『映画に溺れて』第511回 アダプテーション
第511回 アダプテーション
スパイク・ジョーンズ監督『マルコビッチの穴』で脚本家として一躍注目されたチャーリー・カウフマンだが、撮影現場では影が薄く、ヒロイン役のキャサリン・キーナーにも無視され、関係者とみなされずスタッフにスタジオから追い出される始末。
そんな彼に美人プロデューサーから脚本の依頼がくる。題材は『蘭につかれた男』というニューヨーカー誌の記者が書いたノンフィクション。劣等感と自意識過剰で汗びっしょりになりながら、カウフマンはプロデューサーに伝える。僕の作品にはセックスも銃撃もカーチェイスも苦難を乗り越えて成長する主人公も出しません。
が、ほとんど起伏のないノンフィクションが原作では執筆は全然進まず、気晴らしにデートしても相手の女性にキスさえできず、机に向かって知り合いの女性たちを思い浮かべながらマスターベーションに耽るだけ。
チャーリーの双子の弟ドナルド・カウフマンは兄とは正反対の軽薄で調子のいい男。なにをやっても長続きせず、兄に刺激されシナリオ講座に通って『3』という犯罪ものを執筆する。なんと犯人と人質と刑事が三重人格の同一人物というとんでもない脚本。それがチャーリーの代理人に受けて、高く売れそう。ますます腐るチャーリー。
悩んでいても脚本は進まない。そこで『蘭につかれた男』の原作者ニューヨーカー誌記者のスーザンに接近しようとする。彼女は取材を通じて出会った蘭コレクターのラロシュと不倫の仲となっていた。
ドナルドとともにスーザンを追跡したチャーリーは本に書かれていない事実、スーザンとラロシュのベッドシーンを目撃、銃を持ったふたりに追われ、カーチェイスの末、ドナルドが撃たれて死亡。そしてようやく完成したのがこの映画である。という嘘と本当を混ぜ合わせたメタフィクション。クレジットの最後にもっともらしく「ドナルド・カウフマンを偲んで」と追悼の言葉が出る。ニコラス・ケイジがひとり二役で実在のチャーリー・カウフマンと架空のドナルドを楽し気に演じている。
アダプテーション/Adaptation.
2002 アメリカ/公開2003
監督:スパイク・ジョーンズ
出演:ニコラス・ケイジ、メリル・ストリープ、クリス・クーパー、ティルダ・スウィントン、ブライアン・コックス、マギー・ジレンホール、カーラ・シーモア
『映画に溺れて』第510回 キャメラを止めるな!
第510回 キャメラを止めるな!
令和四年七月(2022)
立川 キノシネマ立川
リメイクは難しい。どんなに上手に模倣しても、それはオリジナルが素晴らしいからで、たいして手柄にはならない。模倣が下手で見劣りしたり、余計なアイディアを加えて失敗したら、オリジナルファンから罵倒されることになる。
大ヒット作のリメイクの場合、オリジナルを観ているからもういいという人が多いので、興行的にもさほど成功するとは思えない。私が記憶する成功例は黒澤明の『七人の侍』をアメリカの西部劇に置き換えた『荒野の七人』であろうか。
それはさておき、二〇一八年の日本映画界の話題を独占した大ヒット作『カメラを止めるな!』がフランスでリメイクされた。
オリジナル版は映画製作現場を描いたトリュフォーの『アメリカの夜』を連想させるドラマであり、低予算B級ゾンビ映画の撮影過程で次々と発生するトラブルが笑いを生む。これがどんなフランス映画になるのだろうか。と思っていたら、最初の短編ゾンビ映画の場面からして、フランス人が演じているのに役名がみな日本名。安い、早い、出来はそこそこの監督レミーに日本のプロデューサーから仕事の依頼が舞い込むというオリジナル通りのストーリーが展開する。
監督役の俳優がメイク係役の女優と不倫で事故に遇い、急遽、監督のレミー自身が監督しながら監督役も演じ、現場に見学に来ていた監督の妻の元女優ナディアがメイク係を演じる。レミーがフランス風にアレンジした場面や登場人物の役名が日本のプロデューサーの意向で一字一句変更できなくなる。という場面などはフランス風だが、全体としてはほとんどオリジナルのままなのだ。オリジナルのアイディアの巧みさを改めて実感する。
オリジナル版『カメラを止めるな!』は監督や俳優たちがお金を出し合って作った自主映画だったが、今回のフランス版『キャメラを止めるな!』は、監督がミシェル・アザナヴィシウス、主演のレミー役がロマン・デュリス、ナディア役がベレニス・ベジョと大物ぞろい。オリジナルと見比べるのもまた映画ファンの大いなる楽しみである。
キャメラを止めるな!/Coupez!
