日本歴史時代作家協会 公式ブログ

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大河ドラマウォッチ「青天を衝け」 第33回 論語と算盤(そろばん)

 渋沢栄一吉沢亮)は、大隈重信大倉孝二)の邸宅を訪ねていました。大隈が部屋に入ってくると、栄一は立ち上がります。

「大隈さん、あんまりではありませんか」

「なんじゃい。いきなり」

 大隈はすでにけんか腰です。

「小野組や三井組にいきなり、政府の預け金、全額の担保を申しつけたことです。元来、小野組や三井組に政府が無担保で金を貸し付けていたのは、彼らが御一新の際に貢献したからだ。それを急に全額の担保を差し出せとは。三井や小野を取り潰してしまうおつもりですか」

 大隈は鼻を鳴らします。

「おい一人で決めたことではなか。そいに、そがんこって潰れるようなとこに、政府ん金ば預くっことの方が危なかじゃなかか。大蔵省としては、今んうちに、担保ば押さえておくことは道理たい」

「三井や小野が、わが第一国立銀行の大株主であることは、もちろんご存じのはず。銀行まで今、潰れれば、この先日本の経済は……」

「ないが日本の経済じゃ。勝手に大蔵省を去ったくせに。佐賀いくさや、台湾や、なんもかんも金のかかる中、おいは一人、寂しか懐で、どがんじゃやりくりばしとるばい」

 感情的になった大隈とは話になりません。

 第一国立銀行で栄一は、小野組番頭の小野善右衛門(小倉久寛)の泣き言を聞きます。

「いや、小野組が潰れてもこの銀行を潰すわけにはいかない」と、栄一は言い放ちます。「政府よりも先に、当銀行へ、貸し付けた分の担保を差し出していただきたい」

「そんな殺生な」

「私はこの銀行を守らねばならないんだ。ここが潰れれば、日本に銀行をつくるなど絵空事(えそらごと)だと思われる。育てねばならねえ、産業も商業もますます遅れ、今、崖っぷちの日本の経済そのものが崩れ去るんだ」

 それまで黙っていた、小野組番頭、古河市兵衛が口を開きます。

「渋沢様」

 古河は風呂敷に包んでいた大量の証券を机の上に乗せるのです。渋沢は自分を信用して無担保で貸してくれた。その恩に報いるために、出せるものはすべて差し出す。抗議をする小野に古河はいってのけます。

「頭取(とうどり)。もうどうやっても小野は助かりません。どうせなら、一方的に見捨てようとする政府より、信用して下さった渋沢様や、市井(しせい)のお客様にお返ししましょう」

「いやや。御一新を乗り越えて、ようやくここまで来たんに」

 小野は証券を抱えて泣き崩れるのでした。

 栄一は、小野組の犠牲で、この危機を乗り切りました。

 栄一に、三井から文(ふみ)が届きます。

「なんだこれは」

 栄一は三井組番頭の三野村利左衛門(イッセー尾形)に会いに行きます。文を三野村の前に叩きつけます。

第一国立銀行を、三井組に取り込むおつもりか。あなたは、はじめから三井のみの銀行をつくりたがっていた」

 と、栄一はつぶやくようにいいます。

「大蔵省にいるあなた様に止められました。まあ、今、思えば、最初からそうすべきだったんだ。あなたもねえ、官を辞めたとき、三井に入ってればようござんした。やあ、まあ、遠回りしましたが、こうなるのが成り行きでござんしょう」

第一国立銀行は、あくまで合本(がっぽん)銀行だ。多くの人々が力を合わせ、よどみない大河の流れをつくるのが目的だ。それを、株はすべて、三井が譲り受けるだと。配当金の人員も。混乱に乗じて、そんな横暴をいいだすとは。承服しかねる」栄一は椅子に座ります。「私は、三井の一支配人になるつもりはない。株もいらねえ。どうしても乗っ取るというのなら、こっちにも覚悟があります」

「覚悟」

「大蔵省に洗いざらい調べてもらい、銀行のあり方としてどちらの方が正しいのか、判断を仰ぐんです」

 三野村はあざ笑ってみせるのでした。

 大蔵省は、第一国立銀行にアラン・シャンドを派遣し、日本で初めての本格的銀行検査を行いました。三野村もその場に立ち会います。大隈が結論を延べます。

「シャンドの報告では、小野組の破綻により、抵当もなく回収できない貸し付けが、七十一万円にも達していた。しかし、様々な努力により、結果、損失は、一万九千円におさえられとる。こいは、評価すべきことだ。そいよりも問題は、大口の貸し付けば、三井組のみにしとることや。ひとつん所にかたよるんは、合本銀行として、不健全であっとであーる」大隈は立ち上がります。「非常の試適により、大蔵省は第一国立銀行に、三井組への、特権のはく奪ば命ず。さらに、渋沢の総監役ば廃し、頭取(とおどり)に任ずる」大隈は去り際に栄一にいいます。「わいが始めたんじゃい。しっかり立て直せ」

