日本歴史時代作家協会 公式ブログ

歴史時代小説を書く作家、時代物イラストレーター、時代物記事を書くライター、研究者などが集う会です。Welcome to Japan Historical Writers' Association! Don't hesitate to contact us!

大河ドラマウォッチ「鎌倉殿の13人」 第2回 佐殿(すけどの)の腹

 北条の館に、伊東の軍勢が、源頼朝(佐殿)(大泉洋)を引き渡すように迫ってきていました。伊東の当主である、伊東祐親(いとうのすけちか)(浅野和之)が叫びます。

「これ以上にらみ合っても無駄じゃ。後は力尽くで頼朝を奪い取るのみ」

 それに対して、北条の当主である、北条時政(坂東彌十郎)が応じます。

「この北条時政、命に替えても頼朝を守ってみせる」

 時政の息子の宗時(片岡愛之助)は、驚いて父を見ます。頼朝などいないと、とぼけ通そうとしていたからです。

「語るに落ちたな」祐親は兵たちにいいます。「奴らは頼朝をかくまっていることを認めたぞ」祐親は叫びます。「時政。いくさになるぞ」

 時政は愚痴るようにいいます。

「じさま、俺だってなんでこんなことになったのか、良くわからねえんです」そして毅然とした表情に変ります。「でも、武士として、一度かくまうと決めたからには、北条時政、死んでも利殿(すけどの)を渡すわけにはいかないんじゃ」

 一方、北条の館から頼朝を逃がした北条義時(小栗旬)は、森に隠れていました。そこに矢が射込まれます。しかしその矢は敵からの者ではありませんでした。頼朝の乳母(めのと)である、比企尼(ひきあま)(草笛光子)の息子が誤って射たものでした。比企尼の息子はいいます。

「源氏のご恩を忘れず、平家に恨みをもつ者はこの坂東(ばんどう)にも大勢おります。皆、佐(すけ)殿が立ち上がるのを待っておるのです。この山内首藤経俊(やまのうちすどうつねとし)もしかり」

 頼朝はその腕をとります。

「そちの気持ちは、しかと受け取った」

 北条の館では、伊東の兵たちが弓を引き絞っています。

「待て、待て」

 と、そこへ新たな武士の一団がやってくるのです。

「伊東も、北条も、まあ落ち着け。身内同士のいさかいなど、見ちゃいられねえぞ」

 突然、現れたその者は、大庭景親(おおばのかげちか)(國村隼)です。平清盛を後ろ盾に、相模(さがみ)の武士団を束ねる存在で、その勢力は伊東をも上回ります。ちなみに、この頃の北条は、伊豆の端の、そのまた一角を治めるに過ぎませんでした。

 館で、大庭を中心に、時政と祐親が座ります。時政は頼朝を差し出す気はないといい、祐親も平清盛から直々に頼まれ、頼朝の身柄を預かったのだと主張します。それなら勝手に頼朝の命を奪っていいはずがない、と大庭は祐親にいいます。大庭はその場をまとめます。

「佐(すけ)殿は北条に預け、以後一切、お前の娘とは縁を切ると起請文(きしょうもん)を書かせる。この辺りが治めどころと思うが、どうじゃ」

 大庭の仲裁により、事は何とか治まりました。

 義時が頼朝を連れて北条の館に帰ってきます。

「改めて、よろしく頼む」

 と、頼朝は時政たちにあいさつするのです。

 義時は親友の三浦義村(山本耕史)と、頼朝について話します。

「首はねちまえよ」と、三浦はいいます。「はねて平清盛に届ければすむことだ」

 義時は兄の宗時から、伊東家とのいさかいの元になった、頼朝の恋人である八重が嫁ぐことになったと知らされます。相手は見張りについていた家人です。宗時がいいます。

「八重殿はな、嫁ぐ前にどうしても、もう一度、佐(すけ)殿に会いたいと申しておる。じさまの目に届かないところでだ」

 場所は武蔵にある比企能員(ひきよしかず)の館です。義時は宗時に、頼朝をその館に連れてくるようにいわれます。

 ところが義時が八重のもとに案内しようとすると、

「わしは行かぬ」

 と、頼朝はいうのです。

「そうじや。良い折なのでいっておく」頼朝は義時の正面にしゃがみます。「そなたの兄に伝えてほしい。世話を焼いてくれるのはありがたいが、わしに多くを望むな、と。わしは兵など挙げん。決めた。いくさは苦手じゃ。この地で、ゆっくりと過ごすことにした」

