日本歴史時代作家協会 公式ブログ

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大河ドラマウォッチ「青天を衝け」 第32回 栄一、銀行を作る

 渋沢栄一吉沢亮)は、銀行という仕組みを民間に根付かせるため、三年半勤めた政府を、辞める決意を固めました。

 同時期に井上馨も政府を辞職します。

 政府を去ろうとする栄一を引き止めようと、三条実実(金井勇太)らはいいます。

「おぬしは、おぬしのその才識を、卑しい金儲けのために使うつもりか」

 栄一は振り返ります。

「お言葉ですが、私はその考えこそなくしたい。お役人が偉くて、商人が卑しいとは、江戸の身分制度といささかも変りませぬが、これは実におかしい。だいたい、民で産業が育たなければ、政府がいかに金が入り用でも、国に金は生まれません。いや、しかし」栄一は声を落とします。「商人も悪い。お上に頭を、へいへいと下げつつ、後ろを振り向けば『馬鹿め。俺たちに頼るしかねえくせに』と、舌を出す。そういういじけた根性ではなく、そう」栄一は声に力を込めます。「商人こそ志(こころざし)が必要だ。両方あってこそ国がうまく回る。その民の先駆けとなることが、今の私の志望でございます」

 栄一は三条らに頭を下げるのでした。

 ある日、栄一が邸宅に戻ってみると、三井組番頭の三野村利左衛門(イッセー尾形)が訪ねてきていました。三野村は栄一が三井に入ると決めてしまっていました。三野村は三井組を引退するつもりだったゆえ、後任に推薦したというのです。

「私は三井に入る気は、これっぽっちもありません」栄一はいいきります。「私は銀行を作りたいんだ。今のまんまじゃ、日本の銀行は良くならない。私は、辞めたからにはこの手で、日本の規範となる、合本(がっぽん)銀行を作りたいんです」

「お言葉ですが、三井の総理事の座ですよ」

「三井ひとつを富ますことに興味はない。私がやりたいのはあくまで合本、合本なんです」

 三野村は腕を組みます。

「仕方ない。ならばこの先は、商売敵(がたき)ですな」

 明治六年。民間資本による、日本初の銀行「第一国立銀行」が開業しました。

 栄一は皆に西洋式の帳面のつけ方、すなわち「簿記」を身につけさせます。

 栄一は五代友厚ディーン・フジオカ)に語ります。

「開業はしたものの、まだまだぐちゃぐちゃです。そもそもまだ多くのもんが、銀行というものを根本(こんぽん)では分かっていない。株主はもちろん、貸出先も三井や小野に関するところばかり。三井と小野の金をぐるぐる回してるようなもんだ。しかも、三井も小野も張り合ってばかり。頭取も双方から一人づつ。合本も楽じゃありません」

 五代がいいます。

「そいで、渋沢君が総監役となったわけか」

 栄一は笑い声をたてます。

「相撲(すもう)の行司のようなもんです。パリを思い出す。あの頃も、水戸侍と外国奉行やパリ人の仲介ばかりでした」

「そげんして、手を結ばすコツが、まさにカンパニーじゃ。おいも、西へ同志を集め、鉱山の商(あきな)いをするカンパニーを起こしもした」

「おお、とうとうカンパニーを」

「おいは大阪、おはんは東京で商いをすっこつんなる。ま、ちっと早う、来るかち思うちょったけどもな」

「あなたの変わり身が早すぎるんです。私は、あなたが途中で投げ出したあの政府で、やれるだけのことはすべてやったという自負があります」

「おお、なかなかいうじゃなかか。ほいなら、先に官から民へ下ったもんとして、ひとつアドバイスをせんといかん。政府は、やっかいな獣の集まりじゃったが、商いの方はまさに、バケモン、魑魅魍魎(ちみもうりょう)が、跋扈(ばっこ)しておる」