 敗北した三野村は、段差でつまずき、部下たちに支えられて出ていきます。

 ろうそくの明かりの下で、大隈と岩崎弥太郎中村芝翫)が話しています。

「けんどこれは、大隈様の筋書き通りなかでは」岩崎は大隈に酒を注ぎます。「生意気な古い豪商らを潰し、政府に必要な銀行だけは、灸を据えながらも、どうにか生かすとは」

「そがん、人ば、悪者にすな。おいも必死たい」

「悪者。まさか」岩崎は笑い声をたてます。「三菱は大隈様のおかげで、三井の郵便蒸気船会社をしのぐほどの利をあげておりますきに。大隈様は神様や」

 仕事が少し落ち着いた栄一は、静岡の徳川慶喜邸を訪れました。慶喜(草彅剛)はかつての家臣にはほとんど会わないということでした。しかし栄一と会うことは楽しみにしていたというのです。栄一は慶喜に会うために廊下を渡っているときに声をかけられます。猟銃を持ち、洋装した慶喜がそこにいたのです。部屋に入って栄一は東京の様子を語りますが、慶喜は興味がないようなのです。

「私も男の子が生まれました」

 と、栄一がいうと、慶喜は初めて笑顔を見せます。

 栄一は、慶喜の妻、美賀子と話します。

「平岡円四郎殿の奥方が来たのや」

 円四郎の妻の、やす(木村佳乃)は、美賀子にまくし立てました。平岡は、慶喜がきっと新しい日本をつくるといっていた。しかし慶喜は旗本八万騎を見捨て、尻尾を巻いて逃げ出した。そのせいで、たくさんの人たちが死んだ。世の中もめちゃくちゃになった。街には職にあぶれた侍や、病人や、親のない子があふれかえっている。こんな世にするために、みんな死んでいったのか。許せない。何もかも自分のせいだというのに、何もなかったような顔をして隠居暮らしをしている。美賀子は栄一にいいます。

「さもありなん。御一新で没落した者からすれば、恨みをぶつける相手は、わが御前しかおらん。御前も、それは、分かっておられる」

 東京の邸宅に戻ってきて、栄一は「論語」を読みます。やって来た千代(橋本愛)に栄一は話します。パリにいた頃、フランス軍人の婦人から文が届いたことがあった。パリの貧民たちのために慈善会を開くので何か買ってくれと書かれていた。

東京府でも、貧民や、親のいない子を集める、養育院というのができたんだ。しかし、年々人数が増え、費用に困っているらしい。俺は、その養育院を預かろうと思うんだ。大事なのは民だ。今のような世のままでは、先に命を落とした者たちに、胸を張れねえ」

 第一国立銀行にいる栄一のもとに、金(きん)がどんどん引き換えられている、との知らせが入ります。円の価値が下がり、機械や綿織物の輸入がおびただしく増え、銀貨や金貨が大量に外国に流れているとのことです。次から次の難題に加え、喜作(高良健吾)も栄一のもとにやって来ます。

「栄一。わりいが横浜の異人もどうにかしてくれ。夏から蚕卵紙(さんらんし)(蚕の卵をつけた紙)を売っているが、一つも買い入れる外国商館がねえ」

 外国商人が結託して買え控え、値が崩れるのを待っているようなのです。

 政府も、伊藤(山崎育三郎)、大久保(石丸幹二)、大隈らが、輸入超過について頭を悩ませていました。政府が動くしかないと考える大久保に、伊藤がいいます。

「駄目じゃ。政府が手を下しゃあ、通商条約を盾に、外国から苦情が来るに決まっちょる。こりゃあくまで、民が解決せにゃならん」

 栄一は大久保に呼び出されます。

「正直にいう。おいは、経済のこつは、いっちょもわからん。じゃっで、おいを助けるとじゃなか。国を助けると思うて」大久保は栄一を振り返ります。「味方になってくれんか」

