大河ドラマウォッチ「青天を衝け」 第37回 栄一、あがく
千代の死から、三ヶ月がたちました。栄一(吉沢亮)は「顔色が悪い」と喜作(高良健吾)にいわれる始末です。
「渋沢には、早う次の妻を探さにゃならんな」と、立ち上がったのは井上馨(福士誠治)です。「でなけんにゃ、日本経済そのものにも大いに差し障りがある。渋沢は今や日本経済の要(かなめ)じゃ」
政府は、栄一たち実業家を支援し、三菱に対抗する海運会社「共同運輸会社」を設立させました。
岩崎弥太郎(中村芝翫)と大隈重信(大倉孝二)は、その活動を阻もうとしましたが、当時の世論は、共同運輸の味方でした。
大隈は自分たちを批判する新聞を岩崎に見せます。岩崎は笑い声を上げます。
「世の中に、これは叩かれるゆうがは、大隈様も三菱も、やはりたいしたもんやのう。今さら政府らを味方につけんでも、この三菱は一向に構わん。わしを誰やと思うちょる。岩崎弥太郎やぞ。岩崎はこの一手だけで、日本を一等国にするき」岩崎は社員たちに向き直ります。「ええかおまんら、売られた喧嘩は正面から買(こ)うちゃるき。この機に、さらに三菱を、大きゅうしちゃちゃるわ」
三菱と共同は激しく競い合います。三菱が運賃を一割下げると、共同は二割下げるという具合です。
栄一は、数年前に没落した豪商「伊勢八」の娘、伊藤兼子(大島優子)を、後妻に迎えることにしました。栄一は兼子にいい聞かせます。
「渋沢家の家政を任せたい。特に嫡男の篤二まだ小さく、母親が必要だ。また、財界や政府に、世話になっている方が数多くいるゆえ、その方々や家族ともうまく交際し、万事抜かりなくやってもらいたい。背負う事業が多岐にわたるゆえ、てきれば、子も多くほしい。よしなに頼む」
栄一は出かける際に、娘の歌子(小野莉奈)にいわれます。
「もうご再婚とはどういうことですか。家を守るお方が必要なのはわかります。でも、おくにさんでもなく、見ず知らずの方と」
「俺の妻となれば、年中表に出て、多くの方々と、交際してもらわねばならねえ。おくにには荷が勝ちすぎる」
数ヶ月後、歌子は男の子を産みました。栄一は喜び
「お千代に、見せてやりたかった。お千代は、孫を見るのをずっと楽しみに……」
と、いってしまうのでした。
東京府会では、千代が熱心に支えてきた養育院が、廃止されようとしていました。
「しかるに、困っているものを助け、新たなる罪人を生まぬようにすることは、人の道のみならず、社会のためにも……」
などと栄一が発言しても、誰も聞こうとしません。
「日本が西洋のごとく、新しくなっていかなあかんことはよう分かってます。しかし三条さん」岩倉をうちわであおいでやっているのは三条実美(金井勇太)でした。「これはわしらが願うてた、建武以来の、お上を王とする世とは、全くちごてしもた」
三条がいいます。
「議会ができて、民(たみ)まで政治に口を出すようになったら、どんな世になってしまうのやら」
岩倉は大声で井上馨を呼びます。
「お上は、民を、愛しておられる。日本は、ほかのどの国とも違う。お上のもとでの国家をつくらなあかんのや」
そういって岩倉は、つんのめるように倒れるのでした。岩倉具視は、天皇を中心とした国を望みながら、世を去りました。
共同運輸と三菱の、熾烈(しれつ)な争いは続いていました。その中で岩崎弥太郎は倒れてしまいます。
栄一のもとに、五代友厚(ディーン・フジオカ)が訪れます。三菱と協定を結ぶように提案します。
「この競争は、共同、三菱双方にとって、多大な損失を招いておる。ここいらが潮時じゃろう」
共同の益田孝(安井順平)がいいます。
「まさか。ここからが正念場ですよ」
「気づいちょらんのか。岩崎君は密かに、この共同運輸の株を、株主から買い集めちょる。もうすでに、過半数は三菱のもんじゃ」
皆は驚き、慌てます。井上馨が話します。
「岩崎は、渋沢の元本(がっぽん)の仕組みを使うて、この会社を乗っ取ろうとしとるんじゃ」
栄一は五代にいいます。
「それであなたは、のこのこ仲裁(ちゅうさい)に来たのですか。開拓使騒ぎの頃、世論はあなたをさんざんに叩いていたが、今や世論の敵は、岩崎さんだ。徹底的に叩く絶好の機会でしょ」
「うんにゃ。岩崎君が海運を、一手に握ったのは、政府の思惑もあってのことじゃ。そいを今度は、大きくなりすぎたからといって潰すとは、あまりに無情。よかか、渋沢君」五代は立ち上がり、渋沢の隣に座ります。「こげん争いは不毛じゃ。もし共同が勝って、三菱が倒れたとしても、今度は、共同が第二の三菱になるのは知れたこと」
「あなたに口を挟まれるいわれはない」
「うんにゃ挟む。まあちいと大きな目で、日本を見んか」
「見てますよ。俺は大きな目で日本を見てる。岩崎さんは、本当の国の発展を分かってないからあんなことしたんだ」
「おいは、商人が正しく競い合うことで、経済を発展すると思うちょる。こげん争いは、日本の損失じゃ」
「いいや」栄一は感情的になっています。「これは、岩崎さんの独裁と、俺の合本との戦いなんだ。私は、戦いをやめる気はありません。差し違えてでも勝負をつける」
栄一は伊藤博文(山崎育三郎)を訪ね、岩崎の不法を並べ立てます。
「なんとか、政府に制裁していただきたい」
という栄一に、伊藤は話します。
