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『映画に溺れて』第399回 殺人狂時代(1947)

第399回 殺人狂時代(1947)

平成二十五年十月(2013)
新橋 新橋文化

 

 山高帽にチョビ髭、竹のステッキという独特の放浪紳士スタイルを捨て、チャップリンが戦後、最初に作った映画が『殺人狂時代』である。自作自演で演じるのはフランスに実在した犯罪者、長年勤めた銀行を不況でクビにされたヴェルドゥ氏。
 妻子を養うために始めた仕事が、結婚詐欺と殺人だった。
 小金を溜め込んでいる初老の女性に近づき、結婚し、殺して全財産を奪う。死体を見つからないよう処理して、また次の女性に近づくというくり返し。もちろん、チャップリン映画なので、ドタバタ喜劇になっている。
 ヴェルドゥ氏は温厚で親切で好感のもてる紳士だが、女性を騙して顔色ひとつ変えずに殺し、自分に疑惑を抱く刑事も殺す。何の罪悪感もなく、仕事として。
 殺した女性の口座から引き出した大金を機械のように素早く正確に数える仕草、なるほど元銀行員。やがて逮捕され、裁判となるが、そこで有名な言葉を残す。
 ひとり殺せば犯罪者だが、百万人殺せば英雄だ。
 よくある犯罪映画の場合、連続猟奇殺人鬼は、邪悪な怪物として描かれ、ヒーローによって退治され、観客はすかっとするのだが、チャップリンの『殺人狂時代』はそれらの映画とは全然違う。
 アイヒマン裁判を描いた『ハンナ・アーレント』を思い出した。真面目で感じのいいナチス幹部がお役所仕事として、何の感情も抱かずに、能率的に大量のユダヤ人を虐殺したのに通じる。たしかに戦争では、殺した敵の人数が多ければ多いほど英雄なのだ。これぞ悪の凡庸さというべきか。

 

殺人狂時代/Monsieur Verdoux
1947 アメリカ/公開1952
監督:チャールズ・チャップリン
出演:チャールズ・チャップリン、マーサ・レイ、イソベル・エルソム、マーガレット・ホフマン、マリリン・ナッシュ、マージョリー・ベネット、メイディ・コレル、チャールズ・エヴァンズ