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大河ドラマウォッチ「麒麟がくる」 第四十回 松永久秀の平蜘蛛(ひらぐも)

 天正五年(1577年)、夏。摂津の本願寺は、毛利や上杉などと手を結び、反信長勢の中心でした。信長と本願寺の戦いは七年余りにも及び、このいくさのさなか、参戦していた松永久秀(吉田鋼太郎)が突如、陣から逃亡をはかり、織田家中に衝撃を与えました。

 明智光秀十兵衛(長谷川博己)は京に持つ館にいました。伊呂波大夫からの文(ふみ)を受け取ります。光秀は太夫の小屋へ向かうのでした。

 光秀は大夫の小屋の庭で、三条西実澄(石橋蓮司)と出会います。実澄は扇子で口を隠し、光秀の耳元でいうのです。

「お上(かみ)が、一度そなたと話をしてみたい、と仰せになっておる」

「帝(みかど)が」

 と、信じられない光秀。実澄はいいます。

「信長殿の、行く末を案じでおるのじゃ」

 実澄は去っていきます。光秀は大夫の小屋に入っていきます。それを見ている男がいたのです。

 小屋の中に、松永久秀が待っていました。酒瓶を抱えています。自分も酒をもらいたい、と光秀は伊呂波大夫(尾野真千子)に告げます。光秀は羽柴秀吉(佐々木蔵之介)の話を始めます。秀吉は総大将の柴田勝家(安藤政信)と大喧嘩をして、陣を捨てて近江へ帰った。理由はどうあれ、いくさのさなかに陣を抜けだす者は、死罪と決まっている。信長も切腹をさせると怒ったが、家臣一同のとりなしで何とか収まった。

「それは松永様もご存じのはず」

 光秀は酒を飲み干します。松永は大和(奈良)のことを語ります。守護の原田直正が討ち死にし、次の守護は当然自分だと思っていたのに、信長は筋目の良い筒井順慶に決めた。

「わしは決めたのじゃ」松永は穏やかにいいます。「わしは寝返る。本願寺方につくことにした」松永は光秀を見据えます。「本願寺は、わしに大和一国を任せるといっている」

 光秀は松永をにらみつけます。

「松永様が寝返るとなれば、私は松永様と戦うことになります」

「分かっておる」

 松永は光秀に見せたいものがあるといって箱を開け、茶釜を取り出します。

「これは、わしが命の次に大切にしておる茶道具じゃ。平蜘蛛(ひらぐも)と名付けられた天下一の名物(めいぶつ)じゃ。信長殿がご執心でな。これを持てば天下一の物持ちになれる。しかし」松永は声を張ります。「意地でもこれを渡す気はない。もし、やむなく渡すことになるとすれば」松永は小声でいいます。「十兵衛、そなたになら、渡してもよい」松永は平蜘蛛を差し出します。「わしは、そなたと戦うのは本意ではない。そなたとだけは戦いたくない。初めて、堺の鉄砲屋で会うた時から、今日(こんにち)まで、頼もしきもののふと思い、頼りにもしてきた。戦えば、そなたを討つやもしれん」

松永は涙を流します。光秀は訴えるようにいいます。

「私も戦いとうない。陣を抜け出たことは、私が、信長様に、命かけておとりなしつかまつる。それゆえ、どうか、寝返るのだけはやめていただきたい」

 光秀は深く頭を下げます。松永は叫びます。

「そうはいかんのだ。わしにも意地がある。見ろ、この釜を。これは、わしじゃ。天下一の名物なのじゃ。そなたに討たれたとしても、これは生き残る。そなたの手の中で生き続ける。それでよいと思うたのじゃ」

 光秀は涙を浮かべて首を振ります。

「解(げ)せぬ」

 松永はいいます。この茶釜は、いったん大夫に預けておく。自分が負ければ光秀の手に渡る。自分が勝てば自分のもとに戻る。

 この秋、松永久秀は、大和の信貴山城(しぎさんじょう)で挙兵します。本願寺や、上杉謙信らに呼応し、反信長の戦いに加わったのでした。これに対し信長は、嫡男の織田信忠(のぶただ)(井上巴瑞稀)を総大将とする大軍を大和に送り込みました。織田軍の陣の中には光秀の姿もありました。光秀は佐久間信盛(金子ノブアキ)に話しかけられます。

「実は安土(あずち)の殿から密命がありました。われらがこのいくさに勝ち、松永が命乞いをしてきた場合、許してやってもよい。ただし、その引き換えに、松永の所有する茶道具をすべて無傷で引き渡すこと、なかんずく、平蜘蛛の釜は必ずよこすことじゃと」

