『映画に溺れて』第479回 デジャヴ
第479回 デジャヴ
平成十九年三月(2007)
有楽町 日劇1
謝肉祭で沸くニューオーリンズ。港の大型フェリーに乗り込む人たち。海軍の水兵とその家族が船客の大半を占めている。この楽し気な雰囲気が次になにかが起こりそうな不吉な予感につながって……。娯楽アクション映画の巨匠トニー・スコットならではの贅沢な映像に堪能させられる。
大量の死者を出した爆破現場にATF(アルコール・タバコ・火器及び爆発物取締局)の捜査官ダグ・カーリンが登場し、事件を解明しようとする。ダグは鋭い推理能力を買われ、FBIからの要請で政府の秘密研究機関に招かれる。
壁面のスクリーンに映し出される映像。そこには爆破のあった地域の四日と六時間前に起こったこのすべてが記録されている。フェリー爆破の数時間前に焼死体として発見された女性がいて、ダグはこの女性クレアが事件の鍵だと直感し、スクリーンの中の四日と六時間前の彼女の動きを集中的に見続ける。
それにしても、事件の直前の映像が記録されていれば、すぐにも犯人が割り出せるのに、どうして常に四日と六時間前なのか。ダグはその秘密に気づく。これは四日と六時間前の記録映像ではなく、実際に四日と六時間前を監視する装置ではないか。スクリーンを操作している科学者グループはダグの推論を肯定する。独自の監視装置を開発中に、時空の歪みが生じたと。つまり映像の中ではまだ四日と六時間前なのだ。
映像をヒントに犯人が逮捕される。が、ダグはタイムトンネルの向こうでまだ死んでいないクレアを助け、まだ起こっていないフェリー爆破を未然に防ごうと考える。
時間SFというジャンルには過去に戻って現代のトラブルの要因を修正する物語が多い。が、どんなに頭をひねってもどこか理屈に合わない矛盾が生じる。この『デジャヴ』はあれこれと重箱の隅をつつくより、上出来のアクションをたっぷり楽しめばそれでいいのだ、と私は思う。
デジャヴ/Déjà Vu
2006 アメリカ/公開 2007
監督:トニー・スコット
出演:デンゼル・ワシントン、ジム・カヴィーゼル、ヴァル・キルマー、ポーラ・パットン、ブルース・グリーンウッド、マット・クライヴン
大河ドラマウォッチ「鎌倉殿の13人」 第7回 敵か、あるいは
平清盛(松平健)は幽閉されている後白河法皇(西田敏行)を訪ねていました。
「大庭景親によれば、源頼朝は謀反(むほん)の兵を挙げ、伊豆の目代(もくだい)の首をとった由(よし)にございます」と、清盛は語ります。「その後の頼朝は、恐れ多くも、政(まつりごと)を我が手でするかのごとき振る舞い。しかしながら、大庭の軍勢が先月23日、相模は石橋山にてこれを攻め、完膚なきまでに叩き潰したとのこと」
「頼朝はどうしているのですか」
と、法王の愛妾(あいしょう)である丹後局(鈴木京香)が聞きます。
「死んだ」と、清盛は答えます。「兵を挙げてみたものの、あっけない最後でございましたなあ」
帰りの渡り廊下で、清盛の後継者である平宗盛(小泉孝太郎)が福原への遷都について批判します。さらに頼朝が生きているとの情報を伝えるのです。
「必ず殺せ」
と、清盛は声を荒げます。
その頃、安房国(あわのくに)では、北条義時(小栗旬)と和田義盛(横田栄司)が、上総広常(かずさひろつね)(佐藤浩市)を味方につけようと、その館に向かっていました。
上総に会い、和田はいいます。
「どうか、我らの軍勢に加わっていただきたい」
「気に入らねえな」と、上総はいいます。「なんでここに頼朝が来ねえんだよ。ザコどもとじゃ、話はできねえ」
義時が発言します。
「本日はごあいさつ。話が進んだところで、佐(すけ)殿が直々(じきじき)にこちらに参られる手はずになっております」
「こう見えて、俺は素直な男でな」上総は立ち上がります。「素直な男は損得で動く。頼朝に付いたらどんな得があるのか教えてくれよ」上総は部屋に入ります。「上総広常を甘く見ちゃ困る。俺を味方に引き入れてえのはお前たちだけじゃねえんだよ。さっきまで、そこに誰が座ってたと思う。梶原景時(中村獅童)だ。大庭の使いだよ。こないだ大庭の奴らが無礼を働いたんでな、こらしめてやったんだ。そのお詫びだとよ。俺はまだ、どっちに付くか決めちゃいねえ。だが、はっきりしてることが一つだけある。このいくさ、俺が付いた方が勝ちだ。さあ、正念場だよ。ザコさん方よ。というわけで、こっから先は、双方で話し合ってもらおうか」
上総が扉を開けると、そこに梶原景時がいたのでした。互いに斬り合うかという緊張感の中、義時が上総に訴えます。
「まもなく平家は滅びます。これからは源氏の世。佐(すけ)殿が源氏を再興されるのです。ぜひとも、上総殿のお力を……」
上総は言葉をかぶせます。
「だから、得は何かって聞いてんだよ」
義時は続けることができません。梶原が発言します。
「大庭殿は、平相国様の、お覚えめでたい。大庭殿が動けば、上総殿のお望みの官職に、例えば、左衞門丞に取り立てていただくこともできまする」
「悪かねえな」と、上総は反応します。そして「そっちは」
と、義時たちに呼びかけるのです。和田が話します。
「我らの側(がわ)に付いて下さった暁(あかつき)には、敵から奪った土地を、お望みの分だけ差し上げましょう」
「悪いがなあ、増やしてもらわなきゃやっていけないほど、ウチは困っちゃいねえんだよ」
そういう上総に義時は語ります。
「はっきり申し上げて、我らに付いても、得はないかも知れません。しかし、これだけは分かっていただきたい。我らは、坂東武者のために立ち上がったのです。平家に気に入られた者だけが得をする。そんな世を改(あらた)めたい。我らのための坂東をつくる。だからこそ、上総広常殿のお力を貸していただきたいのです」
「つまり、頼朝はお飾りという訳か」
「そういうことでは」
と、義時は慌てます。
「お前は今、そういったんだよ」上総は梶原に同意を求めます。「なあ」
「魂胆(こんたん)が見えましたな」
と、梶原。上総は義時に問います。
「教えてくれ。頼朝は、利用する値うちのある男か」
義時ははっきりと答えます。
「はい。あの方は天に守られています。現に、何度も命を救われています。そして、その運の強さに惹かれて、多くの者が今、集まっています。佐(すけ)殿は、担ぐに足る人物です」
義時と和田は館を後にします。そして大庭の元に帰る梶原と遭遇するのです。義時は梶原に呼びかけます。
「佐(すけ)殿からうかがっております。石橋山ではありがとうございました」
