日本歴史時代作家協会 公式ブログ

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『映画に溺れて』第436回 マーズ・アタック!

第436回 マーズ・アタック!

平成九年七月(1997)
三軒茶屋 三軒茶屋中央

 

 十九世紀末、H・G・ウェルズはSF小説『宇宙戦争』を発表した。タコ型の火星人が地球に飛来し、迎える要人を熱線で焼き殺し、地球を侵略しようとする。
 オーソン・ウェルズはラジオドラマで『宇宙戦争』をリアルな生放送のごとき演出で流し、本気にしたリスナーの間でパニックが生じた。
 二十世紀末、ティム・バートン監督のSF映画『マーズ・アタック!』が公開された。ウェルズの『宇宙戦争』のコメディ版というべきか。
 火星から無数の空飛ぶ円盤が地球に向って押し寄せる。優れた科学技術を持つ知的生物なら、きっと友好的に違いないという宇宙学者の助言もむなしく、火星人たちは地球で殺戮を繰り広げる。下等動物である地球人を蔑み、嘲笑い、面白半分に人体実験や虐殺を行う火星人はまるでナチスの醜悪な戯画化のようである。
 ほとんどB級漫画だが、最初のタイトルで円盤が規則的な群れを成して宇宙空間を飛ぶ場面からわくわくさせられる。
 しかもこの超B級漫画のようなSFコメディにハリウッドの主演級大物スターがずらりと並ぶ。大統領とラスベガスの山師の二役がジャック・ニコルソン、大統領夫人がグレン・クローズ、山師の妻がアネット・ベニング、宇宙学者がピアース・ブロスナン、ニュースキャスターがサラ・ジェシカ・パーカーマイケル・J・フォックス、将軍がロッド・スタイガー、ラスベガスの客がダニー・デヴィート大統領令嬢がナタリー・ポートマントム・ジョーンズは本人の役。まだまだスターが出ているが、その多くが火星人にあっけなく殺される。こんな主演級の名優がこんな死に様とは。
 大スターを大勢使って金をかけた、これはオチも含めて壮大なジョークなのである。

 

マーズ・アタック!/Mars Attacks!
1996 アメリカ/公開1997
監督:ティム・バートン
出演:ジャック・ニコルソングレン・クローズアネット・ベニングピアース・ブロスナンダニー・デヴィートマーティン・ショートサラ・ジェシカ・パーカーマイケル・J・フォックスロッド・スタイガートム・ジョーンズナタリー・ポートマン、ジム・ブラウン、ルーカス・ハース、リサ・マリー、シルヴィア・シドニーパム・グリアジャック・ブラックジョー・ドン・ベイカー

 

『映画に溺れて』第435回 カウボーイ&エイリアン

第435回 カウボーイ&エイリアン

平成二十三年十一月(2011)
新宿 新宿ピカデリー

 

 開拓時代のアメリカ西部。カウボーイ、ガンマン、保安官、酒場の女、インディアン、荒野の追跡。その型通りの西部劇に、宇宙人襲来のパニックSFを混ぜたらどうなるか。
 荒野に倒れている謎の男。そこを馬で通りかかる三人組のならず者。男は絡まれるが、逆に三人を倒し、服と馬を奪って町まで行く。
 寂れた町の酒場にぶらりと現れる男。酔って暴れている若者は、町を牛耳るボスの不良息子。お決まりのいざこざがあり、保安官が出てきて、よそ者の男と不良息子を留置し、裁判所へ送ろうというときに、ボスが手下を引き連れて帰って来る。
 と、ここまではごく普通の西部劇そのもの。
 そこへ突如、空から飛行物体が現れる。
 凶悪な異星人と十九世紀の西部人がどうやって戦うのか。
 荒野の追跡もまた、西部劇通り。この手の映画はアイディアは面白くても、アイディア倒れでストーリーはスカスカ、細部は手抜き、配役は三流という超B級ものに陥ること多いのだが、配役だけは一流である。
 主演の謎の男が007のダニエル・クレイグ。町のボスがレイダースのハリソン・フォード。この二大スターの他にも私の好きなサム・ロックウェルが酒場の主人。『ショーシャンクの空に』の鬼看守だったクランシー・ブラウンが牧師。『マリアの恋人』のキース・キャラダインが保安官。『リトル・ミス・サンシャイン』のポール・ダノ少年が不良息子。ボスの片腕のインディアン青年に『ウィンド・トーカーズ』のアダム・ビーチ。監督のジョン・ファヴロウは『アイアンマン』では監督兼ハッピー・ホーガン役も務めた才人である。
 これだけそろっていれば、内容はB級であっても立派な西部劇として見応えはある。
 そういえば、日本の時代劇にも剣豪が宇宙人と戦う『大帝の剣』があった。

