばれている。シャンは美人、つまり美人がいない学校という意味です。ただでさえそのようにけなされているのに、運動などしたら色は黒くなり、手足は太くなる。嫁のもらい手がなくなるというのです。当時は女学校に卒業までいるのは恥で、中退して結婚することが理想と思われていたのです。富江は言います。
「ですから先生。勤め先を間違えたと思って、おあきらめ下さいまし」
 しかし四三はあきらめません。立ち去ろうとする富江たちに呼びかけます。一度だけ槍を投げてくれと頼むのです。四三の熱意にほだされる富江たち。竹早の生徒たちが槍を投げる富江たちに注目します。槍が投げられると、女生徒たちから歓声が起こるようになります。槍を投げる女生徒に笑顔がともります。
 富江の番になります。富江上着を外し、髪を結んでいたリボンを外してたすき掛けをします。四三のアドバイスに従い、大声を出して槍を投げるのです。槍は大きく飛び、女生徒たちから歓声が沸き上がります。皆に取り囲まれる富江。四三は言います。
「諸君らは、今、美しく、可憐な少女ばい。なんがシャンナイスクールか。言いたか奴には言わせときゃよか。俺に言わせれば、オールシャンばい。おせじじゃなかよ。日に焼けて、お日様ん下で体ば動かして汗ばかいたら、もっと✕10シャンになったばい」
 こうして女生徒たちは体育に励むようになるのです。
 竹早の教師のシマは増野に結婚を断っていました。
「まだ家庭に入る気になれないんです」学校も走るのもあきらめたくない。「私、まだ何も成しとげてないから」
 増野は言います。
「結婚して、子供を産んだ人は、(オリンピックに)出場できないものですか」
「無理ではないけど」
 と答えるシマ。
「だったら、出ましょうよ。うん。子供連れて応援に行きます」
「やめなくていいんですか」
「続けて下さい。仕事も、走るのも」
 増野はシマの手を握るのです。
 そしてシマは洋風の花嫁衣装、増野はタキシードを着て、仲人の四三夫婦と共に記念写真を撮るのでした。