「どうも今日の渋沢君は妙じゃの。渋沢君がおのれを正しいと主張するんは、まあかまわん。じゃが、その正しさを主張したいがために、敵の悪口をあれこれあげ連ねていいふらすっちゅうのは、それこそ実に卑怯千万なやり方じゃなかろうか。君は、人から立派に人物じゃといわれちょる。恐らく君自身も、自分は正しいと、立派な考えを持っとると思うちょるじゃろう。そういう君からして、こねえに卑怯なことをするようでは困るんじゃ。少し慎め」
栄一はソファに腰を下ろします。伊藤は明るい様子で話し続けます。
「まあ、とはいえ、わしも、岩倉様を裏からつついて、大隈さんを追いやったんじゃがのう。ただわしは、自分を正しい人間とははじめから思うちょらん。大隈さんをどねえしても外したかった訳でもない。大隈さんは、急ぎすぎちょった」伊藤は束になった書類を栄一に見せます。「わしなんか、一年半もかけて憲法を調べてきた。わしは、日本独自の憲法を作り、国民が育てば議会をつくる。民意を取り入れたいと思うちょる。大久保さんも、西郷さんも岩倉様も、今まで日本ためによう働いてくれた。ようやくこっからが、新しい日本のスタートじゃ」
栄一はあっけにとられ、つぶやくようにいいます。
「まさか。結局一番大きな目で日本を見ているのは、あなたなんですか」
伊藤は笑い声をたてるのでした。
岩崎弥太郎は寝込んでいました。息子の弥之助(忍成修吾)にたずねます。
「渋沢は、まだ根をあげんがか」岩崎は笑います。「今一度盛り返したい。弥之助。わしの事業を、決して、落とさんようにねや」岩崎は天井を見上げます。「国のためやち、日本を一等国に、世界の航路に、日本の船を。日本に、繁栄を」
職場に来た栄一は、驚いて振り返ります。
「岩崎さんが死んだ」栄一は帽子を掛けます。「嘘だ。あの人は死んでも死なねえはずだ。
銀行の者がいいます。
「大阪の五代さんも、もう長くないと、噂があります」
栄一は五代の仲裁で、三菱の面々と話し合いをすることになりました。五代がいいます。
「正直にいってくれ。こん競争、このまま続けたら、三菱はあと、どれだけもつ」
岩崎弥之助が答えます。
「一年です」
五代は栄一たちにも同じように聞きます。共同の一人がいいます。
「百日です」
弥之助がいいます。
「それが本当やったら、三菱は勝てるの。けんど、勝ったち、満身創痍や」
五代が発言します。
「うん。そん後は必ず、外国の汽船会社がやって来て、日本の海運を、再び牛耳ることになる」
栄一がいいます。
「もう、ほかに道はないようだ」
栄一は立ち上がり、弥之助に握手を求めるのです。それに答える弥之助。こうして両者は、二年半に及ぶ戦いを終え、合併することを選びました。
皆が帰った後、栄一は五代と話します。
「五代さん。ありがとうございました」栄一は座ります。「早く、体、直してください」
「おいが死んでも、おいがつくったものは残る。青天白日。いささかも、天地に恥じることはなか。じゃっどん、見てみたかった。こいから、もっと商いで、日本が変っていくところを。こん目で、見てみたかった。渋沢君。日本を、頼んだど」
その年の秋、五代友厚も亡くなりました。
栄一は後妻の兼子から
「離縁してくださいませ」
と、頭を下げられます。とまどう栄一。兼子は理由を話します。
「私はかつて、妾にだけはなりたくないと思っておりました。その願いが叶い、妻として、かように立派な方に嫁げるとは、なんと光栄なことと喜んでいました。しかし妻であれば、女の矜持(きょうじ)が守られると思っていた私が愚かでございました。あなた様の心もいまだ、前の奥様にございます。私は、望まれて妻になりたいなどと、馬鹿げたことをいうつもりは毛頭ございません。しかしそれでも、いくばくかの情がなければ妻にはなれません。子もできません。篤二さんも、あたしにはなついてくださいません。きっとあたしは、一生かけても、奥様の変わりにはなれません。どうか、離縁してください」
「それは許さねえ。いや違う」栄一も頭を下げます。「許してくれ。俺は、ちっとも立派じゃねえ。いつも日本のためだとかなんとかいって、目の前のことしか見えていねえ。目の前のことをやるのに精一杯だった。それをいつも、とっさまに守られ、かっさまに守られ、一橋の家に守られ、お千代に守られて、どうにかやって来たんだ。だから」栄一は今度は膝をそろえて頭を下げます。「頼む。これから、俺をもっと𠮟ってくれ。尻を叩き、時には今のように、捨ててやるぞこのヘッポコ野郎とののしってくれ」
「いえ、そこまではいっておりません」
「俺は、どうしても、この家を、家族を守りたい。どうか、力を貸してください」
栄一は深く頭を下げるのでした。
「わかりました。これ以降も、よろしくお願い申し上げます」
と、兼子も頭を下げます。
廃止の危機にあった養育院は、兼子と協力して、栄一がみずから経営することにしました。栄一は千代が子どもたちに針を教えていた部屋の前で立ち止まります。
「お千代。見ていてくれ」
と、栄一はつぶやくのでした。
明治十八年の冬、日本に内閣制度が発足しました。天皇により、内閣総理大臣に伊藤博文が任命されます。三年後には、大日本帝国憲法が発布され、天皇を国の元首としつつも、伊藤たち元老が、政治の主導権を握ることとなりました。
兼子と栄一の間に子ができていました。それを見つめる十七歳の篤二は、煙草を取り出して口にくわえるのでした。