 

カウボーイ&エイリアン/Cowboys & Aliens
2011 アメリカ/公開2011
監督:ジョン・ファヴロウ
出演:ダニエル・クレイグハリソン・フォードオリヴィア・ワイルドサム・ロックウェル、ノア・リンガー、ポール・ダノクランシー・ブラウンアナ・デ・ラ・レゲラキース・キャラダイン、アダム・ビーチ

 

注意喚起情報!

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突然の要求などには一切応じないようよろしくお願い致します。

ご不審な点は事務局長もしくはウェブ担当響由布子に電話してお聞きください。よろしくお願い致します。

『映画に溺れて』第434回 ダイナソー

第434回 ダイナソー

平成十三年一月(2001)
新宿歌舞伎町 新宿グランドオデヲン

 

 これは一種の西部劇である。新天地を求めて移動するキャラバン。それに加わる新参の若者。横暴なリーダーとの対立。過酷な旅に力尽きて倒れる者、遅れる老人、負傷して置き去りにされるリーダーの手下。新参の若者はリーダーと対立して弱い者たちを助け、別行動をとる。強敵に襲われながらも、リーダーのグループより先に新天地を発見し、リーダーを追う。リーダーは若者の言葉に耳を貸さず、間違った道を辿り自滅する。グループは若者に従い、新天地に辿り着く。
 ただし、フロンティア時代の西部ではなく、舞台は六千五百万年前の地球。地上の主役は恐竜だった。
 ひとつの卵が偶然、隣のキツネザルたちの島に運ばれ、恐竜イグアノドンの赤ん坊が誕生する。キツネザルのプリオが赤ん坊にアラダーと名付け息子として育てる。異種に育てられる英雄。これは『ジャングルブック』や『ターザン』と同様のストーリーだ。
 アラダーが成長した頃、地球に巨大隕石群が落下する。この天災による環境の変化が恐竜絶滅の原因と言われている。キツネザルの島は滅び、生き残った一家だけが養子のアラダーとともに大陸に渡る。そこも累々たる死の世界となっていた。アラダーはキツネザルの家族とともに新天地をめざすキャラバンに加わり、西部劇風の展開となる。
 大平原の恐竜王国の生態、映像はリアルだが、恐竜やキツネザルたちの会話は従来のディズニーアニメの動物キャラクターと同じ。
 子供向けのわかりやすいストーリーで恐竜の世界を描いたのは見事である。子供向けゆえに隕石による滅亡シーンや肉食恐竜が草食恐竜たちを襲う場面は具体的には描かず、甘い内容になってはいるが。
 新天地に辿り着いた恐竜たちや、人間の祖先となるキツネザルたち、彼らにもやがて終末は訪れるのだ。

 

ダイナソー/Dinosaur
2000 アメリカ/公開2000
監督: エリック・レイトン、ラルフ・ゾンダグ
アニメーション

 

第10回日本歴史時代作家協会賞発表‼(2021年度)

【速報‼】第10回日本歴史時代作家協会賞発表‼(2021年度)

      厳正なる審査を経て受賞作が決定致しました。

 

● 新人賞

蝉谷めぐ実『化け者心中』 KADOKAWA 2020年10月

 

 

[候補作]

亀泉きょう『へんぶつ侍、江戸を走る』 小学館2020年8月

渋谷雅一 『質草女房』 角川春樹事務所2020年10月

谷 治宇 『へんこつ』 角川春樹事務所2021年5月

 

● 文庫書き下ろし新人賞

櫻部由美子『くら姫 出直し神社たね銭貸し』 ハルキ文庫2020年4月

 

 

[候補作]

