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大河ドラマウォッチ「いだてん 東京オリムピック噺」 第39回 懐かしの満州

 昭和36年(1961)。古今亭志ん生ビートたけし)は病室で寝ています。家族には意識が戻らないことにして、こっそりとお酒を飲んでいたのでした。弟子の五りん(神木隆之介)が酒を買って病室に入ってきます。買ってきたのはウォッカでした。
「これは駄目だよ。俺はこれで昔、ひどい目に遭ったんだから。満州で」
 と、まくしたてる志ん生。五りんは恋人の知恵(川栄李奈)に絵はがきを見せます。それは満州にいた、亡くなった五りんの父が送ってきたものでした。
志ん生の『富久』は絶品」
 と、父の字で書かれています。志ん生は話し始めます。
「あれなあ、戦争が終わる三ヶ月前ぐらいのことだな」
 時は昭和20年(1945)の3月にさかのぼります。若き日の古今亭志ん生山本未來)は、三遊亭圓生中村七之助)と共に、満州に慰問に行って欲しいと誘われていました。圓生は、空襲で寄席も駄目だし、行ってもいいといいます。志ん生は気が乗りません。しかし酒が飲めると聞いて、行くことに決めるのです。
 志ん生は家族と食卓を囲んでいました。長男と志ん生が同時に話し始めます。志ん生は長男に譲ります。
「僕、少年飛行兵に志願するよ」
 と、長男はいい出します。この間、父ちゃんに弟子入りしたばっかりじゃないか、と驚く母親のおりん(夏帆)。
「俺は反対だな」と志ん生は立ち上がります。「呼ばれてもねえのに兵隊さんいくなんざ、人が良すぎら。やめとけ、やめとけ」
 そして志ん生の話す番になります。
「ちょっくら、満州行ってくらあ」
 慰問で行くことを家族に説明します。
「酒が飲めるからだろう」とおりんに怒鳴られます。「女房子供を置き去りにして、自分だけ安全な場所に逃げるんだね」
「行かせてあげようよ」というのは長女でした。「だってお父ちゃん。いてもちっとも頼りにならないもん」
 あっけにとられる志ん生。次女もいいます。
「そうね、空襲警報鳴ると真っ先に逃げちゃうし」
 末っ子もいいます。
「お父ちゃんは、いくじなしだ」
 怒り出す志ん生。しかしその時空襲警報が鳴り出すのです。志ん生は真っ先に逃げ出します。
 空襲が終わった後、見てみると、志ん生の家は燃え落ちていました。長女が志ん生にいいます。
「いっといでよ。お父ちゃん。住むところはなんとかする」
 次女もいいます。
「そうよ。私たちはならどうやっても生きていけるんだから。父ちゃん、満州で好きなだけ飲んできなよ」
 末っ子もいいます。
「いっといで」
 おりんか防空頭巾をとります。
「達者でね」
 こうして志ん生はその年の5月、満州の大連にいました。そこは空襲もなく、戦時中ということが信じられないようなところでした。
 病院にいる志ん生は当時のことを語ります。
「初めのうちは極楽だったよ。軍隊の慰問と、日本人相手の興業、どこに行っても大ウケで、ひと月って約束だったが、気がついたらふた月たっていたよ」
 五りんのお父さんとは会ったことがあるのかと、病室の志ん生に聞く知恵。志ん生はいいます。
「変なのがなあ、訪ねてきたことがあったな」
 突き飛ばされた写真売りの、散らばった写真を拾ってやる兵隊がいます。彼はその一枚を手に取ります。五りんの持っていた絵はがきと同じものです。
 志ん生圓生の楽屋に兵隊の客がやってきます。それは金栗四三中村勘九郎)の弟子で、オリンピックを目指していた小松 勝(仲野太賀)でした。小松は圓生の落語を盛んにほめ始めます。
「それにひきかえ、こっちん人は」
 と、小松は志ん生を振り返ります。小松は志ん生の走る場面の描写が気に入らないといいます。呼吸法もなっていない。二つづつ、吸って吐く。
「それをいうためにわざわざ来たのかい」
 と聞く志ん生。そうだと答える小松。志ん生は怒って小松を追い出すのです。
 7月に志ん生圓生奉天に来ていました。そこで放送局から来た、若い社員の世話になります。彼は芸人顔負けで、歌もうまければ、話もうまかったのです。名前を森繁久彌といいました。圓生は酒の席で思わずいいます。
「どうなっているんだ。日本は」
 森繁は志ん生圓生に、顔を寄せるようにいいます。
「ついに、沖縄の日本軍は全滅したそうですよ」と、小声で言う森繁。「アメリカだけじゃないですよ。ソビエト軍が中立条約を破って、北から日本世攻め込むって噂もある」
 そうなると満州が最前線ということになります。
 病室の志ん生は語ります。
「それでもまだ、神風日本が戦争に負けるわけやねえや、なんて思っていたが、それからしばらくして、広島と長崎に変ななもんが落っこったって噂が流れたんだ」
 それは原子爆弾のことでした。
 満州の通りでは、日本人たちが逃げ惑っています。背広着た男を捕まえて聞くと、
ソビエト軍が攻めてくるんだってよ」
 との答え。とまどう志ん生圓生。その時、志ん生の巾着袋をひったくる男がいます。志ん生は男を追います。路地に逃げ込んだ男は、笑顔で振り返ります。それは前に楽屋に訪ねてきた小松 勝だったのです。
 小松はいきさつを話し始めます。分隊長が「日本はもう駄目だ」といいだしました。死にたい奴は行け、妻子を内地に残してきたものは、今すぐ逃げろ。そうして分隊長は、ふんどし一枚になって走り去って行ったのでした。
