日本歴史時代作家協会 公式ブログ

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大河ドラマウォッチ「青天を衝け」 第36回 栄一と千代

 栄一(吉沢亮)たちは、三菱に対抗すべく、海運業者の合本(がっぽん)組織「東京風帆船(ふうはんせん)会社」を設立しました。

「合本で、三菱の一人勝ちを打ち破ろう」

 と、栄一は皆に宣言します。

 岩崎弥太郎中村芝翫)は大隈重信大倉孝二)と話してから、一人つぶやきます。

「何が風帆じゃ。風船玉のように、しぼめちゃる」

 新聞に栄一が、銀行がうまくいかなくなって首をくくったと書かれます。慌てた家族らが確かめてみると、栄一は生きています。訪ねてきていた五代友厚ディーン・フジオカ)がいいます。

「岩崎君は、社員や出入りのもんを使って、風帆船会社の悪口を言いふらしておる。大隈君も、風帆船を、あまりよく思っちょらんじゃろう」

「大隈さんまで敵に回せば、もうこの会社は終わりだ」

 と、栄一は嘆(なげ)きます。

 栄一たちの風帆船会社は、まだ開業もしないうちに、暗礁に乗り上げました。

 郵便汽船三菱会社では、岩崎弥太郎が商人たちを集めています。

「みだりに海運業らに手を出すより、むしろ、わしらと組んで、商社をつくってみたらどうぜよ。その時は、三菱の船も使うてくれ。資本はなんぼでも融通(ゆうずう)するき。元来わが三菱は、政府が、三井ばっかりひいきし、日本の海を、外国船が闊歩(かっぽ)するがを、おのれ一個の必死の相撲(すもう)で勝ち取ってきました」岩崎は台の上に立って皆に呼びかけます。「これも、国のためやき。そのためにもわが三菱は、国家の使命に徹し奮励(ふんれい)し、国民の期待に応えるべく、覚悟をもってやろうじゃいか」

 商人たちは歓声を上げ、拍手をするのでした。

 岩崎弥太郎が着々と商売の手を広げる中、栄一が院長を務める「東京養育院」では、物価の上昇や、収容者が増え続けたことで、さらなる財政難に陥っていました。

 東京府会にて、議長が話します。

「貧困はおのれの責任である。養育院の貧民は、租税をもって救うべきではない」

 沼間守一が述べます。今も多くの税を充(あ)てているが、わずかな貧民しか救うことができない。多くは慈善家が養っている。

「だいたい誰かが助けてくれるなどという望みを持たせるから、努力を怠(おこた)らせることになるのだ」

 と、発言する者がいます。

「そうだ。怠民(だみん)を養成するな」

 との声も聞こえます。栄一はいいます。

「いいや、救済はせねばならん」

 議長があきれます。

「また渋沢さんの理想論であるか」

 栄一は養育院が節約していることを述べます。それに対して税収が逼迫(ひっぱく)しているとの反論が出ます。栄一はひるみません。

「わかっておる。だが、国が一番守らねばならんのは人だ。限られた予算であっても、救済は必要だ」

 沼間がいいます。

「理想論は無用。それでなくても未熟な日本には、すべての人間に手を差し伸べている余裕はない」

「そうです。優秀な人間が、国を支えねばならん」

 その言葉に栄一は立ち上がって叫びます。

「いいや、その説は間違っておる」

 反論の声が次々と上がります。話し合いは紛糾し、結論どころではなくなります。

 栄一が戻ってきた部屋では「東京東京風帆船会社」の壁掛けが下ろされていました。

 栄一の娘の、うた(小野莉奈)はお見合いを行っていました。相手は旧宇和島藩士で、留学経験もあり、東京大学で法学教員として勤めることになった、穂積陳重(田村健太郎)という男性でした。うた、と穂積は、何やら気まずい様子です。しかし穂積が、父親と母親のことを質問すると、うた、は堰(せき)を切ったようにしゃべり始めます。

「そういえば」と、うた、立ち止まります。「私のことはおたずねにならないのですか。今日は私とのお見合いのはずです」

 穂積は笑い出します。

「ええ、あなたのことも知りたい。ぜひ教えてください。そしてそれがすんだら、僕のことも、知っていただきたい」

 うた、は笑顔を咲かせます。

「はい。ぜひ知りとうございます」

 こうして二人は意気投合したのでした。

 その頃、政府では大問題が起きていました。北海道開拓士の官営工場が、薩摩の五代友厚に不当に安く払い下げられると報じられたのです。政府が薩長で固められているとの批判が民の間で噴出します。