鷹山 悠 『隠れ町飛脚 三十日屋』 ポプラ文庫2020年10月

 

● シリーズ賞(文庫書き下ろし)

倉阪鬼一郎  「小料理のどか屋 人情帖」二見文庫、「お江戸甘味処 谷中はつねや」
           幻冬舎文庫、「夢屋台なみだ通り」光文社文庫、 

        「人情料理わん屋」実業之日本社文庫などのシリーズ作

 

有馬美季子  「はないちもんめ」シリーズ(祥伝社文庫)、「はたご雪月花」光文社文庫シリーズ

 

 

 

● 作品賞

武川 佑 『千里をゆけ くじ引き将軍と隻腕女』 文藝春秋2021年3月

 

 

[候補作]

奥山景布子『浄土双六』 文藝春秋2020年11月

河治和香 『ニッポンチ! 国芳一門明治浮世絵草紙』 小学館2020年10月

志川節子 『博覧男爵』 祥伝社2021年5月

幡 大介 『シャムのサムライ 山田長政』 実業之日本社2021年5月

 

●功労賞

 なし

 

選考委員長 三田誠広

選考委員 菊池 仁  雨宮由希夫  加藤 淳

(2021年8月9日、選考会を実施)

 

 2021年8月9日 日本歴史時代作家協会 事務局

 

『映画に溺れて』第433回 バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3

第433回 バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3

平成二年七月(1990)
渋谷 渋谷東急2

 

バック・トゥ・ザ・フューチャー』は第一作がヒットし、その後、PART2とPART3が作られたが、第一作が一番面白く、二〇一五年の未来へ行く二作目がぱっとしなかったのは、ジョージ・マクフライ役のクリスピン・グローバーが登場せず、ブラウン博士の活躍場面も少なかったからだと私は思っている。
 そして、第三作。ファーストシーンは第一作の終わり、マーティを一九八五年に送り返してほっとしている一九五五年のブラウン博士の前に、いきなりマーティが現れるのだ。そして十九世紀から届いたブラウン博士の手紙を見せる。三十年後の自分が過去に飛ばされたと知って驚くブラウン博士。しかもたまたま見つけた墓石にエメット・ブラウンの名前が刻まれており、一八八五年にならず者のマッドドッグ・タネンに背中から撃ち殺されていることがわかる。マーティはブラウン博士を助けるため、過去へとタイムスリップする。
 一八八五年、デロリアンのタイムマシンは馬に乗ったインディアンの大群に追われることになる。そこはまだ発展途上の荒野で、おなじみの西部劇の場面が続く。
 町の鍛冶屋となっているブラウン博士と再会したマーティは、マッドドッグ・タネンに注意するよう忠告し、一九八五年に戻る手段を相談する。
 ガンマンの決闘、荒野の馬車、カーニバルのフォークダンス暴走機関車などなど西部劇の面白さが満載で、名前を聞かれたマーティはとっさにクリント・イーストウッドと名乗る。
 ブラウン博士のクリストファー・ロイドが主役級の大活躍。ついでながら、女教師クララのメアリー・スティーンバージェンは『タイム・アフター・タイム』では過去から来たH・G・ウェルズの恋人となったが、今回は未来から来たエメット・ブラウンと恋をする。さらについでながら、酒場の主人役のマット・クラークは西部劇でよく見かける脇役で、私の大好きな『男の出発』にもカウボーイ役で出ている。

 

バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3/Back to the Future Part III
1990 アメリカ/公開1990
監督:ロバート・ゼメキス
出演:マイケル・J・フォックスクリストファー・ロイド、トーマス・F・ウィルソン、メアリー・スティーンバージェンリー・トンプソンエリザベス・シュー、ジェームズ・トールカン、マット・クラーク

 

『映画に溺れて』第432回 デッドマン

第432回 デッドマン

平成八年五月(1996)
高田馬場 高田馬場東映

 

