日本歴史時代作家協会 公式ブログ

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大河ドラマウォッチ「いだてん 東京オリムピック噺」 第35回 民族の祭典

 金栗四三中村勘九郎)は、弟子の小松勝(仲野太賀)を従え、五年ぶりに東京に帰ってきました。足袋作りのハリマヤ製作所を訪ねます。四三はここの二階に十七年間下宿していたのです。ハリマヤ製作所で働く女性が一人やってきます。
「シマちゃん」
 と四三は声に出します。良かった、生きていたのか、と四三は女性に抱きつきます。四三は関東大震災で亡くなったシマが生きていたのかと勘違いしました。女性はシマの娘、リクだったのです。ハリマヤ製作所でお針子をしていました。
 夜、四三と小松は、ハリマヤ製作所の職人たちと、食事を共にします。そこで今回はなんのために東京に来たかを聞かれるのです。四三は答えます。一つは聖火リレーのため。もう一つは、小松を育てて四年後のオリンピックのマラソンで金メダルをとらせるため。ハリマヤ製作所の店主黒坂辛作三宅弘城)がいいます。
「大丈夫か。選手の数もレベルも、金栗さんの時代とは違うぞ」
 その通りでした。韓国併合から26年。朝鮮出身のランナーがマラソン界を席巻していました。その代表格が孫来禎と南昇竜でした。二人ともハリマヤ製作所のいわゆる「金栗足袋(たび)」をはいてベルリン・オリンピックに出場します。
 昭和11(1936)年7月。ベルリン・オリンピック開幕の前日、ついに1940年のオリンピック開催都市が決まることになります。ローマが辞退し、ヘルシンキと東京の一騎打ちです。嘉納治五郎役所広司)は、IOCアメリカ代表に話しかけられます。アメリカは東京に投票するよ、といってくれます。
 IOC総会が始まります。嘉納は最初に演説することになります。
古代オリンピック発祥の地、ギリシャから運ばれた聖火が、まもなくここベルリンに到着する。その火が欧州から飛び出す日を、私は心待ちにしている。アフリカ、オセアニア、そしてアジアに。オリンピックは解放されるべきである。すべての大陸、すべての国、すべての民族に。極東は今、戦争と平和の狭間にある。だからこそ平和の祭典を日本の東京で開催したい」
 そして投票が開始されます。隣室で田畑政治阿部サダヲ)は待ちきれないでいます。ついに総会の部屋の扉が開かれます。係のものが田畑や記者団に紙をかかげます。
「TOKYO」
 と、書かれていました。
 1940年東京。ここにアジア初のオリンピック開催が決定したのです。
 田畑はIOC会長のラトゥール氏の感謝の言葉を述べます。ラトゥールは田畑の耳元で何事かをささやくのです。NHKのアナウンサーがそれを訳します。
「日本を代表して、ヒトラーにお礼をいいなさい、と」
 なんで俺が、と田畑は意味がわかりません。
 場面は日本の金栗四三たちに移ります。オリンピックの東京開催が伝えられると、人々は熱狂します。東京はすっかりお祭り騒ぎになり、226事件戒厳令もすっかり忘れられ、花火を打ち上げ、提灯行列を繰り出す始末でした。
 場面は再びベルリン。聖火ランナーブランデンブルク門に到着します。熱狂と共に、ベルリン・オリンピックが開幕するのです。しかし田畑の目に、それは異様な光景に移ります。街中に五輪の旗と、ナチスの旗が並んで飾られていたのです。田畑はラトゥールの言葉を思い出します。
ヒトラーにお礼を言いなさい」
 以前、朝日新聞の同僚だった河野一郎桐谷健太)が田畑に言っていました。
ヒトラーがラトゥールに圧力をかけ、東京支持を要求し、日本に恩を売ったんじゃないかな」
