大河ドラマウォッチ「麒麟がくる」 第二十五回 羽運ぶ蟻(あり)
永禄九年(1566年)。覚慶は還俗して足利義昭(滝藤賢一)を名乗り、朝倉義景(ユースケ・サンタマリア)を頼りに越前へ向かいました。しかし一行は、一乗谷からほど遠い、敦賀に留め置かれ、三月、半年と、時だけが過ぎていきました。
落ち着かないでいる細川藤孝(眞島秀和)を、三淵藤英(谷原章介)が叱ります。三好勢力が四国の義栄を将軍に仕立てようと、着実に事を進めていたのでした。その時、義昭は地面に這いつくばり、蟻を見ていました。
明智光秀十兵衛(長谷川博己)の家に、細川がたずねてきます。朝倉は何を考えているのか、と光秀にこぼします。実は光秀は義昭のことを「あのお方はいかがとは存じます」と、朝倉義景に報告していたのです。
信長の支配下となったため、美濃に明智の者たちは帰ることができます。明智家の家臣であった藤田伝吾(徳重聡)から文(ふみ)が届きます。そこには明智の里が変わりなく、半分焼けてしまった明智の館も、伝吾たちが建て直しをしたと書かれていました。
光秀の母の牧(石川さゆり)は美濃に帰りたいと望みます。しかし貧しいながらも、光秀の娘たちには越前がふるさとです。光秀は母の牧を美濃に送り届けることにするのです。
十一年ぶりに、牧たちは明智荘に戻ってきました。村人たちが歓迎の宴を開いてくれます。牧も皆と一緒に踊ります。
夜になり、光秀と牧は二人で話します。
「十兵衛。まことにありがとう」牧は光秀に頭を下げます。「こうして美濃に戻ってこられて、もう何も思い残すことなどありません」
光秀は思わず立ち上がります。
「おやめ下さい。そのような」光秀は夜の闇を見つめます。「私はいまだ、この身が定まらず、これからどうなるのか。この先もずっと、母上には見守っていただかないと」
牧は首を振るのです。
「わたくしがいなくとも、十兵衛なら大丈夫。そなたは明智家の当主。その身には土岐源氏の血が流れております。誇りを持って、思うがままに生きなさい。その先にきっと、やるべきことが見えてくるはず。わたくしも、誇りに思いますよ。そなたの母であることを」
翌日、光秀は稲葉山城にいる織田信長をたずねます。信長は光秀にいいます。
「そなた、わしにつかえる気はないか」
光秀は眉根に皺を寄せます。
「申し訳ございませぬ」
「わしでは不足か」
「いえ、決してそのような」
信長は笑い出します。
「いったい何を考えているのだ」
光秀は答えます。
「わたくしは、亡き義輝(向井理)様におつかえしとうございました。このお方こそ、武家の統領として、すべての武士を束ね、世を平らかにされるお方であろうと確信いたしました。しかしあのような不幸な形で、義輝様はみまかられ、この先、自分でもどうして良いのか分からないのです」
信長はいいます。
「分からぬか。わしも分からぬ。今川を倒したとき、そなた、わしに聞いたな。美濃を平定したあとはどうするのかと。わしは答えられなかった。何をすれば良いのか。分からなかったからだ。今も分からぬ」信長は表情を変えます。「だが一つ、分かったこともある。わしは、いくさが嫌いではない。今川義元を討ち果たしたとき、皆がほめてくれた。喜んでくれた。いくさに勝つのはいいものだ。わしは、皆が喜ぶ顔を見るのがこの上なく好きなのだ。皆を喜ばすためのいくさならば、いとわぬ。ただ、この先、どこへ向かっていくさをしていけばいいのか、それが分からぬ」信長は地図を取り出します。「まわりは敵だらけ。美濃をとったはいいが、これからは守らねばならぬ。またいくさだ。きりがない」
光秀はいうのです。
「はい、それではいつまでたってもいくさは終わりません」
「どうすれば良い」
光秀は信長に近づきます。
