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書評『使の者事件帖(三) 何れ菖蒲か杜若』

書名『使(つかい)の者事件帖(三) 何れ菖蒲(あやめ)か杜若(かきつばた)』
著者名 誉田龍一
発売  双葉社
発行年月日 2016年5月15日
定価   ¥611E

何れ菖蒲か杜若-使の者の事件帖(3) (双葉文庫)
 

 猪(いの)(猪三郎)、鹿(しか)(鹿之丞)、蝶(ちょう)(お蝶)の3人の殺し屋が江戸の町にはびこる悪い奴らを退治する痛快この上ない『使(つかい)の者事件帖』シリーズの第三弾である。
 第三弾ではじめて三人に巡り合う読者のために、三人のキャラクターを略述したい。

 猪三郎は本シリーズの書名になっている「使の者」、人から頼まれたちょっとした用事や言伝(ことづて)を請け負う商売。鹿之丞は猪三郎を見下ろすほどの長身で役者のような目鼻立ちの水も滴るいい男。団扇(うちわ)の貼り替えを生業(なりわい)としているが、貼り替えは口実で、女一人の家に上がり込んでは情を通じ合うこともしばしば。当人は「一時の愉しみを与えている」と言っているが。お蝶は深川黒江町の楊枝屋「姿屋(すがたや)」の看板娘で、愛くるしい大きな目と、つんと上を向いた高い鼻、厚ぼったい唇の美人である。
 三人は南町奉行所内与力・村雨卯之助の指揮の下、秘密の仕事を請け負っている。
 三人が殺しに使う武器も決まっている。猪三郎は二尺(約60センチ)ほどの棒が3本、鎖でつながっている三節棍(さんせつつこん)。鹿之丞は「くくり」という一尺ほどの「へ」の字に曲がり先が大きく広がっている刀身の刃物である。お蝶はただの簪より太く、長さも7寸(約21センチ)以上もある沖縄簪(かんざし)である。 
 三人は内与力村雨の上司である南町奉行の筒井和泉守政(まさ)憲(のり)が長崎奉行であった頃、長崎で拾われた。三人とも捨て子であった。筒井は村雨に三人の養育を任せ、村雨は三人に、体術、忍びの術、暗殺術を叩き込むなどしてずっと育ててきた。筒井の江戸町奉行就任とともに、三人は江戸に出てきた。
 三人と村雨の四人が一堂に会するのは習得した技を使う秘密の仕事が起きたときで、お蝶が働いている姿屋の裏に位置する納屋がひそかに集まる場所である。羽織袴に二本差しの村雨卯之助は「必殺仕事人」の中(なか)村主(むらもん)水(ど)を彷彿させる。

 さて、本書第三巻。
 門前仲町の錦絵の版元龍(りゅう)海堂(かいどう)で「美女入れ札」が開催される。いずれ菖蒲(あやめ)か杜若(かきつばた)のコンクールである。大関(第一位)の材木問屋菊村屋の娘お半(はん)と小結(第三位)の生糸問屋の娘お直(なお)は誰もが納得する美形だったが、関脇(第二位)の小間物問屋山崎屋の娘おまさはどう見ても美女とは言い難い容貌であったが上位にランクされた。
「美女入れ札」の翌日、事件発生。第三位、第二位の女が続けざまに殺され、第一位の女の許婚だった虎という大工が下手人に浮上してくる。
「使いの者」猪三郎たちが調べたところ、事件の真相が明らかになってくる。
 悪人たちの標的は関脇(第二位)の山崎屋六兵衛の娘おまさで、病床の六兵衛を死に至らしめての山崎屋乗っ取り計画がどす黒く進行していたが、悪徳奉行所同心と瓦版屋がグルになった一味を、猪三郎たちはきっちり地獄へ送るべく命がけで始末する。一件落着である。
 が、内与力の村雨は、どうにもすっきりしない、まだ裏がある、裏で絡んでやがる奴がいる、身内である奉行所内に悪の片割れがいる、とにらんでいる。やがて、殺し屋三人の殺しの手口を真似た連続殺人事件がおきる。三人と村雨のやっていることを知っていると偽物グループは暗にほのめかしているのだ。凍り付く四人……。
 これ以上、ストーリーを追ってしまうと読者と書き手に失礼なので控えるが、有無を言わせぬテンポのよさが小気味良い。背後に見え隠れた巨悪の首魁をたたき斬るシーンはことのほか面白く、胸のすく思いがする。是非、本書を手にとって、読者各位が存分に味わって欲しい。
 筒井(つつい) 政(まさ)憲(のり)は本書に登場する唯一の実在の人物である。長崎奉行を経て、文政4年(1821)より南町奉行を20年間務めている。シーボルト事件では奉行として高橋景保を捕縛、尋問し、ロシアのプチャーチンが国書を携えて長崎に来航した際には川路聖謨とともに交渉全権代表に任命され対露交渉に当たっている。安政6年(1859)死去。享年82。

 筒井に拾われたとき、三人は何歳であったのか? それぞれの出自は? 
 猪三郎は三節棍(さんせつつこん)を長崎の頃より使っていたとある。またお蝶の沖縄簪は沖縄の女性が琉球王朝時代、長い髪を撒いて止めていた銀の簪「ジーファー」と呼ばれるものである。手掛かりはそのあたりからか。
 三人、三羽烏。二男一女、一女のお蝶を猪三郎と鹿之丞が取り合うという風でもない。猪三郎はお蝶に気があるようでないようで。色事に長けているのは鹿之丞だけであるのは確かである。三人の位置関係は微妙だが捨て子であったということが独特の一体感を醸し出している。
 とはいえ彼らが活躍する時代背景は、文政年間であることがわかった。
 続編が待たれる。
 明治維新まではまだ日も遠いが、激動の幕末は指呼の間である。事件帖に筒井政憲ら実在の人物がからんでくることはあるのか。若き猪三郎、鹿之丞、お蝶という目の離せないトリオの必殺稼業がさらに続くと思うからである。

 誉田龍一(ほんだ・りゅういち)は大阪府泉佐野市出身、1963年生まれ。2006年、『消えずの行灯』で第28回小説推理新人賞を受賞して、デビューした。『使いの者の事件帖』シリーズの他、『殿さま同心天下御免』シリーズ、『定中役捕物帖』シリーズなどがある。大いに期待したい歴史時代小説家である。
         (平成28年5月20日 雨宮由希夫 記)