日本歴史時代作家協会 公式ブログ

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大河ドラマウォッチ「青天を衝け」 第37回 栄一、あがく

 千代の死から、三ヶ月がたちました。栄一(吉沢亮)は「顔色が悪い」と喜作(高良健吾)にいわれる始末です。

「渋沢には、早う次の妻を探さにゃならんな」と、立ち上がったのは井上馨福士誠治)です。「でなけんにゃ、日本経済そのものにも大いに差し障りがある。渋沢は今や日本経済の要(かなめ)じゃ」

 政府は、栄一たち実業家を支援し、三菱に対抗する海運会社「共同運輸会社」を設立させました。

 岩崎弥太郎中村芝翫)と大隈重信大倉孝二)は、その活動を阻もうとしましたが、当時の世論は、共同運輸の味方でした。

 大隈は自分たちを批判する新聞を岩崎に見せます。岩崎は笑い声を上げます。

「世の中に、これは叩かれるゆうがは、大隈様も三菱も、やはりたいしたもんやのう。今さら政府らを味方につけんでも、この三菱は一向に構わん。わしを誰やと思うちょる。岩崎弥太郎やぞ。岩崎はこの一手だけで、日本を一等国にするき」岩崎は社員たちに向き直ります。「ええかおまんら、売られた喧嘩は正面から買(こ)うちゃるき。この機に、さらに三菱を、大きゅうしちゃちゃるわ」

 三菱と共同は激しく競い合います。三菱が運賃を一割下げると、共同は二割下げるという具合です。

 栄一は、数年前に没落した豪商「伊勢八」の娘、伊藤兼子(大島優子)を、後妻に迎えることにしました。栄一は兼子にいい聞かせます。

「渋沢家の家政を任せたい。特に嫡男の篤二まだ小さく、母親が必要だ。また、財界や政府に、世話になっている方が数多くいるゆえ、その方々や家族ともうまく交際し、万事抜かりなくやってもらいたい。背負う事業が多岐にわたるゆえ、てきれば、子も多くほしい。よしなに頼む」

 栄一は出かける際に、娘の歌子(小野莉奈)にいわれます。

「もうご再婚とはどういうことですか。家を守るお方が必要なのはわかります。でも、おくにさんでもなく、見ず知らずの方と」

「俺の妻となれば、年中表に出て、多くの方々と、交際してもらわねばならねえ。おくにには荷が勝ちすぎる」

 数ヶ月後、歌子は男の子を産みました。栄一は喜び

「お千代に、見せてやりたかった。お千代は、孫を見るのをずっと楽しみに……」

 と、いってしまうのでした。

 東京府会では、千代が熱心に支えてきた養育院が、廃止されようとしていました。

「しかるに、困っているものを助け、新たなる罪人を生まぬようにすることは、人の道のみならず、社会のためにも……」

 などと栄一が発言しても、誰も聞こうとしません。

 岩倉具視山内圭哉)は床にありました。

「日本が西洋のごとく、新しくなっていかなあかんことはよう分かってます。しかし三条さん」岩倉をうちわであおいでやっているのは三条実美金井勇太)でした。「これはわしらが願うてた、建武以来の、お上を王とする世とは、全くちごてしもた」

 三条がいいます。

「議会ができて、民(たみ)まで政治に口を出すようになったら、どんな世になってしまうのやら」

 岩倉は大声で井上馨を呼びます。

「お上は、民を、愛しておられる。日本は、ほかのどの国とも違う。お上のもとでの国家をつくらなあかんのや」

 そういって岩倉は、つんのめるように倒れるのでした。岩倉具視は、天皇を中心とした国を望みながら、世を去りました。

 共同運輸と三菱の、熾烈(しれつ)な争いは続いていました。その中で岩崎弥太郎は倒れてしまいます。

 栄一のもとに、五代友厚ディーン・フジオカ)が訪れます。三菱と協定を結ぶように提案します。

「この競争は、共同、三菱双方にとって、多大な損失を招いておる。ここいらが潮時じゃろう」

 共同の益田孝(安井順平)がいいます。

「まさか。ここからが正念場ですよ」

「気づいちょらんのか。岩崎君は密かに、この共同運輸の株を、株主から買い集めちょる。もうすでに、過半数は三菱のもんじゃ」

 皆は驚き、慌てます。井上馨が話します。

「岩崎は、渋沢の元本(がっぽん)の仕組みを使うて、この会社を乗っ取ろうとしとるんじゃ」

 栄一は五代にいいます。

「それであなたは、のこのこ仲裁(ちゅうさい)に来たのですか。開拓使騒ぎの頃、世論はあなたをさんざんに叩いていたが、今や世論の敵は、岩崎さんだ。徹底的に叩く絶好の機会でしょ」

「うんにゃ。岩崎君が海運を、一手に握ったのは、政府の思惑もあってのことじゃ。そいを今度は、大きくなりすぎたからといって潰すとは、あまりに無情。よかか、渋沢君」五代は立ち上がり、渋沢の隣に座ります。「こげん争いは不毛じゃ。もし共同が勝って、三菱が倒れたとしても、今度は、共同が第二の三菱になるのは知れたこと」

「あなたに口を挟まれるいわれはない」

「うんにゃ挟む。まあちいと大きな目で、日本を見んか」

「見てますよ。俺は大きな目で日本を見てる。岩崎さんは、本当の国の発展を分かってないからあんなことしたんだ」

「おいは、商人が正しく競い合うことで、経済を発展すると思うちょる。こげん争いは、日本の損失じゃ」

「いいや」栄一は感情的になっています。「これは、岩崎さんの独裁と、俺の合本との戦いなんだ。私は、戦いをやめる気はありません。差し違えてでも勝負をつける」

 栄一は伊藤博文(山崎育三郎)を訪ね、岩崎の不法を並べ立てます。

「なんとか、政府に制裁していただきたい」

 という栄一に、伊藤は話します。

「どうも今日の渋沢君は妙じゃの。渋沢君がおのれを正しいと主張するんは、まあかまわん。じゃが、その正しさを主張したいがために、敵の悪口をあれこれあげ連ねていいふらすっちゅうのは、それこそ実に卑怯千万なやり方じゃなかろうか。君は、人から立派に人物じゃといわれちょる。恐らく君自身も、自分は正しいと、立派な考えを持っとると思うちょるじゃろう。そういう君からして、こねえに卑怯なことをするようでは困るんじゃ。少し慎め」