義時は和田に説明します。隠れていた頼朝を、梶原は見逃してくれた。義時は馬上の梶原に問います。
「うかがってもよろしいですか」
「なぜ助けたか」
「はい」
「あの時、大庭勢は目と鼻の先に先にいた。にもかかわらず、わしのほかは、誰も頼朝殿には気づかない。そなたは、かのお人が天に守られていると申した。わしも同じことを感じた。殺しては、神罰を受けると思った。答えになっておるかな」
義時はうなずき、梶原に呼びかけます。
「佐(すけ)殿のもとに来ませんか」
「刀は、斬り手によって名刀にもなれば、なまくらにもなる。決めるは斬り手の腕次第」
そういって梶原は去って行きます。
しびれを切らした頼朝は、上総の返事を待たずに北上を始めます。
その頃、相模の大庭は、都から追討軍が到着する前に、自分たちの手で頼朝を討ち果たそうとしていました。大庭は付近の豪族に頼朝を攻撃させることを思いつきます。
義時は再び上総を訪ねていました。
「頼朝を担いで、坂東を取り戻す。悪かねえ」上総がいいます。「だけどなあ、それだけじゃ腰を上げるあげる訳にはいかねえんだ」
義時は考えてから話し出します。
「私は次男坊です。兄は、北条のため、そして佐(すけ)殿のために力を尽くし、討ち死にしました。私は足を突っ込みたくはなかった。米倉で木簡(もっかん)の整理をしている方が性に合っていた。しかし、兄の想いを引き継いでようやく分かったのです。こんなに面白いことはないと。平家隆盛(りゅうせい)のこの時、平相国を向こうに回して謀反(むほん)の兵を挙げる。奴らを西に追いやり、新しい坂東をつくるのです。愉快だとは思いませぬか」
「愉快でもなあ、捕らわれて、首をはねられたらおしまいなんだよ。お前、必ず勝てるってここで誓えるか」
「誓います」
「言い切ったな」
「ご自分でおっしゃったではないですか。上総殿が加わってくだされば、必ず勝てると」
義時の言葉に、上総は笑い声をたてます。そこへ知らせが入ってくるのです。頼朝のいる宿が今夜襲撃される。義時は駆けつけようとします。それを制する上総。
「お前はここにいるんだよ。俺と一緒に様子を見ようじゃねえか」上総は家人を呼んで義時を妨げます。「頼朝は天に守られてる。そういったよな。だったら、今度も助かるはずだ。違うか」
頼朝は地元の漁師の娘と、床を共にしていました。頼朝の宿に、松明を持った一団が近づいてきます。それを率いるのは、頼朝と共にいた女性の夫でした。頼朝は隠れます。そしてそこへ、大庭から要請を受けた地元の豪族が襲撃にやってくるのです。豪族たちと、女の夫たちが乱戦となります。そして頼朝を警護していた三浦義村(山本耕史)が、豪族の首を狙うのでした。
翌朝、上総の館に、頼朝が生きているとの知らせが届きます。
頼朝の宿に、義時が報告にやってきます。
「上総殿が参陣いたします。今、和田殿と共にこちらへ向かっております」
それを聞いて頼朝は立ち上がります。
「ようやった小四郎(義時)」
上総の迎えに、義時はやって来ます。上総は座って日を浴びていました。上総は義時にいいます。
「俺の軍勢を見ろ」上総は義時にいいます。「その数2万。いくさの支度は整ってる」
「佐(すけ)殿がお待ちです。お急ぎください」
「これがどういうことか分かるか。頼朝は、太刀を突きつけられたのさ。喉元にな」
上総は出発します。
上総は頼朝を前にしていました。
「帰れ」と、頼朝はいいます。「遅い。わしは昼前からおぬしをここで待っておった。無礼にも程がある。帰れ。遅参する者などいくさ場では役に立たん。お前の連れてきた軍勢を見た。敵に回ればこれほど恐ろしいことはない。しかしだからどうした」頼朝は声を張ります。「じらしておのれの値うちをつり上げようとしたか。笑わせるな。さっさと帰れ。一戦を所望(しょもう)なら受けて立とう」
上総は遅参をしたことを詫びるのでした。
義時は軍勢と共に進む上総を呼び止めます。上総はいいます。
「頼朝に伝えおけ。よくぞ申したと。棟梁(とうりょう)の器にあらずと見れば、わしはあの場で討ち取り、その首、平家に差し出すつもりであった」
「そうだったのですか」
「なかなかの男よのう。源頼朝」上総は馬を進めます。「これで平家も終わったぞ」
ちょうどその頃、奥州では、後に天才軍略家として、平家を滅亡に追いやる源義経が、頼朝の軍に加わるために、旅立とうとしていました。
『映画に溺れて』第478回 イルマーレ
第478回 イルマーレ
平成十八年九月(2006)
新宿歌舞伎町 ミラノ座
韓国映画のハリウッドリメイク。オリジナルが未見のため比較はできないが、どこから見てもハリウッド映画になっている。
別の年代に通じる郵便受けで別の年代の人物がやりとりするという設定は、『オーロラの彼方』の無線機と同じ趣向である。
二〇〇六年、シカゴの病院に勤務の決まった女医のケイは湖のほとりにある家から引っ越すことになり、郵便受けに次の住人にあてたメッセージを残す。
二〇〇四年、湖のほとりの家に引っ越してきた建築家のアレックスは郵便受けに奇妙なメッセージがあるのを発見する。そして返事を書く。
ふたりの間に二年という時間を越えた文通が始まる。
アレックスの父は著名な建築家だったが、名声とともに家庭をないがしろにし、母を捨てた。そのことでアレックスは父を憎みながらも、同じ建築家の道を進み、細々と雇われ仕事をしている。湖畔の家は父の設計になるものだった。
ケイはシカゴの病院に勤務したばかりで、目の前で事故に遇った男性を助けられず、落ち込んでいた。
二年の年月を越えた文通でふたりはお互いの悩みを打ち明け、考え方や読書の好みも同じで、だんだんと惹かれあっていく。
アレックスは湖畔の近くのパーティで、二年前のケイに出会うが、彼女には婚約者がいた。アレックスはケイに手紙を書く。二年後に会いたいと。
時間SFというよりも、恋愛ファンタジーの要素が大半を占めている。映画としては悪くないが、SF好きの私としては多少の不満は残る。
イルマーレ/The Lake House
2006 アメリカ/公開2006
監督:アレハンドロ・アグレスティ
出演:キアヌ・リーブス、サンドラ・ブロック、ショーレ・アグダシュルー、クリストファー・プラマー、ディラン・ウォルシュ
大河ドラマウォッチ「鎌倉殿の13人」 第6回 悪い知らせ
自軍が敗北し、頼朝(大泉洋)は石橋山の洞窟に隠れていました。
大庭勢が頼朝を探しています。梶原景時(中村獅童)は、頼朝の一行を発見します。しかしそれを見逃すのでした。