 井上馨福士誠治)が怒って新聞を叩きつけます。

「こげな記事はでたらめじゃ。民権家どもは政府を悪者にしよって」

 伊藤博文(山崎育三郎)が応じます。

「ああ、奴らは我が長州や薩摩を特に嫌うちょる。払い下げに反対した大隈(大倉孝二)さんだけをえろうほめたたえ、わしらを悪者にしちょる」

「大隈さんは、北海道を狙うちょる岩崎に便宜(べんぎ)をはかろうとして、うん、といわなかっただけじゃったっちゅうのに」

「うん」伊藤は宙を見すえます。「大隈さんなあ。そうか」と、井上を振り返ります。「こりゃあええ機会かもしれん」

 夜中、大隈邸を訪ねる者がいます。ランプの明かりの中に、伊藤が立っていました。

「たった今、臨時の御前会議が終わりました」伊藤は静かに語ります。「どうか、黙って今すぐに、辞表をお出しください」

 大隈重信は政府を追い出され、権力を握った伊藤博文を、井上馨たち、長州や薩摩の人々が、支える体制になりました。これが「明治十四年の政変」です。

 国立第一銀行で、五代友厚が栄一にいいます。

「とんだとばっちりじゃ。よくもここまで、人民の目の敵(かたき)にされるとは。おいは、汚か商いはないもしちょらん」

 栄一が問います。

「なぜ反論しないのです。そもそも新聞が書き立てていることも、でたらめばかりじゃありませんか」

「まあ、そのうち、別の新聞が真実を書いてくれっちゃろう」

「しかし、世間が話題にするのは、悪意ある興味本位の嘘だけだ。もしその嘘のみが広まって、あなたの名誉に後々まで傷がついたら」

「じゃっどん、おいが文句をいったら、大隈君がさらに叩かれるだけじゃ。北海道の仕事を失ったのは残念だが、ま、ほいで終わりじゃなか。また別のことをすっだけじゃ」

「あなたは甘い」

 五代は身を乗り出し、穏やかに話します。

「名誉や金より、大切なのは目的じゃ。おいは、皆が協力一致して、豊かな日本をつくることこそ正義だと信じちょる。岩崎君と比べ、商売人としてどっちが優れてるかといえば、向こう方じゃ。たぶん、おはんにも負けちょう。おはんは、おいに比べて、ずっと欲深か男じゃ」

「私は岩崎さんとは違う」

「うんにゃ。二人はどこ似ちょう。岩崎君も御半も、おのれこそが、日本を変えてやるという欲に満ちておる」

 そこへ井上が入って来ます。

「おい。三菱を倒してくれ。ますます力をつけて、政府の手に負えん。今度こそ、三菱に対抗できる、海運会社をつくるんじゃ」

 井上は、各運輸会社を合同させ、そこに政府も金を注ぎ込むというのです。

「政府がなぜそこまでするんですか」

 と、栄一は聞きます。

「それが、あの佐賀人は不死身じゃ」

 大隈は、政府に対抗する新しい政党を作ろうとしていたのでした。資金源となっているのは三菱です。

 その春、うた、と穂積の婚礼の儀が行われます。

 婚礼の後、栄一と千代は二人で話します。

「うた、がお嫁に行ってくれて、私はこれでもう、この世に思い残すことはございません」

 栄一はそれを聞いて苦い顔をします。

「なーにいってんだい」栄一は湯飲みを口に運んでからいいます。「あーあ、若い二人がうらやましいのう。俺は、理想だけでは太刀打ちできぬことを、岩崎さんに突きつけられた。皆を救いたいと思っても現実にはできねえ。切り捨てねばならねえことも。五代さんには、俺も欲深いといわれちまった」栄一は笑い声を立てます。「まあ認めるところもある。今の俺は、おのれの目指す合本(がっぽん)の社会をつくるためなら、どんなことでもしてやりてえと思っている。若い頃は、おのれが正しいと思う道を突き進んできたが、今の俺は、正しいと思うことをしたいために、正しいかどうかも分からねえ方に向かう、汚え男になっちまった」

「お前様は、昔から欲深いお方でしたよ」千代が微笑みます。「正しいと思えば、故郷も妻も子も投げ打って、どこへでも行ってしまう。働いて得たお金を、攘夷のために使ってしまったこともある。思う道に近づけると思えば、敵だと思っていたお家にでも、平気で仕官する」

 栄一はうつろな笑い声を立てます。

「そう聞くと俺はとんでもねえ男だな」

「ええ」笑顔で千代はそう返答します。「あたしとて、お前様はいったい何を考えておられるんだろうと、寂しい思いをしたこともずいぶんございました」

「そんなこと今さらいわれても」

「でも私は」千代は栄一の胸に手を置きます。「お前様のここが、誰よりも純粋で、温かいことも知っております」

 千代は、昔、栄一が話した夢の話をします。栄一は今、あの夢の通りに堂々と仕事をしているではないか。

「いろんなものを背負うようになってからも、心の根っこは、あのころとちっとも変ってね」千代は栄一を見つめます。「お父様やお母様も、よくやったとほめてくださいますよ」

「お千代もか」

 千代は笑い出します。そして

「へい。千代もです」

 と、確かな返事をするのでした。

 そんな千代が突然、病(やまい)に倒れるのです。医者はコレラと診て間違いないといいます。栄一は呆然と立ち尽くします。息子たちに掛けてやる言葉も見つかりません。

 「共同運輸会社」が立ち上げられます。しかしその席に栄一はいませんでした。喜作(高良健吾)から話を聞き、井上も心配します。

 千代が意識を取り戻し、目を開けます。栄一は千代の手を取ります。

「お千代。死ぬな。お前がいなくては俺は生きていけねえ。なんもいらねえ。欲も全部捨てる。お前さえいればいいんだ。だから」

 栄一は泣き崩れます。お千代がかすかな声をあげます。

「生きて、ください」お千代は栄一の胸を触ります。「生きて、必ず、あなたの道を」

 栄一はうなずきます。そして千代の手から、力が消えていることに気付くのです。

「行かねえでくれ。お千代。置いてかねえでくれ」

 栄一は泣き崩れるのでした。

 

『映画に溺れて』第462回 最後の決闘裁判

第462回 最後の決闘裁判

令和三年十月(2021)
立川 TOHOシネマズ立川立飛

 

