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大河ドラマウォッチ「麒麟がくる」 第十六回 大きな国

 弘治元年(1555年)、秋。斎藤道三本木雅弘)は二人の息子を失いました。殺害したのは嫡男(ちゃくなん)の高政(伊藤英明)でした。道三は直ちに稲葉山城を出て、美濃の北にある大桑城に向かいました。国を二分するいくさの前触れでした。
 明智荘では、明智光安(西村まさ彦)が、光秀(長谷川博己)を前に苦悩していました。いくさになってもおかしくはない。われらはどちらについたら良いのか。大桑城の道三か。稲葉山城の高政か。光秀はいいます。そうならぬよう手を尽くすしかない。
「私を尾張に行かせてください。いくさになるかならぬかは、信長様、いや、帰蝶様しだいかもしれませぬ」
 光秀は尾張清洲城を訪ね、帰蝶川口春奈)に面会します。
「今日は誰の使いで参った」と、帰蝶は光秀に聞きます。「孫四郎を殺した、高政殿の使いか」
 高政の使いなら、帰蝶は会わないだろう、という光秀に対し
「いや、会(お)うてののしってやるのじゃ。弟たちを元通りにして返せ。高政殿にそう申し伝えよ、と。憎きは高政。もはや兄とは思わぬ」
 それに対して光秀はいうのです。
「高政様も高政様なれど、高政様をそこに追い込んだのは、帰蝶様ではありませんか」光秀は穏やかに話します。「孫四郎様に、高政様に変わって家督を継げと、密かに後押しをされ、われら明智の者も味方につくはずなどと、高政様に敵対するよう様々に言い含められた」光秀は座り直します。「こたびのことで、高政様にお怒りを覚えられるのはやむを得ません。しかしだからと申して、道三様の後押しをし、高政様とのいくさをもくろまれるのはおやめください。美濃のことは美濃にお任せいただき、外からの手出しはおひかえ願いたいのです」
 帰蝶はいいます。
「そうは参らぬ。この尾張は、海に開けておる。手を組めば諸国とのあきないも盛んになり、美濃も豊かになる。父上はそう思われて織田と手を組まれた。しかし高政殿は違う。信長様と手を切り、あろうことか殿を敵視する」
 信長は隣の部屋でこのやりとりを聞いていました。光秀が帰った後、信長は帰蝶にいいます。
「わしが美濃に放った間者どもの知らせでは、親父殿(道三)はいくさのために兵を集めても、せいぜい二千から三千。高政殿は多くの国衆を味方につけ、一万以上の兵になるそうじゃ。親父殿がいくらいくさ上手でも、その数の差ではまず勝てぬ」
 信長も今は動けません。敵に背後を突かれる恐れがあるからです。信長は帰蝶に向き直ります。
「親父殿は、今、いくさをなさるべきではない。明智の申す通りじゃ。まず、御身を守られることが肝要ぞ」
 帰蝶は信長のもとを去り、城の者にいいます。
「そなた、旅の一座の伊呂波太夫を覚えているか。今、どこにいるか調べてもらいたい。急ぎじゃ」
 光秀が稲葉山城に来てみると、道三が使っていた天守閣から、にぎやかな声が聞こえてきます。光秀の叔父の光安が高政や国衆たちの前で、おどけた舞を踊っていたのです。光秀は高政に目で合図をします。高政は宴を抜け出します。光秀と武器庫で話をします。
尾張へ行ったそうだな」
 と、高政は切り出します。
帰蝶様にお会いして参りました」
 光秀はいいます。
「どういう話をした」
「美濃の国に、手をお出しにならぬようにと申し上げました」
 高政は光秀をほめようともしません。光安の話をし出します。明智の荘を引き続き領地として安堵(あんど)してもらえるかとたずねてきた。しかし高政は領地変えを考えていました。美濃は国衆がおのおのの田畑を抱え込み、どれほどの石高があるのかわからない。国を新たにし、大きな力を持つためには、すべてを明らかにし、領地の洗い直しをやることが肝要だ。光秀には今の領地を出て、もっと良いと土地を与えてやるといいます。
 光秀が館に戻ってみると、光安の息子、明智左馬助(間宮祥太郎)がやってきます。
