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『映画に溺れて』第468回 ダークナイト

第468回 ダークナイト

平成二十年八月(2008)
新宿 新宿ピカデリー

 

 私の好きなバットマン俳優はティム・バートン監督の二作に出たマイケル・キートンである。バートンのグロテスクともいえるユーモア感覚に、とても善人には見えない面構えのキートンがぴったり合っていた。その後、ヴァル・キルマージョージ・クルーニークリスチャン・ベールベン・アフレックと続くが、バットマンに深みがなく物足りない。
 だが、悪役ジョーカーはバートン版のジャック・ニコルソンも単独で主役の『ジョーカー』ホアキン・フェニックスも大好きだ。そしてもうひとり、忘れてはならないのが『ダークナイト』のヒース・レジャーである。
 原作がコミックなので、ティム・バートンは思い切り漫画にして遊んでいたが、クリストファー・ノーランは荒唐無稽をリアリズムで描く。ゴッサムシティは普通の都会で、警察内部は腐敗してギャングと通じている。バットマンもジョーカーもトゥーフェイスも、みんな血の通った人間として描かれているのだ。
 バットマンは鍛えられた腕力と最新の小道具と大富豪の経済力はあるが、生身の人間であり、凶悪犯罪者のジョーカーもまたゾンビでも悪魔でもない。脇役、端役のひとりひとりが死ねば、そこには現実的な痛みがともなう。派手なアクションもあるが、根底はフィルムノワールだ。
 それにしてもヒース・レジャーのジョーカーの凄まじさ。悪人を殺せないクリスチャン・ベールの腑抜けバットマンなど完全に霞んでしまった。
 ジョーカーとは、カードプレイではキングより強い切り札であり、絶対主義時代にあっては、王に向かって冗談交じりに忠告できる唯一の人物、宮廷の阿呆だった。笑いながら人を殺す白塗りのヒースはまさにジョーカーである。悪役が強くて、さらに魅力があれば、言うことなしだ。ヒース・レジャーのジョーカーがこの先、見られないのは、なんと大きな損失であろうか。

 

ダークナイト/The Dark Knight
2008 アメリカ/公開2008
監督:クリストファー・ノーラン
出演:クリスチャン・ベールヒース・レジャーアーロン・エッカートマイケル・ケインマギー・ギレンホールゲイリー・オールドマンモーガン・フリーマン、モニーク・ガブリエラ・カーネン、ネスター・カーボネル、エリック・ロバーツ