 ミステリアスな実録中世騎士物語である。
 十四世紀末のフランス、ノルマンディーの騎士ジャン・ド・カルージュは留守中、屋敷で妻のマルグリットをかつての友ジャック・ル・グリに凌辱される。
 領主のアランソン伯爵ピエールはル・グリを寵愛しており、訴えが退けられると判断したジャンは直接国王シャルル六世に直訴するが、ル・グリが無実を主張したため、決闘で決着をつけることとなる。神は正義に味方するので、勝者が正しいという理屈である。
 勇猛果敢なジャン・ド・カルージュは城塞の長官の息子であり、戦にあけくれるが戦果は乏しく、領主の伯爵からは冷遇されている。戦場で命を救ったジャック・ル・グリと親友になるが、放蕩者の伯爵は無骨なジャンを嫌い、才気あるル・グリを優遇する。ジャンは大地主ド・ティボヴィルの娘、美しいマルグリットを妻に迎える。持参金の一部である土地を伯爵が接収し、しかもル・グリに与えたことを知り、国王に訴えるが却下され、さらにジャンの父の死後、長官の地位までル・グリに奪われる。ド・カルージュ家は経済的に苦しく、ジャンはイングランドに遠征し、戦果をあげて騎士に叙せられる。報奨金を受け取りにパリへ行った留守中に訪ねてきたル・グリに妻を犯され、国王に直訴し、決闘裁判となる。というのがジャン・ド・カルージュの回想である。
 博識で才気煥発、伯爵から頼られ、女たちから愛される洒落者のジャック・ル・グリは心ならずも親友のジャンと疎遠になる。が、酒宴で出会ったジャンの妻マルグリットの美しさに心奪われ、文学の話題で言葉を交わし、彼女も自分に気があることを直感して、夫の留守中に屋敷を訪ね、想いを遂げた。王への直訴は筋違いというのがル・グリの視点。
 さらに同じ物語がマルグリットの女性の視点で描かれる。真実はひとつであるはずだが、三者三様の立場で再現すると微妙に異なる。黒澤明監督『羅生門』の手法なのだ。
 いよいよふたりの男が馬上で、槍で、剣で、命と名誉を賭けて戦う対決場面は手に汗握る凄まじさ。さすがリドリー・スコット監督、大迫力である。

 

最後の決闘裁判/The Last Duel
2021 アメリカ/公開2021
監督:リドリー・スコット
出演:マット・デイモンアダム・ドライバー、ジョディ・カマー、ベン・アフレック、ハリエット・ウォルター、アレックス・ロウザー、マートン・ソーカス

 

大河ドラマウォッチ「青天を衝け」 第35回 栄一、もてなす

 アメリカの元大統領、グラント将軍を、国を挙げて、もてなすことになりました。民(みん)の力を見せつけてやると、栄一(吉沢亮)たちは大はりきりです。

 築地の大隈邸に、栄一の妻の千代(橋本愛)と、喜作(高良健吾)の妻の、よし、がやって来ます。待っていたのは、井上馨(福士誠治)の妻の武子(たけこ)(愛希れいか)などでした。大隈の妻の綾子(あやこ)(朝倉あき)は武子が、井上と共にヨーロッパを回って、帰国したばかりだと説明します。

 日本が一等国を目指しているこの頃、アジアでは、ヨーロッパ各国による、植民地支配が強まっていました。

 グラント将軍の来日三ヶ月前、栄一は男たちにいいます。

「俺は民部公子とパリに行ったとき、文明の差を、嫌というほど思い知った。今度は、今の日本が、いかに西洋に追いついているのか、見せつけなくてはならない」

 男たちはグラント将軍のもてなしに対して、次々にアイデアを出していきます。流鏑馬(やぶさめ)や歌舞伎など。場所は上野公園が良いと栄一が提案します。

 一方、女たちは武子が教師役になって、あいさつの仕方から学んでいきます。歯を見せて笑顔をつくることに始まり、シェイクハンドやハグなどを教えられます。困惑する女たちに、綾子がいいます。

「慣れましょう。野蛮国と思われぬためにも、いかに私たちがふさわしい振る舞いをするかにかかっております」

 しかし女たちは、マナーの練習をそっちのけで、おしゃべりに熱中していきます。

 東京府民からも、もてなしのためにと、予想以上に寄付金が集まっていました。日本が世界に並び立つことになることを、人々も期待しているのです。

 そして七月、グラント将軍一家が横浜に到着します。

 郵便汽船三菱会社では、岩崎弥太郎(中村芝翫)が部下たちに活を入れていました。

「ええか、おまんら。あいつらがアメリカ騒ぎにうつつを抜かしちょる、今が好機や。船を増やしや」

 栄一は、皆を代表し、グラント将軍に歓迎文を読み上げます。

 グラント将軍をもてなすため、夫人同伴の夜会が催されることになりました。武子と娘の末子は洋風のドレスを身につけます。

 楽団の奏でる音楽に合わせ、ダンスが始まります。夜会は盛り上がりますが、ジュリア夫人が足を虫に刺され、席を外します。心配になってやって来たグラント将軍と栄一は話します。

「私はもはや大統領ではないのだ。これほど大がかりにもてなされても、日本の期待に応えるようなことなど、何もできない」

 栄一は邸宅に帰ってきて、千代に打ち明けます。

「グラント将軍が我が家に来たいとおっしゃっている。西洋では、大切な客を、個人の家庭で招いて、もてなす風習があるんだ。それで、接待委員代表の家ならば、しごく都合が良いだろうと。あさって来ることになった」

 栄一は困惑します。飛鳥山に新しい家を建てていますが、母屋ができたばかりで、庭も整備されていません。しかし千代は落ち着いています。

「なんという僥倖(ぎょうこう)でございましょう。あれほどのお方を家でお迎えできるとは、こんな光栄なことはございません」

 といい、娘たちにテキパキと指示を出すのです。

「ぐるぐるいたします」

 と、栄一を取り残し、千代は準備に励むのでした。

 千代たちは、飛鳥山の新居を大急ぎで整え、グラント一行を迎える準備をしました。

 栄一は千代と話します。

「俺は、パリで受けたどんなもてなしより、ポトフを覚えている。豪華なもてなしは確かにありがたい。しかし、遠い異国の地で、まことのもてなしというのは、結局、俺は、人のあったけえ心なんじゃねえかと思う」

 グラントの一行が、飛鳥山の渋沢邸に到着します。まず栄一の子どもたちが歓迎の歌をうたいます。そして庭にて、踊りや撃剣(げきけん)が披露されます。相撲にはグラント将軍も大興奮です。栄一の隣に立つ伊藤博文(山崎育三郎)がいいます。