北条時政(坂東彌十郎)と義時(小栗旬)の父子は、救援を求めに、甲斐の武田信義(八嶋智人)の陣に来ていました。
後の山梨に勢力を保っていた甲斐源氏。信義はその長(おさ)でした。
時政と義時は信義に会います。信義はいいます。
「わが方と手を組みたいと聞いた」
「ぜひともお力を貸していただきたい」
という時政に信義は言葉を重ねます。
「頼朝は、源氏の棟梁(とうりょう)を名乗っておるが、真の棟梁はこの信義である。それを頼朝が認めるならば加勢しよう。いかがか」
「かしこまりました」
と、にこやかに時政は答えます。義時は時政に小声で注意してから発言します。
「佐(すけ)殿(頼朝)は、ご自身で平家討伐軍を率いる御決意」
義時の言葉を鼻で笑い、信義は時政に近づきます。
「例えばの話であるが、頼朝には力を貸すつもりはないが、北条は助けてやっても良いぞ」
「何ですと」
と、時政は反応します。
「わしの家人(けにん)になれ」信義は時政から離れます。「その代わり手土産が欲しい」
「何でもいうて下され」
「法王様の院宣(いんぜん)。頼朝の手もとにあると聞いた。もしそれが本当ならば、持つべきはわしじゃ。持っておるのか」
義時がすかさず答えます。
「噂でございます」
「持っております」と、時政が断言します。「すぐに取って参ります」
信義の前から辞し、時政は義時にいいます。
「運が向いてきたぞ。佐(すけ)殿も先が見えた。手を切るにはいい機会かもしれん」
「真に受けないで下さい」
「確かに、政子(小池栄子)は不憫だが、またいい縁もある」
「佐(すけ)殿を見捨てるのですか」
「北条のためじゃ。我らが生き延びる手立てが他にあれば、ゆうてみい」
時政と義時は、帰り道、敵の襲撃を受けます。何とか撃退した父子でしたが、時政が院宣ももういい、といい出します。心が折れたのだと話します。
「院宣はともかく、佐(すけ)殿の事を放っておくことはできません」
と、義時。時政は吐き捨てます。
「どうせもう殺されておるわい」
「兄上も戻って来ている頃です。兄上がおられる限り、道は必ず開けます」
義時たちは盟友である三浦義村(山本耕史)が船を準備しているところに出くわします。
「ここで何をしている」
と、義時はたずねます。
「佐(すけ)殿を助けに来たんだよ」
と、義村は答えます。居場所が分からず、帰るところだったというのです。義時はなぜ助けに来てくれなかったのかと、義村を責めます。
「こっちはこっちで大変だったんだよ」
と、義村は話します。畠山重忠(中川大志)の軍と行き会った。坂東武者同士で争うのは無益であると、お互いに別れた。ところがそこに和田義盛(横田栄司)がやって来て畠山を攻撃した。おかげでだまし討ちのような形になってしまった。
「安房(あわ)の安西景益は我らの味方。そこで立て直すぞ」
と、義村は立ち上がります。
「待っていてくれ。俺が佐(すけ)殿を連れてくる」
と、義時は山を登っていきます。
ついに義時は、頼朝の所にたどり着きます。頼朝の従者である安達盛長(野添義弘)がたずねます。
「援軍は、どうだった」
義時はうつむいて答えます。
「武田のことはお忘れ下さい」
義時は船が待っていることを伝えます。安房へ渡ります、と頼朝にいいます。
「兄上は」
と、義時は聞きます。戻っていないことを土肥実平(阿南健治)が知らせます。
その頃、大庭の館では、伊東祐清(竹財輝之助)が、義時の兄である北条宗時の首に手を合わせていました。大庭景親(國村隼)がいいます。
「これほどの大勝利。方々(かたがた)、ご苦労でござった」
「頼朝の首がここにないのが、心残りでございますな」
「許せんのは三浦じゃ」大庭は手をぬぐいます。「ぎりぎりまで味方と思わせておいて、最後に裏切りおった」
大庭は畠山重忠に、三浦の本拠を突くように命じるのでした。
夜が明け、頼朝を船で待っていた三浦義村らは、敵の攻撃を受けます。支えきれないと感じた北条時政は、逃げることを促します。
義時が頼朝を連れてやって来てみると、船は消えていました。
仕方なく、頼朝たちは真鶴の岬に行き、土肥の船で海を渡ることにしました。三浦沖を通過し、後の東京湾を横断して、房総半島へ。安房国に入ります。
安西景益の館には、すでに北条時政が到着していました。白々しく、頼朝の無事を喜びます。
「佐(すけ)殿、よくぞ安房国(あわのくに)へ」安西景益(猪野学)が頼朝を歓迎します。「しばらくは、我が館で疲れを癒やして下され」
時政が義時に、宗時のことを聞いてきます。
「ここにも来ていませんか」
と、義時はいいます。時政は嘆くような声をたてます。
「どこ行っちまったんだよ」
三浦勢が皆に合流します。義村が義時にたずねます。
「佐(すけ)殿はまだいくさをお続けになられるおつもりか」
土肥実平も聞かれ、答えます。
「弱気になられているのは間違いない」
和田義盛が強い声を出します。
「もう佐(すけ)殿がどうのというのは関わりねえ。こっから先は、俺ら坂東武者が決める話だ。俺は大庭が許せねえ。伊東も畠山も許せねえ。だからとことん戦うしかねえんだ」
皆が同意の声を放ちます。喧噪の仲、義村が義時に目配せをします。二人は渡り廊下を歩きます。
「はっきりいうが、このいくさ、勝ち目はないぜ」と、義村は言い切ります。「今ならまだなんとかなる。大庭も伊東も、元は仲間だ。頭を下げれば、大目に見てくれるんじゃねえか」
「佐(すけ)殿はどうなる」
「差し出すんだよ。それしか手はない」
「できるわけないだろう」
「いっておくが、俺は頼朝と心中(しんじゅう)する気はねえ。はやいとこ見切りをつけた方がいいって」
義村は義時を残して去って行きます。そこへ仁田忠常(高岸宏行)がやってくるのです。仁田は頼朝の欲しがっていた観音像を持っていました。北条の館から運んできたというのです。
海岸沿いにいる時政に、義時は観音像を見せます。
「兄上(宗時)はこれを取りに館へ戻られました。これが、館に残っていたということは」
「三郎(宗時)の馬鹿」時政は嘆きます。「これからだってのに。何やってんだか」時政は顔をあげます。「小四郎(義時)。わしより先に逝くんじゃねえぞ。これからは、お前が北条を引っ張っていくんだ」
「私にはできません」
「三郎がやりかけていたことを、お前が引き継ぐんだよ」
時政は義時に観音像を渡します。義時の胸に、宗時の言葉がよみがえってきます。
「俺はこの坂東を、俺たちだけのものにしたいんだ。坂東武者の世をつくる。そして、そのてっぺんに北条が立つ」
安西の館の一室にいる頼朝に、義時は観音像を渡します。
