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大河ドラマウォッチ「青天を衝け」 第9回 栄一と桜田門外の変

 大老井伊直弼(掃部頭【かもんのかみ】)(岸谷五朗)は名簿に朱で線を引いていきます。次々と尊皇攘夷派の者たちを処罰していたのです。すでに登城停止となっていた一橋慶喜(草彅剛)には、隠居、謹慎が申しつけられました。さらに謹慎中だった徳川斉昭(竹中直人)は、国元での永蟄居、つまり生涯、出仕や外出をせず、水戸にこもることが命じられたのでした。

 江戸屋敷を出る斉昭を家臣たちが声をあげて見送ります。斉昭も駕籠の中で声をあげて泣きます。若い家臣がいいます。どんな手を使っても、井伊を引きずり落とさなければ。

「ご老公の望みは」

 そういって若い家臣たちはうなずきあうのでした。

 血洗島では、祝言から一夜明けた栄一(吉沢亮)と千代(橋本愛)が、共に農作業を行っていました。時折二人は見つめあい、微笑みあいます。そこへ笠をかぶった男が近づいてきます。侍のような格好をした尾高長七郎でした。再会を喜ぶ栄一と千代。

「このたびは誠におめでとうございます」

 と、長七郎は栄一の父の市郎右衛門(小林薫)と、その妻のゑい(和久井映見)にあいさつするのでした。長七郎はすぐに江戸に戻らねばならぬといい、栄一にあとで家に来るように告げるのです。

 栄一がやって来てみると、長七郎の回りには、多くの仲間がすでに集まってきています。そこには喜作(高良健吾)の姿もありました。長七郎は語ります。

「今、江戸の街はむちゃくちゃだ。異人の運び入れたコロリのせいだ」

「コロリ」

 喜作が聞き返します。

「朝には元気だった者が、突然吐き気をもよおし、夕方には死んでしまう恐ろしい妖術だ。男もおなごも、若いのも年寄りも死ぬ。何百もの棺桶が焼き場に運ばれ、いちいち焼くのも間に合わねえ。ごろごろ転がってる」

 長七郎の兄の尾高惇忠(田辺誠一)がいいます。

「これもすべて、井伊大老が、異人の入るのを許したせいだ」

 市郎右衛門が作業をしているところに、栄一が戻ってきます。作業を行いながら栄一はしゃべります。

「えらくためんなる話が聞けた。今な、江戸の公儀には、井伊掃部頭っつうとんでもねえ大老がいてな、その大老がわりいことばっかりしてる。天子様のお言葉を退けて、自分のいうこと聞かねえ奴を次々と血祭りにあげてるっつう話だ」

「そんな話してたか」

 市郎右衛門は作業の手を止めて栄一を見ます。

「ああ、いまのままじゃ、日の本が危ねえ」

 市郎右衛門の様子に気付かず、栄一はいいます。

「そんなこと、わしら百姓には何の関わりもねえ。ご公儀がどうのこうの。百姓の分際で、あれこれ物申すのはとんでもねえ間違いだ。長七郎の奴、お武家様にでもなったつもりか」

 市郎右衛門の様子に栄一は驚き、むっとした表情のまま黙り込みます。

 その夜、栄一は千代にいうのです。

「承服できねえな」

「久しぶりに聞きました。栄一さんのその言葉。昔、お代官様がいらしたときに」

「ああ」栄一は笑い声をたてます。「あの時はとっさまがひでえ目にあって、腹が立ったな。しかし俺はあのあとも、あのお代官を殴りつけてやりたくなったことがある。でも、あとになって気がついた。あのお代官は、岡部のお殿様の命(めい)を、俺たち百姓にそのまま伝えてただけだ。俺たちから御用金をとれなければ、おのれがお殿様から罰をくらう。だからあんなにも威張って百姓を脅すんだ。あんなもんいっちまえばただのお使いだ」

「お代官様がただのお使い」

「そう、あやつを殴ったとしても、ま、一瞬スキッとはするかもしれねえが、根本は何も変わりやしねえ。だったら、俺はいったい誰を倒せばいいんだ。岡部のお殿様か。いや、駄目だ。お代官を倒しても、お殿様をとっちめても、また別の武士がやって来て俺ら百姓に命令する。その仕組みは永遠に変わらねえ。とっさまには、あの時も叱られた。でも俺は別に、金を出すことに腹が立ったわけじゃねえ。馬鹿馬鹿しくなったんだ。お代官やお殿様は、人の上に立つ人間だっていうのに、民のことを何も考えちゃいねえ。そんなもんのために俺らは、手を青く染め、雨や日照りと戦い土を起こし、汗を流して働いてんのか。俺らは生きてる限り、そのように生きねばならねえのか。つまり、百姓だからって、こんなにも軽く見られっちまうのか。兄ぃのいうとおり、この世自体がおかしいのかもしれねえ」

「この世」

「お武家様とか百姓とか、生まれつきそういう身分があるこの世自体が、つまり、幕府が、おかしいのかもしれねえ。だとしたら、俺はどうすればいい。幕府を変えるには。この世を変えるには」

