日本歴史時代作家協会 公式ブログ

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大河ドラマウォッチ「青天を衝け」 第10回 栄一、志士になる

「俺を江戸に行かせて欲しい」

 と、栄一(吉沢亮)は父の市郎右衛門(小林薫)に頼みます。

「何の話かと思ったら」

 市郎右衛門は作業の手を休めません。

「前に、とっさまと一緒に江戸に行ったんべ。そっから、この国がどんどん変わった」

「だから、百姓には何の関わりもねえ事といっただんべ」

「関わりねえ事ねえで。とっさまも知ってるはずだ。横浜に港が開かれてから、物の値は上がるばっかりで、麦なんてもう三倍だで。かっさまやお千代が育ててる、お蚕さんだって、横浜の異人が買いあさるせいで、みんな外に流れちまってる。百姓だって、この世の一片をになってんだ。俺はもっと知りてえ。今、この国がどうなってんだか。江戸で、この目で見てきてえんだ」栄一は膝を突き、頭を下げます。「頼む、とっさま。江戸に行かせてくれ」

「まっことお前は良くしゃべる。でもまあ、そんなに行きたけりゃ行ってこい」驚く妻のゑい(和久井映見)に、市郎右衛門はいいます。「なあに、百姓の分さえ守りゃ文句はねえ」そして栄一に向き直ります。「けど、仕事の少ねえひと月だけだ。けえって来たら、うんと働けよ」

 栄一は喜びの声をあげます。栄一の妻の千代(橋本愛)は、複雑な表情を浮かべるのでした。

 その頃、栄一の目指す江戸では、大老井伊直弼が攘夷派の志士に暗殺され、代わりに政務を執ることになったのが老中、安藤信正対馬守)でした。安藤は天皇の妹君、和宮(かずのみや)を将軍家へむかえ、朝廷との結びつきを深めようとしていました。

 栄一は江戸に出てきました。あまり浮かれた表情ではありません。先に来ていた喜作(高良健吾)が栄一を迎えに来て、思誠塾に案内します。塾頭の大橋訥庵(山崎銀之丞)が栄一にいいます。

「江戸は、呪われたのじゃ。とてつもない大地震で、街は崩れ、火の海となり、ようやく天の怒りが収まるかと思えば、桜田門で、天下の大老が血祭とは。なあ河野」

 訥庵は片目の傷を隠す者に声を掛けます。河野と呼ばれた男が言葉を継ぎます。

「はい。これもすべて、神の国に異人を入れた天罰」

 栄一は納得いきません。

「そんなら、どうして日の本の神様は、神風を起こしてくれねえんだ。天罰なんか起こしてねえで、風で異人も病(やまい)も吹き飛ばしてくれりゃいいのに」

 栄一の背後にいた男たちが、神を冒涜するかと栄一に迫ります。栄一は外に押し出されます。河野が叫びます。

「貴様、ここから出て行け」

 しかし大橋訥庵が声を上げるのです。

「さもありなん。おそらく、幕吏の大罪の悪行に、神はもう、助けたいという力も出ぬのであろう。病弱な将軍ではなく、水戸の出の、一橋様が将軍であれば、このようなことにはならなかったはず」訥庵は栄一に開いた扇子を突きつけます。「よいか減らず口よ。我らが、神風を起こすのじゃ」

 男たちが賛同の声を放ちます。そこに長七郎がやってきて、栄一に親しげに声をかけるのでした。

 夜になり、栄一は長七郎と喜作の三人で酒を酌み交わします。長七郎がいいます。

「今や幕吏は夷狄(いてき)のいいなりだ」

 栄一は幕吏の意味を聞きます。喜作が説明します。夷狄のいいなりの幕府の犬どもを、尊王攘夷の志士はそう呼ぶとのことでした。

 栄一たちは片目の傷を隠した、河野顕三たちとも話します。

「今一番倒すべき幕吏は、国賊、安藤対馬守だ」

 と、河野は言い放ちます。水戸と長州が手を組んで、安藤を倒そうとしたが、国元にもめごとが起こって頼りにならない。河野はいいます。

「そう考えれば、そのような後ろ盾のない俺たち、草莽(そうもう)の志士の方が、いっそ動きやすい」河野は「草莽」の意味を説明します。「日の本を思う心のみで動く、名もなき志士。つまり我らのことだ」

 剣術家の真田範之助(板橋俊谷)が栄一や喜作にいいます。

「いずれは、尾高先生やおぬしらも奮起する時が来るであろう。覚悟しとけ」

 しかし河野は栄一たちを見下ろしていうのです。

「尾高はともかく、田舎に引っ込んで百姓をしているこいつらに何ができる」

 栄一は立ち上がります。

「いちいち気に食わねえ奴だな。しかしお前の言葉には胸を打たれた。俺も、今日この日から、草莽の志士になる」

 栄一はひと月が過ぎても血洗島に帰ってきません。女たちが作業している中を、明るい表情で入ってくるのです。

 夕暮れ時、栄一は千代と二人きりで話します。

「俺はなんだか、まだ頭ん中がごちゃごちゃしてる。ここと、江戸の風があまりに違いすぎて」

「江戸の風はどのように」

 栄一は千代を背後から抱きしめます。

「お前に会いたかった」

 この頃から、血洗島には日本各地から志士や脱藩浪士が立ち寄るようになりました。尾高惇忠(田辺誠一)が皆にいいます。

「このままでは日の本は骨抜きにされ、食い潰されてしまう」

 和宮降嫁の道筋に、中山道が選ばれました。総勢三万人を超える行列が、血洗島付近を通ることになったのです。岡部も総出で人足を出すことになります。栄一が市郎右衛門にたずねます。

