永禄八年(1565年)。五月。京で、前代未聞の一大事変が起ります。将軍足利義輝(向井理)が襲撃を受けたのです。覇権を取り戻そうとする、三好長慶の子、義継の軍勢が二条御所に攻め込みました。永禄の変です。
足利十三代将軍義輝は、三十年の生涯を閉じたのでした。
将軍の座は空位となりました。義輝暗殺を引き起こした三好一派は、義輝の後継と目される覚慶(かくけい)(遠藤賢一)を幽閉し、自分たちが意のままに操れる義栄(よしひで)を次期将軍に擁立しようとしました。
次期将軍候補と目される覚慶は、三好一派によって、興福寺一条院に幽閉されていました。そこへ松永久秀(吉田鋼太郎)がやってくるのです。松永は障子越しにたずねます。
「こちらのご門跡様は、将軍におなりあそばすお気持ち、ございましょうか」松永は続けます。「筋から申せば、次の将軍は、まごうことなくこちらのご門跡様、覚慶様でございます」
覚慶はつぶやくようにいいます。
「私は六歳で仏門に入った。跡目争いを避けるため、嫡子(ちゃくし)以外の男子はすべて出家させるという足利家のならい。ゆえに私は、刀を持ったことも、弓を引いたこともない。その私に、武家の統領などつとまるはずもない」
間も開けず松永がいいます。
「恐れながらただいまのお言葉、もはやどなたにも通じません。なかんずく、義輝様を討った者たちにはなおさら」障子越しに松永は問います。「お聞かせ下さい。このままここで座して死をお待ちになりますか。それとも」
覚慶は障子を開けて松永に対面します。
「死にとうはない。私は、悟りにはほど遠いゆえ」
松永久秀の意を受けた細川藤孝(眞島秀和)は、覚慶を密かに一条院から連れ出します。細川は覚慶の身柄を三好一派の手の届かない甲賀に移します。
明智光秀十兵衛(長谷川博己)は将軍義輝が討ち取られたとこを越前で知ります。いても立ってもいられなくなり、馬を飛ばして旅立つのです。
光秀が訪れたのは大和(今の奈良県)の多聞山城にいる松永久秀のところでした。光秀と対面した松永は、鉄砲をもてあそんでいます。光秀はいきなり問い詰めます。
「なにゆえ将軍をお討ちになった」
三好一派には、松永の子、久通も加わっていたのです。松永はいいます。
「わしの読みが甘かった。息子たちがしでかしたことゆえ、わしも責めを負わねばならんと思う」
「当然のこと」
と言い放つ光秀。松永は問います。
「腹が立つか」
「立ちます」
と光秀は答えます。
「わしが憎いか」
「憎い」
と光秀は叫びます。松永は鉄砲の火縄に火をつけます。
「これでわしを撃て」
と光秀に差し出すのです。声を上げる光秀。しかし光秀は庭に向けて鉄砲を撃ち放つのです。
「十兵衛」松永は落ち着いた声を出します。「このまま将軍がいなくなれば、幕府は滅ぶぞ。幕府あっての我らなのだ。近頃そう思うのだ」
「松永様のお言葉とは思えませぬな」と、光秀。「そのお言葉、本心か」
「本心だ」しかし松永は付け加えます。「半分はな」松永は続けます。「この十四年、京でまつりごとを行い、大和一国を預けられ、ここにきてわしは身にしみておる。幕府というものは、将軍というものの威光が、人を、武士を、動かすのだということを」
「あとの半分は」
「迷うておる。まことにそうなのかどうか。答えが出ぬ」
松永は光秀に朝倉義景から書状が来ていることを告げます。覚慶が将軍にふさわしい人物だと分かれば、越前で引き受けても良いと書いてあるとのことでした。
「朝倉殿はこう書いておられる。おぬしが来たら、甲賀の和田の館に行くようにすすめてくれと。行くかどうかは、おぬしの気持ち次第と」松永は光秀を見ていいます。「覚慶様がどのようなお方か知りたいのであろう。つまり、将軍の器か否か、おぬしのその目で確かめて来いと」松永は親しげな態度になります。「なあ十兵衛、このまま越前で、世が変わるのを座して待つつもりか。今、武士の世は、大きな曲がり角に来ておる。それをどう開いていくのか。おぬしも、わしも、正念場じゃ」
光秀は馬を走らせて甲賀に向かうのでした。
その頃、京では、伊呂波大夫が望月東庵の家を訪ねていました。駒と話をします。駒の作る丸薬に、さらなる注文が入ったというのです。駒は気が乗りません。太夫は駒にいいます。
「世の中の貧しい人、病(やまい)に苦しんでいる人たちを助けたいっていったのは、駒ちゃんじゃないの。どんどん作って助けなさいよ」太夫は小声になります。「これはねえ駒ちゃん。ひょっとするとあんたが思っているよりずっと大きな、大変な仕事になるよ」
そこへ関白の近衛前久が訪ねてくるのです。近衛と太夫は、姉と弟のような関係でした。三好一派は近衛に圧力をかけ、次期将軍選びを有利に進めようとしていました。近衛は太夫に打ち明けます。
「三好の一族はとんでもない奴らで、実弟の覚慶を差し置き、今、四国におられる義栄、この者はいとこにあたるのですが、そちらを次の将軍にすえろといい立てる。太夫、どう思いますか」
事実上、次の将軍を決めるのは近衛だったのです。血筋からいえば次の将軍は覚慶でなくてはおかしいと近衛は考えていました。
「いいんじゃないですか」と大夫はいいます。「三好のお侍たちが四国のお方を将軍したいというのなら、そうして差し上げれば」大夫はお手玉を投げ上げます。「四国のお方だろうが、もう一人のお方だろうが、私たちは痛くもかゆくもない」大夫は近衛に同意を求めます。「次のみこしに、誰を担ぐか。命がけでこだわっているのは武士だけ」
自分が四国の者をおせば、いくさになるかもしれないと心配する近衛。大夫はこともなげにいいます。
「したけりゃすればいいのですよ。戦って、とことん戦って、どっちも滅んでしまえばいい。武士がいなくなれば、いくさはこの世から消えてなくなる。結構なことじゃありませんか」
光秀は甲賀の和田惟政の館にたどり着きました。覚慶は大和の寺に帰ろうとしていました。覚慶は会ったばかりの光秀に問うのです。将軍の大任が、自分に務まると思うか。覚慶は地面に座り込みます。
「死にとうない。その一心で大和を出てまいった。しかし今、私はそれだけでは到底事足りぬのだと、ようやく分かりかけてきた。私はいくさが好きではない。死ぬのが怖い。人を殺すなど、思うだけでも恐ろしい。私は兄とは違う」
光秀は越前の一乗谷に帰ってきます。朝倉義景(ユースケ・サンタマリア)を前にします。義景は家臣の山崎に話します。
「ことと次第によってはこの義景、次の将軍を、わが越前におむかえしてもよい、と思うておる。まあ、この十兵衛の返答次第じゃがのう」義景は光秀を見据えます。「では聞こう。覚慶様は、おぬしの目から見て、まこと将軍のお器であったか。どうじゃ」
光秀は答えます。
「次なる将軍の大任、あのお方はいかがとは存じます」