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大河ドラマウォッチ「青天を衝け」 第18回 一橋の懐

 武田耕雲斎津田寛治)を首領と治した天狗党千人あまりが、慶喜(草彅剛)を頼り、京へと向かっていました。しかし慶喜は家臣にいいます。

「京を守るのが私の役目だ。天狗ども京に入れるわけにはいかぬ。私の手で、天狗党を討伐する」

 篤太夫吉沢亮)や成一郎(高良健吾)などの一橋の家臣たちに、出兵が伝えられます。篤太夫は集めた兵を連れることを命じられ、成一郎には別の任務が与えられます。

 元治元年十二月、一橋慶喜と弟昭徳(あきのり)の軍勢は、天狗党討伐のために、京を出発しました。篤太夫も鎧に身をかためています。

 成一郎は一人、越前の敦賀にやって来ていました。慶喜の密命を受け、天狗党の陣営に使者として遣わされたのです。幕府追討軍との戦い疲れ果てた天狗党の兵たちを成一郎は目撃します。成一郎は慶喜からの密書を耕雲斎に渡します。それは上洛をあきらめ、国元へ帰るようにと書かれていました。

「さもなくば追討の軍を指揮せねばならず、戦場で相まみえることとなろう」

 と、慶喜は結びます。これを読んだ天狗党結成者の藤田小四郎(藤原季節)は嘆きます。

「一橋様は、烈公のご意思を踏みにじるのか。烈公のご子息でありながら、国を思うわれらを切り捨て、身の安泰(あんたい)を図るとは、何という日和見(ひよりみ)の不孝者」

「ちがう」武田耕雲斎が声をしぼりだします。「わからんのか。われらが、これほどまでに一橋様を、追いつめてしまったことを」耕雲斎は首を振ります。「もはやこれまでじゃ」

 翌日、武田耕雲斎は使者である成一郎と落ち着いて話しをします。

「ご公儀に下られるとのこと、承(うけたまわ)りました」

 と、成一郎は耕雲斎に頭を下げます。耕雲斎は力なくいいます。

「主君とも等(ひと)しき一橋様や、昭徳様に敵することは、決して望まぬ」

 横から小四郎が口を出します。

「そんなことどうでもいい。俺たちは、ただ負けたんだ」

 うつむく耕雲斎。成一郎が小四郎に対します。

「一橋様も、原市之進様も、他の国による討伐だけは避けたいと、案じておられた」

 陣にいる篤太夫は兵を下げることを命じられます。京の情勢もいまだに不穏なため、慶喜は戻らなければならないのです。篤太夫の初陣(ういじん)は、戦うことなく終わったのでした。

 京に帰った慶喜は、天狗党討伐総督である田沼意尊に述べます。

天狗党の反乱は、いわは水戸の身内の戦い。武田耕雲斎らは、できればこちらで引き受けたい」

「天下の公論もございますゆえ、それはできかねます。こちらで引き取り、公儀にて公平な処置をいたしますゆえ、どうかお任せいただきたい」

 慶喜は田沼のその言葉を信じます。

 しかし武田耕雲斎や藤田小四郎をはじめとする三百五十二人は首をはねられたのでした。

 成一郎が篤太夫にこのことを話します。

「なぜだ。なぜそんなむごいことになった。いくさは終わったでねえか」

 篤太夫が言い終わらないうちに、成一郎が大声を出します。

「幕府にあなどられたんだ」成一郎は座り込みます。「一橋家は今、満足な兵もいねえ。しかし天狗党を生かしておけば、いずれ殿がそれを取り込み、幕府を潰す火種になると考え、皆殺しにしたんだ」

「そんなことのために、国を思う者を無駄死にさせるとは」

「俺は見たんだ。あの誇り高きはずの水戸の兵が、飢えて痩(や)せ細り、寒さにガタガタと震えておった。あれが、俺たちの信じた攘夷のなれの果てだ。俺は」成一郎は立ち上がります。「攘夷などどうでもいい。この先は殿を、一橋を守るために生きる。おめえはどうする」

 篤太夫は答えることができませんでした。

 江戸城では将軍家茂(磯村勇斗)が、勘定奉行小栗忠順(上野介)(武田真治)と会っていました。小栗はフランスと組んで幕府を強化しようとしていました。フランス本国から陸軍教師を招き、幕府軍を西洋のように変革することも進言します。

「ぜひとも頼みたい」

 将軍家茂はうなずいていうのでした。しかし金が、と老中の阿部正外がいいます。そのことも小栗はいます。幕府を富ませるため、フランスとコンパニー設立の策を練っているというのです。

「二百五十年あまり、代々ご公儀のご恩をこうむってきたそれがしには、その恩も忘れ暴れ回る長州や薩摩、また京の朝廷が許せません。その者どもの動き、封じてしまいましょう」

 その頃、篤太夫慶喜に提言していました。

「先日、関東より兵を連れ戻りましたが、平岡様のお望みだった、殿に十分なお役目を果たしていただくための数には、まだ、到底満たぬと思われます。新たな歩兵の組み立てと、その兵を集める御用を、なにとぞ、それがしに仰せ付けいただけぬでしょうか」篤太夫は顔を上げます。「薩摩や、ご公儀にもあなどられぬ歩兵隊をおつくりいたしたいのです」

