日本歴史時代作家協会 公式ブログ

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大河ドラマウォッチ「鎌倉殿の13人」 第32回 災いの種

 北条一門が集まって、頼家(金子大地)について話しています。大江広元栗原英雄)が報告します。

「恐ろしいばかりのご回復ぶり。まさに神仏のご加護だと、医者は申しておりました」

 家長の北条時政坂東彌十郎)が思わずいいます。

「医者の野郎、余計なことをしやがって」

 北条政子小池栄子)がいいます」

「すべてわたくしのせいです。事を急ぎすぎました」

 時政の妻の、りく(宮沢りえ)が不安を訴えます。

「この先どうなさるのですか。次の鎌倉殿は」

 時政が答えます。

「頼家様が生き返ったからには……」

 実衣(宮澤エマ)が時政の言葉をさえぎります。

「馬鹿なこといわないで。千幡様で話は進んでいるんですから」

 政子がいいます。

「だけど、頼家は」

 りくが提案します。

「ここは仏門に入っていただきましょう」

 実衣もいいます。

「頭、剃っているんだし、ちょうどいいわ」

 政子が声を荒げます。

「よくそんなことがいえるわね」

 実衣がいい返します。

「今さら息を吹き返したって、遅いのよ」

 見かねた義時(小栗旬)が大声を出します。

「少しは黙っていろ」義時は声を平静に戻し、皆にいいます。「まずは、頼家様にどう話すか」

 時政がため息と共にいいます。

「怒るだろうな」時政は時房(瀬戸康史)にいいます。「お前いってくれるか」

「えっ」と、時房は眉を上げます。「頼家様が寝てらっしゃる間に、比企と身内をまとめて滅ぼしました。いえる訳ないでしょう」

 政子がいいます。

「せめてもの救いは、一幡が生きていること」皆が驚くのに構わず、政子は続けます。「小四郎(義時)にお願いしたのです。あの子だけは助けてやりなさいって」

 大江がいいます。

「千幡様を、征夷大将軍に任じていただくための使者は、すでに都へ発ちました。止めるなら今ですが。ご決断を」

 座が静まってから、義時が話します。

「答えはとうに出ている。頼家様がすべてを知れば、北条をお許しにはならない。ここは、頼家様が息を吹き返される前に戻す。それしか道はない」

 政子は義時と二人きりで話します。

「一幡を助けると誓ったではないですか」と、政子は義時を責めます。「はじめから助ける気などなかった。義高(よしたか)の時と同じ。北条は比企の敵(かたき)。生きていれば何をしでかすか分からない。だから葬(ほうむ)った。違いますか」政子は義時に平手打ちを見舞います。「あなたはわたくしの孫を殺した。頼朝様の孫を殺した」

 やがて義時がいいます。

「一幡様には、いてもらっては困るのです」

「頼家も殺すつもりですか」

 との政子の問いに、義時は首を振ってみせるのでした。

 これまでの事情を、頼家に、政子が話すことになります。

「比企が滅んだというのですか」と、頼家は驚きます。「ということは、せつ、はもうこの世にいないということですか。一幡も。信じられません。なぜだ」

「誰もあなたが助かるとは思ってなかった」

 政子は絶望した比企の一族が、みずから館に火を放ち、命を断ったと説明します。

「北条の奴らだ」と、頼家は見抜きます。「あいつらが比企の舅(しゅうと)殿を、せつを、一幡を」頼家は涙を流します。やがて立ち上がって叫びます。「北条をわしは絶対に許さん。お前もだ」

 と、頼家は政子を指さすのでした。

 その頃、京都では、後鳥羽上皇(ごとばじょうこう)(尾上松也)が、頼家危篤(きとく)の知らせを受け取っていました。弟に後を継がせ、征夷大将軍に任じて欲しいと文書(もんじょ)にあります。

「どう思う」

 と、後鳥羽上皇は、僧の慈円(じえん)(山寺宏一)に聞きます。夢を見ました、と、慈円は話し始めます。壇ノ浦に沈んだ三種の神器の、宝剣の代わりが、武家の棟梁、鎌倉の将軍だと。後鳥羽上皇は、一幡が同時に元服するとの一文を見つけます。自分が名付け親になることを思いつくのです。後白河上皇は「実朝(さねとも)」の名を贈るのでした。