 栄一はソファに腰を下ろします。伊藤は明るい様子で話し続けます。

「まあ、とはいえ、わしも、岩倉様を裏からつついて、大隈さんを追いやったんじゃがのう。ただわしは、自分を正しい人間とははじめから思うちょらん。大隈さんをどねえしても外したかった訳でもない。大隈さんは、急ぎすぎちょった」伊藤は束になった書類を栄一に見せます。「わしなんか、一年半もかけて憲法を調べてきた。わしは、日本独自の憲法を作り、国民が育てば議会をつくる。民意を取り入れたいと思うちょる。大久保さんも、西郷さんも岩倉様も、今まで日本ためによう働いてくれた。ようやくこっからが、新しい日本のスタートじゃ」

 栄一はあっけにとられ、つぶやくようにいいます。

「まさか。結局一番大きな目で日本を見ているのは、あなたなんですか」

 伊藤は笑い声をたてるのでした。

 岩崎弥太郎は寝込んでいました。息子の弥之助(忍成修吾)にたずねます。

「渋沢は、まだ根をあげんがか」岩崎は笑います。「今一度盛り返したい。弥之助。わしの事業を、決して、落とさんようにねや」岩崎は天井を見上げます。「国のためやち、日本を一等国に、世界の航路に、日本の船を。日本に、繁栄を」

 職場に来た栄一は、驚いて振り返ります。

「岩崎さんが死んだ」栄一は帽子を掛けます。「嘘だ。あの人は死んでも死なねえはずだ。

 銀行の者がいいます。

「大阪の五代さんも、もう長くないと、噂があります」

 栄一は五代の仲裁で、三菱の面々と話し合いをすることになりました。五代がいいます。

「正直にいってくれ。こん競争、このまま続けたら、三菱はあと、どれだけもつ」

 岩崎弥之助が答えます。

「一年です」

 五代は栄一たちにも同じように聞きます。共同の一人がいいます。

「百日です」

 弥之助がいいます。

「それが本当やったら、三菱は勝てるの。けんど、勝ったち、満身創痍や」

 五代が発言します。

「うん。そん後は必ず、外国の汽船会社がやって来て、日本の海運を、再び牛耳ることになる」

 栄一がいいます。

「もう、ほかに道はないようだ」

 栄一は立ち上がり、弥之助に握手を求めるのです。それに答える弥之助。こうして両者は、二年半に及ぶ戦いを終え、合併することを選びました。

 皆が帰った後、栄一は五代と話します。

「五代さん。ありがとうございました」栄一は座ります。「早く、体、直してください」

「おいが死んでも、おいがつくったものは残る。青天白日。いささかも、天地に恥じることはなか。じゃっどん、見てみたかった。こいから、もっと商いで、日本が変っていくところを。こん目で、見てみたかった。渋沢君。日本を、頼んだど」

 その年の秋、五代友厚も亡くなりました。

 栄一は後妻の兼子から

「離縁してくださいませ」

 と、頭を下げられます。とまどう栄一。兼子は理由を話します。

「私はかつて、妾にだけはなりたくないと思っておりました。その願いが叶い、妻として、かように立派な方に嫁げるとは、なんと光栄なことと喜んでいました。しかし妻であれば、女の矜持(きょうじ)が守られると思っていた私が愚かでございました。あなた様の心もいまだ、前の奥様にございます。私は、望まれて妻になりたいなどと、馬鹿げたことをいうつもりは毛頭ございません。しかしそれでも、いくばくかの情がなければ妻にはなれません。子もできません。篤二さんも、あたしにはなついてくださいません。きっとあたしは、一生かけても、奥様の変わりにはなれません。どうか、離縁してください」

「それは許さねえ。いや違う」栄一も頭を下げます。「許してくれ。俺は、ちっとも立派じゃねえ。いつも日本のためだとかなんとかいって、目の前のことしか見えていねえ。目の前のことをやるのに精一杯だった。それをいつも、とっさまに守られ、かっさまに守られ、一橋の家に守られ、お千代に守られて、どうにかやって来たんだ。だから」栄一は今度は膝をそろえて頭を下げます。「頼む。これから、俺をもっと𠮟ってくれ。尻を叩き、時には今のように、捨ててやるぞこのヘッポコ野郎とののしってくれ」

「いえ、そこまではいっておりません」

「俺は、どうしても、この家を、家族を守りたい。どうか、力を貸してください」

 栄一は深く頭を下げるのでした。

「わかりました。これ以降も、よろしくお願い申し上げます」

 と、兼子も頭を下げます。

 廃止の危機にあった養育院は、兼子と協力して、栄一がみずから経営することにしました。栄一は千代が子どもたちに針を教えていた部屋の前で立ち止まります。

「お千代。見ていてくれ」

 と、栄一はつぶやくのでした。

 明治十八年の冬、日本に内閣制度が発足しました。天皇により、内閣総理大臣伊藤博文が任命されます。三年後には、大日本帝国憲法が発布され、天皇を国の元首としつつも、伊藤たち元老が、政治の主導権を握ることとなりました。

 兼子と栄一の間に子ができていました。それを見つめる十七歳の篤二は、煙草を取り出して口にくわえるのでした。

 

『映画に溺れて』第463回 騙し絵の牙

第463回 騙し絵の牙

令和三年三月(2021)
新宿 新宿ピカデリー    

 

 出版不況と言われて久しい。本が売れて出版社も作家も町の書店も潤った時代は遠い昔のことだ。本が売れなくても雑誌が売れていればなんとかなっていたが、今はもう雑誌も売れない。この先、いったいどうなるんだろう、という今の出版界の現状を描いた作品である。
 大手出版社のやり手社長が急死し、営業出身の東松が新社長となり、赤字部門の文芸誌を切り捨て、不動産部門にまで手を出そうとしている。
 各社を渡り歩いたフリー感覚の編集者速水がカルチャー誌の編集長として迎えられ、さっそく東松に取り入り暗躍する。
 売れないながらも品格ある文学に固執する文芸編集部は百年続いた老舗出版社の聖域であり、前社長の庇護の下、伝統ある文芸誌を守り抜いてきた。一方、カルチャー誌は様々な仕掛けで話題を作り読者を広げようとする。
 新社長となった東松の方針で文芸誌は月刊から季刊に縮小され、はみ出した若手編集者の高野恵を速水がカルチャー誌にスカウトしたことで社内の対立は激しくなる。
 文芸誌の新人賞応募作の中で注目されながら異色すぎるとの理由で候補から外された無名新人の作品を速水が拾い上げ、カルチャー誌での掲載を発表する。しかも名乗り出た作者の矢代が若くて美男であり、マスコミで大きく取り上げられる。カルチャー誌を売るためなら、スキャンダルであろうと、事件であろうと、なんでも利用する速水。
 新社長を憎み文芸編集部を支持する古参の重役宮藤はカルチャー誌に一泡吹かせんとして裏で矢代を取り込もうと画策するのだが。
 町の書店の現状、紙から電子書籍への移行、伝説のカリスマ作家の新作などが絡み合いストーリーは二転三転、いったいだれが勝者となるのか。いや、果たして勝者はいるのか。演じる俳優も曲者ぞろいで見ごたえ充分、裏切り裏切られの闘争劇である。
 が、今の出版界の現実を思えば、楽しんでばかりもいられない。