 かつてヒトラーは言いました。オリンピックはユダヤの汚れた芝居、と。しかし側近ゲッペルスの助言によって態度を急変。総力を挙げてオリンピックの準備に取り組みました。自然石を使った10万人収容のスタジアム。聖火リレーも発案されます。記録映画を著名な監督に撮らせたのも、ベルリン・オリンピックからでした。要するにプロパガンダナチスの大宣伝でした。
 いよいよ開会式が開催されます。ヒトラーが開会を宣言し、聖火台に炎がともされます。上空には飛行船。何もかも絢爛豪華でした。
 日本の出場選手たちは「ハイル・ヒトラー」がすっかり気に入り、冗談に使う始末。田畑は気に入りません。
「冗談でもやめてくれ。あんな独裁者をもてはやすのは」
 選手村に日本人しかいないのを疑問に思う田畑。水泳監督の松澤一鶴皆川猿時)が答えます。
「特別待遇だそうだよ。西洋人に囲まれて、窮屈な思いをしないように」
「いやいやいや」と田畑は言います。「あれが良かったじゃねー、ロスは。白人も黒人も一緒になって大騒ぎしてさー」
 田畑は通訳のヤーコプを呼び止めます。味噌汁の味が薄いなど文句を言います。
「彼はユダヤ人でしょう」と田畑に言ってきたのはアナウンサーの河西三省でした。「ヒトラーは大会期間中に限り、差別を緩和し、わざとユダヤ人を各所に配置しているようです。期限付きの平等です」
 日本選手は大会で活躍します。三段跳びで金メダル。棒高跳びで銀と銅を獲得します。そしていよいよ孫選手と南選手の出場するマラソンが行われます。
 日本のハリマヤ製作所では、皆がラジオのオリンピック中継に聞き入っていました。ベルリンでは珍しい暑い天候のもと、マラソン競技は始まります。各選手が競技場を出て行きます。しかし日本でのラジオ中継は中断されてしまうのです。続きは明朝です。
 ベルリンの地では、アルゼンチンのザバラが一位で折り返します。孫は三位。暑さにやられ、途中棄権の選手が続出します。
 ラジオが途絶え、いてもいられなくなった四三は、ベルリンの地で走る孫と南を応援するために、弟子の小松と共に、夜の街を走り出すのです。
 ベルリンの地では優勝候補のザバラが棄権してしまいます。日本でのラジオ中継が再開されます。スタジアムに拍手が起こり始めます。現れたのは孫来禎でした。やがてテープを切ります。金メダルです。そして南昇竜も三位に入ります。
 表彰式には出身国の旗が掲げられ、国歌が演奏されます。日の丸が掲げられ、君が代が演奏されました。
「どんな気持ちだろうね」
 ラジオを聞いていたハリマヤ製作所の職人が言います。
「二人とも、朝鮮の人ですもんね」
 という小松。
「俺は嬉しいよ」と、ハリマヤ製作所店主の黒坂。「日本人だろうが朝鮮人だろうが。アメリカ人だろうがドイツ人だろうが。俺の作った足袋はいて走った選手は、ちゃんと応援するし、勝ったら嬉しい。それじゃ駄目かね、金栗さん」
「よかです」四三は言います。「ハリマヤの金メダルたい」
「胴上げしましょう」
 リクが言います。黒坂は皆によって胴上げされるのです。
 大活躍の陸上ですが、水泳総監督の田畑はどうも調子が出ません。夜のプールに一人やってきます。そこで一人泳ぐ選手を見つけるのです。前畑秀子上白石萌歌)でした。
「眠れません」
 という前畑。
「俺もだ」という田畑。「なんだか好きじゃない、このオリンピック」
 それに対して前畑は言います。
「私は好きになる。このオリンピック。今は嫌いやけど、金メダルとったら、このオリンピックのこと、好きになれると思う」
 それを聞いて田畑は感激します。
「そうだよ、前畑。がんばれ。前畑がんばれ