「お急ぎ下さい。皆、広間で待っております」
と、義時が促します。頼朝は外を見ます。
「いくさはもうやらん。どうせまた負ける」
「負けませぬ」と、義時はいいます。「風向きは変りました。佐(すけ)殿は生き延びられました。佐(すけ)殿は天に守られている。そのことは、どんな大義名分よりも人の心をつかみます」
「そううまくはいかん」
「このままでは、石橋山で佐(すけ)殿をお守りして死んで行った者たちが浮かばれませぬ」義時は立ち上がって頼朝に近づきます。「事はすでに佐(すけ)殿の想いを越えています。平家の横暴に耐えてきた者たちの不満が今、一つの塊(かたまり)となろうとしている。佐(すけ)殿がおられなくても、我らはいくさを続けます。そして必ず、平家の一味を坂東から追い出す。私はあきらめてはおりませぬ」
「戯(ざ)れ言を。お前たちだけで何ができる」頼朝は義時に向き直ります。「このいくさを率いるのはこのわしじゃ。武田でも、他の誰でもない」
頼朝は壮麗な鎧を身につけ、皆のいる広間にやって来ます。
「おぬしたちの顔を見ると、何やら勇気がわいてくる」頼朝は叫びます。「いくさはまだ始まったばかりじゃ」
皆もそれに声を出して応じるのでした。
その頃、館に戻り、鎧を外そうとする男がいました。
「平家の犬どもめ。口ほどにもない」
男は頼朝からの文(ふみ)を、丸めて投げ捨てます。男の名は上総広常(かずさひろつね)(佐藤浩市)。頼朝の運命はこの人物の肩に掛かっていました。
『映画に溺れて』第477回 NEXT-ネクスト-
第477回 NEXT-ネクスト-
平成二十年五月(2008)
新宿歌舞伎町 新宿ジョイシネマ2
全身が黄金色に輝く新種の人類が誕生、超越した能力で人類にとって代わることを恐れた政府が抹殺しようとして裏をかかれる。というのがフィリップ・K・ディックの短編『ゴールデンマン』だが、それを原作にしながら『NEXT』はまったく違う作品になっている。
ニコラス・ケイジふんする主人公クリス、自分に関する二分先の出来事が予知できる。ラスベガスの手品師で、芸名がフランク・キャデラック。好きなもの二つを組み合わせたんだと語る。フランケンシュタインとキャデラックと。目立たないように予知能力を生かして生計をたて、カジノで小さく賭けて細々と稼いでいる。
あるとき、行きつけのコーヒーショップに運命の女性が入ってくることを予知する。が、二分経っても彼女は現れない。
FBIが密かにクリスを監視し、予知能力に気付いて接触してくる。国内に核爆弾を持ち込んだテロリストの正体を探り爆破を阻止するため、クリスを利用しようとするのだ。が、たった二分先の自分に関することしか予知できない彼にそんな難題は無理ではないか。この設定はほとんどコメディだが、ストーリーはシリアスである。
FBIの要請を断ったクリスはとうとうコーヒーショップで運命の女性リズに出会い、彼女と親しくなる。
今度はテロリストたちがFBIの動きからクリスの存在を知り、リズを人質に取ってクリスの妨害を押さえようとする。
自分の未来は二分先しか見えないクリスだが、愛するリズの未来は、ずっと先の先まで見えてしまい、彼女を助けるためにFBIに協力する。はたして犯人と爆弾の場所を見つけられるのか。
クリスとビリヤードする老人の役でピーター・フォークがちらりと出ている。
NEXT-ネクスト-/Next
2007 アメリカ/公開2008
監督:リー・タマホリ
出演:ニコラス・ケイジ、ジュリアン・ムーア、ジェシカ・ビール、ピーター・フォーク、トーマス・クレッチマン、ホセ・ズーニガ
『映画に溺れて』第476回 フェイス/オフ
第476回 フェイス/オフ
FBIの捜査官とテロリストが入れ替わる『王子と乞食』の現代版のようなストーリー。これが派手な追跡、銃撃、爆発シーンの連続で展開される。
生真面目な捜査官がジョン・トラボルタ、卑劣で凶悪なテロリストがニコラス・ケイジ。全然似ていないふたりがどうして入れ替わるのか。
幼い息子をテロリストのキャスター・トロイに殺された捜査官アーチャーはキャスターを長年追い続け、空港で弟のポラックス共々逮捕。キャスターは銃撃戦で昏睡状態の植物人間となる。積年の恨みを晴らし、ゆっくり休養。仕事に追われて疎遠がちだった妻との仲も回復。
ところが、トロイ兄弟がロサンゼルスに細菌爆弾を仕掛けたことが判明し、数日後には爆破する。アーチャーは極秘任務として昏睡状態のキャスターの顔面を移植し、服役中の弟から爆弾の情報を聞き出すために刑務所に潜入する。
一方、昏睡状態から目覚めたキャスターは病院から子分に指図し、医者を脅して保管してあったアーチャーの顔面を移植したうえ、極秘任務の関係者を全員殺害する。
アーチャーの顔を持つキャスターは捜査官として振る舞い、自分が仕掛けた爆弾を自分で処理して称賛される。キャスターの顔を持つアーチャーは刑務所から出られず、凶悪犯として看守から虐待される。はたしてアーチャーは自分の顔を取り戻すことができるのか。
アクションシーンもさることながら、トラボルタとケイジの重厚から軽薄、軽薄から重厚という一人二役の演技が見もの。
完璧な顔面移植手術によって善人と悪人の立場が入れ替わるというとんでもない設定さえ受け入れれば、問題なく楽しめる。
フェイス/オフ/Face/Off
1997 アメリカ/公開1998
監督:ジョン・ウー
出演:ジョン・トラボルタ、ニコラス・ケイジ、ジョアン・アレン、アレッサンドロ・ニヴォラ、ジーナ・ガーション、ドミニク・スウェイン、ニック・カサヴェテス、CCH・パウンダー、コルム・フィオール、ジョン・キャロル・リンチ、ハーブ・プリズネル
書評『義時 運命の輪』
書 名 『義時 運命の輪』
著 者 奥山景布子
発 売 集英社
発行年月日 2021年11月25日
鎌倉幕府を開いた源頼朝の義弟で、執権にまで昇りつめ幕政を牛耳った北条義時(1163~1224)には様々な謎がある。
本作はその北条義時を主人公とし権謀術数が渦巻いていた鎌倉初期を描いた歴史小説である。
作者は編年体風に綴るのではなく、エポックメーキングとなった年月と場所を切り取り、史実の奥底に潜む人間の物語として人間模様を展開、義時62年の生涯を切り取り、再現している。全8章の構成の中に、歴史上の人物が巧みに配されそれぞれに生きているので、感動的なドラマを見るように興趣深い。歴史小説は史実に縛られ、人物を描くには制限があるが、史実をしっかり押さえた蓋然性が高く、帯にあるように「静謐な熱を込めた筆致」による歴史小説に仕上がっている。