 

騙し絵の牙
2021
監督:吉田大八
出演:大泉洋松岡茉優宮沢氷魚池田エライザ斎藤工中村倫也坪倉由幸和田聰宏石橋けい、森優作、後藤剛範、中野英樹赤間麻里子、山本學佐野史郎リリー・フランキー塚本晋也國村隼木村佳乃小林聡美佐藤浩市

 

書評『尼将軍』

書   名 『尼将軍』              
著   者  三田誠広
発   売  作品社
発行年月日  2021年9月25日

 

尼将軍

尼将軍

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 頼朝の流人生活を伝える歴史史料はきわめて乏しく、頼朝と政子の運命的な結びつきについては「はっきりしたことはわからない」(奥富敬之『鎌倉北条一族』新人物往来社、昭和58年刊)という。歴史事実という観点から見れば、所詮、小説は“虚”の記述に過ぎないものであろうが、歴史の真実を暴くのは歴史学の専売特許ではなく、小説にも十分に立証能力がある。そもそも伝えられる史実は一部のものであり、伝えられない史実を掘り起こす“謎解き”のような作業は歴史家よりもむしろ作家の得手とするところである。
 作者にとって、『尼将軍』政子は、どうしても書きたいテーマで以前から考えてきたものであるという。

 本作は小説であるから、脚色が施されているが、事件はおおむね史実通りにおこる。作者は史実の奥底に潜む人間の物語として政子69年の生涯と政子の生きた時代を再現している。骨格のしっかりした全8章の構成の中に、歴史上の人物がそれぞれに生きているので、ドラマを見るように興趣深い。遺された史料と作家の想像力で挑んだ、端正な文体による文学作品である。
 第4章「御曹司が鎌倉に幕府を開く」の、建久8年(1197)7月、木曽義仲の息子・義高との悲恋で有名な頼朝・政子夫妻の長女大姫(おおひめ)の病没までが前半生と言える。大姫の死で政子は初めての挫折を味わうが、愛娘を失った悲しみよりも、「大姫入内」の野望が挫折したことの悔しさが上回ったとし、「これより後の政子の人生は挫折の連続」であったとする。

 本作のキーワードは「台盤所(だいばんどころ)」である。台盤とはもともと「食膳」の意味だが、女人の称号となる。既に東国支配の総帥となった頼朝は「鎌倉殿」と称され、東国全体の「台盤所」となった政子は台盤所に尊敬を表す「御」をつけて「御台所」と呼ばれる。武門の頭領の正妻としての「御台所」の政子は家族だけでなく、御家人たちを差配する立場に立つ。
 政子の弟で、平家に対して反乱を起こすという野心の持ち主の三郎宗時(さぶろうむねとき)は「姉君と源氏の御曹司たる頼朝を旗頭として新たな国を築く」という野望に燃えている。しかも「これは源氏の戦さではない。北条が起こす戦さだ」(第二章「国府を襲って旗挙げを敢行」)と、頼朝の旗挙げ以前に、源氏の夢ではなく北条氏の夢を語っていることは注目に値する。
 政子と頼朝との結婚、頼朝の挙兵に介在していたであろうさまざまな人間関係の描写に目が離せられないが、極めつけは政子と頼朝の間柄の描写である。
政子は「こやつはただの旗だ」「この御曹司は自分のものだ」と意識的に頼朝を誘う。思いを果たすや、政子は頼朝に「わたしの婿となるほかに生きていくすべはないのです」と囁く(第二章」)と。そもそも、政子にとっての頼朝はこのような存在であったとするのである。

 政子の人生において重要な役割を演じるのは、第2代執権として鎌倉幕府を牽引することになる政子の弟・北条義時である。三郎宗時が石橋山合戦で戦死したため、宗時の弟・四郎義時が北条氏の嫡子の座に就く。義時は「台盤所」「御台所」「尼御台」「尼将軍」と呼び名は変わっても地位と権勢を保ち続けた政子と手を携え、源家の血筋を根絶やしにして鎌倉を北条がものにしていく。
 政子の後半生は正治元年(1199)頼朝の死去の第五章「頼朝の急死と二代将軍頼家」から。頼朝亡き後、梶原景時の排斥、比企氏の乱、畠山重忠の討伐、和田合戦と幕府を揺るがす事件が次々と起こる。幕府草創期に頼朝を支えた畠山、比企、和田らの一族が北条氏の策略によって次々に滅ぼされていくが、その度ごとに北条のみが肥え太っていく。その際、政子の関与は?

 政子が生きた時代の特質は何か? 一言でいえば「陰湿な暗さ」ではないか。怪しい陰謀と讒言の横行による無数の人間の酸鼻を極めた犠牲、おびただしい非業の死が繰り返された。生き延びるために、ライバルはもちろん、子が親兄弟を殺す陰惨な戦いが日常であった。鎌倉は坂東武者の血と屍の上に成り立つ修羅の府となった。そうした鎌倉にあって政子は「幕府はわれが差配す」と決意する。政子による政治支配のそもそもの始まりは宿老13人による合議制の導入を決めたことである。頼朝の未亡人で、頼家の実母である「尼御台」政子は頼朝死の3か月後に早くも、後継将軍頼家による訴訟親裁を止めて宿老13人の合議制に改めている。この13名の重臣の内、後に、梶原景時比企能員和田義盛の3人が北条氏の巧妙な策略によって命を奪われていくが、宿老13人による合議制導入が将軍頼家の外戚として比企氏が「第二の北条氏」となることを拒む北条氏の意志表明であったことは明白であった。政子は北条氏の代弁者として大きな役割を果たしていたのである。本作には、景時を討ち、頼家を廃嫡し、比企一族を滅ぼさんと、政子が義時と三浦義村に囁くシーンがある(第五章「頼朝の急死と二代将軍頼家」)。

