大河ドラマウォッチ「青天を衝け」 第34回 栄一と伝説の商人
明治十年(1877年)。鹿児島の西郷軍と、明治政府との戦争が勃発。西南戦争です。政府の税収の九割近くが、戦費に費やされました。
西郷、大久保なき後、日本の財政を動かしていたのは、大隈重信(大倉孝二)でした。渋沢栄一(吉沢亮)は大隈を待ち構え、いいます。
「大隈さん。この紙幣はなんですか。不換紙幣(ふかんしへい)は回収するはずだったじゃないですか。それを大量にばらまくとは」
「しょんなかたい。鹿児島戦争にがばい金のかかった。それに、貨幣増えれば金ん流れがようなる。金ば回して利子ば取っとる銀行にも悪か話じゃなかはずじゃ」
「私は金儲けのために銀行をつくったんじゃない。国を守るため、国を強くするためにつくったんだ。大久保さんにもいいましたがね、この世におとぎ話の打ち出の小槌(こづち)はない。紙幣を刷って増やしたところで、信用が落ちれば価値が下がる。さすれば物価が上がり、民(たみ)が苦しむ」
「せくるしか。まだ官にたてつく気か」
大久保は去って行こうとします。
「八百万(やおよろず)の神で国をつくるとおっしゃっていたあなたが、見損ないましたよ」
大隈による積極財政景気は一時的に良くなり、この機に乗じて銀行をつくりたいと願う人々が、栄一のもとに集まるようになりました。皆はいいます。
「渋沢様にあやかって、銀行で儲けたいものです」
栄一は机を叩いて立ち上がり、集まった者たちにいいます。
「銀行は設ける手段ではない。あくまで国益のためにつくるんです。おのれの利のためではない」
その頃、岩崎弥太郎(中村芝翫)が新聞を見ながらいっています。
「銀行か。ぜひ三菱もつくってみたいやでや」
内務少輔の前島密がいいます。
「いや、三菱には海運業に専念してもらわぬと。日本の郵便も運輸も、海外に並び立つことはできぬ」
「けんどすぐ、三井に乗っ取られると思うちょった第一国立銀行が、合本(がっぽん)とやらで成り立ったとは驚きや。確か、頭取も元は官吏のはずやけんど」
「渋沢は、官に入る前から静岡で商人を集め、合本の商いをしておった。私ほどではないが、なかなかのやり手です」
大隈と伊藤博文(山崎育三郎)は、イギリス公使のハリー・パークスを迎えて交渉を行っていました。不平等条約の改正をすることが目的です。
「条約改正は我が国の世論です」
と、伊藤は英語で話します。
「パプリック」その言葉にパークスは反応します。「そのパブリックとは、誰のことだ」
「パブリックは民(たみ)のことだ。日本のすべての民のことだ」
「すべての民」と、聞き返したのは通辞のアーネスト・サトウです。「日本は、見かけが多少変っただけで、いまだ議会も、民を代表する集まりすらない」
パークスがいいます。
「君たちがどうやって、世論を知る。馬鹿げている」
これにより、伊藤は栄一をはじめとする商人たちを集めます。
「欧米にはチェンバー・オブ・コマースという商人の集まりがある。そこでの意見が民の声とされるそうじゃ。日本政府も文明国の第一歩として、ぜひ民の声を、世論を集め、そんで君らに、民の代表として、商人の会議所をつくってほしい」
集まった商人たちは困惑します。その中で栄一はいいます。
「いや、おかしれえ。伊藤さん。いい機会だ。会議所をつくりましょう」
話し合いが終わると、栄一は問われます。
「どうしてあんな話を受けるんだ」
「確かに政府は、まことに民の声を聞きたいわけじゃねえ。しかし、ほれ」と、栄一は喜作(高良健吾)に呼びかけます。「横浜の蚕卵紙(さんらんし)の一件。あの時も、外国商館の商人たちが集まりをつくっていただろう」
「確かに」と、喜作が答えます。「そこで買い控えの話し合いをしたり、政府に苦情を言ったりしていた」
「そう。俺はずっとあんな風に、商人が手を組み、知恵を出し合う仕組みがぜひとも必要だと思ってたんだい」
