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『映画に溺れて』第62回 関の彌太ッペ

第62回 関の彌太ッペ

平成十四年八月(2002)
中野 中野武蔵野ホール

 

 一本の映画の中で、武士と町人というように全然別の人物を演じ分ける達者な錦之助だが、ひとりの人間がまったく別人に変貌する様を見せるのが長谷川伸原作の股旅もの『関の彌太ッペ』である。
 弥太っぺこと弥太郎は渡世人に似合わず剽軽でおおらかで気立てがいい。川で溺れている幼い娘を助けたら、その父親の巾着切りに有り金残らず奪われる。が、別の渡世人、箱田の森介に巾着切りが斬られ、息を引き取る前に娘のお小夜を弥太郎に託す。気のいい弥太郎は引き受け、旅籠の沢井屋にお小夜を無事に届ける。悲しむお小夜に彼は言う。日が暮れりゃ明日になる。ああ、明日も天気か。
 そして、名も告げずに去って行く。
 十年の月日が流れ、お小夜は裕福な沢井屋で娘同様に育てられている。そろそろ縁談もあるのだが、昔自分を助けてくれた旅人に礼を言いたいと思いつめている。その話を聞き込んだ箱田の森介が、礼金ほしさに自分こそ十年前の旅人だと名乗り出る。お小夜の父親を斬っておきながら、お小夜が美しいので、今度は命の恩人の自分を婿にしろと強要する。十年前にちらりと見ただけだから、誰もこの男を偽者だとは断言できない。
 その騒動を聞きつけ、立ち寄る弥太郎。
 これがすごいのだ。顔の傷跡も恐ろしい、冷酷で凶悪な人相、気味の悪いやくざである。気のいい陽気な若者が、十年の間にどんな凄惨な生き方をしてきたのか。どれだけの人を斬り殺してきたのか。一言の説明がなくても、見ただけでわかる。
 そして弥太郎は森介を斬り、お小夜の難儀を救う。十年前のやさしい旅人と、目の前にいる恐ろしい人殺し。同じ人物だろうか。
 弥太郎は何気なく口にする。ああ、明日も天気か。口癖なのだ。
 やっぱりこの人こそ恩人だった。だが、弥太郎はお小夜を振り切り、飯岡助五郎一家との果し合いの場所、おそらく死地へと向かうのだった。

 

関の彌太ッペ
1963
監督:山下耕作
出演:中村錦之助木村功、十朱幸代、大坂志郎、夏川静江、月形龍之介