 頼朝死後の鎌倉幕府の体制はじつに政子によって保たれていたといってよく、政子の主導権によって、頼家の排除、頼家から実朝への将軍職移譲が図られた。
 実朝の暗殺は建保7年(1219)正月27日、実朝の右大臣拝賀の式典の日。本作はその3カ月ほど前の建保6年11月(1218)、実朝が右大臣昇叙すると決定した頃、義時、義村、そして政子の三人の密議がなされ、しかも、尼御台の裁量で暗殺が決定されたとし、そのシーンでは、政子に涙がない。
 三浦氏は幕府創立以来の北条氏と並ぶ有力御家人である。三浦義村は義時の盟友で、13名の宿老の一人だが、政子在世中はついに表舞台に出られず、義時の影で暗躍した人物である。本作では、政子は「常に怪しい策謀を肚の底に隠している」として義村を信用していないが、「(実朝暗殺の)すべては三浦義村が謀ったことだろう。義村に実朝を殺せと命じたのは自分だ。嗚咽がこみあげてきた。嗚咽がたちまち号泣に変わった」(第七章「雪の鶴岡八幡宮で実朝暗殺)。

 頼家・実朝の死は謎に包まれている。夫・頼朝が鎌倉幕府を担うものと期待したであろう愛する我が子二人と実の孫のすべてを失うことになる政子は決してこの間の首謀者ではなく、彼女はその地位を利用されたとする説があるが、本作はそうした説に与しない。政子は愛児二人の謀殺の共犯者なのである。
 実朝死後の摂家将軍時代、政子は、文字通り「尼将軍」として執政した。
 政子の大目的は「われには鎌倉殿のご遺志を継いでこの鎌倉幕府を護る責務がある」「鎌倉を築き護ってきたのは、このわれじゃ」(第六章「将軍実朝のはかない夢の跡」)の言葉に表されるように、鎌倉の覇業を永遠に維持することにあったと作者は記す。史実通りであろう。
 北条政子についての観方は、両極端の観方がある。「屈指の政治家」とするものと母性愛を喪失した「悪女」とする観方である。
 本書最大の特色は、政子の呼び名を「万寿」としたことである。『蘇我物語』で「万寿御前」と呼ばれていることを踏まえたものであろう。なぜポピュラーな「政子」ではなく、「万寿」なのかと言えば、「政子」につきまとう一般的なイメージを払拭することに狙いがあったのではなかろうか。こうすることにより、北条政子とは何者かの性格付けが鮮やかな造形となった。野性の強い女性 強烈な個性。行動に対してためらいがなく、思ったままをする。「悪女」と言われた政子の別の側面が見え、政子の赤裸々な人間としての性質が抑制された筆致の中に浮かび上がってくる。
 頼朝との結びつきから承久の乱の際の演説まで、政子はベストを尽くし、そうせざるを得ない人生を歩んだが、それで良かったとするのか、後悔するのか、選択の良しあしは政子自身も本当のところはわからなかったのではないか。作者は「政子の後半生は挫折の連続であった」と記している。「挫折」という言葉の中に、権力者の孤独と母性愛という人間としての弱さを重ねたいものである。
 同時期に刊行されたアンソロジー『小説集 北条義時』(作品社)に作者は「解説」を書いている。併せ読みたい。

            (令和3年11月22日 雨宮由希夫 記)

大河ドラマウォッチ「青天を衝け」 第36回 栄一と千代

 栄一(吉沢亮)たちは、三菱に対抗すべく、海運業者の合本(がっぽん)組織「東京風帆船(ふうはんせん)会社」を設立しました。

「合本で、三菱の一人勝ちを打ち破ろう」

 と、栄一は皆に宣言します。

 岩崎弥太郎中村芝翫)は大隈重信大倉孝二)と話してから、一人つぶやきます。

「何が風帆じゃ。風船玉のように、しぼめちゃる」

 新聞に栄一が、銀行がうまくいかなくなって首をくくったと書かれます。慌てた家族らが確かめてみると、栄一は生きています。訪ねてきていた五代友厚ディーン・フジオカ)がいいます。

「岩崎君は、社員や出入りのもんを使って、風帆船会社の悪口を言いふらしておる。大隈君も、風帆船を、あまりよく思っちょらんじゃろう」

「大隈さんまで敵に回せば、もうこの会社は終わりだ」

 と、栄一は嘆(なげ)きます。

 栄一たちの風帆船会社は、まだ開業もしないうちに、暗礁に乗り上げました。

 郵便汽船三菱会社では、岩崎弥太郎が商人たちを集めています。

「みだりに海運業らに手を出すより、むしろ、わしらと組んで、商社をつくってみたらどうぜよ。その時は、三菱の船も使うてくれ。資本はなんぼでも融通(ゆうずう)するき。元来わが三菱は、政府が、三井ばっかりひいきし、日本の海を、外国船が闊歩(かっぽ)するがを、おのれ一個の必死の相撲(すもう)で勝ち取ってきました」岩崎は台の上に立って皆に呼びかけます。「これも、国のためやき。そのためにもわが三菱は、国家の使命に徹し奮励(ふんれい)し、国民の期待に応えるべく、覚悟をもってやろうじゃいか」

 商人たちは歓声を上げ、拍手をするのでした。

 岩崎弥太郎が着々と商売の手を広げる中、栄一が院長を務める「東京養育院」では、物価の上昇や、収容者が増え続けたことで、さらなる財政難に陥っていました。

 東京府会にて、議長が話します。

「貧困はおのれの責任である。養育院の貧民は、租税をもって救うべきではない」

 沼間守一が述べます。今も多くの税を充(あ)てているが、わずかな貧民しか救うことができない。多くは慈善家が養っている。

「だいたい誰かが助けてくれるなどという望みを持たせるから、努力を怠(おこた)らせることになるのだ」

 と、発言する者がいます。

「そうだ。怠民(だみん)を養成するな」

 との声も聞こえます。栄一はいいます。

「いいや、救済はせねばならん」

 議長があきれます。

「また渋沢さんの理想論であるか」

 栄一は養育院が節約していることを述べます。それに対して税収が逼迫(ひっぱく)しているとの反論が出ます。栄一はひるみません。

「わかっておる。だが、国が一番守らねばならんのは人だ。限られた予算であっても、救済は必要だ」

 沼間がいいます。

「理想論は無用。それでなくても未熟な日本には、すべての人間に手を差し伸べている余裕はない」

「そうです。優秀な人間が、国を支えねばならん」

 その言葉に栄一は立ち上がって叫びます。

「いいや、その説は間違っておる」

 反論の声が次々と上がります。話し合いは紛糾し、結論どころではなくなります。

 栄一が戻ってきた部屋では「東京東京風帆船会社」の壁掛けが下ろされていました。

 栄一の娘の、うた(小野莉奈)はお見合いを行っていました。相手は旧宇和島藩士で、留学経験もあり、東京大学で法学教員として勤めることになった、穂積陳重(田村健太郎)という男性でした。うた、と穂積は、何やら気まずい様子です。しかし穂積が、父親と母親のことを質問すると、うた、は堰(せき)を切ったようにしゃべり始めます。