「いやしかし、商人どうしが手を組むかどうか」
「いいや、今こそ力を合わせる時だ。この仕組みができれば、我らは、官ではなく民であっても、日本の代表として堂々と声をあげることができる。これは、民の知恵を高める好機だ」
こうして栄一は、商人たちが業種を越えて手を組むための組織「東京商法会議所」をつくりました。
栄一は商人たちを集め、冊子をくばります。それには、栄一が役割を推挙したいと思う人物が記されていました。その席に岩崎弥太郎は来ていません。栄一はいいます。
「岩崎さんには、ぜひとも協力してもらいたい」
「三菱ねえ」益井がいいます。「大隈さんを後ろ盾に、まるでおのれが参議かのような横暴なふるまいをしているとの悪評もありますよ」
「いいや」栄一は机を叩きます。「岩崎さんは、この先の日本を引っ張っていく商人だ。外国に負けぬ商売をするためにも、力のあるお方と手を組みたい」
その時、岩崎弥太郎は、五代才助(ディーン・フジオカ)と話していました。五代は岩崎から、栄一の東京商法会議所のことを聞き、悔しがります。
「やられてしもうた。最初に噂をきいたときから、ただもんではなかち、思うちょったが、とうとう先を越さるっとは。こん五代も、大阪に一刻も早う、商法会議所をつくらなならん」
「会議所というがは、それほど必要なものながか」
「商人どうし、手をきびって大きくならんと、欧米に負けんような商売はできん」
夜、栄一は寝室で妻と千代(橋本愛)と話します。
「今の政府は、貧しい者は、おのれの努力が足りぬのだから、政府は一切関わりないといっている。助けたい者が、おのおの助ければ良いと。しかし、貧しい者が多いのは政治のせいだ。それを救う場がないのが、今の世の欠けているところだ」
千代は「養育院」について栄一にたずねます。栄一は話します。
「行く度に、風通しを良くしろとか、清潔にしろといって、少しは改善されてはいるが」
栄一は子どもたちが、運んでいた食事を、落としてしまった現場に出くわしました。養育院の職員がひどく𠮟るのです。栄一は見かねて職員に近づきます。
「おい。子どもたちは、幼い頃より親から離され、甘えることを知らねえんだ。おびえさせるのではなく、もっと優しく接してくれ」
職員は反論します。
「優しくすれば、わがままになるのみ。無駄飯食らいを、怠惰に育てるわけには参りません」
栄一は悲しげな目で、職員を見上げるのでした。
「そうですか。子どもたちが」千代は話を聞いていいます。「お前様。今度、私も連れて行っていただけませんか」
ある日、栄一はうれしそうに出かけ行きます。誘われたんだよ、といって。
栄一が誘われた相手は、岩崎弥太郎でした。
「前から、おまさんとは、ゆっくり話してみたかったきに」
岩崎にそういわれ、栄一は応じます。
「私もです」
岩崎も農家同様の出身のため、二人は意気投合した、かに見えました。国を豊かにすることに話が及んで、二人の意見の違いが見えてきました。岩崎が西南戦争について語ります。
「政府は無策で、無茶ばかりいうてきて難儀したけんど、そのかわり、膨大な輸送費をもろうちゃったぜよ」岩崎は大声で笑います。「これからは、金の世ぜよ。そこで聞きたい。これからの実業は、どうあるべきやと思う」
「どうあるべきとは」
「おまはんはやたら、合本(がっぽん)、合本いうけんど、わしが思うに、合本法やと、商いは成立せんがではないか。強い人物が上に立ち、その意見で人々を動かしてこそ、正しい商いができる。多くのもんが、元手を握ったち……」
栄一は岩崎の話をさえぎります。
「いいえ。むろん合本です。多くの民から金を集めて、大きな流れを作り、得た利で、また多くの民に返し、多くをうるおす。日本でも、この制度を大いに広めねばなりません」
「いや、それはまどろっこしい。船頭が多くては船は進まん。事業は、一人の経済の才覚ある人物が、おのれの考えだけで動かしていくがが最善や」
