日本歴史時代作家協会 公式ブログ

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大河ドラマウォッチ「鎌倉殿の13人」 第26回 悲しむ前に

 頼朝(大泉洋)は伏したまま、目覚める様子はありません。しかし、うっすらと汗をかいており、まだ死んだわけではないことを示しています。

 嫡男の源頼家(金子大地)はまだ帰って来ません。

 義時(小栗旬)は密かに比企能員佐藤二朗)を呼び出し、頼朝が誰にやられたというわけではなく、落馬して頭を打ったのだと説明します。

 りく(宮沢りえ)は北条時政坂東彌十郎)に話します。

「鎌倉殿は、もう助かりません。あのお方が亡くならない限り、この北条は安泰だとあなたは申された。その鎌倉殿が亡くなられるのですよ。比企にすべてを持っていかれても良いのですか。私たちの子らに、みじめな思いをさせても良いのですか。この鎌倉は、あなたがおつくりになられたのです。あなたがいなければ、頼朝様は挙兵できなかった。人にとられてはなりません」

「何をすればいいんじゃ」

 と、時政は苦悩の表情で聞きます。

 翌日、時政は実衣(宮澤エマ)の夫ある阿野全成新納慎也)にいいます。

「鎌倉殿の後を継いでくれ」

「私が」

 と、全成は驚きます。りくがいいます。

「今や鎌倉殿の実の兄弟といえば、あなただけ」

「しかし若君(頼家)が」

 という全成に時政はいいます。

「あの若さでは、御家人はついて来ん」

 実衣が口を出します。

「信頼のないことでは、私の夫も良い勝負だと思うんですが」

 時政は立ち上がって全成の腕を叩きます。

「全成殿なら大丈夫」

「私は仏の道に」

 という全成に

「還俗(げんぞく)なさい」

 と、りくが迫ります。 

 義時が考え込んでいる所へ、親友の三浦義村山本耕史)がやって来ます。

「頼朝、死ぬらしいな」

 義時はため息をついてからいいます。

「お前に、話そうと思っていたことがある。つつじ殿の件だ」

「若君の妻にする話か」

「この先、若君とつつじ殿の間に男子が生まれたとする。源氏の跡継ぎだ。その乳母(めのと)、三浦から出して欲しい」

「そうきたか」

「これから北条と比企のいさかいはさらに大きくなる。その時、その間に三浦に立って欲しいんだ。これからの鎌倉は、お前が支えていく」

「条件次第だな。乳母の件、頼朝が考えたことにしてくれ。それなら、どこからも文句が出ない。ようやく三浦にも、出番が回ってきたか」

 実衣が、仏像の前に座る全成にいいます。

「あなた様の身が心配です。引き受けて、命を狙われたりはしないの」

 振り返りもせずに、全成は述べます。

「命を守るために、力を持つんだよ。お前は、御台所(みだいどころ)になる覚悟はあるのか」

「姉上にできたんですから、私だって」

 義時の所に八田知家市原隼人)がやって来ます。都で貴人のために行われている、火葬の打ち合わせをします。

「燃え残っては困るのだ」

 と、義時はいいます。

「風の通り道をつくったので、かなり燃えるはずだ」

 時政と全成がいるところに、義時がやって来ます。次の鎌倉殿を全成にする、と時政が宣言します。

「腹をくくったよ」と、全成は義時にいいます。「髪も伸ばし始めている」

 時政が義時に、にじり寄ります。

「御台所は北条から出してえんだ。頼むよ」

 義時は時政を見すえます。

「それは、父上のお考えですか」

「何がいいたい。りくの考えは、わしの考えじゃ」

 義時は眠る頼朝の前で、妻の比奈(堀田真由)に打ち明けます。

「全成殿が上に立てば、それこそ鎌倉は二つに割れる」

「北条と比企は競い合ってばかり」

 比奈は比企の出身なのです。

「この先、お前が板挟みにならないようにしなければな」

 比奈は義時に近づきます。

「ご心配なく。私は北条のおなごですから」

 頼家がやっと帰って来ます。眠り続ける頼朝と対面します。

 庭に出て、頼家は義時と話します。

「あれは助からぬ。このこと、誰が知っている」

 義時は答えます。

「ごく少数にとどめておりましたが、すでに、噂は広がり始めている様子」

「こういったことは隠しきれるものではない。いっそのこと、公(おおやけ)にしてしまえ」

「いえ、朝廷への文書(もんじょ)が完成するまでは」

「わしが跡を継ぐことは決まっておるのだから、隠すこともなかろう。御家人どもを集めて、何が起こったのか知らしめよ」

 しかし集まった御家人たちは恐慌を来たし、収拾がつかなくなります。

 三善康信小林隆)の進言により、頼朝を臨終出家させることにします。いよいよ死が近づいた時、必ず極楽往生できるようにと行われる儀式です。

 儀式の際、髪の毛を切ってみると、小さな観音像が出てきます。頼朝が子供の頃、比企の尼からもらったものです。

 政子は、頼朝と初めて会ったときに出した木の実などを、その枕元に置くことを思いつきます。置いておけば、何かのきっかけになるかも知れないと考えます。

 政子が気がついてみると、なんと頼朝が日の当たる場所に座っているのです。木の実を持って政子に聞きます。

「これは、何ですか」

 それは当時の頼朝が政子に発した言葉でした。政子は驚いて人を呼びます。振り返ると、頼朝は倒れていました。政子は頼朝に呼びかけ、涙を流すのでした。

 頼朝の遺体が焼かれます。

 頼朝の骨は、御所の裏にある持仏堂に納められました。 

 北条時政と、比企能員が言い争っています。頼家はまだ若すぎると時政は主張します。大江広元栗原英雄)は折衷(せっちゅう)案を出します。ひとまず全成に任せ、頼家が十分成長したところで、鎌倉殿の座を譲ることにしてはどうか。比企は納得しません。そこへ義時がやって来て叫びます。