 ジョニー・デップ主演、ジム・ジャームッシュ監督の異色西部劇。
 東部の都会から西部にやって来た会計士のウィリアム・ブレイク。来るのが遅すぎたと頼みの綱の会社に雇ってもらえず、娼婦のセルと知り合ってその部屋に泊まる。
 そこへいきなりセルの情夫のチャーリーがやって来て、未練がましく泣き言を言ったあげくにセルを撃ち殺す。ブレイクも撃たれるが、とっさに撃ち返してチャーリーを殺してしまう。
 チャーリーの父親で町の有力者ディキンソンはブレイクに賞金をかけ、三人の殺し屋を雇って追わせる。
 チャーリーに撃たれて体内に弾の残るブレイクは、森の中で教養ある孤独なインディアンと出会う。インディアンは彼を同姓同名の詩人ウィリアム・ブレイクだと思い込み、世話を焼く。
 殺し屋のコールは同行の仲間ふたりを殺し、その肉を食ってブレイクを追い続ける。
 ブレイクは東部のひ弱な若者から、いつしか凶悪な無法者の面構えとなっている。
 物語はゆるやかに進み、最後は夢のような死を迎える。
 凝ったキャスティングで、ジョン・ハートガブリエル・バーンなど、私の好きな脇役俳優がたくさん出ている。人食いの殺し屋のランス・ヘンリクセン、いかれたマイケル・ウィンコット、カメレオン俳優のビリー・ボブ・ソーントン、アルフレッド・モリーナ。なんといっても『バック・トゥ・ザ・フューチャー』以来ごぶさただったクリスピン・グローバーが見られたのがうれしかった。
 それはそうと、高田馬場には高田馬場東映東映パラス、パール座、早稲田松竹があり、東映東映パラスは一九九九年に閉館した。今のマクドナルドのあるビルがそれだった。

 

デッドマン/Dead Man
1995 アメリカ/公開1995
監督:ジム・ジャームッシュ
出演:ジョニー・デップ、ゲイリー・ファーマー、ジョン・ハートロバート・ミッチャムガブリエル・バーン、ミリ・アヴィタル、ランス・ヘンリクセンマイケル・ウィンコットユージン・バードイギー・ポップビリー・ボブ・ソーントンジャレッド・ハリス、ミッチェル・スラッシュ、クリスピン・グローバー、アルフレッド・モリー

 

書評『新装版 人殺し』

書 名   『新装版 人殺し』
著 者   明野照葉
発行所   角川春樹事務所
発行年月日 2021年8月18日
定 価    ¥760E

 

 

 舞台は文京区本郷。2003年のこれから梅雨に入ろうかという頃から物語ははじまる。主人公の野本(のもと)泰史(やすし)34歳はフリーのライター。本郷に住みついて14年になる泰史には馴染みの洋食屋「琥珀亭」がある。オーナーの田島寛行・美恵子夫婦が二人でやっている店で、本郷の町同様の長いつき合いである。泰史を「わが子」のように接遇する夫妻との間には「疑似家族」の適度の距離感がある。
 昨年の暮れのある日、泰史は「琥珀亭」で、夫妻に雇われ働き始めた水内(みずうち)弓恵(ゆみえ)と出遭う。やがて、泰史と三つ年上の弓恵は「時々食事に出かけるだけの仲」となる。泰史が弓恵と付き合っていると知るや、田島夫妻は「あの人はいけない。やめた方がいい」と口を揃えて忠告する。

