日本歴史時代作家協会 公式ブログ

歴史時代小説を書く作家、時代物イラストレーター、時代物記事を書くライター、研究者などが集う会です。Welcome to Japan Historical Writers' Association! Don't hesitate to contact us!

大河ドラマウォッチ「青天を衝け」 第12回 栄一の旅立ち

 栄一(吉沢亮)が家を出て行くことについて、女たちがしゃべっています。栄一の母のゑい(和久井映見)が、夫の市郎右衛門(小林薫)も侍になりたがっていたことを話し始めます。本ばかり読み、武芸を学んで、いつか武家になるとずっといっていた。婿に入ってからは、百姓に専念をした。ゑいは市郎右衛門に聞いたことがあった。お武家様にならなくて良かったのか、と。市郎右衛門はいった。

「運良く、お武家様の端くれに加わったとしても、才覚で出世ができるわけでもねえ。その点、百姓は、この腕で勝負ができる。こっちのほうがよほどやりがいがあらあ」

 栄一の姉のなか(村上絵梨)がいいます。

「とっささまは百姓の仕事に誇りを持ってるんだねえ」

 栄一の妹のてい(藤野涼子)もいいます。

「まっこと、男の中の男、百姓の中の百姓だに」

 だから市郎右衛門も、根の部分で、栄一の気持ちが分かってしまったのかも知れない、とゑいは結びました。

 寝ようとする栄一に、妻の千代(橋本愛)がいいます。

「お前様。一つだけ、お願いがございます。うたを抱いてやっていただけませんか。うたが生まれてから、お前様はまだ一度もうたを抱いておりません。あなたの子です。どうか旅立たれる前に、一度でも、お前様のぬくもりを」

 しかし栄一は千代と、うたに背を向けて、黙って横になってしまうのでした。

 栄一と喜作は、再び江戸に来ていました。どうも街の人々の視線がおかしいのです。侍の二人組が、物陰から二人を見ています。物売りの様子もどこか変です。栄一と喜作は武具屋に入りませんでした。しかし何人かの者が二人を取り押さえようと迫って来ます。二人は別々に逃げます。逃げる栄一の進路を、立派な着物の男がふさぎます。栄一を家の中に押し込むのです。家の中にいたのは、平岡円四郎(堤真一)でした。栄一は円四郎にいうのです。

「俺は百姓ではありますが、ある志(こころざし)を抱き、命をかけ戦うつもりでおります。それを邪魔されるわけにはいかねえ。だから恥ずかしながら逃げたんです」

「ほほう。百姓が命をかけて戦うってか」

「はい。そうです」栄一は円四郎に向き直ります。「俺は百姓の志が、お武家様のそれより下とは思っておりません。俺たちは、普段は鍬(くわ)をふるい、藍を売り、その合間に儲けた金で、日の本のために戦う支度をしております。百姓だろうが、商い人だろうが、立派な志を持つ者はいくらでもいる。それが、生まれつきの身分だけで、ものもいえねえのがこの世なら、俺はやっぱり、この世をぶっ潰さねばならねえ」

「なるほど。こりゃおかしいや」

 しかし円四郎に笑う様子は見られません。満足そうにうなずきます。そこに喜作も連れてこられるのです。円四郎は真面目に話します。

「そんなでっけえ志があるってんなら、おめえらいっそ、俺のもとに仕えてみてはどうだ。今、ちょうど、家臣を探してたとこなんでえ。おめえらの狙いが何かは知らねえが、おめえが思うよりずっと、世の中は大きく動いている。だがお前のいうとおり、百姓の身分では、もとよりそれを見ることも、知ることもできぬだろう。でっけえことしてえんなら、まっ、文句はあるだろうが、武士になっちまった方がいい。それにもし万が一、おめえらがぶっつぶしてえってのがご公儀だというなら、わが殿がいるところが、江戸のお城のど真ん中だ。手っ取り早くぶっ潰しにいくにゃあ、もってこいの場所だぜ。どうだい。どうせでっけえ事をしてみてえなら、俺んとこ来なよ」

 信用しきれない栄一と喜作は、田舎に仲間もいるし、などと断ります。円四郎は去って行くとき、自分の身分を明かします。二人は一橋家の名を聞いて驚くのでした。

 栄一たちの攘夷決行の日が近づいてきます。血判状には多くの人名が記されました。そこに長七郎(満島真之介)が帰ってくるのです。惇忠(田辺誠一)がいいます。

「知っての通り、来月十二日。死を覚悟した我ら六十九人で高崎城を乗っ取り、横浜へ向かい、焼き討ちして異人を斬り殺す」

 栄一が続けます。

「武器も不足なくそろった。道場には、刀が七十振りと、槍が……」

「これは暴挙だ」栄一をさえぎって長七郎がいいます。「兄ぃのはかりごとは間違っている。俺は同意できぬ。七十やそこらの烏合の衆が立ち上がったところで何ができる。幕府を倒す口火どころか、百姓一揆にもならねえ」

