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『映画に溺れて』第196回 今さら言えない小さな秘密

第196回 今さら言えない小さな秘密

令和元年八月(2019)
築地 松竹試写室

 

 なにを隠そう、私は子供の頃から自転車に乗れない。結婚して子供ができて、家族で公園などに遊びに行くとき、みんな自転車なのに、私ひとりが徒歩かバスだった。町ではけっこう高齢者が細い道をすいすい自転車で走って行く。あんな年寄りでも。それなのに。
『今さら言えない小さな秘密』は、だから身につまされる。
 村の自転車屋ラウル・タビュランは自転車修理のエキスパートとして、村人たちから尊敬されている。が、彼には妻にも息子や娘にも村人たちにも知られていない秘密があった。実は自転車に乗れないのだ。
 六歳になって自転車の補助輪を外したとたん、バランスを崩して倒れてしまった。いくら練習してもうまく乗れない。絶望した父がその直後に亡くなる。二十歳のとき、好きな女性ができて、自転車が乗れないと告白したとたん、振られてしまう。以来、彼は自分が自転車に乗れないことを隠していた。
 トゥール・ド・フランスの通り道であるこの村で、競技中に故障した自転車をとっさに素早く直し、その腕を見込まれて、村の自転車屋で働くようになり、やがて店を受け継いだ。素敵な女性と出会い結婚し、子供も生まれ、幸せだが、やはり自分が自転車に乗れないことは秘密だった。
 村に著名な写真家が滞在することになり、ラウルはどうしても自転車に乗らなければならない状況に追い込まれる。
 映画の中のラウルはいつもオーバーオールを着ている。六歳のときも、十一歳のときも、二十歳のときも、結婚式でさえも、あらゆる場面で。他の登場人物も常に同じ衣装。原作が『プチ・ニコラ』で有名なジャン=ジャック・サンペの絵本で、服装は絵本の登場人物を表す記号のようなものか。だから、映画の衣装も絵本そのままなのだ。
 ラウル役のブノワ・ポールヴールドはいかにも温厚で善良で親切な中年男性を演じているが、かつて『ありふれた事件』では凶悪で残忍で冷酷な強盗殺人者だった。

 

今さら言えない小さな秘密/Raoul Taburin
2018 フランス/公開2019
監督:ピエール・ゴドー
出演:ブノワ・ポールヴールド、スザンヌ・クレマン、エドゥアール・ベール