日本歴史時代作家協会 公式ブログ

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大河ドラマウォッチ「青天を衝け」 第31回 栄一、最後の変身

 栄一(吉沢亮)の父である、市郎右衛門が亡くなってから初七日が過ぎ、栄一の妹の、てい(藤野涼子)、と夫婦(めおと)になる須永才三郎が中の家(なかんち)にあいさつにやって来ました。才三郎は皆にあいさつします。

「お父上より、渋沢市郎を名乗るよう仰せつかりました。どうぞ、よろしくお願いいたします」

 栄一はいいます。

「どうか、この家を、おてい、や、かっさまを、よろしく頼んます」

 栄一に郵便が届きます。目を見開き、栄一は大阪の料亭で出会った、給仕の女性を思い出すのです。栄一は意を決して立ち上がります。妻の千代(橋本愛)に告げます。

「お千代。折り入って、話をせねばならんことがある」

 栄一たち家族は、血洗島から東京の渋沢邸に戻ってきます。

 栄一は大阪の女性を千代に紹介しようとします。くに、というその女性はすでに身ごもっていました。

「奥様どすか」くには地面に膝をつきます。「堪忍どす。迷惑かけるよって、一人で大阪で産むつもりやったんどす」

 栄一が声を出します。

「すまねえ。腹の子は、俺の子なんでえ。くには、大阪で俺の世話をしてくれていたが、身寄りがいねえ。ほっとくわけにもいかねえ。だから……」

「そうでしたか」力なく千代がいいます。「そうですか。お前様のお子が。おくにさん」千代は、くにを見すえます。「おくにさん、お腹のお子も、ここで共に暮らせば良いではありませんか」

「お千代」

 信じられないという顔つきで、栄一と、くには千代を見ます。

「お前様のお子です。共に育てましょ」

 一人で廊下を行く千代は、深いため息をつくのでした。

 函館で戦い、牢にとらわれていた渋沢成一郎高良健吾)が二年半ぶりに釈放されます。頭髪を短くした成一郎は、栄一宅にいました。成一郎は縁側に腰をかけて、庭を見ていましす。

「本や金子の差し入れ、感謝している」

 成一郎、いや喜作は栄一にそういったきり黙り込みます。栄一はあぐらをかいて座ります。

「共に村を出た時は、おめえと、こんなに道をたがえるとは思わなかった。よくもまあ、互いに生き延びたもんだ」

「死ねと文(ふみ)をよこしたではないか」喜作は栄一を振り返ります。「いいご身分だのう。俺は、おめえがいなくなった分も、命をかけて奉公したんだい。それを薩長の政府などに勤め、わざわざ獄にむかいを出すとは、なんの嫌みだい」

「なんでい」栄一はつぶやくようにいいます。「しょげてるかと思えば、威勢がいいじゃねえかよ。だったらいってやるよ」栄一は向き直ります。「なぜあんなことをした。なにが彰義隊だい。なにが振武軍だ、なにが函館軍だ」

「うるせえ」喜作は栄一に迫り、その襟首をつかみます。「おめえに、俺の気持ちが分かってたまるか。俺は、おめえとは違う」

 栄一を放し、喜作は語ります。たくさんの死を見た。わけの分からないうちに果てた者も、みずから死を選ぶ者も。砲弾で手足が吹っ飛び、頭蓋骨を砕かれた仲間の姿が、今も頭から消えない。喜作は泣きます。栄一も涙を浮かべます。

「平九郎のことも。いっそ、死ねばよかったんだ」

 泣き崩れる喜作に栄一はいいます。

「よかったい。死なねえでよかった。生きてればこうして文句もいいあえる」栄一は喜作の背中を叩いて叫びます。「よかったい」

「うるせえ」

 と、喜作がいい、二人は抱き合うのでした。

 喜作は栄一の推薦で、大蔵省で働くことになるのでした。

 栄一は、経済の新しい仕組みを作ろうとしていました。

 大久保や岩倉は、この頃、外遊をしています。政府中枢の会議で、井上馨(副士誠治)がいいます。

「鬼の居ぬ間になんとやらじゃ。今のうちに経済と税制を見違えるようにしちゃる」

「なんばいうか」というのは司法卿の江藤新平です。「おぬしらにそうさせんために、大久保さんは旅立つ時に、わざわざこがん約定(やくじょう)に判ば押させたとばい」

 国内のことは一応、任せるが、使節団派遣の間は、新規の改正はしてはならない。廃藩置県に関する処理のみ行い、その他はなにもしてはならない。大久保はそう約束させて旅立ったのでした。書記をしていた栄一は出席者にいいます。