 泰史、弓恵の他に、登場人物として重要な役割を演じるのは腹違いの妹萌子(もえこ)である。短大卒で、御徒町の貴金属店で働く萌子は父・和臣(かずおみ)、義母・園子と共に泰史の実家である市川市の家で暮らしている。萌子が一般的な妹が兄に抱くにしては濃すぎるほどの狂気的な愛情を泰史に対して抱いていて、27歳になる今も34歳の泰史を「私のお兄ちゃん」「私だけのお兄ちゃん」と呼んで憚らないことには辟易している。泰史はそんな「家族」の押し付けから逃れるべく、大学進学時に市川の実家を飛び出した。
 泰史・弓恵・萌子、3人の物語は月の満ち欠けに似た静けさの中で進み、終盤で爆ぜる。月は過去と現在の狭間、あの世とこの世の狭間のように光り輝いているが、その微妙な境目に身を置く弓恵にはおぼろに霞んだような気配が漂い、不明感に満ちたおぼろ月が好きな泰史はそうした弓恵に惹きつけられた。第一章が「おぼろ月」とされた所以である。弓恵の過去を知りたいという気持ちを抑えられなくなっていくのは泰史の持って生まれたライター根性としか言いようがないが、「プロローグ」と「第1章」には15年の隔たりがあることの“怖さ”に鋭敏な読者はすでに気づいているであろう。けれども読むのを止められない。作家のはりめぐらす伏線の技巧は巧妙極まりなく、意外な展開が待ち受けているからである。
 田島夫妻の警告とは裏腹に、〈彼女はいったい何者なんだ? 過去に何があったんだ? 過去に、何かしらの犯罪を犯したのか?〉と、15年という過去と現在の狭間に引き込まれるように、泰史の意識は弓恵へと吸い寄せられていく。
 泰史は弓恵が過去に何らかの犯罪を犯しているらしいと気づき、遂に、二人の人間を殺した女・「ひとごろし」で実刑判決を受けて服役していた女であったと知る。
弓恵と出逢って以来、いや、彼女との関係が深まって以来、泰史はずっと迷路の中にいるが、やがて、弓恵の中に、とんでもなく強く激しいものが潜んでいることを知るものの、ついに、からだの関係を持つ。遂に一線を越えてしまったのだ。泰史自身が弓恵に惹かれていたことは間違いないが、問題は相手が普通の女ではなく、二人の人を殺した女だということだ(第3章 半月)。さらに言えば弓恵は鬼火迫る二重人格者であることである。普段はおぼろ月のような弓恵が、からだを交えるあの時は、あたかも闇に大きく浮かび上がる満月のように変身するのだ(第4章 密の月)。

 兄思いの萌子は泰史が弓恵と付き合っていると知るや、「あの人(弓恵)は、お兄ちゃんには最もふさわしくない人よ。あんな女とつきあっていたらいつかお兄ちゃん殺されるわ」と泰史を諫めるとともに、泰史の了解なしに、弓恵の過去まで勝手に調べはじめる。女の直勘で、互いが“許しがたき恋敵”であると知った萌子と弓恵の戦慄すべき戦いがはじまっていたのである。

 妹の萌子が行方不明になる。萌子は弓恵の故郷を訪ね、弓恵の実家がどんな家だったかを確かめに行き、弓恵の家が八瀬童子(やせどうじ)の八瀬の近くの近江(おうみ)朽木(くつき)の化粧池(けしょういけ)というところの歌神楽女(かがらめ)の家筋、血筋だという風聞があることを突き止めていた。これらの知識を、泰史は失踪した萌子のパソコンから残されたデータを開いて得、愕然とする。
 萌子が近江朽木から東京駅に戻って来たまではわかったが、その後の足取りがぷっつりと途絶えてしまっていた。
 萌子は弓恵に殺害されたのではないかとの確信を泰史は持つに至る。
物語後半の見せ場は、少なくも今回の萌子の失踪に弓恵が関与しているのか否か確かめる責任がある泰史が、表の顔と裏の顔を持つ弓恵の二面性を暴くべく、いかなる行動をとるかにある。(第6章 月の顔)
 思えば泰史が弓恵に惹かれたのは、彼女が儚げでおぼろに霞んだ月を思わせる女だったからだが、からだの関係を持った後の弓恵は「月は月でも曇りない月、泰史を嘲笑うような満月」のような女へと豹変し、「あたかも愛が至上のものであり、無条件に人をひれ伏せさせる錦の御旗か何かであるかのように、愛、愛、愛と迫ってくる」。
萌子の誡めは正しかった。弓恵に愛という執着と執念でがんじがらめにされた人間だけが、彼女の恐ろしさと厄介さを承知している。
 弓恵を殺すか、弓恵に殺されるかの岐路に泰史は立たされていた。
 弓恵は現代社会の「日常」に居場所のない女の典型のひとつであろう。この弓恵は平然と「弱き者」の仮面をかぶり、「女が男をカモにして、何が悪いの?」とばかりに狙った獲物をしとめるのだ。ある意味、悪逆非道な鬼畜より、不気味で身の毛がよだつ。泰史は弓恵の思惑通り、じわじわ弓恵が拵えた枠のなかに追い込まれた。弓恵の嘘、演技、そのことに遅まきながら気が付き始めたときは遅かった。泰史は弓恵の撒いた餌に食らい付いてきたカモであって、弓恵の術中にまんまとはまったのだ。実のところ泰史は弓恵の身元、素性をよく知らなかった。「人殺し」について、自分勝手な印象や観念に囚われないで、弓恵の出自、生い立ちというふりだしから、もっと客観的に弓恵ことを調べる必要があったのだ。
 終盤は「行方不明の妹探し」の果て、弓恵から、ついては萌子からの脱出劇である。
泰史にとって萌子も弓恵同様「どこかネジが狂った異常な女」なのであった。
「エピローグ」の、なんと凄まじいことか。泰史は本郷からの新宿へ引っ越した。誰にも行き先を告げずに。が、泰史の部屋のドアをノックする音がする。ドア一枚の向こうにいるのは誰か……。迫る臨場感……!