 慶喜は答えます。

「わかった。そなたを軍制御用掛、歩兵取り立て御用掛に任命する」

 篤太夫は、まず備中にある一橋領へ向かいました。

 篤太夫は一橋陣屋に集まった庄屋たちに語りかけます。領内の村々の次男、三男で志(こころざし)ある者を召し連れて欲しい。代官が返事をします。

「しからばこの庄屋どもに村々の子弟を呼び出すよう、申しつけまする」

 集まった男たちに、篤太夫は張り切って話しかけます。

「もはやこの日の本に、武士と百姓の別はない。民も一丸となり、国のために尽くす、千載一遇の好機である」

 しかし男たちは篤太夫の話を聞いていないのです。あくびをしたり、うつろな目で宙を見ていたりします。翌日は気さくな調子に変えてみます。集まった者たちの態度は同じです。さらに違う日には、下に降りて、必死な様子で訴えてみます。希望する者は一人も現れませんでした。

「こんな大事な御用を任せていただいたというのに」

 と、篤太夫は血洗島の作男であった伝蔵(萩原護)に嘆きます。

 その頃、江戸城では、将軍家茂が、再び小栗忠順と会っていました。その場で長州がイギリスに近づいているとの話を耳にします。家茂はこぼすようにいいます。

「今までさんざん攘夷といっていた長州が、なぜみずから異国に近づくのだ。まさか」

 目付の栗本鋤雲がいいます。

「公儀にたてつく企てでございましょう」

 小栗が声を張ります。

「こうなれば、完膚なきまで打ち潰すしかありますまい」

 幕府は二度目の長州征伐へと向かうこととなるのでした。

 篤太夫は備中の寺戸村にて、漢学者の阪谷朗慮の塾にいました。他の塾生と共に阪谷の言葉を繰り返します。夜、篤太夫は阪谷と話します。自分は百姓の出身であり、ここより小さな塾で、論語朱子学、また水戸の攘夷の心を学んでいた。「攘夷」の言葉に阪谷は反応します。

「それは異なことを。一橋のご家臣でありながら攘夷を語るとは、感心できませぬな」

 篤太夫は怪訝な表情をします。

「拙者の塾のみならず、江戸や京の名だたる漢学者は皆、攘夷を教えていました」

「私は、港は開くべきと教えています」栄一の怪訝な表情に構わず、阪谷は話します。「今日、異国が通商を望むのも、異国の魂を広めるためではなく、互いの利のため。それをわが日本は、盗賊に対するようにむげに払おうというのは、人の道に外れるのみならず、世界の流れとも相反することになる」

「なるほど」篤太夫は感心します。「拙者は今もってなお、攘夷の心構えではありますが、先生のお話は、まことにおかしれえ」

 阪谷も篤太夫を常の役人ではないと認めます。二人は笑い合います。

 篤太夫は何日も通い詰め、塾生たちと交流を深めます。剣術の立ち会いなどもしてみせるのです。そんな中、塾生たちの一部が、篤太夫に自分たちも京に連れて行って欲しいと申し出るのでした。

 篤太夫は庄屋たちだけを集めて語ります。

「どっかで何者かがあれこれと邪魔立てし、志願したい者がおっても、できぬようにしておるのではないか」

 庄屋の代表がついに打ち明けます。

「お代官様が内々におっしゃったんです。このたびの一橋の役人は、成り上がりで、従来、お家にはねえことをいろいろ思いつき、面倒をいうてきとるが、今度の歩兵取り立てのことも、嫌でござる、ひとりも志願する者はおらんといやあ、それですむと」

 篤太夫は代官と二人で話します。

「拙者は、かように重大な役目ではるばる来たからには、御用を果たせぬとあれば、生きては戻れぬ」篤太夫は扇子を代官の首に当てます。「貴殿も拙者と同罪でございまする」

 代官は目をむきます。

 翌日、代官が再び庄屋たちに話を持ちかけると、多数の男たちが篤太夫のもとを訪れるようになります。篤太夫は吐き捨てるようにいいます。

「どこの国も、代官というのはやっかいだのう」

 京に帰って来た篤太夫は、慶喜に褒美の金子を渡されます。

「大役をし遂げ、大儀であった。褒美だ。取っておけ」

 礼を述べるものの、篤太夫に満足な様子は見られません。

「しかし、兵が増えるのは喜ばしい事ですが、その分、兵をまかなう金も、入り用になると存じます」篤太夫は頭を上げます。「武士とて、金は入り用。それがしは、水戸天狗党があのような結果になったのも、それをおこたったからだと存じます。いかに高尚な忠義を掲げようが、いくさにでれば腹は減る。腹が減り、食い物や金を奪えばそらあ盗賊だ。小四郎様たちは、忠義だけを尊(たっと)び、懐を整えることをおこたった」篤太夫慶喜に訴えます。「両方無ければ駄目なのです。それゆえそれがしは、一橋の懐具合を整えたいのでございます」

 利を得る道として、篤太夫は三つの例を挙げて見せます。一つは摂津や播磨の良質な米。二つには木綿。三つ目に硝石。篤太夫は打ち明け話をします。一橋に入ったのは公儀に代わって攘夷を果たしてもらえないかと、いわば様子見の、腰掛けで仕官した。

「しかし今、改めて、この壊れかけた日の本を再びまとめ、お守りいただけるのは、殿しかおらぬと。そのために、この一橋のお家を、もっと強くしたい」篤太夫はそろばんを取り出して慶喜の前に置きます。「懐を豊かにし、その土台を頑丈にする。軍事よりはむしろそのようなご用こそ、おのれの長所でございます」

「円四郎め。まことに不思議な者を押しつけよった」慶喜は篤太夫の前に立ちます。「渋沢よ。もはや腰掛けではあるまいな。ならばやってみよ。そこまで申したのだ。おぬしの腕を見せてみよ」