「序 石橋山」は「治承4(1180)年8月23日、相模国足柄下郡石橋山――」。無位無官、流人の身の頼朝と、時政の反対を押し切って強引に夫婦となった姉政子の判断は、本当に正しかったのだろうか、との若き18歳の義時の疑問からはじまり、「小四郎こと北条義時、無残な初陣」が描かれる。
「一 江間義時」は一挙に6年後に飛ぶ。鶴岡八幡宮の静御前の舞を見つつ、頼朝の旗揚げから静の舞までの間の、源平盛衰の歴史が語られる。
果たして、義時は北条の後継者であったか。石橋山の戦いで時政の長男の三郎宗時(さぶろうむねとき)が戦死したので、次男の四郎義時が時政の後継者となったとするのが通説であったが、父の後妻牧の方(まきのかた)によって義時は北条の主筋から外されていたようだ。本作も「晴れて北条の統領となることが何よりの志である」(69頁) 義時の野望が政子と頼朝との結婚に始まる人間模様の推移の中に秘められている。
義時の姉夫婦を見る目が面白い。そもそも、すべては政子が頼朝を恋い慕い、山木判官の屋敷を逃げ出して頼朝の妻となったことからはじまり、北条家はこの国の権力の頂点に立っている。
将来の禍根を絶つために義経や義仲の子を平然と粛清する頼朝と胆力があり機を見るに敏な政子。両人に共通するのは残酷さ、身勝手さで、夫婦の心底は常人の思いもよらぬものだが、「策略がなくてはこの世は渡れないことを教えてくれた」(49頁) のはこの夫婦である。伊豆の片田舎の小豪族の家に生まれ育ち、北条家の郎党として終わるはずだった義時はこの二人についていくしかないと自身の命運を二人に賭ける。
「二 頼家」――。義時の生涯に転機をもたらすのは建久10(1199)年1月13日の頼朝の死去である。時に義時37歳、後半生の幕開けといってもよい。「頼朝の死は、平氏討伐や藤原氏討伐より、長く過酷な戦の始まりであった」(87頁)と作者は語り始める。頼朝の急逝は梶原景(かじわらかげ)時(とき)の排斥、比企(ひき)氏の誅殺を引き起こし、続いて、畠山(はたけやま)重忠(しげただ)の討伐、牧氏の乱、和田(わだ)合戦(がっせん)と幕府を揺るがす事件が次々と起こる。幕府草創期に頼朝を支えた有力御家人が北条氏の謀略によって次々に滅ぼされて、北条氏は幕府の実権を我が手に収めていく。事件の陰に、北条氏の暗躍があったことは明々白々であるが、その中心となった人物は誰かというに、史料からは特定できず、小説の世界では、政子と義時であるとするもの、時政であるとするものなど様々な解釈・造形が生れている。本作では、比企(ひき)能員(よしかず)謀殺の際には「義時には何の報せもなかった」(154頁)とするように、義時と政子とは二人三脚ではない。つねに軌を一にしていると思われる北条一族は一枚岩ではなかったことは事実であろう。
北条一族による政治支配のそもそもの始まりは、頼朝の死、頼家の家督相続から3カ月足らずの建久10年4月に、宿老13人による合議制の導入を決められ、後継将軍頼家(よりいえ)による訴訟親裁を止めたことである。
が、ここにも歴史の謎がある。そもそも、いわゆる「鎌倉殿の13人」による合議制の発案者は政子か、時政か。そもそも13人のメンバーを選んだのは誰か。小説の世界でも解釈はこれまた多々あるが、本作では政子と政所別当の大江広元の計らいで義時も加入したとしている。
頼朝の未亡人で、頼家の実母である「尼御台」の政子の将軍頼家の外戚である比企一族に対する考えは「北条が、この政子がいなければ、今のこの関東はなかったはず」「北条より出すぎることは許さない。絶対に」(84.85頁)とするもので、「政子の数珠を握りしめる音がぎりっと鳴った」という表現がこのシーン以外にも何度か登場するが、生来強気で負けず嫌いな政子の性格を描写して余りある心躍る表現である。
元久元(1204)年7月の頼家の死は謎に包まれている。頼家の粛清、実朝の将軍擁立は政子の暗黙の了解なしでは行えず、政変の首謀者は時政だとするのが、定説であろう。暗殺命令は時政が下したとする小説もあるが、本書では、意外と時政の露出度が低い。時政は関わっていないのだろうか。前年7月、頼家は俄かに病で倒れるが、その時、「頼家は北条氏に毒を盛られて倒れた」とする小説もある。
“乳母や比企氏出身の妻・姫の前の縁で比企氏に取り込まれていく頼家”VS“頼家の前途に見切りをつけ生家北条氏の一員としての意識が強烈な政子”の構図は一見ね尤もらしいが、そもそも、頼家の死に、生母政子がどういう立場にいたのか。
作者は「姫の前との今の暮らしを、何よりもかげえのないものと思っている」
(88頁)と、どこにでもいる平凡なひとりの夫としての義時を描く一方で、義時がかねて政子に頼家の嫡男一幡以外の3人の男子の命も絶つよう進言(135頁)するとともに、頼家暗殺は義時が政子に謀って許可を得、義時が自分の配下に残忍な手口で実行するよう命じたこと(136頁)、政子の言われるがままに行動し、頼家の正室若狭局と頼家の息子・一幡を由比ガ浜で殺す義時を描いている。この落差はあまりにも大きすぎる。
義時がまったくの別人格のように豹変し、その本領を発揮し始めるのは、比企氏を滅ぼし、頼家を幽閉、暗殺した事件からであると、作者は見做しているのである。
「三 時政」――。頼家暗殺の一年後の元久2(1205)年閏7月、時政追放劇。
強引な父時政を、父の轍は踏むまいと、策略して鎌倉から追放すべく、引退に追い込んだ義時は執権となり、政務の実権は政子と義時に移る。
晴れて、義時は43歳にして、「江間」から「北条」に改める(174頁)。
「五 実朝」――。実朝の暗殺も謎に包まれている。真相は藪の中であり歴史は何も語らないが、作者は頼家の排除の段階で実朝の運命も決していたと見做しているのであろう、作者の筆は淡々としている。
本作のキーワードは「運命の輪」。「輪」は「環」に通じる。このことばから永井路子の『炎環』を連想。『炎環』に「炎環」なることばが一度としてでてこないように、本作には「運命の輪」なることばはみあたらず、あるのはただ「強い光の輪」の「輪」のみである。「炎」と「運命」は「いのち」であり、「環」と「輪」は“連続するもの”の意味であろうか。
北条氏はその巧妙な策略によって政敵を次々と滅ぼし、北条家の独裁体制を確立していった。義時は時政や政子が狂気にさえ似た異様な光を放つ「いのち」の炎を燃やし続けて登ろうとした権力への道を「環」を太くし、「輪」を拡げるように昇りつめ「余りにも異例な生涯」(315頁)を全うしたのである。
