大河ドラマウォッチ「鎌倉殿の13人」 第35回 苦い盃(さかずき)
鎌倉殿である源実朝(さねとも)(柿澤勇人)は、北条政子(小池栄子)がこっそりと置いておくように命じた、和歌の写しを見つけます。実朝は母の政子に会いに行きます。実朝が一番好きだといった歌は、父の頼朝(よりとも)が書いたものでした。政子は実朝にいいます。
「あなたも不安なことが、あるかもしれない。でも父上もそうだったのです。励(はげ)みにして。鎌倉殿も、想(おも)いを歌にしてみてはいかがですか」
実朝は微笑んでうなずくのでした。
義時(小栗旬)は、妻となった、のえ(菊地凛子)、と話していました。子が欲しいか、と問う義時に、のえは
「欲しくない、といえば嘘になりますが」と、控えめに答えます。「小四郎(義時)殿には、太郎(泰時)殿がいらっしゃいます。私はそれで、満足」
しかし、のえは、後に祖父の二階堂行政(野仲イサオ)に訴えるのです。
「満足なわけありませぬ。必ずや男子を産んで、その子をいずれは北条の家督(かとく)にして見せます。そうでなければ、あんな辛気(しんき)くさい男に嫁(とつ)ぎません」
元久元年(1204)十二月十日。三代将軍実朝と結婚するため、後鳥羽上皇の従妹(いとこ)である千世(ちよ)(加藤小夏)が鎌倉に到着します。
北条時政(坂東彌十郎)は、うつろな表情で柱に寄りかかる、りく(宮沢りえ)に話しかけます。
「千世様がお着きになられたんじゃ。お前が顔を出さん事には、始まらんじゃろう」
「お任せいたします」
と、りくは動こうとしません。
「誰よりもお前が望んだことではないか」
「政範(まさのり)が、連れて戻ってくるはずだったのです」
ようやく、りくは出向くことを承諾します。
実朝と千代との間に盃が交わされます。
書庫で義時は、畠山重忠(中川大志)の子、畠山重康(しげやす)(杉田雷麟)の訴えを聞きます。
「政範殿が亡くなられたのは、京へ到着して二日目のことでした」
歓迎の宴の席で、突然、政範は倒れたのです。実は、その前の晩に、重康は平賀朝雅(ひらがのともまさ)(山中崇)が、怪しい人物と話すのを聞いていたのでした。平賀はいっていました。
「では、これを汁に溶かせばよいのだな」
書庫で義時は確認します。
「平賀殿が毒を盛ったと」
重康はうなずきます。政範が死んだ後、重康は平賀を問い詰めました。
「馬鹿を申せ。なぜ私がそんなことをする。見当違いもいいかげんにせよ」
と、とぼける平賀に、重康は前日のやりとりを見ていたことを告げます。
「わしは饗応(きょうおう)役ぞ」平賀はいってのけます。「汁の味付けに気を配って何が悪い」
書庫で重康は力を込めます。
「あれは決して味付けの話ではありませんでした」
義時はうなずきます。
「よく教えてくれた。後はこちらで調べてやる」
その頃、平賀は、りくと話していました。
「政範殿のことで、嫌な噂が流れておるようです。あまりの突然の逝去(せいきょ)に、毒を盛られたのではないかと」
りくは動転(どうてん)します。
「毒。誰が」
平賀はりくに近づきます。
「畠山重康殿。畠山一門は北条に恨みを持っております」
平賀は畠山が武蔵の地を巡り、時政と争っていることをいいます。平賀は重康が、自分を下手人(げしゅにん)に仕立て上げようとした、と嘆いて見せます。
「まことですか」
と、問うりくに、平賀は悲壮な表情をします。
「畠山の策略にはまってはいけません。何をいってきても、信じてはなりませぬぞ」
夜、りくは時政に訴えます。
「政範の敵(かたき)を取ってくださいませ」
時政は、りくをなだめようとします。
「畠山は、ちえの嫁(とつ)ぎ先」
「私の血縁ではありません。分かっているのですか。政範は殺されたのですよ。畠山は、私と政範を、北条の一門だとは思っていなかったのです。だからこのような非道なまねができるんです。畠山を討ってちょうだい」
一方、義時は、平賀を問い詰めます。
「冗談はやめていただきたい」
と、平賀はいいます。義時は穏やかに話します。
「あまりに突然、亡くなったので、勘ぐる者も多いようです」
「一番、驚いているのは、この私だ」
「骸(むくろ)は、すみやかに東山に埋葬されたと伺(うかが)いました」
「できれば、鎌倉に連れ帰りたかったが」
「夏ならともかく、この季節なら、京からこちらに移すこともできたのでは」
「何がいいたい」
「毒を飲んで死ぬと、骸の顔の色が変るので、すぐに分かると聞いたことがあります」
平賀は笑い、怒り、去って行きます。
義時は薄暗い廊下で、父の時政と話します。
「とにかく、この件に関しては、軽はずみに答えを出すべきではない」