2022 フランス/公開2022
出演:ロマン・デュリス、ベレニス・ベジョ、グレゴリー・ガドゥボワ、フィネガン・オールドフィールド、マチルダ・ルッツ、セバスティアン・シャッサーニェ
大河ドラマウォッチ「鎌倉殿の13人」 第32回 災いの種
北条一門が集まって、頼家(金子大地)について話しています。大江広元(栗原英雄)が報告します。
「恐ろしいばかりのご回復ぶり。まさに神仏のご加護だと、医者は申しておりました」
「医者の野郎、余計なことをしやがって」
「すべてわたくしのせいです。事を急ぎすぎました」
時政の妻の、りく(宮沢りえ)が不安を訴えます。
「この先どうなさるのですか。次の鎌倉殿は」
時政が答えます。
「頼家様が生き返ったからには……」
実衣(宮澤エマ)が時政の言葉をさえぎります。
「馬鹿なこといわないで。千幡様で話は進んでいるんですから」
政子がいいます。
「だけど、頼家は」
りくが提案します。
「ここは仏門に入っていただきましょう」
実衣もいいます。
「頭、剃っているんだし、ちょうどいいわ」
政子が声を荒げます。
「よくそんなことがいえるわね」
実衣がいい返します。
「今さら息を吹き返したって、遅いのよ」
見かねた義時(小栗旬)が大声を出します。
「少しは黙っていろ」義時は声を平静に戻し、皆にいいます。「まずは、頼家様にどう話すか」
時政がため息と共にいいます。
「怒るだろうな」時政は時房(瀬戸康史)にいいます。「お前いってくれるか」
「えっ」と、時房は眉を上げます。「頼家様が寝てらっしゃる間に、比企と身内をまとめて滅ぼしました。いえる訳ないでしょう」
政子がいいます。
「せめてもの救いは、一幡が生きていること」皆が驚くのに構わず、政子は続けます。「小四郎(義時)にお願いしたのです。あの子だけは助けてやりなさいって」
大江がいいます。
「千幡様を、征夷大将軍に任じていただくための使者は、すでに都へ発ちました。止めるなら今ですが。ご決断を」
座が静まってから、義時が話します。
「答えはとうに出ている。頼家様がすべてを知れば、北条をお許しにはならない。ここは、頼家様が息を吹き返される前に戻す。それしか道はない」
政子は義時と二人きりで話します。
「一幡を助けると誓ったではないですか」と、政子は義時を責めます。「はじめから助ける気などなかった。義高(よしたか)の時と同じ。北条は比企の敵(かたき)。生きていれば何をしでかすか分からない。だから葬(ほうむ)った。違いますか」政子は義時に平手打ちを見舞います。「あなたはわたくしの孫を殺した。頼朝様の孫を殺した」
やがて義時がいいます。
「一幡様には、いてもらっては困るのです」
「頼家も殺すつもりですか」
との政子の問いに、義時は首を振ってみせるのでした。
これまでの事情を、頼家に、政子が話すことになります。
「比企が滅んだというのですか」と、頼家は驚きます。「ということは、せつ、はもうこの世にいないということですか。一幡も。信じられません。なぜだ」
「誰もあなたが助かるとは思ってなかった」
政子は絶望した比企の一族が、みずから館に火を放ち、命を断ったと説明します。
「北条の奴らだ」と、頼家は見抜きます。「あいつらが比企の舅(しゅうと)殿を、せつを、一幡を」頼家は涙を流します。やがて立ち上がって叫びます。「北条をわしは絶対に許さん。お前もだ」
と、頼家は政子を指さすのでした。
その頃、京都では、後鳥羽上皇(ごとばじょうこう)(尾上松也)が、頼家危篤(きとく)の知らせを受け取っていました。弟に後を継がせ、征夷大将軍に任じて欲しいと文書(もんじょ)にあります。
「どう思う」
と、後鳥羽上皇は、僧の慈円(じえん)(山寺宏一)に聞きます。夢を見ました、と、慈円は話し始めます。壇ノ浦に沈んだ三種の神器の、宝剣の代わりが、武家の棟梁、鎌倉の将軍だと。後鳥羽上皇は、一幡が同時に元服するとの一文を見つけます。自分が名付け親になることを思いつくのです。後白河上皇は「実朝(さねとも)」の名を贈るのでした。
頼家は比企の館を前にします。完全に焼け落ちたそれを確認するのでした。
頼家は和田義盛(横田栄司)と、仁田忠常(高岸宏行)を呼び出し、北条時政の首をとってこいと命じます。
和田は悩んだ末、それを時政に伝えます。
りくが時政に訴えます。
「このままでは、ゆっくり眠ることもできませぬ。いつ頼家の息のかかった連中が、押し寄せてくるかも知れないではないですか」りくはいい放ちます。「ここは死んでいただきましょう」
さすがの時政も振り返ります。
「怖いことを申すな」
「もともと死んでいたのです。元の形に戻すだけ」
「無理をいうな」
「あのお方がいる限り、必ず災いの種となります。千幡様のため、北条のため、私のために腹をくくってください」
仁田忠常が、義時に相談があると待っていました。義時は、急いで館に戻らなければならない、またにしてくれと断ります。
館に戻った義時は、息子の泰時(坂口健太郎)から、一幡が死んでいないことを伝えられるのです。
館を出ようとする義時は、妻の比奈(堀田真由)に、離縁してくれるように求められます。比企の滅んだ今、比奈の居場所はありません。
「すまない」
と、義時は比奈を抱きしめるのでした。比奈は鎌倉を去り、四年後、京で生涯を終えたと記録にあります。
義時は善児(梶原善)を訪ねていました。そこに一幡がいたのです。
「あれは生きていてはいけない命だ」
