日本歴史時代作家協会 公式ブログ

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大河ドラマウォッチ「青天を衝け」 第30回 渋沢栄一の父

 西郷隆盛博多華丸)を東京に連れ戻すために、岩倉具視山内圭哉)は鹿児島に向かいました。鹿児島城で島津久光池田成志)に対面し、「要(かなめ)の者」を差し出すようにと申し入れます。

 求心力を失っていた政府にとって、軍を束ねる西郷は、頼みの綱でした。

 渋沢栄一吉沢亮)はそろばんをいじりながら、ぼんやりと廊下を渡っていました。すると向こうから西郷がやってくるのです。西郷は一橋家で働いていた栄一を覚えていました。栄一は西郷に話します。

「国を守りたい一心で、静岡藩から出仕して参りましたが、この政府は、八百万の神どころか、いたずらに争って威信をなくしてる」

「相変わらず正直なお人じゃ。ほうか、おはんが願っちょったような、徳のあるもんはおらんかったか」

「はい、この先は、西郷様に国を一つにまとめていただきたい」

「天下統一か」西郷は顔をしかめます。「おいが来たところでどげんなる。かえって」西郷はサーベルごしらえの刀を鳴らします。「ぶっこわすことになっかもしれんど」

 笑い声を上げて西郷は去って行きます。

 栄一は、新しく流通させる硬貨の品質を確認するため、大阪の造幣局(ぞうへいきょく)に出張していました。そこへ五代友厚ディーン・フジオカ)がやってくるのです。

「もしかすっと、おはんが渋沢さんか」

 と、五代の方から話しかけてきます。五代は大阪の地で、実業家として活躍していました。そこへ顔を出す老人がいました。三井組番頭の三野村利左衛門(イッセー尾形)です。上方が三井の本拠地だったのです。三野村は新政府の役人たちに、歓迎の宴を用意したと告げます。井上馨福士誠治)は大喜びです。気がすすまないながらも、栄一も宴に参加します。

 栄一は料亭の席を一人抜けだし、外の風に当たります。そこに誤ってぶつかってくる給仕の女性がいたのです。女性は驚いたように栄一の顔を見上げます。

「じゃまかのう」

 と、そこへ五代が話しかけてきます。栄一と五代は二人で話し合います。親しく話しかけてくる五代に栄一は言い放ちます。

「あなたが好きではない」栄一は低い声で話します。「徳川は、鳥羽や伏見のいくさで負けたんじゃない。あのバリですでに、薩摩に負けてたんだい」

「ほうか。そいはうれしか言葉じゃ。薩摩っぽより、よっぽどおはんの方が、おいの働きを分かってくれちょう」

 五代は話します。自分も、国を思ってやった。西洋を見たなら分かるだろうが、日本も変わればならなかった。しかし、今もまだ、変わらない。世は変わっても、商人がお上(かみ)の財布がわりとなる、古いシステムは何も変わっていない。上が徳川から、新政府に変わっただけだ。金は政府や大商人の間だけ出回るものではない。もっと広く、民(たみ)を豊かにしなくてはならない。自分はこの商(あきな)いの街(大阪)で、カンパニーをつくって、日本の商業を、魂から作り替えようと思っている。栄一は同意します。

「それがしも、この先は府県におおいにカンパニーをつくるべきだと……」

「おお、やっぱり気が合うのう。おはんを知ったときから、気が合うんじゃなかかち思うちょった」

 先ほどの女性が、井上が呼んでいると、栄一を迎えに来ます。行こうとする栄一に五代は声をかけます。

「じゃっどん、おはんのおる場所も、そこでよかとか」

 宴の席に向かう途中、栄一と女性は会話をします。女性は、栄一が戊辰の戦いから帰ってこない夫に似ているような気がしたといいます。行こうとする女性の腕を栄一は思わずつかむのです。女性は、穴の空いた栄一の靴下をつくろう事を申し出ます。

 栄一は料亭の一室で、一人仕事をしています。そこへ先ほどの女性が、つくろった靴下を届けにくるのです。栄一は行こうとする女性を呼び止めます。そして部屋に引き込んでしまうのでした。

 明治四年(1871)の七月になります。政府の中枢が議論を重ねていました。西郷が東京に戻って三ヶ月が経ちましたが、相変わらず政府の内部は混乱しています。書記を務める栄一と杉浦譲(志尊淳)は、堂々巡りの問答が続くことにあきれていました。突然、西郷が声をあげるのです。

「こげな話し合いに、ないの必要があっとじゃ」西郷は間を開けてからいいます。「まだいくさが足りん」

 そういうと西郷はサーベルを鳴らして席を立つのでした。

 評議がおわり、杉浦は栄一にいいます。

「さっきの西郷さんのはどういう意味だ」

 栄一は、頼もしげにしゃべります。

「西郷さんは、まことに新政府をぶち壊す気かもしれねえ。こんなだらだらと何も決められねえ政府なら、いくさでもう一度すべて壊してしまえと、そう思うのも当然だ」

 二人の後ろから、井上が声をかけてきます。

「いいや、わかった。ありゃ西郷は、廃藩をやれというとるんじゃ」

 井上は二人を部屋に入れます。藩をなくし、県にしてこそ真の御一新。今それもできずに中途半端に策をこねくり回している間に、日本はどんどん弱っている。それなら、いくさ覚悟で「廃藩置県」を断行しろと、西郷はそういっている。さっそく実行に移そうと飛び出していこうとする井上を栄一は引き止めます。