 武蔵国(むさしのくに)比企(ひき)。この地を治める比企尼能員の母親、比企尼(ひきのあま)は頼朝の乳母(めのと)でした。乳母とは、生涯の後見役です。頼朝が伊豆に流罪となったとき、比企尼も関東にくだり、以来、十五年にわたって、頼朝を援助していました。

 頼朝を連れ出すことのできなかった義時は、一人で比企の館に向かいます。

 義時は八重に会って申し開きをします。しかし八重は怒りを義時にぶつけるのでした。

 義時は、これを機会に、と比企の館で兄の宗時に話します。

「(頼朝は)私に挙兵はせぬと申されました。はっきりと」

「なんだと」宗時は部屋の中を行ったり来たりします。「それは困る、それは困るぞ小四郎(義時)」宗時は座り込みます。「ああ、佐(すけ)殿は俺を試しておられるのだ。いやあ、どうやら佐殿は、まだまだ我らのことを信じておられぬようだ。坂東武者の頭領となるべきお方が、すぐに人を信じてはいかん。いやあ、さすがとしかいいようがないなあ。これはうかうかしておられんぞ挙兵に向けて、次の一手を考えなくちゃな」

 義時は深くため息をつくのでした。

 北条の館に義時と宗時が戻ってくると、頼朝がいません。湯河原に政子(小池栄子)と出かけているというのです。宗時が嬉しそうにいいます。

「政子と佐殿は、もうそこまですすんでいるのか。佐殿を婿にとれば、北条の家も盤石だぞ」

 姉を心配した義時は、湯河原に出かけます。

 湯河原に着いた義時は、朝湯に入っているという頼朝を追い、自分も温泉に入ります。

「お前の姉なら、ここには来ておらん」

 と、頼朝はいいます。政子は伊東に、八重と話をしに行ったというのです。

 政子は八重を前にしていました。

「佐殿の心は、すでに八重様から離れておいでです」

 と、政子はいいます。八重が聞きます。

「佐殿があなたを寄こしたのですか」

「いえ」

「あなたの一存で」

「はい」

「なにゆえ、そのような図々しいまねをする」

「八重様の、佐殿への想いを断ち切るためでございます。お会いになりたいなどと、二度とお思いになりませぬよう」

 と、政子は深く頭を下げます。

「あなたは、佐殿の想い人か。伊東から北条へ乗り換えたということか。何もかも」

「後はお任せ下さいませ」

「想いを断ち切ることはできぬ。しかし、断ち切るようには務めます」

 その頃、温泉にいる義時は頼朝にたずねていました。

「姉を、どうされるおつもりですか。佐殿は、馬を変えるように、八重殿から姉に乗り移ろうとされている。とても承服できません。姉を渡すわけにはいきません」

 頼朝は笑い声をたてます。

「まこと、兄弟想いの、良い弟よのう」

「出て行って下さい。北条から」

 頼朝は立ち上がります。

「伊豆に流されてきたとき、わしは一人だった。藤九郎のように、身の回りの世話をしてくれる者はいる。比企尼のように、なにかとわしのことを気遣ってくれる者もいる。しかしわしには身内がおらん。いざというときに、力になってくれる後ろ盾がおらん。伊東の者たちが、そうなってくれることを望んだ。考えが甘かった。そこに北条が現れた。もう失敗は許されない。わしには時がない。わしは北条の婿となり、北条を後ろ盾として、悲願を成就させる。それゆえ、政子殿に近づいたのだ」

「悲願」

「お前だけには話しておこう。いずれわしは挙兵する。都に攻め上る。憎き清盛の首を穫り、この世を正す」

「お待ち下さい」

 と、義時も立ち上がります。

「法王様をお支えし、この世をあるべき姿に戻す。そのためには、政子の、北条が欠かせぬのだ。よいな。事は慎重に運ばねばならん。このことは、兄にも話すな」頼朝は義時の肩に手を置きます。「小四郎。お前はわしの頼りになる弟じゃ」

 やがて義時はしっかりと返事をするのです。

「ははあ」