「そういえば」と、うた、立ち止まります。「私のことはおたずねにならないのですか。今日は私とのお見合いのはずです」

 穂積は笑い出します。

「ええ、あなたのことも知りたい。ぜひ教えてください。そしてそれがすんだら、僕のことも、知っていただきたい」

 うた、は笑顔を咲かせます。

「はい。ぜひ知りとうございます」

 こうして二人は意気投合したのでした。

 その頃、政府では大問題が起きていました。北海道開拓士の官営工場が、薩摩の五代友厚に不当に安く払い下げられると報じられたのです。政府が薩長で固められているとの批判が民の間で噴出します。

 井上馨福士誠治)が怒って新聞を叩きつけます。

「こげな記事はでたらめじゃ。民権家どもは政府を悪者にしよって」

 伊藤博文(山崎育三郎)が応じます。

「ああ、奴らは我が長州や薩摩を特に嫌うちょる。払い下げに反対した大隈(大倉孝二)さんだけをえろうほめたたえ、わしらを悪者にしちょる」

「大隈さんは、北海道を狙うちょる岩崎に便宜(べんぎ)をはかろうとして、うん、といわなかっただけじゃったっちゅうのに」

「うん」伊藤は宙を見すえます。「大隈さんなあ。そうか」と、井上を振り返ります。「こりゃあええ機会かもしれん」

 夜中、大隈邸を訪ねる者がいます。ランプの明かりの中に、伊藤が立っていました。

「たった今、臨時の御前会議が終わりました」伊藤は静かに語ります。「どうか、黙って今すぐに、辞表をお出しください」

 大隈重信は政府を追い出され、権力を握った伊藤博文を、井上馨たち、長州や薩摩の人々が、支える体制になりました。これが「明治十四年の政変」です。

 国立第一銀行で、五代友厚が栄一にいいます。

「とんだとばっちりじゃ。よくもここまで、人民の目の敵(かたき)にされるとは。おいは、汚か商いはないもしちょらん」

 栄一が問います。

「なぜ反論しないのです。そもそも新聞が書き立てていることも、でたらめばかりじゃありませんか」

「まあ、そのうち、別の新聞が真実を書いてくれっちゃろう」

「しかし、世間が話題にするのは、悪意ある興味本位の嘘だけだ。もしその嘘のみが広まって、あなたの名誉に後々まで傷がついたら」

「じゃっどん、おいが文句をいったら、大隈君がさらに叩かれるだけじゃ。北海道の仕事を失ったのは残念だが、ま、ほいで終わりじゃなか。また別のことをすっだけじゃ」

「あなたは甘い」

 五代は身を乗り出し、穏やかに話します。

「名誉や金より、大切なのは目的じゃ。おいは、皆が協力一致して、豊かな日本をつくることこそ正義だと信じちょる。岩崎君と比べ、商売人としてどっちが優れてるかといえば、向こう方じゃ。たぶん、おはんにも負けちょう。おはんは、おいに比べて、ずっと欲深か男じゃ」

「私は岩崎さんとは違う」

「うんにゃ。二人はどこ似ちょう。岩崎君も御半も、おのれこそが、日本を変えてやるという欲に満ちておる」

 そこへ井上が入って来ます。

「おい。三菱を倒してくれ。ますます力をつけて、政府の手に負えん。今度こそ、三菱に対抗できる、海運会社をつくるんじゃ」

 井上は、各運輸会社を合同させ、そこに政府も金を注ぎ込むというのです。

「政府がなぜそこまでするんですか」

 と、栄一は聞きます。

「それが、あの佐賀人は不死身じゃ」

 大隈は、政府に対抗する新しい政党を作ろうとしていたのでした。資金源となっているのは三菱です。

 その春、うた、と穂積の婚礼の儀が行われます。

 婚礼の後、栄一と千代は二人で話します。

「うた、がお嫁に行ってくれて、私はこれでもう、この世に思い残すことはございません」

 栄一はそれを聞いて苦い顔をします。

「なーにいってんだい」栄一は湯飲みを口に運んでからいいます。「あーあ、若い二人がうらやましいのう。俺は、理想だけでは太刀打ちできぬことを、岩崎さんに突きつけられた。皆を救いたいと思っても現実にはできねえ。切り捨てねばならねえことも。五代さんには、俺も欲深いといわれちまった」栄一は笑い声を立てます。「まあ認めるところもある。今の俺は、おのれの目指す合本(がっぽん)の社会をつくるためなら、どんなことでもしてやりてえと思っている。若い頃は、おのれが正しいと思う道を突き進んできたが、今の俺は、正しいと思うことをしたいために、正しいかどうかも分からねえ方に向かう、汚え男になっちまった」

「お前様は、昔から欲深いお方でしたよ」千代が微笑みます。「正しいと思えば、故郷も妻も子も投げ打って、どこへでも行ってしまう。働いて得たお金を、攘夷のために使ってしまったこともある。思う道に近づけると思えば、敵だと思っていたお家にでも、平気で仕官する」

 栄一はうつろな笑い声を立てます。

「そう聞くと俺はとんでもねえ男だな」

「ええ」笑顔で千代はそう返答します。「あたしとて、お前様はいったい何を考えておられるんだろうと、寂しい思いをしたこともずいぶんございました」

「そんなこと今さらいわれても」

「でも私は」千代は栄一の胸に手を置きます。「お前様のここが、誰よりも純粋で、温かいことも知っております」

 千代は、昔、栄一が話した夢の話をします。栄一は今、あの夢の通りに堂々と仕事をしているではないか。

「いろんなものを背負うようになってからも、心の根っこは、あのころとちっとも変ってね」千代は栄一を見つめます。「お父様やお母様も、よくやったとほめてくださいますよ」