と、義時はいいます。
「できねえ」善児は首を振ります。「わしを、好いてくれている」
善児は刃物を持ち、一幡に近づきます。しかし一幡の笑顔を見て立ち止まるのです。善児を追い越し、短刀を隠した義時が一幡に寄ろうとします。善児の後継者であるトウ(山本千尋)が、一幡を違う遊びに連れて行きます。
帰って来た義時は、仁田忠常が死んだことを知らされます。その死体を前にし、
「なぜだ」
と、つぶやきます。
義時は頼家と話します。
「頼家様の、軽々しい一言が、忠義にあつい真(まこと)の坂東武者を、この世から消してしまわれたのです」
頼家はいいます。
「わしが悪いようにいうな。もともとは北条が……」
「もちろん、そうでございます。しかしよろしいですか。頼家様のお気持ちが変らぬ限り、同じことがまた繰り返されるのです。お分かりいただきたい」
義時は政子たちと話します。
「やはり、頼家様には鎌倉を離れていただくしかない」
政子が聞きます。
「どこへ追いやるのです」
時房が答えます。
「伊豆の修善寺で、仏の道を究(きわ)めていただきます」
義時が続けます。
「頼家様ご自身のためを思えば、これが最善」
政子がいいます。
「本当に、あの子のためになるのですか」
時政が発言します。
「鎌倉におって、目の前で千幡が、鎌倉殿になるのを見るのはつらかろう。それが一番だと思うぞ」
嫌がる頼家に、
「御家人一同の総意にございます」
と、大江広元が宣言します。三浦義村(山本耕史)と和田義盛が左右をつかみ、頼家を連れ出します。頼家は二人を振り払って倒れ、子供のように泣きじゃくるのでした。
建仁三年(1202)十月八日。千幡の元服の儀式が盛大に行われます。
一方、頼家は、鎌倉を離れ、伊豆の修善寺へと送られました。
居並んだ御家人たちが、千幡に頭を下げます。
「よろしく頼む」
と、千幡は声を掛けます。新たな鎌倉殿、三代将軍源実朝の誕生でした。
頼家の子である善哉(ぜんざい)に、老婆が声を掛けます。それは頼朝の乳母(めのと)であった、比企尼(ひきのあま)(草笛光子)でした。
「北条を、許してはなりませぬぞ。あなたの父を追いやり、あなたの兄を殺した、北条を。あなたこそが、次の鎌倉殿になるべきお方。それを阻(はば)んだのは、北条時政。義時。そして、政子。あの者たちを決して許してはなりませぬぞ。北条を、許してはなりませぬ」
『映画に溺れて』第509回 バッドマン 史上最低のスーパーヒーロー
第509回 バッドマン 史上最低のスーパーヒーロー
令和四年七月(2022)
吉祥寺 アップリンク吉祥寺
バットマンではなく、バッドマンである。
DCやマーベルのアメリカンコミックを意識したパロディではあるが、フランス映画なのでひねりがあり、下ネタもけっこう多い。
主人公は売れない俳優のセドリック。夢は有名になって父を喜ばせること。が、今までの大きな仕事といえばコンドームのTVコマーシャルに出ただけ。そのコマーシャルを製作した女性プロデューサーが彼に映画主演の話を持ってくる。
黒いレザースーツの謎のヒーローが白塗りの悪人ピエロと戦うというもの。バットマンですか。いいえ、バッドマンよ。が、ほとんどバットマン。
運よく主演に決まり、悪友たちの祝福を受けながら、セドリックは体を鍛え、仕事に臨む。ピエロ役の元大物スターに見下されながらも撮影は順調に進むが、休憩中に妹から電話が入る。警察署長をしている父が事故で入院したとの知らせ。セドリックはとっさに衣装のままスタジオのバッドモービルに飛び乗り、病院を目指すが、スピードを出しすぎて銀行のATMに激突。
事故で記憶を失ったセドリックは着ている衣装や車の中にある小道具から、自分がヒーローであると思い込み、映画の筋書きで悪の組織に監禁されている設定の妻と息子を救うためピエロの屋敷を目指す。
兵士あがりの妹がセドリックの駄目な悪友ふたりを引き連れて、兄の行方を追う。
これに警察署長の父や本物の凶悪強盗やハリウッドスターも絡み、ドタバタから下ネタ、本格的なアクションもあって、約束通りのハッピーエンド。
セドリックの父親の警察署長を演じているのが、かつての二枚目、ジャン=ユーグ・アングラードだった。
バッドマン 史上最低のスーパーヒーロー/Super-heros malgre lui
2021 フランス・ベルギー/公開2022
監督:フィリップ・ラショー
出演:ジュリアン・アルッティ、タレク・ブダリ、エロディ・フォンタン、アリス・デュフォア、ジャン=ユーグ・アングラード、アムール・ワケド
大河ドラマウォッチ「鎌倉殿の13人」 第31回 諦めの悪い男
比企能員(佐藤二朗)、北条時政(坂東彌十郎)らが、源頼家の容体について聞きます。息はしているのか
「頼朝様の時と同じです」
書庫で比企能員が話します。
「一幡(いちまん)様に鎌倉殿になっていただくためには、朝廷のお許しがいるのだったな」
「日本国総守護に任じていただきます」
「さっそく朝廷に願い出よ」
という比企に、義時(小栗旬)が声を掛けます。
「鎌倉殿は亡くなると決まったわけではありません」
比企はいいます。
「鎌倉殿が助かる見込みは、百に一つじゃ」比企能員は宣言します。「一幡様を跡継ぎにというのは、鎌倉殿のご意志である」
この時点で、次の鎌倉殿になる可能性のあるのは、頼家の弟、千幡(せんまん)。頼家の子である、一幡と善哉(ぜんざい)の三人です。一幡には比企が、善哉には三浦が、千幡には北条が、それぞれ乳母(めのと)としてついています。