 作家は猛女怪女と被害者たちの出会いの軌跡をミステリ風の物語に仕立て上げている。読者は超孤独死社会の病理を抉った前作『誰?』同様、尋常ならざる情景に刺激されていく。
 作家の描く、この国のあり様はリアルである。明野作品には加害者、被害者、自分がどちらになっても不思議ではない、そんな病んだ世の中に私たちはいるのだという、虚無感溢れる独特の「哲学」、世界観がある。本作も、その作風の中の大傑作である。2009年の作品ながら、古さも退屈さも微塵もない。「新装版」として刊行される所以である。

 明野(あけの)照葉(てるは) は1959年、 東京都中野区生まれ。1982年 東京女子大学文理学部社会学科卒業。1998年「雨女」で第37回オール讀物推理小説新人賞を受賞し、デビュー。2000年『輪(RINKAI)廻』で第7回松本清張賞を受賞。
           (令和3年8月7日  雨宮由希夫  記)

 

 

『映画に溺れて』第431回 ローン・レンジャー

第431回 ローン・レンジャー

 平成二十五年九月(2013)

名古屋 ミッドランドスクエアシネマ

 

 映画はそれをいつどこで観たかという環境とともに記憶されている。西部劇『ローン・レンジャー』を観たのは名古屋駅近くの映画館で、この日、台風で東京行きの新幹線が動かず、足止めされての時間潰しだった。

 子供のころ、TVで観ていた「ハイヨー、シルバー」で有名な西部劇だが、これをディズニーが豪華キャストで娯楽大作に仕上げている。

 一九三〇年代のサンフランシスコ。カーニバルでワイルドウエストショーの小屋に入る少年。気高い野蛮人と書かれた老インディアンの見世物がいきなり少年に話しかける。「キモサベ」

 彼が語るのが十九世紀後半の西部の物語。都会で法律の勉強をして、西部の故郷に帰ってきた青年ジョン・リードを待っていたのは、凶悪な無法者たちによるレンジャーの虐殺、暴力が法に勝る世界だった。たったひとり生き残ったジョンははぐれインディアンのトントとともに仮面のレンジャーとなって悪に立ち向かう。

 西部を走る鉄道。馬上のガンマンたち。荒野の戦い。酒場の女。西部劇のお約束、馴染みの場面がきちんと盛り込まれ、コメディ風味の勧善懲悪。しかも、背景には白人によるインディアン大虐殺の歴史さえ描かれている。

 主役はアーミー・ハマーローン・レンジャーなのに、トント役のジョニー・デップが配役のトップ。かっこいい二枚目なら、だれでもローン・レンジャーにはなれるが、トントをきちんと演じられるスターはそうはいないだろう。さすがにジョニー・デップは個性派の名優である。

 ともかく、『ローン・レンジャー』は台風で混雑する名古屋駅と、映画のあとに食べた味噌トンカツの味とともに記憶に残る一本である。

 

ローン・レンジャー/The Lone Range

2013 アメリカ/公開2013

監督:ゴア・ヴァービンスキー

出演:ジョニー・デップアーミー・ハマーヘレナ・ボナム・カータートム・ウィルキンソンウィリアム・フィクトナー、ルース・ウィルソン、バリー・ペッパージェームズ・バッジ・デール