 薄暗い部屋で男たちを従えた者がいます。

「いくら西洋風に改革を急いでも、形ばっかりで、民の意識が変らなければ、国は弱くなるばかり、民に喜びを、か」

 新聞を読んで笑い出します。そこは三菱商会でした。笑っていたのは、その創立者岩崎弥太郎中村芝翫)です。

「井上と渋沢が辞めて、大蔵省は今後、誰がやるがじゃろうか。大隈さんか」岩崎は外出の用意をします。「さあ、この弥太郎が行っちゃるき」

 岩崎は高笑いをするのでした。

 栄一の母の、ゑい、が東京の渋沢邸にやって来ます。ゑいと共に来た、栄一の姉の、なか(村上絵梨)が栄一に話します。

「寒くなり始めてから、調子が悪くなってね、おてい、も今、身重(みおも)なもんで、ウチも旦那の商いがあって、満足に世話ができねえし」

 栄一がいいます。

「こっちで面倒みらい。東京の良い医者にも診てもらうべえ。お千代も、世話をしてえっていってたんでえ」

「そう。ありがとうね。でも」なか、は栄一の尻を叩きます。「何やってんだい、あんたは」

 なか、は栄一の妾(めかけ)である、くに(仁村紗和)のことをいっていたのです。

「しかし、おくに、もほっとくわけにもいかねえ。子は、多くいたほうが良い。お千代も分かってくれてる」

「分かるしかねえから飲み込んでるだけだに。んなことも分かんねえんかい。かっさまだって、なっから心を痛めてんだから。にしめて孝行するんだかんな。お千代にもだで」

「はい」

 と、栄一は小さく返事をします。再び尻を叩いて、なか、は去って行きます。

 喜作(高良健吾)がイタリアから帰ってきます。銀行で栄一を見つけるなり、その後頭部を叩きます。

「なんなんでえ。大蔵省に行けばおめえはもういねえ。おめえの変わり身の早さにはついてゆけぬ」

 栄一は喜作の肩を叩きます。

「なんの。攘夷から一橋に入ったことにくらべりゃ、なんてことはねえや。とはいえ、申しわけねえ」

 と、栄一は頭を下げます。

「そうだい」喜作栄一に促されて、椅子に座ります。「今、政府は、西郷さんと江藤さんが喧嘩してみんな出ていっちまって、大久保さんと岩倉様の天下だ。俺だけ残されたらたまらねえ。俺も辞める」

「おっ、辞めて手伝ってくれるか。今なあ、大阪や鹿児島の士族も、銀行をつくりてえ……」

「いいや。俺は横浜で生糸(きいと)の商いをする。イタリアでも見てきたが、これからは、おかいこさま、だい」

「んん、そうか」

 富岡製糸場で作った生糸は、万国博覧会で高い評価を受けていました。工女の数も増え、各地から、製糸場で地元の産業を興したいと、視察の者が集まっていました。栄一は静岡に行って、慶喜に近況を報告したい、と述べます。廃藩となり、静岡県や、御宗家の懐も気になる。共に来い、と栄一は喜作を誘います。

「いや、俺はとてもお会いできぬ。先様は、俺たちが戦うことを望んでいなかった。それなのに俺は最後まで戦い、あげく多くの御直参を死なせてしまった。合わせる顔がねえ」

 栄一宅では、医者が、ゑい、を診ていました。

「ご家族はおそろいで」

 と、医者はいいます。姉様や、おていも向かっているのか、と、栄一はたずねます。

「栄一」

 と、すっかり弱り切った、ゑい、は呼びます。栄一はその手を握ります。

「かっさま、俺はここだい」

「栄一、寒くねえかい。ご飯は、食べたかい」

「何いってんだい」栄一は微笑みます。「俺は大丈夫だい」

「そうかい。よかったいね」

 ゑいは千代を呼びます。千代は栄一から、ゑい、の手を受け取ります。

「ありがとね」

 そういって、ゑい、は目を閉じます。

「ご臨終(りんじゅう)です」

 と、医者がいいます。

 栄一は一人椅子に座り、子供の頃、ゑい、に言われた言葉を思い出していました。ゑい、は自分の胸に手を当てます。

「ここに聞きな。それがほんとに正しいか、正しくないか。あんたがうれしいだけじゃなくて、みんながうれしいのが一番なんだで」

 その年は、岩倉具視山内圭哉)暗殺未遂事件や、江藤新平による佐賀の乱など、不平士族たちが、不穏な動きを見せていました。不満をそらすために、大久保利通石丸幹二)は、台湾の出兵を計画していました。その輸送を、政府は三菱に命じるのです。

「国あっての三菱。むろん、お引き受けいたします」

 と、岩崎弥太郎は、大隈重信(大倉考二)に頭を下げます。夜になって約定(やくじょう)に判を押したあと、岩崎は大隈にいいます。

「三井、小野が、それほど政府のいうことを聞かんなら、少し、灸(きゅう)をすえたらどうですやろ」

 井上が銀行を訪れ、栄一に小野組が危ないと告げます。小野組に対して銀行は、莫大な貸付金があったのです。

「その貸付金を取りはぐれたら」

 と、井上がいいます。栄一は目を見開きます。

「巻き添えで、第一国立銀行は破産する」