義時は比企能員を渡り廊下で呼び止めます。
「思い通りには、決してさせん」
比企はにこやかな表情で話します。
「鎌倉殿が一日も早く、お元気になられるのを祈るばかりじゃのう」
北条の一族が集まります。時政がいいます。
「すぐに比企の館へ攻め込もうぜ」
「お待ちください。比企は、いくさ支度を整えていると聞きます。今、攻め込めば、大きないくさになります」
義時もいいます。
「鎌倉を火の海にすることだけは避けたい。比企は、一幡様を、次の鎌倉殿にしようとしている。まずはこれを止める」義時は皆にいいます。「千幡様は元服されても良いお歳。御家人たちも納得する。それがかなわなかった時、初めて兵を用いる。父上、畠山殿、戦う支度はしておいてください」
話し合いが終わった後、義時は時政の妻のりく(宮沢りえ)に呼び止められます。
「比企を滅ぼすとして、そなたはどうするのですか。幼い千幡様に、政(まつりごと)が務まりますか。あなたがやるのですか。北条の総領(そうりょう)は、我が夫。お忘れになりませぬよう」
義時はりくを振り返ります。
「正直なところをうかがいます。母上は、父上に政(まつりごと)が務まるとお考えでしょうか」
「もちろん。あなたは何も分かっていない。私は我が夫の器を信じています」
義時は書庫で、大江広元などもいる中、比企能員に呼びかけます。
「提案がござる。鎌倉殿のお役目を、千幡様と一幡様で、二つに分けるというのは」義時の息子の泰時(坂口健太郎)が地図を広げます。「関東二十八カ国の御家人を、一幡様に。関西三十八カ国の御家人を、千幡様に仕えさせます」
比企能員は笑顔で地図を破ってからいいます。
「鎌倉殿は一幡様、ただお一人」
「比企殿が受け入れるとは、とても思えませんでした。それはあなたも同じはず」
義時ははいいます。
「やれることはやりました。方々(かたがた)、拒(こば)んだのは向こうでござる」
帰りの渡り廊下で、義時は息子の泰時に語ります。
「これで大義名分が立った。比企を滅ぼす」
八月末日。容体の戻らない頼家が、床の上で出家します。
「一つだけお願い」と、政子が横に座る義時にいいます。「一幡の命は助けてあげて。頼朝様の血を引くものを殺(あや)めるなんて、あってはなりません」
「一幡様には」義時は政子を見ようともしません。「仏門に入っていただきます」
「誓いなさい」
「誓います」
しかし義時は泰時にいうのです。
「太郎。いくさになったら、真っ先に一幡様を殺せ。生きていれば、必ず禍(わざわい)の種となる。母親ともども」
義時は父の時政と話します。
「千幡様はまだ幼い。鎌倉を率いていくのは北条ということになります。率直におうかがいします。父上にその……」
時政は義時に続けさせずにいいます。
「その覚悟はあるかってことだな。あるよ。りくから聞いておる。あれは誰よりわしのことを分かっておる。そのりくが申しておるのだから、なんとかなるよ」
「父上の本心をおたずねしています」
「わしには、大事にしているものが三つある。伊豆の地と、りくと、息子たちと娘たちじゃ。その三つを死に物狂いで守る。それがわしの天命じゃ。この先は、北条を守り抜いてみせる。鎌倉のてっぺんに立って、北条の世をつくってみせる。ああ、やってやるよ。もちろん、頼朝様みてえに、細かい目配りはできねえ」時政は義時の前に座ります。「おまえの力も借りることになるだろうが、いいか」
「もちろんでございます」
「まずは比企討伐じゃ」
「その前に」
「なんだ」
「もう一度だけ、能員殿と話してみようと思います」
「おめーも、諦(あきら)めの悪い男だな。よっしゃ、その役目、わしが引き受けよう。お前じゃ、もう、らちがあかねえ。向こうが承知すれば御の字。かなわなければ」
父子はうなずき合うのでした。
比企能員が、執務室に一人座っています。時政はその隣に立ちます。能員の方から話しかけて来るのです。
「実はいまだに、悔やんでいることがあってな。頼朝様の挙兵を聞いたとき、わしは様子を見た。あの時、比企が加わっていたら、頼朝様は石橋山で勝っておられたかもしれん。さすればわしは、北条より、もっと上に立てたかもしれん。おかげでずいぶんと、遠回りをしてしまった」比企能員は時政を見上げます。「よく見切ったなあ」
時政は比企能員の隣に腰を下ろします。
「わしは源頼朝という男を信じておった。この婿は、いずれでかいことを成し遂げる」
「たいしたものだ」
と、比企能員が感心します。時政が向き直ります。
「ここらで手を打たんか。小四郎の考えた案を受け入れてくれ」
「断る」
「もう御家人同士のいくさはたくさんなんじゃ」
「それはこちらも同じ。しかし、あれはいかん」
「頼む」
「泣き落としが通じるはずもなかろう」比企能員は顔をそらします。「これ以上話すことはなさそうだな」
「そのようだな」
立ち去ろうとする比企能員に、時政は声を掛けます。
「一ついいことを教えてやろう。悔やむ事なんざ何一つねえぞ。あの時お前が加勢したところで、頼朝様は、負けておったわ」
時政は義時の所に行き、
「手はずを聞かせてくれ」
というのでした。
建仁三年(1203)九月二日。
比企能員の所へ、時政から和議を求める文(ふみ)が送られてきます。比企能員は、一人で時政の館に出かけていこうとします。