時政は、腕組みしていいます。
「りくは、すぐに畠山を討てと息巻いておる」
「なりませぬ」
「わしだって、そんなことはしたかねえ。重忠は良き婿(むこ)じゃ。だがな、政範は大事な息子なんじゃ。畠山を討つ。力を貸してくれ」
「誰であろうと、この鎌倉で、勝手に兵を挙げることはできません。たとえ執権(しっけん)であろうと」
「軍勢を動かせねえってのか」
「鎌倉殿の花押(かおう)を据(す)えた、下文(くだしぶみ)がない限り、勝手に動くことはできませぬ」
時政は顔をそむけます。
実朝は義時の息子の泰時(坂口健太郎)を共に、気晴らしに、和田義盛(横田栄司)の館に出かけます。
義時は畠山親子と話していました。畠山重忠がいいます。
「こうなったら、平賀殿と息子を並べてご詮議(せんぎ)を。さすれば、嘘をついているのがどちらかはっきりする」
義時は静かに述べます。
「私もそうしたかったが、平賀殿はすでに京に戻られた」
「小四郎(義時)殿。それが嘘をついている証拠でござる。後ろめたいから逃げた。すぐに連れ戻して討ち取りましょう」
「それはできぬ」
「なぜ」
「確かに、平賀は疑わしい。しかしあの男は、上皇様の近臣(きんしん)でもある。京を敵に回すことになる」
「われらがいわれなき罪で、攻められても良いのか」畠山は拳を床板に叩きつけます。「執権殿の狙いはそこなのだ。畠山を滅ぼし、武蔵をわがものにするおつもりなのだ。小四郎殿が、父親をかばう気持ちは分かるが」
「そういうことでは」
「私は一旦(いったん)、武蔵へ帰る」
畠山重忠は歩き去ろうとします。義時が呼びかけます。
「この先は一手、誤れば、いくさになる」
「いくさ支度(じたく)はさせてもらう。念のためです」畠山重忠は振り返ります。「私とて、鎌倉を灰にしたくはない」
義時は再び時政と話します。
「すべては、畠山に罪をなすりつけようとする、奸臣(かんしん)の讒言(ざんげん)にほかなりません」
「誰のことをいうておる」
「例えば、平賀朝雅」
「まさか」
と、時政は笑い出します。
「誰よりも疑わしいのは、あの男です」
「動機がない」
「政範殿を亡きものにして、次の執権に。真偽(しんぎ)を糾(ただ)そうともせず、次郎を罰するようなことがあれば、必ず後悔いたしますぞ」
時政はうなずきます。
「あいわかった」
しかし時政がこれを話すと、りくは激怒するのです。
「それで引き下がってこられたのですか」
「政範のことは、もう少しよく調べてから」
りくは時政の前に立ちふさがります。
「まだ分からないのですか。畠山は討たなければならないのです。梶原がどうなりました。比企がどうなりました。より多くの御家人を従えなければ、すぐに滅ぼされます。力を持つとはそういうこと。畠山を退(しりぞ)け、安達を退け、北条が武蔵国(むさしのくに)のすべてを治めるのです」
「りく、やっぱりわしら、無理のしすぎじゃあねえかな」
「政範だけではすみませんよ。次は私の番かも知れないのです」
「そりゃあいかん」
「そういう所まで来ているのです」
「兵を動かすには、下文に鎌倉殿の花押がいる」
「ならば、すぐに御所に向かってくださいませ」
「よし」
と、時政は覚悟を決めるのでした。
時政は御所に来てみますが、実朝に会うことはできません。実は実朝は、和田義盛のところで羽を伸ばしていたのです。
御所で皆が探し回っているとも知らず、実朝が帰ってきます。部屋で一人になったところに、時政がやって来ます。内容も確かめさせず、実朝に花押を書かせるのです。
「とりあえず、父は分かってくれた」
「それは何より」
「次郎が為(な)すべきは、早急(さっきゅうに)に鎌倉殿にお会いして、潔白を誓う起請文(きしょうもん)を」
「それをいいにわざわざ」
「執権殿の気持ちが変る前に」
「私を呼び寄せて、討ち取るつもりではないでしょうね」
義時は笑い声をたてます。
「まさか」
「私をあなどってもらっては困ります。一度いくさとなれば、一切、容赦(ようしゃ)はしない。相手の兵がどれだけ多かろうが、自分なりの戦い方をして……」
「畠山の兵の強さは、私が一番、分かっておる」
「もし、執権殿と戦うことになったとしたら、あなたはどちらにつくおつもりか。執権殿であろう。それで良いのだ。私があなたでもそうする。鎌倉を守るために」
「だからこそ、いくさにしたくはないのだ」
「しかしよろしいか。北条の邪魔になる者は、必ず退けられる。鎌倉のためとは便利な言葉だが、本当に、そうなんだろうか。本当に、鎌倉のためを思うなら、あなたが戦う相手は」
「それ以上は」
「あなたは、分かっている」