「大桑城からの知らせでございます。道三様が高政様と一戦交えるお覚悟をされ、志(こころざし)を同じゅうする者は大桑城へ参集せよとのこと」
 光秀は光安の様子を聞きます。左馬助は、光安が様子がいつもと違い、尋常ではないといいます。光秀は急いで光安のもとに向かうのです。
 光秀がたどり着いてみると、光安は大事にしていたウグイスをカゴから逃がしてやるところでした。光安は領地のことを聞いていました。
「兄上からお預かりしたこの領地を、守れそうにない」光安は涙声です。「わしが非力ゆえ、手を尽くしたが、そなたにも、牧(光秀の母)(石川さゆり)殿にも、面目がない。美濃が新しい国になるという。それも良かろう。しかし、あの高政ごときに、わしの命を預けようとはゆめゆめ思わぬ」光安は激高して立ち上がります。「わしは大桑城に行く。道三様のためなら、心置きなく、ひと踊りできる。行かしてもらうぞ」
 光秀は光安の前に立ちふさがります。
「お待ちください。大桑城に兵は集まりませぬ。道三様は勝てませぬ。無駄な踊りとなりますぞ」光秀は体勢を低くします。「事は、明智家の存亡に関わりまする。これはわが父の声とおぼしめし、ご決断の猶予を願います」
 光秀は二日待ってくれと頼みます。
 光秀は大桑城に向かいます。仏壇を前にする道三と話します。
「ご出陣をお止めするため参りました」
 道三は声に力なくいいます。帰蝶が奇妙な女をよこした。隣国越前に話をつけ、逃げ道を用意したので、ついてきてくれといっている。いくさをしても勝てないといっている。
「わしはこの鎧(よろい)を脱ぐ気はない。そういって追い返した」
 そういう道三に対して、光秀はいいます。
「今、勝ち負けは申しませぬ。ただ、いくさとなれば国が割れ、国衆どうしの殺しあいとなります。それだけは何としても」
 道三は光秀を振り返ります。
「高政はのう、わしがまことの父親だとわかっておる。されど、土岐頼芸様が父だといいふらし、己もそうありたいと思うてきた。高政は人をあざむき、みずからを飾ろうとしたのだ。十兵衛(光秀)。人の上に立つ者は、正直でなくてはならぬ。いつわりを申す者は、必ず人をあざむく。そして、国をあざむく。決して国は穏やかにならぬ」
 道三は語ります。自分は老いぼれた。もはやこれまでと、家督を譲ろうと思った。しかし
「譲る相手を間違えた。間違えは正さなくてはならん」道三は声を上げます。「皆の者、ついて来い。城より打って出る」
 兵たちが集まってきます。道三は槍を手に、爽やかな表情を見せます。
「十兵衛。わしの父親は山城国から来た油売りで、美濃に居着き大(だい)を成した。わしによう申しておった。美濃も尾張もない。皆、一つになれば良い。近江も大和も。さすれば豊かな大きな国となる。誰も手出しができぬ。わし一代ではできなかったが、お前がそれをやれ、と」朝日が道三を照らし出します。「わしも美濃一国で終わった。しかしあの信長という男はおもしろいぞ。あの男から目を離すな。信長となら、そなたやれるやもしれん。大きな国をつくるのじゃ。誰も手出しのできぬ、大きな国を。さらばじゃ」
 道三は庭を駆けていきます。
 明智荘に帰ってみると、光秀は家臣の藤田伝吾(徳重聡)から、光安が道三の陣に向かったことを知らされます。光安は「武士の意地」といっていたのでした。伝吾は、自分たちも光秀の命令次第で、いつでも立てるように準備している、といいます。
「わしは行かん」と、光秀はいいます。「道三様の陣にも、高政様の陣にも」
 光秀は部屋に戻ります。妻の熙子(ひろこ)(木村文乃)がいいます。
「皆、すでに覚悟を。後は、十兵衛様のお心のままに
 光秀はしばし考えていました。床の間に立てかけてある鉄砲を手に取ります。構えてみます。
「熙子」
 と、光秀は叫びます。鎧の用意をさせるように命じます。立ち上がって光秀は大声を上げます。
「いくさじゃ。いくさに参る」
 鎧を身にまとった家臣たちが集まってきます。いくさ支度の光秀は皆の前に立ちます。
「叔父上の後を追う。敵は」光秀は空を見上げます。「高政様」