「軍勢が来たと思われれば、その場でいくさになりかねん。時政も坂東武者。太刀も持たぬ者を殺せば、末代までの恥となることぐらい、分かっておる」比企能員は妻におどけていいます。「肝の据(す)わったところを見せてやる」
比企能員は、時政の館を案内されます。
「どうぞ」
と、仁田常忠(高岸宏行)に促されて入った先に、鎧を着込んだ時政がいたのです。
「待っておったぞ、能員」
そういう時政に対して、比企能員は苦笑して見せます。
「何のつもりじゃ」
義時をはじめとする、鎧武者たちが部屋に走り込んできます。比企能員はいいます。
「見て分からんか。丸腰じゃ」
「そのようだな」
と、時政はとぼけた声を出します。
「お前も坂東武者の端くれならば、わしを斬ればどうなるか」
「お前さんは、坂東生まれじゃねえから、分からねえだろうが」時政は平然といってのけます。「坂東武者ってのはな、勝つためには何でもするんだ。名前に傷がつくぐれえ、屁でもねえさ」
義時が比企のまわりを回ります。
「比企能員。謀反の罪で、討ち取る」
義時から太刀を受け取った仁田忠常が、斬りかかります。しかし比企能員は庭に逃亡するのです。しかしついには北条の兵に取り押さえられます。実は比企能員は鎧を着込んでいたのでした。時政が比企能員に近づきます。
「その思い切りの悪さが、わしらの命運を分けたんじゃ。北条は挙兵に加わり、比企は二の足を踏んだ」
「わが比企一門を」比企能員は叫びます。「取るに足らん伊豆の獣と一緒にするな」
「やれ」
と、義時は仁田忠常に命じます。仁田は比企能員の首に、刃を差し込むのでした。
北条一族と、それに味方する御家人たちは、比企の館に討ち入ります。比企能員の娘、せつ(山谷花純)は、その子、一幡と共に逃げようとしますが、善児(梶原善)の後継者であるトウ(山本千尋)に刺されます。善児も一幡に近づくのでした。
義時の所に、異母弟の、北条時房(時連から改名)(瀬戸康司)がやって来ます。
「すべて終わりました」
義時は北条政子を前にしていました。
「千幡様に鎌倉殿になっていただく沙汰(さた)をすすめます」
立ち上がろうとする義時に、政子がいいます。
「一幡は無事なのですね」
義時はまた座ります。
「生きていると分かれば、担ぎ上げようとする輩(やから)が現れないとも限らない。今は、行方知れずということにしてあります」
「これで良かったのですね」
「良かったかどうかは分かりません。しかし、これしか道はありませんでした」
義時は政子の前から立ち去ります。
義時は兄の宗時(片岡愛之助)の言葉を思い出します。
「小四郎。俺はこの坂東を、俺たちだけのものにしたいんだ。坂東武者の世をつくる。そして、そのてっぺんに北条が立つ」
正式な形で、時政は北条政子に報告をします。
「鎌倉をわがものにしようとした比企能員でございましたが、わが北条の手により、一族郎党、すべて討ち取りましてございます」
「ご苦労でした」
と、政子は声を掛けます。義時が発言します。
「残念ながら、一幡様はいまだ行方知れず。新たな鎌倉殿は、千幡様にお願いすることになりました。北条殿(時政)には、将軍後後見人になっていただきます。千幡様をお助けし、この後(のち)は、北条殿が政(まつりごと)を行います」
そこへ知らせが入るのです。頼家が意識を取り戻しました。
皆が訪れると、頼家は床から起き上がっています。
「ずいぶん寝た気がする。すぐにでも一幡に会いたい。せつを呼んでくれ。頭がぼんやりする」
そして頼家は、自分のそり上げられた頭に気付くのでした。
『映画に溺れて』第508回 スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム
第508回 スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム
令和四年一月(2022)
立川 TOHOシネマズ立川立飛
スーパーマン、バットマン、スパイダーマン、DCやマーベルの人気コミックは昔からTVや映画で何度も繰り返し映像化されている。
近年でも人気キャラクターはシリーズ化され、さらに主演俳優を替えて新シリーズが作られる。
一九六〇年代にコミックとして登場したスパイダーマンは、TVアニメやTVドラマになり、今世紀になってトビー・マグワイヤ主演の第一シリーズが三作、アンドリュー・ガーフィールド主演の第二シリーズが二作、そしてトム・ホランド主演の第三シリーズが三作作られた。その第三シリーズの三作目が『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』なのである。
トム・ホランドのスパイダーマンはその前にマーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)のアベンジャーシリーズに参加しているため、『スパイダーマン』第三シリーズには他のマーベルヒーロー、アイアンマンやドクター・ストレンジが絡んでくる。
前作『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』のラストシーンでスパイダーマンであることが世間に暴露されたピーター・パーカーはドクター・ストレンジを訪ね、魔法で人々の記憶からスパイダーマンの正体の記憶を消してほしいと依頼する。
渋々承知したストレンジが呪文をとなえている間に、ピーターが何度も横やりを入れるので、魔術が失敗して時空が歪み、別の次元が現実世界に紛れ込む。