(令和4年2月5日 雨宮由希夫 記)
大河ドラマウォッチ「鎌倉殿の13人」 第5回 兄との約束
北条宗時(片岡愛之助)率いる軍勢が、伊豆の実力者である、堤信遠(吉見一豊)の館を襲います。北条の館に火が上がるのを見て、源頼朝(大泉洋)がいいます。
「もう、もうあとには引けぬ」
北条時政(坂東彌十郎)と、北条義時(小栗旬)は、堤信遠を討ち果たします。次に宗時の軍勢は平家の目代(もくだい)である、山木兼隆(木原勝利)の館に向かいます。
翌朝、頼朝の前に堤と山木の首がさらされます。時政がいいます。
「大勝利にございます。これを聞きつけ、多くの坂東武者が駆けつけて参りますぞ」時政は頼朝の前に出ます。「この勢いで、伊東に攻め込みましょう」
「今日は18日」頼朝はいいます。「殺生はせず、神仏に祈る日」
宗時は武者たちに呼びかけます。
「方々(かたがた)。いくさはこれから。よろしくお頼み申す」
武者たちは声をあげて応えるのでした。
頼朝は宗時と義時の兄弟を前にして述べます。
「初戦には勝った。さて、次の一手だが、これから伝えることは、いくさよりもっと大事なことだ。法王様をお救いするまで、坂東の政(まつりごと)は、この源頼朝が行うと、世に知らしめる。政(まつりごと)の始まりは、土地の分配じゃ。敵の所領を召し上げ、わしがそれを分け与える。誰か所領を取りあげても良い奴はおらんか」
頼朝を棟梁(とうりょう)にいただく軍勢は、下田を治める中原友近の所領を取りあげます。そしてこれが、平家方を激怒とさせることになるのでした。
大庭景親(國村隼)の館で山内首藤経俊(山口馬木也)がいいます。
「頼朝はすでに平家に取って代わったつもりのようです」
大庭は伊東祐親(浅野和之)に話します。
「いよいよ来たな。頼朝を成敗する時が。平相国(へいしょうこく)様の覚えもめでたく、東国の後見と呼ばれたこの大庭景親が、頼朝を討ち取る」
大庭は梶原景時(中村獅童)を呼び、頼朝軍が次にどう出るかを聞きます。
「恐らくすでに、この相模や武蔵の豪族に声をかけているはず。それらと合流するために、まずは東へ向かうと思われます」
「聞いたか」大庭はまわりの者たちを見わたします。「そこで迎え撃つ。出陣の支度じゃ」
北条の館では、宗時が頼朝たちに知らせにやってきます。
「大庭が動きました。兵の数は三千」
頼朝は味方の数を聞きます。義時が答えます。
「三百」
いらつきながら頼朝がいいます。
「まずは鎌倉じゃ。一日も早く父が治めた鎌倉に入り、わしが源氏の棟梁(とうりょう)であることを世に示す」
頼朝の従者である安達盛長(野添義弘)がいいます。
「それが、甲斐の武田信義殿が、この機に乗じて兵を挙げたとのことです」
信義は、これもまた源氏の棟梁を名乗る人物でした。頼朝は信義について述べます。
「武田なぞ、血筋ではわしに比べるべくもない。忘れてよい」
宗時がいいます。
「しかし、そうなるとなおのこと、鎌倉行きを急ぐのが上策。明朝、全軍で東へ向かいましょう」宗時は地図を指し示します。「土肥郷で三浦と共に大庭勢を挟み撃ちにし、一気に鎌倉へ」
「清盛の慌てる顔が目に浮かぶわ」頼朝は叫びます「目指すは鎌倉」
その言葉に皆も声を合わせて応じるのでした。
義時は北条の女たちと共に、伊豆山権現に向かうように、兄の宗時に言われます。
「私は、いくさから外されたのですか」
と、問う義時。宗時は答えます。
「勘ぐるな。佐(すけ)殿のご命令だ。土肥郷で待っている」
伊東の館では、伊東祐親が息子の祐清(竹財輝之助)に話しています。
「お前は北条と親しい。北条を引っ張っているのは、三郎宗時。三郎がいなくなれば、北条は崩れる。違うか」
祐親は下人である善児(梶原善)を呼びます。
「北条の仁に潜り込み、三郎宗時を闇討ちにせよ」
祐清が抗議します。
「お待ち下さい。いくさのならわしに反します」
「勝つためじゃ」
「三郎は、父上にとって孫ではありませんか」
祐親は善児を振り返ります。
「決して討ちもらすな」
8月20日。頼朝は三百の兵と共に、北条館を発ちました。
政子たちと共に、伊豆山権現にやって来ていた義時は、伊東の兵を見てしまいます。伊東勢は山から頼朝軍の背後を襲おうとしていました。
鎌倉に向かった頼朝軍は、雨で思うように進めず、23日、石橋山の山中に陣を構えます。時を同じくして、大庭勢も、石橋山の麓(ふもと)に到着します。
大庭の陣で、梶原が作戦を話します。
「まずは、石橋山から敵を誘い出します。狭い山中では、数の有利が消え、平場(ひらば)に引きずり出して、そこで一気に潰す」
夜、山を下る頼朝軍の前に、大庭の三千の軍が立ちふさがります。頼朝はいいます。
「ここはいったん、引こう。数が違いすぎる」
宗時が言います。
「少数の兵には、それなりの戦い方がございます。敵を挑発し、山へ誘い込む。平場では勝ち目がありませんが、狭い場所ならむしろ有利」宗時は時政にいいます。「親父殿、おもっいきり敵を挑発してもらえませんか」
「挑発なら任せておけ」
と、時政は張り切ります。
義時が頼朝軍の陣の後部にたどり着きます。伊東勢が背後の山にいることを知らせるのです。
時政が馬上、進み出ます。大庭景親に対して挑発を試みるのでした。しかし敵の挑発に乗ったのは時政の方でした。時政はこらえきれず味方に突撃を命じます。宗時は頼朝を連れて山に逃げます。そこで義時から、伊東が待ち伏せていることを伝えられるのでした。
宗時は何とか伊東勢の攻撃をしのぎ、頼朝を逃がします。
前後を挟まれた頼朝の軍勢は、逃げ場を失います。
頼朝たちは山中に隠れていました。義時とその父の時政の姿もあります。宗時がいいます。
「皆、よく戦った。三浦の助けもなく、ここまで互角に戦えたのは見事だ」
「おう、勝ったも同然。のう、婿殿」
と、時政は頼朝を振り返ります。
「どう考えても負けておるではないか」頼朝は怒気を発します。「だからわしは不承知であったのだ。お前たちのせいだ。調子のいいことばかりいいおって、北条を頼ったのが間違いであったわ」
宗時は甲斐の武田信義を頼ろうとします。しかし頼朝は、武田に頭を下げるのは嫌だといいます。頼朝は髪に挟んでいた小さな観音像を取り出します。
「こんなことならご本尊をもってくるべきであった」頼朝は叫びます。「誰かとってきてくれ」
「私が参りましょう」
と、宗時が立ち上がります。
「待て待て」と、頼朝は引き止めます。「戯(ざ)れ言じゃ」
「すぐに戻ります」と、宗時は行こうとします。振り返り、いいます。「このいくさ、必ず勝ちます」