「じゃがここまでしてグラント将軍を歓迎することに意味あったのかのう。岩倉様や井上さんは、はしゃいどるが、イギリスのパークスは、グラント将軍の来日を白い目で見ちょる。フランス、ドイツ、ロシアもしかりじゃ。アメリカ一国の、しかも今や、大統領でもないもんをもてなしたところで、なんも変らんのじゃなかろうか」

 相撲が終わったところで、喜作とよしが、煮ぼうとうをごちそうすると宣言します。グラント将軍が席に着くと、喜作が話します。

「旅で各国の上品なものばかり食べて、舌も疲れているであろう」

 グラント一行は、煮ぼうとうが気に入った様子でした。千代は皆にもほうとうをふるまいます。男たちを前にして、グラント将軍は語ります。

「今回、アジアを回って気付いたことがある。近年、アジアで、ヨーロッパの影響力が強まっている。そして何億人もの、それぞれの文明を持った人々が、西洋人でない故に、軽んじられ、権利を無視されている。日本は今、欧米に肩を並べようとしている。しかし覚えておいたほうがいい。多くの欧米人、特に商人は、日本が対等になることを望んでいない。このまま、アジア人を働かせ続け、利益を得たいのだ。日本が独立を守り、成長するのは大変なことだ。しかし」グラント将軍は日本語でいいます。「私は願っています。それが、成功することを」

 それを聞いて井上や伊藤は握手を求めます。栄一の番になったとき、グラント将軍はいいます。

「接待する側のあなたがたに、ひとつお願いがある」

 と、栄一に相撲を取ってくれるように要求するのでした。

 歓迎会は大成功しました。

 夜、くつろいで浴衣に着替えた栄一は、千代にいいます。

「お千代。おめえはすげえ。今までも何度も、お千代をめとって、俺は敵なしと思ってはいたが、今回はまことにたまげた。お千代は、世界に冠たる、おなごだ。極上だ。欠けがえのねえ奥様だで」

「あれまあ、もったいねえお言葉を次々と」

 栄一は千代を抱きしめ、いいます。

「どうしてもいいたくて、いいたくて仕方ねえ。惚れ直した。ありがとう、お千代」

 二ヶ月の滞在を終え、グラント将軍は帰国しました。そして、日本が国力を高めることに力を注ぐ中、政府の保護の元、海運業を独占したのは、三菱でした。

「さあ、祭りは終わりや」岩崎弥太郎はうそぶきます。「今、ウチのほかに、日本に船はないろ」

 岩崎は大隈にいいます。

「国家財政多難な今、まだまだ、この日本を豊かする、見込みのある地は残っちょります」

 そう岩崎は、地図を指し示します。

「北海道か」大隈は顔をしかめます。「ここは駄目じゃ。薩摩ん黒田が、十年も前から開拓に入って、年百万もの金(かね)ばつぎ込んどるっちゅうのに、満足でくっほどに成果ばあげとらん」

「薩摩の某(なにがし)と、この岩崎を一緒にされたち困る。わしやったら、どんな土地やち、宝の地にすることができるの。ぜひとも北海道は、この岩崎めにお預けを」

 政府に対する不満が、人々の間で高まるにつれ、政治への参加を求める「自由民権運動」が、激しくなっていきました。

 井上が伊藤に話します。

「大隈さんはがんばっちょる。じゃが、あの手この手とやっても、物価の高騰(こうとう)がひどうなるばかりじゃ。民権家が政治に口を出そうと勢いづいちょるのもそのせいじゃ。大隈さんは、財政を一手に握っとるからちゅうて、やりたい放題が過ぎる。おかげで三菱が増長しとる」

 伊藤がいいます。

「あの減らず口には、今まで大いに助けられたんじゃが、この先は、かえって邪魔になるかもしれんの」

 第一国立銀行にいる栄一のもとに、三井物産の益田孝(安井順平)と実業家の大倉喜八郎(岡部たかし)の二人が訪れます。益田は栄一に頭を下げます。

「渋沢さん。三菱をどうにかしてください。わが三井は、海運会社を潰されたあげくに、今度は船賃まで値上げされて、物産業までやられている」

 大倉もいいます。

「地方では、海運会社も次々と潰している。あくまで、おのれ一社で、この国の経済を動かそうとしているんですよ」

 栄一がいいます。

「岩崎さんは、合本(がっぽん)主義を憎んでるんだ。しかし、三菱の一人勝ちは、国のためにも打破せねばならない。我々も、合本による新たな船の会社をつくろう。三菱と、真っ向勝負をするんだ」

 

『映画に溺れて』第461回 クーリエ 最高機密の運び屋

第461回 クーリエ 最高機密の運び屋

令和三年十月(2021)
日比谷 TOHOシネマズ日比谷

 

 イアン・フレミング原作の007シリーズがショーン・コネリー主演で映画化されたのが一九六二年、日本公開時のタイトルが『007は殺しの番号』だった。
 米ソが核兵器と宇宙開発で競い合っていた冷戦時代、007のヒットでスパイ映画が次々に登場し、その一方で核戦争による恐怖を描いたディストピア映画もたくさん作られた。いつボタンが押され世界が滅亡してもおかしくない時代でもあったのだ。
 ロンドンに住むグレヴィル・ウィンは東欧に西側の工業製品を売りつけるセールスマンである。一九六〇年、ウィンは商務省の役人から会食に招かれ、東欧からさらにモスクワまで商売の範囲を広げてはどうかと勧められる。商務省の役人とはMI6、同席したアメリカ女性はCIAの諜報員だった。
 政府となんの関係もない平凡な中年のセールスマンなら、ビジネスでモスクワを訪れても怪しまれない。つまり、スパイとなってソ連側のある人物と接触し、情報を持ち帰ってほしいという依頼である。
 とんでもないとウィンは断るが、結局は引き受けることに。そしてモスクワでオレグ・ペンコフスキーに出会う。ふたりは食事し、お互い酒好きということもあり、意気投合する。軍人でありソ連の科学調査委員会の高官であるペンコフスキー、彼こそが西側にソ連の情報をもたらす人物であった。
 ウィンは商用を隠れ蓑にロンドンとモスクワを何度も往復し、ペンコフスキーから得た情報をMI6に流す。家族にもスパイ行為は秘密にしているため、妻から浮気を疑われながら。
 スパイ映画でジェームズ・ボンドウルスラ・アンドレスダニエラ・ビアンキといちゃついているとき、現実世界では一触即発のキューバ危機があり、平凡でつつましい中年のセールスマンが世界大戦の危機を救うため、目立たず密かに活躍していた。これはそんな冷戦時代を背景とした実話である。