「お千代もか」

 千代は笑い出します。そして

「へい。千代もです」

 と、確かな返事をするのでした。

 そんな千代が突然、病(やまい)に倒れるのです。医者はコレラと診て間違いないといいます。栄一は呆然と立ち尽くします。息子たちに掛けてやる言葉も見つかりません。

 「共同運輸会社」が立ち上げられます。しかしその席に栄一はいませんでした。喜作(高良健吾)から話を聞き、井上も心配します。

 千代が意識を取り戻し、目を開けます。栄一は千代の手を取ります。

「お千代。死ぬな。お前がいなくては俺は生きていけねえ。なんもいらねえ。欲も全部捨てる。お前さえいればいいんだ。だから」

 栄一は泣き崩れます。お千代がかすかな声をあげます。

「生きて、ください」お千代は栄一の胸を触ります。「生きて、必ず、あなたの道を」

 栄一はうなずきます。そして千代の手から、力が消えていることに気付くのです。

「行かねえでくれ。お千代。置いてかねえでくれ」

 栄一は泣き崩れるのでした。

 

『映画に溺れて』第462回 最後の決闘裁判

第462回 最後の決闘裁判

令和三年十月(2021)
立川 TOHOシネマズ立川立飛

 

 ミステリアスな実録中世騎士物語である。
 十四世紀末のフランス、ノルマンディーの騎士ジャン・ド・カルージュは留守中、屋敷で妻のマルグリットをかつての友ジャック・ル・グリに凌辱される。
 領主のアランソン伯爵ピエールはル・グリを寵愛しており、訴えが退けられると判断したジャンは直接国王シャルル六世に直訴するが、ル・グリが無実を主張したため、決闘で決着をつけることとなる。神は正義に味方するので、勝者が正しいという理屈である。
 勇猛果敢なジャン・ド・カルージュは城塞の長官の息子であり、戦にあけくれるが戦果は乏しく、領主の伯爵からは冷遇されている。戦場で命を救ったジャック・ル・グリと親友になるが、放蕩者の伯爵は無骨なジャンを嫌い、才気あるル・グリを優遇する。ジャンは大地主ド・ティボヴィルの娘、美しいマルグリットを妻に迎える。持参金の一部である土地を伯爵が接収し、しかもル・グリに与えたことを知り、国王に訴えるが却下され、さらにジャンの父の死後、長官の地位までル・グリに奪われる。ド・カルージュ家は経済的に苦しく、ジャンはイングランドに遠征し、戦果をあげて騎士に叙せられる。報奨金を受け取りにパリへ行った留守中に訪ねてきたル・グリに妻を犯され、国王に直訴し、決闘裁判となる。というのがジャン・ド・カルージュの回想である。
 博識で才気煥発、伯爵から頼られ、女たちから愛される洒落者のジャック・ル・グリは心ならずも親友のジャンと疎遠になる。が、酒宴で出会ったジャンの妻マルグリットの美しさに心奪われ、文学の話題で言葉を交わし、彼女も自分に気があることを直感して、夫の留守中に屋敷を訪ね、想いを遂げた。王への直訴は筋違いというのがル・グリの視点。
 さらに同じ物語がマルグリットの女性の視点で描かれる。真実はひとつであるはずだが、三者三様の立場で再現すると微妙に異なる。黒澤明監督『羅生門』の手法なのだ。
 いよいよふたりの男が馬上で、槍で、剣で、命と名誉を賭けて戦う対決場面は手に汗握る凄まじさ。さすがリドリー・スコット監督、大迫力である。

 

最後の決闘裁判/The Last Duel
2021 アメリカ/公開2021
監督:リドリー・スコット
出演:マット・デイモンアダム・ドライバー、ジョディ・カマー、ベン・アフレック、ハリエット・ウォルター、アレックス・ロウザー、マートン・ソーカス

 

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大河ドラマウォッチ「青天を衝け」 第35回 栄一、もてなす

 アメリカの元大統領、グラント将軍を、国を挙げて、もてなすことになりました。民(みん)の力を見せつけてやると、栄一(吉沢亮)たちは大はりきりです。

 築地の大隈邸に、栄一の妻の千代(橋本愛)と、喜作(高良健吾)の妻の、よし、がやって来ます。待っていたのは、井上馨(福士誠治)の妻の武子(たけこ)(愛希れいか)などでした。大隈の妻の綾子(あやこ)(朝倉あき)は武子が、井上と共にヨーロッパを回って、帰国したばかりだと説明します。

 日本が一等国を目指しているこの頃、アジアでは、ヨーロッパ各国による、植民地支配が強まっていました。

 グラント将軍の来日三ヶ月前、栄一は男たちにいいます。

「俺は民部公子とパリに行ったとき、文明の差を、嫌というほど思い知った。今度は、今の日本が、いかに西洋に追いついているのか、見せつけなくてはならない」

 男たちはグラント将軍のもてなしに対して、次々にアイデアを出していきます。流鏑馬(やぶさめ)や歌舞伎など。場所は上野公園が良いと栄一が提案します。

 一方、女たちは武子が教師役になって、あいさつの仕方から学んでいきます。歯を見せて笑顔をつくることに始まり、シェイクハンドやハグなどを教えられます。困惑する女たちに、綾子がいいます。

「慣れましょう。野蛮国と思われぬためにも、いかに私たちがふさわしい振る舞いをするかにかかっております」

 しかし女たちは、マナーの練習をそっちのけで、おしゃべりに熱中していきます。

 東京府民からも、もてなしのためにと、予想以上に寄付金が集まっていました。日本が世界に並び立つことになることを、人々も期待しているのです。

 そして七月、グラント将軍一家が横浜に到着します。

 郵便汽船三菱会社では、岩崎弥太郎(中村芝翫)が部下たちに活を入れていました。

「ええか、おまんら。あいつらがアメリカ騒ぎにうつつを抜かしちょる、今が好機や。船を増やしや」

 栄一は、皆を代表し、グラント将軍に歓迎文を読み上げます。

 グラント将軍をもてなすため、夫人同伴の夜会が催されることになりました。武子と娘の末子は洋風のドレスを身につけます。

 楽団の奏でる音楽に合わせ、ダンスが始まります。夜会は盛り上がりますが、ジュリア夫人が足を虫に刺され、席を外します。心配になってやって来たグラント将軍と栄一は話します。

「私はもはや大統領ではないのだ。これほど大がかりにもてなされても、日本の期待に応えるようなことなど、何もできない」

 栄一は邸宅に帰ってきて、千代に打ち明けます。

「グラント将軍が我が家に来たいとおっしゃっている。西洋では、大切な客を、個人の家庭で招いて、もてなす風習があるんだ。それで、接待委員代表の家ならば、しごく都合が良いだろうと。あさって来ることになった」