朝になります。義時と時政の親子は森の中で話していました。
「どうする」
と、時政が聞きます。
「何がです」
「このまま逃げちまうって手もあるよ。俺は、大庭に頭を下げてもいいと思っている」
「許してもらえるとお思いですか」
「頼朝の首、持ってきゃ」時政は歩き出します。「なんとかなるんじゃねえのかな」
「本気でおっしゃってるんですか」
「あいつは大将の器(うつわ)じゃねえぞ」
宗時は近所に住んでいた工藤茂光(米本学仁)と共に、北条館を目指していました。水を汲んで工藤を振り返ると、工藤は倒れ、あきらかに死んでいました。宗時の首筋にも、背後から刃が差し込まれるのです。やったのは伊東の下人、善児でした。
宗時は出発前、義時に話していました。
「俺はな、実は、平家とか源氏とか、そんなことどうでもいいんだ。俺はこの坂東を、俺たちだけのものにしたいんだ。西から来た奴らの顔色をうかがって暮らすのは、もうまっぴらだ。坂東武者の世をつくる。そして、そのてっぺんに北条が立つ。そのためには源氏の力が要(い)るんだ。頼朝の力が、どうしてもな。だからそれまでは、辛抱しようぜ」
頼朝の挙兵を誰よりも望み、北条をここまで引っ張ってきた宗時は死にました。
大河ドラマウォッチ「鎌倉殿の13人」 第4回 矢のゆくえ
挙兵の日は、8月17日と決まりました。その日は三島明神の祭りに当たっていました。北条宗時(片岡愛之助)がいいます。
「まず、父上と私が率いる先陣が、目代(もくだい)、山木兼隆(やまきかねたか)の館を襲う。火を放ち、これをもって平家討伐、関東挙兵の狼煙(のろし)とする」
「私はどうすれば良い」
と、頼朝(大泉洋)が宗時に聞きます。
「佐(すけ)殿は総大将でございます。ここに、でん、と構えていてください」
「よろしいですか」と、北条義時(小栗旬)が発言します。「堤信遠(つつみのぶとお)も討ってしまってはいかがでしょうか」
伊豆の実力者である堤信遠には、父の北条時政(坂東彌十郎)ともども、義時は屈辱を受けていたのです。
宗時はまとめます。
「相模に我らの根城を作り、坂東中から兵を集める」
「相模のどこだ」
「鎌倉」
頼朝がいいます。
「わが父、義朝(よしとも)が、本拠としておられた場所じゃ。源氏の名の下に、坂東武者たちが集(つど)うにふさわしい」
しかし、8月16日になっても、思うように兵が集まらないのです。義時は頼朝に18人と打ち明けます。義時は以前、300人を動員できると話していました。義時は頼朝になじられます。義時は
「申し訳ありません」
と、頭を下げるしかありませんでした。時政がいいます。
「法王様のお墨付きだといっても、皆、信じてくれねえんですよ」
「田舎者どもめが」
と、頼朝は吐き捨てます。
「まだ佐々木の兵も来ておりません」宗時は楽観的です。「佐(すけ)殿に縁の深い、山内首藤殿もこれからです。心配ご無用」
「それでどれぐらいだ」
「少なく見積もって、100。勝ち進めば、いずれは、相模や武蔵の豪族たちも加わります。土井はすでに話がついています。さすれば……」
頼朝は声を張ります。
「初戦が大事だといったのは誰だ」
義時がいいます。
「なんとかします。300は難しくとも、明日までに二百は、そろえます。必ず」
義時は一人でも多くの兵を集めようと、周辺をまわっていました。その時、頼朝の前の妻である八重(新垣結衣)に呼び止められるのでした。
「なんだかひどく慌ただしいけど、いくさでも始まるんですか」
「私は聞いておりません」
と、義時はとぼけます。
「佐(すけ)殿は、いずれ源氏のために立ち上がると、いつもおっしゃっていました。いよいよその時が来たのかしら」
義時はとぼけ通します。しかし去り際に八重にいうのです。
「仮の話としてお聞き下さい」義時は立ち止まり、振り返ります。「いつでも逃げられるよう、支度をしておいたほうがよい、かも」
義時は相模の豪族、土肥実平(どいさねひら)(阿南健治)と話していました。土肥は義時に詰め寄ります。
「土地はどうなる。平家の好きにされぬよう、きっちりと安堵(あんど)してもらえるのか。わしらが案じておるのは、そこなのだ」
「心配無用でございます。しかし、そのためにはまず、いくさに勝たねばなりませぬ。だから……」
「佐(すけ)殿を、本当に信じてもよいのか」
そういう土肥に、義時は言葉を返すことができませんでした。
義時は、頼朝の元に戻ってきます。
「頭を下げろというのか。」頼朝は声を大きくいいます。「嫌じゃ」
義時は説得します。
「佐(すけ)殿がいえば、必ず納得すると思うのです」
「わしは源氏の頭領じゃ。なにゆえ坂東に田舎者にそこまでせねばならんのだ。断る。お前がやれ」
義時は頼朝に、顔を触れんばかりに近づきます。
「そのお考え、一日も早くお捨てになられたほうがよろしいかと存じます。確かに、我らは坂東の田舎者。しかしながら今は、その坂東の田舎者の力を合わせねばならぬ時でございます。彼らあっての佐(すけ)殿。それをお忘れなきよう」
頼朝は腹から声を出します。
「よう申した」
頼朝は土肥を訪ねます。
「よう来てくれた」頼朝は土肥の手を取ります。「これからいうこと、誰にも洩らすな、よいか。今まで黙っておったが、わしが一番頼りにしているのは、実はお前なのだ。お前の武勇は耳に入っておる。力を貸してくれ。お前なしで、どうしてわしがいくさに勝てる。どうか一緒に戦ってくれ」
土肥は感激します。
「どこまでも佐(すけ)殿に、お供いたします」
と、頭を下げるのでした。
部屋を後にした後、義時は頼朝にいいます。
「お見事でございます」
「覚えておけ。嘘も誠心誠意つけば、真(まこと)になるのだ」
と、頼朝はうそぶきます。
頼朝の従者、安達盛長(野添義弘)は、山内首藤経俊(山口馬木也)のもとを訪ねていました。山内は相模の有力武士で、頼朝の乳母である山内尼を母に持ちます。安達は山内にいいます。
「我が殿のもとで平家を倒し、この世を正そうではありませんか」
「ふざけるな」と山内はいいます。「頼朝は流人(るにん)ではないか。本気で勝てると思うておるのか。平相国(へいしょうこく)と頼朝、トラとネズミほどの差があるわい。このたびの挙兵、まさに富士の山に、犬の糞がけんかを売っているようなもの。わしは糞にたかるハエにはならん」
集まった面々を見て、頼朝は義時にいいます。
「これは負けるぞ」
