大河ドラマウォッチ「青天を衝け」 第4回 栄一、怒る
後に、近代日本経済の父と呼ばれる渋沢栄一。藍葉の不作という危機から、血洗島を救った栄一(吉沢亮)は、今日もよく働いておりました。
栄一は従兄弟の尾高惇忠(田辺誠一)を訪ねていました。その蔵書を読みふけっています。
「しかし承服できん」
と、栄一は惇忠にいいます。かつては多くの者が外国で活躍していた。どうして日の本は国を閉ざしているのか。
「良い質問だ、栄一」と、惇忠は栄一の前に腰を下ろします。「今から三百年ほど前、いくさで荒れ果てた日の本に、大勢の異人が入ってきた。奴らはバテレンだ。奴らは異国の神を広め、日の本を、魂から乗っ取ろうとした」
「魂を乗っ取る」
「そうだ。水戸の本にもあるように、日の本が古来持つ、誇りや尊厳は決して奪われてはならねえのだ」
惇忠の影響で、栄一の好奇心はどこまでも広がり、時を忘れ、夜通し語り合うこともしばしばでした。
中の家(なかんち)では、栄一の父の市郎右衛門(小林薫)と祖父の宗助(平泉成)が話していました。宗助がいいます。
「よし、暮れには得意先の百姓衆を集めるか」
市郎右衛門もいいます。
「ああ、今年は大いにごちそうしなくちゃなんねえ」
その会話を聞いていた栄一が割り込んでくるのです。
「おいちゃん、とっさま。その寄り合いだけんど、俺に仕切らしてくんねえか。思いついたことがあるんだ」
江戸城では、すでに亡くなった前将軍の息子、徳川家定が第十三代征夷大将軍に就任してしましたが、執務を仕切っていたのは、老中首座の阿部正弘(大谷亮平)と、新しく海防参与となった徳川斉昭(竹中直人)でした。
江戸の長屋に住んでいる平岡円四郎(堤真一)は、徳川慶喜(草彅剛)の小姓になることに気がすすみません。妻のやす(木村佳乃)にどやしつけられてようやく出かける始末でした。円四郎は慶喜に拝謁します。
「私はお前に、私の諍臣(そうしん)になって欲しいと思っておる」慶喜はいきなり切り出します。「私に少しでも傲(おご)りや過(あやま)ちがあれば、必ず諫(いさ)めて欲しい。よしなに頼む」
円四郎は慶喜の食事の給仕を命じられます。しかし円四郎はご飯の盛り付け方も知らないのです。慶喜はていねいに円四郎に、給仕の仕方を教えます。さらに髪の結い方なども指導します。平岡円四郎は慶喜の小姓として、一橋家に入り、働くことになったのでした。ある日、慶喜のもとを徳川斉昭夫婦が訪ねてきます。それに従っていた藤田東湖(渡辺いっけい)から、円四郎は慶喜が将軍になるかもしれないことを聞くのでした。長屋に帰ってきた円四郎は、ご飯の盛り付け方を練習しながら、ひとりいいます。
「将軍かあ。ま、将軍てえのは参ったが」円四郎は笑い声をたてます。「いや、分からねえことはねえ。ま、さすが、俺の惚れ込んだお方だぜ」
それを聞きつけた妻のやすに、浮気と勘違いされ、円四郎ホウキで打ち掛かられることになるのです。
血洗島では、藍農家をねぎらう宴会が行われようとしていました。栄一が仕切りを任されています。栄一は各自を座席に案内してゆきます。古顔の覚兵衛が末席に座らされ、若い権兵衛が最も上座に置かれます。宴が始まります。最初に宗助が発言します。
「みんな、今年もご苦労さんだった。いや、雨が降らなかったときには、どうなることかと思ったが、みんな、丹念に育ててくれたっけなあ」
続いて市郎右衛門が述べます。
「そうだ。紺屋もこれは良い藍玉だとたまげていた」
すると栄一がいい出すのです。
「とっさまの腕だけじゃねえ。この権兵衛さんの藍が、なっからいい出来だったのよ。あんなに張りがあって、上から下まで美しい藍葉は、よほど常日頃、様子見て世話してねえと出来るもんじゃねえだんべ」栄一は立ち上がります。「そこで俺は、今日は権兵衛さんに大関の席に座ってもらいてえと思ったのよ」
栄一は、大関、関脇、小結、前頭と順に座席を決めていたのでした。番付表も栄一のいとこの喜作(高良健吾)が作ってきていました。
「わしが前頭とはなんだいな」
古顔の覚兵衛が不満の声を出します。勝手なことをして、と宗助が叫びます。栄一はひるみません。あと一つだけしゃべらせてくれと頼みます。
「このとっさまは、前々からこの土地の武州藍を日本一にしようとたくらんでいる。だから、ここのみんなでまた来年も高めあって、いい藍をつくり、武州藍を大いに盛り上げてえと思ってんだ。どうか、来年もよろしくたのんます」
栄一は深く頭を下げるのでした。こんな下らん番付、と宗助は番付表を破り捨てます。ここで覚兵衛が声をあげます。権兵衛に近づいてゆくのです。どこで肥料を買ったのか教えろといいます。
「来年こそはわしがいっそう良い藍をつくって」覚兵衛は皆に向かって叫びます。「番付の大関になってみせるんべ」
一同は歓声を上げます。
「栄一、おもしれえじゃねえか」
とも覚兵衛はいいます。ここで食事と酒が運ばれてくるのです。皆で陽気に歌って、宴会は盛り上がってゆくのでした。栄一は喜作にいいます。
「いやしかし、おのれでやってみると商いはまっさかおもしれえな。どうやったらここの百姓たちが今より儲けて、この家も儲けて、そんでもって阿波に負けねえ藍玉が作れねえもんかと、そればっかり考げえてみてるんだが」