そこに出現するのが、第一シリーズのグリーンゴブリン、ドクターオクトパス、サンドマン、第二シリーズのリザード、エレクトロといった悪役たち。さらに驚くべきは、トビー・マグワイアとアンドリュー・ガーフィールドの初代、二代目のスパイダーマンさえ時空の歪みから出現。ここまでくると、このなんでもありのごった煮感こそが、究極のパロディではないかと思ってしまう。よくぞここまで遊んでくれたと喜ぶファンは多いだろう。
スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム/Spider-Man: No Way Home
2021 アメリカ/公開2022
監督:ジョン・ワッツ
出演:トム・ホランド、ゼンデイヤ、ベネディクト・カンバーバッチ、ジェイコブ・バタロン、ジョン・ファヴロー、ジェイミー・フォックス、ウィレム・デフォー、アルフレッド・モリーナ、マリサ・トメイ、アンドリュー・ガーフィールド、トビー・マグワイア
『映画に溺れて』第507回 大怪獣のあとしまつ
第507回 大怪獣のあとしまつ
令和四年二月(2022)
立川 TOHOシネマズ立川立飛
以前、ハヤカワ文庫から『キング・コングのライヴァルたち』と題するパロディ集が翻訳され、その中にフィリップ・ホセ・ファーマーの『キング・コング墜落のあと』という短編が収録されていた。ある老人が孫娘とTVで昔の映画『キング・コング』を見ていて、四十年以上前にエンパイヤステートビルから落下したキング・コングを現場で目撃したことを回想する。道路をふさぐコングの死体について、衛生局、警察、興行師、空軍、運輸省、劇場側などで様々な意見や要求が出て、ようやく交通妨害になるとの理由で片付けられた。
『大怪獣のあとしまつ』を観て、真っ先に思いだしたのがこの短編だった。
私が子供の頃、一九六〇年代は怪獣映画の全盛期で、東宝は次々とゴジラの新作を作り、大映はガメラをシリーズ化し、TVではウルトラマンが毎週、怪獣たちと戦っていた。ゴジラはシリーズなので簡単には退治されないが、ウルトラマンは毎回、怪獣を倒して終わる。が、終わったあと、その死体をどうするのかなどとは、考えもしなかった。体長八メートルのコングと違い、怪獣たちはどれも恐ろしく巨大なのだ。
そこに目をつけたのが『大怪獣のあとしまつ』である。監督が『転々』や『インスタント沼』の三木聡なので、遊び心満載。大臣たちが延々と会議を続けるのはシン・ゴジラだし、だれも責任を取りたがらず死体処理の担当がなかなか決まらなかったり、会議の結果、怪獣に付けられた名前「希望」を新元号のようにものものしく発表したり。大臣を演じるのが西田敏行、ふせえり、岩松了、嶋田久作、笹野高史といったアクの強い面々。設定からしてパロディであり、コメディである。東宝の怪獣映画やウルトラマンやウルトラQやマタンゴまで入っている。果たして怪獣の死体は始末されるのか。
この映画の少しあとに『シン・ウルトラマン』が公開されたが、『大怪獣のあとしまつ』で国防大臣だった岩松了が防衛大臣を続投、外務大臣だった嶋田久作が首相に出世していた。
大怪獣のあとしまつ
2022
監督:三木聡
出演:山田涼介、土屋太鳳、濱田岳、眞島秀和、ふせえり、六角精児、矢柴俊博、有薗芳記、SUMIRE、笠兼三、MEGUMI、岩松了、田中要次、銀粉蝶、嶋田久作、笹野高史、菊地凛子、二階堂ふみ、染谷将太、松重豊、オダギリジョー、西田敏行
大河ドラマウォッチ「鎌倉殿の13人」 第30回 全成の確率
蹴鞠を教えていた平知康(矢柴俊博)は、お役御免となり、京に戻ることになります。義時(小栗旬)の異母弟である北条時連(瀬戸康司)は、最後の授業を受けていたとき、縁の下にある人形(ひとがた)を見つけるのでした。
頼家(金子大地)は人形を握っています。比企能員(佐藤二朗)がいいます。
「鎌倉殿の、突然の病(やまい)。原因は、これにあったようです。一大事でございますぞ」
「誰がやった」
と、頼家は比企を振り返ります。
「心当たりはひとりしかおりません」
「叔父上」
全成の所に、比企の衆がやって来ます。頼家の命により、館の中を検(あらた)めるというのです。
全成は頼家に呼び出されます。全成の前に館で見つけられた、人形を作る道具が並べられます。
全成は自分ではないと、いい張り続けますが、比企の衆から、激しい暴行を受けることになります。
義時は書庫で、比企能員と話します。
「全成殿は、今や、頼朝様のただひとりの弟。それなりの礼を持っていただかねば困ります」
比企は書物を棚に返します。
「あの者は、鎌倉殿を呪い殺そうとしたのだ」
「全成殿は北条の縁者。度を過ぎれば、取り返しのつかないことに」
「わしはなあ、小四郎。これが、全成ひとりの仕業ではないと思っておる」
義時は北条一族が顔をそろえる中、父の時政を怒鳴りつけます。
「ご自分のやったことが分かっているのですか」
その場に、りく(宮沢りえ)が現れます。
「私たちは関わりないといったはずです。全成殿がご自分で考えたこと」
実衣(宮澤エマ)が立ち上がって、りくに詰め寄ります。
「あの人に罪をかぶせるおつもりですか」
「もういい。命まで奪うつもりはなかったんじゃ」と、時政が白状します。「ちょっと病になってくれたら御の字だって」
義時は時政を見下ろします。
「比企は一戦を辞さぬ構えです」
「よし、分かった」
と、時政は立ち上がります。
