大河ドラマウォッチ「鎌倉殿の13人」 第22回 義時の生きる道
妻の八重の死を知り、義時(小栗旬)はつぶやきます。
「天罰だ」
「そんなふうに考えるな」
夜、義時は、息子の金剛にいいます。
「父が、お前を育て上げてみせる」
子どもたちが多く暮らす義時の館に、頼朝(大泉洋)がやって来ます。上洛が決まったことを知らせます。一緒に来てくれという頼朝に、義時は良い返事をしません。
「あの子たちを育てていくのが、八重への供養になると思いまして。それで手一杯でございます」
しかし頼朝は最後にいうのです。
「これは命令じゃ」
建久元年(1190)十一月九日。大軍を率いて上洛した頼朝は、後白河法皇(西田敏行)の御所を訪ねます。法皇と頼朝は、二人きりで対面します。法皇はいいます。
「大軍を連れてきたものだなあ。見せつけておるのなら、大成功」
「ありがとうございます」
と、頼朝は頭を下げます。
「傲(おご)った武士は皆、滅んだ。我らをなきものとするならば、この日の本はおさまらん。やれるものなら、やってみるが良い」
頼朝は法皇を見すえます。
「新しい世のため、朝廷は欠かせません」
「新しい世」
「いくさのない世にござる」
法皇は笑い出します。
「薄っぺらいことを申すのう。誰より業(ごう)が深いくせに」
「命からがら逃げ回るのは、もうまっぴら」
「我が身かわいさ」
「いくさがなくなり、喜ばぬ者などおりません。ただし、武士どもは別。あの者どもを、おとなしくさせねばなりません。ぜひとも、お力をお貸し願いたい。私が欲しいのは」
「朝廷の与える、誉(ほま)れ」
その後、頼朝は、公家の頂点に立つ九条兼実(田中直樹)と話します。頼朝は自分の娘を、帝(みかど)に嫁がせようとしていましたが、九条の娘が、すでに帝の妃となっていることを知らされます。
坂東武者たちが酒を飲んでいます。和田義盛(横田栄司)がいいます。
「せっかくの祝いだってのに、なぜ鎌倉殿は来ないんだ」
大江広元(栗原英雄)によれば、頼朝は歌会に出ているとのことでした。その席に工藤祐経(坪倉由幸)も行っているのです。工藤は最近、頼朝に気に入られているようでした。
和田が大江にからみます。
「あんた、こういう所、珍しいね。俺たち田舎モンと飲んでも楽しくねえだろう」
大江がいいます。
「私は、頭の固い都人(みやこびと)に見切りをつけて鎌倉に下ったのです。都落ちとあざ笑った奴らの、鼻を明かすことができ申した。坂東の勇者のおかげにござる」
和田は声をあげます。
「気に入った」
風に当たるために、宴の席を抜け出した義時に、畠山重忠(中川大志)が近づいてきます。
「お耳に入れておきたいことが。今宵(こよい)、我らとは別に集まっている者たちがいます。鎌倉殿への不信がふくらんでいるようです。上総介殿の一件が、繰り返されなければ良いのですが」
別に宴をしていたのは、三浦義澄(佐藤B作)や岡崎義実(たかお鷹)など、年配の者たちでした。頼朝の弟である源範頼(蒲殿)(迫田孝也)の姿もあります。
「京に上るんだって、財がかかるんだ」
と、三浦義澄がいいます。岡崎義実もいいます。
「それなのに一向に所領は増えん。どうすりゃいいんじゃ」
千葉常胤(岡本信人)がいいます。
「鎌倉殿は法皇様に取り入るために、わしらを利用したのではないのか」
「とどのつまり、鎌倉殿と、身内の者だけがいい思いをする」岡崎は完全に酔っています。「そうじゃねえのか」
範頼が落ち着いた声を出します。
「兄は、安寧(あんねい)な世をおつくりになりたいのだ。そのためには、大きな力を持たなければならないのだ。分かってくれ」
京から皆が帰ってきました。政子(小池栄子)や実衣(宮澤エマ)らが話しています。
「兄上(義時)、いまだに引きずっているみたい。京から戻っても結局、御所に行かずじまいですって」
と、実衣がいいます。政子がたずねます。
「家で何しているの」
「みなし子たちの世話に決まっているでしょう。それが結構、大変なことになっているみたいよ」
とりあえず様子を見に行く、という政子に、実衣の夫である全成(新納慎也)がいいます。
「それはどうだろう。ここは放っといてあげませんか。小四郎殿はそうやって忙しくして、悲しみを紛らわせているんだと思うな。向こうから相談にやって来たら、力になってあげればいいんじゃないですか」
そこへ北条時政(坂東彌十郎)がやって来ます。時政は伊東祐親の孫である、曽我十郎(田辺和也)と曽我五郎(田中俊輔)を連れていました。二人は今、時政の家人になっています。五郎は時政が烏帽子親でした。時政は二人を御家人にしてもらおうと、頼朝に会わせようとしていました。
時政たちが行った後、全成がいいます。
「難しいような気がするな」
「御家人にはなれないってこと」
と、政子が聞きます。
「ええ。近頃、鎌倉殿は、京ゆかりの者ばかりを好んで側(そば)に置かれていますから。あの兄弟、今さら取り立ててもらえるとは思えないな」