 

クーリエ 最高機密の運び屋/The Courier
2020 イギリス/公開2021
監督:ドミニク・クック
出演:ベネディクト・カンバーバッチ、メラーブ・ニニッゼ、レイチェル・ブロズナハン、ジェシー・バックリー

 

『映画に溺れて』第460回 空白

第460回 空白

令和三年九月(2021)
飯田橋 角川試写室

 

 個性派の脇役として活躍する古田新太の主演作。劇映画なのに、最初の船で漁をするシーンから、まるでドキュメンタリーフィルムを観るようなリアルさ。
 海に近い地方の町で漁師を営む添田は気が荒く、常に不機嫌で周囲に怒りをぶつけている。妻とは離婚し、中学生の娘と二人暮らし。娘の花音は父の前では萎縮してまともに口も利けない。その延長かどうか、学校では友達もなく、まったく目立たない存在である。
 ある日、花音が町の個人経営のスーパーマーケットで化粧品を万引きする。気づいた店長の青柳が手をつかんで事務所に連れて行こうとすると、花音は逃げる。青柳が追いかける。追われて道路に飛び出した花音が自動車事故で。
 ただでさえ怒りっぽい添田の怒りが娘の死によって爆発し、剥き出しの憤怒を周囲にぶちまける。
 娘は万引きなんかしていない。おまえが事務所に連れ込んでいたずらしようとしたんだろう。そう言って店長の青柳を責める。
 ショッキングな事故に飛びつき押し寄せるマスコミにも罵詈雑言を浴びせる。
 中学校に乗り込み、娘がいじめにあってたんじゃないか。万引きしたとすれば、そそのかしたやつがいるはずだから調査しろ。校長や担任教師を脅す。
 そんな添田を唯一慕って漁師の見習いをしている若者を罵りクビにする。
 事故の原因となった車を運転していた若い女性が母親を伴って謝りに来ても無視する。
 興味本位に煽り立てるマスコミ。歪んだ正義感でスーパーを非難する無責任な人々。どこまでいっても怒りの鎮まらない添田は青柳につきまとう。青柳も救いがないほど追い詰められる。
 青柳の松坂桃李添田の元妻の田畑智子、スーパー店員の寺島しのぶなど芸達者ぞろいだが、なんといっても古田新太の迫力。演技を越えて本気で怒っているごとき強烈さである。
 まさにドキュメンタリーを思わせる手法、奥崎謙三を描いた『ゆきゆきて神軍』の過激さをふと連想してしまった。

 

空白
2021
監督:吉田恵輔
出演:古田新太松坂桃李田畑智子、藤原季節、趣里、伊東蒼、片岡礼子寺島しのぶ

 

『映画に溺れて』第459回 恋愛適齢期

第459回 恋愛適齢期

平成十六年四月(2004)
銀座 丸の内東映

 

 ジャック・ニコルソンダイアン・キートンが共演、年配男女のラブコメディである。
 ハリーは六十三歳のプレイボーイ。レコード会社を所有し悠々自適、結婚経験はなく、恋の相手は次々と変わり、どれも三十以下の若い女性。それで何十年も通して来た。知り合ったばかりの若いマリンと終末を過ごすため海辺にある彼女の母の家に行く。
 彼女の母エリカは著名な劇作家で、終末は留守の予定だったが、妹と帰って来て娘とその老いたボーイフレンドと鉢合わせ。四人で夕食となるが、話が合わず気まずい空気。
 その夜、ハリーが心臓発作を起こし、動かすと危険なので、医者の指示でしばらくエリカの家で養生することとなる。娘も妹も仕事があるからと去って行き、病み上がりのハリーとふたりきりのエリカ。最初は迷惑がるが、言葉を交わすうちにだんだんと打ち解け、やがて老いたプレイボーイと初老の劇作家は結ばれる。
 離婚後、男を拒絶し仕事一筋に打ち込んできたエリカはまだ恋ができることに舞い上がる。が、彼にとってはエリカもまた、多くの女たちのひとりに過ぎない。彼女は傷つき、今回の出来事をコメディに仕立て、ハリーを道化役にして舞台で殺すことで鬱憤を晴らす。
 エリカと別れたハリーは胸が苦しくなって病院へ飛び込むが異常なし。胸の痛みは心臓病とは関係なく、彼の心が苦しんでいた。老いたプレイボーイは、生まれて初めて世代の近い女性と恋をし、別れたことで胸の苦しみを覚えたのだ。そして自分がかつて捨てた女たちを訪ね回る旅に出る。
 旅路の果て、最後にたどり着いたのが、パリで誕生日を迎えるエリカ。彼女に愛を告白しようとするが、そこには別の男性が。セーヌ川を見下ろし、やりきれなさを噛み締める老いたプレイボーイの哀れさ。
 お互い取り違えた相手の老眼鏡を大切に持っていたり、バイアグラを飲んでいたら心臓発作の時ニトログリセリンが危険であったり、小道具や設定、せりふも気がきいている。が、なによりも熟練のニコルソンとキートンの絶妙で自然な演技が心に残る。

 