「いいえ、才覚ある人物に、経営を委託することはあってしかるべきですが、その人物一人が、商いのやり方や、利益を独り占めするようなことがあってはならない。皆ででっかくなる」
「いや、おまさんのいうことは、理想は高うとも、所詮はおとぎ話じゃ。なにがなくとも、わしらがわーっと儲けて、税を納めんと、明日にも、日本は、破産するがじゃないか。おまさんのまわりの商人は、みんな、おのれの利ばっかり考えいうはずじゃ。ああ、ああ、それでええがよ。欲は罪はない。欲のあるき、人間が前進する。おのれが儲けること、嬉しゅうて嬉しゅうてたまらんき、全力を尽くすがよ」岩崎は笑います。「経済は勝つもんと負けるもんがある。この先の世は、経済の才覚があるかどうかで、大きゅう差がつくろう。貧乏人は貧乏人で、勝手にがんばったらええけんど、わしらはそうはいかんやろう。いっそ、わしと手を組まんか」岩崎は栄一に向き直ります。「わしら、才覚のあるもんどうしで、この国を動かすがじゃき。おまさんとわしとで、固く手を握りおうて商いをしたら、日本の実業は、わしらの、思う通りになるがじゃき」
「いや、事業は」栄一の声はうわずっています。「国利民福を目指すべき」
「いや、才覚あるもんが、強うあってこそ、国利じゃあ」
岩崎は最後には絶叫します。
「いいや、お断りする。」栄一は立ち上がり、叫びます。「違う。断じて違う。私は、おのれのみ強くなることに、望みはありません。皆で変らなければ、意味がないんだ。私とあなたは、考えが根本から違う」
話し合いは決裂したのでした。これが栄一と岩崎との、はげしい戦いの幕開けだったのです。
栄一は千代と共に東京養育院にやって来ます。千代は栄一と別れ、女の子たちのいる部屋に行きます。そして裁縫を教えるのでした。栄一は、毎月、子どもたちを見に来ようと千代に提案します。
その後、千代は頻繁に養育院を訪れるようになるのでした。
一方、栄一は、ガスや電気など、人々の暮らし役立つ事業を、発展させていきました。
そんな中、栄一たちは政府に呼ばれます。伊藤と共に、岩倉具視(山内圭哉)の姿もありました。
「アメリカのグラント将軍が来日することになった」
と、伊藤がいいます。グラント将軍は元大統領で、南北戦争の英雄でした。岩倉がいいます。
「これは日本が、一等国として認められる好機。また、二十年来の不平等条約改正の糸口を見つける千載一遇の好機でもある」
伊藤が言葉を継ぎます。
「ちゅうことで、政府は国の威信をかけ、大いにもてなすつもりじゃ。じゃが欧米では、国の賓客を迎えるとき、王室や政府のほかに、その土地の市民の歓迎がなけんにゃならん」伊藤は立ち上がります。「そこでじゃ。おぬしらも、民の代表として、グラント将軍を盛大にもてなしてくれ」
喜作たちはあきれます。また政府の無理難題か、といったりします。しかし栄一の態度は違ったのです。
「いいや、陛下や政府がいかに立派でも、民も相応に立派でなければ、日本は世界から一等国と認められない。ですが」栄一も立ち上がります。「官と民がひとつになって、前大統領を歓迎することができれば、必ずや、認められる。新しい日本の力を、外国に示しましょう」
栄一は家に帰ってきます。
「えっ、私たちがもてなす」
と、千代は驚きます。
「ああそうだい」栄一は気さくに話します。「一等国では男と女が、表と奥で別れたりしてねえ。公の場に、夫人を同伴すんのは、あったりめえなんだい」
喜作も妻の、よし(成海璃子)にいいます。
「おめえたちおなごも、国の代表として、将軍一家をもてなしてもらいてえんだ」
よし、は抗議します。
「そんなの無理だに。異人なんて見たことねえし」
千代がいいます。
「およしちゃん、がんばんべ。おなごの私たちが、大事な仕事をいただいたんだい」
男にとっても、女にとっても、そして日本にとっても、大きなイベントが始まろうとしていました。