「どちらへ」
と、りくが聞きます。
「名乗り出てくる」と、時政は答えます。「全成殿を許してもらうんだ」
義時が叫びます。
「それこそ比企の思うつぼ。向こうは、北条を潰してしまいたくて、仕方がないのです」
ならばどうしたらいいのかと聞く時政に、義時は畠山重忠(中川大志)に、背を叩いて合図します。畠山が話し出します。
「まずはいくさの支度を整えます」
「比企と戦うのですか」
と、義時の息子の泰時(坂口健太郎)が聞きます。
「やるか」
と、時政は乗り気です。畠山は慌てます。
「そうではありません。ここは、応じる構えを見せる。そうしなければ、それこそ、容易に攻められてしまいます」
義時が後を続けます。
「そしていくさにならないように、ほかの御家人たちに声をかける。仲裁してもらうんだ」
「乗ってきますか」
と、泰時が聞きます。
「来る」義時は断言します。「御家人たちにしてみれば、比企に勝たれても面白くない」
畠山が継いで話します。
「まずは三浦、和田から声を掛けます」
「うちの人は」
と、美衣がすがるようにいいます。義時が断言します。
「この策で必ず救い出す」
実衣は頭を下げるのでした。義時は実衣の身も心配します。しばらく政子に預かってもらうことにします。
「命乞いか」
と、聞く三浦。義時はいいます。
「できるだけたくさんの御家人の名前を集めて欲しい」
畠山が言い添えます。
「つまり、梶原景時の逆をやるんです。それをもって、仲裁の訴えとします」
「集まるかなあ」というのは和田義盛(横田栄司)です。「俺もそうだが、全成殿って、ぼんやりとしか知らねえんだよ。源氏の流れの坊主ってことぐらい」
義時がいいます。
「これは全成殿だけに留まらないんだ。比企殿の思い一つで、首をはねられる。そんなことがあってはならない」
またしても畠山が言葉を添えます。
「明日は我が身と思ってください」
「後は任せろ」と、三浦が請け負います。「それにしても面白くなってきたな。梶原はいなくなり、いよいよ北条と比企の一騎打ちか」
義時の妻の比奈(堀田真由)は、少しでも何とかしようと、比企能員の所に来ていました。比企能員は、比奈の叔父に当たります。自分は比企と北条の架け橋だと延べる比奈。しかし比企能員は、橋というのは、川のどちら側の持ち物なのか、などと妻の道(堀内敬子)に問います。道はさらにいいます。木橋ならば、真ん中で分ければいいが、人ではそうはいかない。そこに兵を呼ぶ手はずが整ったとの知らせが入るのです。比企能員はいいます。
「もしいくさになれば、北条の者はすべて滅ぼす。お前は比企の家に生まれ、比企で育った。それをくれぐれも忘れてはならんぞ」
頼家に仕える若武者たちが、実衣を引き渡すよう、政子の館にやって来ます。泰時が対応しますが、らちがあきません。そこへ政子が駆けつけるのです。若武者を代表して、北条時連(瀬戸康史)が話します。
「鎌倉殿が、姉上を連れてこいと申されています」
政子がいいます。
「話を聞きたいのならば、自分でここに来るようにと、頼家にそう伝えなさい」
話が通じないと知ると、政子は突き当たりの扉を開けます。そこには鎧に身をかためたにった仁田忠常(高岸宏行)が待機していたのです。
政子は頼家の所に抗議に訪れます。
「全成殿はあなたの叔父ではないですか」
「その叔父に私は殺されそうになったのです」
と、頼家はいい放ちます。御家人たちによる、全成の許しを願う申状(もうしじょう)が頼家に渡されます。比企能員がいいます。
「全成殿が鎌倉殿に呪詛(じゅそ)を掛けたことは明白。焚きつけた実衣殿も同罪にござる」
結局、頼家は、実衣を許すことにします。全成に対しては、流罪と決めます。
「例の所領の再分配の件で、御家人たちから比企殿に、申し立てが来ています」
大江は山ほどある文書を差し出します。比企は義時に意見を求めます。
「所領の少ない御家人たちは、土地を与えられることを喜んでおります。しかしその土地は、我ら含め、所領を多く抱える御家人から召し上げるもの。文句が出て当たり前」
「無理があるんだよ」と、いい始めたのは八田知家(市原隼人)です。「御家人にとって土地は命よりも大事。誰か、あのお方にお伝えした方が良いのではないか」
義時が発言します。
「鎌倉殿は、主だった御家人が、ご自分に従うかどうか、試しておられるのかも知れません」
比企能員が立ち上がります。
「鎌倉殿と話してくる」
比企が立ち去ったあと、足立遠元(大野泰広)が義時に近づきます。
「私もいた方がいいですか」
「宿老ですから」
と、義時が返します。足立はぼやきます。
「十三人も今や九人。このところ、お父上や和田殿もお見えになっていないし、私のいる意味が」
比企能員は、頼家の前にいました。頼家がいいます。
「再分配の何がいけない」
比企は答えます。
「土地というものは先祖から受け継ぎ、さらに武功で勝ち取るもの」
「それを変えていくのだ」と、頼家はあっさりといいます。「わずかな者だけに、富が偏るのはいかん」
「もちろん、悪いことではありません。ここは、私に任せていただきましょう」
「任せてはおけん」
「申されましたな」
「良いことを考えた。まずは比企、お前が手本となって示せ」頼家は比企能員に近づきます。「おまえが持っている上野(こうずけ)(現在の群馬県)の所領をすべて差し出せ。それを近隣の御家人たちに分け与える」