「上洛されてはいかがでしょう。義輝様が討たれ、幕府は今、無いも同然。新たな将軍に力を貸し、幕府を再興するのです。さすれば畿内をおさえることができましょう」光秀は続けます。「尾張や美濃周辺のことのみにこだわっていても、小競り合いは終わりませぬ。無駄ないくさを終わらせるためには、幕府を再興し、将軍を軸とした、平らかな世を、畿内を中心に再び築くのです。武士が誇りを持てるよう、それがなれば、皆、おおいに喜びましょう」光秀はいいます。「大きな国です。かつて道三様にいわれました。誰も手出しのできぬ、大きな国をつくれと」
信長は微笑みます。
「蝮(まむし)が」
その頃、京では、望月東庵(堺正章)の家で、多数の者たちが丸薬作りに励んでいました。しかし駒(門脇麦)がいません。お寺から薬を分けてもらった者が、その薬を売りさばいているというのです。駒は怒って抗議に出かけたのです。
駒は丸薬を売りさばいたという少年を呼び出して、叱りつけようとします。
「稼いで何が悪いんだ」
と、少年はいいます。それで妹や弟たちが飯を食える。
駒は帰ってこのことを望月東庵に話します。
「私が間違っているのか、よく分からなくなってしまいました」
東庵はいいます。
「誰も間違っとらんよ。お前も、その子も。又売りしたとて構わぬではないか。それは駒とは関わりのないことじゃ。薬を買う者にはお金を払うだけのゆとりがあるのだ。薬を売る方はそのお金で助かる。貧しい一家が飯を食えるのだ。お前の知らぬところで、薬は一人歩きして、人を助けているわけだ。ああ、いい薬じゃないか」
越前に光秀は帰ってきました。家に細川藤孝がたずねて来ています。藤孝は客人を連れてきていました。娘たちと遊ぶ楽しそうな声が障子越しに聞こえてきます。客人は足利義昭でした。以前光秀が会ったとき、義昭は裸足で逃げだそうとしていたのです。義昭は改めて光秀と話がしたいと、敦賀からやってきたのでした。義昭は蟻を見つけた話をし始めます。
「自分の体よりはるかに大きな蝶の羽を、一生懸命運んでいた。しかし、小石や草が邪魔をして思い通りに進まん。すると見かねたのであろう、仲間の蟻が寄ってきて、手を貸そうとした。ところがこの蟻は頑固な奴で、助けはいらぬとばかりに仲間を振り払って、おのれだけで運ぼうとする。意地になっておるのじゃ。一匹では無理だというのに」
「それで、どうなりましたか」
光秀が聞きます。
「蟻は、私だ。将軍という大きな羽は、一人では運べん。しかし助けがあれば」」
「お心は決まりましたか」
「正直、まだ迷いはある。ついこの間まで坊主だったのじゃ。毎日、経ばかり読んでいた男に、武家の統領などつとまるとは思えん。されど、私がもし将軍になれば、今までできなかったことができるかも知れぬとも思う」
「できなかったこと」
「人を救える。貧しい人々を。私一人の力では、救える数は限られている。しかし、私が将軍になれば、今まで手の届かなかった人々を救えるかもしれん。そう考えると将軍になるのも悪くはない」
光秀は朝倉義景に会いに行きました。義景は光秀が義昭に会ったことを知っていました。何の話をした、と問う義景。
「蟻の話をしました」
と、光秀は答えます。
「将軍の器ではないか」
という義景に、光秀は即座に反応します。
「いえ、さようなこともないかと」光秀は話します。「お目にかかってお話をうかがい、いささか思いが変わりました。義昭様はご聡明で、弱き者の心が分かるお方でございます。例えば、強い大名方がお支えすれば、立派な将軍になるやも知れません」
義景は松永久秀から文を受け取っていました。信長と共に義昭様をかついで上洛すればよいではないか、との内容でした。
「信長と一緒というのが気に入らんが」義景は立ち上がります。「いたしかたなしか」
「上洛されるのですか」
「わしも考えが変わった。義昭様は、美しい神輿であらせられる」義景は言い放ちます。「神輿は軽い方が良い」