「我らの誰にも決めることはできませぬ。あとは、御台所のお裁きにゆだねるしかない」

 義時は政子の所にやって来ます。

「わたくしに決めろというのですか」

 と、政子は義時を振り返ります。

「姉上は、鎌倉殿の後家でございます」

「政(まつりごと)には口を出すなと、鎌倉殿にきつくいわれておりました」

 義時は政子に近づきます。

「これからは、姉上のご沙汰で事が動くことが、多々ございましょう。そういうお立場になられたのです。好むと、好まざるとに関わらず。悲しむのは、先にとっておきましょう」

 政子は、息子の頼家と話します。頼家はいいます。

「正直に申し上げて、私には自信がありません」

 政子が話します。

「初めて鎌倉にやって来たとき、佐(すけ)殿とわたくしは二人でここに立った。あなたの父上は、自分の思いを語ってくださいました。坂東をまとめ上げ、いずれ平家を滅ぼすと。そして、自分の後を継ぐ、立派な男子を産むようにと。あなたはまだ若い。けれど、わたくしと小四郎(義時)は、あなたの才を信じます。鎌倉を混乱から守れるのはあなただけ」政子は頼家を見つめます。「新しい鎌倉殿になるのです」

「かしこまりました、母上」

 と、頼家は返事をします。

 頼家は密かに梶原景時中村獅童)と話をします。

「いわれたとおり、一度は断った」

「それで良いのです。むしゃぶりついては、節操がないと思われますゆえ。これからは、若君の思った通りにすすめてゆけば良いのです。鎌倉殿」

 頼家ははっきりとうなずくのでした。

 頼家は御家人たちの前で述べます。

「我らは大きな柱を失った。このままでは、日の本中で再び戦乱の嵐が吹き荒れかねん」頼家は声を張ります。「我らは偉大なる先の右近衛の大将、征夷大将軍の死を乗り越え、前へ進むのだ」

 御家人たちは一斉に頭を下げるのでした。

 政子と義時は、時政に責められます。裏切りやがったな。頼家はもう、比企にとられてしまっている。義時は時政にいいます。

「北条を思う気持ちは、私とて同じ。しかし父上は、北条あっての鎌倉、とお考えですが、私は逆」義時は立ち上がります。「鎌倉あっての北条。鎌倉が栄えてこそ、北条も栄えるのです」

 しかし時政は

「意味が分かんねえ」

 と、いい残して行ってしまいます。政子も立ち上がって全成に声をかけます。

「頼家を助けてやってください。鎌倉のために」

 全成は返事をして頭を下げます。しかし実衣はいうのです。

「だまされちゃ駄目よ」実衣は政子の方を向きます。「すべてお見通しですから。結局、姉上は、あたしが御台所になるのがお嫌だったんでしょ」

「何をいっている」

「そうに決まっている。私が自分に取って代わるのが許せなかった。悲しい。そんな人ではなかったのに。力を持つと人は変ってしまうのね」

 実衣は全成と共に去って行きます。

 りくが時政に話します。頼家は気性が荒く、おなご癖が悪い。いずれ必ずぼろを出す。その時が本当の勝負。

「ぼろを出さなかったら」

 と、捨て鉢な様子で時政がいいます。

「そう仕向けるだけのこと」

 りくは含み笑いをするのでした。

 義時は政子を訪ねます。政子は義時をねぎらいます。

「いろいろご苦労様でした」

「私のやるべきことはすべて終わりました。長い間、ありがとうございました」

 と、義時は頭を下げるのです。

「とういうこと」

「私はこれで、鎌倉を離れます」

 義時は立ち去ろうとします。

「待ちなさい」

 政子が引き止めます。義時は振り返ります。

「姉上。私は頼朝様のためにこの身を捧げて参りました。頼朝様が亡くなった今、ここにいる意味はありません。頼朝様に、憂い無く旅立っていただくことが、私の最後の仕事と思っておりました」

「馬鹿なこといわないで」

「政所(まんどころ)は文官の方々に、侍所は、梶原殿や、和田殿に任せておけばいい。平六もおります。それぞれが私欲に走らず、頼家様をお支えすれば、この先も安泰。北条もしかりです。五郎もいれば、息子、太郎もいる。皆で父上を支えていくのです。そして、鎌倉の中心には姉上が。誰とでも隔(へだ)てなく、接することのできる姉上がいる」

「あなたは」

「私は伊豆へ帰ります。米の勘定をしながら、ゆっくりと過ごします」

「なりませぬ」

「姉上。これからの鎌倉に、私はいらぬ男です」

「頼家を助けてやってちょうだい」

 義時は首を振り、立ち上がります。政子の声がその背に放たれます。

「あなた、卑怯よ。わたくしにすべて押しつけて、自分だけ逃げるなんて。あなたにいわれて腹をくくったんですから。少しは責任を持ちなさい。これまで頼朝様を支えてきたように、これからは、わたくしを支えてください。お願い」 

 政子は、頼朝の形見である、小さな観音像を、義時に握らせるのでした。