「お待ち下さい。廃藩となれば、各藩の士族たちはどうなりますか。士族たちは藩を失いどう録を得るのです。これを明確に提示せねば、暴動となります」

「いくさの覚悟じゃ。武力で押さえつけりゃええ」

「すすんでいくさを起こしてどうするんです。上に立つ者は命を下すとき、まずそれを受ける民のことを考えねばなりませぬ。各藩の負債や、藩札はどうなりますか」

「藩札は、廃藩と同時に、なくするしかない。すべて太政官札に取り替えよう」

「それも簡単にはできません。今、世には、様々な藩札と、政府がつくった太政官札とが出回っている」栄一は説明します。「この交換の割合を決めておかねばなりますまい」

「おーし。おぬしらのいうとおりじゃ」井上は分かったようでした。「そしたら、そこんとこの、手はずを改正掛(かいせいがかり)でやっちょってくれ」

 江戸時代から居座る、旧藩主を廃し、国が直接、税を取り立て、命令をする体制をつくる。これは新政府の悲願でした。

 改正掛に井上がやって来ます。四日後に廃藩置県を布告する、と告げます。栄一に反発されて井上は、

「やはり無理か」

 と机に突っ伏します。しかし栄一は気合いの声を放つのでした。

「おかしれえ。やってやりましょう」栄一は叫びます。「いいかみんな。あと四日でこの作業を終えることができなければ、日本はまた必ずいくさになる」

 杉浦がいいます。

「逆に終わることができれば、明治になって初めて、新政府の基礎ができるんだな」

「そうだ」栄一がいいます。「真に強い日本をつくるためだ。やるしかねえ」

 改正掛の皆も、やり遂げよう、気勢を上げます。

 栄一たち改正掛は、ここから四日間、寝る間も休む間もなく、働きに働いて、藩札をなくするにあたり、人々が生活を維持するためには、いくら補償すればよいかを、すべての藩について洗い出しました。

 明治四年(1871)。七月十四日。全国に二百六十あった、藩は廃止。代わって府と県が置かれると周知されました。廃藩置県は、世界に類を見ない無血革命として、欧米の新聞によって、驚きをもって伝えられました。

 栄一は疲れ切った様子で廊下を歩きます。向こうから西郷がやってくるのです。西郷は不満げにいいます。

「無事に終わってしもうたのう」

 それだけいって西郷は行ってしまうのでした。

 活躍が認められ、栄一は「大蔵大丞」に出世しました。

 大久保利通石丸幹二)が改正掛にやって来て、陸軍の歳費は八百万円、海軍は二百五十万円に定めることになった、と宣言します。

「おはんは、どげん思う」

 と、栄一は大久保に意見を求められます。

「承服できませぬ。国にまだ金のない中、そのような巨額な支出を決めるのははなはだ危険です。入る金の額も分からぬうちに、出る方を安易に……」

 大久保は栄一をさえぎります。

「じゃっどん、廃藩置県によって、税が見込むっことになった。そいが必要な費用に充てられんわけがなかとか」

「民の税を、振れば出てくる打ち出の小槌(こづち)と同じにされては困る。せめてあと一年経ち、全国の歳入額がおおかた明らかになってから立てるべきでありましょう。急に八百万円などと、高額な金を出せといわれても、それは不当だ。承服しかねる」

「軍事の金は何としてでも必要じゃ。おはんは、陸海軍運用費を立てられんちゅうとか」

「一切出さぬとは申しておりません。今すぐ決めるのは、いかがなものかと申しておるのです」

「八百万は太政官が決めたこっちゃ。そいをおはんが、どうにもならんちゅうとは、どけんこっちゃ」

「どうにもならん。どう聞けばそう聞こえるのですか。ご質問を受けたからお答えしただけだ。それがしの意見に賛成かどうかは、大蔵卿ご自身がお考えになることでしょ」

「よう分かった」大久保は辺りを見回します。「改正掛は、今日、今期限りで解散とする」

 大久保は去って行きます。

 大久保は岩倉の前に座ります。

「こい以上、大隈らに好き勝手させんためには、西洋を直(じか)に見る必要があります」

 気のすすまない岩倉具視を全権大使とする使節団が、アメリカ、ヨーロッパに向けて出発しました。

 栄一は邸宅に帰って来ます。妻の千代は、赤い糸でつくろいをされた靴下を見つけるのでした。そこに栄一の父の市郎右衛門(小林薫)が危篤(きとく)だとの知らせが入ります。栄一は雨の中、人力車を走らせ、血洗島に向かいます。

 市郎右衛門は眠っていました。栄一の声を聞いて目を覚まします。

「家のことで話してえと思ってな」

 市郎右衛門は妻のゑい(和久井映見)の手を借りて起き上がります。栄一の妹の、てい、が婿を取ってくれることになった。これて中の家(なかんち)も安心だ、と市郎右衛門は笑顔を見せます。

「いや、困る」栄一は小声でいいます。「俺はまだ何も孝行できてねえ。長い間、迷惑ばっかりかけて、いい歳になっても、とっさまに孝行してもらっていた始末だ」

「そうだった、そうだった」

「頼む。元気になってくれ。やっと孝行できるようになったって時に、いなくならねえでくれ」

「なにを。俺は、もう、心残りはねえ。俺は、この」市郎右衛門は栄一の手を取ります。「渋沢栄一の、父だ。こんな、田舎で生まれ育ったおのれの息子が、天子様の、朝臣になるとは、誰が思うもんか。お前を、誇りに思ってる」

 その二日後、市郎右衛門は、家族に囲まれて息を引き取りました。

 葬儀か終わり、栄一は千代にいいます。

「とっさまは、俺が家を出てからの長い間も、畑を耕し、藍やお蚕(かいこ)様を売って、村のみんなと共に、働いてきたんだな」

「へい」千代がいいます。「まことに、尊いお姿でございました」

 栄一は市郎右衛門の書き記した帳簿をながめます。

「なんと美しい生き方だ」

 栄一は微笑みながら涙を流すのでした。