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大河ドラマウォッチ「青天を衝け」 第39回 栄一と戦争

 日清戦争に勝利し、一等国への階段を駆け上ろうとしていた日本。

 栄一(吉沢亮)は、喜作(高良健吾)と、血洗島に戻っていました。平九郎の位牌に手を合わせます。惇忠(田辺誠一)がいいます。

「悲憤慷慨(ひふんこうがい)していた頃の俺たちの夢が、ようやく叶おうとしている」

 栄一がいいます。

「兄ぃ、喜作。あれから、もう三十年だ。慶喜様に、会ってみねえか」

 喜作、惇忠は慶喜(草彅剛)の前にひれ伏していました。喜作は自分がもう、隠居することを報告します。栄一は惇忠を慶喜に紹介します。慶喜はいいます。

「存じておる。幕臣であった、渋沢平九郎の実の兄であることも、その後、富岡の製糸場で励まれたことも。長く生きて、国に尽くされ、言葉もない。残され生き続けることが、どれほど苦であったことか。私はねぎらう立場にないが、尊いことと感服している」

 惇忠は感激のあまり、精一杯に声を出します。

「なんともったいないお言葉」

 惇忠は、20世紀の訪れと共にこの世を去りました。

 栄一は「日本の金融王」として、アメリカの地を踏みます。首都ワシントンにて、大統領の、セオドア・ルーズベルトと会談するのです。ルーズベルトはいいます。

「日本の進歩は伝え聞いています。元来、日本は美術が素晴らしいといわれていたが、いまでは軍事も名声が上がっている」

 栄一が述べます。

「軍事をお褒めいただきありがたいが、それに比べ、商工業の名声が低いのは、これは実業家としてまことに寂しいことです。次にお会いするときは閣下に、商工業こそお褒めいただけるよう、今後はますます、精進して参ります」

「あなたの心意気ならば必ずや発展するでしょう」

 と、ルーズベルトはいい、二人は握手を交わすのでした。

 栄一の活動が世界に広がるにつれ、放蕩(ほうとう)を重ねてきた篤二(泉澤祐希)も、家業を手伝うようになっていました。

 栄一の家に慶喜が訪ねてきています。栄一は留守にしていましたが、篤二が慶喜を迎えます。

「父が一番執着しているのは、あなた様の本をつくることです。あなた様のご決断によって、日本はとんでもない戦争になっていたかも知れないところを救われた。その功績は、忘れ去られるべきではないのだと、父はいつも申しております。私も、父よりよほど、あなた様の生き方に憧れます」

 慶喜はいいます。

「まあ、そんな単純なものではない」

 栄一は日本に帰り、現状についての説明を受けます。

「問題はロシアです。清は日本から取り戻した遼東半島をロシアに与えてしまった。ロシアは南下して、朝鮮半島に手を伸ばそうとしていることは明らかです」

 栄一はいいます。

「韓国を、ロシアの手にわたすわけにはいかん。隣国の日本こそが、その独立を助けるべきだ。韓国が豊かな国に育てば、日本も、ロシアや西洋の脅威に対抗できる」

 ロシアの南下政策は、日本の国防に脅威を与えました。陸軍参謀次長の児玉源太郎が、栄一に会いにやって来ます。

「ロシアは、朝鮮半島全体の権利を要求しています」

 井上馨福士誠治)が話します。

「このまま捨て置けば、対馬海峡までがロシアの勢力下となり、日本の国防は崩れる」

「さよう」児玉が言葉を継ぎます。「世論もすっかり、主戦論です。この先、財界にもぜひ主戦論を掲げ、挙国一致してこの国難に立ち向かっていただきたい」

「財界をとりまとめよとおっしゃるのか」栄一は納得いきません。「しかし政府は、富国強兵の富国を無視し、強兵ばかりに走っている。私はそれを憂(うれ)いている」

「今は」児玉が大声を出して立ち上がります。「危急存亡の時です。金も兵もない我が国が、ロシアと戦うためには、財界の、さらなる緊密な協力が、なんとしても必要なのです」