恋愛適齢期/Something's Gotta Give
2003 アメリカ/公開2004
監督:ナンシー・マイヤーズ
出演:ジャック・ニコルソンダイアン・キートンキアヌ・リーブスフランシス・マクドーマンドアマンダ・ピート、ジョン・ファブロー

 

大河ドラマウォッチ「青天を衝け」 第34回 栄一と伝説の商人

 明治十年(1877年)。鹿児島の西郷軍と、明治政府との戦争が勃発。西南戦争です。政府の税収の九割近くが、戦費に費やされました。

 西郷、大久保なき後、日本の財政を動かしていたのは、大隈重信(大倉孝二)でした。渋沢栄一(吉沢亮)は大隈を待ち構え、いいます。

「大隈さん。この紙幣はなんですか。不換紙幣(ふかんしへい)は回収するはずだったじゃないですか。それを大量にばらまくとは」

「しょんなかたい。鹿児島戦争にがばい金のかかった。それに、貨幣増えれば金ん流れがようなる。金ば回して利子ば取っとる銀行にも悪か話じゃなかはずじゃ」

「私は金儲けのために銀行をつくったんじゃない。国を守るため、国を強くするためにつくったんだ。大久保さんにもいいましたがね、この世におとぎ話の打ち出の小槌(こづち)はない。紙幣を刷って増やしたところで、信用が落ちれば価値が下がる。さすれば物価が上がり、民(たみ)が苦しむ」

「せくるしか。まだ官にたてつく気か」

 大久保は去って行こうとします。

「八百万(やおよろず)の神で国をつくるとおっしゃっていたあなたが、見損ないましたよ」

 大隈による積極財政景気は一時的に良くなり、この機に乗じて銀行をつくりたいと願う人々が、栄一のもとに集まるようになりました。皆はいいます。

「渋沢様にあやかって、銀行で儲けたいものです」

 栄一は机を叩いて立ち上がり、集まった者たちにいいます。

「銀行は設ける手段ではない。あくまで国益のためにつくるんです。おのれの利のためではない」

 その頃、岩崎弥太郎(中村芝翫)が新聞を見ながらいっています。

「銀行か。ぜひ三菱もつくってみたいやでや」

 内務少輔の前島密がいいます。

「いや、三菱には海運業に専念してもらわぬと。日本の郵便も運輸も、海外に並び立つことはできぬ」

「けんどすぐ、三井に乗っ取られると思うちょった第一国立銀行が、合本(がっぽん)とやらで成り立ったとは驚きや。確か、頭取も元は官吏のはずやけんど」

「渋沢は、官に入る前から静岡で商人を集め、合本の商いをしておった。私ほどではないが、なかなかのやり手です」

 大隈と伊藤博文(山崎育三郎)は、イギリス公使のハリー・パークスを迎えて交渉を行っていました。不平等条約の改正をすることが目的です。

「条約改正は我が国の世論です」

 と、伊藤は英語で話します。

「パプリック」その言葉にパークスは反応します。「そのパブリックとは、誰のことだ」

「パブリックは民(たみ)のことだ。日本のすべての民のことだ」

「すべての民」と、聞き返したのは通辞のアーネスト・サトウです。「日本は、見かけが多少変っただけで、いまだ議会も、民を代表する集まりすらない」

 パークスがいいます。

「君たちがどうやって、世論を知る。馬鹿げている」

 これにより、伊藤は栄一をはじめとする商人たちを集めます。

「欧米にはチェンバー・オブ・コマースという商人の集まりがある。そこでの意見が民の声とされるそうじゃ。日本政府も文明国の第一歩として、ぜひ民の声を、世論を集め、そんで君らに、民の代表として、商人の会議所をつくってほしい」

 集まった商人たちは困惑します。その中で栄一はいいます。

「いや、おかしれえ。伊藤さん。いい機会だ。会議所をつくりましょう」

 話し合いが終わると、栄一は問われます。

「どうしてあんな話を受けるんだ」

「確かに政府は、まことに民の声を聞きたいわけじゃねえ。しかし、ほれ」と、栄一は喜作(高良健吾)に呼びかけます。「横浜の蚕卵紙(さんらんし)の一件。あの時も、外国商館の商人たちが集まりをつくっていただろう」

「確かに」と、喜作が答えます。「そこで買い控えの話し合いをしたり、政府に苦情を言ったりしていた」

「そう。俺はずっとあんな風に、商人が手を組み、知恵を出し合う仕組みがぜひとも必要だと思ってたんだい」

「いやしかし、商人どうしが手を組むかどうか」

 と、三井物産の社長である益田孝(安井順平)がいいます。

「いいや、今こそ力を合わせる時だ。この仕組みができれば、我らは、官ではなく民であっても、日本の代表として堂々と声をあげることができる。これは、民の知恵を高める好機だ」

 こうして栄一は、商人たちが業種を越えて手を組むための組織「東京商法会議所」をつくりました。

 栄一は商人たちを集め、冊子をくばります。それには、栄一が役割を推挙したいと思う人物が記されていました。その席に岩崎弥太郎は来ていません。栄一はいいます。

「岩崎さんには、ぜひとも協力してもらいたい」

「三菱ねえ」益井がいいます。「大隈さんを後ろ盾に、まるでおのれが参議かのような横暴なふるまいをしているとの悪評もありますよ」

「いいや」栄一は机を叩きます。「岩崎さんは、この先の日本を引っ張っていく商人だ。外国に負けぬ商売をするためにも、力のあるお方と手を組みたい」

 その時、岩崎弥太郎は、五代才助(ディーン・フジオカ)と話していました。五代は岩崎から、栄一の東京商法会議所のことを聞き、悔しがります。

「やられてしもうた。最初に噂をきいたときから、ただもんではなかち、思うちょったが、とうとう先を越さるっとは。こん五代も、大阪に一刻も早う、商法会議所をつくらなならん」