 頼家は比企の館を前にします。完全に焼け落ちたそれを確認するのでした。

 頼家は和田義盛横田栄司)と、仁田忠常(高岸宏行)を呼び出し、北条時政の首をとってこいと命じます。

 和田は悩んだ末、それを時政に伝えます。

 りくが時政に訴えます。

「このままでは、ゆっくり眠ることもできませぬ。いつ頼家の息のかかった連中が、押し寄せてくるかも知れないではないですか」りくはいい放ちます。「ここは死んでいただきましょう」

 さすがの時政も振り返ります。

「怖いことを申すな」

「もともと死んでいたのです。元の形に戻すだけ」

「無理をいうな」

「あのお方がいる限り、必ず災いの種となります。千幡様のため、北条のため、私のために腹をくくってください」

 仁田忠常が、義時に相談があると待っていました。義時は、急いで館に戻らなければならない、またにしてくれと断ります。

 館に戻った義時は、息子の泰時(坂口健太郎)から、一幡が死んでいないことを伝えられるのです。 

 館を出ようとする義時は、妻の比奈(堀田真由)に、離縁してくれるように求められます。比企の滅んだ今、比奈の居場所はありません。

「すまない」

 と、義時は比奈を抱きしめるのでした。比奈は鎌倉を去り、四年後、京で生涯を終えたと記録にあります。

 義時は善児(梶原善)を訪ねていました。そこに一幡がいたのです。

「あれは生きていてはいけない命だ」

 と、義時はいいます。

「できねえ」善児は首を振ります。「わしを、好いてくれている」

 善児は刃物を持ち、一幡に近づきます。しかし一幡の笑顔を見て立ち止まるのです。善児を追い越し、短刀を隠した義時が一幡に寄ろうとします。善児の後継者であるトウ(山本千尋)が、一幡を違う遊びに連れて行きます。

 帰って来た義時は、仁田忠常が死んだことを知らされます。その死体を前にし、

「なぜだ」

 と、つぶやきます。

 義時は頼家と話します。

「頼家様の、軽々しい一言が、忠義にあつい真(まこと)の坂東武者を、この世から消してしまわれたのです」

 頼家はいいます。

「わしが悪いようにいうな。もともとは北条が……」

「もちろん、そうでございます。しかしよろしいですか。頼家様のお気持ちが変らぬ限り、同じことがまた繰り返されるのです。お分かりいただきたい」

 義時は政子たちと話します。

「やはり、頼家様には鎌倉を離れていただくしかない」

 政子が聞きます。

「どこへ追いやるのです」

 時房が答えます。

「伊豆の修善寺で、仏の道を究(きわ)めていただきます」

 義時が続けます。

「頼家様ご自身のためを思えば、これが最善」

 政子がいいます。

「本当に、あの子のためになるのですか」

 時政が発言します。

「鎌倉におって、目の前で千幡が、鎌倉殿になるのを見るのはつらかろう。それが一番だと思うぞ」

 嫌がる頼家に、

御家人一同の総意にございます」

 と、大江広元が宣言します。三浦義村山本耕史)と和田義盛が左右をつかみ、頼家を連れ出します。頼家は二人を振り払って倒れ、子供のように泣きじゃくるのでした。

 建仁三年(1202)十月八日。千幡の元服の儀式が盛大に行われます。

 一方、頼家は、鎌倉を離れ、伊豆の修善寺へと送られました。

 居並んだ御家人たちが、千幡に頭を下げます。

「よろしく頼む」

 と、千幡は声を掛けます。新たな鎌倉殿、三代将軍源実朝の誕生でした。

 頼家の子である善哉(ぜんざい)に、老婆が声を掛けます。それは頼朝の乳母(めのと)であった、比企尼(ひきのあま)(草笛光子)でした。

「北条を、許してはなりませぬぞ。あなたの父を追いやり、あなたの兄を殺した、北条を。あなたこそが、次の鎌倉殿になるべきお方。それを阻(はば)んだのは、北条時政。義時。そして、政子。あの者たちを決して許してはなりませぬぞ。北条を、許してはなりませぬ」