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大河ドラマウォッチ「青天を衝け」 第36回 栄一と千代

 栄一(吉沢亮)たちは、三菱に対抗すべく、海運業者の合本(がっぽん)組織「東京風帆船(ふうはんせん)会社」を設立しました。

「合本で、三菱の一人勝ちを打ち破ろう」

 と、栄一は皆に宣言します。

 岩崎弥太郎中村芝翫)は大隈重信大倉孝二)と話してから、一人つぶやきます。

「何が風帆じゃ。風船玉のように、しぼめちゃる」

 新聞に栄一が、銀行がうまくいかなくなって首をくくったと書かれます。慌てた家族らが確かめてみると、栄一は生きています。訪ねてきていた五代友厚ディーン・フジオカ)がいいます。

「岩崎君は、社員や出入りのもんを使って、風帆船会社の悪口を言いふらしておる。大隈君も、風帆船を、あまりよく思っちょらんじゃろう」

「大隈さんまで敵に回せば、もうこの会社は終わりだ」

 と、栄一は嘆(なげ)きます。

 栄一たちの風帆船会社は、まだ開業もしないうちに、暗礁に乗り上げました。

 郵便汽船三菱会社では、岩崎弥太郎が商人たちを集めています。

「みだりに海運業らに手を出すより、むしろ、わしらと組んで、商社をつくってみたらどうぜよ。その時は、三菱の船も使うてくれ。資本はなんぼでも融通(ゆうずう)するき。元来わが三菱は、政府が、三井ばっかりひいきし、日本の海を、外国船が闊歩(かっぽ)するがを、おのれ一個の必死の相撲(すもう)で勝ち取ってきました」岩崎は台の上に立って皆に呼びかけます。「これも、国のためやき。そのためにもわが三菱は、国家の使命に徹し奮励(ふんれい)し、国民の期待に応えるべく、覚悟をもってやろうじゃいか」

 商人たちは歓声を上げ、拍手をするのでした。

 岩崎弥太郎が着々と商売の手を広げる中、栄一が院長を務める「東京養育院」では、物価の上昇や、収容者が増え続けたことで、さらなる財政難に陥っていました。

 東京府会にて、議長が話します。

「貧困はおのれの責任である。養育院の貧民は、租税をもって救うべきではない」

 沼間守一が述べます。今も多くの税を充(あ)てているが、わずかな貧民しか救うことができない。多くは慈善家が養っている。

「だいたい誰かが助けてくれるなどという望みを持たせるから、努力を怠(おこた)らせることになるのだ」

 と、発言する者がいます。

「そうだ。怠民(だみん)を養成するな」

 との声も聞こえます。栄一はいいます。

「いいや、救済はせねばならん」

 議長があきれます。

「また渋沢さんの理想論であるか」

 栄一は養育院が節約していることを述べます。それに対して税収が逼迫(ひっぱく)しているとの反論が出ます。栄一はひるみません。

「わかっておる。だが、国が一番守らねばならんのは人だ。限られた予算であっても、救済は必要だ」

 沼間がいいます。

「理想論は無用。それでなくても未熟な日本には、すべての人間に手を差し伸べている余裕はない」

「そうです。優秀な人間が、国を支えねばならん」

 その言葉に栄一は立ち上がって叫びます。

「いいや、その説は間違っておる」

 反論の声が次々と上がります。話し合いは紛糾し、結論どころではなくなります。

 栄一が戻ってきた部屋では「東京東京風帆船会社」の壁掛けが下ろされていました。

 栄一の娘の、うた(小野莉奈)はお見合いを行っていました。相手は旧宇和島藩士で、留学経験もあり、東京大学で法学教員として勤めることになった、穂積陳重(田村健太郎)という男性でした。うた、と穂積は、何やら気まずい様子です。しかし穂積が、父親と母親のことを質問すると、うた、は堰(せき)を切ったようにしゃべり始めます。

「そういえば」と、うた、立ち止まります。「私のことはおたずねにならないのですか。今日は私とのお見合いのはずです」

 穂積は笑い出します。

「ええ、あなたのことも知りたい。ぜひ教えてください。そしてそれがすんだら、僕のことも、知っていただきたい」

 うた、は笑顔を咲かせます。

「はい。ぜひ知りとうございます」

 こうして二人は意気投合したのでした。

 その頃、政府では大問題が起きていました。北海道開拓士の官営工場が、薩摩の五代友厚に不当に安く払い下げられると報じられたのです。政府が薩長で固められているとの批判が民の間で噴出します。