常陸国(ひたちのくに)に流されている全成を、比企能員は訪ねます。比企は実衣に危険が迫っていると、嘘をいって全成を脅します。頼家は実衣がそそのかしたと、いまだに疑っていると、呪詛の道具を投げてよこすのです。
全成が頼家を呪詛していたとの知らせが、頼家に伝えられます。八田知家は自分が行って、討ち取ってくると出向いていきます。
呪文を唱えた全成が、八田知家の前に連れ出されます。天気が一転し、大雨が降り注ぎます。雷が近くの木に落ち、驚いた斬手の太刀が外れます。八田知家がみずからの手で、全成を仕留めるのでした。その瞬間に嵐が止んで青空が広がります。
その様子を聞いた実衣は、
「やってくれましたね。最後の最後に」
と、涙を流しながら笑い声をたてるのでした。
義時は比企能員を待ち伏せします。比企が来ると、義時がいいます。
「全成殿に、呪詛の道具を渡した者がおります」
「わしだというのだな」
「先日鎌倉を離れましたね」
「所領に戻っておったのだ。わしが全成をそそのかしたと。おかしなことを申すのう」
「今、最も鎌倉殿に死んで欲しいのはあなたです。あの方に従えば、所領は大きく減る。断れば、今の立場が危うい。意のままにならない鎌倉殿に、もはや用はない」
「もうよい」
比企は引き返そうとします。その行く手を、善児(梶原善)が阻むのでした。比企はため息をつきます。
「仮の話として聞け。頼家様にとって、わしは乳母(めのと)に過ぎん。しかし、一幡様が後を継げば、わしは鎌倉殿の外祖父(がいそふ)。朝廷とも直(じか)に渡り合える。京へ上って、向こうで暮らし、武士の頂(いただき)に立つ。そんなことを夢見たわしを、愚かと、思われるかな」
義時は比企に近づきます。
「比企殿には、鎌倉から出て行っていただきます。必ず」
「強気に出たな」
「ようやく分かったのです。このようなことを二度と起こさぬために、何をなすべきか。鎌倉殿の元で、悪い根を断ち切る。この私が」
義時は今の話を聞かせるために、頼家を呼んでいたのでした。しかし扉を開けてみると、そこら頼家はいません。頼家は倒れてしまっていたのでした。
第11回日本歴史時代作家協会賞決定‼
第11回日本歴史時代作家協会賞(2022年度)
新人賞
千葉ともこ『戴天』文藝春秋
[候補作]
稲田幸久『駆ける 少年騎馬遊撃隊』角川春樹事務所
小栗さくら『余烈』講談社
夜弦雅也『高望の大刀』日本経済新聞出版
文庫書き下ろし新人賞
筑前助広『谷中の用心棒 萩尾大楽:阿芙蓉抜け荷始末』アルファポリス文庫
[候補作]
進藤玄洋『鬼哭の剣』ハヤカワ時代ミステリ文庫
柳ヶ瀬文月『お師匠様、出番です! からぬけ長屋落語人情噺』ポプラ文庫
シリーズ賞
坂岡 真「鬼役」「鬼役伝」光文社時代小説文庫、「はぐれ又兵衛例繰控」双葉文庫などのシリーズ作
氷月 葵「御庭番の二代目」(18巻完結)二見時代小説文庫、「神田のっぴき横丁」二見時代小説文庫、「仇討ち包丁」コスミック時代文庫のシリーズ作
作品賞
功労賞
なし
選考委員長 三田誠広
選考委員 菊池 仁 雨宮由希夫 理流 加藤 淳
(2022年8月6日、選考会を実施)
2022年8月8日
日本歴史時代作家協会
『映画に溺れて』第506回 リーグ・オブ・レジェンド
第506回 リーグ・オブ・レジェンド
平成十五年十月(2003)
渋谷 渋東シネタワー1
十九世紀末のロンドンで近代兵器による組織犯罪が行われる。ヨーロッパ各地に暗躍する悪の組織ファントム。大規模な陰謀が世界大戦に発展するのを阻止するため、大英帝国情報部のMが正義のヒーローたちを召集する。
リーダーとなるのが『ソロモンの洞窟』の主人公アラン・クォーターメイン、他には『海底二万里』のネモ船長、透明人間、吸血鬼ミア・ハーカー、ドリアン・グレイ、ジキル博士、アメリカからは諜報部員となった青年トム・ソーヤーが参加する。
が、悪の組織のほんとうの狙いは、彼らを集結させることだった。
まるで、後のマーベルコミック『アベンジャーズ』を思わせる。みなそれぞれ、十九世紀の文芸作品に登場するヒーローであり、それが力を合わせて巨大な敵に立ち向かうのだから。
ただし、物足りないのは十九世紀のヒーローたちが集結していながら、大事な文芸作品のヒーローがひとり欠けているのではなかろうか。コナン・ドイルが創作した伝説の名探偵がなにゆえ仲間に加わらないのか。
そう思ってみると、大英帝国情報部のMの存在が気にかかる。が、これ以上はネタバレになるので、興味のある方はインターネットの筋書きは読まないで、映画そのものをDVDなり配信なりで、きちんと御覧になることをおすすめする。
一番最初、ショーン・コネリーふんするアラン・クォーターメインの身代わりにアフリカで殺される老人を演じているのがデビッド・ヘミングス。一九六〇年代に脇役で不良青年をよく演じていた。『キャメロット』ではアーサーの不義の息子モードレット。『別れのクリスマス』という監督作品もある。あのヘミングスが老人になって殺されるとは。ショーン・コネリーはこのときも相変わらずかっこよかったが。
リーグ・オブ・レジェンド/The League of Extraordinary Gentlemen
2003 アメリカ/公開2003
監督:スティーブン・ノリントン
出演:ショーン・コネリー、ナセールディン・シャー、ペータ・ウィルソン、トニー・カラン、スチュアート・タウンゼント、シェーン・ウェスト、ジェイソン・フレミング、リチャード・ロクスバーグ、デビッド・ヘミングス