 志ん生圓生が大連に行くときいて、自分も連れて行って欲しいと頼む小松。敵味方に追われている逃亡兵を連れてはいけないと、圓生は断ります。しかしその時、銃撃が起こるのです。中国人が日本人たちを撃っていました。その銃口は、志ん生たちにも向けられます。その中国人は、写真売りでした。突き飛ばされて散らばった写真を小松が拾ってくれたことを覚えていました。次は殺す。との捨て台詞を残し、その中国人は去って行くのです。病室のむ志ん生がいいます。
「危ねえとこだった」志ん生は五りんにいいます。「お前の親父さんのおかげで、命拾いしたよ」五りんは魂の抜けたようにうなずきます。「そのままな大連に戻って、そこで終戦を迎えたんだ」
 満州志ん生たちはスピーカーから流れる玉音放送を聞きます。
「日本は負けたんだ」
 という圓生。信じられない志ん生。通りに騒ぎが起こります。爆竹を鳴らして、中国人たちが喜び合います。病室の志ん生が解説します。
「日本が負けたとたん、中国人が、あっという間に豹変して。日本人のやっていたところは、どこもしっちゃかめっちゃかにされちまった」
 破壊された劇場に逃げてきた三人。
「ここから仕返しが始まるとですね」
 という小松。ウォッカを見つけてきた圓生がいいます。
「しばらくはここに住んで、様子見ましょう」
 小松はウォッカの瓶をラッパ飲みしてから叫びます。
「日本に帰りたか。リクに会いたか。金治と遊びたか。金栗先生と走りたか」
 三人はすることもなく酒を飲みます。小松はオリンピックを目指していたことなどを二人に話します。そして思いついたようにいうのです。
「金栗先生と出会わんかったら、熊本におったとに。あーっ、そしたらリクとも出会えんばい」小松は完全に酔っ払っています。「いだてんか、さぼてんか、知らんばってん。あぎゃん身勝手な男はおらん。働いとるとこ、見たことなかけんね。走っとるか、笑っとるか、飯くっとるかだけんね。どうしょうもなか」
 思わず笑い出す志ん生。小松は悔しがります。
「走りたか」膝を叩きます。「戦争は終わったばってん、日本は負けたけんね、オリンピックには出られん。永久に出られんけんね」
 小松は二人に家族の写真を見せます。息子について語ります。
「泣いとるか、笑っとるか、食っとるかだけん」小松は笑います。「金栗先生と変わらん。ばってん会いたかね」
 志ん生もいいます。
「俺んところは、上のせがれが跡継いで、噺家になったよ」
「嬉しかったですか」
 と、聞く小松。
「照れくさくってたまんないや」と、志ん生は答えます。「引き上げたら、奴の高座、聞くのが、何よりの楽しみだな」
 小松も話します。
「息子がオリンピック選手になったら、嬉しかでしょうね」
 圓生がいいます。
「その前に、お前さんがオリンピックでなくっちゃ」
 小松は泣いて笑います。
「そぎゃんたいね」
 小松は寝てしまうのです。
 翌日の演友会。客など来ないと思っていたのが、何と百人ぐらいやってきます。
「せめて笑って死にてえもんだな」
 の、声が聞こえます。たじろぐ志ん生に対し、圓生はやる気です。先に出て客をわかせます。志ん生はあせり、何をやろうかと迷います。走る奴屋って下さい、と頼む小松。その通り志ん生は「富久」を演じ始めるのです。前に小松に聞いた走り方を描写します。ふたつすってふたつ吐く。それを見ていた小松は、涙を流し、足踏みを始めます。鬼気迫る志ん生の落語。圓生が振り返ってみると、小松がいません。小松はこらえきれなくなり、夜の街を走り始めていたのです。立ち止まって
「気持ちよか」
 と、叫びます。鞄から絵はがきを取り出します。
志ん生の『富久』は絶品」
 と書き記すのです。それをポストに投函しようとします。ライトが小松を照らします。ソビエト兵が車から降りて、小松に銃を向けます。小松はソビエト兵に背を向けて走り始めるのです。銃口が火を噴きます。小松は倒れるのです。
 倒れた小松を見つける志ん生圓生志ん生は小松を抱き起こそうとします。ロシア兵の声が聞こえ、圓生は小松から志ん生を引き剥がすのです。
 やがて東京にいるリクのもとに、小松の遺品が届きます。絵はがき、金栗の書いた「マラソン」の本。そしてマラソン足袋(たび)。すり切れていて、いっぱい走ったことがわかります。リクは息子を抱いて泣き崩れるのでした。
 満州にいる志ん生圓生は、ようやく引き揚げ船に乗ることが出来ました。満州に来てから、二年近く経っていました。
 病室にいる志ん生を訪ねる人物がいました。家族とともに入ってきます。それは満州で生死を共に圓生でした。狸寝入りを続ける志ん生でしたが、圓生に耳元でささやかれて飛び起きます。
「よっ」
 満州から帰ってきた志ん生がおりんにいいます。
「よっ」
 病室の志ん生圓生にいいます。
「ひさしぶり」
 おりんにいう過去の志ん生
「ひさしぶり」
 圓生にいう病室の志ん生
 両の志ん生に家族が駆け寄るのでした。
 過去の志ん生がいいます。
「また貧乏に逆戻りか。なあに、今は、俺たちだけの貧乏じゃねえや。今度は日本がとびっきりの貧乏だ」過去の志ん生は空を見上げます。「みんなでそろって上向いて、這い上がっていきゃいいんだからわけねえや」
 そして志ん生は大声で笑うのです。