「会議所というがは、それほど必要なものながか」

「商人どうし、手をきびって大きくならんと、欧米に負けんような商売はできん」

 夜、栄一は寝室で妻と千代(橋本愛)と話します。

「今の政府は、貧しい者は、おのれの努力が足りぬのだから、政府は一切関わりないといっている。助けたい者が、おのおの助ければ良いと。しかし、貧しい者が多いのは政治のせいだ。それを救う場がないのが、今の世の欠けているところだ」

 千代は「養育院」について栄一にたずねます。栄一は話します。

「行く度に、風通しを良くしろとか、清潔にしろといって、少しは改善されてはいるが」

 栄一は子どもたちが、運んでいた食事を、落としてしまった現場に出くわしました。養育院の職員がひどく𠮟るのです。栄一は見かねて職員に近づきます。

「おい。子どもたちは、幼い頃より親から離され、甘えることを知らねえんだ。おびえさせるのではなく、もっと優しく接してくれ」 

 職員は反論します。

「優しくすれば、わがままになるのみ。無駄飯食らいを、怠惰に育てるわけには参りません」

 栄一は悲しげな目で、職員を見上げるのでした。

「そうですか。子どもたちが」千代は話を聞いていいます。「お前様。今度、私も連れて行っていただけませんか」

 ある日、栄一はうれしそうに出かけ行きます。誘われたんだよ、といって。

 栄一が誘われた相手は、岩崎弥太郎でした。

「前から、おまさんとは、ゆっくり話してみたかったきに」

 岩崎にそういわれ、栄一は応じます。

「私もです」

 岩崎も農家同様の出身のため、二人は意気投合した、かに見えました。国を豊かにすることに話が及んで、二人の意見の違いが見えてきました。岩崎が西南戦争について語ります。

「政府は無策で、無茶ばかりいうてきて難儀したけんど、そのかわり、膨大な輸送費をもろうちゃったぜよ」岩崎は大声で笑います。「これからは、金の世ぜよ。そこで聞きたい。これからの実業は、どうあるべきやと思う」

「どうあるべきとは」

「おまはんはやたら、合本(がっぽん)、合本いうけんど、わしが思うに、合本法やと、商いは成立せんがではないか。強い人物が上に立ち、その意見で人々を動かしてこそ、正しい商いができる。多くのもんが、元手を握ったち……」

 栄一は岩崎の話をさえぎります。

「いいえ。むろん合本です。多くの民から金を集めて、大きな流れを作り、得た利で、また多くの民に返し、多くをうるおす。日本でも、この制度を大いに広めねばなりません」

「いや、それはまどろっこしい。船頭が多くては船は進まん。事業は、一人の経済の才覚ある人物が、おのれの考えだけで動かしていくがが最善や」

「いいえ、才覚ある人物に、経営を委託することはあってしかるべきですが、その人物一人が、商いのやり方や、利益を独り占めするようなことがあってはならない。皆ででっかくなる」

「いや、おまさんのいうことは、理想は高うとも、所詮はおとぎ話じゃ。なにがなくとも、わしらがわーっと儲けて、税を納めんと、明日にも、日本は、破産するがじゃないか。おまさんのまわりの商人は、みんな、おのれの利ばっかり考えいうはずじゃ。ああ、ああ、それでええがよ。欲は罪はない。欲のあるき、人間が前進する。おのれが儲けること、嬉しゅうて嬉しゅうてたまらんき、全力を尽くすがよ」岩崎は笑います。「経済は勝つもんと負けるもんがある。この先の世は、経済の才覚があるかどうかで、大きゅう差がつくろう。貧乏人は貧乏人で、勝手にがんばったらええけんど、わしらはそうはいかんやろう。いっそ、わしと手を組まんか」岩崎は栄一に向き直ります。「わしら、才覚のあるもんどうしで、この国を動かすがじゃき。おまさんとわしとで、固く手を握りおうて商いをしたら、日本の実業は、わしらの、思う通りになるがじゃき」

「いや、事業は」栄一の声はうわずっています。「国利民福を目指すべき」

「いや、才覚あるもんが、強うあってこそ、国利じゃあ」

 岩崎は最後には絶叫します。

「いいや、お断りする。」栄一は立ち上がり、叫びます。「違う。断じて違う。私は、おのれのみ強くなることに、望みはありません。皆で変らなければ、意味がないんだ。私とあなたは、考えが根本から違う」

 話し合いは決裂したのでした。これが栄一と岩崎との、はげしい戦いの幕開けだったのです。

 栄一は千代と共に東京養育院にやって来ます。千代は栄一と別れ、女の子たちのいる部屋に行きます。そして裁縫を教えるのでした。栄一は、毎月、子どもたちを見に来ようと千代に提案します。

 その後、千代は頻繁に養育院を訪れるようになるのでした。

 一方、栄一は、ガスや電気など、人々の暮らし役立つ事業を、発展させていきました。

 そんな中、栄一たちは政府に呼ばれます。伊藤と共に、岩倉具視山内圭哉)の姿もありました。

アメリカのグラント将軍が来日することになった」

 と、伊藤がいいます。グラント将軍は元大統領で、南北戦争の英雄でした。岩倉がいいます。

「これは日本が、一等国として認められる好機。また、二十年来の不平等条約改正の糸口を見つける千載一遇の好機でもある」

 伊藤が言葉を継ぎます。

「ちゅうことで、政府は国の威信をかけ、大いにもてなすつもりじゃ。じゃが欧米では、国の賓客を迎えるとき、王室や政府のほかに、その土地の市民の歓迎がなけんにゃならん」伊藤は立ち上がります。「そこでじゃ。おぬしらも、民の代表として、グラント将軍を盛大にもてなしてくれ」