頼朝との対面からしばらくして、後白河法皇が倒れました。法皇は愛妾の丹後局(鈴木京香)にいいます。
「守り抜いた。わしは守り抜いたぞ」
「守り抜かれよ」
との言葉を残します。乱世を、かき乱すだけかき乱し、日本一の王天狗といわれた、後白河法皇が死にました。
建久三年(1192)七月。法皇の死を待っていたかのように、頼朝は、みずからを大将軍とするよう、朝廷に要求します。数ある将軍職の中で、朝廷が任じたのは。
政子は渡り廊下で、頼朝がやってくるのを待っていました。官位束帯姿の頼朝に政子は、
「征夷大将軍。おめでとうございます」
と、呼びかけるのです。
「たいしたことではない、御家人どもを従わせる、肩書きに過ぎん」といかめしい表情をつくっていた頼朝でしたが、こらえきれなくなり叫びます。「征夷大将軍じゃあ」
と、はしゃぎます。
「おめでとうございます」
と、政子も応じます。
「わしは日の本の武士の頂(いただ)き、お前はその妻じゃ」
「恐れ多いことにございます」
「政子、呼んでくれ」
「征夷大将軍」
二人は笑い転げるのでした。
八月、政子は第四子を出産します。千幡(せんまん)と名づけられたこの子は、後の源実朝です。乳母(めのと)に選ばれたのは、全成と実衣の夫婦でした。
万寿の乳母になっていた比企能員(佐藤二朗)夫婦はこれに危機感を覚えます。北条が力をつけるのではと怖れるのです。そして思いつきます。姪の比奈(ひな)(堀田真由)を頼朝の側室に差し出すことにします。
比企能員は、比奈を頼朝の前に連れてきます。頼朝もまんざらではありません。しかし比奈と二人で双六をしているところに、政子が現れるのです。頼朝は苦し紛れか、義時の嫁として見定めていたのだと政子に述べます。
そういうわけで比奈は義時の館にやってくるのです。
「私は、後妻をもらうつもりはない」と、義時はあっさりといってのけます。「亡き妻の思いの詰まったこの館で、息子と二人で生きていく。申し訳ない」
建久四年(1193)五月。曽我十郎と五郎が、工藤祐経に敵討(かたきう)ちをしたいと時政に話します。
「あっぱれな心がけじゃ」
と、時政はほめます。時政の妻のりく(宮沢りえ)もいいます。
「工藤殿は鎌倉殿のお覚えめでたい方ですよ。でも親の敵(かたき)となれば、話は別。ぜひ、お討ちなさいませ」
「烏帽子親として、力になれることは何でもやってやる」時政は請け負います。「遠慮なく申せ」
万寿のお披露目の場として、巻き狩りが行われることになります。場所は富士の裾野(すその)と定められます。仕切りは時政が行います。義時にも声をかけることにします。
岡崎義実が、比企能員に曽我の兄弟を引き合わせます。敵討ちの件をなぜ自分に話すのかとの疑問を比企が口にすると、岡崎が答えます。
「実はこれには裏があってな」
曽我の兄弟がしゃべり始めます。狙いは工藤だけではない。混乱に乗じて、頼朝を襲う。実は頼朝も曾我兄弟の敵(かたき)に当たるのです。五郎が立ち上がります。
「許せぬことはまだある。何が征夷大将軍だ。勇ましいのは名ばかり。もはやいくさは起こらん。文官ばかりが出世する。こんな世は間違っている」
岡崎がいいます。
「比企よ。こいつらのいうとおりだ。新しい世をつくるため、我らは戦ってきた。ところが、平家がのさばっていたころと、なにも変らねえじゃねえか」
五郎が再びしゃべり始めます。
「頼朝に近い者だけが得をする。あまりに理不尽」
「力になってくれ」
と、岡崎が頼みます。お前らだけで何ができる、という比企に、二十人ほどの手の者をそろえたという十郎。北条の兵を借りる手はずになっている。北条の名を聞いて、比企の表情が変ります。
「しかし時政がそのようなたくらみに乗るわけが」
という比企を岡崎がさえぎります。
「そこが面白いところよ。時政は、祐経への敵討ちのことしか知らねえんだ。まさか北条の兵が、そんなことに使われることになるとは」岡崎は笑い声を上げます。「思ってもいねえって寸法さ」
夜、比企は妻の道(堀内敬子)に語ります。
「わしの読みでは、たくらみは十中八九失敗する。関わった者たちは間違いなく処罰される」比企は腰を下ろします。「これで北条は終わりじゃ」
道は身を乗り出します。
「でも、もし、うまくいったら」
「鎌倉殿がおられなくても、いや、おられない方が、我らには都合が良い。つまり万寿様はもう十分、成長なされたということだ」
「では、どちらに転んでも」
「面白いことになってきた」
二人は笑い声を上げるのでした。
「お呼び立てして申し訳ない。御家人たちに、再び謀反の気配がござる」
義時はため息をつきます。
「私ではなく、和田殿にお話しなさるべきでしょう。侍所別当はあのお方です」
「わしがそなたの耳に入れたのには理由がある。怪しい動きをしておる者の名は、曽我十郎、五郎。心当たりがあろう。曽我五郎の烏帽子親は、そなたのお父上」
義時は梶原の顔を見つめます。
「父が関わっていると、申されるのですか」
タ