 井上が栄一の前に座ります。

「頼む。ロシアが朝鮮半島に入りゃあ、次は日本が危ない」

「わかりました」

 と、栄一は低い声を出すのでした。

 翌年、日露戦争が始まりました。

 栄一は戦費に充てる国債の購入を呼びかける役割を担いました。財界人を集め、演説します。その終了後、栄一は突然倒れるのです。

 中耳炎は手術でどうにかなりましたが、栄一のその後の衰弱は激しいものでした。

 篤二がつぶやくようにいいます。

「父上は戦争の時に限って病(やまい)になる。清国とのいくさの時も寝込んでいました。よほど、体質に合っていないのかも知れません」

 栄一の容体(ようだい)は、さらに悪化し、肺に菌が入り込んで、壊死(えし)し始めていました。家族に「お覚悟をなさってください」と、医師がいうほどでした。

 篤二は栄一に呼ばれます。

「後は頼んだぞ」栄一は篤二に手を伸ばします。「嫡男はお前だ。この家は頼む」

 篤二は雨の中外に飛び出し、地面の拳を叩きつけて叫び声を上げるのでした。

「篤二さん、どうしたの」

 そう声をかける栄一の妻である兼子(大島優子)の背後には、慶喜の姿がありました。

「僕は逃げたい」

 と、篤二はつぶやきます。慶喜の姿を認め、再び叫びます。

「僕は逃げたい。それでも、あなたに比べたらましなはずです。あなたが背負っていたのは日本だ。日本すべて捨てて逃げた。それなのに今も平然と」

 栄一は目を覚まします。そこには一人、慶喜がいたのです。栄一は起き上がろうとし、咳き込みます。慶喜は栄一の背をさすります。

「無理をするな。まだ死なぬほうが良いだろう。そなたのことだ、今、亡くなれば、さぞ心残りであろう。私もまた、そなたに何も心を尽くせてはおらぬ」慶喜は栄一の体を起こします。「生きてくれたら、何でも話そう。何でも話す。そなたともっと話がしたいのだ。だから、死なないでくれ」

 その後、栄一は見る見る快復しました。戦争の状況を聞きます。日本海海戦の勝利も耳にします。

 その頃、アメリカでは、栄一と話したセオドア・ルーズベルトが側近たちに語っていました。

「日本は嫉妬深く、敏感で、戦闘的だ。他のアジア人と比べてもな。万が一に備え、我が国の海軍を強大にしておかねば」

 と、ルーズベルトは、栄一が土産にもってきた日本人形に、煙草の煙を吐きかけるのです。

 新橋駅の列車に、外務大臣小村寿太郎が乗り込んできます。見送りにやって来たのは伊藤博文(山崎育三郎)、井上馨、そして栄一の姿もありました。伊藤がいいます。

「頼んだぞ、小村君。これで講和できんにゃ日本は潰れる」

 栄一が不審に思って伊藤にたずねます。

「連戦連勝していると」

 伊藤が答えます。

「日本は、国力を使いすぎた。日本軍は、屍(しかばね)の山を築きながら一年あまりをひたすら耐え、日本海海戦でようやく奇跡的な勝利を得た。じゃがもう限界じゃ」

 井上がいいます。

「伊藤が去年から、アメリカに使者を送って工作を重ね、やっと講和会議にすべりこむことができたんじゃ。国民はなんも知らんが、この交渉に失敗すりゃあ、日本は破滅する」

「破滅」

 と、栄一は聞き返します。小村がつぶやくようにいいます。

「難しい状況ですな。英米の支援を得て、なんとかロシアと和を結ぶことだけを方針として交渉をまとめるほかは、ありませんな」

 二ヶ月後、日露講和条約、通称「ポーツマス条約」が調印されました。しかし、国家予算の六倍もの戦費負担を国民に強いたにもかかわらず、ロシアへの賠償金要求を取り下げたことにより、国民の怒りが爆発しました。

 栄一の乗る馬車も市民に囲まれ「売国奴」などの言葉を浴びせられるのでした。

 世情いまだ落ち着かぬ中、慶喜の伝記の編纂(へんさん)のため、歴史学者や、昔を知る人らが集められました。栄一が部屋に慶喜を連れて入ってきます。栄一は語ります。

「私がこれを思い立った発端(ほったん)は、逆賊呼ばわりされ、またいくじなしと罵(ののし)られ、それでも弁解なされず過ごされた。この汚名をどうしても……」

 栄一の言葉は慶喜の昔からの側近であった猪狩正為(遠山俊也)にさえぎられます。話が長いと𠮟られるのでした。和やかな雰囲気の中に、慶喜が話し始めます。

「ありがたいが、汚名がすすがれることは望まぬ。事実、私は為す術(すべ)もなく逃げたのだ。慶応三年の終わりだ。大阪城内では、家来の暴発を制止できぬ状況にあった。ある者などは、大阪を徘徊する薩摩兵を一人斬るごとに、金子を与えようなどと無謀な策を提案するに至り、会津、桑名、旗本まで、皆が皆、兵を率いて入京せよと、唾を飛ばして議論し、激昂し、ほとんど半狂乱ともいう有様(ありさま)であった。皆は出兵を許さぬなら、私を刺してでも薩摩を討つといい出した。いまでもあの時の皆の顔を夢に見る。人は、誰が何をいおうと、戦争をしたくなれば必ずするのだ。欲望は、道徳や倫理よりずっと強い。ひとたび敵と思えばいくらでも憎み、残酷にもなれる。人は好むと好まざるとに関わらず、その力に引かれ、栄光か破滅か、運命の導くままに引きずられていく。私は抵抗することができなかった。ついに、どうにでも勝手にせよといいはなった。それで鳥羽伏見のいくさが始まったのだ。失策であった。後悔している。戦いを収めねばと思った。しかしその後も言葉が足りず、いくつも失策を重ねた。あるいはそのずっと前からどこか間違えていたのかもしれぬ。多くの命が失われ、この先はなんとしても、おのれがいくさの種になることだけは避けたいと思い、光を消して、余生を送ってきた。人には生まれついての役割がある。隠遁は、私の最後の役割だったのかも知れない」

 皆が帰り、栄一は的に向かって椅子に座ります。

「私の道とは何だ。日本を守ろうと、いろんな事をやってきた。ようやく、外国にも認められるようになってきた。しかし、私が目指していた者はこれか。いいや違う。今の日本は、心のない張りぼてだ。そうしてしまったのは私たちだ。私が止めねば」