 栄一はしばし間を置いた後、うなずきます。栄一は政府が持つ、蚕卵紙を売り上げた代金を使わせてほしいとの条件を出します。去って行く栄一に、大久保が声をかけます。

「渋沢。頼んだど」

「おかしれえ。やってやりましょう」

 と、栄一は答えるのでした。

 横浜の喜作の会社に、蚕卵紙が積み上げられています。栄一がいいます。

「ここにいる横浜の商人が手を組み、売れずに困っている蚕卵紙を、すべて買い上げてもらいたい」

「しかし、買い上げる金は」

 と、惇忠(田辺誠一)が質問します。

「金は内々に、政府に用意してもらった」栄一は鞄に入った紙幣を見せます。「しかしあくまで表向きは、民の力のみで解決したい」

「それでどうする」

 と、喜作が聞きます。

「買い上げた蚕卵紙は、すべて燃やす」皆がざわめく中、栄一は続けます。「そうだい。外国商人が音(ね)を上げて、向こうから取引きを申し入れてくるまで、焼き続けるんだ」

「買え控えを逆手に取り、売り控えるのか」

 と、惇忠がいいます。栄一はうなずきます。

「そしてその旨を、新聞に載せ、世間に広く知らせる」

 そこへパリで幕府の一行に参加していた、栗本鋤雲が現れます。

「徳川はパリで、新聞に泣かされた。しかし新聞には、世論を動かす力があり、その世論には、政府をも動かす力もあることを知った。今度は外国を見返すのだ」

 栗本は新聞社を主催していたのでした。

「焼き討ちだい」と、喜作がつぶやくようにいいます。「十年越しの俺たちの横浜焼き討ちだい」

「おお」

 と、惇忠もうなずきます。

 蚕卵紙が集められ、積み上げられます。外国人が抗議しようとしますが、押しとどめられます。蚕卵紙に油がかけられ、点火されます。炎が上がると、喜作がいいます。

「見てるか、真田、長七郎、平九郎」

 明治九年(1876)の一月となります。栄一宅を三野村が訪れます。三野村は栄一の子どもたちと、仲良く遊び出すのです。

 夜、男たちが牛鍋を囲んで酒を飲みます。五代才助(ディーン・フジオカ)の姿もあります。喜作が栄一の文机から「論語」を見つけます。栄一はいいます。

「今までの俺の働きは、まあなんやかんやで、一橋や公儀や、政府に守られていた。しかし今や、俺が頭取だい。これからは俺みずからが、多くの者の命運を引き受け、でっけえ海を渡るんだと考えたら、急にぞっとしたんだい。それでこの論語だ。論語には、おのれを修(おさ)め、人に交わる常日頃(つねひごろ)の教えが説いてある。俺は、この論語を胸に、商いの世を戦いてえ」

 栄一は懐(ふところ)に論語を差し込むのでした。三野村は栄一たちから離れ、千代と話していました。栄一がやって来ていいます。

三井銀行開業、おめでとうございます」

「いや、三井もようやく、日本初の私立銀行をこさえまして、ええ、私もこれで、悔いなく死ねまさあ」

「またそんなことを」栄一は笑います。「しかし、小栗様が今の世をご覧になったら、どうお思いでしょうな」

「ああ、小栗様。カンパニーも、紙幣も、バンクも、小栗様は十年前につくろうとなさっていらした。今さらつくったのかと、お笑いになってるやもしれませんね」

 栄一は笑います。

「そうかもしれませんな」

「だだ怖いのはね、渋沢様。あまりにも金(かね)中心の世の中になってきたってことですよ。金を卑(いや)しむ武士の世が終わり、今や誰も金を、崇拝し始めちまっている」三野村は拝むまねをします。「こりゃあ、あたしら、開けてはならぬドビラを開けてしまったかもしれませんぜ」

 栄一は論語を懐に考えにふけります。

 翌年、三野村利左衛門は、病(やまい)で亡くなりました。

 明治十年(1877)の西南戦争の記事を、栄一は読みます。「西郷隆盛死す」の文字を見つけるのでした。

「なんと馬鹿らしい」

 栄一は嘆きます。明治十年の税収は4800万円。戦費は4200万円でした。

 郵便汽船三菱会社では、岩崎弥太郎が大声を上げていました。

「戦争とは、なんと多くの金が動くことか。ああ、巨万の利を得た上に、大久保や大隈からの信頼は……」

 そこへ岩崎の弟である岩崎弥之助忍成修吾)が飛び込んできます。大久保利通が殺されたというのです。