 佐久間が去るのと入れ違いに、細川藤考(眞島秀和)が息子の忠興(ただおき)(望月歩)を連れてやってきます。忠興は先陣を志願するのです。

 天正五年(1577年)十月十日。信貴山城への攻撃が開始されます。信長軍の兵が城に入り込みます。松永久秀は、積み上げられた茶器に油をかけていました。松明を手に取ると、それに火をつけます。松永は家臣たちに命じます。自分の首を箱に入れ、茶道具と共に焼き払え、と。松永は腹に刃を押し込んでいきます。膝をつく松永の顔は笑みを浮かべていました。その首に家臣が刀を振り下ろします。

 建設中の安土桃山上の宝物庫で、信長が叫びをあげながら涙を流していました。光秀が城の廊下を歩いてやってきます。広間には帰蝶(川口春奈)が待っていました。焼けただれた茶器が並べられています。信長は、とたずねる光秀。向こうの部屋で泣いていると帰蝶は答えます。

「近頃、時折お泣きになるのじゃ。此度(こたび)の理由は何であろう。松永殿の死を悼(いた)んでおられるのか」帰蝶は焼けた茶器の破片を手に取ります。「松永殿のあまたの名品が、このありさまになったことを嘆(なげ)いておられるのか。このごろ、殿のお気持ちが私にはようわからぬ」

 帰蝶は、信長が何かを怖がっているように見える、といい出します。駿河の国に富士という日の本一の高い山がある。高い山には神仏が宿り、そこへ上った者はたたりを受けるという。信長は朝廷から、足利将軍と同じ身分を賜(たまわ)った。天下一高い山であり、登れとけしかけた自分も、信長と一緒にたたりを受けるかもしれない。疲れてきた。美濃の鷺山のふもとに小さな館がある。そこで暮らそうかと思う。そこに信長が入ってきます。帰蝶が去ると信長は切り出します。

「そなた、松永が所持していた天下の名物、平蜘蛛という釜を存じておるな。佐久間の家臣が、焼けた城跡をくまなく探したが、破片も見つからなかったという。おそらく松永がいくさの前に、どこかへ預たのではないかと思うておるのじゃ。そなたは松永とは親しい間柄であった。松永が誰に預けたのか、聞いているのではないかと思うたのじゃ」

「そのようなことは」

 光秀はとぼけます。信長は大和と京に忍びを配して、松永を見張らせておいた、といい出します。松永は京に入って伊呂波大夫の小屋へ行った。そこで何人かの親しい者と会った。

「その中に、そなたがいたというのだ」

 信長は扇子で光秀を指します。

「その小屋へは参りました」

 と、正直に言う光秀。寝返りしないようにと話したと語ります。

「平蜘蛛の話は出なかったんだな」

 と、強く言う信長。光秀はうなずきます。信長は立ち上がり、光秀に近づきます。

「もう一つはな、そなたの娘、たま、の件じゃ。嫁入り先だが、細川藤考の嫡男で、忠興という者がいる。存じておるな。あの忠興に嫁がせよう」

 光秀が去ると、信長が一人いいます。

「十兵衛が、初めてわしに嘘をついたぞ」

 光秀は坂本城に戻ってきます。たま、には嫁入りのことを切り出せずにいます。伊呂波大夫がやってきます。平蜘蛛の釜を持ってきていました。

「お受け取りくださいませ」

 という大夫に、光秀はいいます。

「信長様に、この平蜘蛛の行方を問われ、知っていると」光秀は自分の喉に手をやります。「ここまでいいかけたが。いえなかった。いえば、これが信長様の手に落ち、わしは楽になれた。しかしなぜか、いえなかった。そうか」光秀は気づくのです。「これは罠だ。まんまと引っかかってしもうた。これは松永久秀の罠じゃ」光秀は目をむいて笑い始めます。「松永様の笑い声が聞こえておるぞ。どうだ十兵衛、恐れ入ったか、と」

 光秀は笑い続けるのでした。伊呂波大夫が穏やかにいいます。

「松永様が仰せられました。これほどの名物を持つのは、持つだけの覚悟がいると。いかなる折も、誇りを失わぬ、志(こころざし)高き者、心美しき者。わしは、その覚悟をどこかに置き忘れてしもうた。十兵衛にそれを申し伝えてくれ」

 下がろうとする伊呂波大夫を光秀は呼び止めます。帝に拝謁したい、と頼むのです。