 栄一は困惑します。飛鳥山に新しい家を建てていますが、母屋ができたばかりで、庭も整備されていません。しかし千代は落ち着いています。

「なんという僥倖(ぎょうこう)でございましょう。あれほどのお方を家でお迎えできるとは、こんな光栄なことはございません」

 といい、娘たちにテキパキと指示を出すのです。

「ぐるぐるいたします」

 と、栄一を取り残し、千代は準備に励むのでした。

 千代たちは、飛鳥山の新居を大急ぎで整え、グラント一行を迎える準備をしました。

 栄一は千代と話します。

「俺は、パリで受けたどんなもてなしより、ポトフを覚えている。豪華なもてなしは確かにありがたい。しかし、遠い異国の地で、まことのもてなしというのは、結局、俺は、人のあったけえ心なんじゃねえかと思う」

 グラントの一行が、飛鳥山の渋沢邸に到着します。まず栄一の子どもたちが歓迎の歌をうたいます。そして庭にて、踊りや撃剣(げきけん)が披露されます。相撲にはグラント将軍も大興奮です。栄一の隣に立つ伊藤博文(山崎育三郎)がいいます。

「じゃがここまでしてグラント将軍を歓迎することに意味あったのかのう。岩倉様や井上さんは、はしゃいどるが、イギリスのパークスは、グラント将軍の来日を白い目で見ちょる。フランス、ドイツ、ロシアもしかりじゃ。アメリカ一国の、しかも今や、大統領でもないもんをもてなしたところで、なんも変らんのじゃなかろうか」

 相撲が終わったところで、喜作とよしが、煮ぼうとうをごちそうすると宣言します。グラント将軍が席に着くと、喜作が話します。

「旅で各国の上品なものばかり食べて、舌も疲れているであろう」

 グラント一行は、煮ぼうとうが気に入った様子でした。千代は皆にもほうとうをふるまいます。男たちを前にして、グラント将軍は語ります。

「今回、アジアを回って気付いたことがある。近年、アジアで、ヨーロッパの影響力が強まっている。そして何億人もの、それぞれの文明を持った人々が、西洋人でない故に、軽んじられ、権利を無視されている。日本は今、欧米に肩を並べようとしている。しかし覚えておいたほうがいい。多くの欧米人、特に商人は、日本が対等になることを望んでいない。このまま、アジア人を働かせ続け、利益を得たいのだ。日本が独立を守り、成長するのは大変なことだ。しかし」グラント将軍は日本語でいいます。「私は願っています。それが、成功することを」

 それを聞いて井上や伊藤は握手を求めます。栄一の番になったとき、グラント将軍はいいます。

「接待する側のあなたがたに、ひとつお願いがある」

 と、栄一に相撲を取ってくれるように要求するのでした。

 歓迎会は大成功しました。

 夜、くつろいで浴衣に着替えた栄一は、千代にいいます。

「お千代。おめえはすげえ。今までも何度も、お千代をめとって、俺は敵なしと思ってはいたが、今回はまことにたまげた。お千代は、世界に冠たる、おなごだ。極上だ。欠けがえのねえ奥様だで」

「あれまあ、もったいねえお言葉を次々と」

 栄一は千代を抱きしめ、いいます。

「どうしてもいいたくて、いいたくて仕方ねえ。惚れ直した。ありがとう、お千代」

 二ヶ月の滞在を終え、グラント将軍は帰国しました。そして、日本が国力を高めることに力を注ぐ中、政府の保護の元、海運業を独占したのは、三菱でした。

「さあ、祭りは終わりや」岩崎弥太郎はうそぶきます。「今、ウチのほかに、日本に船はないろ」

 岩崎は大隈にいいます。

「国家財政多難な今、まだまだ、この日本を豊かする、見込みのある地は残っちょります」

 そう岩崎は、地図を指し示します。

「北海道か」大隈は顔をしかめます。「ここは駄目じゃ。薩摩ん黒田が、十年も前から開拓に入って、年百万もの金(かね)ばつぎ込んどるっちゅうのに、満足でくっほどに成果ばあげとらん」

「薩摩の某(なにがし)と、この岩崎を一緒にされたち困る。わしやったら、どんな土地やち、宝の地にすることができるの。ぜひとも北海道は、この岩崎めにお預けを」

 政府に対する不満が、人々の間で高まるにつれ、政治への参加を求める「自由民権運動」が、激しくなっていきました。

 井上が伊藤に話します。

「大隈さんはがんばっちょる。じゃが、あの手この手とやっても、物価の高騰(こうとう)がひどうなるばかりじゃ。民権家が政治に口を出そうと勢いづいちょるのもそのせいじゃ。大隈さんは、財政を一手に握っとるからちゅうて、やりたい放題が過ぎる。おかげで三菱が増長しとる」

 伊藤がいいます。

「あの減らず口には、今まで大いに助けられたんじゃが、この先は、かえって邪魔になるかもしれんの」

 第一国立銀行にいる栄一のもとに、三井物産の益田孝(安井順平)と実業家の大倉喜八郎(岡部たかし)の二人が訪れます。益田は栄一に頭を下げます。

「渋沢さん。三菱をどうにかしてください。わが三井は、海運会社を潰されたあげくに、今度は船賃まで値上げされて、物産業までやられている」

 大倉もいいます。

「地方では、海運会社も次々と潰している。あくまで、おのれ一社で、この国の経済を動かそうとしているんですよ」

 栄一がいいます。

「岩崎さんは、合本(がっぽん)主義を憎んでるんだ。しかし、三菱の一人勝ちは、国のためにも打破せねばならない。我々も、合本による新たな船の会社をつくろう。三菱と、真っ向勝負をするんだ」

 

『映画に溺れて』第461回 クーリエ 最高機密の運び屋

第461回 クーリエ 最高機密の運び屋

令和三年十月(2021)
日比谷 TOHOシネマズ日比谷

 