 千代は困惑してうつむきます。栄一は笑い出します。

「なんだか、胸がぐるぐるしてきたで」栄一は布団に身を投げ出します。「お千代に話したらすっきりした。お前を嫁にもらった俺は百人力だ。今夜はよーく寝れそうだで」

 千代はその姿を見て微笑むのでした。

 江戸城の一橋邸では、慶喜の謹慎処分が三ヶ月にも及ぼうとしていました。昼でも雨戸を閉じ、風呂にも入らずに部屋に閉じこもっていました。

「身に覚えなく罪をかぶった者の意地でござりましょう」慶喜の妻、美賀姫(川栄李奈)が、徳信院(美村理江)と平岡円四郎(堤真一)にいいます。「わが殿には、そのような途方もない強情っ張りなとこがあらしゃられまするゆえ」

 円四郎がいいます。

「強情っ張りか。まことにそうでございまするなあ」

「そもそも、ご老公はともかく、わが殿には何の落ち度もなかったはず。それが隠居までさせられるとは。平岡。その方(ほう)のせいぞ。越前殿やご老公や、その方たちが勝手に殿を慕い、勝手に殿をまつりあげるゆえ、かようなことになったのじゃ」

「美賀君、お言葉が過ぎまする」
 徳信院がそういうのも聞かず、美賀姫は円四郎をなじります。

「かようなお歳で謹慎とは、命を奪われたも同じぞ。わらわはそなたらを決して許さぬ」

 円四郎は慶喜の閉ざされた部屋の前で声をあげます。

「命により、本日より甲府へ勤番となりましたゆえ、最後のごあいさつに参りました」円四郎は慶喜の気持ちも考えず、突っ走ってしまった自分を責めます。「俺は生き延び伸ますぜ。いつか、いつかきっとまた、あなたの家臣になるために」

 慶喜から声がかかります。

「そうか。それならば、少し酒は控えろ。長命の秘訣は乾いておることじゃ。濡れる湿るは万病の元、目の病は口で含んだ水で洗い、常に肛門を中指にて打てば、一生、痔を患うこともない」慶喜は、斉昭より教えられた健康法を話します。「息災を祈っておる」

 後に安政の大獄と呼ばれる、井伊直弼の弾圧政策は、公卿や大名など百人以上を処罰。橋本左内吉田松陰など、多くの志士を死に追いやり、日本中に暗い影を落としました。

 幕府が朝廷への不敬を繰り返したことで、尊皇攘夷の志士たちが過激化します。イギリス公使館通訳殺害事件や、オランダ人船長が斬殺されるなど、外国人を狙った襲撃事件が、次々と起りました。

 井伊の仕事場に、将軍家茂が訪れます。

「良くない噂を聞いた。近頃、水戸家中の多くが浪士となって江戸に入り、そなたを狙っておるとのこと」

「誰がそのようなことを上様に」

「私は若輩ではあるが、このような立場になったからには、世の事を知りたいと思うておる。そなたは一度、大老の職を退き、ほとぼりのさめるまでおとなしくしていてはどうか」

「なんの。案じることはございません」井伊は立ち上がります。「井伊家は藩祖直政公以来、井伊の赤備(あかぞな)えとして、大将みずからお家の先鋒をお勤め申しております。憎まれごとはこの直弼が甘んじて受けましょう」井伊は座ります。「そして、上様がご成長あそばされれば、すらりとお役御免を仰せつかる。それで十分でございまする」

 井伊は家茂に、自分が作った狂言の話をします。家茂にも見て欲しいといいます。

 その日は雪が降っていました。井伊は駕籠の中で狂言の台本を確認しています。書面を掲げた侍が井伊の行列を妨げます。その者は書面を投げ捨てると素早く腰の刀を抜き放ち、警護の者に斬りかかります。井伊の駕籠に向かって短銃が撃ち放たれます。井伊の持つ脚本が血に染まります。ぼんやりと井伊は外の斬り合いをながめていました。やがて井伊は駕籠から引きずり出され、とどめを受けるのです。

 水戸では斉昭が、妻の吉子に告げます。

「今、江戸より、急報が入った。外桜田門にて、井伊掃部頭が襲撃された。下手人は恐らく、わが家中を出た者たち」

「なんてこと」

 吉子は動揺します。

「これで水戸は、かたき討ちになってしまった」

 血洗島では栄一が仲間たちに確認します。

「井伊大老が討たれた」

「長七郎が見たそうだ」

 と、惇忠が説明します。喜作が憧れのまなざしでしゃべります。

「命を失ったとはいえ、大老を血祭りに上げるとはあっぱれだいなあ」

 喜助は長七郎の手紙から、その時の様子を皆に語って聞かせます。そして栄一は喜作が江戸に行くことを聞くのです。

 水戸では宴が行われていました。しかしその場は陰気に静まりかえっています。斉昭が厠に立ちます。廊下で苦しみ始めるのです。斉昭は妻にいいます。

「案ずるは、このわしではない。案ずるべきは、この水戸ぞ」そして斉昭はいいます。「吉子、ありがとう」

 斉昭は妻の膝の上に伏すのでした。

 江戸の慶喜は徳信院から斉昭の死を知らされます。

「謹慎というのは親の見舞いどころか、死に顔も見られんのか」慶喜は泣き声をたてます。「私は何という親不孝者だ」

 血洗島では栄一が市郎左衛門に訴えていました。

「春の一時(いっとき)でいい。俺を、江戸に行かせて欲しい」