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『映画に溺れて』第273回 男はつらいよ お帰り寅さん

第273回 男はつらいよ お帰り寅さん

令和元年十月(2019)
築地 松竹試写室

 かつて、お正月といえば寅さんだった。渥美清の死後二十年以上経って作られた新作『男はつらいよ お帰り寅さん』は後日談であり、主人公は甥の満男である。
 満男にはその後も彼の人生があった。今は中年となり、父親となり、妻と死別、高校生の娘と暮らす。作家としてデビューした満男のサイン会が開かれ、書店に偶然姿を現すのがかつて愛した初恋の泉。満男は泉を神保町のバーへ誘う。そこはリリーが経営する店だった。
 老いた両親のさくらと博は柴又で健在だが、おいちゃんの竜造とおばちゃんのつねはすでに鬼籍。ただ、寅次郎の生死は不明。今でもどこかを旅しているのか。満男にとって寅次郎の存在は大きく様々な場面に現れる。
 この新作を観て、ふと思った。車寅次郎はシャーロック・ホームズに似ていると。葛飾柴又の香具師で四角い顔、無教養な寅次郎と、英国の名探偵、長身痩躯で知性豊かなホームズと、いったいどこが。
 まず外見、ホームズの鹿撃帽にインバネス、寅さんの中折れ帽に格子縞の上着と腹巻、この特色ある扮装をすれば、だれでもホームズまたは寅さんに変身できる。
 ホームズは雑誌連載で人気絶頂のとき、ライヘンバッハの滝で宿敵モリアーティ教授とともに死亡。寅次郎もまた、TV版の最終回でハブに噛まれて死ぬ。が、ホームズは読者の要望で帰還し、寅さんは視聴者の要望で映画化となり甦る。
 ホームズは女性にあまり関心を示さず、寅さんは次々振られる。どちらも恋愛や結婚には縁がない。
 ホームズの銅像はベイカー街に、寅次郎の銅像柴又駅前に。フィクションの主人公でありながら、まるで実在したかのように人々から慕われている。
 ホームズも寅さんも、だれもが知る永遠のヒーローなのだ。様々な俳優によって繰り返し演じ続けられるホームズと違い、残念ながら寅さんはやはり渥美清でなければならないが。いずれにせよ、『男がつらいよ』の新作が観られたのはうれしいことである。

 

男はつらいよ お帰り寅さん
2019
監督:山田洋次
出演:渥美清倍賞千恵子吉岡秀隆後藤久美子前田吟夏木マリ浅丘ルリ子、美保純