 イアン・フレミング原作の007シリーズがショーン・コネリー主演で映画化されたのが一九六二年、日本公開時のタイトルが『007は殺しの番号』だった。
 米ソが核兵器と宇宙開発で競い合っていた冷戦時代、007のヒットでスパイ映画が次々に登場し、その一方で核戦争による恐怖を描いたディストピア映画もたくさん作られた。いつボタンが押され世界が滅亡してもおかしくない時代でもあったのだ。
 ロンドンに住むグレヴィル・ウィンは東欧に西側の工業製品を売りつけるセールスマンである。一九六〇年、ウィンは商務省の役人から会食に招かれ、東欧からさらにモスクワまで商売の範囲を広げてはどうかと勧められる。商務省の役人とはMI6、同席したアメリカ女性はCIAの諜報員だった。
 政府となんの関係もない平凡な中年のセールスマンなら、ビジネスでモスクワを訪れても怪しまれない。つまり、スパイとなってソ連側のある人物と接触し、情報を持ち帰ってほしいという依頼である。
 とんでもないとウィンは断るが、結局は引き受けることに。そしてモスクワでオレグ・ペンコフスキーに出会う。ふたりは食事し、お互い酒好きということもあり、意気投合する。軍人でありソ連の科学調査委員会の高官であるペンコフスキー、彼こそが西側にソ連の情報をもたらす人物であった。
 ウィンは商用を隠れ蓑にロンドンとモスクワを何度も往復し、ペンコフスキーから得た情報をMI6に流す。家族にもスパイ行為は秘密にしているため、妻から浮気を疑われながら。
 スパイ映画でジェームズ・ボンドウルスラ・アンドレスダニエラ・ビアンキといちゃついているとき、現実世界では一触即発のキューバ危機があり、平凡でつつましい中年のセールスマンが世界大戦の危機を救うため、目立たず密かに活躍していた。これはそんな冷戦時代を背景とした実話である。

 

クーリエ 最高機密の運び屋/The Courier
2020 イギリス/公開2021
監督:ドミニク・クック
出演:ベネディクト・カンバーバッチ、メラーブ・ニニッゼ、レイチェル・ブロズナハン、ジェシー・バックリー

 

『映画に溺れて』第460回 空白

第460回 空白

令和三年九月(2021)
飯田橋 角川試写室

 

 個性派の脇役として活躍する古田新太の主演作。劇映画なのに、最初の船で漁をするシーンから、まるでドキュメンタリーフィルムを観るようなリアルさ。
 海に近い地方の町で漁師を営む添田は気が荒く、常に不機嫌で周囲に怒りをぶつけている。妻とは離婚し、中学生の娘と二人暮らし。娘の花音は父の前では萎縮してまともに口も利けない。その延長かどうか、学校では友達もなく、まったく目立たない存在である。
 ある日、花音が町の個人経営のスーパーマーケットで化粧品を万引きする。気づいた店長の青柳が手をつかんで事務所に連れて行こうとすると、花音は逃げる。青柳が追いかける。追われて道路に飛び出した花音が自動車事故で。
 ただでさえ怒りっぽい添田の怒りが娘の死によって爆発し、剥き出しの憤怒を周囲にぶちまける。
 娘は万引きなんかしていない。おまえが事務所に連れ込んでいたずらしようとしたんだろう。そう言って店長の青柳を責める。
 ショッキングな事故に飛びつき押し寄せるマスコミにも罵詈雑言を浴びせる。
 中学校に乗り込み、娘がいじめにあってたんじゃないか。万引きしたとすれば、そそのかしたやつがいるはずだから調査しろ。校長や担任教師を脅す。
 そんな添田を唯一慕って漁師の見習いをしている若者を罵りクビにする。
 事故の原因となった車を運転していた若い女性が母親を伴って謝りに来ても無視する。
 興味本位に煽り立てるマスコミ。歪んだ正義感でスーパーを非難する無責任な人々。どこまでいっても怒りの鎮まらない添田は青柳につきまとう。青柳も救いがないほど追い詰められる。
 青柳の松坂桃李添田の元妻の田畑智子、スーパー店員の寺島しのぶなど芸達者ぞろいだが、なんといっても古田新太の迫力。演技を越えて本気で怒っているごとき強烈さである。
 まさにドキュメンタリーを思わせる手法、奥崎謙三を描いた『ゆきゆきて神軍』の過激さをふと連想してしまった。

 

空白
2021
監督:吉田恵輔
出演:古田新太松坂桃李田畑智子、藤原季節、趣里、伊東蒼、片岡礼子寺島しのぶ

 

『映画に溺れて』第459回 恋愛適齢期

第459回 恋愛適齢期

平成十六年四月(2004)
銀座 丸の内東映

 

 ジャック・ニコルソンダイアン・キートンが共演、年配男女のラブコメディである。
 ハリーは六十三歳のプレイボーイ。レコード会社を所有し悠々自適、結婚経験はなく、恋の相手は次々と変わり、どれも三十以下の若い女性。それで何十年も通して来た。知り合ったばかりの若いマリンと終末を過ごすため海辺にある彼女の母の家に行く。
 彼女の母エリカは著名な劇作家で、終末は留守の予定だったが、妹と帰って来て娘とその老いたボーイフレンドと鉢合わせ。四人で夕食となるが、話が合わず気まずい空気。
 その夜、ハリーが心臓発作を起こし、動かすと危険なので、医者の指示でしばらくエリカの家で養生することとなる。娘も妹も仕事があるからと去って行き、病み上がりのハリーとふたりきりのエリカ。最初は迷惑がるが、言葉を交わすうちにだんだんと打ち解け、やがて老いたプレイボーイと初老の劇作家は結ばれる。
 離婚後、男を拒絶し仕事一筋に打ち込んできたエリカはまだ恋ができることに舞い上がる。が、彼にとってはエリカもまた、多くの女たちのひとりに過ぎない。彼女は傷つき、今回の出来事をコメディに仕立て、ハリーを道化役にして舞台で殺すことで鬱憤を晴らす。
 エリカと別れたハリーは胸が苦しくなって病院へ飛び込むが異常なし。胸の痛みは心臓病とは関係なく、彼の心が苦しんでいた。老いたプレイボーイは、生まれて初めて世代の近い女性と恋をし、別れたことで胸の苦しみを覚えたのだ。そして自分がかつて捨てた女たちを訪ね回る旅に出る。
 旅路の果て、最後にたどり着いたのが、パリで誕生日を迎えるエリカ。彼女に愛を告白しようとするが、そこには別の男性が。セーヌ川を見下ろし、やりきれなさを噛み締める老いたプレイボーイの哀れさ。
 お互い取り違えた相手の老眼鏡を大切に持っていたり、バイアグラを飲んでいたら心臓発作の時ニトログリセリンが危険であったり、小道具や設定、せりふも気がきいている。が、なによりも熟練のニコルソンとキートンの絶妙で自然な演技が心に残る。

 

恋愛適齢期/Something's Gotta Give
2003 アメリカ/公開2004
監督:ナンシー・マイヤーズ
出演:ジャック・ニコルソンダイアン・キートンキアヌ・リーブスフランシス・マクドーマンドアマンダ・ピート、ジョン・ファブロー