「俺たちに道中の世話をしろというのか」

「その間、田畑はまた荒れ放題だ」

「ちょっと待ってくれ、とっさま。これは幕吏のはかりごとだ。いわれるがままにそんな末端な御用を務めろというのか」

「ああ、しょうがねえ。それが百姓の務めだ」

「だとしたら、百姓とはなんとむなしいもんだい」

 栄一は叫ぶようにいうのでした。それを聞いていた千代がうずくまります。子を授かったのでした。栄一は喜び、笑い出します。

 作業をする栄一に千代はいいます。

「よかった。このお子のおかげで」千代は自分の腹をさすります。「ようやく栄一さんの、そんなお顔を見ることができた気がします」

「そうか。俺はそんなに険しい顔をしておったか。江戸では、この世を動かすのはなんも、お武家様だけじゃねえってことを学んだ。俺たちだって、風を起こせるんだと。俺は今、この日の本を身内のように感じてる。わが身のことのようにさえ思えてくる。だから、いろいろ納得がいかね。すまねえ。腹に子のいるおなごにする話でねえな」

 千代が口を開きます。

「私は、兄や栄一さんたちが、この国のことを思う気持ちは、尊いものだと思っております。そしてそれと同じように、お父様が、この村や、この家のみんなを守ろうと思われる気持ちも、決して負けねえ、尊いものだとありがたく思っております」

 それを聞いて栄一は考え込むのでした。

 文久元年十月二十日。和宮の一行は江戸を目指し、京を出発しました。血洗島にもその行列が近づいてきます。嫁入りというより、いくさの支度のようだ、と女たちが話します。栄一もその仕事に追われます。代官たちの怒鳴り声が響き渡りました。栄一は威張り散らす代官と、働く村人たちの様子を手を止めて見つめるのでした。

 和宮の一行は十一月十五日、江戸に到着しました。

 思誠塾では和宮江戸城に入ったことが話し合われていました。河野顕三が訥庵にいいます。

「先生。こうなれば義挙に乗り出すしかありません。水戸の浪士と組み、奸臣安藤対馬守を討つのです。安藤を生かしておけばやがて天子様も廃され、わが国は夷狄に支配されます」

 訥庵は長七郎に呼びかけます。

「その手で、安藤を斬れ」

 血洗島に長七郎が戻ってきます。

「兄さま」

 との千代の呼びかけにもこたえません。

 夜、長七郎は栄一たちと話します。

「訥庵先生は今、一橋宰相様を擁して、幕府に攘夷を迫るべく動いておる。年が明けて一月、河野と俺たちで、安藤を斬る」長七郎の言葉は穏やかです。「俺が安藤を斬り、うまくいった暁には、切腹する」

 皆は驚きます。喜作が聞きます。

「待て、長七郎。なぜ腹を切る必要がある」

「喜作。俺は武士になった。武士の本懐を果たせば、あとは潔く死ぬのみよ」長七郎は反対しようとする栄一にいいます。「栄一。一介の百姓のこの俺が、老中を斬って名を遺すのだ。これ以上何を望む」

 栄一は沈黙します。しかし惇忠がいうのです。

「いや、それはならねえ。安藤一人斬ったところで何が変わる。一人殺して、急に幕府が攘夷に傾くわけはねえんだ」

「しかし兄ぃ」

 長七郎は身を乗り出します。

「その話では一橋様は動かぬ。その暗殺はかなうも今は、国を挙げて攘夷の志を果たす口火にはならねえ。いいか長七郎。これは無駄死にだ。暗殺に一命をかけるのは、お前のような大丈夫のなすことではねえ」

「ならばどうしろというのです」長七郎は立ち上がります。「兄ぃはそうして知識ばかりを身につけ、一生動かぬおつもりですか」

「いいや、兄ぃのいう通りだ」と、栄一が口を開きます。「安藤を動かしてるのも、井伊を動かしていたのも結局は幕府だ。幕吏が何人死のうが入れ替わろうがなんも変わらねえ。武士は武士、百姓は百姓と決めちまっている幕府がある限り、何も変わらねえんだ。そうだんべ」栄一も立ち上がります。「いつだって、幕吏らがおのれの利のために、勝手にはかりごとをこねくり回し、俺たち下のもんは何も知らされずその尻ぬぐいばかりだ。もっと根本から正さねえと、世の中なんも変わらねえ」

 惇忠も立ち上がります。自分たちも、もはやじっとしてはいない。自分たちが口火となり、

「幕府を転覆させる」

 と、宣言するのです。惇忠はどうしてもお前が必要だ、と長七郎にいいます。お前のようなかけがえのない剣士を、安藤一人のために失いたくない。長七郎は上州に身を隠すことになります。

 血洗島に、見知らぬ商人のような者がうろつき始めます。幕府が探りを入れてきたようなのです。

 大橋訥庵らは、慶喜へともに決起するよう、書状を送りました。しかし、慶喜が応じることはなく、一行は安藤襲撃を決行します。しかし結果は失敗。安藤はわずかに背を斬られたのみで、襲撃者六人はすべて護衛に斬り捨てられました。訥庵は捕らえられ、幕府はまだ残党がいると見て、関わった志士たちを次々に捕縛していきます。

 布団に横になる栄一のもとへ声をかける者がいます。長七郎に深谷宿で会ったというのです。これから江戸に出る、と長七郎はいったとのことでした。栄一は闇の中を飛び出して行こうとします。