「しかしこれは、裏を返せば、廃藩置県後の処理であれば、大いにやれということでございますか」

 そんな屁理屈、と江藤はいいますが、井上は大いに同意します。栄一は「バンク」という言葉を口にします。バンクは「円」を国中に広め、政府の税収を安定させる。のみならず、新しい商売を始める者を後押しし、日本の商業を盛り上げ、国や民を富ませることができる。

 バンクの呼び名は「銀行」と決まります。

 栄一は三井と小野の商人たちを集め、両者合同で、銀行設立の支度にかかってほしい、と呼びかけます。しかし三井組番頭の三野村利左衛門(イッセー尾形)は、三井単独でやらせてほしいといいます。小野組番頭の小野善右衛門(小倉久寛)も婉曲に断ります。

「やむを得ん。大蔵省は、三井組、小野組の「官金(政府の金)」取り扱いを取りやめる」

 栄一は立ち去ろうとします。それを追って、三野村も小野も栄一にひれ伏すのです。

「政府様がそこまでお急ぎとは、失礼いたしました」と、三野村がいいます。「しからば三井、万障繰り合わせ、明日にでも小野組と、合同の銀行をつくることを、その手はずを整えまする」

 群馬の富岡では工場の建設が進んでいました。喜作は大蔵省から派遣され、製糸場の開業準備を手伝うことになりました。惇忠(田辺誠一)が中心となって事業をすすめています。喜作は惇忠と話します。

「生き残った以上、俺たちも、前に進まぬわけにはいかね」

 喜作はその惇忠の言葉にうなずくのでした。

 東京では三井組が新しい建物を完成させます。それを井上は銀行にすると宣言するのです。

 三野村は栄一のところに抗議に訪れます。しかし栄一は聞き入れません。三野村はいいます。

「ハウスを提供するか、政府御用から一切手を引くかってことですか」

 栄一は答えません。三野村は建物の提供を受け入れるのです。しかし去り際に三野村はいいうのです。

「しかし渋沢様も、やはりお上(かみ)の、お役人様でございますな。あれほど商人の力、商人の力とおっしゃっていても、しょせん私たちとは、立ってる場所が違う」

 栄一は椅子から立ち上がります。

「いや、違う。私は、皆さんと力を合わせたいと」

「これだけは分かる。私ら商人が、手を組んで、力をつけるどころか、これから先も、地面に這いつくばったまま、あなた方、お上の顔色をうかがうのみ。徳川の世となにも変わりませんな」

 三野村は去って行きます。

 惇忠は血洗島の尾高の家に帰ってきます。娘の、ゆう、に、富岡の工場で働いてくれるように頼むのです。生き血をとられるなどの悪い噂が流れ、人が集まらないのです。

 官営富岡製糸場が操業を開始します。ゆう、の決心がきっかけとなり、多くの工女が集まりました。翌年には工女は五百人を超え、富岡製糸場は、女性の社会進出の先駆けの場となったのでした。

 富岡製糸工場を視察に訪れた栄一に、喜作は、イタリアに行くことを宣言します。

「俺も、いっちょ異国で学んでくらあ」

 この頃、政府では、予算を握る大蔵省と、各省との間で、対立が深刻になっていました。

 栄一が邸宅に戻ってみると、夜遅くにもかかわらず、客が来ていました。それは西郷隆盛でした。栄一と西郷は二人で酒を飲みます。

「近頃思うとじゃ。左内殿や平岡殿と、慶喜公を将軍にとはたらいちょったあん頃が、一番よかったっち」西郷は栄一の注いだ酒を飲み干します。「おいが動けば、こん国はきっともっとよか国になっち、信じちょった。じゃっどん、廃藩もなったどん、こん先、ないもよかこっがなか気がしてならん。おいのしてきた事は、ほんのこて正しかったんじゃろかい。いつか平岡殿に𠮟られるっとじゃなかかち」

「お察しします。私も。私も偉くなりたかったわけではありません。静岡を離れ、政府に入ったのは、新しい日本をつくりたかったから。なのに」栄一は酒を飲み干します。「高いところから、ものいうだけのおのれが、どうも、心地が悪い。おかしろくねえ」

「あん頃の慶喜からしてみたら、なんてことがなかとか。慶喜公など、あげな時分に将軍となって、そいでもそん重荷をものともせず、徳川を立て直した。まっこてバケモンのようじゃった。おいも一蔵どんも恐ろしくなって、必死で潰した」西郷は外に降る雨を見つめます。「今のままでは慶喜公にも申し訳が立たん。おはんは、おいとはちごう。まーだ、いろんな道が開いちょう。おはんも、後悔せんようにな」

 西郷が帰り、栄一は千代と話します。

「お千代。俺は、大蔵省を辞める。過ちて改めざる、これを過ちという。とはいえ、まことに何度も何度もたがえて、すまねえ。しかし、やはり俺の道は、官ではない。一人の民なんだい」

「へい」

 と、千代は微笑みます。

「今度こそ最後の、最後の変身だ」