そして年が明け、ペリーが再び日本にやって来ます。江戸城では、老中の阿部正弘が皆から責め立てられていました。国を開こう、との意見が出る中、徳川斉昭が大声を出します。
「長きにわたりこの日の本で、前例無きこと。半年から一年で返答するなど、もってのほかだ」
そこに大砲の音が響き渡ってくるのです。何事かと立ち上がる一同。井伊直弼(岸谷五朗)がいいます。
「メリケンがいくさを仕掛けきよったか」
阿部正弘が、これは礼砲だと否定します。ワシントンの生誕の祝いとして、砲を撃つことが報告されていたのでした。斉昭は吠えます。
「何が生誕の祝いじゃ。こざかしいわ」
井伊直弼はおびえた様子です。
「いいや、こうなればいくさになるより、国を開いた方がまし」
斉昭は打ち払うことを主張します。いくさはなりませぬと、懸命に井伊直弼はいいます。
阿部は迷った末、とうとう日米和親条約を締結してしまうのです。
血洗島の高尾家では、栄一のいとこである長一郎が、惇忠に瓦版を見せていました。
「ペルリの勢いに負け、港を開くことになったそうだ。今、下田には黒船が」
惇忠は興奮していいます。
「夷狄は打ち払わねばならねえんだ。我が国にとってこれでは、黒船に責められ、強引に国を開かされたと同意。われら百姓とて、決してこのままじゃなんねえ。水戸の教えを学び、何が出来るか思案するのじゃ」
中の家では、陣屋からの呼び出しについて話されていました。栄一が行けと宗助がいいます。
「お代官様の話を、へい、へい、と聞き、へい、へい、と頭を下げるのみのこと」
市郎右衛門も同意します。
「おう、お前もこの家の後継だで。一度行ってみろい」
こうして栄一は岡部藩の陣屋にやって来ました。他の農家と共に、白州にひかえます。
「このたび物入りのため、その方どもに御用金を申しつける」
と、代官はいい、それぞれの金額を述べてゆきます。栄一の家は五百両でした。
「承知いたしました」
と、宗助が代表していい、皆も頭を下げます。しかし栄一は頭を下げながらも発言するのです。
「私は父の名代で参りましたゆえ、御用の高は確かにうかがいました。家に戻りまして、父に申し伝えた上、またお受けにまかり出ます」
行こうとしていた代官が戻ってきます。
「おぬし、お上の御用をなんと心得る。これしきのことが即答できんで親の名代と申せるか」
栄一は冷静に声を出します。
「名代には名代の務めがございます。即答できず、誠に恐縮ではございますが、父に申し伝えた上、お持ちいたします」
代官は怒ります。
「たわけた事を。三百両や五百両など、何でもないことを。素直に殿様の御用を聞き置けば立派な大人となり、世間からも認められるようになるというもの。それを、父に申してからなどと。そのような手ぬるは承知せぬ。今すぐじゃ。今すぐ承知したと申せ」
栄一は引き下がりません。
「はい、なれども自分は、ただ御用をうかがいに来た」
「まだいうか」
と怒る代官。
「御用をうかがいに来たのみゆえ、やはりお受けすることは出来ません」
「下郎め。承知といえ」代官は白州に降りてきます。「いわぬとただではおかぬぞ」
と刀に手をかけます。栄一は代官をにらみつけます。
「言え、栄一」
と、宗助が無理に頭を下げさせるのです。
「申し訳ありません」宗助が代官にいいます。「私めから、厳しく、いいわたします」
家に帰った栄一が作業していると、市郎右衛門に話しかけられます。
「なぜすぐに払うといわなかった」
黙っていた栄一でしたが、やがて話し始めます。
「俺たちは、藍葉を百姓衆からカゴひとつだいたい三十文で買ってる。藍の百姓はその金で食っていき、俺たちはその葉を使って多くのもんを雇って藍玉にし、それを一つ一両ちょっとで紺屋に売る。かあさまやねえさまが育てているお蚕様は、一月寝ずに繭をとって、ひとつかみでせいぜい一文だ。それを、安易に五百両とは。五百両という金は、決して名代の俺が、へい、へい、と軽々しく返事をしていいような額じゃねえ。俺はそう思う」栄一は振り返ります。「とっさまはどう思う。百姓は自分たちを守ってくれるお武家様に尽くすのが道理だ。それはわかってる。しかし今、岡部の領主は百姓から年貢を取り立てておきながら、その上、人を見下し、まるで、貸したものを取り返すかのごとく、ひっきりなしに御用金を出せと命じてくる。その道理はいったいどっから生じたもんなんだい。それにあのお役人は、言葉といい振る舞いといい、決してとっさまや惇忠兄ぃみてえな知恵のある……」
栄一の言葉を市郎右衛門がさえぎります。
「いかに道理を尽くそうが、仕方のないこと。それがすなわち、泣く子と地頭だ。明日すぐに行って、そのまま払ってくるが良い」
市郎右衛門は立ち去ります。
翌日は雨でした。栄一は市郎右衛門が用意した金を代官に差し出します。
「五百両、持って参りました」
と、頭を下げます。
「そうか、下がれ」
と、代官。栄一は立ち去りません。
「恐れながら」と叫びます。「それが我々百姓の銭にございます。朝から晩まで働き、その小さな銭が……」
そこまでいって栄一が顔を上げたところ、代官の姿はすでにありませんでした。