 いきり立つ仲間を押さえて栄一が聞きます。

「ならば、百人集まればいいのか。それとも千人か。ならば大丈夫だ。俺たちは、六十九人だけじゃねえ。立ち上がれば、俺たちの意気に応じて、あまたの兵が……」

「いいや、集まらねえ。こんな子供だましの愚かなはかりごとは、即刻やめるべきだといっているんだ」

「なぜそう思う、長七郎」惇忠が穏やかにたずねます。「長州や薩摩は、エゲレスやフランスと立派にたたかったというではないか」

「立派? 立派どころか、薩摩はエゲレスの軍艦に撃ち込まれ、もう攘夷を捨てた。それだけじゃねえ。八月には大和で、千人以上もの手練れの同志が挙兵したが、あっという間に敗れた。主だった者は皆、無残に死んだ。長州も攘夷派の公家衆も皆、京から追い出され、雨の中、逃げ落ちたんだ。しかも、その命を下したのは天子様だという。天子様は攘夷の志士よりも幕府を選んだ。なぜだ。天子様のための義挙が、なぜこんなことに。こんな時勢で誰が俺たちに加勢する。兄ぃのはかりごとは、訥庵先生に劣らず、乱暴千万だ」

「命が惜しくなったのか、長七郎」栄一が声を上げます。「日の本は幕府のもんでも、公家や大名のもんでもねえ。百姓や、町人やみんなのもんだ。だから俺たちはそれを救うために、世間の笑いものになろうが愚かといわれようが、例え死んでも、一矢報いてやろうと覚悟したんでねえか」

 長七郎は立ち上がります。

「俺の命は惜しくはない。裏切り者と恨むのなら、甘んじてお前たちの刃(やいば)で死んでやる」長七郎は座り込みます。「お前たちが暴挙でそろって打ち首になるよりはましだ。俺は命を捨てでも、お前たちを思いとどまらせる」長七郎は取り乱したように涙を流します。「俺は今、ただもう、お前たちの尊い命を、犬死にで終わらせたくねえんだ。なぜそれが分からねえ」

 そして長七郎は駄々っ子のように泣きわめくのでした。

 焼き討ちは取りやめになりました。

 栄一は中の家(なかんち)に帰って来ます。うたを抱いた千代と話します。

「話していてすぐに気がついたんだ。長七郎の方が正しいと。すぐには飲み込めなかった。でも間違ってた。浅はかだった。俺は間違ってたんだ。自分の信じた道が間違っていたなんて」栄一は千代に向き直ります。「それだけじゃねえ。俺はとんだ臆病者だ。俺は、うたの顔をまともに見ることができなかった。怖かった。このちっちぇえ、あったけえのをこの手に抱いて、穴が開くほど見つめて、慈(いつく)しんで慈しんで。それを」栄一の目に涙が浮かびます。「市太郎の時みてえに失うのが怖かった。あんな思い二度としたくなかった。その上、父親の役目も果たそうとせず、命を投げだそうとしたんだ。うたにあわせる顔がねえ。でも、かあいいな」栄一は千代に抱かれた娘を見つめます。「うた。お前、なんてかあいいんだ」

 千代は栄一にうたを抱かせます。栄一はうたに語りかけます。

「許してくれ、うた。お前のとっさまは臆病者だ。臆病者の愚かでみっともねえ、口ばっかりのとっさまだ」栄一は嗚咽(おえつ)します。「死なねえで良かった」

 千代は微笑み、栄一を慰めます。栄一は決意の表情になります。

「もう、うたを抱いたからには、俺は、みずから死ぬなんて二度といわねえ。どんなに間違えても、みっともなくても、生きてみせる」

 その栄一の背中を、千代は優しく、さすります。そして涙を流し、栄一の肩にもたれかかるのでした。

 栄一は横浜焼き討ち計画のことを市郎右衛門に打ち明けます。長七郎の助言もあって、その企(くわだ)ては取りやめになった。市郎右衛門には謝らなければならないことがある。商いの金をごまかした。その金で刀を買ったりした。そして気をつけてはいたが、八州回りに目をつけられた。企ては取りやめても、このままこの村にいたら迷惑をかける。

「喜作とこの村を出て、京に向かおうと思う。今、まつりごとは江戸から京に移ってる。京でもう一度、俺たちが天下のために何ができるのか、探ってみてえんだ」

 市郎右衛門はあきれたようにいいます。

「お前は、はあ、百姓じゃねえ。俺はもう、お前のすることに是非はいわねえ。それでこの先、名を上げるか、身を滅ぼすか、俺の知るところではねえ。ただし」市郎右衛門は栄一に向かって座り直します。「ものの道理だけは踏み外すなよ。あくまで、道理は踏み外さず、真(まこと)を貫いたと、胸張って生きたなら、俺はそれが、幸か不幸か、死ぬか生きるかにかかわらず、満足することにすべえ」

 そして市郎右衛門は、栄一の前に銭の袋を置くのでした。

 徳川慶喜(草彅剛)は、京に向かい、天子の補佐をすることになります。