 井上馨福士誠治)が怒って新聞を叩きつけます。

「こげな記事はでたらめじゃ。民権家どもは政府を悪者にしよって」

 伊藤博文(山崎育三郎)が応じます。

「ああ、奴らは我が長州や薩摩を特に嫌うちょる。払い下げに反対した大隈(大倉孝二)さんだけをえろうほめたたえ、わしらを悪者にしちょる」

「大隈さんは、北海道を狙うちょる岩崎に便宜(べんぎ)をはかろうとして、うん、といわなかっただけじゃったっちゅうのに」

「うん」伊藤は宙を見すえます。「大隈さんなあ。そうか」と、井上を振り返ります。「こりゃあええ機会かもしれん」

 夜中、大隈邸を訪ねる者がいます。ランプの明かりの中に、伊藤が立っていました。

「たった今、臨時の御前会議が終わりました」伊藤は静かに語ります。「どうか、黙って今すぐに、辞表をお出しください」

 大隈重信は政府を追い出され、権力を握った伊藤博文を、井上馨たち、長州や薩摩の人々が、支える体制になりました。これが「明治十四年の政変」です。

 国立第一銀行で、五代友厚が栄一にいいます。

「とんだとばっちりじゃ。よくもここまで、人民の目の敵(かたき)にされるとは。おいは、汚か商いはないもしちょらん」

 栄一が問います。

「なぜ反論しないのです。そもそも新聞が書き立てていることも、でたらめばかりじゃありませんか」

「まあ、そのうち、別の新聞が真実を書いてくれっちゃろう」

「しかし、世間が話題にするのは、悪意ある興味本位の嘘だけだ。もしその嘘のみが広まって、あなたの名誉に後々まで傷がついたら」

「じゃっどん、おいが文句をいったら、大隈君がさらに叩かれるだけじゃ。北海道の仕事を失ったのは残念だが、ま、ほいで終わりじゃなか。また別のことをすっだけじゃ」

「あなたは甘い」

 五代は身を乗り出し、穏やかに話します。

「名誉や金より、大切なのは目的じゃ。おいは、皆が協力一致して、豊かな日本をつくることこそ正義だと信じちょる。岩崎君と比べ、商売人としてどっちが優れてるかといえば、向こう方じゃ。たぶん、おはんにも負けちょう。おはんは、おいに比べて、ずっと欲深か男じゃ」

「私は岩崎さんとは違う」

「うんにゃ。二人はどこ似ちょう。岩崎君も御半も、おのれこそが、日本を変えてやるという欲に満ちておる」

 そこへ井上が入って来ます。

「おい。三菱を倒してくれ。ますます力をつけて、政府の手に負えん。今度こそ、三菱に対抗できる、海運会社をつくるんじゃ」

 井上は、各運輸会社を合同させ、そこに政府も金を注ぎ込むというのです。

「政府がなぜそこまでするんですか」

 と、栄一は聞きます。

「それが、あの佐賀人は不死身じゃ」

 大隈は、政府に対抗する新しい政党を作ろうとしていたのでした。資金源となっているのは三菱です。

 その春、うた、と穂積の婚礼の儀が行われます。

 婚礼の後、栄一と千代は二人で話します。

「うた、がお嫁に行ってくれて、私はこれでもう、この世に思い残すことはございません」

 栄一はそれを聞いて苦い顔をします。

「なーにいってんだい」栄一は湯飲みを口に運んでからいいます。「あーあ、若い二人がうらやましいのう。俺は、理想だけでは太刀打ちできぬことを、岩崎さんに突きつけられた。皆を救いたいと思っても現実にはできねえ。切り捨てねばならねえことも。五代さんには、俺も欲深いといわれちまった」栄一は笑い声を立てます。「まあ認めるところもある。今の俺は、おのれの目指す合本(がっぽん)の社会をつくるためなら、どんなことでもしてやりてえと思っている。若い頃は、おのれが正しいと思う道を突き進んできたが、今の俺は、正しいと思うことをしたいために、正しいかどうかも分からねえ方に向かう、汚え男になっちまった」

「お前様は、昔から欲深いお方でしたよ」千代が微笑みます。「正しいと思えば、故郷も妻も子も投げ打って、どこへでも行ってしまう。働いて得たお金を、攘夷のために使ってしまったこともある。思う道に近づけると思えば、敵だと思っていたお家にでも、平気で仕官する」

 栄一はうつろな笑い声を立てます。

「そう聞くと俺はとんでもねえ男だな」

「ええ」笑顔で千代はそう返答します。「あたしとて、お前様はいったい何を考えておられるんだろうと、寂しい思いをしたこともずいぶんございました」

「そんなこと今さらいわれても」

「でも私は」千代は栄一の胸に手を置きます。「お前様のここが、誰よりも純粋で、温かいことも知っております」

 千代は、昔、栄一が話した夢の話をします。栄一は今、あの夢の通りに堂々と仕事をしているではないか。

「いろんなものを背負うようになってからも、心の根っこは、あのころとちっとも変ってね」千代は栄一を見つめます。「お父様やお母様も、よくやったとほめてくださいますよ」

「お千代もか」

 千代は笑い出します。そして

「へい。千代もです」

 と、確かな返事をするのでした。

 そんな千代が突然、病(やまい)に倒れるのです。医者はコレラと診て間違いないといいます。栄一は呆然と立ち尽くします。息子たちに掛けてやる言葉も見つかりません。

 「共同運輸会社」が立ち上げられます。しかしその席に栄一はいませんでした。喜作(高良健吾)から話を聞き、井上も心配します。

 千代が意識を取り戻し、目を開けます。栄一は千代の手を取ります。

「お千代。死ぬな。お前がいなくては俺は生きていけねえ。なんもいらねえ。欲も全部捨てる。お前さえいればいいんだ。だから」

 栄一は泣き崩れます。お千代がかすかな声をあげます。

「生きて、ください」お千代は栄一の胸を触ります。「生きて、必ず、あなたの道を」

 栄一はうなずきます。そして千代の手から、力が消えていることに気付くのです。

「行かねえでくれ。お千代。置いてかねえでくれ」

 栄一は泣き崩れるのでした。