その頃、八重は、父の伊東祐親(いとうすけちか)(浅野和之)に、頼朝の挙兵を伝えていました。義時の態度から、八重はそれを感じ取っていたのでした。祐親は出陣の準備を家の者に命じます。八重は祐親に、頼朝の命を助け、を再び流罪にしてくれるよう頼むのでした。
8月17日になりました。相模一の大物である大庭景親(國村隼)の館に、伊東祐親やって来ていました。頼朝に挙兵の動きがあることを伝えます。その場に山内首藤恒利もやって来て、頼朝の挙兵の計画を裏付けるのでした。大庭はいいます。
「どうやら兵を集めるのに苦労しておるようだな。この分ではとうてい挙兵などできまい」
北条宗時は、親友であり、八重の兄である伊東祐清(いとうすけきよ)(竹財輝之助)と行き交います。宗時は挙兵のことを知られてしまっていることを悟るのです。
「お前と戦うのは気が重いな」
と、祐清はいいます。
北条の者たちと頼朝が話し合います。標的としている、堤や山木が、祭りに出かけてしまうのではないかという話題が出ます。頼朝は義時に目配せします。おずおずと義時が話します。
「佐(すけ)殿は、仕切り直してはどうかと、お考えなのです」
「あせっても仕方がない。兵もまだそろっておらぬ事だし。ここは日を改めて……」
そういう頼朝の言葉を宗時はさえぎります。
「なりませぬ」
頼朝は大声を出します。
「いくさに負けて、首をさらされるのはこのわしだ」
「伊東はすでに怪しんでおります。一刻の猶予もなりませぬ。伸ばすとしても、あと一日」
「それはならん」
一日延ばすと、18日になります。毎月18日は、頼朝が殺生を控え、観音菩薩に祈る日だったのです。頼朝は、今夜出陣できる人数を聞きます。義時が答えます。
「24人」
「取りやめだ」
と、頼朝は叫びます。そして立ち上がると、その場を去って行きます。宗時は、とりあえず山木の居所を探らねばならないといいます。義時が進み出ます。
「私が聞き出して参ります」
なんと義時がやって来たのは八重の所でした。
「今夜、山木が館にいるかどうか、どうしても知りたいのです」
八重は聞きます。
「挙兵は今夜なのですね。襲うのは山木様の館」
「伊東の、じさま、に聞けば、今夜の山木の動きも分かるはず。お力をお貸しいただけませんか」
「自分のいっていることがわかっているのですか。お前は、私に父を裏切れといっているのですよ」
「八重さんは、我らの味方と思うております」
話し合いは決裂します。義時は立ち去ろうとし、振り返ります。
「坂東は、平家にくみする奴らの思うがまま。飢饉が来れば、多くの民が死にます。だから我らは立つのです」
義時は帰って八重の説得に失敗したことを話し、宗時に殴りつけられます。
八重は夫である江間次郎(芹沢興人)に祭りに誘われます。八重は夫から、山木が館にいることを聞き出すのです。八重は白い布を結んだ矢を北条の館に射込みます。
それを見つけた義時は、何かの合図ではないかと頼朝に問います。頼朝は答えます。
「八重とは人の目を盗んで会っておった。伊東の庭の梅の枝に結ばれた白い布は、今夜、会いたいということ」
「今夜、出陣せよとの合図です」義時は頼朝に近づきます。「山木は館にいます」
頼朝はうなずくのでした。
夜、かがり火に照らされた北条の庭に、鎧(よろい)に身を包んだ武者たちが集まっています。頼朝が姿を現し、宗時が叫びます。
「これより、伊豆目代(もくだい)、山木兼隆、並びに、後見、堤信遠を成敗する」
武者たちは応じます。北条時政は、裏道から密かに接近することを提案します。
「それはならぬ」と、頼朝がいいます。「我らはこれより大事(だいじ)をなすのだ。堂々と大通りを行け」
「しかし、敵に悟られてしまいます」
と、時政がいます。
「それでかまわん」頼朝の態度は、いつになく堂々としています。「一同、京におあす院の思し召し(おぼしめし)である。山木が首、見事、あげてまいれ」
武者たちは大きく応じます。
武者たちは、祭りで賑わう大通りを通っていきます。8月17日の深夜、北条宗時率いる頼朝の軍勢は、北条館を出発しました。夫に連れられた八重も、その光景を見ています。
堤信遠の館にたどり着き、武装した武者たちは持ち場につきます。佐々木経高(つねたか)が一本の火矢を放ちます。この瞬間から、四年七ヶ月に及ぶ、源平合戦が始まるのです。
『映画に溺れて』第475回 エネミー・オブ・アメリカ
第475回 エネミー・オブ・アメリカ
平成十一年四月(1999)
渋谷 渋東シネタワー2
二十世紀末、コンピューターは市民生活の隅々にまで浸透し、電話やインターネットによる通信、各所の防犯監視カメラ、個人の銀行口座まで管理している。
国家保安局幹部レイノルズはテロ対策を口実に、国民を徹底的に監視する法案を通過させるため、反対派の議員を保安局の部下に事故に見せかけ殺害させる。
その現場が野鳥観察用の自動カメラに収められており、カメラの所有者の写真家は身の危険を感じ、ディスクをゲーム機に入れて逃走、たまたま路上で旧友の弁護士ディーンに出会い、とっさにゲーム機をディーンの紙袋に隠し、直後に保安局に追われ車に跳ねられ即死。国家保安局は監視カメラからディーンと写真家の接触を探知、通信衛星を使ってディーンの身辺を洗う。
旧友との偶然の出会いから保安局の陰謀に巻き込まれたディーンに次々と災難がふりかかる。保安局の偽情報によって弁護士事務所を解雇され、不倫を疑われて妻から家を追い出され、銀行口座を凍結されてクレジットカードも使えない。その上、かつての恋人で情報屋のレイチェルが保安局の工作員に殺され、殺人犯に仕立てられる。
追い詰められたディーンはレイチェルのボスで腕のいい情報屋ブリルに連絡を取る。接触を探知した保安局はブリルにも手を回し、危険を察したブリルは仕方なくディーンを助けることになる。ブリルは元保安局の工作員で、監視システムを知り尽くしており、反撃に出る。そして、痛快な結末。
が、今はもう二十一世紀、監視システムはさらに進歩しており、知らない間にプライバシーはないも同然かもしれない。
ディーンがウィル・スミス、情報屋ブリルがジーン・ハックマン、保安局レイノルズがジョン・ボイト。殺害される議員がジェイソン・ロバーズ。渋い配役である。
エネミー・オブ・アメリカ/Enemy of the Stated
1998 アメリカ/公開1999
監督:トニー・スコット
出演: ウィル・スミス、ジーン・ハックマン、ジョン・ボイト、リサ・ボネ、レジーナ・キング、スチュアート・ウィルソン、ガブリエル・バーン、トム・サイズモア、ローレン・ディーン、バリー・ペッパー、イアン・ハート、ジャック・ブラック、ジェイソン・ロバーズ