『映画に溺れて』第89回 サボテンの花
第89回 サボテンの花
平成十五年十月(2003)
東京 某公民館視聴覚室
妻子があるくせに、浮気する男というのはよくいるし、中には独身と偽って女性をだます悪いやつもいるわけだ。が、独身なのに自分は妻帯者だと嘘をつくというのがこの映画の主人公の中年歯科医。相手から結婚を迫られないために。
ところが、不倫の関係がいやになって、若い恋人がとうとう自殺未遂。驚いた歯科医は彼女の気持ちにほだされて、ついに結婚する気になる。だが彼女、とてもいい子で、相手の家庭を壊したくない。もしあなたが離婚するなら、その前に奥さんと話がしたいと言い出す。
もともと奥さんなどいないのだ。実は独身だったと言えばすむのだが、さらに嘘の上塗り。困って、歯科医院に勤めている中年の看護婦に頼む。
僕の妻になってくれ。
長年勤めて、医療助手から事務まで受け持つ彼女、なくてはならない存在ではあるが、いきなり妻とはどういうことか。恋人を納得させるために妻の役を演じ、相手に離婚に同意したと伝えるだけとわかって、渋々引き受ける。
この地味で生真面目でよく気がつく看護婦が五十代のイングリット・バーグマン。
若い恋人は歯科医の妻に会い、その美しさと気品に圧倒される。そして直感するのだ。この人はまだ夫を愛していると。
あんな素敵な奥さんとどうして別れるのだと問い詰められうろたえる歯科医。看護婦は先生の妻を演じながら、急に生き生きとし、どんどん美しくなっていく。
ひとつの嘘が別の嘘を生み、正直者のイメージを壊さないために嘘をつく。それがとうとうばれて、歯科医は恋人と別れることになり、妻のもとへ帰ろうとして、ふと気がつく。自分は独身だったと。
若い恋人役のゴールディ・ホーン、可愛かった。そして、大スターのイングリット・バーグマン、すばらしい。昔のスターは、中年になっても、初老になっても、美しく輝いている。だからこそスターなのだ。
サボテンの花/Cactus Flower
1969 アメリカ/公開1969
監督:ジーン・サックス
出演:ウォルター・マッソー、イングリット・バーグマン、ゴールディ・ホーン