 喜作たちはあきれます。また政府の無理難題か、といったりします。しかし栄一の態度は違ったのです。

「いいや、陛下や政府がいかに立派でも、民も相応に立派でなければ、日本は世界から一等国と認められない。ですが」栄一も立ち上がります。「官と民がひとつになって、前大統領を歓迎することができれば、必ずや、認められる。新しい日本の力を、外国に示しましょう」

 栄一は家に帰ってきます。

「えっ、私たちがもてなす」

 と、千代は驚きます。

「ああそうだい」栄一は気さくに話します。「一等国では男と女が、表と奥で別れたりしてねえ。公の場に、夫人を同伴すんのは、あったりめえなんだい」

 喜作も妻の、よし(成海璃子)にいいます。

「おめえたちおなごも、国の代表として、将軍一家をもてなしてもらいてえんだ」

 よし、は抗議します。

「そんなの無理だに。異人なんて見たことねえし」

 千代がいいます。

「およしちゃん、がんばんべ。おなごの私たちが、大事な仕事をいただいたんだい」

 男にとっても、女にとっても、そして日本にとっても、大きなイベントが始まろうとしていました。

『映画に溺れて』第458回 ニノチカ

第458回 ニノチカ

平成八年十月(1996)
銀座 銀座文化

 

 グレタ・ガルボ。一九〇五年にスウェーデンで生まれ、二十歳でハリウッドに移り、サイレント全盛時代からトーキー初期に活躍し、三十五歳で引退、一九九〇年に八十四歳で亡くなった。私が映画館で観たガルボ主演作はルビッチが一九三九年に撮ったコメディ『ニノチカ』一本のみである。
 一九三〇年代のパリ。革命時に大公家から没収した宝石類を、ソ連商務省の三人の役人がパリまで売りに来る。ロシアの食料危機を改善するための資金作りである。それを知ったパリ在住の大公女が宝石を取り戻そうと、愛人の伯爵レオン・ダルグーに相談する。
 レオンは三人の役人に近づき、贅沢の味を覚えさせ、宝石を手に入れようと画策する。いつまで経っても宝石が売れないことで業を煮やしたソ連幹部が、新たに特別全権使節を派遣する。これがグレタ・ガルボニノチカ
 がちがちの共産党ニノチカは独自にパリを視察中、たまたまレオンと出会い、お互い惹かれあうが、同時にお互いの立場を知って驚く。宝石の交渉を口実にデートを重ね、恋で自己改革したニノチカはパリのファッションを身に着け、レオンはマルクスを読み始める。というわかりやすい展開。
 だが、大公女の策略で、ニノチカはレオンに別れも告げず、三人の役人とともに急遽ソ連へ帰国する。モスクワに戻ったニノチカは質素な生活を送り、パリでの出来事は夢だったと思うことにしている。レオンから届いた手紙は検閲でほとんど塗りつぶされている。
 そんなとき、ニノチカは上司に呼ばれ、再び特別全権使節としてトルコへの出張を命じられる。イスタンブールに絨毯を売りに行った例の三人組が戻って来なくなったのだ。さて、そこで待っていたのは。
 モスクワの上司を演じるのは『魔人ドラキュラ』のベラ・ルゴシだった。

 

ニノチカ/Ninotchka
1939 アメリカ/公開1949
監督:エルンスト・ルビッチ
出演:グレタ・ガルボ、メルヴィン・ダグラス、アイナ・クレア、シグ・ルーマン、フェリックス・ブレサート、アレクサンダー・グラナック、ベラ・ルゴシ

 

『映画に溺れて』第457回 赤ちゃん教育

第457回 赤ちゃん教育

平成十二年一月(2000)
京橋 フィルムセンター大ホール

 

 ケーリー・グラントキャサリン・ヘプバーン、いずれもハリウッドの大スターであり、美男美女である。このふたりがドタバタ喜劇を演じるのだから面白い。
 若き古生物学者デヴィッド・ハクスリー教授は同僚アリスとの結婚式を翌日に控え、四年がかりで組み立てた恐竜標本を完成させるための最後の一片が届くのを待つばかりで、彼の研究所に百万ドルを寄付してくれる予定の貴婦人ランダム夫人の弁護士と接待ゴルフの最中である。
 そのゴルフ場で、デヴィッドのボールを間違って打ちながら、知らん顔でプレイを続ける若い女性。デヴィッドが抗議しても嘲笑うだけ。この金持ちの令嬢スーザンと出会ったために、彼の予定は次々と狂ってしまう。
 自動車を壊され、レストランでは弁護士に会えず、泥棒と間違えられたり、スーザンにあちこち連れまわされて悪夢の一日が過ぎる。
 翌朝、恐竜の骨が届き、ほっとしているとスーザンから電話で呼び出され、結婚式の当日だというのに、ベイビーという名の豹とともにコネチカットの別荘に連れて行かれ、次々にトラブルが続く。
 別荘の女主人であるスーザンの伯母が、研究所の出資者ランダム夫人であったり、大人しいペットのベイビーとは別にサーカスから逃げ出した狂暴な豹が庭に紛れ込んだり、ランダム夫人の飼い犬がデヴィッドの大切に持ち歩いていた恐竜の骨をくわえてどこかへ行ったり、間抜けな警察署長の誤解からみんなが留置場に入れられたり。こんなひどい目に遇いながらも、ふたりの間に恋が芽生えて、予想通りのラストシーンとなる。
 映画がサイレントからトーキーへと移り変わった時代に数多く作られたスクリューボールコメディの一本、一九七〇年代に『ラスト・ショー』のピーター・ボグダノビッチ監督がバーブラ・ストライサンドライアン・オニールで作った『おかしなおかしな大追跡』はこの『赤ちゃん教育』に想を得たものである。

赤ちゃん教育/Bringing Up Baby
1937 アメリカ/公開1938
監督:ハワード・ホークス
出演:キャサリン・ヘプバーンケーリー・グラント、バリー・フィッツジェラルド、フリッツ・フェルド、バージニア・ウォーカー