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『映画に溺れて』第461回 クーリエ 最高機密の運び屋

第461回 クーリエ 最高機密の運び屋

令和三年十月(2021)
日比谷 TOHOシネマズ日比谷

 

 イアン・フレミング原作の007シリーズがショーン・コネリー主演で映画化されたのが一九六二年、日本公開時のタイトルが『007は殺しの番号』だった。
 米ソが核兵器と宇宙開発で競い合っていた冷戦時代、007のヒットでスパイ映画が次々に登場し、その一方で核戦争による恐怖を描いたディストピア映画もたくさん作られた。いつボタンが押され世界が滅亡してもおかしくない時代でもあったのだ。
 ロンドンに住むグレヴィル・ウィンは東欧に西側の工業製品を売りつけるセールスマンである。一九六〇年、ウィンは商務省の役人から会食に招かれ、東欧からさらにモスクワまで商売の範囲を広げてはどうかと勧められる。商務省の役人とはMI6、同席したアメリカ女性はCIAの諜報員だった。
 政府となんの関係もない平凡な中年のセールスマンなら、ビジネスでモスクワを訪れても怪しまれない。つまり、スパイとなってソ連側のある人物と接触し、情報を持ち帰ってほしいという依頼である。
 とんでもないとウィンは断るが、結局は引き受けることに。そしてモスクワでオレグ・ペンコフスキーに出会う。ふたりは食事し、お互い酒好きということもあり、意気投合する。軍人でありソ連の科学調査委員会の高官であるペンコフスキー、彼こそが西側にソ連の情報をもたらす人物であった。
 ウィンは商用を隠れ蓑にロンドンとモスクワを何度も往復し、ペンコフスキーから得た情報をMI6に流す。家族にもスパイ行為は秘密にしているため、妻から浮気を疑われながら。
 スパイ映画でジェームズ・ボンドウルスラ・アンドレスダニエラ・ビアンキといちゃついているとき、現実世界では一触即発のキューバ危機があり、平凡でつつましい中年のセールスマンが世界大戦の危機を救うため、目立たず密かに活躍していた。これはそんな冷戦時代を背景とした実話である。

 

クーリエ 最高機密の運び屋/The Courier
2020 イギリス/公開2021
監督:ドミニク・クック
出演:ベネディクト・カンバーバッチ、メラーブ・ニニッゼ、レイチェル・ブロズナハン、ジェシー・バックリー