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『映画に溺れて』第129回 切腹

第129回 切腹

昭和五十年九月(1975)
大阪 道頓堀 朝日座

 江戸時代の初期、彦根藩井伊家の江戸屋敷を初老の浪人が訪ね、応対に出た武士に言う。自分は長らく浪人を続けているが、このまま惨めに朽ち果てるより、いっそ潔く腹を切って死にたい。そこで御当家の門前をお借りしたい。
 浪人は中に招き入れられ、用人から以前にも切腹を願い出た若い浪人がいたことを聞かされる。太平の世となり、幕府は多くの藩を取り潰し、江戸には浪人が溢れている。一応武士であっても仕官できなければ生活は苦しい。困窮した浪人のひとりがある大名屋敷の門前で切腹を乞うたところ、今どき立派な心がけと仕官がかなったという話が広まり、今度はゆすりまがいに切腹させろと迫ってわずかの金をせびる見下げはてた浪人が増える。井伊家にもそんな輩が現れたので、苦々しく思い、ならば本当に切腹させてやろうということになった。ところが、その若い浪人、武士の魂ともいうべき刀が竹光のまがいもの。それでも無理やり、竹光で腹を切らせると、もがき苦しんで浪人は死んだ。
 用人がそう言うと、初老の浪人、自分はそんなゆすりまがいの切腹ではなく、本当に腹を切るつもりだと平然としている。
 腹を切るについて、ひとつお願いがある。御当家は腕の立つ剣客ぞろいと聞いているので、ぜひその何某に介錯を頼みたい。ところがその家臣はどういうわけか出仕していない。もうひとりの家臣も休んでいる。で、この浪人が自分の身の上を語り始める。
 仕えている藩がつぶれて浪人になった。娘がいるが、その夫も浪人で、それでも娘夫婦に子供が産まれ、なんとか家族で助け合ってささやかに暮らしていた。ところが、娘が病気になり、娘婿はよほど金に困ったのか、武士の魂の刀も売りはらって。
 浪人の意地をかけた復讐が壮絶に展開される。
 まだ三十過ぎの仲代達矢が老け役の浪人を演じ、あわれな娘夫婦は岩下志麻石浜朗だった。原作は滝口康彦の短編『異聞浪人記』である。

切腹
1962
監督:小林正樹
出演:仲代達矢岩下志麻石浜朗三國連太郎丹波哲郎中谷一郎