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大河ドラマウォッチ「いだてん 東京オリムピック噺」 第23回 大地

 富江(黒島結菜)ら東京府立第二高等女学校(通称・竹早)の生徒たちは、教師の金栗四三(中村勘九郎)を辞めさせまいと、教室に立てこもります。
 四三を辞めさせようとしている、富江の父、大作(板尾創路)の主張ははっきりしています。女は運動などしないで良い。よって、運動をさせている教員はクビ。
 竹早の教師シマ(杉咲花)は大作にかみつきます。女の体は、男が思っているほどヤワではない。医者である大作は、医学的見地から女の体は運動に適していないと主張します。
「それは鍛えていないからです」
 というシマ。
「どんなに鍛えても、男にはかなわん」
 と叫ぶ大作。
「だったら証明してもらいましょう」というシマ。「競争してもらいます。お父さんと」
 富江と大作に走り比べをさせようというのです。受けて立つ大作。
「私が勝ったら、金栗先生をクビにしないでくれますか」
 富江のその条件を飲む大作。夜の校舎で、富江と大作の走り比べは行われます。華麗に走る富江、大作がドタドタとそれを追いかける展開になります。富江がゴールに飛び込みます。大作はゴールまで行かず激高。
「もう一回だ。もう一回やらせろ」
 大作は叫びます。その挑戦を受ける富江。今度は大作は、たすき掛けをし、本気を見せます。しかし結果は大作の完敗。競争は六回行われましたが、大作は一度も勝つことができませんでした。
富江、お前いつの間に」
 と娘を指さす大作。
「鍛えてますから」
 と、シマが答えます。こうして四三は辞職を免れたのでした。
 ミルクホールで四三とシマ、嘉納治五郎(役所広司)は会っていました。嘉納は夢である神宮競技場を、この夏に完成させるところまでこぎ着けていたのです。祝福する四三。これで東京でオリンピックを開催する準備は万端だ、と嘉納は言い放ちます。
 四三はシマを神宮競技場に誘います。その日は嘉納が二人を案内することになっていたのです。しかしシマには先約がありました。生徒たちと共に、オペラ「雄蝶婦人」を見に行くことになっていたのです。場所は浅草十二階(凌雲閣)。四三もオペラに誘われますが、当然のことながら嘉納との約束を優先します。
 四三は嘉納と神宮競技場を見て回ります。メインスタジアムに一万五千人、芝生席に四万人。計五万五千人が収容できます。
「本当に造ってしまわれたんですね」
 と感心する四三。四三はコースを走って見せます。その頃シマは、浅草十二階から双眼鏡で神宮競技場を見ていました。嘉納は四三に、自分は百五十歳まで生きる気がする、と言います。あっけにとられる四三。それくらい生きなければ、追いつかないという意味だ、嘉納は説明します。
「ここが完成したらすぐ、東京でオリンピックを開催する。だが、それが最終目標ではない。私が愛してやまない柔道を、世界の隅々にまで広めるんだ。それにはどう考えても百五十歳まで生きなくちゃいかん。その頃には地球は、火星と交通しているかもしれない。そうなれば火星人にも柔道をたたき込まねばならん」。
 一方、後の古今亭志ん生である美濃部孝蔵(山本未來)。一回目の夜逃げを終えて、新居に落ち着いていました。外へ出ようと草履に片足を引っかけたところで揺れが始まったのです。関東大震災です。妻はここが安全とタンスの陰に隠れます。孝蔵はこのままでは東京中の酒が、地面に吸われてしまうぞ、と言う奇妙な考えにとりつかれます。揺れの中を酒屋に向かうのです。帰ってきた孝蔵を妻のおりん(夏帆)が仁王立ちになって迎えます。酒と女房どっちが大事なんだい。
「それは女房に決まってんじゃねえかよ」
 と、答える孝蔵。おりんは孝蔵に妊娠したことを打ち明けるのです。
 揺れがおさまり、四三は下宿の播磨屋に帰ってきました。播磨屋の皆は無事でした。播磨屋にはシマの息子「りく」が預けられていたのです。
 日が落ちてくると東京の街が火に包まれている様子が見えてきます。浅草から日本橋、芝の方まですっかり燃えてしまっています。南風に乗って、火の手は広がり続け、二日かけて、東京のほとんどを焼き尽くしてしまいました。
 四三は夜の東京をシマを探して回ります。そこで大作と出会い、けが人の手当をする富江に会います。富江はシマに会っていないと言います。オペラを見るために、十二階で待ち合わせしていたが、行き着けなかったと。
 浅草のシンボル十二階(凌雲閣は)八階のところで折れ、残りの部分もすっかり焼けていました。
 朝になり、四三はシマの夫の増野(柄本佑)と街を探し回っていました。増野は播磨屋から、息子の「りく」を引き取ってきていました。あきらめないように増野を励ます四三。しかし増野は泣き崩れます。
 1964年の古今亭志ん生(ビートたけし)。関東大震災の噺を高座で披露し、帰ってきました。謎の多い弟子の五りんに、志ん生の娘の美津子(小泉今日子)が問います。あんたのところは地震大丈夫だった。五りんは
「ばあちゃんが被災したみたいです」
 と言います。五りんは祖母の写真を志ん生と美津子に見せます。それはシマが結婚するときに、仲人の四三夫妻と撮ったものでした。五りんはシマの孫だったのです。そしてシマは関東大震災で亡くなっていました。